春の天皇賞が行われたその日──あるウマ娘がレース場の片隅でひっそりと涙を流していた。
小柄で、そして長い黒髪。
肩を震わせ、普段は片目を隠している髪は、俯いているせいで両の眼を隠してしまいっていた。
服装は未だに走った直後なことを示すように、そのままな様子の勝負服。
青いドレスは袖が赤くなっており、ドレスと同色の帽子と、胸元には青い薔薇が飾られていた。
青い薔薇──その花言葉である「奇跡」を今まさに起こしてきた彼女だというのに……彼女は一人で泣いていた。
──そこへ、一人のウマ娘が近づいた。
俯いて泣くウマ娘と同じように長い髪だが、彼女とは違って癖のないまっすぐな髪だった。そして色も、黒ではなく明るい茶色──栗毛である。
おでこが見えるくらいに、前髪を上げたその目は彼女に優しい目を向けていたが──鼻をならして小さくため息をつき──その目がキツくなった。
そしてそのウマ娘は、彼女へ話しかける。
「……なんで、泣いてるの?」
アタシは、ストレートに彼女に疑問をぶつけた。
泣いていることに夢中で、気配に気づいてなかったみたいで、その黒髪のウマ娘はビクッと肩を震わせた。
そして……恐る恐る顔を上げる。
怯えたような表情で、アタシを見上げてきた。
「だ、誰……?」
「人に名前を尋ねるなら、まず自分から、じゃない?」
「う……」
質問に質問で返され、ちょっとイラッとしたのが出ちゃったみたいで、その
「ライス、シャワー……です」
「なるほどね……」
なんて答えたけど、知ってたわ。
なにしろ──今さっきのレースで勝ったウマ娘だったんだから。他のレースならともかく、勝負服で走るG1は着ている服がそれぞれ違うんだから、それだけで判別がつくもの。
「で、その“春の天皇賞を制した”ライスシャワーが、なんでこんなところで小さくなって泣いているのよ」
「うぅ……」
アタシが訊くと、切羽詰まったような表情になった彼女──ライスシャワー。
あのねぇ、別に責めてるわけじゃないんだけど……
辛抱強く待っていると、彼女はポツリとつぶやいた。
「……ライスは、
「
「──の、三連覇をライスが阻止しちゃったから。みんなが期待してたのに。それに、ブルボンさんの三冠も……」
三連覇がかかってたのは、知ってたわよ。
だって……去年、アタシも出走してたし。
それでもアタシが、わざわざ彼女に声をかけたのは──気にくわなかったからよ!
「……アンタ、今日の人気は?」
「え? 2番、人気だった、けど……」
アタシのこめかみが、ヒクつくのが自分でわかった。
へぇ……そんな人気だったウマ娘が──なんでこんなに卑屈になってんのよ!!
「立ちなさい! ライスシャワー!!」
「は、はいぃぃぃ!!」
アタシの大きな声で、そのウマ娘は反射的に立ち上がった。
「みんなが期待してた? それは、どこのどいつよ?」
「え? はい……?」
「そういうよくわからない“みんな”に遠慮して、アンタに期待してアンタの勝利を望んでいた人の気持ちを、無視していい訳ないでしょ!!」
「あ……」
「アンタは今日、三連覇がかかった“彼女”の次に、期待されていたんだから。胸を張りなさい!!」
アタシは、そう言って──彼女のむき出しの肩を軽くポンと叩いた。
放っておけないのよね、この
自分のことを「ライス」って言う──自分の名前が一人称なのはアタシと寮で同室の
それに──オフショルダーのドレスって勝負服は、色やデザインは全然違うけど、アタシと一緒。
そして……あのウマ娘に勝ったところも、他人に思えないのよ。
「──アタシの時よりも、比べものにならないくらい、アナタに期待している人が多かったんだからね」
「え……」
驚いたように、アタシの顔をまじまじと見つめるライスシャワー。
うん? ひょっとして、アタシが誰だか気づいてない?
──っていうか、名前訊かれたけど、答えてなかったわね。そういえば。
(そもそも、顔を見ても気づかれないって……これでもグランプリウマ娘よ? アタシ)
それもそんなに昔じゃないし。
アタシはため息をつきながら、自分の時のことを話す。
「あの時も“彼女”は圧倒的な一番人気で、対するアタシの人気は
事情があっての最低人気。実質的に“まともに走れる中で”アタシが一番期待されていなかったってこと。
しかもダントツの。
「……ほとんど誰も期待してなかったアタシが、“みんなが期待していた”彼女に勝ってやったの。その数少ない、期待してくれた人たちのために、ね」
その肩に触れたとき、わずかに震えていたライスシャワーだったけど、それが収まった。
「胸を張りなさい。色んなことを言う人がいるでしょうけど……アナタの場合、少なくとも“一発屋”じゃないでしょ。菊花賞と合わせて、2つ目なんだから」
アタシは笑みを浮かべて言う。
……自虐が入っていたから、ちょっと苦笑気味になっちゃったけど。
「アタシの時なんかよりもずっと多い、期待してくれた人のために……しっかり歌ってきなさい」
「は、はい……」
「もちろん、涙を拭いて、ね」
アタシが言うと、彼女はやっと笑みを浮かべた。
うん、これなら大丈夫そうね。
……まったく、本格化した後の“彼女”に勝ったウマ娘なんてほとんどいないんだから、それだけでも自信持ちなさいよ。
アタシと
(あとは記録上はそうなってるアレだけど……同類扱いはしたくないわよね、彼女だけは。まぁ、あのウマ娘自身、勝ったと思ってないんじゃない? もし勝ったって自慢してたら、呆れるけど)
そう思い──アタシと同じように
しっかりと顔を上げて立っている姿を見て、アタシはうなずいて──その場を去ろうと振り返る。
そこへ──
「あ、あの!」
「なに?」
「お名前……聞いてなかったから…………」
言われて、あらためて気がつく。
ああ、さっき名乗ってなかったって思ったのに、それでも名乗り忘れるだなんて……
というか、ここまで説明したんだから、気がついて欲しいわよね。アタシとしては。
アタシは苦笑を浮かべながら立ち止まり──背を向けたまま、彼女に自分の名前を告げた。
「──ダイユウサク、よ」
第1R 大激論! キミの名は……
──アタシの名前は、ダイユウサク。
男でもないのに「ユウサク」なんて名前に違和感があるかもしれないけど、アタシがウマ娘だと聞けば納得してもらえるかしら。
アタシの親戚にはそれはそれはもの凄く有名なウマ娘がいらっしゃる。
レースの、それも重賞でその名前が使われる──のが当たり前なくらいにとても有名な方。
ウマ娘なら誰もが知っているんじゃないかしら。
もっとも、その人とは遠い縁がある、程度でしかないのだけど。
でも、だからこそ、親戚のウマ娘は期待されてしまうのよね。本当に過度なくらいに。
アタシもその“過度な期待”の犠牲者の一人……いいえ、違うわね。それがあったからこそアタシの人生は、たった一度ではあったけど強烈に輝き、世の人の目に焼き付けることができたのだから。
そしてなによりも──アタシを強烈に輝かせてくれた人に出会うことができたのだから。
そう、アタシはいろいろ恵まれたおかげでトゥインクルシリーズで結果を残すことができたのよ。
有名なウマ娘には『葦毛の怪物』とか『白いイナズマ』なんて異名がついたり、中には印象に残った差し脚を『弾丸シュート』なんて呼ばれるのもいるけど、アタシの異名は──
……うん、なんかあまりいい異名じゃないわね、コレ。
そんな異名がつくことになったアタシのウマ娘人生を、これから語ろうと思う。
──そんなアタシの人生は、最初っから波瀾だったらしいわ。
というのも、これはアタシの記憶ではなく、母から聞いた話……
「だから、娘の名前はこうじゃなかったって言ってるだろ!!」
その日、そこにはそんな怒号が響きわたっていた。
……なんて他人行儀な表現をしてしまったが、その声は私の声だった。
しかし、そんな風に自分の行動が、第三者的な視線で見れば──感情任せに怒鳴るその姿がみっともないことだと理解しているから、自分の行動と認めたくなくてそんな他人行儀な表現になってしまっているのを勘弁していただきたい。
ここは、とある市役所の市民課。
住民である市民の皆様にとってはもっとも身近な市役所の窓口であり、市役所に来る市民の大多数はここ以外に用事がないほど。
転入・転出の届出やら、住民票の発行。印鑑証明の登録とその発行。等々……市町村が住人個人に提供するサービスのほとんどがこの課の担当だからだ。
だからこそ、ここには他の人の目がたくさんあるし、注目を集めてしまっている。
「しかしですね、現に住民票の登録はそのように……」
私の剣幕に市役所の職員は戸惑いながらそう返す。
この市民課は戸籍に関する登録もその範囲。
実際、数年前に私の戸籍に一人の女性が増えた際にもこの課でお世話になっているし、つい最近もまた戸籍に載る名前が増えてお世話になったばかりだ。
そしてその最近増えた名前こそが問題なのだ。
「だ・か・ら!! 名前が間違ってるって言ってるんだよ! ダイ
そう。
私の娘──母と同じウマ娘として生を授かった彼女の名前が、こともあろうか間違えて住民登録されているのだ。
これは彼ら公僕が犯したものとしては許されざるミスだ!
「そうは言いますが……」
口ごもりながら困り果てている年若い窓口担当者。
するとその背後に、ヌッとベテラン風の男性が現れた。
「キミ、ここは任せたまえ」
「か、課長!? しかし──」
「他にもお待たせしている市民の方々は大勢いらっしゃるんだ。ここは私が担当するからキミはそちらを」
「は、ハイ!!」
若い職員はあわてて席を立ち、他の窓口へと移動した。
空いたその席へ、ベテラン職員──課長と呼ばれていたので市民課の課長、つまりはトップなのだろう──がつく。
だが、若手だろうがベテランだろうが関係ない。ヒラとか課長とか役職なんて私には関係ないのだ!!
「──お話は分かっております。お子さまの登録の名前が誤っていた、とのことですが……」
「ああ、その通りだ! 私の、愛娘の名前が、そちらの! 登録のミスで、違う名前で登録されていたんだぞ! このミスはどう落とし前──」
「おそれながら──」
私の剣幕にひるむことなく、隙にスッと言葉を差し込んでくる市役所職員(課長)。
そのタイミングの良さに、私は思わず言葉を途切れさせ、相手の言葉を聞くしかなくなる。
(──この男、デキる! さすが課長にまで登り詰めただけのことは、あるッ!!)
その一瞬で、私は目の前の男の力量に戦慄さえしていた。
そして彼は間髪をおかず、言葉をつなげる。
「名前の登録を
そう言って目の前の彼は流れるようなスムーズさで頭を下げる。
一連の言動で私の機先は完全にそがれていた。
「お、おう……」
「無論、名前の登録に関しては速やかに正しいものへと訂正いたします」
頭を下げたまま、彼はそう言い──
「──ですが、」
ゆっくりと顔をあげた。かけた眼鏡の奥で、その相貌が不気味に光ったような気がした。
そうして彼は窓口のカウンターに一枚の書類をスッと差し出す。
んん? なんだ、これは。
つい先日、見たような記憶があるのだが……
「──これは、貴方様が先日、出生届と共に提出された書類でございます」
うん、なるほど。それなら確かに見覚えがあるはずだ。
なにしろ自分自身で書いて提出したんだからな。
「そこに、名付けられたお子様のお名前を書く欄があるのですが──」
そうそう。確かにここに、私は名前を書き……
名前を書き……
書いたんだけど……
──その名前を書く欄にはハッキリと「ダイユウサク」と書かれていた。
「……ダイユウサク、と書かれておられるようですが?」
……あ、うん。これは確かにそうとしか読めないね。
確かに「ダイユウサク」だわ、これは。
手書きだから仕方のないことだけど、明らかに「コ」の下の横線が突き抜けてるから「ユ」にしか見えないわ。
その横棒も明らかな一筆書きで、加筆されたような誤魔化された形跡も一切無い。
「「……………………」」
なんとも気まずい沈黙が流れる。
無論、周囲には大勢の市民の皆様がいらっしゃる。
自分の用事できた人達だろうけど、窓口で騒いでいたせいで注目を集めていてしまったし、一連の経緯は見ていた人には明らかなはずだ。
周囲の人達も、この気まずい沈黙に気がついて「あ~、やっちまったな」という無言の言葉が我が身に刺さるのがよくわかった。
そう、問題は──この後、話をどう収めるか、だ。
よりにもよって窓口で大騒ぎをしてしまったせいで注目を集めてしまっている。
人として一番正しいのは自分の非を認めて謝ってしまうことだ。
だが──ここまで騒ぎを大きくしてしまったせいで、それは非常にみっともない。
注目を集めてしまったことが、そのハードルを大きく上げてしまっている。
謝るべきか、別の言葉を探すべきか──かといって、その言葉はまったく思い浮かばない。
とっさに思いついたのは「おう、分かればいいんだよ」という言葉だったが、完全にこっちのミスなのだから、言えるわけがない。
そもそも会話が噛み合ってないのだし、謝る以上にみっともない。
(くッ、ギャラリーの失笑が聞こえるようだ……)
想像するだけで赤くなるくらいに恥ずかしいし、これはないだろう。
この誤魔化し方は却下せざるをえない。
(だが、しかし、他には──)
ほんのわずかな時間だったが、その間に頭をフル回転させて言葉を探す私。
そうしている私の視界の片隅で、レンズの反射で表情が見えない目の前の男(市民課長)の口元が──わずかにニヤリと笑うように端が上がったように見えた。
(な、んだと? まさか、この男……この状況をあえて作り上げたのか!? この私を陥れたというのか!?)
後発として窓口に出てきたこの男。
彼は若手が初期対応をして防戦している間に、用意周到に切り札を準備してから出てきたのだ。
大騒ぎをして迷惑をかけているクレイマーを懲らしめるのに、これ以上の手はなかっただろう。
(そうか、私は……クレイマーになってしまっていたのか…………)
こういう状況になったからこそ我が身を省みてわかるその事実。
しかし、だって仕方がないだろう?
あんなに可愛い我が娘のために、私の考えて付けた名前が違って登録されていたんだから。感情的になるな、というのが難しいじゃないか!
そうやって心の中で言い訳をしてみたが……無論、事態が好転するはずもない。
いっそ、この心境を吐き出してしまいたかった。
そう主張すれば、娘を愛する私の気持ちを理解してもらえるかもしれない。
だが──それももちろんみっともないのだ。
聞いている人の反応が、失笑から普通に笑いをこらえるのに変わるだけだ。少なくとも私がギャラリーだったら、そんな突然の独白を聞いたら絶対笑う。
(くッ、ここにいる誰かがスマホで録画していて、それをネットにあげられてしまったら……)
必死に言い訳をする姿は、全世界に笑いをプレゼントすることになってしまうだろう。
他人がそうしているのを見るならともかく、自分がそんなことの主役になるのは真っ平御免だ。
(かくなる上は……)
もはや、私を追いつめるすべての元凶──カウンターの上に乗ったその紙へとチラッと視線を向ける。
(これさえなければ──)
そう考えた私の体は、反射的に動いていた。
動いた両手は紙を掴み、クシャッと丸め──飲み込んでしまおうと口の中に放り込んでいた。
「なッ!? なにを!?」
驚いた男(市民課長)がカウンター越しにあわてて手を伸ばし、私の顔を掴んで止めようとする。
(おのれ、証拠隠滅を防ぐつもりか!!)
──とそのときは憤った私だったが、後になってよく考えれば、証拠隠滅よりも市役所として書類がなくなることの方が困るから、ということだろう。
ともあれ、カウンター越しに始まったその押し問答。
それは窓口周辺にいた人達の注目をもちろん集め──
「──あなた。一体なにやっているんですか?」
背後から聞こえたその言葉に、私は思わず動きを止めた。
聞き慣れたその声は、私の妻のそれ。
突然動きを止めた私に戸惑ったのか、それとも寒気を感じさせるほどに、冷淡に怒りを静かに燃やす彼女の雰囲気に圧されたのか、市民課長も書類を取り戻すことをわすれたように動きを止めていた。
「あなた……」
もう一度、冷たく響く彼女の声。
振り向けば、笑顔であるもののまったく笑っていない我が妻の顔。ウマ娘である彼女の頭の上にある耳は、不機嫌さを如実に表すような動きをしていた。
「出しなさい?」
彼女に言われ、口の中から書類を出す。
他に置く場所が無く、仕方なくカウンターに置かれた湿った──それどころか明らかに濡れている──それを、彼女は冷たい目で一瞥した。
一方、市民課長は若干ひきつった顔でそれを見る。さすがにそれを書類として扱いたくはないが、扱わざるを得ないのが彼のその表情の理由だろう。
「さて……うちの夫が、本当にご迷惑をおかけしました」
「い、いえ……」
「まったく、私に相談もなく、この子もいるから身動きが取れないのをいいことに、こそこそと動き回って相談もなしに決めてしまったんですよ?」
そう、私の一存で名前を決めてしまったのだ。
娘を見て──そのウマ娘に相応しい名前が、体に電気が走るように脳裏に浮かんだその名前を付けなければならない、そんな謎の使命感にとらわれて暴走してしまったのだ。
誤って登録されたその名前にここまで大げさに反発してしまったのも、きっとその正体不明の使命感によるものに違いない!
「これは奥様……この度は、おめでとうございます」
さすが市民課長。我が妻が我が子を抱いているのを見て、素早くお祝いの言葉を言っていた。
やはり、この男は仕事ができる男だ。
「ありがとうございます。それで、この子の名前のことですけど……」
「……ダイコウサク」
思わずボソッと言った私の言葉。それを聞き咎めた彼女の耳がピクッと動き、続いて彼女の冷たい目が向けられる。
睥睨してから、彼女は考え込むと口を開く。
「そうですね。ウマ娘ですし、やはり将来はレースを走ってもらいたいから一発逆転を願って、ダイサンゲンなんて──」
「──その名前は登録できません」
突然、無感情に──まるでコンピューターのような反応をする市民課長。
思わず凝視してしまうが、すべての感情が抜け落ちたような無表情で、彼はもう一度同じ言葉を繰り返した。
それを聞きながら、私は少し安堵しながら──
「や、やっぱりここはダイコウサクで……」
「却下」
私の提案を、妻の冷たい言葉が容易く弾いた。
そして彼女は私をジッとにらむ。
「あなた……この子は女の子なのよ? ダイゼンガーじゃあるまいし、人の名前の前に“ダイ”をつければなんでも許されるなんて思ってない?」
力強く却下を宣言する妻に、思わず「えぇ~……」と思う。
だって、ウマ娘の名前って、比較的性別関係ないじゃん。
そういうものじゃないの?
比較的よく付けられる、「なんとかオー」なんてその典型じゃないか。
「王」なんだから王様だよ? 男じゃん。女だったら「女王」ってなるでしょ。
場合によっては「なんとかボーイ」とかついてるよ? ボーイって男の子のことだよね? 女の子だったらガールだもんね?
実際の王様の名前でもある「ジョージ」が名前に付いてるウマ娘だっているし。もちろんその王様、男ですから~!!
もちろん「~ちゃん」とかついていたり、「女武人族」とか「貴婦人」とかを意味するような女性を意識した名前が付けられたウマ娘もいるけど、そういうのもひっくるめて男女どっちもあるから、ウマ娘の名前って性別関係ないと思うんだけど……
「し、しかし、やはり──」
もう一度私が、名付けようと思った名前を推そうとすると、妻は大きくため息をつく。
「──わかりました。じゃあ、変更無しでお願いします」
「「はぁッ!?」」
私と市民課長の声が思わず重なる。
「ちょ、ちょっとなに言ってるんだよ!?」
「あなたは黙ってて──大丈夫ですよね、課長さん?」
「そ、それは……もちろん我々は大丈夫ですが。しかしよろしいのですか?」
カウンターの向こうで、驚き半分戸惑い半分の男性(市民課長)がチラチラと私の顔を伺いながら妻に確認する。
「ええ。だって──」
そんな彼に、妻は笑顔で答える。
「──コウちゃんだったら男の子だけど、ユウちゃんだったら女の子でも大丈夫でしょう?」
その一言で、愛する我が子──妻の腕に抱かれてすやすやと寝ているウマ娘の名前は“ダイユウサク”に決まったのだった。
────後日、動画配信サイトに市役所窓口で書類を口の中で証拠隠滅を試みた人の映像があがっていたらしい。
職場で「なんか、この人に似てませんか?」と話題になったが──「いやぁ、心当たり無いなぁ」と言う以外になかった。
◆解説◆
【The Amazing Ugly Duckling】
・本章の題名。
・この章は、すでに私が書いて完結させている『ウマ娘 The Amazing Ugly Duckling』のある意味リメイクとなりますので、共通したタイトルとなりました。
・その時も書きましたが「ジ・アメイジング・アグリーダックリン」とカタカナ表記だと長いし間が抜けているのでアルファベット表記になっています。
・『The Ugly Duckling』は童話「みにくいアヒルの子」のこと。同じく童話のタイトルが入っている「シンデレラグレイ」にかけたものでした。
・リメイクにあたり、前作ではあくまでも、アニメ2期に登場したモブウマ娘の一人だったダイサンゲンが主役でしたが、今回はそのダイサンゲンではなく、そのモデルになった競走馬ダイユウサクのウマ娘の話となります。
・その影響で、前作はあくまでアニメ準拠でしたが、本作は主役と同時期のウマ娘たちを描いていることから漫画「シンデレラグレイ」準拠になっています。
・ちょっと紛らわしくて分かりづらいですが、よろしくお願いします。
【君の名は……】
・今回のタイトルは、もちろんあの有名作品から。
・旧作の第一話のタイトルから少しアレンジしたら、元ネタそのまんまになってしまった。
【ダイユウサク】
・本章の主人公であるウマ娘。
・勝気な笑みがよく似合うウマ娘で、茶髪(鹿毛)の長髪をおでこが出るくらいに後ろに流している。
・勝負服は赤と黄色、黒のドレスのようなデザイン。
・モチーフ馬は同名の実在馬であるダイユウサク。
・第二次競馬ブームを巻き起こしたオグリキャップによる有馬記念の有終の美を飾った翌年、1991年の有馬記念の優勝馬。
・生涯通算成績は38戦11勝、2着5回、3着2回。世間で言われる“一発屋”のイメージに反して長い期間走り続け、良い成績を収めている。
・その最も輝かしい戦績こそやはり91年の有馬記念。
・新たなスター、メジロマックイーンが大本命とされている中、誰も目にとめないだろう15頭中14番、人気オッズ137.9倍での勝利は実況だけでなく世間をビックリさせた。
・そしてそのオッズは、現在までの間(2020年開催まで)で有馬記念における単勝最高配当である。
・当時現役最強馬だったメジロマックイーンは、秋の天皇賞、ジャパンカップと負けているが、「斜行による降着で1位入線」とか「勝ったのは外国馬で、日本馬の中ではトップ」という言い訳ができない状況で鼻っ柱を叩き折った勝利はマックイーンのその後の成長にも一役買った──と信じたい。
・有馬での勝利を「まぐれ」「フロック」と揶揄する者も多いが、レコードをたたき出したその走りが、その後12年間も破られなかったところからも、決して情けないレースだったのではなく、弱い馬でもなかったのだ。
【それはそれはもの凄く有名なウマ娘】
・競走馬ダイユウサクの馬主の話ですが、その方の兄も馬主で──その方の所有馬の中に、あの“シンザン”がいます。
・名前が付いた重賞「シンザン記念」はゲームでも出てくるレースで、キャラによってはイベント戦にもなってますね。
・競走馬の血縁的には繋がりがないので、あくまで「遠い親戚」という位置づけになりました。
・馬主が共通=親戚というのはウマ娘でも「メジロ家」としている例もありますので、それに近いようなものだと考えてもらえれば。
・あくまで遠い親戚なのと、偉大過ぎて「あの方」とダイユウサクも明言を避けています。
【ダイ
・競走馬ダイユウサクは本来は、馬主さんは馬の母父であるダイコーターの「ダイ」と、自身の孫の名前「[
・ところが調教師の内藤氏が「コ」を「ユ」と読み間違えて『ダイユウサク』と登録してしまう。
・そんなウッカリで名付けられたダイユウサク。名前の変更も可能だったのだが……デビュー当時の成績から「孫の名前を付けるのはちょっと……」と思われたのか、変更されることなくそのまま、となった。
・本作の展開は、あくまで史実をもとにしたフィクションですので、間違えるように書いた側と読み間違えた側のどっちが悪いって話ではありません。
【ダイサンゲン】
・アニメ版ウマ娘2期の第3話から登場したアニメオリジナルのウマ娘の名前。
・赤と黄色、黒のドレス状の勝負服に身を包んだ彼女は、有馬記念の回想シーンで登場し、メジロマックイーンを二着に抑えて優勝した雄姿を見せる。
・その後は、トウカイテイオーの復帰戦で登場。セリフもついたが惨敗。イクノディスタスの後ろで、サイバイマンに自爆されたヤムチャのような姿勢でターフに転がっていた。
・その後、マックイーンとテイオーの直接対決になった天皇賞(春)では意味深に終始オーラを出していたが──やっぱり何も起こらずに敗北。
・──というように、明らかにダイユウサクをモデルにしたアニメオリジナルのウマ娘。
・モデル馬の名前を取り込みつつ、「ビックリ」という印象や大逆転の要素を入れたいい名前だと私も思います。
・本作のオリジナルウマ娘であるダイユウサクはこのウマ娘をイメージしていますので、私の描写力では足りないと思うので、外観的には彼女を参考にしてください。
・ちなみに──『ダイサンゲン』という競走馬が存在していました。役場ではねのけられたのはそれが原因なんじゃないでしょうか。
【ダイゼンガー】
・競走馬でもウマ娘の名前でもなく、スーパーロボット大戦シリーズに登場するロボットの名前。
・「第二次スーパーロボット大戦α」で初登場し、巨大な剣「斬艦刀」を武器として外連味のある戦闘ムービーと共に人気を博した。
・その名前の由来は「ダイナミック・ゼネラル・ガーディアン」という機体から「ダイゼンガー」と名付けられた……
・という設定だが、ぶっちゃけ乗り手のゼンガー=ゾンボルトからなのは明白だったり。
【なんとかボーイ】
・具体的にはトウショウボーイ。また、ダイユウサクと同い歳のサッカボーイがいる。
・ちなみにそのサッカボーイ。社台グループの馬なのでウマ娘の実装は絶望的。
・そのためオグリキャップが主役の「ウマ娘 シンデレラグレイ」ではモデルにしたディクタストライカというウマ娘が登場してそこを埋めている。
・本作でも第一章の主役と同年代なので今後、登場する可能性もありますが、その際には「シンデレラグレイ」のディクタストライカになると思われます。
【ジョージ】
・代表的なそれが付いた競走馬名と言えば、オサイチジョージ。ダイユウサクにとって運命の、あの有馬記念にも出走している馬です。
・また上の世代になりますが “気まぐれジョージ”こと宝塚記念馬のエリモジョージもいます。
・日本でも芸能人(所さんとか、キタサンの馬主の弟子だった某演歌歌手とか)にいるくらいにメジャーな名前。
・外国では英語圏でメジャーな名前で王様になった人も。特に英国王室にはジョージ6世までいらっしゃったりする。
・英国の守護聖人が「聖ジョージ」なのも原因と思われますが。
【女性を意識した名前】
・主に牝馬ですが、競走馬の名前はそういう名前も多いです。具体的には──
「~ちゃん」→カレン
「
「貴婦人」→サンド
というのが、例に出たものの元ネタです。
・ヒシアマゾンの「アマゾン」はそっちじゃなくて「密林」の可能性もありますが。
・ちなみにサンドピアリスはダイユウサク以上の高オッズで勝利し、G1単勝最高配当(ダイユウサクは有馬記念で単勝最高配当)記録を持っている競走馬。
・1989年のエリザベス女王杯で、そのオッズはなんと430.6倍。
・サンドピアリスはウマ娘未実装ですが──馬主が一口馬主クラブなので実装は難しいかも。