見えぬ輝きの最南星《アクルックス》   作:ヤットキ 夕一

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 どーも。最近、チームのメンバーのあたおか具合に不安を感じ始めたロンマンガンです。
 いや、いきなり開口一番なにいってんの? とお思いでしょうけど、ちょっと聞いてくださいよ。
 まずね、ウチの大エース様。あの有記念を制したダイユウサク先輩。

 …………あれ? 今、失笑しました?

 あのね。トゥインクルシリーズファンの皆さん、とくに歴が短い方々はよく勘違いなさってるようで。
 そういう方たちが御存知なくらいに有名な──某ナイスな姉ちゃんさん曰く“キラキラ”な──ウマ娘を見て勘違いしてるようですけど、GⅠ一つ穫るだけでも、あっしらパンピーのウマ娘にしてみれば夢のまた夢なんですからね?
 しかもそんなキラッキラなウマ娘が集うのが、ファン投票で出走が決まる春と秋の最後にあるグランプリってわけ。
 そんな去年の年末の最強決定戦を制したのが、あの方。
 確かに今、ちょっと調子が悪くて連敗してるけど……あのパイセンがやった功績は変わらないわけで、あの人をディスるなんてやったらダメ。おねーさんとの約束だぞ。

 …………え? 今、失笑した?

 なに? “走る雀ゴロ”がおねーさんとか、ウケる?
 上等。ケツの毛むしり取ってピッカピカに磨き上げてやんよ。


 ──コホン。

 ま、そんなダイユウ姐さんなんですが、普段はしれーっとしていてあんまり感情露わにしないんです。
 ……ウチのトレーナーが絡まなければ。
 いや、この前あっし、ちょっとしくじりまして……とある同期とのお遊びに負けちまいまして、罰ゲームでトレーナーに愛の告白をするって羽目になったんスよね。
 もちろん博徒(ギャンブラー)……じゃなくて、競走ウマ娘という勝負の世界に生きる一人として、甘んじてその罰ゲームをやったわけですが──いたんですよ、その現場に。あの人が。
 いや~、誰もいないと思っていたんスけど……言った途端、猛烈なプレッシャーというか、黒いオーラというか、とにかく背後からブワーッと来る感じがして。あっし、背後を振り返れませんでしたわ。
 そんなダイユウ姐さん、トレーナーへの有形力の行使がハンパない。端から見てても手加減してないのが丸わかりな感じで手が出たり足が出たりしてるし。

 で、それをトレーナーは平然と受け止めてる、と……この人の耐久力も十分頭おかしい。
 ホントに人間?

 ついでに先輩といえば、レッツゴーターキン先輩。
 この人の気の弱さも、やっぱり頭おかしいレベルじゃないかと思うわけで…… 



第16R 翻弄

 

 ──新潟大賞典から数日後。

 

 私は、隠れるようにコソコソと学園の廊下を歩いていました。

 なぜなら……

 

「やっと見つけた……」

「──ッ!?」

 

 その声に、私は思わずビクッと肩を跳ね上げてしまいました。

 恐る恐る振り返ると……少し疲れた顔をした〈アクルックス(同じチーム)〉の後輩がいました。

 広がるように肩付近まで伸びた波をうつ濃い色の髪と半眼のような目をしたウマ娘は、ロンマンガンさん。

 思わず私は逃げだそうと──

 

「ちょい待ち、ちょい待ち。ここで逃げられたらまた余計な手間かかるだけだから。別に無理矢理連れてこうって訳じゃあないんだし……落ち着いて、こっちの話を聞いてくださいよ」

 

 慌てた様子の彼女の声で、私は足を止めました。

 ロンマンガンさんは私を捜していた様子。となればここで逃げてしまったら、彼女にさらに迷惑をかけてしまいます。

 逃げるのをやめた私は──警戒しながらマンガンさんの方を振り向きました。

 そしていつでも逃げられるように、警戒します。

 

「なんでそう、ピリついてんスか? 別に飛びかかったりしないッスよ。こっちもそんなことに体張る義理も義務もないんで」

 

 ため息混じりにそう言って、私と一定の距離をとって対峙するロンマンガンさん。

 彼女は面倒くさそうに顔をしかめてから、頭をガリガリと掻いて──

 

「正直、パイセンを探してたのはあっしの独断。乾井(いぬい)トレーナーは落ち着くまで放っておいてやれ、って言ってたんで」 

「トレーナーさんが……?」

「ええ。きっと最下位になったショックが癒えるのを待つってつもりなんでしょうけど」

 

 そう言ってマンガンさんは呆れ混じりのため息を付くように「フン」と鼻を鳴らしました。

 でも、やっぱりマンガンさんは私をトレーニングに……

 

「せっかくチームに入れてもらったのに、殿(しんがり)負けしてトレーナーとかダイユウ(ねえ)さんに顔向けできない、とかそんなところでしょ?」

「う、うぅ……」

 

 私の心境をズバリと言い当ててくるマンガンさん。

 あの、私って……そんなに単純でわかりやすいのでしょうか……

 そう言ってからマンガンさんはジッと私の方を見てきました。

 

「なるほど、ね。まぁ、あっしも自分のトレあるし時間かけるつもりは無いんで、だから言うことだけ言わしてもらいますけど……」

 

 うぅ……。

 言いたいことを言われると聞いて思わず身構えてしまう私。

 それを見たマンガンさんは苦笑を浮かべました。

 

「パイセン、なに気負ってんの? トレも、姐さんも、最下位(ビリ)なのを見て気落ちしたり、ガッカリするような人達じゃないでしょ」

「え……?」

 

 思わずきょとんとしてマンガンさんを見てしまいます。

 

「ダイユウ姐さんのデビューと2戦目の成績、知ってますよね? ま、いろいろ事情あったみたいッスけど、それでもあれだけの大敗経験してるってことには間違いないわけで──」

 

 それに比べれば重賞での殿(しんがり)負けなんて全然マシでしょ、とマンガンさんは苦笑します。

 

「で、乾井(イヌ)トレは、そんな姐さんに声かけてトレーナーになった人ですよ? ガッカリして諦めるどころか、逆だと思いますけどね」

「……逆?」

「ええ。次を勝たせるために、しっかりと策を練ってる。そういう人じゃないですか? あのトレ」

 

 ええ。そんなことは百も承知です。

 私だって、このチームに入りたいと思ったのは、けっして諦めないダイユウサクさんに憧れたのはもちろん、それを支え続けたあのトレーナーさんがいたからこそです。

 でも──

 

「わかってます……わかってるんです……」

「なら、逃げてる場合じゃないと思うんですけど」

 

 マンガンさんの言葉が、私の心に突き刺さります。

 反論の余地がない正論。もちろんそんなことは私だって理解しています。

 でも、それでも──

 

「だから大人しく、せめて練習だけでも顔を見せないと──」

「わかってるッ!! でも、心が……私の弱い心がついてこないの!!」

 

 私は思わず大きな声で言い返していました。

 それにビクッと驚いた様子のマンガンさん。私はそれに気が付かず、さらに言葉を重ねます。

 

「負けたせいで、その前までみたいな連敗が始まっちゃったらどうしようって……せっかく勝てたのに、この前の負け以来、去年からの7連敗がどうしても頭をよぎっちゃうのよ」

「だから、そのために乾井(イヌ)トレが──」

「わかってないよ、マンガンさんは! あの連敗中だって、私一人だったわけじゃなかった。前のトレーナーさんも一緒になって悩んで、がんばって、それなのに勝てなくて……」

 

 もがいてももがいても、浮かび上がることさえままならない。そんな連敗という渦で溺れていた私。

 でもそれは、一人だったわけじゃない。一緒に溺れていた人もいたんだから。

 

「それだけじゃない。もしも連敗したら、それは去年のとは全然違うから……私が、自分のわがままでこのチームに転がり込んだんだもの」

「そんなん、気にするようなトレーナーじゃないって話をしてるんじゃないッスか」

「ええ。それもわかってるんです。私だって……レースで勝ちたい。でも……」

 

 私の弱い心が、私を悩ませるのです。

 

 ──もうあの連敗を経験したくない。

 ──トレーナーさんやチームに迷惑をかけられない。

 ──勝ちたいけど、もしもまた負けたら……

 ──そうなったら、せっかくの努力が無駄に。

 ──私だけじゃなくて、時間を割いてくださったトレーナーさんのさえも……

 

 悪いイメージがグルグルと回って抜け出せない。それが今の私の心情なんです。

 本心では……頑張りたい。また勝って、そしてもっともっと勝ちたい。それは間違いないんです。

 でも──心の弱さが自分が傷つくのを、他の人に迷惑をかけるのを躊躇って、踏み出すことができないんです。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「うわ、めんどくさ……」

 

 小声だったけど、思わず本音が口からポロリしたわ。

 ターキン先輩、聞こえてないよね? こんな毒舌聞こえてたら、あの人の豆腐メンタル、完全に砕け散っちゃうじゃん。

 いけない、いけない。

 

(ま、それはともかく……)

 

 ちょっと感情的になったターキン先輩が吐き出してくれた情報を整理するに……本人のやる気はあるけど、また負けるのが怖くて走ることから逃げてるってことで、おけ?

 ようは、なんかの切っ掛けがあれば、ってことで──

 

「じゃあ、パイセン……賭け、しません?」

「え……?」

 

 あっしの言葉に、驚きすぎてきょとんとした顔になるターキン先輩。

 そりゃそうだ。言い出しっぺのあっしでさえ、脈絡なさ過ぎと反省してるくらいだし。

 

「勝負なんて、大なり小なり時の運……例えばパイセンの前走だって、もしも勝ったパーマーさんが気持ちよく逃げられなくなるような要素が飛び込んできたら勝ってなかったでしょうし、その上でパイセンが囲まれずにスッと抜け出して上手くスパートできたら、勝てたかもしれない」

「そ、それは……」

 

 もちろん運だけじゃあ勝てませんって。

 ウマ娘の競走も実力がなければ、勝てないのは百も承知だし、ターキン先輩だってそれはわかってるでしょ。

 でも、“最も運のあるものが勝つ”なんて言われてるGⅠレースだってあるわけでして……

 

「賭けも同じく時の運……麻雀だって配牌からどうしようもない時もあれば、トントン拍子で欲しいのがそろう奇跡みたいなこともある」

 

 ま、そんなのまず無いけど。

 

「本音を言えば、麻雀で勝負……って言いたいとこですけど、それだとあっしに有利すぎるし、時間もかかりすぎ」

 

 あっしはサッと手を振って、ターキン先輩に手の甲を向けた手の人差し指と中指に、コインを挟んで見せつけた。

 それは表面には星形の模様が描かれた、この国の硬貨ではない小さなメダルで──

 

「コイントス……純粋な運勝負でいきましょ」

「え? ど、どうしてそんな……」

「パイセンが裏表当てたら、大事なところで運を引き寄せられるんだから幸運な証拠。練習に出て次のレースに備えましょ」

「は? はい?」

「で、負け──外したら勝負の筋がまだ見えてないってことなんで、練習サボりましょ」

「さ、サボるって……」

「実際、サボってるようにしか見えないんですけどね。あっしやシオンから見ると」

 

 ジト目を向けると、ターキン先輩は図星をつかれたようで、「うぅ……」と口ごもった。

 まぁ、正直、こんなことでウジウジしてる先輩とかこれ以上見たくないし、あっし自身のトレーニングもあるんで付き合ってらんないから。

 

「悩んでるなら、いっそ運を天にまかせるってのも一つの手でしょ」

 

 あっしはかざしていた手を再びサッと動かして──コインをピンと上空へ弾く。

 やがて落下してきたそれを手の甲で受け止めつつ、反対の手を被せる。

 

「さぁ、表と裏どっちです?」

「そ、そんなこと急に言われても……そ、それに賭事(かけごと)なんて、風紀委員に見つかったら……」

「大丈夫大丈夫。見つかったところで別に金や物賭けようってわけじゃないんだから問題なし」

 

 というか、こんなの賭事の範疇にすら入らないでしょ。

 

「それに、バレる前に終わらせればいいんだし。さぁさぁ、どっち!?」

 

 あっしがコインを伏せた手と共にズイッと迫ると、ターキン先輩は「ひッ!?」と小さく悲鳴をあげてのけぞる。

 そして慌てて顔を背けつつ、「あわあわ」と焦りながら──

 

「う、裏ッ!!」

 

 固く目をつぶってそう宣言した。

 ほい、ベットありがとうございます。さてさて結果は……

 

「あ……」

 

 あっしが抑えていた手を除けると、そのメダルの表面には星形の模様が浮かんでいた。

 それを見てずーんと凹むターキン先輩。

 

「……裏っスね」

「は、はいィッ!?」

 

 あっしがあっけらかんと言うと、ターキン先輩は驚いてバッと顔を上げる。

 

「え? でも、だって……」

「さっき見せた時、コインの裏表を手の表裏に合わせていたんで。そっちに手の甲を向けながら見せたんだから、つまりは手の平の方が表でターキン先輩が見た方が裏ってわけ」

「じゃ、じゃあこっちが……裏? つまり、当たってた……?」

 

 頭上に「?」を浮かべて戸惑いつつ、そう言ったターキン先輩にあっしは頷いて見せた。

 

「そういうこと。不運を使い果たしたんじゃないですか? 前回のレースで」

「あ……そ、そうかも……? で、でも本当にそうなの、かな?」

 

 一瞬、納得しかけた先輩だったけど、やっぱりまだ半信半疑な様子。

 

「コインの裏表なんて五分五分の確率。しかもカードや麻雀と違ってプレイヤーの腕のさなんて無し。単純に2択で、それは運が“良い”か“悪い”しかないってこと」

「う、うん……?」

「それに見てたでしょ? パイセンが表裏決めてからトスしたのなら、技術でどうにかできるかもしれないけど、伏せた状態で選んでもらったんだからその余地もないし」

「そう、よね?」

 

 それでもまだ自信無さ気なターキン先輩に、あっしは「そうですよ」と念を押す。

 そこまでするとさすがの先輩も乗り気になってきたようで「そっか。運が回ってきてるんだ……」とやる気を回復してきた様子。

 

「う……賭けに、勝ったからトレーニングに行って……くる? あれ? なにかおかしいような……」

「そういうルールだったんだから間違ってないですよ、パイセン。ほら、ルールには従わないと」

 

 勝負に勝ったはずなのに意に反してサボらずに練習に出る、ということにはさすがに違和感を覚えた様子。

 でもせっかく、やっとやる気になったのに、そこで正気に戻られても困るんで。

 あっしがゴリ押しすると、「そ、そうよね」と完全に騙された様子で、体の前で「ふん」と小さなガッツポーズを入れて気合いを入れる先輩。

 そして──

 

「じゃ、じゃあ、いってくる……ね」

 

 ──と〈アクルックス〉のチーム部屋がある方へと走っていった。

 うん。なんか簡単に詐欺に引っかかりそうな先輩だなぁ。チョロインとか言われそう。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 

「ふぅ……」

 

 お気の毒な先輩を見送り、どうにか役目を終えてあっしはため息を付いた。

 今回の件は、トレーナーに頼まれたわけでもない、あっしの自己満足。

 というか、あのターキン先輩……極端に心が弱いのはともかく、どうにも他人事のような気がしなかった。

 正直な話──〈アクルックス(ウチらのチーム)〉は、GⅠ戦で当然のように勝ったり上位を争うような器の……時代を作るようなウマ娘はいない。

 ターキン先輩もこうしてGⅢで最下位(ドベ)とってくるし、言いたかないけどダイユウ(ねえ)さんだって、勝ったのが有だけで、その後のGⅠはサッパリだし。

 

(ま、あっしの同期(オラシオン)とか、なりそこねたウマ娘(ミラクルバード先輩)はいますけど)

 

 そんなウマ娘とか、古豪の域に達してる〈リギル〉や新進気鋭の〈スピカ〉のメンバーみたいな、時代を作るようなウマ娘とは違うターキン先輩の姿が自分の未来の姿と重なってしまったのだ。

 

(だから、そんなところで止まらないでくださいよ、先輩)

 

 器じゃないと思いながらも、それでもGⅠを掴む栄光を夢見たい。

 そのためには──あっしやアンタが憧れた、あのウマ娘(ダイユウ姐さん)みたいに、へこたれずに前に進み続けるしかないじゃないですか。

 

(あっしはその背中を、さらに追うんですから……)

 

 走り去っていくターキン先輩の背中を見ながら、そう思った。

 そこへ──

 

「……ずいぶん、面白そうなことしてんな」

 

 と、いう声と共にニット帽を被ったウマ娘が現れた。

 その姿に思わず──「げ……」と顔をしかめてしまう。

 

ナカヤマフェスタ……」

 

 鋭く睨んできたそのウマ娘は、あっしが知っている相手だった。

 ナカヤマフェスタ。アウトローっぽい雰囲気を全開にしてるこのウマ娘とあっしは共通の趣味を持つ、この学園では少数派の“同好の士”。

 でも……ちょっとあっしが付いていけないノリもあって──

 

「……騙すとは感心できないな。それも素人相手に」

 

 う……さすがだわ。

 このウマ娘はチョロインどころか、生粋の賭博師(ギャンブラー)だもの。簡単に見抜かれるのも仕方ない。

 

「今のはギャンブルなんかじゃない。ただの詐欺だ。どっちも同じ模様のメダル使うなんてせこいイカサマしやがって」

 

 やっぱり完全にバレてるわ。

 でも──

 

「バレなきゃイカサマじゃない、ってのは有名な話じゃありませんでした?」

「バレてるだろう? 私に……」

 

 誤魔化そうとしたあっしを、ナカヤマフェスタはジロっと睨み……そしてニヤリと不適な笑みを浮かべた。

 

「ま、賭けが目的じゃなかったんだろ? なら許す」

「……で、代償になにを要求するんで?」

 

 この人がそんな簡単に引き下がるわけ無いしなぁ。

 ため息混じりに言うと、それを待っていたとばかりにその目が輝いた。

 

「決まってんだろ。お前との真剣勝負の賭け麻雀──」

「ほう……興味深い話でありますな。それに、さっきのも許す許さないを決めるのは、キミたちじゃないでありますよ!」

 

 ナカヤマフェスタの声に割り込むように、一人のウマ娘の声が聞こえた。

 慌てて振り返る、あっしとナカヤマフェスタ。

 その姿を見て──思わず声をあげるあっし達。

 

「「げッ!?」」

「二人とも……賭け麻雀という言質はとったでありますよ! 本官の目が黒い内はそんな違法行為、絶対に許さないであります!!」

 

 そこにいたのは風紀委員の一人で、風紀委員長のバンブーメモリー先輩の忠実なる部下、オマワリサンだった。

 あっしはとっさに反論する。

 

「いや、でも……どっかの検察のお偉いさんが言ってたけど、レートが点ピンなら許されるんじゃなかったんでしたっけ?」

「点ピン……?」

 

 オマワリサンは首をかしげた。

 どうやら点ピンの意味がそもそも分からない模様。

 麻雀とか全然知らなさそうだもんなぁ。

 これはいける……か?

 

「……よくわかりませんが、起訴されなければ違法ではないってわけじゃありませんよ! 悪いことは悪い──それをきっちり教えて差し上げないといけないようですね!」

 

 あ、ダメだこりゃ。

 しかもお説教コース確定っぽい。

 

「それに、その前の話も聞いているでありますよ。未遂の麻雀ではなく別の賭け行為をしていたというのは聞き捨てならないでありますな、ロンマンガン。大人しくお縄につくであります!」

「いや、オマワリサン先輩。あっし、なにもやましいことは……」

「話は取調室で聞くであります!」

「あ、じゃあこっちは無関係──」

「その件に関する参考人かつ、賭け麻雀の未遂があるじゃないですか。話をしっかり聞かせてもらうであります……」

「チッ……」

 

 すでに捕まえる気満々のオマワリサンにナカヤマフェスタは舌打ちをした。

 そんな彼女にあっしはちらっと視線を向けると、向こうもオマワリサンを警戒しながら、こちらへ話しかけてきた。

 

「ヤバいぜ、マンガン」

「そんなん見りゃわかりますよ。で、どうします?」

 

 視線をオマワリサンに向けたまま答えると、ナカヤマフェスタは「一つだけ作戦がある」と返してきた。

 え? この状況でどんな……と、あっしが思わずそちらを見ると──

 

「──逃げるんだよぉぉ!! あばよ、オマワリサン!!」

 

 

 ナカヤマフェスタはにげだした。

 

 

「あ……」

 

 呆気にとられて思わず見送ってしまう。

 そしてその場に残されたあっしは……あらためて視線をむけると、さっき以上に捕まえる気満々のオマワリサンがそこにいた。

 

「さ、さいなら……」

「待てぇ! マンガーン、でありまーす!!」

 

 逃げ出したあっしだったけど──“逃げ”の脚質を得意とする彼女にスタートダッシュでかなうはずももなく──

 

 

 ……まわりこまれてしまった。

 

 

 

「さぁ、覚悟するでありますよ……」

 

 つかまったあっしは、ずるずると引っ張られながら連行される。

 そして──放課後の時間はお説教に消えた。

 ……というか、こんな時間にこんなことをしていて、このウマ娘(オマワリサン)はトレーニングしてないのだろうか?

 それをボソッと愚痴ったら、聞こえてたらしく勾留時間がさらに増えた。

 

 

 で──

 

 

「……練習サボった上に、身元引受人にオレを指名するとか、いい度胸だな。ロンマンガン」

「たはは……そんなに褒められても困るんですが」

「褒めてねーよ!! オマエ、一体何考えて──」

「それにつきましては“聞くに堪えない語るに落ちる物語”がありまして……」

「ヒドい話だなオイ!」

 

 オマワリサンに捕まったあっしを迎えに来てくれたのは、乾井トレーナーだった。

 うわぁ、恥ずかしい。

 




◆解説◆

【翻弄】
・麻雀アニメである『咲─Saki─』の1作目の4話タイトルから。
・マンガンが翻弄した──つもりが、翻弄されているような。

“最も運のあるものが勝つ”
・クラシック三冠の一つ、ダービーを指して言う言葉。
・残る皐月賞は“最も速い”、菊花賞は“最も強い”と変わります。
・絶対的に強いものが勝つわけとは限らない、というドラマが数多くあるからこそ、そういわれるのかもしれませんね。
・競走馬ダイユウサクと競走馬コスモドリームの祖父にあたるダイコーターも、皐月賞を制したチトセオーが鼻出血でダービー出走が不可能になって一番人気になり、“運がある”と思われましたが……結果的には不良馬場のせいもあって逃げのキーストンに追いつけず、敗れています。
・どうしてもダービーを制したい馬主が、ダービーを前に前の馬主(シンザンの馬主の方……つまりはダイユウサクの馬主の兄ですね)から買い取り、それにもかかわらずダービーを勝てなかったことから、「ダービーは金で買えない」と言われてしまうことに。

ナカヤマフェスタ
・公式ウマ娘で、現時点(2022年3月現在)でサポートは実装済みだが育成は未実装のウマ娘。
・賭け事大好きで、スリルのある勝負を渇望してしかも分が悪い方に賭けるのが好みの“勝負師”。
・賭けのお題は千差万別で、なんでも賭け事にしてしまうようで。
・ロンマンガンも賭け事好きなので、面識はあったようすですが……分の悪い賭けが大好きというあまりのギャンブラーっぷりに「あ。このヒト、やべーわ」と思ってる。
・ただし麻雀の真剣勝負ができる数少ない相手なので、なんだかんだで仲は良い様子。
・書いている人的には一人称が「私」だったのは意外でした。

オマワリサン
・間章に出ていたウマ娘──現在はその間章は削除されて消えています。
・風紀委員長のバンブーメモリーの部下の風紀委員の一人。
・正義感が強く、順法意識も高い。
・レースは“逃げ”の脚質ではあるが、それはスタートダッシュが得意ということであり、逃亡者の確保には向いている。

どっかの検察のお偉いさん
・新聞記者と一緒に賭け麻雀をやったと文春砲をくらった、当時現役の東京高等検察庁検事長だった黒川弘務氏のこと。
・当時の政権とズブズブだったのか定年延長までしてもらったのに、この不祥事で辞めることに……
・もちろん賭博行為は違法なわけで──違法行為を責めるはずの検察の頂点付近にいる人がやっていいはずがない。
・……のはずなのに、下った組織内での処分は“戒告”──つまりは口頭注意だけ。
・で、単純賭博罪については“起訴猶予”。
・それにはさすがに「罪を咎める側の検察の偉い人なら許されるのか!」と上級国民への批判が高まって、検察審査会では“起訴相当”との判断が下され略式起訴。
・それでも検察は求刑を「罰金10万円」と低くしたものの、下った判決は「罰金20万円」。ちょっと身内に甘すぎやしませんか? 検察さん。
・なお、そのときの賭け麻雀のレートが“テンピン”……1000点100円の換算で1回の勝負で約2万円。
・それをこともあろうか法務省の川原隆司刑事局長が「社会の実情をみましたところ高額と言えないレートでした」と言って、先の処分(戒告)だったものだから、さぁ大変。
・「2万円(orテンピン)までなら賭け麻雀をやってもセーフ」という黒川基準が生まれたのでした。
・──それを受けてのロンマンガンの発言……なのですが、でも結果的に罰金刑にはなっているので、最悪、捕まって20万円の罰金を受ける可能性が。
・オマワリサンも「起訴されない」と言っていますが、この世界では起訴されなかったのか、それとも検察審査会の前の“検察の決定”を言ってのことですね。

“聞くに堪えない語るに落ちる物語”
・おそらく“聞くも涙語るも涙の物語”と言いたかったんじゃないかと……


※次回の更新は3月31日の予定です。  

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