見えぬ輝きの最南星《アクルックス》   作:ヤットキ 夕一

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第17R Let's fly high! 飛び出そう

 黙々とトレーニングメニューを一人でこなすダイユウサク。

 そんな彼女を、オレはずっと見ていたのだが──耐えかねたように、不機嫌さMAX状態のまま、ズンズンとオレの方へと歩いてきた。

 

「……なにしてるの?」

「うちのチームのウマ娘を、こうして見守っているんだが?」

「目障り。サボってないで他のウマ娘を見に行きなさいよ」

「それはあまりにもヒドい言いぐさだろ。ちょっと傷ついたぞ」

「ウソ言わないでよ」

 

 オレが返すと、ダイユウサクは「フン」と言ってそっぽを向く。

 いや、さすがにオレでも“目障り”はくるものがあったぞ。それで傷ついたのは本当だ。

 

「調整メニューしかしないから、アタシのことは放っておいて大丈夫よ」

「そう言って無理するのが、お前だからなぁ」

「あのねぇ……いくらアタシだって、今のどう考えても脚の状態が万全じゃないせいで凡走繰り返しているんだから、無理なんてしないわよ。それに特に次は……みっともない姿を見せられないんだから」

 

 春のグランプリである宝塚記念が控えていた。

 年末のグランプリウマ娘として、という気概があるように見えるが、逆に言えば気負いすぎているようにも見えるんだよな。

 本当なら──もっと何も背負わせずに、特に脚の状態を気にするようなことなく走らせてやりたい、と心の底から思う。

 

「……そんなわけだから、アタシじゃなくて他を見なさいよ。昨日はロンマンのこと見ていたじゃないの」

「あぁ、アイツな……今日も見る予定だったんだが、練習に出てこなかったんだわ」

「はぁ? なによそれ。やる気あるのかしら……」

「……昔、プールが嫌で練習サボったヤツもいたけどな」

 

 オレがジト目を向けると、「なッ!?」と驚きながらダイユウサクがこっちをにらむ。

 

「あれは……仕方ないでしょ!? それに、自主トレはしっかりやっていたもの」

「オレが考えたメニューをこなさずに、な」

「う……今は、そんな話をしてないんだから! ロンマンよ、ロンマン!! アイツ、なに考えてるの?」

「さぁな。夏になったらメイクデビュー戦も始まるんだから、今の時期のサボりは同級生と明確な差が付いて置いていかれることになるってのに……サボりグセがつかなければいいけどな」

「他人事みたいに……そもそも、なんでロンマンのこと見てるのよ? ターキンは?」

「あ、あぁ……アイツ、な」

 

 オレは気まずくなって思わず口ごもった。

 レッツゴーターキンこそそうじゃないか、と思うくらいなワケで……

 前走が終わってここ数日、アイツは練習どころかチームの部屋はもちろん、オレのトレーナー室にさえ顔を出していない。

 そんなオレの雰囲気を感じ取ったのか、ダイユウサクはジト目でオレを睨んでくる。

 

「あのねぇ、トレーナー……ひょっとして、アンタまさか……」

「ああ。アイツとは、新潟大賞典以降、顔を合わせてない……」

「はぁッ!? え? ウソ……一度も? レース後顔合わせてないって、だってあっちは前日から新潟に行ってたんだから、その日からでしょ?」

「まぁ、そうなるな……」

 

 そうなんだよ。レースのから戻ってきてから一度も顔を合わせていないから、出発前以来ということになる。

 オレは思わずダイユウサクに苦笑し──

 

 ──パン!

 

「……え?」

 

 ──オレの頬には、痛みが生まれていた。

 そこへ横から加わった力で、オレは横へと向いている。

 目の前のウマ娘に頬を()(ぱた)かれたのだと気づいたのは、ダイユウサクが平手を横に振るった姿勢のまま、オレへ厳しい目を向けていたからだ。

 

「なッ!? ダイユウサク、お前──」

「アンタは……なにを考えてるのよ!」

 

 我に返り、くってかかろうと距離を詰めたオレに対し、ダイユウサクは迎え撃つように胸ぐらを掴んできた。

 

「自分のやったこと、理解してるの!?」

「理解って……」

「ターキンは、〈アクルックス(うちのチーム)〉のウマ娘でしょ!? なんでアンタは……」

「そんなことはわかってる!! ひょっとして、2戦連続でアイツの出走についていかなかったことを言ってるのか? でもそれは仕方ないだろ? お前の出走と重なったんだから──」

「そんなの、わかってるわよ!! でも──」

 

 ダイユウサクは言葉を溜めて、怒鳴るようにオレに言い放った。

 

「──アンタはッ! アタシが〈カストル(アイツら)〉にやられたことを、ターキンにやったのよッ!」

「な……」

 

 その内容に、オレは思わず絶句した。

 そして言い返す。

 

「ち、違うだろ!! どうしてそうなるんだよ!?」

 

 ああ、違う! 断じて違う!!

 オレは、そんなことはしちゃいない!!

 

「確かに2度、オレ無しでレースに出走させた。それは同じかもしれない。だが──オレはターキンを一人でレースに出走させるなんてことはしなかった!」

 

 体調が悪いダイユウサクを、たった一人で福島までレースに出走させに行かせたアイツらとオレが一緒なワケないだろ!!

 もちろん、オレがレースに付き添えなかったという罪悪感はある。

 だが……ダイユウサクの指摘は、全くの的外れだ!

 

「そんなこと……わかってるって、言ったわよ!! でも違う……そういうことじゃないのよ!!」

 

 そう言ったダイユウサクは──涙を流していた。

 そんなアイツの反応にオレは驚いた。だが……アイツの言いたいことはサッパリわからなかった。

 

「……ターキンは、〈アクルックス(ウチのチーム)〉のメンバーなんでしょ? そう思ってるんでしょ?」

「ああ、もちろんだ」

「それならなんで……遠慮なんてしてるのよ!!」

「遠慮? そんなことは──」

「そんなことあるわよ!! 現にアンタは今、殿(しんがり)負けて気落ちしているアタシの後輩(ターキン)を、放ったらかしにしてるじゃないのッ!!」

「な……」

 

 ダイユウサクの言葉が、オレの心に突き刺さった。

 そして、刺さった部分が──とても痛く感じた。

 

「オープンクラスのウマ娘だろうが、重賞制覇経験があろうが、そんな簡単に心が強くなるわけないでしょ!! 負けたら誰だってショックよ。それが最下位ならなおさらだわ」

 

 ダイユウサクは溢れる涙をそのままに、どこか思い出すように言った。

 アイツが思い浮かべているのはきっと……オレと出会ったあの時のことだろう。

 

「あの時、支えてもらえたのは……本当に、嬉しかった。チームで孤立して、一人だと思ってたから……それを助けてもらえて、冷え切った心を温めてくれて……」

 

 前走で、17秒というありえないほどのタイムオーバー負けをしたダイユウサクは、当時のチームメイトからもかなり冷たく当たられたらしい。

 そのせいで次走の出走も、体調が悪かったのにトレーナーの代わりの付き添いさえ誰もいなかったのだ。

 

「だからこそオレは、ターキンを一人にさせなかっただろうが! 前も、その前も!」

 

 谷川岳ステークスは、オラシオンとロンマンガンに渡海をつけ、その上に前のトレーナーにもお願いしてついて行ってもらった。

 新潟大賞典だって先の3人に加えて、ミラクルバードを同行させたんだ。

 

「あの時とは違うだろ!!」

「そうじゃないわよ! そういうことじゃないの……ターキンは、何のために〈アクルックス〉を選んだのよ!?」

「それは、お前に──」

「ターキンが選んだのは、ダイユウサク(アタシ)ミラクルバード(コン助)オラシオン(シオン)とお友達になるためじゃあないでしょ!? 乾井 備丈(まさたけ)! アンタの指導を受けたいからに決まってるじゃないの!!」

 

 な……いや、違うだろ。

 だって、ターキンはダイユウサク(お前)に憧れたって──

 

「アタシが有記念をとれたのは、誰のおかげよ? アタシみたいな落ちこぼれに栄冠を掴ませたのは……いったい誰よ? そんな奇跡を起こしたトレーナーに希望を託したかったから、ターキンは〈アクルックス(ウチ)〉を選んだに決まってるでしょ!?」

 

 ダイユウサクは「アタシと一緒にいたらGⅠ取れるなんて、誰も思ってないわよ!!」とオレに怒鳴った。

 そう……なのか?

 

「そんなアンタが、なんで自分からターキンに声をかけに行かないのよ! 会いに行かないのよ!! あの()の性格なんて、この数ヶ月で多少は理解できるでしょ!?」

 

 ああ……オレは、馬鹿だ。

 取り返しのつかない失敗を犯しているじゃないか。

 

「気が弱いだけじゃない。あの()は気を使いすぎるし、おまけに自分で気持ちを切り替えられないような不器用なことくらい百も承知でしょ!? それを自力で心に整理つけさせるのを待つなんて……」

 

 そうだ。レッツゴーターキンというウマ娘は、メンタルが弱い。

 オレだってそう理解していたはずなのに、なぜ……そこで距離をとってしまったのか。

 

「自分で育てたわけじゃないから、そういうことをしたの!?」

「違う!! そんなつもりはない!!」

「なら、いつまで外様の御客様扱いを続けるつもりよ!? 前任者を気遣っているつもり!? 今のターキンのトレーナーは──アンタでしょ!?」

 

 その通りだ。

 ダイユウサクの指摘通りだ。

 

「なら、前任者に遠慮する必要なんてこれっぽっちもないじゃない!! だからアンタは、全力でターキンの面倒見なさいよ!!」

 

 言い放ったダイユウサク。

 そんな彼女にオレは──

 

「……いいんだな。お前につきっきりじゃあなくなるんだぞ?」

「そんなの……アナタはトレーナーなんだから、当然のことじゃないの。別に……寂しくも何ともないんだから」

 

 涙こそ止まったものの、うつむいたままのダイユウサクに──オレはその頭を軽く撫でた。

 

「ウマ娘のアタシは、有記念だけの“一発屋”だろうとたった一度の輝きでも構わない。でも……トレーナーのアナタは一度きりってわけにはいかないんだからね。だから──」

 

 顔を上げたダイユウサクは──オレが一番好きな、その表情を浮かべる。

 何よりも魅力的な……勝ち気な笑みを。

 

「──ターキンを、頼んだわよ」

「任せとけ」

 

 オレはダイユウサクにそう言い残し──レッツゴーターキンを探すため、そこから走り去った。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「ターキン!!」

「うぅ?」

 

 探し始めてまもなく、オレは〈アクルックス〉の部屋の近くで、彼女を見つけた。

 ……あれ? こんなところにいるなんて、ひょっとして練習に復帰するつもりだったのか?

 ってことは……

 うん。やっぱりコイツ、強いウマ娘だわ。

 確かにメンタル的にはお世辞にも強いとは言い難い。だが──根っこのところは決してくじけない。

 

(それこそ、もっとも大事なことだ)

 

 ヒトもウマ娘も、自分の思い通りにことが運ぶことなんてまずない。

 競走の世界でそれができるのは、時代を作っていくような強者──それだって全てのレースで全て勝つことなんて、まず不可能だ。

 あの皇帝(シンボリルドルフ)》だって破れ、涙を流したのだから。

 

(負けを経験したからこそ、強くなる──)

 

 そういうウマ娘こそ、強くなるウマ娘だろう。

 圧倒的に強く、負けを知らないウマ娘がもしも負けたとき──そこで心が挫けてしまう、というのも聞いたことがある話だった。

 

(固く折れない強靱な精神よりも……何度踏み倒されても、それでも立ち上がる。そんな“雑草魂”にこそオレは価値を見る)

 

 だからこそ応援したいし、そんな“雑草”の花を咲かせたい。

 それが──オレの、トレーナーとしての役割だ。

 

「ターキン……」

 

 ここまで走ってきたオレは、立ち止まって呼吸を整え、改めてレッツゴーターキンを見た。

 走ってきたオレの勢いに圧されたように驚き、少しおびえたような様子だったが──

 

「ターキン、すまなかった」

「トレーナーさん、すみませんでした!」

 

 ──そんな彼女に頭を下げたのと同時に、彼女からも謝罪の声が聞こえてきた。

 

「「え……?」」

 

 思わず顔を上げると、オレと同じように頭を下げたものの、相手が同時に謝罪してきて戸惑い、思わず顔を上げたターキンと目があった。

 

「あ、あの……」

「……オレから先に謝罪させてくれ、ターキン。オレは……間違えていたよ。お前への態度を」

「間違え……ですか?」

「ああ。お前が本気で上を目指しているのは分かっていたはずなのに……それを試すようなことをしてしまった。本当に、申し訳ない」

「え? あ、あの……そんな」

 

 再度頭を下げたオレの姿に、ターキンは戸惑っているようだった。

 

「そして誤解もしていた……いや、オレがただ勘違いしただけだな。お前は本気で上を目指すために〈アクルックス〉を選んでくれたのに、オレは……どこか『前任者の手前、大事に扱わないといけない』と、壊さぬように丁寧に扱っていた」

 

 しかしそれは──あまりにもターキンからしたら、失礼な話だよな。

 オレとあのトレーナーが特別に親しいわけでもなければ、ターキン自身が〈アクルックス〉メンバーと特別に縁があったわけでもない。

 そして彼女自身はあの臆病な性格で、コミュニケーション能力もダンボールに潜むほどに壊滅的。

 にもかかわらず、〈アクルックス(うち)〉を選んだんだ。そこまで本気で──自分の競走人生をかけて、飛び込んできたというのにオレは……

 

「それは、間違いだったよ。その遠慮が、中途半端な扱いが……この前みたいな結果を生んでしまった」

「あ、あの、その……それって、丁寧とか壊さないのをやめるって話、ですか──」

 

 すっかり怯えたようなターキンの様子で気がつく。

 あれ? ちょっと言葉の選択を間違えたかな。

 オレは苦笑しながら「そういう意味じゃない」と否定して、さらに説明した。

 

「いいか、ターキン。これからオレは全力でお前を“〈アクルックス〉の”ターキンにする。しかし今までの“あの人の”ターキンを否定するつもりもない。オレの教えとあの人の教え、その二つを合わせて……上を目指すんだ、レッツゴーターキン」

 

 オレの教えだけを受けている面々とは明らかに違う。

 そんな彼女に本気で向き合い、〈アクルックス〉流の教えをたたき込んだらどうなるか……それがどんな化学反応を見せてくれるのか、オレは楽しみになっていた。

 

「は、はい……私も、こ、こんな性格だから……気が小さくて、臆病で、最下位になったくらいでクヨクヨ悩んで……それでトレーナーさんから逃げるようなことをしてしまって、本当にごめんなさい!」

 

 そう一気に言って、ターキンは頭をバッと下げた。

 そんな彼女の余裕のない反応を見ていたら、こっちに余裕が生まれ、オレは思わず苦笑した。

 

「……これからもよろしく、ってことで大丈夫か?」

「は、はい! 一生懸命がんばりますので……どうぞ、よろしくお願いします」

「よし、わかった──」

 

 オレは大きくうなずき、頭を下げている彼女の眼前に、手をさしのべた。

 

「う……?」

 

 思わず顔を見上げてこちらの様子を伺ってくるターキン。

 そしてオレが握手を求めていることに気がつき──慌ててその手を握ってくれた。

 

「改めて、よろしくな。ターキン」

「は、はい!!」

 

 そう言って、反対の手で目元を拭いながら浮かべた笑顔──彼女の満面の笑みをオレは初めて見たような気がした。

 だから──

 

「うん。じゃあ夏休み返上で、遠慮なくいくからな!」

「へ……?」

「他の奴らが休んでる夏の間も、レースに出走して秋に備える。そういう方針だ!」

「ええぇぇぇぇ──ッ!?」

 

 今後の方針の発表に、レッツゴーターキンの悲鳴が学園の敷地内に響きわたった。

 




◆解説◆

【Let's fly high! 飛び出そう】
・今回も再度ウマ娘の楽曲、『はじまりのSignal』の歌詞から。
・マックイーンの曲なんですけど……ぶっちゃけ「Let's go」の歌詞が入っていたので前回採用したんですよね。
・で、ターキン回タイトルのお約束が「Let's go」だったんですけど、そろそろネタが尽きてきたので条件を「Let's」にまで下げました。
・そのうち、ウマ娘縛りもなくなって「レッツゴー ライダーキック」とかタイトルにするかもしれません。

皇帝(シンボリルドルフ)》だって破れ
・シンボリルドルフはアメリカで1戦だけ走っていますが、そこで勝てませんでした。
・そして国内でのレースで負けたのはたった2回のみ。
・それはクラシック期(1984年)のジャパンカップにカツラギエースと、翌年1985年の天皇賞(秋)でのギャロップダイナに敗れています。
・まぁ、ジャパンカップはその前の菊花賞から2週間後というハイペースでしたし、天皇賞(秋)は天皇賞(春)以来の半年ぶりのレースでしたからね。おかげで出遅れたし。


※次回の更新は4月3日の予定です。  

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