見えぬ輝きの最南星《アクルックス》   作:ヤットキ 夕一

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 ──7月。

 梅雨明け間近の中京レース場。そこにダイユウサクの姿があった。
 今回のレース結果は──今回の結果()芳しくはなかった。
 出走したのは高松宮杯。ダイユウサクにとっては思い出深いレースでもある。
 初めて挑戦した重賞レースであり、そしてルームメイトで従妹のコスモドリームと唯一、一緒に競走(はし)ったレース
 そして、今日のダイユウサク(コイツ)の走る傍らには、もちろんコスモドリームの姿は無かった。

「あれからもう、3年……」

 レースに負けたというのに、悔しそうな素振りさえ見せていないダイユウサクの姿を見て、オレは複雑な思いを抱いていた。
 だからこそ──

「すまなかった、ダイユウサク……」

 オレは彼女に頭を下げる。
 今回のレース、順位はついに出走数の半分……どころか後ろから数えた方が圧倒的に早い18人中14着。
 それがまだ前の三走のようなGⅠレースならともかく、今日はGⅡである。
 このような結果になった──いや、そもそもこのレースに出ることになった原因はオレにあったんだから。

「謝る必要ないでしょ? 走ったのはアタシなんだし、この結果の責任は──」
「いや、今回は明らかに調整不足だった。それなのに……」

 なにしろ今回のレース、想定外の出走だった。
 それというのも、6月の末にオレは〈アクルックス(うちのチーム)〉のレッツゴーターキンのテレビ愛知賞出走のために、中京レース場にきたことがあった。
 そしてその際──オレは、とある人に呼び止められた。

『……お久しぶりです、乾井トレーナー』

 声をかけてきたのは、ダイユウサクの父親だった。
 ……そう。有記念のときに会社の忘年会に参加して、娘の晴れ姿を見に来なかった()()父親である。
 え? 悪意なんて持っていないぞ?

『有記念、ありがとうございました。娘に、あんな大変な栄冠を……従姉(彼女)もさぞ喜んでいると思います』

 そういえば“あの方”は当日、見に来ていた。実の父親は見に来なかったのに。
 なんて思っていたら、相手はそのことを話し始めた。
 どうやら、さすがにものすごく怒られたらしい。「ウマ娘の……それも実の娘の晴れ舞台をなんだと思っているのですか!!」と。
 ……あの方にものすごく怒られるとか、ウマ娘競走業界の関係者なら卒倒しそうな状況だな。

『私の方の親戚はまぁ、いいのですが、実は……』

 そう言ってダイユウサクの父親は『有記念を制したダイユウサクの勇姿を、義父母にどうにか(じか)に見せたい』と言ってきたのだ。
 そしてそのために──地元の中京レース場で開催される重賞レース、この高松宮杯に出走してもらえないか、と。

「お前の脚のことは、一応は説明したんだが……」

 オレは思わず、バツが悪くて頭をかいた。
 宝塚記念を終えたダイユウサクは、しばらく走らせるつもりはなかったんだ。少なくともその足がしっかりと回復するまでは。
 だが、彼女の父親は『そこをなんとか……』としつこく食い下がってきた。
 まぁ……ダイユウサクの母親はともかく、母方の祖母もまた名の知れた有名ウマ娘だからなぁ。
 自分の方の親戚はしっかりその勇姿を見ていただけに、義理の方の家族にも見せないと申し訳ないという気持ちになっているんだろう。
 こんな無理難題を押しつけられるのなら、ターキンと一緒にいて目立つんじゃなかった……と、かなり後悔した。

「謝るのはむしろこっちの方よ。まったくお父さんときたら……アタシの家族のせいでトレーナーに迷惑かけちゃって……ごめんなさい」

 ダイユウサクは不満げな顔をしたが──それは父に対するものだろう。
 実際、オレに対して頭を下げるときには、神妙な顔をしていたし。

「お前が素直に謝るなんて、珍しいな」
「……どういう意味よ、それ」

 オレが茶化すと、途端にジト目を向けてくるダイユウサク。
 ほら、そっちの方がお前らしいぞ。
 それから、オレがからかったのに気づいて大きくため息をつき──

「でも、祖父や祖母にもう一度直接走る姿を見せられたのは良かったと思ってるわ。ま、結果はあんなだったのは、さすがに心残りだけどね」

 最後は苦笑を浮かべて、冗談めかす。
 だが、長年のつきあいになっていたオレにはわかった。
 その心残りというのは冗談ではなく、本心だということに。
 しかし、今の万全ではないダイユウサクが勝利──それもグランプリウマ娘である以上は重賞であるのは絶対──するのは容易ではない。
 それを今回のレースで、オレはハッキリと思い知らされていた。

 そしてその心残りを解消する手だてを……オレは持っていなかった。




第21R 大勇断! たった一つの心残り

 

 高松宮杯を終え、中央トレセン学園へと戻ってきて数日後──

 

 オレはミラクルバードと共にチームの部屋でダイユウサクと会っていた。

 ロンマンガンは渡海に任せてトレーニングさせており、絶対に部屋に戻ってこないように厳命している。

 オラシオンに関しては……今日はちょっと出掛けているのでここに来ることはない、らしい。

 そんな環境を整えて、オレは──

 

「ダイユウサク。お前に提案というか……いや違うな。確認というか、質問というか……えっと、なんだ。その……」

「なに? いったい何の用なの?」

 

 思わず言いにくそうにしてしまったオレに、ダイユウサクは厳しい目を向けてきた。

 まぁ、そうだよな。突然呼び出して、オレがこんな態度じゃあ……

 オレは咳払いをして、気を取り直す。

 

「んん! 別にオレがそれを望んでいるってわけじゃないからな?」

「いいから、本題を言いなさいよ」

「……ああ。お前、さ。その…………“引退”……とか考えていないのか?」

 

 ──ついに、言ってしまった。

 普段は明るい笑顔を絶やさないミラクルバードも、さしもの話題に神妙な顔で黙っている。

 それに対してダイユウサクはどこか達観したように小さくため息をつき、そしてジッとオレを見てきた。

 う……思わず視線を逸らしたくなるが、ここで逸らしたらダメだ。

 そう思ってオレが耐えていると──

 

「どうして、そんなことを聞くの?」

「それは……」

 

 オレが自分の意志でそんなことを言い始めるはずがない。ダイユウサクはそう思っているんだろう。

 実際、その通りだ。

 オレだってコイツに引退して欲しいなんて思っていない。むしろ復活して秋のレース、それが無理なら来年の春のレースで活躍して欲しいと思っている。

 だが……世の中にはそう思わない人もいるらしい。

 

『いつまで、ダイユウサクを走らせるつもりだね、キミは?』

 

 愛知から戻ったオレは、学園の理事の一人にそう言われた。

 

『グランプリウマ娘の名をこれ以上貶めないでくれ。キミにはわからないかも知れないが、GⅠ(一流)ウマ娘であればこその“引き際”というものがあるんだからな。例えば、そう……オグリキャップのように、ね』

 

 大先輩のトレーナーから、そう言われた。

 そしてさらに続ける。

 

『もしやキミは、自分のウマ娘を()()()()されるわけじゃないだろうな?』

 

 皮肉を込めて言ってきたその言葉にオレは、なにも言い返せなかった。

 事実として、有記念以降、勝てていない。その姿は、秋の天皇賞やジャパンカップで期待に応えられなかったオグリキャップと同じかも知れない。

 

 ──では、今後も走り続けて勝てるのか?

 

 ダイユウサクが勝てないのは、有記念で実力を越えて“領域(ゾーン)”に踏み込んで過負荷をかけた後遺症のせい──オレはそう思っているし、疑ってもいなかった。

 だが──この前のレースで疑問を持ってしまった。

 GⅡだというのに2桁順位になっており、通用していないのは明らかだ。

 良くなるどころか、時間の経過と共に悪くなっているようにさえ感じてしまう。

 

(本当に、よくなるのか? それにたとえ足が本調子になったところで、有記念前のダイユウサクは──)

 

 その約一年前にGⅢの金杯(西)を制している以外に重賞勝ちはない。

 つまり無理をしなければ、ダイユウサクは重賞を勝てるような実力は無い、ということになる。

 もしもダイユウサクがこの先走り続けたら──そう考えて、とあるウマ娘の名前が頭をよぎった。

 

(アイツを“オペックホース”にするわけには……)

 

 ダービーを取りながらもその後は一勝も出来ず、それでも勝利の栄冠を求めて挑戦し続けたウマ娘。

 重ねた敗戦の数は32──さっきの先輩トレーナーの言葉は、彼女のことを揶揄してのものだった。

 

(オレは彼女を卑下するつもりはない。むしろ逆で、敬意さえ抱いている)

 

 最後まで諦めずに勝利を求めた彼女の不屈の闘志は、賞賛すべきもの。

 ダービーウマ娘の矜持? そんなもの知ったことじゃない。

 競走の世界に身を置いているのなら勝利を求めるのは当たり前じゃないか。

 

(どんなウマ娘だろうと、いや、ウマ娘に限らずに誰であろうと夢を諦めずに努力し続けること以上に崇高なことなんて、無い!)

 

 だからこそ決して諦めなかった彼女にどうにか一度、勝ってもらいたかったと思っている。

 だが、皆がオレのように思っているワケじゃなかった。一部のウマ娘競走のファンや関係者からは“ダービーの名を貶めた”と言われ、批判の的になったのも確かだった。

 彼女は、勝利のために様々な道を模索することもした。

 しかし──

 

(彼女の場合、ダービーウマ娘というのが枷になって、障害への転向も、地方へ移ることも、周囲に反対されてできなかった)

 

 最近、見た2人──障害に挑戦したウマ娘(メジロパーマー)地方移籍したウマ娘(ロングシンホニー)が頭をよぎる。

 そうして走り続けることができたのは、まだ良かったのかも知れない。特にメジロパーマーの最近の強さは、あの逆境をバネにして飛躍できたというのはあるだろう。

 しかし、もしもダイユウサクが同じことをする──オレの手から離れてしまう地方移籍だけはさせたくない、と思うのは個人的な我が儘だが──としたら、オペックホースと同じように“有記念ウマ娘”という立場が間違いなく邪魔をする。

 

(『それをするくらいなら、(いさぎよ)く引退しろ』と言われる)

 

 そしてそれをまさに言われた訳だ。

 オレはダイユウサクに走り続けて欲しい、と思う。

 だが、オペックホースの勝利への渇望と周囲からの批判という苦悩を、背負わせたくないという思いも強い。

 

(いっそ、有記念なんて勝たなければ──)

 

 浮かんだ思いを、オレは慌てて頭を振って飛ばした。

 ダイユウサク(コイツ)が身を削ってまで勝ち取った、もっとも輝かしい勝利を否定するなんて、絶対にやったらいけないことだ。

 オレは心の中で、ダイユウサクに謝った。

 そして、申し訳なく思いながら、ダイユウサクの顔を見ると──彼女は、どこか悟ったような顔で、フッと表情が(やわ)らいだ。

 

「どうせお偉いさんに、文句言われたんでしょ。『これ以上、醜態をさらさせるな』とか」

「う……」

「図星、ってわけね」

 

 やれやれと、今度はわざとらしくため息をつく。

 そんなにわかりやすい顔していたか、オレ?

 思わず隣のミラクルバードを見るが……ジト目でオレを睨んでいるという反応を見る限り、やっぱり分かりやすかったらしい。

 

「まぁ、全っ然トレーナーらしくないもんね。引退勧告するなんて」

 

 ダイユウサクと同じようにため息をついて、ミラクルバードが言う。

 そして彼女は、ダイユウサクをジッと見た。

 

「で、ダイユウ先輩。どうなの? 引退……見た通りトレーナーは本心では現役を続けて欲しいと思ってる」

「オイ」

 

 勝手にオレの心を代弁しているような態度のミラクルバードに思わずツッコミを入れたが、完全に無視された。

 

「だから、続けたいならこの人が全力で支えてくれるはずだよ。地方移籍したいって言うのなら、きっと一緒に移ってくれる」

 

 ……勝手に、決めるな。

 オレの一生に関わることだぞ?

 まぁ、さっき地方移籍に考えが至ったときに、少しだけ考えなくもなかったけどな。

 

「アンタもわかってるんでしょ? ミラクルバード(コン助)。地方への移籍なんて、有記念を勝ったアタシがやろうとしても、反対されてできないって」

 

 ダイユウサクの言葉にミラクルバードはそれ以上言えなくなってしまった。

 

「前みたいにただ勝利を目指してがむしゃらに走って、たとえ勝てなくても次のレースで……って、そういう立場じゃ無くなったことくらい、アタシだって理解してる。世間の目が『たとえ負けても──』なんてことを許さないのは、同級生(オグリ)を間近で見ていたんだから、ね」

 

 ジャパンカップでの敗走に、六平トレーナーをはじめ陣営に引退を迫るような手紙が来たというのはオレも知っている。

 近い立場になって分かるが、オグリキャップはさぞ悔しかっただろうな。

 

「だから……アタシも、そういう立場になった自覚は、あるわ」

「ダイユウサク……」

 

 笑みを浮かべ──いや、笑みを取り繕おうとして無理しているのがハッキリ分かる彼女の表情に、オレは胸が痛くなった。

 だからオレは、「無理をするな!」と言おうとして──

 

「大丈夫、トレーナー……アタシは、大丈夫よ」

 

 無理矢理笑みを作り、彼女は言う。

 

「ホントなら、ここまで走っていられなかったんだから。最初の2戦で……最下位(ビリ)しか知らずに、アタシの競走人生は終わるはずだったんだから」

 

 その2戦後、確かにダイユウサクは学園から去るのを決めていた。

 そんな彼女を、もっと走らせたいというオレのエゴだけで競走(レース)の世界に留めたんだ。

 

「それを、アナタのおかげで、アナタに会えたから……初勝利できたのも、重賞に挑戦してコスモと走れたのも、初めてのGⅠであのオグリと走れたのも、金杯を勝てたのも……」

 

 ああ、そうだ。色んなことがあった。

 あれから今までオレと共に35戦……一流と言われるウマ娘たちとは比較にならないほど、走ったもんな。

 だから、その分だけ他のウマ娘とトレーナーとの間とは比較にならないほど多くの思い出がある。

 悔しかった思い出も、嬉しかった思い出も……

 

「そして、あのマックイーンに勝って有を取れたのも……ここまで走ってこられたのは、全部全部……アナタと会えたからよ」

 

 ……そう思うのなら、なんでそんなに爽やかな、悟ったような顔をしてるんだよ。

 ここは感極まる場面だろ?

 お前が涙を流してくれないと……オレが困るんだよ!

 オレは男で、お前のトレーナーなんだから、涙を見せるわけにはいかないだろ!!

 

「今まで、本当にありがとう……」

「ダイユウサク、お前……」

 

 深々と頭を下げる、ダイユウサク。

 そして──彼女が言うだろう、次の言葉にオレは……覚悟を決める。

 

「……でもあと一つだけ、走りたいレースがあるのよ」

「え?」

 

 想定外の言葉に、オレは驚いた。

 あれ? このまま……引退しますって流れじゃなかったのか?

 えっと……完全に困惑したオレの目から、涙は完全に引っ込んでいた。

 

「ねぇ、トレーナー……最後に、最後に一つだけ……お願いがあるの」

 

 そう言うダイユウサクの目は真剣そのものだった。

 

「どうしても……出たいレースがあるから。それに向けて足をしっかり休ませるわ」

 

 そう言って彼女が挙げたレースのことは、オレも聞いていた。

 あの理事長がまた言い出した無茶──それを力業でも達成してしまうのは、本当に凄いと思うが──の一つであるレースに、参加したいということだった。

 新設のためにグレードの……それどころか経緯から公式記録からも範囲外となるこのレース、

 それでも絶対に出場したいというダイユウサクの決意は──

 

「親友と決着を付けたいからよ。GⅠウマ娘って同じ立場に、やっとアタシが追いつけたんだから」

「ああ、わかった。ならオレは、全力でお前をサポートしてやる」

 

 語る彼女の表情は──いつもの勝ち気な笑みだった。

 それを見たオレの返事は、決まっている。それでどんな批判をされようとも、オレには関係ない。なにしろ、ヒドい批判は浴び慣れてるからな!

 そこまでする理由?

 そんなことは決まってる──

 

「オレが、お前のトレーナーだからな」

 

 その応えに、彼女はオレがもっとも好きな表情のまま、深くうなずいた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 

 あの日──高松宮杯が終わった直後にアタシがトレーナーと話した後のこと。

 

 

 ターフからトレーナーが去っていくのをアタシは見送っていた。

 今回のレース、本当に心残りで、残念で……悔しかった。

 

(お爺ちゃんやお婆ちゃんに、不甲斐ないレースを見せちゃった……)

 

 きっと優しい2人のことだから、「いいレースだった」と言ってくれるに違いない。

 でも──

 

「あのときのレースに比べたら、とても……」

 

 3年前の同じレース。

 同じ孫である、アタシとコスモが共に走り──そして競ったあのレース。

 それに比べたら、全然ダメなレースだった。あのときの完全燃焼感も無いし……

 

「……アタシの本気の全力、見せられなかったのは心残りだな……」

 

 今回のレースでスッキリするどころか、逆に心にトゲが残ったかのようだった。

 祖父母に、アタシ自身が満足するようなレースを見せたい。

 でも──

 

「──そんなユウに、提案なんだけど……」

「え?」

 

 突然の声に、アタシは慌てて振り向いた。

 タイミングには驚かされたけど──その声は普段からよく聞いているそれで、誰のものかはすぐにわかった。

 案の定、アタシの視線の先にはよく知るウマ娘の姿があった。

 

「あるレースに挑戦してみない? コスモと、ユウでさ……」

 

 そう言った親愛なる従妹──コスモドリームは悪戯っぽい笑みを浮かべていた。

 そんな彼女の意外な提案に、アタシは首を傾げる。

 

「レース?」

「そ。この前だけど、理事長がまた変わったレースの開催を計画しているの、話していたよね?」

「それって……」

 

 理事長が突拍子もないことを始めるのは、いつものこと。

 そして今回、彼女が発表したのは……あるレースの企画だった。

 それはグレードレースには含まれず、そして現役を引退したウマ娘でさえも参加可能。

 参加条件はただ一つのみ。

 

 それは──GⅠを制した経験のあるウマ娘。それだけ。

 

 ウマ娘競走のファンなら誰もが考える、世代の違う「あのウマ娘とこのウマ娘が勝負したらどっちが勝つ」というのを──そのままおお祭り騒ぎのレースにしてしまったような企画だった。

 

「現役トップクラスはGⅠに参加するからまだ参加しないだろうけど、GⅠ制したOGが集うとなれば、注目は高いもんね」

 

 そう言ったコスモは笑みを浮かべる。

 

「爺ちゃんと婆ちゃんに、コスモとユウの全力レース、見せてあげようよ」

 

 それは今さっき、その2人に不甲斐ないレースを見せてしまったというアタシにとっては天啓に等しい言葉だった。

 しかもコスモと2人で、ということになれば……あの2人をどれだけ喜ばせることができるか。

 

「それに引退していなくとも、すっかり勝てなくなったウマ娘が、“昔とった杵柄”って感じで出るのもいいんだってよ、ユウ」

「……昔とった杵柄はアンタの方でしょ。アタシは去年の年末なんだから。ねぇ、4年も前のオークスウマ娘さん」

 

 アタシがジト目を向けると、コスモはプッと吹き出した。

 そして大笑いしてから──

 

「前に、高松宮杯のときにいったじゃない? 爺ちゃんと婆ちゃんに、もっと上の舞台で競うところを見せるって」

「あぁ……確かに、言ってたわね」

「で、コスモもユウも参加資格はある。だから……狙ってみようかなって。それに──コスモもユウも一応は現役なんだから、一線から離れてる引退したウマ娘たちよりは有利だよ?」

 

 そんなコスモにアタシは少し呆れ顔になって苦笑した。

 

「セコいわね、それ……って、あれ? コスモも、って……あなた確か引退するって言ってなかった? 有記念前に助けてもらったときに」

「ううん、してないよ。ユウが有記念を勝つのを見たら、やっぱり負けられないって思ってね」

「はぁ、まったく……」

 

 アタシは大きくため息をつき、そしてコスモの顔を見た。

 

「わかったわ。そこで雌雄を決してあげるわよ、コスモ」

「うん。コスモだって絶対に負けないよ。きっとそこで今の、骨折を越えてその前よりも速くなったコスモ最高の走りを見せる。だからユウも──」

「ええ。足を万全な状態にして、あの走りをやってやるわよ」

 

 たとえそれで足がまた悪くなって走れなくなろうとも、コスモと最高の勝負ができるのなら──アタシに悔いはない。

 そしてそれはたぶん、コスモも同じ気持ちだと思う。たとえそれが最後になろうとも、“あのとき”のアタシと勝負ができるのなら──きっと満足するはず。

 アタシが言うと、コスモドリームは「えへへ」と笑みを浮かべる。

 そして──

 

「やっと同格で、肩を並べて走れるね。前はコスモはGⅠウマ娘で、ユウは格上挑戦の条件ウマ娘だったし」

 

 なんてマウントを取ろうとしてきた。

 そんな彼女にアタシは意地悪な笑みを浮かべて返す。

 

「クラシック限定のGⅠとクラシック以上のGⅠが同格なわけないでしょ?」

「えぇ~、同じ八大レースだよ。同格同格」

「こっちは“最強決定戦(グランプリ)”だもの。そういえばコスモもグランプリ、出てたわよね? 何着だったっけ?」

「あ~、そういうこと言うんだ!? でも宝塚記念なら、ユウだって出てたじゃないか!! そこで勝てなかったくせに……」

「ええ。でも8着だったわよ? コスモは何着だったっけ?」

「ぐぬぬ……ユウ、なんか意地悪になったよね! ひょっとしてトレーナーの影響?」

「なッ!? そ、そんなわけないでしょ!! アイツの影響なんて……って、そもそも意地悪になってないわよ!」

「いいや、なったよ! ちょっと強くなったからって──」

 

 ──なんて2人でギャーギャー騒いでいたら、係りの人に「いい加減、ライブの準備してください」って怒られたわ。

 むぅ……意地悪になってなんか、ないわよ。

 まして、トレーナー(アイツ)の影響なわけないでしょ。影響なんて受けるわけないんだから。

 

 

 ……そもそもアイツ、意地悪じゃないし。

 




◆解説◆

【たった一つの心残り】
・もちろん元ネタなんて無しです。
・「大勇断」の方は「大決断」とか「大決心」という候補もあったのですが、実質最後のダイユウサク回(になると思われる)なので、「ダイユウ」という音が入ることから選ばれました。

高松宮杯
・以前(第一章30話)に解説していたので、レース全体の概要は省略します。
・今ではGⅠに格上げされて名前も高松宮記念になったレースですが、それ以前でもGⅡの中でも格のあるレースだったようで。
・歴代の勝者にはマチカネタンホイザ、ナイスネイチャ、ダイタクヘリオス、バンブーメモリー、メジロアルダン、オグリキャップといったウマ娘化された馬から、さらに古くはハギノトップレディ(ダイイチルビーの母)やハイセイコーといった名馬の名前もあります。
・……の割には今回(1992年の第22回)って、勝利したのはミスタースペインで、出走している中でウマ娘化されているのもイクノディクタスだけ。と、そんなレースでした。
・まぁ、それでもダイユウサクは14着と言い訳できないレベルの惨敗。
・ちなみにダイユウサクの2桁順位は最初の2レースと、5歳になってなぜか突然ダートに出走した貴船ステークス(10着)、それに最後の2レースの5回と意外と少ないのです。
・──高松宮杯って3位以内を含めるとコスモドリーム、シヨノロマン、ダイイチルビーがいたり、ハギノトップレディとハイセイコーまで含めて本作オリジナルと縁が深いんですよね。意外と。

唯一、一緒に競走(はし)ったレース
・あの……そのレースには親戚のシヨノロマンが走ってたんですけど? 忘れてません?

オペックホース
・名前だけ登場となる本作オリジナルのウマ娘。モデルは1977年生まれで同名の史実馬、オペックホース。栗毛の牡馬。
・1980年の日本ダービーを制した競走馬で、同年の最優秀4歳牡馬を獲得しています。
・しかしその異名は“史上最弱のダービー馬”……ちなみに本作でも“史上最弱のダービーウマ娘”と言われています。同じ理由で。
・その原因は1980年の日本ダービーを制したオペックホースが……その後、一度も勝てなかったこと。
・皐月賞2着で迎えたダービーでは馬主の遺志に応えんとしたのか見事に勝利。
・しかし、菊花賞は10着と敗れてしまいます。
・翌年の天皇賞(春)も14中12着。宝塚記念も6着。高松宮杯ではハギノトップレディに負けて4着。年末の有馬記念にも出走していますが4着。
・その間……11回走って一度も1着になっていません。
・6歳は6度の出走があったものの、左前脚の深管骨瘤に悩まされたり、軽い熱発があったレースもあったり、やっぱり全敗。
・7歳は7度出走して全敗。しかも出走した宝塚記念では15頭中13番人気という、とてもダービー馬とは思えないような体たらく。
・ここまで勝てないとさすがに陣営は引退を決意──したんだけど、ね。
・受験した日本中央競馬会の種牡馬適性試験で不合格判定……え?
・せっかくダービーとった馬なのに、種馬になれず種付け料も稼げないのはさすがに困る!
・仕方ない、中央ダメなら地方行こう──って思ったら、「えぇ……ダービー馬を地方で走らせるのはかわいそう」とか言われて反対される。ふざけんな。
・8歳になり、3月までに5回出走するも5~8着。
・もうどうしたらいいんだよ……八方ふさがりの陣営は、最後の策として「そうだ、障害いこう」と転向を決意。
・準備のためのトレーニングをしたら、なんとそれが大正解!! あまりの適正に周囲ビックリ! 桁違いの能力を見せるオペックホースに陣営は「中山大障害の優勝も夢じゃない!」と期待を高まらせる。
・「中山大障害を勝ったら、もう一度種牡馬試験を受けるので買い上げて欲しい」と競馬会に訴えました。そうすれば種牡馬としての道が開ける!! と希望を持ったのです。
・……ところが、そんな障害転向が現実的になってくるや、再び外野が騒ぎ出します。
・「仮にもダービー馬が障害転向するなんて!」と関係者からファンまで批判が殺到。
・それに耐え切れなくなった陣営は、ついに断念。
・朝日チャレンジカップの最下位を経て、12月のウィンターズステークスではゴール前で左繋靱帯断裂を発症し、それを最後に引退しました。
・重ねた負けの数は32。これはダービーを制した競走馬の連敗数としては、2位の14連敗(コマツヒカリの記録。しかしコマツヒカリは勝って連敗を止めている)を軽く凌駕するぶっちぎりの1位です。
・この結果に調教師の佐藤勇氏は“65年間の騎手・調教師人生でも理解できない謎”と言っています。
・なお、同氏の「あまり体質が丈夫でなかったのも事実で、ダービーが頂点で最高の能力を出して、それで全てが燃え尽きたのだと思う」という見解は、ダイユサクの有馬記念後の姿に重なるものがあります。
・地方や……特に適正が認められていた障害への転向が批判されてできなかったのは、本当に可哀想としか言いようがありません。
・なお引退後は種牡馬にはなりましたが、活躍したのは2頭くらい。ダービー馬というよりもやはりその後の32連敗の方が見られてしまい、種牡馬としての人気も低かったそうです。
・2005年10月31日に清畠トレーニングセンターで老衰のため、その生涯を閉じました。
・ちなみに名前は「ホース」は冠名で、「オペック」は石油輸出国機構の略称「OPEC(オペック)」から。世界の石油を制するOPECのごとくサラブレッドの王者になって欲しいという願いが込められているそうです。

お祭り騒ぎのレース
・第一章のラストにあったレースのことです。
・そのときの解説で説明したように、ゲームで言えばURAファイナル、アニメで言えばドリームトロフィー相当のレースで、どっちとも言及しない──という方針だったのですが、結果的にはオリジナルのレースになりました。


※次回の更新は4月15日の予定です。  

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