見えぬ輝きの最南星《アクルックス》   作:ヤットキ 夕一

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 ──8月も終わりが近づき、オレは合宿所から学園へと戻るバスへと乗り込み、一息ついた。

(うん……とりあえず、やるべきことはやれた合宿だったな)

 ……え? 場面飛ばしすぎだろって?
 合宿シーンはどうした? って……もちろん海岸でのトレーニングもしたが、それがどうかしたのか?
 水着シーンとかサービスシーン?


 そんなもの、ウチにはないよ…


 オイオイ、正気か? 文字だけでそれを表現したところで空しいだけだろ。
 それともなにか、ダイユウサクかからレッツゴーターキン、オラシオンやロンマンガンの水着姿(スクール水着)について、事細かく文字で描写しろとでもいうのか?
 もうそれ官能小説だろ。
 というわけで、却下だ。合宿中のシーンは、丸々カットさせてもらう。


 我ら〈アクルックス〉の面々は、夏休みを利用して、海に近いこの合宿所でキャンプを貼り、海岸付近を拠点に実に充実したトレーニングを行いました。(スクール水着で)


 ──はい、概要終了!

 まぁ、実のところメンバー全員が、ずっとこの合宿所にいた訳ではないけどな。
 この期間、レッツゴーターキンだけは二度ほど合宿を離れて、遠く九州の小倉レース場へと遠征した。
 7月のレースは5着とやや調子を落としたが、8月のレースでは再度2着をとっている。しかも2回走って2回とも、だ。
 もちろん1着を取れなかったのは悔しいが、8月の猛暑の中ということを考えれば体力消費が激しいために、勝負は時の運となってしまうのもやむを得ない。
 確実に言えるのは、春までの7連敗でどん底に落ちていた調子や勝負勘は、確実に戻ってきているという手応えはあるということ。
 ターキン自身、4連続で掲示板を確保して自信につながっており、そして、2レース続けての2着によって、いい意味で4月末の谷川岳ステークス以来の勝利に飢えていた。
 おかげで「次こそは」と真摯に前を見上げている。

 さて、他のウマ娘だが……ダイユウサクは、足に負担をかけない範囲で組んだ特別メニューをこなしている。
 調子を見ながらターキンの併走に付き合ってもらい、現役組としてターキンと組になっているのもあり、色々と教えているようだった。

 で、もう一方の新人組──オラシオンとロンマンガンだが、こっちの2人は対照的だった。
 暑さにダレて愚痴りながらも、どうにか要領よくこなすロンマンガン。
 それに対してオラシオンは集中してトレーニングをこなし、ともすれば熱射病になりかねないようなほどだった。

(ちょっと真面目すぎるんだよなぁ。マンガンはもう少し真面目にやって欲しいが)

 とはいえ、オレはオラシオンに避けられている感もある。
 心当たりは……ある。
 デビューを8月のメイクデビュー戦ではなく、秋以降に持ち越したからだ。

「どうしてですか?」

 眉根を寄せ、珍しく感情的になって抗議してきたオラシオン。
 それにオレは「まだ時期ではないから」としか答えなかった。
 オラシオンはとりあえず引き下がったが、不満な様子はありありと分かった。
 まるで当てつけるかのように口を利かず、黙々とメニューをこなし、そして──その成果を記録として残している。

(正直な話、ただデビューさせるだけなら、今でもできる)

 そして、きっと勝てるだろう。
 だが──それでは、ダメだ。
 オレが考えるデビューの条件にオラシオンの仕上がりはあと少しだけ足りず、そしてなにより、出走するメイクデビュー戦での絶対条件が一つだけあるんだ。
 それは──


 …………オラシオンが、負ける可能性の高いレースなことだ。




第23R Let's Burnin’(燃えろ!)  Miracle(“驚異の) bird(娘”)

 

 ──まだ暑さが残る9月の半ば。

 

 

 トレセン学園では、感謝祭が開催されていた。

 一般のファンが学園の敷地内に入れる数少ない日で、老若男女が集まるこのお祭りの日は、広大な敷地面積を誇るトレセン学園といえども、そこかしこに人がいるという状態。

 そしてそんな中──将来はこの学園へ、と願う幼いウマ娘たちもやってきているのであった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「テイオーさん、いるかな。春の天皇賞のあとに怪我しちゃったから……」

「マックイーンさんも……しっかり治していて欲しいけど、でもやっぱり会いたいし……」

 

 一緒に来た2人の推しは、どちらも負傷中。

 だから、感謝祭とはいっても治療に専念して不参加の可能性も高いけど、それでも直接会える可能性があれば、やっぱり期待してしまうのも当然だと思います。

 そして一方、私はと言えば……そんな2人のワクワクした様子とは対照的に、モヤモヤしていました。

 

(ダイユウサクさん……怒ってるかな)

 

 宝塚記念のあとに言われた、「アタシなんかに憧れないで」という言葉に驚いて──私は泣いてしまいました。

 ダイユウサクさんのトレーナーとチームメンバーがなだめてくれましたが、ダイユウサクさんとはそのとき以来、会えていません。

 

(高松宮杯には、いけなかったし……)

 

 私も謝るタイミングを見ていたんですが、中京レース場での開催だったり、出走すると思っていなかったりして、私は現地に行かずにテレビで観戦しました。

 

(ううん……言い訳だよね、これは)

 

 開催場所とか、急だったとか、本当の理由はそうじゃない……んだと思います。

 あこがれの人にもう一度会って、ちゃんと仲直りできるか不安だったから。

 会ったときに、もしもまた同じことを言われたら──そう考えてしまい、私は二の足を踏んでしまっていました。

 今日だって、本当なら──キタちゃんとダイヤちゃんに誘われなかったら、きっとこの場にいなかったかもしれません。

 

「……そういえば、マリアちゃんって誰のファンだったっけ?」

 

 ふと、そう言ってキタちゃんが私を振り返りました。

 ギクッ……

 

「春の天皇賞も見に来てたし、そこまで応援したい相手がいるんでしょ? ひょっとして、テイオーさん?」

「え、えっと……」

 

 キタちゃんにズイッと迫られて、私は思わず視線を逸らしてしまいます。

 今の私にとってその質問はつらいし──

 

「違うよね。マックイーンさんだよね?」

 

 反対からそう迫ってくるダイヤちゃん。

 うぅ……マックイーンさんが大好きなダイヤちゃんを前にして、あの人のファンだと言うのは、さすがにハードルが高すぎます。

 さらに追い込まれ、冷や汗を流しながら視線を逸らす私。

 でも、2人は興味津々といった様子で、私の答えを待っています。

 

「えっと……有記念を勝った、オグリキャップさん…の同級生……かな」

「あ~、うん。わかるよ。すごくわかる!! あの有記念は感動したもんね!」

 

 うんうん、と頷いて満面の笑顔で迫ってくるキタちゃん。

 違う有記念なんだけど、ね……なんかゴメンなさい。

 

「確かにあのレースは凄かったと思うよ。でも、マックイーンさんがそれに出られなかったのは、ちょっと残念だったけど……」

 

 少し悲しそうに言うダイヤちゃん。

 確かにオグリキャップさんのラストランでは、マックイーンさんも出ることはできたそうなんですよね。メジロ家の都合で、ライアンさんに出走を譲ったとか譲ってないとか……そんな噂を聞いたことがあります。

 

「あれ? でも、それだと……」

 

 何かに気がついたキタちゃんが、疑問に思って首を傾げようとすると──

 

「おぉ! いいところに居たな、お子様ども!!」

「「「え?」」」

 

 突然やってきた、長い綺麗な葦毛の髪をした美人のウマ娘さんが私たちを見て笑みを浮かべていました。

 えっと……この方、誰でしょうか?

 

「「ゴールドシップさん!」」

「おお。覚えてくれてたか。そこのちっこいのはテイオーの、隣のちっこいのはマックイーンのファンだったよな? で、残りの一人は……んん?」

 

 スラッと背の高いそのウマ娘さんは、私のことをジッと見つめる。

 そんな彼女を見たキタちゃんとダイヤちゃんは、心当たりがあるようで……ダイヤちゃんがこっそり「マックイーンさんと、テイオーさんのチームメンバーのゴールドシップという方ですよ」と教えてくれました。

 そんなゴールドシップさんは私を見て──

 

「コイツ、ひょっとして新メンバーか? いったい誰のファンなんだ?」

「え、えっと……」

 

 その剣幕に私がたじろいでいると、ゴールドシップさんはポンと手を打ちます。

 

「おお! な~んだオマエ、ゴルシちゃんのファンだったのかよ。早く言えよな~」

「ええ~ッ!?」

 

 突然そう言って、私の背中をバシバシと叩いてきました。

 あの、私……そんなこと一言も言っていないんですが……

 

「アタシのファンだけじゃなく、テイオーに、マックイーン……どっちも〈スピカ〉のメンバーなんだから、お前らも助けてくれよ~」

「なにをですか?」

 

 助けてと頼まれたら断れないキタちゃんが、ゴールドシップさんの話に興味を持ったようです。

 一方で、ダイヤちゃんはそれほど乗り気じゃないように見えました。

 

「屋台で焼きそば売ってたんだけど、売り上げが他の店に負けそうなんだよ~!! このままじゃ、ナンバーワン屋台の座を他に奪われちまうんだ!!」

 

 ………………え?

 

 このウマ娘(ひと)、なにをしているんでしょうか?

 

 

「頼む、焼きそばを買ってくれ! 今あるだけ全部買ってくれたら、オマケにマックイーンが何でもやってくれる券をやるから──」

「はい、わかりました」

 

 わ、ダイヤちゃん即決だ。

 ゴールドシップさんの手を握りしめてるし。

 

「よっしゃー、売り上げ挽回したぜ! これであの焼鳥屋も──」

「いや、そりゃイカサマじゃないんスかね、ゴルシさん……」

 

 ダイヤちゃんの協力に、気をよくしたゴールドシップさんでしたが、直後に待ったがかかりました。

 その声に、ゴールドシップさんは周囲を見渡します。

 

「なッ……誰だ!? どこにいやがる!!」

「いや、目の前にいるんですが……」

 

 半眼気味の目をジト目にして彼女を見ていたのは、肩付近まで伸びたウェーブのかかった黒鹿毛のウマ娘。

 

「……ゴメン、冗談抜きで誰だか分からん。お前誰だ?」

 

 いきなり真顔になったゴールドシップさんがそう返すと、ウェーブ髪のウマ娘は困惑気味に答えます。

 

「そこでガチな反応やめてくださいよ。さっき言ってた焼鳥屋の関係者ッスけど」

「なにィ!? じゃあ敵じゃねえか! よくも目の前に出てこられたもんだな、ああ!?」

「いやいや、よくもっていうか不正しようとしてたの誤魔化そうとしてません? そこのええと……いいところのお嬢ちゃんに、マック先輩をエサにして大量購入させようとしてたじゃないですか」

「言いがかりはやめてもらうか。このちびっ子は焼きそばが大好きで、賞味用はもちろん保存用、観賞用、普及用、宣伝用、おやつ用、夕食用、夜食用を常備して──」

「被ってるから。おやつも夕食も夜食も賞味だから。なんなら保存と鑑賞、普及と宣伝も被ってるから。つーか、なんであっしがこんなツッコミしないといけないのさ……」

 

 そう言いながら、そのウマ娘が大きくため息をつくと──

 

「おいロンマンガン。早く戻れ。ミラクルバードが探してたぞ」

「げッ! 乾井(イヌ)トレ……ヤバ、サボってんのバレた」

 

 男の人が現れて、ウェーブ髪のウマ娘さんに話しかけていました。

 

「あ~、これはその……他の陣営の不正を指摘していたというか──」

「いいからさっさと戻れ。で、ゴールドシップも、せっかく来場したお客さんに迷惑をかけたら駄目だろ──って、もういない!?」

 

 その男性──トレーナーさんが現れるや、ゴールドシップさんは「あとで買いに来てくれよな。絶対だぞ~」と私たちに言ってこっそり立ち去っていました。

 その人は居なくなったのに気がつくと、ため息をつき……私たちの方を見ました。

 

「迷惑かけてすまなかった。今回、屋台の売り上げランキングなんて企画があるもんだから見ての通り暴走してるウマ娘も多くてな。うちのロンマンガンも──」

「あっしは()()何もしてませんよ」

「“まだ”ってお前なぁ……早く屋台に戻れ。ミラクルバードに本気で怒られるぞ。焼き鳥を焼き始めたら目の色変わってたからな」

「あ~、確かにバード先輩、現役ン時のチョ○ボっぽい勝負服着て見たことないくらい真剣(ガチ)な表情してたし。じゃ、あっしは戻りまーす」

 

 そう言ってシュタッと片手を挙げたウェーブ髪のウマ娘さんは近くの屋台に向かっていきました。

 そこは焼き鳥の屋台で──うわ、結構な行列ができています。

 屋台には「あの神戸の名店の味!!」なんて煽り文句まであって──

 

「そういえばキミ、どこかで……」

 

 私が屋台に気を取られていると、男の人は私を見て首を傾げていました。

 すると、キタちゃんとダイヤちゃんが私を守るように前に出てくれます。

 

「それ、女の子に声をかけるときの常套句、じゃないですか?」

「この人、噂に聞く“へんたいふしんしゃさん”でしょうか、ひょっとして……」

「いやいや、違うから! 本気でそういう勘違いはカンベンしてくれ。さすがにシャレにならん」

 

 慌てたその人は、怖がるようにサッと私たちから距離をとります。

 

「えっと……思い出したが、宝塚記念の時の……だよな?」

「え? あ、はい……」

「知り合いなの?」

「うん……」

 

 私が答えると、キタちゃんが意外そうな顔で訊いてきました。

 その通りです。私はこの人が誰だか分かっていました。

 ダイユウサクさんが所属する〈アクルックス〉の担当トレーナーの乾井さん。あの人の躍進を支え続けたスゴい人です。

 

「あの時は本当にすまなかった。ウチのダイユウサクが……アイツ、説明下手というか対人スキルが低いというか……不器用でな」

 

 申し訳なさそうに頭を下げた後、最後には苦笑気味にそう言って、もう一度「ゴメンな」と謝ってくれました。

 

「そ、そんな……だ、大丈夫です。そんなに謝ってもいただかなくても。私が、悪かったんですから……」

「そんなわけ、ないだろ?」

 

 私が慌てて首を横に振りながら言うと、乾井トレーナーさんは優しい表情を浮かべながら、私の頭にポンと手を乗せました。

 

「話はアイツから聞いてる。キミが悪いところなんて一つもない。むしろアイツを応援してくれてありがとうな」

「は、はい……」

 

 大人の人に優しくそう言われて、私は気恥ずかしくて思わず俯いてしまいます。

 

「え? マリアちゃんが応援されているのは……ひょっとして、ダイユウサクさん?」

「あ……」

 

 驚いた声をあげたのは、よりにもよってダイヤちゃんでした。

 ああ……きっとダイヤちゃんに嫌われる……

 

「マックイーンさんが言ってました。『あの末脚は、脱帽するしかありませんでした』って」

「──え?」

 

 笑顔でそう言ったダイヤちゃんを、私は驚いて見ていました。

 

「私も、最初はあのウマ娘(ひと)がマックイーンさんの邪魔をしてムッとしましたけど、でもマックイーンさんが認めているんだから、スゴいウマ娘なのに間違いありません」

「へえ、メジロマックイーンがそんなことを言ってくれていたのか」

 

 乾井トレーナーも驚き混じりの笑顔でそれに応じます。

 ボソッと「無条件で信じるのは少し怖いけどな……」と言ってるのも聞こえましたけど。

 その彼は、私の方を振り向きます。

 

「で、肝心のダイユウサクとは、仲直りできていないんだろう?」

「それは……はい」

 

 私が俯きながら答えると、「ふむ……」となにやら考え込みます。

 

「キミの憧れは理解できる。オレだって憧れた存在があったから、こうしてここにいるわけだしな。でも……アイツの気持ちも、分かるんだ」

「それって……ダイユウサクさんに憧れたらダメってことですか?」

 

 私が目上げながら言うと、トレーナーさんは「そういうことじゃないんだが……」と前置きをして──

 

「アイツ、苦労してきたからなぁ……」

 

 呟くようにそう言って、苦笑しました。

 でも、他人事のように言っていますけど、この人も同じ道を歩んできたんですから同じくらい苦労していると思うのですが。

 すると、そんなトレーナーさんは少し考えこむ様子になり──

 

「……分かった。今度、上に話を通しておくから、ウチの練習を一度見学しにくるといい。それでアイツの言いたかったことが少しは分かるかもしれない」

「え? ……いいんですか?」

「ああ。ただし……ちょっと離れた場所からこっそり見るような形になるだろうけど、それで構わないのなら」

 

 乾井トレーナーは「ウチの面々は気難しいのが多いから、見られてるのが分かると普段からはかけ離れたことになるから」と、説明して、悪戯っぽく苦笑しました。

 

 

「──はい、お願いします!」

 

 それに対して私は、そう即答していました。

 こうして私の、後日の学園内の見学が決まったのでした。

 ……あとで、キタちゃんとダイヤちゃんに「学園に入れるなんてズルい」「うらやましい」と盛んに言われましたけど。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 その日は、思いの外にすぐに来ました。

 乾井トレーナーさんから連絡をいただき、見学の日が決定し──私は当日、トレセン学園の校門の前に立っていました。

 中央トレセン学園は全寮制──と言っても校門の外にあるので、出入りする人の量は多く、校門の前にいる私は奇異の目で見られてしまい、居心地悪く感じ始めていると……

 

「あ、お久しぶりだね~」

 

 気さくにそう声をかけてくれたウマ娘さんがやってきました。

 その人は自分の足で歩み寄ってくるのではなく──車椅子を漕いで、私の方へとやってきます。

 後頭部でまとめた髪はまるで小鳥の尾羽根のようになっており、なによりも特徴的なのは、目元を覆う黄色い覆面──まるでエルコンドルパサーさんの色違いみたい──です。

 そんな彼女は、覆面を指して「ゴメンね、これを取るとドン引きするくらいの傷があってね~」と明るい調子であっけらかんと言いました。

 なんでも小さい頃にケガしたとかで……“例の事件”とは関係ないよ、とこれまた明るいというか、軽い感じで説明してくれました。

 

「よろしくお願いします。ミラクルバードさん」

「うん。こっちこそよろしくね、マリアライトちゃん」

 

 車椅子のウマ娘さんは、ミラクルバードさん。

 その名前は私も以前から知っていました。

 競走ウマ娘だったこの方は、数年前の皐月賞で大きな接触事故を起こして、それで派手に転倒して──打ち所が悪くて下半身不随になり、未だに歩くことができないそうです。

 ミラクルバード事件と呼ばれる、この人の名前が入っているその件は競走界では有名です。

 でも、本人はそんな過去を感じさせないくらいに明るいウマ娘さんでした。

 

「ちょっと長いから、マリアちゃんでいいかな?」

「はい」

 

 私が答えると、彼女は嬉しそうに「じゃあ、そう呼ぶね」と言って、私を学園内へと(いざな)ってくれました。

 トレセン学園の中はとても広いのですが……ミラクルバードさんは、苦にすることなく車椅子で移動していました。

 中の案内をしながら──やがて練習用の大きな走路へとたどり着きます。

 

「あんまり近づくと、バレちゃうからね」

 

 そう苦笑しながらミラクルバードさんは足を止めて、トレーニングしている一団を指さします。

 

「あれが、ウチのチーム〈アクルックス〉だよ」

 

 彼女の指示した先には先日、私を誘ってくれた乾井トレーナーや、長い鹿毛の髪をなびかせたダイユウサクさん、それにフワフワとした栗毛のウマ娘さんがいました。

 その近くには青鹿毛の黒髪で凛とした雰囲気のウマ娘さんと、対照的に緩い……というか不真面目そうなウェーブのかかった濃い茶髪のウマ娘さんが併走していました。

 

「競走メンバーは現在4人。マリアちゃんが応援してくれてるダイユウサク先輩と、その近くにいるのがレッツゴーターキン。あとの二人はデビュー前だけどオラシオンと、ロンマンガン──」

 

 丁寧な説明のミラクルバードさんが指し示した2人のうち片方は、感謝祭で見かけた|ウマ娘でした。

 そのときの印象と走ってる時の真剣な表情の差に驚いたりして……

 そうしている内に、ダイユウサクさんはもう一人のウマ娘さんと並び、併走トレーニングを始めました。

 楕円形のコースを走る二人──お互いに一歩も譲らずに走り続けます。

 

「レッツゴーターキン! そんなんじゃ、いつまで経っても重賞で勝てないぞ!! 隣のヤツは今年一勝さえできていないような相手だからな!!」

「や・か・ま・し・いッ!!」

 

 乾井トレーナーの、レッツゴーターキンさんに対する煽りのはずなのに併走しているダイユウサクさんが怒鳴り返してます。

 そんな様子を見て、ミラクルバードさんは「あはは」と楽しそうに笑ってますが。

 2回ほど併走をして──乾井トレーナーはダイユウサクさんに話しかけます。

 

「足の調子、どうだ?」

「問題なし、よ。トレーニング程度なら全然、大丈夫」

「……わかった。じゃあ、お前は休憩な」

「なッ──」

 

 ダイユウサクさんは、指示を出した乾井トレーナーに面を食らった様子でしたがそれから立ち直ると、彼に抗議していました。

 

「大丈夫、って言ってるでしょ?」

「ああ、分かってる。だから大丈夫な内に休ませないとダメだろ? 今のお前の脚は、衰えさせない程度に走らせながら、あとは休ませて元の状態に戻るのを待つしかない」

「それは……」

 

 悔しげに黙ったダイユウサクさんに、トレーナーさんは頭をポンポンと軽く叩きながら「焦るな焦るな」と声をかけていました。

 

「あの、ミラクルバードさん。一つ気になったんですけど……」

「なにかな?」

「今の〈アクルックス〉で、ダイユウサクさんって──」

「ああ、やっぱり気がつくよね。うん、マリアちゃんが感じたとおりだと思う……」

 

 私が話しかけたので一度こちらを見たミラクルバードさんでしたが、再び遠くのチームメイトの方へ視線を戻して説明してくれました。

 

「確かに今の〈アクルックス〉の中心はダイユウサク先輩じゃなくなってるよ。むしろ先輩はサポートに近い立ち位置だね」

「そう、なんですね……」

 

 それは私にとってはショックであり、寂しくも悲しい現実だった。

 有記念以来勝てないダイユウサクさん。それは成長期を過ぎた衰えでもあり、チームのエースの座を降りたということ。

 そしてゆくゆくは……

 

「先輩が宝塚記念でマリアちゃんに言ったのは自分でもそれが分かっていたからだと思うよ。勝つ姿を見せられない……そう自覚していたからこそ、マリアちゃんのためにも勝てない自分なんかを見習わないで欲しいって思ったんじゃないかな」

「そんな!? でも、私はそれでも……」

「ねぇ、マリアちゃん。ファンの心理だっていうのはボクもよく分かるんだ。でもね、競走ウマ娘本人にとって戻れない過去の姿の幻想を突きつけられるのって、けっこう苦しいんだよ?」

 

 あ……

 苦笑しながら、決してこちらを見ずに視線をダイユウサクさんに向けたまま言ったミラクルバードさん。

 その言葉がこの人自身の本心なのはすぐに気がつきました。

 ミラクルバードさんは無敗のクラシック三冠も夢じゃないって言われていたほどのウマ娘さんだったそうです。

 でも今では走ることはおろかまともに歩くことさえままならない。彼女にとってはその過去を思い出すのは私たち競走ファンの想像を超える苦しみなのかもしれません。

 

「本人には過去の栄光よりも現在の自分しか見えてない。だからダイユウ先輩は、あのときマリアちゃんにああ言っちゃったんだよ。それは……理解してあげてね。まぁ、競走ウマ娘っていう、皆から憧れなきゃならない立場からしたら、決して誉められたものじゃないけどね」

「は、はい……」

「それに先輩って……不器用だからあまりそう見えないけど、実はとっても優しいんだ」

 

 ミラクルバードさんはそう言ってクスクスと笑います。

 

「だから自分に憧れると言ったマリアちゃんが自分と同じ道を歩むのを……恐がったんじゃないかな」

「同じ道? それって競走ウマ娘を目指すってことですか?」

「ううん。それは大前提として、もっと狭い意味……」

 

 私たちが話している間に〈アクルックス〉の方は次のトレーニングに向けて動いていました。

 トレーナーさんがレッツゴーターキンさんと何か話していると、青鹿毛の真面目そうなウマ娘さんが「私に挑戦させてください」と言っていました。

 それを眺めながらミラクルバードさんは話を続けます。

 

「今のURAの制度は年齢中心だからね。年齢が高くなってのデビューになると、本当に不利になっちゃう。ダイユウ先輩はまさにその不利を一身に受けたと思うよ」

 

 視線の先ではトレーナーさんたちはレッツゴーターキンさんに“併せ”をさせるかどうかで迷っているみたいです。

 その相手は立候補した青鹿毛のウマ娘──オラシオンさんで、「さすがにシニアの相手をさせるのは……」と躊躇っている様子。

 一方、オラシオンさんは「お願いします!」と一生懸命頼み込んでいて……ついにトレーナーさんの方が折れました。

 ターキンさんに“併せ”を指示してその相手にオラシオンさん──だけじゃなく「ロンマンガン、お前もだ」と付け加えました。

 指名されてパーッと顔を輝かせるオラシオンさんとは対照的にウェーブ髪のウマ娘──ロンマンガンさんは「は? なんであっしまで……」と落ち込んでいます。

 今さっきまでオラシオンさんと併せをやっていたみたいですから──

 

「ターキン先輩の相手ならシオンだけで十分じゃないッスか? こう見えてあっし、根性あるっていわれてるんで、これ以上は必要ないと思うし……」

「限界いっぱいまで振り絞ったことがないヤツに根性を元にした“最後の一踏ん張り”なんてできるわけないぞ。四の五の言わずに走れ。それともオラシオンに置いていかれて構わないなら別に──」

「へいへい、仕方ねーですね」

 

 愚痴りながらロンマンガンさんは、オラシオンさん、レッツゴーターキンさんと同じ位置に移動します。

 それを目で追いながら、ミラクルバードさんは口を開きました。

 

「……その一方で、逆に早くから才能を示せたウマ娘はすごく有利になる。ジュニア期やクラシックならそれ限定のレースもあるしそこで活躍できればオープンクラス昇格も早いからね」

 

 3人のウマ娘は、横並びになってトレーナーのスタートの合図を待っています。

 

「ダイユウ先輩はマリアちゃんに自分のような苦労した競走人生じゃなくて、もっと恵まれたものに進んで欲しかったんじゃないかな。“憧れている”とか“あなたのようになりたい”って言葉を勘違いしちゃって」

「あ……」

 

 そこにすれ違いがあったんだ、と私は思いました。

 大器晩成という言葉もありますが、それは競走ウマ娘にとっては簡単な道のりではないみたいです。

 

「ダイユウ先輩はそういう早くから活躍したウマ娘を近くで見てきたから余計に、そう思っちゃうんだよ。コスモ先輩とか、オグリキャップさんとか──」

 

 ミラクルバードさんがそう言ったとき──トレーナーさんが合図をして3人の併せがスタートしました。

 そして──

 

「え──」

 

 レッツゴーターキンさんは重賞制覇の経験もあるオープンクラスのウマ娘。

 だから他の二人に比べたら、速いのは当たり前。

 ……のはずなのに、それに負けじと付いていけているウマ娘がいました。

 

「う、ううぅぅぅぅッ!!」

 

 歯を食いしばり、絶対に負けられないとばかりに唸るような声を出すウマ娘。

 しかしそれは──レッツゴーターキンさんのもの。

 もちろんその直前に走った量が違うので単純な比較はできませんが、それでもロンマンガンさんがついていけないオープンウマ娘のターキンさんに、彼女は互角以上の走りができていました。

 そして──

 

「オラシオン、全力だ! ターキンも、負けるなよ!!」

 

 トレーナーさんが指示を出すと、オラシオンさんの姿勢がグンと一段低くなります。

 そこから一気にスパートをかけ、ターキンさんを引き離します。

 そんな異常に低い姿勢でのスパートは……

 

「すごい! まるで、オグリキャップさんみたい」

「うん。参考にしてるみたいよ、彼女……オラシオンはね」

 

 髪の毛の色こそオグリキャップさんの葦毛──白とは対照的な青鹿毛の黒ですが、その走る姿は、彼女を思い起こさせるものでした。

 

「こうして間近に見てるからオグリキャップさんを思い出したんじゃないかな。だから……自分に憧れるよりももっと上を見て欲しいと、キミに願ったんだよ。ダイユウ先輩は」

 

 ミラクルバードさん──かつての天才はそう言って微笑みました。

 そしてさらに──

 

「だからと言って上だけを見てとはボクは言えないよ。ウサギとカメの童話の通り、急いだ者よりもじっくり進んだ方が栄誉を勝ち取ることもある。それが面白さでもあるけど……」

 

 そう言って彼女は、スパートされて引き離されたウマ娘──レッツゴーターキンさんを見つめる。

 一時は離れた二人の距離は、ジリジリと詰まっていて……やがてターキンさんが前に出て、ゴールを切った。

 

「……だからもしマリアちゃんがまだダイユウ先輩のファンでいてくれるなら、よかったらターキンのことも、応援してあげてくれないかな。ダイユウ先輩(あのひと)の、そして乾井トレーナーの……〈アクルックス〉の魂を受け継いでる彼女の走りをね」

 

 併せを見届けたミラクルバードさんは、顔だけをこちらへ向けて笑顔でそう言いました。

 




◆解説◆

【Let's Burnin’(燃えろ!) Miracle(“驚異の) bird(娘”)!】
・『太陽の勇者ファイバード』の歌詞の「burnin' ファイバード」から。
・“Miracle bird”はもちろん、ミラクルバードのことであり、ルビの通りに“驚異の娘”=オラシオンのことでもあります。
・birdには「娘」とか「女の子」という意味もあるので。

感謝祭
・ゲームでもアニメでも開催された感謝祭イベントでしたが、実は時期がよくわからんのです。
・ゲームだと春に行われているんですが、アニメだと1期、2期ともに秋(1期で“秋の大感謝祭”、2期だと“トレセン学園秋のファン祭り”なので春もある可能性もありますが)なんですよね。
・そんなわけで時期的にはアニメの方を採用してます。
・じゃあ、なんで9月の半ばなの?
・アニメ2期の10話で感謝祭をやっているんですけど、その時にトウカイテイオーのミニライブ(引退セレモニーの予定だったもの)が開催されています。
・史実のトウカイテイオーの引退式も秋でそれのオマージュかもしれませんが、それは1994年10月23日でした。(シャコーグレイドが3年10ヶ月ぶりに勝った日)
・じゃあ、10月じゃん……と思われるでしょうが、そのイベントの中でツインターボのレースの生中継が流れます。
・これ……1993年のオールカマーがモデルなんですよね。開催日は9月19日。
・現在の本作は、年的には1992年相当になので、オールカマーは20日に開催されています。
・毎年同じころに開催だろうということで、本作ではアニメ2期に合わせて、9月の半ば~後半というのを採用しています。
・ちょうどターキンが9月に出走してなかった、という時期的な理由が大きいのですが。

屋台
・なお、アニメ1期ではゴールドシップは焼きそばを売っていました(マックイーンと一緒に)が、屋台ではありませんでした。
・2期ではテイオーのライブの準備をしていましたので、屋台はやっていません。
・そんなわけでゴールドシップは屋台と関係ないんですけど……でも、どっちの話でも学園内にはたくさんの屋台が並んでいる描写はあるんですよね。
・特に1期は「やきとり」の屋台もありました。
・本作の焼き鳥の屋台は、実家が名店の焼鳥屋であるミラクルバードが監修&調理していますので、大人気を誇ってます。
・ただ……本人曰く「実家みたいに良い鶏は使えないから、全然違うよ?」とのこと。

へんたいふしんしゃさん
・ゲームのウマ娘と同じサイゲームスが運営している『プリンセスコネクト!Re:Dive』から。
・ヒロインキャラの一人であるキョウカが、よりにもよって主人公に対して使う通称
・ただしキョウカ本人は8歳という年齢もあって、「変態」・「不審者」の意味は分かっていないそうな。(だからひらがな表記)
・でも本作のこの場面で言った(のは分かりにくいかもしれませんがサトノダイヤモンド)のはきちんと意味を理解して言っていると思われます。
・言われた乾井トレーナーの反応は──彼の過去のトラウマを直撃していますので、早々に泣きが入ってます。

彼女を思い起こさせるもの
・『優駿』の中で、オラシオンの走り方の説明で低い姿勢で走るというのがありました。
・それを採用したかったのですが、シンデレラグレイで異常に低い走り方をしているオグリキャップがいたので、それを参考・模倣しているという設定になりました。
・オグリと接点のあるダイユウサクが、走り方を試行錯誤しているオラシオンに紹介した、という状況です。
・それも最近の話であり、ダイユウサクがきちんと先輩をしている結果だったりします。
・シングレ見直して思ったんですが、オグリキャップって最初から(むしろ最初の方が)メチャクチャ強い描写が多かったんでしたね。
・オラシオンも強者感を出したくて、このシーンを入れました。


※次回の更新は4月24日の予定です。  

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