「ふぅ……やっぱり遠いな、この国は」
飛行機を降りてこの地に立ち、あたしの口からは思わずため息混じりにその言葉がついて出た。
帰国するのも随分と久しぶりになってしまったが──“帰ってきた”という思いはその分強い。
日本を離れている間の情報は、多少は入ってきている。
「……その間に、いなくなっちまったウマ娘も、いただろうしな……」
《白い稲妻》や《怪物》の噂は、遠く欧州にいても、日本の競走界にアンテナを張っていたおかげで多少は聞こえてきた。
留学で得たものも大きいが、それでもそれらと出会い、競う機会を逸したのは、本当に悔やまれる。
いっそ知らなければそんな苦しみもないのだが……
(まったく情報化社会様々だ。たとえ三女神に通じるホットラインがあっても驚きやしない、ってな……)
あたしは、自販機で買った缶入りの飲み物を、一気にあおった。
もしも神と話せるのなら──是非とも今後のトゥインクルシリーズがどうなるのか。どのレースを誰が制するのか、教えて欲しいもんだ。
……などと考えて、苦笑する。
「いや、それじゃあツマらないな……」
誰が勝つか分からないからこそ、トゥインクルシリーズは盛り上がるんじゃないか。結果の分かりきったレースなんざ見たところで面白くもないし、走るなら尚更だ。
あたしの時もそうだった。
分からないからこそ、奇跡を信じて全力で挑んだ──そうでなければ、あんな無謀な挑戦に、誰が
ニヤリと口を歪ませつつ、苦笑を浮かべる。
(アイツ、まだ学園に残ってんのか? それとも……地方になんか
その無謀な挑戦に、共に挑んだ相棒の顔が思い浮かぶ。
居るのか居ないのか……さすがに一人のマイナーなトレーナーの動向までは、遠く離れたあの地までは聞こえてこなかった。
いずれにせよ──
「行けばわかる、よな」
どっちにしても帰国の報告はしなけりゃならない。
あの宿敵と顔を合わせなければいけないのは、ちょっと癪だが。
「といっても、あたしと顔を合わせたくないのはヤツの方だろうな。なぁ、“皇帝”さん……」
あたしは、飲み干した缶を放り投げ──それが綺麗な放物線を描いてゴミ箱へと入る。
よし、いい調子だ。思うとおりにことが動く。
これならアイツにすぐに会えるだろう。
「待ってろよ……ビジョウ」
あたしは成田空港を後にして、一路、中央トレセン学園へと向かうことにした。
「──二つ、聞きたいことがあるんだけど?」
中央トレセン学園の数多くあるトレーナー室の一つで、オレは同室になっている巽見 涼子から詰問された。
作業中だったオレは、目の前のパソコンからチラッと巽見へと視線を向け──そして元に戻す。
そうしながら、オレは彼女に訊いた。
「用件は?」
「一つ目は、オラシオンのことよ」
ああ、そのことか。
オレは心の中で小さくため息を付く。
「アイツのデビューのことだろ?」
「ええ、そうよ。いつデビューするのか、話題になってるわよ?」
そんなことは百も承知だ。
オラシオンは中等部でも目立つほどに優れた才を示したウマ娘だった。
どこのチームに所属するか、も話題になったし、勧誘合戦もかなり激しかったらしい。
それが──なんの因果か、勧誘をしていない〈
なんでも「オレとダイユウサクの関係に憧れて」とか言っていたが……
「今のオラシオンは、ウチに入ったのを後悔しているだろうな」
「それって、デビューが遅れてるから?」
「アイツの中では、そう思っているだろ」
もちろん、オレの中では違う。
世間や学園関係者が騒ぐように、オラシオンの器はとんでもない大器だと思っている。それこそ“皇帝”や“天馬”、それに“怪物”といった
そして彼女なら……“国民的アイドルウマ娘を育てる”というオレの夢を達成できるとさえ思っている。
そのためには──
「“無敗”というのは、確かに大きなステータスだよな」
「なによ、突然……」
思案が口から漏れ、それが聞こえた巽見が訝しがるようにオレを見た。
「そりゃそうよ。無敗でのクラシック三冠達成……ルドルフが“皇帝”と呼ばれて賞賛される由縁の一つでしょ?」
「その通り。まさに圧倒的だったからな」
オレは、かつてシンボリルドルフが今のような生徒会長という裏方ではなく、競走ウマ娘として全盛期を迎えていたころを思い出していた。
「“無敗”のラベルが持つ圧倒的強者感は、確かに魅力的だ。だが……もしもそれを失ったとき、果たして立て直せるかどうか……」
シンボリルドルフは生涯無敗というわけにはいかなかった。
だが、それができず崩れていった者も多い。
「強靱な精神力を持ったシンボリルドルフだから立て直せただけのこと。負けを経験するなら早い方がいい。それがデビュー戦なら、なおのことな」
「なッ……無敗を最初から捨てるつもりなの!?」
「ああ。その通りだ」
オレがあっさりと言ったので、巽見は唖然としていた。
「そんな……“生涯無敗”は誰もが憧れるはずでしょう? それを、デビュー前から諦めるなんてウマ娘が、オラシオンが可哀想よ!!」
「
例えば──オレの憧れだった“あの”ウマ娘もそうだ。
が……そのブームと言える人気の陰で、成績はある時期を境に、“時代を創ったウマ娘”としては平凡なものになってしまっている。
それが地方から無敗の10連勝で迎えた、
たった10ヶ月で10の勝ち星を集めたのに、その後のクラシック期とシニア期で3つしか集められなかったのだ。
「オラシオンにはそうなって欲しくないんだ。目先の栄光にこだわってリスクを犯すよりも、長い目で活躍してほしいと思っている」
初代国民的アイドルウマ娘の──失敗。
そして2代目のオグリキャップは……デビュー戦で負けを経験していた。
それだけじゃない、笠松から中央に来て、重賞を荒らし回った──奇しくも目の前の巽見が担当したコスモドリームもそれに巻き込まれたが──が、天皇賞(秋)でタマモクロスに破れ、ジャパンカップでも敗れ……その後もたびたび敗戦を経験している。
それにはもちろん強力なライバルの存在という理由もあったが。
「勝利よりも、敗北から学ぶことの方が多い」
それは以前に、ダイユウサクに語ったことでもある。
敗因は探りやすく、勝因は分かりづらい。
そうして負けを経験して強くなってくる者達に対し、負けを経験せずに勝ち続けるというのはとても困難なことなのだ。
「むしろ負けから再び立ち上がり、そして勝つ。そのカタルシスも見るものを興奮させるからな」
負けを経験して、強くなる。
そのドラマ性がさらなる人気を呼び──結果的には人気と実力が上がっていく。
どちらかといえば、そちらの方をオレは目指したい。
完成された圧倒的な完全なる強さよりも、発展性のある未熟な不完全な強さ──そちらに魅力を感じるのだ。
「アイツは世代を代表するようなウマ娘になるはずだ。だからこそ慎重に見極めているんだ」
「じゃあ、まだデビューさせないって言うの?」
「いや……来月に、デビューさせる」
「え? 同期の有力ウマ娘のデビューにでもぶつけるつもり?」
「本当なら、そうしたかったんだけどな……」
例えば……オラシオンのライバルと下馬評のたっているセントホウヤというウマ娘がいる。
名門の生まれで、恵まれた環境で育ったウマ娘であり、なるほど確かにオラシオンに対抗できるほどの素質を持っている、ようにオレにも見えた。
だが、8月に早々とメイクデビュー戦を走って勝利。とっくにデビュー済みである。
そして養父のゴタゴタで調子を崩したオラシオンは、8月のデビューには間に合わなかったのだ。
(ただ負ければいいってもんじゃない)
体調が万全でなければ、「敗因は体調」ということになり、成長とは全く関係なくなってしまう。
そうして夏のメイクデビュー戦を回避したわけだが……困ったことに、オラシオンに対抗できるようなウマ娘が見あたらず、ここまで至ってしまったのだ。
「本音を言うと、今以降にデビューするウマ娘がオラシオンに勝てるとは思えない」
「……はい?」
それくらいにオラシオンは、強くなってしまっている。夏のスランプを乗り越え、どこか吹っ切れたというのも原因の一つだ。
ジュニア世代で、ある程度の実力以上になればデビューするのは当然。
しかし今までデビューできず、育って秋になってそのボーダーをやっと超えたような程度のレベルでは、オラシオンにとうてい勝てないのだ。
「だから、マスコミさんに協力してもらおうと思ってな」
「……ゴメン、さっきから何言ってるかよくわからない」
こめかみを押さえる巽見に、オレは笑顔を向ける。
「ま、来月のメイクデビュー戦を見ればわかるさ」
「ふ~ん……まぁ、オラシオンのデビューはもう決めたのね。なら、それはいいわ」
ふぅ、とため息のように息を吐き出す巽見。
なんだかかんだで心配していてくれたんだな。
「で、二つ目だけど……レッツゴーターキンだけど、どうするつもり?」
「どうするって、どういうことだ?」
質問に質問で返すことになってしまったが、あまりに巽見の質問が抽象的すぎた。
「今後のことよ。最近、手応えは感じているんでしょう?」
「そりゃ、まぁな……」
重賞でも掲示板を外さないし、オープン特別とはいえ福島で勝利している。
無論、この流れを大事にしたいが──
「いつまで“中央”を避けてるの?」
「そこなんだよなぁ……」
ターキンを大舞台の重賞で走らせたい、という気持ちはある。
だがアイツには精神的な脆さという明らかな弱点がある。
「本音を言えば、今年一杯は避けたいところだけどな……」
しかしターキンにも年齢的なピークというものがある。あんまり悠長に構えているわけにもいかないのだ。
10月の半ばを迎え、秋レースも半分を終わろうとしている。年明けからではなく、秋レースの後半から東京や中山、阪神、京都開催の重賞に走らせ、春レースでGⅠの大舞台……といったところが現実的なラインじゃないだろうか。
オレが巽見にそれを話していると──
「トレーナー、それじゃあファンが納得しないみたいだよ?」
「ミラクルバード? いつの間に……」
車椅子の覆面ウマ娘、ミラクルバードがトレーナー室へとやってきていた。
彼女は車椅子を漕いでオレのところまでやってきて、得意げにピコピコと一通の手紙を振る。
「どういうことだ?」
「ほら、この前……感謝祭の後に、小さなウマ娘を学園見学に招待したじゃない? その御礼の手紙が来たんだけど──」
ミラクルバードはオレに向かって、その手紙を差し出す。
受け取ったオレは、それを読み──
「…………………………」
──オレは、ため息をついた。
この内容は間違いなく一人のファンの嘘偽りのない意見だ。
それで気付かされ。オレは、自分が間違いを犯していたように思えて仕方がなかった。
ファンの気持ちを蔑ろにして、自分の一方的な考えだけ押しつけていたのかもしれない。
「──で、どうするの? 担当トレーナーとしては?」
オレが悩んでいると、巽見が意地悪い笑みを浮かべてこっちを見ていた。
まったく、答えはわかっているのにそういうことを訊いてくるのだからな。
だが、もっとも大事なのは……本人の意志だ。
「ミラクルバード、ターキンを見つけて、呼んできてくれないか?」
「うん。わかった。行ってくるね!」
笑顔で頷いたミラクルバードは、その場でクルッとターンして、部屋から廊下へと出ていく。
その表情と、去っていく勢いをみると──アイツの気持ちもよく分かった。
「~♪」
私──レッツゴーターキンは笑顔でご飯を食べていました。
なにしろ最近の私は調子が良い。
谷川岳ステークスで勝ってチーム〈アクルックス〉に正式に入って、直後は最下位になっちゃったけど……でもその後は掲示板を外していないし、その5戦で1勝して2着が3回。
「すごいよね、こんなこと……」
思わず拳を握りしめて、小さくガッツポーズをとってしまう。
それは、確かにオープン特別とか重賞でもGⅢだったりする、けど……
例えばGⅠ勝って当たり前みたいなメジロマックイーンさん。
去年のGⅠを2つも制覇したダイイチルビーさん。
はたまたGⅠ制覇こそしていないけどそこで掲示板の常連になっているホワイトストーンさん。
同期の彼女たちの輝かしい実績に比べたら、私なんてダメダメだけど……それでも、ささやかながらも勝利を重ねて、いい波が来てると思うんです。
「それもこれも、やっぱり乾井トレーナーのおかげ……」
決してその前のトレーナーさんが悪かったって意味じゃありません。
あの人は……ちょっと優しすぎて、私には厳しくできなかったんじゃないかと思ってます。
だって乾井トレーナーは、彼女に比べたら厳しいんですから。
指示も目標も、トレーニング内容も、前と比べたらハードになってますけど……でも、絶対にクリアできない課題は出してきません。
ですから、私のことをしっかり見てくれている、という安心感があります。
「まるで、お父さんみたいに……」
思わず思い浮かべてしまう妄想。
乾井トレーナーがお父さんで、その前に見てくれたトレーナーがお母さん。
私はそうやって育ってきて──
「──こんなところにいた!!」
「ひぅッ!!」
突然かけられた声に、私は飛び上がらんばかりに驚きました。
見れば、車椅子に座ったウマ娘が、のぞき込むように私を見ています。
「ねぇ、ターキン。こんなところで何してるの?」
「あの、えっと……私は、ただ……お昼ご飯、食べてただけで……」
「ダンボールの中で?」
ミラクルバード先輩にジト目を向けられ、私は気まずく黙ったままジッとしていることしかできませんでした。
ええ。実は私──今まで、大きなダンボールの中で体育座りしながら、お弁当食べてました。
「……………………はい」
私が、どうにか小さな声で答えるとバード先輩は苦笑して、「まったく、ターキンは全然成長してないんだから……」と呆れ気味に言い、私に手を差しのべてきたんです。
「食事はともかくとして……出てきてよ、ターキン」
「……はい?」
首を傾げる私に、バード先輩は──
「トレーナーが呼んでるよ。今後のことで相談したいことがあるんだって」
「今後、ですか?」
「そうだよ。だから乾井トレーナーのところに急いで行って」
「あ、はい……」
私はあわてて立ち上がり、ダンボールを跨いで出て……ミラクルバードさんを見ました。
「……なに?」
「いえ、押していった方が、いいのかと思いまして……」
「ボクのことは気にしないでいいよ。それよりも早くトレーナーのところに──」
そう促され、私は乾井トレーナーのトレーナー室へと向かいました。
「あ、あの……レッツゴーターキンです。お呼びだと聞いたんですけど……」
「ああ。入ってくれ」
私がノックして呼びかけるとすぐに返事がありました。
そして部屋に入ると──トレーナーさんは私の方へとやってきました。
思わずビクッとして2、3歩後ずさってしまい、それを見たトレーナーさんが苦笑します。
うぅ……なんだか、ゴメンナサイ。
トレーナーさんは気を取り直すように咳払いをしてから、話し始めます。
「さて、ターキン。来てもらったのはお前の次のレースなんだが……」
「は、はい……」
私が緊張しながら返事をすると、トレーナーは一通の手紙を私に差し出したんです。
思わず訝しがるようにそれを見つめる私。
「……とりあえず、これを読んでくれ」
そう言われ──私はトレーナーさんからその手紙を受け取って、読むことにしました。
丸みを帯びた可愛らしい字は、大人ではなく小さな子が書いたように思えました。それも男の子じゃなくて女の子……
それを私は目で追います。
『──乾井トレーナー様。先日は、トレーニングを見学するという貴重な機会をいただき、本当にありがとうございました
ダイユウサクさんとはお話しできませんでしたけど、あの方の気持ちを少し理解できたような気がしました。
でも……私はやっぱり、ダイユウサクさんが好きです。ファンであり続けますし、憧れ続けます。
同時に、チームの皆さんの応援もしようと思っています。
それでレッツゴーターキンさんの御活躍を拝見したのですが……後からになってしましましたが、夏のレースを見て、思わず応援してしまいました。
そして、この前の福島民放杯の勝利、おめでとうございます! 本当に興奮しました。
すっかりターキンさんのファンになってしまったのですが、一つだけ不満があります。
それはターキンさんが出走するのが、いつも遠いレース場なことです。
中央の……東京や中山にどうして出走しないのでしょうか?
ターキンさんが大きなレース場の、大きなレースで活躍するのを、直接見たいです──』
その内容に──思わず私は「ふわ……」と声を出していました。
これは……ダイユウサク先輩のファンの子からの手紙、ですよね?
そしてその子が……私を応援してくれている、ということ……
「えっと、その……」
「応援してくれる経緯というのは色々ある。ともあれ、ファンになってくれた子の素直な感想だ」
私が読み終わったのを見て、トレーナーさんはこの手紙について説明してくれました。
差出人はダイユウサク先輩のファンの、小さなウマ娘さん。
まだ幼い彼女は、私やロンマンガンさんみたいに、昨年末の有馬記念の走りに魅せられた一人だったようです。
その後、紆余曲折を経て──〈アクルックス〉の練習をこっそり見学して、先の手紙を書くに至った……そうです。
そんな〈アクルックス〉のファンに、そして私のファンになってくれた、小さな子の望みは──
「大きな、レース……ですか? ひょっとして、次のレースは……」
私が言うと、乾井トレーナーは苦笑を浮かべて頷きました。
「オレ……いや、その以前の前任のトレーナーが、あえて“中央”のレース場を避けていた理由は、お前もわかってるだろ? ターキン」
「う……はい。私の、
「卑下しろ、なんて言ってないぞ。苦手なものは苦手。もちろんオレにだってそれはあるし、それは仕方ないことだろ」
トレーナーさんは、私の方へ歩み寄ると、頭の上にポンと手を乗せてなでてくれました。
その手の感触に、とても安心する……やっぱり乾井トレーナーはお父さん……
「だからこそ、オレはお前に聞きたいんだ。どうしたい? 挑戦したいのか、それとも……まだ“地方”を走るか」
「うぅ……」
私は、思わず一歩身を引いてしまいました。
それは決断を迫るトレーナーを怖いと思ってしまったから。
でもすぐに、自分が迷っているからだと気が付きました。だから答えが出なくて、困って、逃げようとして……
「あ、あの……と、トレーナーさんが決めて、ください……」
「ダメだ。ターキン、お前自身が決めるんだ」
私がすがる思いで言った言葉は、無碍にも却下されてしまいます。
うぅ、やっぱり乾井トレーナーは厳しい。前のトレーナーさんなら、「やめておこうか」って言ってくれるのに……
「お前がどうしたいのか、聞かせてくれ。〈
「あのときの……」
そうだ……あのとき私は、ダイユウサク先輩の姿を見て憧れて、ああなりたい──変わりたい、そう思ったんだ。
確かに、トレーナーさんの指導を受けて、私は変われたかもしれない。勝って連敗は抜けられたし、最近の調子も良い。
でも──
(私はまだ、先輩みたいには、なれてない!)
有馬記念という最高の舞台で栄冠を掴んだあの人が、トレーナーさんの腕の中で歓声に応えて手を振っていた姿を思い出す。
皆の注目が集まっている中、驚きとどよめきが、祝福の歓声へと変わっていったあのシーンを。
(私も……
それには大舞台を恐れていたら、達成できません。
大勢の観客の目。
ものすごい数の感情が渦巻くあの舞台。
それらを想像して思わず固く目を閉じ、脚を震わせ、手をギュッと握りしめていました。
(怖い。怖い……でも……)
私は──目を開き、そしてトレーナーさんを見つめます。
そしてハッキリとうなずきました。
「やります。私……私なんかを応援してくれる人に、応えたい。だから……大きな舞台に、挑戦します」
「よし。わかった……その覚悟、しっかりと受け止めた」
膝はガクガク震えていたけど、それでも言いきった私の言葉を聞いて、トレーナーさんはニヤリと笑みを浮かべました。
あの人が……本気で作戦が当たったときに浮かべる笑みでした。
そんな彼は、晴れやかな顔で私と、他の周囲にも聞こえるように、宣言しました。
「決まりだ、ターキン。お前の次のレースは──東京開催のGⅠだ!」
え?
「…………………………はい?」
私は呆然としながら、聞き返していました。
だ、だって、大きな舞台って……東京とか中山とかの大きなレース場って意味ですよね?
そこで何回か走って、そこの重賞に挑戦って意味じゃ──
「11月1日に東京レース場で開催される……秋の天皇賞。それに挑戦するぞ!」
「ええぇぇぇぇ~~ッ!?」
そ、そんな!!
いきなり八大レースに挑戦だなんて……そんなの、無理ですぅぅぅぅ!!
心の中で絶叫しながら、思わず無意識に隠れるダンボールを探していました。
◆解説◆
【Let's go with me! 熱く燃える情熱を胸に】
・前のターキン回のタイトルが『太陽の勇者ファーバード』の主題歌「太陽の翼」からだったから……というわけではないのですが、今回の元ネタは勇者シリーズの初代『勇者エクスカイザー』の主題歌「Gatherway」の歌詞から。
・「Go with me エクスカイザー!」という部分と「忘れかけていた 熱く燃える 大切なPassionate この胸に」から、です。
・最初は「Let's be Brave! さぁ、
・ふと思い出したんですが……「Gatherway」は初代勇者の主題歌なのに、1997年に出た初の勇者シリーズ主題歌集めたアルバムの「BRAVEST」にガオガイガー主題歌「勇者王誕生!」と共に入っておらず、かといって主題歌CDもなかなか手に入らず、2000年前後のころだけ幻の主題歌になっていたんですよね。
・ガオガイガーに関しては純粋に年代的な問題(1998年放映)なので入ってないのは当然なんですが、エクスカイザーに関しては版権の関係だったりします。
・初代のエクスカイザーだけは版権がキングレコードで、それ以降はビクターが持っていました。
・当然、エクスカイザーの主題歌を含めCDは全てキングレコードで出ていて、しかし「BRAVEST」はビクターが出しており、その関係でエクスカイザーだけ弾かれたという経緯があります。
・でもその後に出た勇者シリーズの主題歌集めたCDではその問題は解決しており、普通に入ってますね。
【あたし】
・誰でしょう、このウマ娘。
・なにやら
・でも“皇帝”と縁がある上に、次の舞台になるレースと深い関係がある……とまで説明すれば、ほぼ答えを言っているようなものですね。
【“あの”ウマ娘】
・乾井トレーナーがあこがれているのはハイセイコー。
・その生涯成績は22戦13勝。(不成立1)
・大井でデビューして無敗(6戦6勝)で中央移籍し、そこから皐月賞後のNHK杯まで無敗でしたが、東京優駿ではタケホープから初めての敗戦を味わいます。
・その後はもちろん2着や僅差負けとはいえ、クラシックは1勝もできず、翌年の中山記念、宝塚記念、高松宮杯の3勝で引退しています。
【手紙】
・このネタは、レッツゴーターキンの実話が元になっています。
・実際、レッツゴーターキン陣営は臆病による気性難を理由に、この時期は東京、中山、阪神、京都を避けていました。
・調子も上がってきたけど、もう少し慣れさせてから──と思っていた陣営に、あるファンレターが届きます。
・その内容が「どうしてレッツゴーターキンを中央で走らせないんですか?」というもの。
・そんな応援してくれるファンの期待に応えるため、レッツゴーターキンは東京開催のレースへの出走を決めるのでした。
・そう──あの天皇賞(秋)に。
・……ちょっとやること極端すぎません?