見えぬ輝きの最南星《アクルックス》   作:ヤットキ 夕一

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「……やれやれ、前評判だけの見かけ倒しだったようだね、あのウマ娘は」

 新聞を見たトレーナーが、へらへらと侮蔑するような笑みを浮かべているのが見え、お世辞にも品が良いとはいえないその表情に、思わず顔をしかめそうになってしまう。
 そしてそんな記事の内容はといえば──

「オラシオン、デビュー戦負けたんだってな」
「え? あの、オラシオンが!?」

 驚いて振り向いたのは、彼女の同級生のウマ娘、セントホウヤ。
 よほど意外だったらしく、トレーナーの方へと向かい、新聞を奪わんばかりの勢いで詰め寄っていましたわ。
 苦笑しながらトレーナーは、彼女に新聞を渡す。
 食い入るようにそれを見たセントホウヤは──

「本当に……負けてる。なんで、こんな連中相手に……」
「化けの皮がはがれただけだろ。もしくは才能があったがつぶされた、か。いずれにしても有力ウマ娘が減ってくれて、こっちは大助かりだけどな」

 さも愉快そうに、「ハハっ」と笑うトレーナー。
 その下品な笑い方も、私の癇に障って不快に感じてしまいます。

(まったく……品がないのはともかくとして、無神経なところは本当に何とかしてほしいものですわね)

 見なさい。少し離れた場所でシルバーやドリーミィ……オラシオンと同郷の、同じ施設で育ったウマ娘たちが眉をひそめてこちらを見ているではありませんか。
 いくらうちのチームのメンバーとはいえども、幼いころから家族同然に育った相手の方にこそ強い親愛の情を持つに決まっています。
 そういう機微に疎いのは、もう何年も前からで、一向に成長しませんからね、このトレーナーは。

「あの……では、トレーナー。セントホウヤは次のレースに出なくともよろしいのではありませんこと?」
「あん?」

 私が言うと、彼はキッと睨みつけてきました。
 やれやれ……自分の立てたスケジュールに異を唱えられたのが、そこまで気に障ったのでしょうか。

「ホウヤなら、ジュニアで負ける相手なんていやしない。走れば勝つ。それを利用しない手はないでしょう?」
「しかし……ここで体に負担をかけ、肝心のクラシック期に活躍できなければ、本末転倒ですわ」
「……その肝心のクラシック期から低迷したお前の言葉は、さすがに重いなぁ」

 私の進言を、揶揄で返すトレーナー。
 そしてそれに私は、反論ができない。確かに私はそのころから低迷してしまったんだから。

「さすがアナウンスだけの“幻のオークスウマ娘”、サンキョウセッツ──」
「く……」
「そうならないためにも、今のうちからしっかり経験を積んで、勝ちを覚えていかないとな、ホウヤ」

 そう言ってセントホウヤを見ましたが──彼女はじっと新聞を見て、反応さえしませんでした。
 おそらく聞こえているのでしょうが、あえて無視してくださったのでしょう。そんな気配りをしてくださる彼女だからこそ、私は応援したいと思わせるのです。

「まぁ、あの三流トレーナーには()()()()()()だったって話さ。三流はおとなしく三流を育ててればいいんだよ。タイムオーバーするようなウマ娘を、な」

 く……その言葉は、私は我慢なりませんわ。
 三流? たとえデビューがそうでも、彼女が去年の年末に何をしたのか、覚えてないとでも言うのですか?
 そして、タイムオーバーでデビューしたウマ娘にグランプリをとらせるようなトレーナーが、三流なわけがありません。

(まったく……先代が身を引くのであれば、私もそうしたかった……)

 我がチーム〈ポルックス〉は、先代メイントレーナーの弟子が暖簾分けしたチーム〈カストル〉の不祥事でそれを再吸収して、引退していた先代が復帰しております。
 ですが、それも数年前のこと……もともと引退していた先代は主導権を再び復帰前にメイントレーナーになっていた若い弟子に戻し始めているのです。

(そもそも、なぜこのトレーナーなのか……)

 〈カストル〉のトレーナーだった方が優秀だったのですが、不祥事で地方(ローカル)のトレセン学園に左遷(トバ)されたと聞きます。
 そしてその優秀な女性トレーナーに育てられた〈カストル〉メンバーが入り、〈ポルックス〉は元々いたメンバーと合わせ、互いのエース級が勝ち星を稼いで最優秀(リーディング)チームを射程にとらえるほど。

(これだけ人数がいれば、とも思いますし……いずれにしてもこのトレーナーの手柄ではないというのに)

今週のレースも頼んだぞ、セントホウヤ……」
「はい。走るからには全力で、勝利をとってきます」

 そんなトレーナーに従順なセントホウヤが、私には不憫にさえ見えてしまうのでした。


 ──その後、セントホウヤは見事にGⅡである京成杯ジュニアステークスを制しました。
 そして、ついに…………



第37R “鞭打たれずとも、駆け登ってみせましょう”

 

「ねぇ、聞いた? ついに〈ポルックス〉の先代がキレたらしいわよ」

 

 トレーナー部屋で作業していたオレに、同部屋の巽見がそう声をかけてきた。

 

「へぇ……まぁ、あれだけ走らせていれば当然だよな」

「そうそう。『こんな時期に、こんなに走らせてどうするんだ!!』ってカミナリ落としたんだって」

 

 さもありなん。

 先々週末に開催されたGⅡの京成杯ジュニアステークスをチーム〈ポルックス〉所属のセントホウヤが制した。

 その結果自体はいい。だが問題はセントホウヤの出走ペースだ。

 ここまで全部勝っているから4勝。つまりは4度走っている。

 来年のクラシック期を見据えるなら3勝の時点で十分。12月のジュニアのGⅠが欲しければそこへの出走権に足りるだけ走れば十分だ。

 

「……最優秀(リーディング)チームのタイトルが欲しいだけだろ? そりゃあ先代も怒るさ」

 

 便宜上、“先代”と呼んでいるが、実質的には現在もメイントレーナーになっているその人。引退したのに復帰することになったため、通称の“〈ポルックス〉の先代”だけは残って、現役なのに“先代”と呼ばれてしまっている。

 まぁ、噂ではまた“先代”になる準備を始めているようだが──

 

「……あれ?」

 

 不思議そうな巽見の声は、オレの背後から聞こえた。

 ん? いったいいつの間に……

 

「それ、オラシオンの2戦目?」

「ああ。先週末のな」

「てっきりジャパンカップの対策をしてると思ったのに……」

来賓(マルガイ)が多すぎてデータ取りに手間取ってるんだ。おかげで相手に合わせた対策ができないから、“とりあえず最善を尽くす”という素晴らしいプランしかない」

「基本の基本ね」

 

 オレの返事に巽見は呆れ気味に答えた。

 もちろんやってくる外国のウマ娘が走ったレースのデータは手に入る。

 だが、そんな彼女たちが日本のレース場でどのように走るか、走れるかが未知数過ぎる。

 期待していたウマ娘がサッパリだったり、逆にノーマークのウマ娘が活躍したりと、外国勢は本気でよく分からない。長距離で長時間の移動で調子狂わせるのもいるし。

 

(ただまぁ、総じて実力はやっぱり高いけど)

 

 現に去年のジャパンカップを制したのは外国勢で、日本勢は4着が最高だった。

 

「そんな状況で、ターキンを出して大丈夫なの?」

「大丈夫とか大丈夫じゃないとかじゃないんだよ。外国から御客様を招いているのに、秋の天皇賞ウマ娘が出ないわけにいかないだろ?」

「……去年、秋の天皇賞ウマ娘(プレクラスニー)は出てなかったみたいだけど?」

「代わりに実質1着だったウマ娘(メジロマックイーン)が出てたからな」

 

 このころのプレクラスニーは有記念に照準合わせて特訓中だった。マイラーの彼女が2500でマックイーンとガチで勝負するために。

 まぁ、プレクラスニーがマイラーなのを考えると、有に向けて調整半ばだったのを考慮しても、彼女がジャパンカップに出てたとしてもマックイーンの4着を上回れたかと言われれば……はたしてどうだっただろうか。

 

(マイルと言えば……)

 

 オラシオンのレースのこと。

 デビュー戦は1200の短距離だったが、今回は1600のマイルに距離を伸ばしていた。

 その様子が、オレのパソコンの中で映像として流れている。

 

「オラシオン、どこだったっけ?」

「3枠3番……」

 

 オレが巽見に答えているうちに、映像の中でレースはスタートしていた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ゲートが開き、私──オラシオンは駆けだした。

 遅れることなく無事にスタートした私でしたが、とりあえず様子を見ながら自分のいるべき位置を探り……

 

(やはりまだ、マークされますか)

 

 前を走る何人かが、チラチラとこちらの様子を伺っているのが分かりました。

 その反応を見ると、前回のレースが頭をよぎります。

 中盤から終盤にかけて囲まれ、前をふさがれ、不甲斐ないレースをしてしまい、それに対する後悔はもちろんまだ残っているのです。

 

(でも……)

 

 前回の負けは無駄になってはいないようです。

 周囲の私に対する警戒は、前回よりも確実に落ちています。関係無いとばかりに一人のウマ娘がいいスピードを出して逃げていました。

 

(前回のような一枚岩ではないようですね)

 

 前を逃げる者がいれば、先行策のウマ娘たちが気にしないわけにはいきません。

 向こう正面を走っている現在、私は前から6番手といったところでしょうか。

 出走数が12人ですから、概ね真ん中といったところ……

 そこに位置した私をマークすべきか、それとも前を逃げようとするウマ娘を追うべきか、迷いが生じるはず。

 そして──

 

(最初こそ速めで入りましたが、その後はペースを落として、むしろ遅いような……)

 

 このペースだと逃げ切られてしまう恐れが出てきました。

 私の前で迷うウマ娘たちよりも、そのさらに前を逃げるウマ娘こそ本当に警戒するべき相手です。

 前回のような厚い包囲網も形成されていない今こそ──

 

「ここが、勝負どころッ!!」

 

 周囲のウマ娘たちの迷いが隙を生んだのか、私の外を走っていたウマ娘の位置がわずかに下がり……位置があきました。

 その隙をついて私は外へ振り──そして加速する。

 

「「「「なッ!?」」」」

 

 前にいた4人が驚き、声を上げるのが分かりました。

 でもそれは──後ろから聞こえてきたもの。

 ペースを上げた私は一気に4人抜き去っていたのですから。

 

(囲まれる前に、抜けてしまえばいい……)

 

 前回の失敗と同じ轍は踏まない。

 先頭を追いかける私は、チラッと遠くの観客席(スタンド)にいるであろう、トレーナー達の方へ視線を向けました。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──レースは中盤を迎えようというところ。

 

 2番手集団の最後方から中段の先頭といった位置でレースをしていたオラシオンが、一気に前へと上がっていく。

 その判断に、担当トレーナーとして観客席で見ていたオレは、思わず心の中で感心していた。

 

(逃げのウマ娘にも、しっかり意識がいっている……まだ2戦目だというのに、周囲の状況判断が的確だ)

 

 前回は露骨に逃げるウマ娘がいなかったのもあるが、やはり前のレースでの反省で前よりも視野を広くしているように見えた。

 問題点に気がついても、それに対応できるとは限らないのだが……しっかりそれができるのは、やはり天賦の才によるものだろう。

 

「なぁ、ビジョウ。オラシオン(あいつ)……こっち見てねえか?」

「オレにはさすがに遠くて、さっぱりわからないな」

 

 ウマ娘は肉体能力が優れているだけでなく、感覚も鋭いといわれている。

 耳がいいのは有名だが、ひょっとしたら視力も優れているのかもしれない。

 

「あいつの頭ン中じゃあ、あんたは悪役扱いなんだろ? じゃあ、あたしも悪の幹部らしく不敵な笑みでも浮かべて見ててやればいいか?」

「心配するなダイナ。お前の場合、普通に笑ってたらそう見える」

「なッ!?」

 

 オレが返すと傍らのギャロップダイナが絶句する。

 その姿に、ダイユウサクが思わず吹き出すように笑った。

 

「笑ってんじゃねえよ、ダイユウサク。お前なんていつも不機嫌そうにしている悪役キャラだぞ?」

「そういうアンタは、真っ先に突っかかっていって最初にやられるタイプよね」

「そういうお前は、それを見てバカにしたくせに、簡単にやられるタイプだな」

 

 オレを挟んでぎゃあぎゃあといがみ合うギャロップダイナとダイユウサク。

 どうでもいいが、オレはレースに集中したいんだが……喧嘩するなら余所でやってくれ。

 その状況を、さらに隣で見ていたミラクルバードが、完全に他人事として車椅子の上で苦笑しながら眺めている。

 

「や~、ボクはそういうの関係なさそうだね」

「お前は『殺しちゃっていいよね?』とか言っちまう無邪気に残虐なタイプの幹部だろ。ついでにターキンは、なぜか一人くらいいる弱気なヤツな」

「な!?」

 

 目立つのを避けるように、少し離れて黙って見ていたレッツゴーターキンも巻き込まれ、その論評にショックを受けているようだった。

 そうこうしている間に、レースは佳境へと向かっていた。

 

(4コーナー……ついに先頭を捉えた)

 

 先頭に並んだオラシオンの姿に、オレは思わず拳を強く握りしめていた。

 勝て、勝ってくれ、オラシオン。

 無敗でなくなったお前は、もう負ける必要なんてないんだ。

 

 遠慮なく──行けッ!!

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 4コーナーで先頭に並んだ私。

 外に位置している私は当然、内のウマ娘よりも距離が長くなるのですが──

 

(やはり相手はここまで楽してきている。余力を残しているはず……)

 

 隣の彼女は、ここからが勝負と思っているはず。

 そして後続も追い上げてきている。

 

(私が道中、無理をして追い上げた……そう思っているのでしょう?)

 

 実際に、4コーナーを抜けても並んでいる状況を見て、気勢を上げて後ろから追ってくるのが分かりました。

 そして最後の直線で5人が横一線で並びます。

 

(でも……)

 

 私はまだ、余力を残している。

 あなた方になど……負けはしない!!

 ゴールまで残りあと少し。

 そのとき──

 

「「ッ!!」」

 

 私が突っ込むように頭を低くしたため、他のウマ娘達はバランスを崩したのだと思ったのかもしれません。

 誰かがほくそ笑むような──

 失敗を嘲笑するような──

 そんな気配が感じられました。

 

 

 しかし残念ながら……それは、誤り。

 

 

 私は、次の一歩で低い姿勢となって──力強く、地面を蹴る

 

「三女神よ……信徒の走り、ご覧あれ──」

 

 同時に、短く祈りの言葉を唱え──私は加速した。

 蹴った地面の芝と、吐いた空気と、他の4人を置き去りにして……

 

「「「「えぇッ!?」」」」

 

 私と並んでいたウマ娘達が、愕然とする気配を感じたのは、一瞬のこと。

 最後のスパートによって突き放され──あっという間に決定的な差が付いていく。

 他のウマ娘達──先頭で逃げていた彼女も、追い上げて並んだ彼女たちも、誰も私には追いつくことができない。

 

 

 そして──私は大きな差を付け、先頭でゴール版を駆け抜けた。

 

 

 わき上がる高揚感。

 そして達成感。

 圧倒的な差を付けたレースの結果に、観客席は沸き上がり、私を賞賛してくれています。

 

(これが……勝利、ですか)

 

 前走での不完全燃焼での敗戦では、悔しさとフラストレーションで鬱屈とした思いを心にため込むことになりましたが、その全てが一気に解放されて、爽快な気分です。

 私が速度を落としていた足を止め、観客席の声に応えて手を振ると──さらなる歓声がワッと巻き起こりました。

 

(なるほど……)

 

 この声と、自分の中からこみ上げる歓喜の感情や高揚感。

 これはクセになりますし、またもう一度味わいたい。

 さらなる上の舞台で勝てば、さらに大きなそれに襲われるのだとしたら……それを体感してみたい。

 そう考えるのも、無理はないことでしょう。

 

(さて……)

 

 観客席に手を振りながら、私はその最前列に陣取っていた面々──チームメイト達へ視線を向けました。

 渡海さんが我が事のように、大喜びで万歳をしているのが見えました。

 その横ではミラクルバードさんとレッツゴーターキンさんが笑顔で拍手してくれていて、ダイユウサク先輩はどこかホッとしたような優しい笑みを浮かべています。

 そして──不敵な笑みを浮かべているギャロップダイナ先輩と、乾井トレーナー。

 

(どうですか? 勝ってみせましたよ?)

 

 歓喜に沸いていた自分の心が少しだけ冷め──私は彼をジッと見つめました。

 この勝利の喜びが直前の負けによって増幅されていたのだとしたら、前走の敗戦も意味があったのかもしれませんね、トレーナー。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「8バ身差……やっぱり強かったわね。ちゃんと育ててたんじゃないの。心配して損したわ。で、ところであのスパート……ひょっとして?」

「たぶん思ってる通りだ」

 

 レース映像を最後まで見終わり、巽見が言おうとしたことをオレは肯定した。

 

「幸い、ダイユウサクのおかげでコネはあったからな。本人から直接指導をしてもらった──んだが……」

 

 そのときのことを思い出して、思わず苦笑してしまう。

 

「それって、オグリキャップよね?」

「アイツ、予想通りに説明が致命的なまでに下手でな。抽象的というか感性的というか、ふわっとしていて……見かねたベルノライトが協力してくれて、本当に助かった」

 

 ベルノライトはオグリキャップと共に笠松からやってきたウマ娘だが、彼女は競走ではなく、競走ウマ娘をサポートすべくスタッフ育成の科へと進んだ。

 もちろんダイユウサクとも同い歳で親交もある。

 

(そういえば、有記念のときは、かなり驚いて、メチャクチャ感激してたな……)

 

 ベルノライトも笠松では競走ウマ娘として頑張っていたらしいし、デビューもしていたそうだ。

 そんな彼女は、オグリキャップの姿を見て自分の競走を捨ててまで彼女をサポートする道を選んだらしいのだが……彼女曰く、「デビューはダイユウちゃんよりも、マシな成績だったよ?」とのこと。

 一度、本音を聞いたことがあったのだが、中央トレセン学園にやってきて驚いたことの一つに「ダイユウサクが中央トレセン学園にいること」だったらしい。

 そんな競走を諦めた自分よりも成績が悪かった彼女が──中央(トゥインクル)シリーズの頂点の一つとも言えるレースを制したのは、その努力を影ながら見ていたこともあって感動したそうだ。

 

「本人やその面倒を見ていたウマ娘から指導されたからって、それがハマるとは限らないけど……でも、これは正解ね」

 

 ジッと画面を見つめて考え込む巽見の言葉で我に返る。

 オラシオンが見せた、草原を凪いでいく風を思い起こさせるような低い姿勢での走りは、まさにオグリキャップのそれを彷彿とさせるほどに再現できていた。

 もちろん、走るフォームだけじゃない。

 その圧倒的な加速はけっして本家に見劣りするようなものではなかった。

 

「あれができるウマ娘は少ないからな。適正がなければできないし、そしてあれができれば間違いなく速い……そして、強い」

「そうね。ジュニアってレベルの走りじゃないもの」

 

 こうしてレースを走らせると、それがハッキリと分かる。

 前をふさぐ壁が無く、あのレースは彼女の走りを邪魔するものがなかった。

 そうなればもう、誰も彼女を止められない。オレはそう思えた。

 

(少なくとも同世代の中には──そんなウマ娘は、存在しない)

 

 セントホウヤ──先ほど話題に出たウマ娘の名前が頭をよぎる。

 確かに彼女も速い。悪くはない。

 だが……オレの直感になってしまうが“早熟だったゆえの強さ”という感じがする。

 

(確かに最優秀ジュニアをとるのはセントホウヤだろうが……)

 

 他のウマ娘達が本格化してきたとき、彼女は生き残れるだろうか。

 もちろん、それはオラシオンにも言えるかもしれない。彼女がこの先、伸び悩まないとは言い切れないのだから。

 

(ウチのチームの面子は、遅咲きが多いからな)

 

 ダイユウサクにレッツゴーターキン、ギャロップダイナ……ジュニアどころかクラシックレースさえ縁遠かったウマ娘ばかり。

 ウサギとカメの童話で言えば間違いなく彼女たちはカメで、この時期にここまで走れるオラシオンはウサギ型。

 

(居眠りしないウサギになってくれれば、いいんだけどな)

 

 そうならないためにも、オレは彼女を全力でサポートしなければならない。

 なにしろ……居眠りではなく、ケガをして走れなくなったウサギが、ウチのチームにはいるのだから。

 オレは車椅子のウマ娘の顔を思い浮かべ──

 

 ~~♪

 

 突然、部屋に置かれた電話が鳴る。

 それにオレが反応する前に、剣道で鍛えた反射神経によるものか、もの凄い素早さで受話器を取る巽見。

 

「はい……え!? あ、はい。おりますが……」

 

 ひどく驚いた様子を見せた巽見は、オレの様子を伺うように見上げ──それから受話器を差し出してくる。

 思わず自分を指さすと、彼女は大きく頷いた。

 

「誰から?」

「いいから出なさい」

 

 年上の後輩の“年上”部分を振りかざし、巽見は命令口調でオレに言う。

 たまにこういう風を吹かせるんだよな、と思いながら電話に出て──

 

「もしもし?」

「ああ、乾井クン。私です、黒岩ですが──」

「なッ!?」

 

 絶句する。

 そして恨みがましく巽見を睨んだが、逆に「なんで黒岩理事から直々に電話架かってくるのよ!?」と言わんばかりににらみ返された。

 

「さてお互い暇を持て余すような立場ではないので、さっそく本題に移らせてもらいますが……まだ未所属になっているようですね、彼女……」

「か、彼女って……」

「わかりますよね? サンドピアリスのことです」

「え、ええ。それはもちろん……」

「困るのですよ。推薦人のあのウマ娘の手前、まだトレーナーが決まっていない状態では……」

「す、スンマセン。こっちもいろいろ一段落付けたくて……」

「オラシオンなら、先週勝ちましたよね? では一段落がついたという事で──」

 

 オレは慌てて黒岩理事の言葉を遮る。

 

「あ、いや、今度はターキンが……」

「ふむ……ジャパンカップですか。確かに、天皇賞ウマ娘が不甲斐ない結果というわけにはいきませんからね」

「そ、そうなんです。そういうわけなんで──」

「年明けではこちらも困りますからね? ではジャパンカップ明けに、ということで」

「は、はい……」

 

 うへぇ……見透かされてるわ。

 12月入ったらジュニアのGⅠから有記念……と先延ばしにするつもりだったのに。

 ターキンがファン投票で選ばれるか分からんけど最悪でも推薦もらえるだろ、と思っていた。

 いやあのウマ娘(サンドピアリス)、どう見ても……まだ本格化してないし、なんか体ちっちゃいし、どう見ても厳しいだろ。

 まぁ、引き受けるって話しちゃってるからな。本気で体制考えないと。

 オレは、黒岩理事の念押しに応え──受話器を置いた。

 

「……どういうこと?」

 

 詰問する気満々の巽見の姿に、オレは心の中でため息をつく。

 オラシオンのことだって、気になることがあるというのに……

 オレは──彼女が最後のスパートで先頭に立ってゴールする直前──内によれたのが妙に気になるのだった。

 

(それがクセなのか、死力を振り絞りすぎたのか……)




◆解説◆

【“鞭打たれずとも、駆け登ってみせましょう”】
・いつもの詩、「馬の祈り」の翻訳からで
  “And do not whip me when going up hill(坂道を登るときに私を鞭打たないでください)
を意訳したものです。
・基本的に競走要素がない詩なので、初勝利に合うようなタイトルにするのには苦労しました。

今週のレース
・セントホウヤはオラシオンのデビュー翌週に出走しています。
・実は小説『優駿』では、そのレースに関して“重賞”という説明しかありません。
・そもそもオラシオンのデビュー戦が11月という情報しかなく、フィクションなので開催日やらがサッパリわからないことが多いので。
・本作ではオラシオンのデビュー戦が11月8日になったので、その翌週にやっていたジュニアの重賞ということで京成杯3歳ステークスしか選択肢がありませんでした。
・それをウマ娘のルールに合わせて京成杯ジュニアステークスに名前を変えています。
・なお小説『優駿』の舞台は1992年ではありませんが、本作の現在の舞台になっている1992年の京成杯3歳ステークスを勝ったのはマイネルキャッスルでした。

キレた
・小説『優駿』でセントホウヤ陣営にキレたのは、生産者である吉永ファームの会長・吉永達也。
・リーディングトレーナー争いに血眼な増矢調教師と、金儲けしか考えていない馬主の王鞍三千男が、すでに3勝してダービー出走権を得ているのに出走させていることに、セントホウヤを売ったことを後悔している、と推測されています。
・あくまで基準が昭和61年に刊行された小説を基準にしているので、現代とは色々と差異があると思います。

ジャパンカップ
・現実では東京競馬場で開催されるGⅠレースで、1981年から開催されている国際招待競走。
・2002年を除いて東京レース場の2400メートルで開催。(2002年は中山の2200メートルで開催)
・1981年からの開催で、最初に日本馬が勝ったのは第4回のカツラギエース。ルドルフ初の敗戦となったレースで、翌年にはシンボリルドルフが勝利しています。
・その後は再び外国勢が勝ち、あのオグリキャップも勝つことができず、再び日本の競走馬が制するのは1992年のことでした。
・なお、近年では外国勢が圧倒的に優勢だったのは過去のこと、2021年の開催までで外国招待馬が14勝、日本が27勝で、最新の外国勢の勝利は2005年を制したイギリス馬アルカセットまで遡らなければならないほど。

このペース
・原作では「1000メートル通過が1分2か3秒」と表記されています。
・57秒くらいでハイペースになるので、そう考えると明らかに遅いですね。

オグリキャップ
・ウマ娘のオグリキャップは、シンデレラグレイでも触れられているように、低い姿勢でのスパートが特徴的。
・そして優駿で、オラシオンはスパートをかけるときに姿勢を低くするという描写があったので、それを採用しています。
・なお本作ではオグリキャップの指導を受けた、となっていますが、原作小説が昭和61年(1986年)ですのでオグリキャップのブームの少し前ですから、年代的にはオグリキャップよりもオラシオンの方が先だったんですけどね。


※次回の更新は6月8日の予定です。  

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