見えぬ輝きの最南星《アクルックス》   作:ヤットキ 夕一

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 ──12月。

 チーム部屋の中央に置かれた大きなダンボールの前で、オレは途方に暮れていた。

「いい加減、出てこい。ターキン。ジャパンカップの成績に、オレは不満はないぞ? 確かに8着だが、外国勢を除けば4番目だ。そう考えれば掲示板圏内じゃないか」
「……でもでも、一着は外国ウマ娘さんではありません。トウカイテイオーさんだったじゃないですか~」
「アイツに負けたって恥じゃないだろ。去年の最優秀クラシックだぞ? しかも年度代表まで取ってるんだぞ? お前と同い歳のメジロマックイーンやダイイチルビーを抑えて──」
「うぅ、でも……天皇賞じゃ、勝ったのに……」
「それだけ強いウマ娘なんだから、いつもいつも勝てるわけじゃないだろ。ほら、きっと有記念に出てくるから、そこでリベンジして──」
「そ、そんなの無理です~! 勝てたのは、意識されてなかったからで、今回は思いっきり意識されちゃってましたし……」

 まぁな。レース前にトウカイテイオーから「今日は勝つからね!」なんて目の前でハッキリ言われてあたふたしてたしな、ターキン。

「今回も、そして次も、しっかりマークされてケチョンケチョンにやられるんです~。まるで会長さんに手も足も出ずに負けたギャロップダイナさんみたいに~」
「よ~し、歳末決算大バーゲンで大安売りしてるそのケンカ、もちろん買っちまっていいんだよな~?」
「やめろ、ダイナ! ターキンが余計に出てこなくなるだろ!」

 こめかみに青筋を立てて指を鳴らしつつ箱に近寄るギャロップダイナを、オレはあわてて間に入って止めた。
 まったく……たった1戦負けただけでまた自信無くしてしまうなんて、正直言って頭を抱えたくなる。

「籠もってないで出てこい、ターキン。次は有記念……お前が憧れたレースじゃないか」
「──ッ!!」

 オレの言葉に、ダンボールがガタッと揺れる。

「去年のダイユウサクのレースを見て、憧れたんだろ? だから──」
「──今じゃ見る影もないけどな」
「なんですってえぇぇ!!」

 からかうようにニヤリと笑って冷たい目で見るギャロップダイナに、ダイユウサクが猛然と反発する。
 その雰囲気を感じ取ってビクッと震えるダンボール。その天面はますます強固に閉じたような気がした。
 ああもう、どうしたらいいんだよ。
 これ以上、人が増えたらますますカオスになるだけだろうが──


 ──それでも約束は守らないといけないわけで。


 オレが思わず肩を落としながらため息をつきかけたそのとき……チーム部屋の出入り口の扉が「ドンドン」と若干強めに叩かれた。
 あ……マズい。さすがに騒ぎすぎたか。
 隣の〈ミモザ〉、普段おとなしいけど怒ると怖いんだよな。メンバーもトレーナーも。
 それとも反対側の部屋のチームか? と、恐る恐る扉を開けると……

「え?」

 見たことのないウマ娘が立っていた。
 そして──

「乾井トレーナーですよね? アレはいったい、どういうことですか!?」

 その見ず知らずのウマ娘に、オレはいきなり怒られた。



第38R 乾井備丈は間違えない

 

「スカウト、された……ですって?」

「うん。そうですな~」

 

 放課後のトレーニング中、走り終えて休憩している私──シャダイカグラの下へやってきたルームメイトの話は、驚きの内容だった。

 そんなルームメイトのサンドピアリスは、「えへへ……」と少しはにかみながらも嬉しそうに微笑んでいる。

 そんな彼女の表情には心が和み、私も共に喜びたい……と思ったのですが、ことはそう簡単ではありません。

 

(ピアリスが……スカウト、される?)

 

 あまりにもおかしい……と言ってしまうのは彼女に失礼だとは思う。

 でも、彼女の実力を考えると、そうではないと言い切れる。

 だって彼女の競走ウマ娘としての実力は、私から見てもそのレベルに達していないと思うから。

 

(選抜レースの結果がよかったのならまだわかるけど……)

 

 定期的に行われている選抜レースですが、そこでピアリスが結果を出したわけではなく……それどころか下位に沈んでいるではありませんか。

 もちろん、選抜レースはトレーナー方が出走するウマ娘の実力と、才能を見抜くためのもので、必ずしもレース結果が直結するとは限らない。

 結果が振るわなかったにも関わらず、スカウトされる例も無いわけではない。

 でも──それを差し引いたとしても、ピアリスの実力は……

 

「あれ……カグラちゃん? 喜んで、くれないの?」

「い、いえ……喜ばしいことだとは思うわ。私も喜びたいけど……一応、訊くけど、なんて名前のチーム?」

「うん! それがね、スゴいんだよ!」

「スゴい? なにが──」

「きっとカグラちゃんも知ってるチームだよ。最近、よく聞く名前だし~」

「へぇ……」

 

 と、相づちを打ちつつ、私は喉の渇きを思い出してスポーツドリンクを口に含む。

 ハッキリ言って、彼女をスカウトするというのは……悪いけど、駆け出しのトレーナーがよく分からずスカウトしたのではないかしら?

 なにしろ彼女を学園に推薦した人の名前を聞けば、どんなトレーナーだって──

 

「なんとチーム〈アクルックス〉~」

「ぶふぅッ!」

 

 思わず口から吹き出るスポーツドリンク。

 その飛沫が冬の日差しを反射してキラキラと輝き──なぜかピアリスが「わぁ~」と目を輝かせてる。

 いや、それそんないいものじゃないし。というか吹き出したものなんだから少しはイヤがりなさい。

 コホコホとむせた私はそれから立ち直ると、ピアリスの両肩を掴む。

 

「あ、あなた! あのチームが、あのトレーナーがどういう人か知ってるの?」

「え? そうですなぁ……うん、知ってるよ~? 去年の有記念を勝ったダイユウサクさんに、この前の天皇賞を勝ったレッツゴーターキンが所属してるチームで、トレーナーさんは確か、“イヌイ”さんだったような……」

「そういう意味じゃなくて、あのトレーナーの噂よ!」

「あ~! そうそう、《ビックリ箱(ジャック・イン・ザ・ボックス)》って呼ばれてるんだよね!? スゴいよね~。なんかワクワクして楽しそうじゃない~?」

 

 ああ、もう。なんでこの()はこんな調子なのよ。

 純真無垢といえば聞こえはいいけど、あまりにも無防備で、世間に疎くて、悪意に鈍感で……

 〈アクルックス〉の乾井 備丈(まさたけ)トレーナーと言えば、最近こそダイユウサク先輩の奇跡の有記念制覇で有名になったけど、その前は本当に悪名高いトレーナーとして、中等部でも有名だった。

 

(パーシング事件……それを忘れる事なんて、できないわ)

 

 未出走のまま重賞でデビューさせるのは……思うところがないわけじゃないけど、ルール上できるのなら、それはそれで仕方ないと思う。

 

(そういうのを平気で悪用するのも含めてモラル的にどうかと思うけど)

 

 結果、大タイムオーバーをしでかすのも、仕方ないでしょうね。

 実力を伴ってなかったら、そうなるのも無理もないわ。

 問題はそれ以外の話で──パーシングさんに、暴力を振るっていたってこと。

 

(なんで、そんなトレーナーが居座ってるのよ……)

 

 学園に残れているのは、その決定的な証拠がなかったからってだけなのに。

 疑わしきは罰せず、というのはあくまで法律の刑罰の話で、それを許していたら学園の秩序が保てないでしょう?

 確かに結果は出したみたいだけど、それでその人の本質が変わる訳じゃないわ。

 

(ダイユウサクさんだって、デビュー2戦はタイムオーバーしてる。デビューをネタにそういうイヤらしいことを迫って……)

 

 その後、我慢して努力を重ねたからの結果なんでしょうね。

 マックイーンさんに勝って有記念を制したのはすごいと思うけど、彼女の気持ちを考えると複雑よ。

 それに、この前は私のことをストーカーのように──

 

「あッ!」

「うん? どうしたの? カグラちゃん……」

 

 目の前で首を傾げるサンドピアリス。

 そう……あのとき、たしかピアリスもいたわ。

 ということは、ストーキングの対象は私じゃなくて……ピアリスだったってこと?

 

「ピアリス!」

「は、はい……」

「ちょっとここで待ってなさい」

「え? そうです──」

「いいわね!?」

「う、うん。わかった~」

 

 戸惑っているピアリスをその場に残し、私は感情に任せて駆けだした。

 向かう先はもちろん〈アクルックス〉の部屋よ。

 

 

 ──シャダイカグラは激怒した

 必ず、かの邪知暴虐のトレーナーを除かなければならぬと決意した。

 カグラには政治がわからぬ。カグラは、トレセン学園のウマ娘である。走路を走り、勉学を学んで暮らしてきた。

 けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。

 

 

 そうして部屋に押し掛けた私が見たのは──ケンカしている先輩二人と、ウマ娘が押し込められたダンボールが一つ。

 ほら、やっぱり……とんでもなくヒドいチームじゃないの!!

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 突然の来客に、オレはとりあえずダイナとダイユウサクに、ターキンの面倒を見るように指示した。

 なにしろターキンが挑むのは有記念、ジャパンカップでの不発もあるし、備えなければならない。そして二人はそのレースの経験者で、なによりもダイユウサクは去年の優勝者だからな。

 二人は未だ出てこないターキンを、ダンボールに入ったまま持ち上げて去っていった。

 

 もちろんその様子は、突然やってきたこのウマ娘も一部始終を見ていたわけで……

 

 腕を組み、オレの目の前で椅子に腰掛けているそのウマ娘は、不機嫌さを隠そうともせずに目を閉じていた。

 そのただならぬ気配に、覆面をしている車椅子のウマ娘・ミラクルバードが恐る恐るといった様子でお茶を出した。

 

「口に合えばいいんだけど……」

 

 そう言って、さらっと出したのはもちろん彼女お手製の焼き鳥である。

 あのなぁ、御茶請け感覚で出すようなものじゃないだろ、それ。

 不機嫌そうな彼女のこめかみがピクッと震える。

 

「おい、ミラクルバード……やっぱり焼き鳥はダメじゃないか?」

「えぇ? そんなことないよ。焼き鳥とお茶は合うんだから」

「いやそれ、もはやお茶がメインじゃなくて焼き鳥がメインになってるだろ……」

 

「コホン!!」

 

 不機嫌さを隠そうともせずに、そのウマ娘がした咳払いに、オレとミラクルバードは思わず首をすくめる。

 彼女は、ジロリとオレを睨んで──

 

「私がいいたいのは、お茶でも焼き鳥でもなく……車椅子の先輩に、お茶汲みをさせたことについてです」

「「あ……」」

 

 オレとミラクルバードはそろって声をあげていた。

 

「そういえば、そうだな……悪かったな、ミラクルバード」

「ううん。別に苦でもないから気にしてなかったよ? というか、前からそうだったからねぇ」

「前から!? やはり乾井トレーナーは日常的に虐待を──」

「違うよ、違う! トレーナー、すごく優しいもん。お茶汲みはボクが自発的にやってるだけだよ。ひょっとして……車椅子のボクがやるのは、目障りだった?」

「そ、そんなことはありません! ええ、絶対に……」

「ああ、よかった」

 

 彼女を不快にさせたのではないかと心配したミラクルバードだったが、杞憂だったらしい。ホッとして笑顔を浮かべている。

 いや、待てよ。だったら彼女はなにを怒って……というか、なにしにきたんだ、このウマ娘。

 そもそも──誰だ?

 って、どこかで見たような……見覚えがあるような、無いような……

 

「今日は何の用事で〈アクルックス(うち)〉に? えっと……名前、聞いてなかったよね?」

「……シャダイカグラです」

 

 ああ、そうだ。この前、サンドピアリスをこっそり見に行ったとき、一緒にいたウマ娘だ。

 奈瀬さんが担当していて、最近調子を上げてきているウマ娘だったな、たしか。

 

「へぇ……シャダイってことは、あの?」

 

 と、ミラクルバードが何気なく言った、そのときだった。

 突然、シャダイカグラはバッと立ち上がる。

 

「違います!! 私は()()シャダイとは何の関係もありません!! いくら名前にシャダイとついているからといって全てあの家と関係あるわけではありません!! そもそも(ヒト)だって、“松下”という名字の方が全員、幸之助さんの親戚縁者ではありませんでしょう!?」

「え……あ、はい。そうですね」

 

 突然、感情むき出しになったシャダイカグラに、オレは思わずポカーンとしてしまった。

 そんなオレの反応を見て我に返ったのか、シャダイカグラは少し恥ずかしそうにしながら「コホン」と咳払いをして気を取り直した。

 そして──

 

「用件は、ただ一つ……サンドピアリスさんの件です」

「あぁ~……」

 

 なるほど、その件ね……

 この前、念を押されていたのもあって、ジャパンカップも終わったからさっきサンドピアリス本人を見つけてスカウトしたんだよな。

 たしかシャダイカグラはサンドピアリスのルームメイトなんだっけ? 本人から話を聞いたんだろうけど……

 

「サンド、ピアリス?」

 

 一方、首を傾げたのは、事情を全く知らないミラクルバード。

 黒岩理事から頼まれた、という話をし辛くて未だにチームの誰にもこの話はしていない。

 ただまぁ、さっきスカウトしたし、これから話そうと思っていたんだが──

 

「ご存じ……無いのですか?」

「えっと、トレーナー……誰のこと?」

 

 シャダイカグラの冷たい視線に耐えかねて、ミラクルバードが苦笑混じりの笑みを浮かべてオレを振り向く。

 

「……今から話そうと思っていたんだが、新しくスカウトしたウマ娘だ」

「え? まだ増やすの!? 聞いてないよ? それに……この時期ってことはジュニア、だよね?」

「その通りです」

 

 オレじゃなくてシャダイカグラが勝手に答える。

 

「えぇ~!? でも、だって……オーちゃんとロンちゃんいるのに、さすがにそれはやりすぎじゃない?」

「オーちゃん? ロンちゃん? 誰のことかわからないけど──“やりすぎ”って、やっぱり……」

 

 それに応えたミラクルバードの言葉を、どうにも誤解しているような気がするんだよな、このウマ娘は。しかも致命的なほど……

 オレがシャダイカグラにジト目を向けていると、彼女はやおら立ち上がり──

 

「ピアリスは、私の大切な親友です! 彼女をあなたの毒牙にかけさせるわけにはいきません!!」

「ど、毒牙って……」

 

 さすがにオレは顔をしかめる。そんなオレにビシッと指さしているシャダイカグラ。

 ほら、やっぱり。

 正直、こういう誤解はダイユウサクを担当する以前には散々されたから、悪い意味で慣れているんだよな。

 オレはこめかみをおさえながら、どうしたものかと悩む。

 すっかりこの悪い噂も消えたと思っていたんだが、中等部ではまだ現役らしい。

 

「思えばこの前……11月の半ばころに私たちを見ていたのも、そのころに目を付けたからですね!」

「……え?」

 

 あの奈瀬さんにいろいろ言われた日のことか。

 あれからたまに、練習の合間を見て探すくらいはしていたが……

 

「トレーナー? いったい、なにしてたの?」

「スカウトの下見だ」

「そう称して、いやらしい目でピアリスを見ていたのでしょう? あの小柄で幼児体型の彼女になにをしようというの!?」

 

 ビシッとオレを指さすシャダイカグラ。

 オイオイ、その言い方だとオレがまるでロリコ──

 

「……そういえば、トレーナーってスタイル良い()よりも、スレンダーな方が好みだよね?」

「なッ!?」

「シヨノロマンを見る目が違ってたってダイユウ先輩が言ってたような……」

 

 オイやめろ。そんなことを言うとオレがヤエノムテキに殺される。

 それに見ろ、中等部のシャダイカグラが、「ひッ!」と悲鳴をあげて庇うように体を隠そうとするじゃないか。

 

「誤解を広げないでくれ、ミラクルバード……で、シャダイカグラ。パーシングの話を聞いてオレに悪印象を持ち、サンドピアリスを心配しているんだろうが……」

「……その通りです」

 

 素直にうなずくシャダイカグラ。

 このウマ娘、負けん気の強さはあるが、気質はまっすぐで他人思いなんだろう。

 

「パーシング事件の、アイツを弥生賞という重賞でデビューさせたのも、その結果が惨憺たるものだったのも、その結果としてアイツが競走界から去ったのも、全部事実だ」

「やはり……でもそんな方に、ピアリスを任せるわけには、いきません!」

「誤解だよ、シャダイカグラ!」

 

 間に入ったのはミラクルバードだった。

 

「たしかに今のトレーナーの言った部分についてはそうかもしれないけど、でもパーシングに暴行したとか、重賞でのデビューを強制したとか、そういうところはウソなんだよ!」

「……噂には、虚と実が混じっている、ということですか?」

「うん。そっちの方はパーシングが学園を去るときに蒔いていった悪い噂なだけで、事実無根なんだ。それは理事長もそう断言しているし……今もこうしてトレーナーをできていることが、その証拠だよ!」

 

 トレーナーが担当ウマ娘に乱暴したのなら、確実に資格が剥奪される。

 ここまで噂になっているのに、トレーナーバッジを付けていることが、潔白であるなによりの証と、ミラクルバードは説明した。

 それに「むむむ……」と考え込むシャダイカグラ。

 あとは彼女の考えるのを待つしかない。オレは自分の茶碗に口を付け──

 

「それに! こんなに一緒にいるのに、ボクに手を出してこようとしないんだよ!? 足が不自由だからロクな抵抗もできないのに!!」

「ぶふぅッ!」

 

 ちょッ!? お前、何言い出してんの!?

 オレが驚きと呆れ半々にしながらミラクルバードを見るが、完全に無視してやがる。訴えるようにシャダイカグラを見たままだった。

 一方のシャダイカグラは……どう反応していいか困ったようで、困惑しながらオレの方へと振り向いた。

 

「では、お聞きしますが……ピアリスのどこを見て、スカウトしようと思ったのですか?」

 

 懐疑的に、言葉を選ぶように、シャダイカグラは訊いてきた。

 う~ん……難しい質問をしてくる。

 事情があるから事実を言うわけにはいかないが……だが、コイツ(シャダイカグラ)の目を見て、思ったことがある。

 彼女は、真剣にサンドピアリスを心配しているんだ。

 そして同時に──サンドピアリスの実力も理解している。普通に考えればトレーナーから声がかかるようなウマ娘ではない、と。

 だからこそ、声をかけたオレを疑っているんだ。

 ……そこまで真面目にサンドピアリスのことを考え、心配しているのなら──

 

「シャダイカグラ、一つ約束をしてくれないか? 今から話すことを他言しないこと。そうでなければキミに説明できないし、逆に言えばキミに知って欲しいからこそ、約束をお願いしている」

「……わかったわ」

 

 疑いと、少しの驚き──それを表情に浮かべながら、シャダイカグラは頷いた。

 それを見てオレは、次のミラクルバードを見る。

 彼女は慣れたもので、意図を理解して素直に頷いてきた。

 

「シャダイカグラ、お前は知ってるんだよな? サンドピアリスの事情を」

「……と、いいますと?」

「この学園に入ることになった経緯。彼女を推薦した方のこと、だ」

「それはもちろん。同じ部屋ですし、直接聞きました」

 

 そこまで知っているのなら話は早い。

 オレは彼女に、その方の顔を潰さないために、()()()人からトレーナーになることを頼まれたのを説明した。もちろんその人の名前は隠して、だ。

 だが……この説明を聞いて、険しい表情になった。

 それはシャダイカグラではなく、ミラクルバードが、である。

 

「トレーナー……それ、ホントなの? だとしたらボクは──」

「……お前の言いたいことはわかるぞ。ミラクルバード」

 

 オレは黒岩理事に最初に頼まれて以来……この話を心底嫌がっていたんだと思う。

 その証拠に、本人に声をかけたのは12月になってからだし、それだって黒岩理事から催促の電話があったからだ。

 もちろんそれには、オラシオンとロンマンガンを抱えていているので同世代をこれ以上抱えたくないという、黒岩理事に主張した理由もあった。

 オレ自身、当初はそれが気乗りしない理由だと思っていたんだが──あるとき気がついたんだ。

 

「オレのしていることは……あの〈カストル〉のトレーナーがやったことと、一緒なんだからな」

 

 それに気がついたとき、本気で反吐がこみ上げてきた。

 気分が悪くなり、グラウンドの片隅でしばらくうずくまっていたほどだ。

 

(“あの方”とのコネを期待して、ダイユウサクを実力不足と知りながらチームに招き入れた、あのトレーナーと……)

 

 そしてダイユウサクは伸び悩んで悲惨なデビュー2戦を迎える羽目になり、一時は競走を諦めかけた。

 そこまでアイツを追いつめたヤツと、オレは同じ事をしようとしている……そのことにオレは自己嫌悪を抱いた。

 

「それならなんで、こんなことを……」

()()()()()だ」

「え?」

 

 真剣な表情で、眉をひそめるミラクルバード。一方、こちらのチームの内情を知らないシャダイカグラは訝しがるような表情を浮かべている。

 

「あまりにも“有名で偉大なウマ娘”の推薦を得て入学してしまった凡庸なウマ娘……そういう立場が、アイツ(ダイユウサク)に重なったんだよ」

 

 かたや皆に畏怖され、“神”とさえ言われた最強の三冠ウマ娘。

 かたや皆に愛され、初の“アイドルウマ娘”と言われたウマ娘。

 彼女(天才)たちの推薦を受けてしまったウマ娘がダイユウサクであり、サンドピアリスだった。

 

「ピアリスはまだ幼いから、それがプレッシャーになっていなかったみたいだが、ジュニアからクラシック、シニアと彼女が成長すればそれが重荷になっていくと思えた。ダイユウサクと同じようにコスモドリーム(相部屋のウマ娘)の活躍を目の当たりにしたときのように、な」

「あ……」

 

 サンドピアリスの相部屋のウマ娘が、思わず声を出した。

 

「それにもし、オレが断ってもこの話はきっと誰かにいく。だとしたら……オレは彼女を他の誰かに任せたくなかった。誰かがダイユウサクと同じ目に遭わせ──結果的に競走を諦めるようなことになるのを、嫌うようなことになるのを、どうしても避けたかったからだ」

「トレーナー……」

 

 そう呟いたミラクルバードの目には、さっきの怒りの感情は完全に消え失せていた。

 オレはそれを確認してから、シャダイカグラを改めて見る。

 

「オレは本当ならピアリスに謝らないといけないのかもしれない。ハッキリ言えばアイツの実力を認めたわけでもなければ、可能性を見つけたわけでもない。ただアイツを守り、育てたい。何勝できるかわからない……いや、勝てるかどうかさえもわからない」

 

 彼女は並みいる強豪たちと戦う──どころか大勢のウマ娘たちが勝利を渇望している競走界を生き抜くには、体躯にさえ恵まれていないように見えた。

 その小柄な体はシャダイカグラと見比べただけでも明らかに見劣ってしまう。

 

「それでもオレはアイツを勝たせたい。アイツと勝利を目指したい。その過程が楽しければそれだけでもいい。そう思ったからこそ声をかけたんだ。その気持ちだけは……間違いないんだ」

 

 ダイユウサクと姿が重なったから、というのはサンドピアリスに失礼だろう。

 でも、それは同情なんかじゃない。

 数度見ていた、練習用コースで黙々とトレーニングをこなす彼女の瞳に、ただ走るのを楽しむだけではなく、明確に「レースに勝ちたい」という意志が灯っているのを感じたんだ。

 

「……わかりました。乾井トレーナー、あなたが本気でピアリスと向き合ってくださるのなら、ルームメイトとして嬉しいことはありません」

「シャダイカグラ……」

 

 オレがホッとしかけたが──シャダイカグラはバッと開いた手のひらをオレに突き出した。

 

「待ってください……まだ完全に、信用したわけではありませんから。だからもしも……ピアリスに変なことがあったら、間違いなく私のトレーナーを通じて学園や理事へと訴えますので」

「ああ……彼女を悲しませるつもりはないから、いくらでもそうしてくれ」

 

 オレがそう答えると──シャダイカグラは「ピアリスを、よろしくお願いします」と深く頭を下げ……そして、部屋から去っていった。

 

「いい()だね……」

 

 去った彼女を見送ったミラクルバードがつぶやく。

 

「シャダイカグラか?」

「うん。あれだけ他の娘のために一生懸命になれるなんて……それに、そんな彼女から愛されてるサンドピアリスって娘も、きっとそうだよね」

 

 そう言って彼女は笑みを浮かべた。

 




◆解説◆

【乾井備丈は間違えない】
・今回はオラシオン回でもないので『馬の祈り』から離れて……
・前にそれ以外だった時にサンドピアリス回の『間違い(え)』と『かぐや様は告らせたい』を入れたので、今回はその両方を採用。
・ある意味、サンドピアリス回でもありますので。
・というかむしろシャダイカグラ回のような。

ジャパンカップの成績
・1992年のジャパンカップを制したのはトウカイテイオー。
・このころは外国招待勢が強かったころで日本馬の勝利は1985年の、トウカイテイオーの父のシンボリルドルフ以来の7年ぶりのこと。
・レッツゴーターキンは14人中の8着でした。
・ちなみに9着は公式ウマ娘化済みのイクノディクタス。
・それ以外に公式ウマ娘はいませんが、天皇賞(秋)で3着だったヤマニングローバルが12着、記憶に残るところだと地方馬のハシルショウグンが14着──殿負けでした。
・レッツゴーターキンは後方待機で、最後の直線まで後ろにいましたが、天皇賞(秋)の時のような末脚は発揮できず、追い上げも及ばずに先頭から3つ目の集団あたりの位置でゴールを過ぎています。

シャダイカグラは激怒した
・メロスは激怒した。
・はい、『走れメロス』からです。

“松下”という名字の方が全員、幸之助さんの親戚縁者ではありません
・全国の本田さんも全員が宗一郎さんの親戚でもなければ、豊田さんも佐吉さんの親戚とは限りません。
・あ、それぞれ……松下幸之助=「Panasonic(松下電器)」、本田宗一郎=「本田技研」、豊田佐吉=「トヨタ自動車」の礎を作った方々です。
・以前にも書いた記憶があるのですが、シャダイカグラは社台グループの馬ではありませんでした。
・父のリアルシャダイ(こちらは社台の馬)からとったものです。
・そして、メジロ家やサトノのように、有名な冠名は家のようなあつかいみたいなのでウマ娘にとっての“名字のようなもの”という感覚で、シャダイをとらえました。
・そんなわけで、本作のシャダイカグラは“有名な名門家と名字が同じだけの普通の家出身”という感じになってます。
・ですので、シャダイのウマ娘たちを含めた名門出身者にはコンプレックスを持っています。


※次回の更新は6月11日の予定です。  

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