「──というわけで、新メンバーのサンドピアリスだ」
「皆さん、よろしくお願いしま~す」
無邪気な笑顔で頭を下げるサンドピアリス。
その一方で、オラシオンとロンマンガンのジュニア組は複雑そうな面もちをしている。
オラシオンはともかく、ロンマンガンはデビューもまだなので、チームメンバーが増えて自分のことが後回しになりそうで、それを恐れているのだろう。
それについては、オレも考えがある──
「で、これからのうちの方針なんだが……ジュニアの3人についてはチーム制でいこうと思う」
「……というと?」
「オラシオン、ロンマンガン、それにサンドピアリスの3人それぞれに、基本的にペアになる先輩が一人ずつ付いて練習を行ってもらう」
「……トレーナーは誰を見るのよ?」
黙って聞いていたダイユウサクがポツリと訊いてきた。
「オレは基本的に3人を平等に見る。練習メニューの組立もオレが行うが、それをチームとしてこなして欲しい。第一……オレは、今年いっぱいはターキンに注力することになるだろうからな」
「あう、うぅ……すみません……」
レッツゴーターキンは年末のグランプリ、有馬記念へ出走を予定している。
この大一番に向けて万全に調整しなければならない。
「で、だ……」
オレは説明しながらサンドピアリスへ視線を向け、彼女がニコッと笑うのを見届けて、それから待機しているギャロップダイナを見た。
「サンドピアリスは、ダートを鍛えたい。そうなると適任はお前しかいない、ダイナ」
「だろうな。他のメンツはみんな芝しかダメだし」
自慢げに言うダイナに、ダイユウサクはムッとした顔になる。
まぁ、様々な距離を走ったダイユウサクは、ダート戦を走ったことはあるが、あまり得意という印象はなかった。
逆に、ギャロップダイナは天皇賞(秋)を勝つまではダートでの勝利が目立つ。
「ダイユウサク、お前はロンマンガンの面倒を見てくれ」
「……仕方ないわね、わかったわよ」
「マジっスか? やった……」
不承不承といった様子のダイユウサクに対し、ロンマンガンの方は嬉しそうだった。
このペアは完全に相性の問題だ。
ロンマンガンはダイユウサクにあこがれているし、言うことを素直に聞くだろう。
意外と面倒見のいいダイユウサクは、言うことを聞いてくれるロンマンガンに悪感情を抱くこともないだろうし。
ダイユウサクを見て「よろしくお願いします」と頭を下げるロンマンガンに、ダイユウサクも無関心を装いながらも満更でもなさそうだった。
「で、オラシオンのサポートは、ミラクルバードに任せる」
「え? ボクなの? でも……」
「ああ、もちろんお前の車椅子って事情は分かってるから、渡海をサポートに付ける。走れない分は他のペアとか他のチームに話を通してサポートする」
「はぁ……うん、わかったよ」
できる限りのサポートをする、というオレの言葉で戸惑いながらもミラクルバードは頷いた。
こちらも、オラシオンとミラクルバードは学園に入学する前からの付き合いがあるし、渡海とオラシオンの関係については今さら言うまでもない。
それにもう一つ……晩成型ばかりのウチのチームの中で、オラシオンを除く唯一の早熟型が、ミラクルバードだった。
これからのことを考えればミラクルバードの経験が、きっとオラシオンの力になってくれるはずだ。
「あとは渡海、オラシオンが走るのが
「“ハンター”、ですか?」
「ハンターカブ。オレの前の
「はい。取っていますけど……わかりました」
二種原に乗るには学科だけの原付免許じゃなくて、実技試験のある小型限定の普通二輪免許が必要だからな。教習所に行かせていたのだ。
こういう機会もあろうかと、念のため取らせておいてよかった。
ハンターも、今のバイクを買うときに処分するか迷ったんだが……コイツで福島に行ったからダイユウサクとの縁が生まれて、今のオレやチームがある。
そしてダイユウサクを追いかけていて、ミラクルバードにぶつかりかけて縁ができた。
そういう意味で、このハンターカブも《
「それでいいか? オラシオン」
「……それがトレーナーの判断なら」
最後にオラシオンへ振り向いて確認したが、相変わらず彼女はオレに素っ気ない。
というか半ば避けられているが、それは別にかまわない。渡海とミラクルバードが支えてくれるだろう。
「──というわけで、この3チームとターキンを中心にしていくからな。ターキンは当然、有馬記念に照準を合わせること」
「はい」
オレの言葉にターキンは体の前でグッと両手を握りしめて「がんばります」と答える。
「ロンマンガンとサンドピアリスは、とりあえずデビューが目標だな。時期は見ながらになるが……おそらく年明けになるだろ」
「了解ッス。あっしも、テンション上げていきますんで」
「そうですなぁ……うん、がんばりま~す!」
気合い十分のロンマンガンと、満面の笑顔で答えるサンドピアリス。
そして──
「で、オラシオン。お前の次のレースだが……」
「はい」
神妙な面もちで聞いているオラシオン。
「──阪神ジュニアステークス、な?」
「はい……え? それって、まさか……」
「そうだ。二つあるジュニアのGⅠの一つだ」
「し、しかしそれは……ジュニア期はGⅠ挑戦をしないという話では?」
確かに以前、そう話したときもあった。
だが、今は事情が少し変わってきたからだ。
来年からのクラシックレースに備えて大舞台を一度経験させておきたいという思いがあった。
「出られそうだからとりあえず出ようかと思う。何事も経験だし、これを逃せば次のGⅠはクラシックレース本番まで無いからな……どうしても嫌なら考え直すが、どうする?」
「いえ、走ります! 走らせてください、トレーナー!」
そう言ったオラシオンの目が、勝利に対して貪欲に光ったように感じられた。
勝利を経験したことで、さらなる渇望へと繋がったようだ。
それにオレが密かに満足していると──
「ねぇ、トレーナー」
「なんだ、ミラクルバード……」
「阪神ジュニアステークスってことはGⅠでしょ?」
「ああ、さっき説明したようにな」
「じゃあ……勝負服で走るんだよね?」
「「「あ……」」」
それに気が付いたジュニアの3人が声を出す。
他のウマ娘たちは、ミラクルバードも含めて全員が勝負服を持っているし、そしてそれで走る経験もしている。
「ああ、もちろん。それに合わせて準備もしているぞ」
もちろん抜かりはない。
オラシオンの勝負服の御披露目は、そのレースになりそうだ。
──数日後。
オレはメインで見ているレッツゴーターキンに休憩を指示し、別のウマ娘の様子を見に来た。
練習用の走路を一人で走るそのウマ娘。
青鹿毛を髪をなびかせ、コーナーを抜けていった彼女は──
「今!!」
コース脇で走る姿を見ていた研修生がそう言って手を一度叩いたのを合図に、一段と姿勢を低くし──加速する。
猛然と加速した彼女は、ゴール役としてそ車椅子に座ったミラクルバードの前を駆け抜けて──ミラクルバードはストップウォッチを押した。
「お~、オーちゃん、スゴい。さすがだね~」
ストップウォッチに表示された記録を見てはしゃぐミラクルバードは、走りを止めて歩み寄ってきたオラシオンにそれを見せていた。
しかし、オラシオンはそれを見て不満そうに首を横に振る。
「いえ、まだ……この記録ではまだわかりません」
「え? でも、これだけ出せれば十分だと思うけど……」
「まだです。私はまだ──」
「待った、オラシオン……これ以上はオーバーワークだよ」
まだ走ろうとしかけたオラシオンを、トレーナー研修生の渡海が止めた。
それに不満そうに反発しているオラシオン。
しかし渡海はそれに屈することなく、かといって頭ごなしで止めるのではなく、走るのを録画していた映像を見ながら、改善点や気になったところを指摘していく。
(大丈夫そうだな……)
このチームは上手く機能している、とオレは確信できた。
オラシオンは普段は素直な優等生なのだが、競走となると人が変わったように負けん気が強くなる。
それをオレへと向けつつ、古くからの知り合いの二人……渡海とミラクルバードが上手くコントロールしてくれている。
「やっと形になってきたじゃねえか」
「──ッ!?」
突然、後ろから声をかけられて、オレは飛び上がらんばかりに驚いた。
男の声──聞き覚えのあるその声に、心を落ち着けながら苦笑混じりに振り返る。
「気配を消すのは悪趣味だ、って誰かに言われてませんでした?」
「いつもそれに答えてるんだが……気配を消しているつもりはねえ。なぜか気付かれないだけだ」
悪びれもせず、老齢の域に差し掛かりつつあるサングラスをかけたトレーナーは、ニヤリと口をゆがめた。
「そんなことをしているから《フェアリーゴッドファーザー》とか呼ばれるんですよ」
「うるせぇ、《
「……やめましょう、
オレが慌てて両手を上げて降伏するとそのトレーナー、六平銀次郎は「ふん」と不機嫌そうに鼻を鳴らし、「最初から言うんじゃねえ」と文句を言った。
そして視線を、練習用のコースへにいるウマ娘へと向ける。
オレも自然と彼女たちの方を見た。
「どうですか? オラシオンは?」
「話題になっていただけはある。その素質は並じゃねえのは今の走りで十分に分かった。走りっぷりもまるでオープンクラスのシニアだ」
その獲物を狙う猛禽類のような眼が、サングラスの奥で輝いた気がした。
そして、フッとその表情から力が抜ける
「それにあの低い姿勢の走り、まるでオグリじゃねえか」
「本家のトレーナーから御墨付きをもらえるとは光栄です」
「まったく……オレの教え子の敵になるかもしれねえのにアイツらは。オグリとベルノ嬢ちゃんだろ? 教えたのは」
「そうですが……ベルノライトのことまで分かるんですか?」
「分からねえ訳ないだろ。中央にきてからオグリキャップの面倒を見たのは誰だと思ってやがる。アイツが他人に教えられるほど器用じゃないのは百も承知だ。通訳できるのは付き合いの長いベルノライト以外にいない」
「おっしゃるとおりで……」
的確に指摘されて、オレは「あはは……」と力なく苦笑するしかない。
「あれが別にうちのチームの専売特許ってわけじゃねえんだ。気にするな。それに教えられれば全員ができるような走りでもない。強く柔軟な足腰がなければ潰れるだけだ」
そこまで言うと六平さんはオラシオンを見ながら、ポツリと付け加えた。
「……もちろん、あの走りに弱点もあるしな」
オレがその真意を問おうとしたが、遮るように振り向いた。
そして「それができるだけでも並じゃない証拠だ」とオラシオンの生まれ持った才能に太鼓判を押してくれる。
「十年とか何十年に一度と言われる逸材、ってヤツだな。もっとも、ルドルフやらオグリから数えても、そんなに経っちゃいねえが」
「ウマ娘というのはそういうものかもしれませんね。そう言われる彼女たちは、毎年のように現れる……」
「かもな。で、そのうち
そう言って六平さんが見たのは、ミラクルバードのことだったのかもしれない。オラシオンの近くにいる彼女を見ているのかどうか、ハッキリとは分からなかったが……
それからオレのことを振り向いた。
「来年のクラシックレースが楽しみなウマ娘に育ったな。登録、絶対に忘れるんじゃねえぞ? うちの
なお、クラシック登録を忘れてしまい、そのレースに出走できなかったのはオグリキャップだ。
笠松からの移籍でゴタゴタしている間に、笠松でのトレーナーだった北原さんも本人も忘れてしまったらしい。
「それは間違いなく。ダイユウサクは無縁でしたけど、最初に担当したウマ娘でそれだけはしっかりと体験してますんで」
そのせいでオレはあんな騒動を起こしてしまったわけで……
自虐的にそう言うと、六平さんは「そうか」とサラッと流した。
「次はGⅠだよな?」
「はい。阪神の……」
「〈
「……オラシオンはまだ1勝しかしてませんよ。そんなに人気になりますかね」
「数じゃなくて質の問題だ。最後の直線での横一線から抜け出して8バ身差の圧勝……話題にならないわけが無い」
だからオレも見に来たんだ、と六平さんは苦笑を浮かべる。
そしてその見物も満足したらしい。オレの肩にポンと手を置き──
「お前の望んだ、“国民的アイドルウマ娘”になれる逸材じゃねえのか? 悪い意味で期待を裏切って世間様から“ビックリ”じゃなくて『“ガッカリ”の〈アクルックス〉』なんて呼ばれねえようにな」
──そう言い残して、スッとその場から去っていった。
その背中を見つめながら、オレは……
「注目株……か。そういうのにも慣れないといけないんだろうけどな」
オレが関わったウマ娘は、注目されるとどうにも弱い。
有馬記念後に勝てていないダイユウサク。ギャロップダイナが勝ったのは天皇賞制覇はフロックと周囲が確信したころの安田記念。
レッツゴーターキンもジャパンカップで負けてしまったし、オラシオンだって注目のデビュー戦は負けている。
「この辺りでジンクスってのを破ってほしいな」
オレや六平さんのことに終始気づくことがなかった3人──その中の青鹿毛のウマ娘にそれを期待する。
まったく……彼女に手を合わせて“祈り”たい気分だな。
◆解説◆
【チーム三分の計】
・今回もオラシオンやピアリスのピックアップ回ではないので、タイトルには縛り無し。
・元ネタは『天下三分の計』。
・もちろん時間の「
【阪神ジュニアステークス】
・2つあるジュニア期のGⅠの一つ。もう一つは朝日杯ジュニアステークス。
・元ネタは現在の『阪神ジュベナイルフィリーズ』であり、『朝日杯フューチュリティステークス』。
・元は『『阪神3歳ステークス』と『朝日杯3歳ステークス』という名前でした。ウマ娘の世界では名前がシンデレラグレイで『阪神ジュニアステークス』、『朝日杯ジュニアステークス』になっているのが明らかになっています。(3歳というのが使えないため。元レース名も旧年齢表記からの変更タイミングで現在の名称に変更)
・そして『優駿』ではオラシオンも阪神3歳ステークスに出走したので、このレースにも出走しています。
・……あれ? 阪神のジュニアGⅠなら牝馬限定じゃないの? オラシオンって牡馬じゃなかった?
・と思う方もいるかと思いますが、1991年に『阪神3歳牝馬ステークス』になるまで性別ではなく、所属の東西で分けての“西側の3歳ステークス”という位置のレースだったのです。
・その証拠に──シンデレラグレイでは
・小説『優駿』はそれよりも前の時代の話ですし、オラシオンも栗東所属の馬だったので阪神3歳ステークスに出走していた、というわけです。