見えぬ輝きの最南星《アクルックス》   作:ヤットキ 夕一

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「……まったく、言わんことではありませんわね」

 12月の最初の週末、そのレースを実際にではなくテレビ中継で見ることになったわたくし──サンキョウセッツはこっそりため息をつきましたわ。
 わたくしの隣には、後輩のセントホウヤがなにもいわずにジッとテレビを見つめています。

(あの場に、出走したかったでしょうに……)

 ジュニアのウマ娘たちが競う師走のGⅠレースの一つであり、阪神レース場で開催される阪神ジュニアステークス。
 これまで4戦4勝。重賞も制覇しており、今期のジュニアでトップの成績をおさめているセントホウヤですけれど、年内の出走をチームの“先代”トレーナーからストップがかけられています。
 走らせすぎ……それを見咎められてのことで、来年の春から始まり秋まで続く長いクラシックレースを争う前に、負傷はもちろんここで負荷をかけ過ぎては元も子もない、とセントホウヤのことを気遣ってのことでは彼女も納得するしかありません。
 おかげで阪神ジュニアステークスはもちろん、来週の朝日杯ジュニアステークスにも出走する予定はなく──

「オラシオン、ここで出走してくるなんて……」

 そうポツリと呟きながら、悔しそうにテレビを見ていることしかできません。。
 表情を見れば、その心中は明らか。
 中等部の頃から注目されていたオラシオン。同期のセントホウヤはもちろん意識していた相手だったそうな。
 出自からも、またその実力からも彼女は“世代の代表”となるにふさわしいものを持っていたのですが、それを上回る才能と実力でオラシオンに話題を持っていかれています。
 それを払拭せんと、早いデビューをして世間の認知度で上回ろうという戦術は、私も正しいものだったと思っておりますが、それを()()トレーナーに利用されたのは同情してしまいます。

(そのせいで、直接対決の機会を逃してしまったのですから)

 対してオラシオンは先月の11月にデビュー。
 デビュー戦で負けたせいもあったのでしょうが、矢継ぎ早に1週空けての出走で、2戦目にして初勝利を飾っていますわ。
 とはいえそのデビュー時期から、陣営はジュニアのGⅠは眼中にないのだとばかり思っていたのですけど……蓋を開けてみれば、なんと出走登録していたという。

(そんなところまで《ビックリ箱》を発揮しないでいただきたいですわね)

 わたくしの遠縁の親類にしてライバルだったウマ娘のトレーナーが、オラシオンの担当をしていらっしゃいます。
 彼女とともに散々に驚かせてくれた方でしたが、まさかの出走にセントホウヤの心中は穏やかではありません。

(たとえ重賞制覇をしていても、やはりGⅠは別格、でしょうね……)

 そのもっとも顕著な違いは──走るときの姿。
 普段は体操服でのレースとなりますが、最高グレードの競走となるGⅠレースでは、そのウマ娘のシンボルとも言うべき勝負服を着てのレースになります。
 かくいう私も、一度だけそれを経験したことがあるのですが……その高揚感は筆舌に尽くしがたいものでしたわ。
 脳裏には、そのときの光景が今も鮮やかに残っています。

 ──《樫の女王》の座を争うために集った、同世代の猛者達
 ──彼女たちが纏う、普段とは違う周囲の煌びやかな服装
 ──もちろん私の為に(あつら)えられた、身を包む勝負服
 ──八大競走に対して最高潮に盛り上がる観客の高揚感(ボルテージ)
 ──そして……結果は9着と掲示板さえ遠い結果でも大舞台を走れた満足感
 ──思い浮かぶのは、そのレースを制したウマ娘の姿……

 ──なぜか実況に連呼される、自分の名前…………

(ハッ!?)

 いつの間にやら自分自身で心的外傷(トラウマ)を抉っていましたわ。
 思わず涙目になりかけていたわたくしは、小さく咳払いをして気を取り直します。
 そうしてテレビへ再び視線を向けると、ちょうど本バ場入場のタイミングで──出走する各ウマ娘達が、走路へと姿を現すところでした。
 生憎と、阪神レース場の天候は雨。
 その降りしきる雨滴を振り払うように、ウマ娘達が姿を現し──ついに彼女が姿を現したのです。

「彼女が、オラシオン……」

 足を包んでいるのは編み上げのブーツ。
 青鹿毛の髪を隠すように頭に被った、雨に濡れてほぼ黒のようにしか見えない、深緑(ふかみどり)色と白のベールから耳が2つぴょこんと覗かせていました。
 そして胸元は付近が白く、それ以外はヴェールの基本色と同じワンピースのようなスカート。
 しかしそれは、ワンピースともドレスとも呼ばれない服装。
 なぜなら彼女の勝負服は、一見して分かるように修道服をもとにデザインされたものだから。

(“祈り(オラシオン)”……なるほど、彼女の名にふさわしい勝負服ですわね)

 バ場に立ち、雨を気にする素振りを見せずに胸元で両手を組んだ彼女は、目を閉じて祈りを捧げ──そして手を解き、目を開く。
 その眼力に、わたくしはテレビ越しであっても思わず圧倒されてしまったのでした。



第40R “女神は此度と次の『勝利』を約束したもう”

 

 三女神への祈りを終え、組んでいた手を解いた私は、厚く垂れ込めた雨雲をジッと睨みました。

 せっかくの勝負服でのレースだというのに、それがこの雨では過剰に汚れてしまいますし、なによりももったいない……

 

「どんなに祈っても、今日の天はあなたに味方しなかったようね」

 

 声のした方へ視線だけ向けると、蔑むような目でこちらを見ているウマ娘がいました。

 テンガロンハットに橙色と黒の露出が多めの服……まるでチアガールのようなその服は派手ではありますが、動き易い分、今日のような天気では有利かもしれません。

 その彼女は暗い空を見上げ──

 

「雨のレースは私の得意とするところ……バ場状態が悪くなればなるほど、私の独壇場になるわ。早く晴天祈願をしておいた方がいいんじゃないかしら?」

 

 そう言って、彼女はチラッと足元を見る。

 すでに雨水をたっぷりと含んだバ場に、彼女は意地悪い笑みを浮かべた。

 

「といっても、もう手遅れでしょうけど」

「いいえ。晴天祈願などしていませんので、御心配なく」

 

 私は彼女を見つめ──そして言い返しました。

 

「むしろあなたのような方のために雨乞いをしてさしあげました。後で『雨なら勝てた』と言われたくはありませんので……」

「なッ!?」

「良いレースになると、いいですね」

 

 言われて唖然としているウマ娘をその場に残し、私は踵を返す。

 彼女にかまっている暇はない。今日のレースの敵は降りしきる雨でも、不良寸前の重バ場でも、挑発してきた雨を得意とするウマ娘でもない。

 

(はや)る気持ちや、焦り、不安、迷い……いつも、どんなレースでも、どんな状況でも、立ち向かうべきは己自身です)

 

 だからこそ平常心を保たなければならない。

 私のルーティーンでもある胸の前で手を組んで目を閉じ、そして祈る所作を、もう一度行った。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 アタシたち〈アクルックス〉のメンバーのオラシオンが阪神ジュニアステークスに出走したけど、メンバー総出で応援に行っているわけじゃない。

 東京や中山ならともかく、阪神までは遠いから時間もお金もかかる。

 有記念を控えたレッツゴーターキンはそれに丸一日使うほどの余裕はないし、それはアタシが面倒を見ているロンマンガンや、ギャロップダイナが同じように担当しているサンドピアリスもそう。デビュー前の2人は少しでも早くそれを迎えるために学園に残った。

 

(ロンマンは、てっきり行きたいと言うと思ったんだけど……)

 

 アタシの予想を裏切って、彼女は学園に残る方を選んだ。

 オラシオンとは仲良さそうに見えたし、なによりも彼女の走りに魅せられているように感じていた。

 身近なウマ娘の活躍を我が事のように喜ぶ気持ちはアタシもよく分かる。コスモドリームを応援するために、彼女の出るレースを見て回ったんだから。

 しかし彼女は──

 

「あっしは、残ります」

「え? なんで?」

 

 トレーナーについてくるか訊かれたロンマンガンが、あっさりとそう答えたのでアタシは思わず尋ねていた。

 その問いに、彼女は一度苦笑を浮かべたかと思うと、真面目な顔になって答えた。

 

「一刻も早くオラシオンに追いつかないといけないのに、呑気(ノンキ)に観戦で一日潰してる場合じゃないッスからね」

「でもGⅠよ? 阪神レース場だし……」

「あぁ、そうか。そういえばお前が新装記念特別勝ったのって一年くらい前だったな」

 

 有記念への道を開いた、アタシにとっては思い出のレースで、その舞台になったのは阪神レース場だから、思い入れがあるのよ。

 アタシ的には、行きたいというか……

 

ダイユウサク(おまえ)が行きたいのは、ビジョウについて行きたいだけだろーが。さっきのハトが豆鉄砲くらったような顔で明らかだろ」

「なッ──」

 

 そう言って意地悪い笑みを浮かべたのは、もちろんギャロップダイナ。

 まったく、このウマ娘(ひと)はなにを言い出すのよ!!

 

「ダイナ先輩!!」

「いや、だってホントのことだろ? 阪神のGⅠってことは前日から乗り込むことになるだろうし、帰ってくるのは夜遅く……しかも、オラシオン(チーム)だから焼き鳥娘(ミラクルバード)がついて行くだろうしな」

「コン助がついていこうがいくまいが、関係ないわよ! ロンマンガンが残るなら、当然アタシも残るわ」

「へぇ、本当に?」

「もちろんよ!!」

 

 ──なんて経緯があって、アタシも居残り組になったんだけど。

 挑発したギャロップダイナも、サンドピアリスを育てないといけないからって残っているけど……意外に責任感あるのよね、あのウマ娘。

 そうして残った4人だったけど……今はオラシオンのレース中継を見るために、部屋に戻ってきている。

 そうしてアタシとギャロップダイナ、ロンマンガン、サンドピアリスの4人がテレビを見ていると──

 

「……あれ?」

「どうした? 雀ゴロ」

「あのねぇ、ダイナ先輩。さすがにそれはストレートすぎやしません? もう少しオブラートというか……」

「あ~、分かった分かった。で、なによ?」

 

 うるさそうに邪険にするギャロップダイナ。

 まったく……ピアリスもいるんだから、もう少し行儀良くできないのかしら。純真無垢な彼女をガサツなギャロップダイナに任せるなんて、ああなっちゃうんじゃないかと不安で仕方ないわ。

 そのピアリスはジッとテレビを見つめ、楽しそうに耳をピコピコと動かしてる。

 

「いや、さっきのオラシオンに話しかけてたウマ娘ッスけど……知り合いっぽいんで」

「ふ~ん……」

「地元の関係で話が合ったもんで。ブロンコキッドって言うんですけど……あれ、でもアイツ、この時期の重賞に出られるほど成績良かったっけ? そんなイメージないけど」

 

 そう言って首を傾げるロンマンガン。

 

「ま、出てるんだから余程がんばったんだろ。で、ソイツはどんなヤツだ? えっと……泥んこ大将だっけか?」

「え~、あ~……まぁ、だいたい合ってます。名前はともかく、特徴そんな感じッス」

「……はい?」

 

 思わずアタシはそう問い返していた。

 いやいやいや、だって、言うに事欠いて“泥んこ大将”よ?

 それでだいたい合ってるって──どんなウマ娘よ?

 アタシの言外の問いにロンマンガンは気がついて、苦笑を浮かべながら答えてくれた。

 

「いや、アイツ……とにかくバ場状態が悪ければ悪いほどに速くなるんですわ。そりゃもうマジで。周囲から“足に水掻きがついてる”なんて言われてたし」

「ってことは、今日のバ場状態は……」

「重ってなってるけど、不良にも見えるわね」

 

 ギャロップダイナの言葉に、アタシはテレビに映る走路を見ながら思わず答えてた。

 

「いずれにせよ、そいつに有利ってことだよな」

「う~ん、シオンにとっては初めての雨天レースだしなぁ」

 

 ダイナ先輩とロンマンが考え込みながら唸ってるけど、アタシはふと思い出していた。

 

「不利とも限らないわよ」

「え? ダイユウ先輩……なにか秘策でも?」

「シオンは雨の中でのレースを走ったことが無いなら……逆にとんでもなく得意かもしれないでしょ?」

 

 初めての雨のレースでトレーナーに言われたことを思い出しながら、アタシはそう言って笑みを浮かべた。

 そう、あの人が何も対策していないなんてことはない!

 

 ……はず。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 12月の阪神レース場と言えば、去年のことを思わず思い出してしまう。

 

 そう思いながら、オレはあの時と同じように、担当ウマ娘を祈るような思い出見ていることしかできない。

 

 ──ただし、今日はあの時と違って雨天。

 

 それだけでも当時とはだいぶ印象が変わってくる。

 なにしろ12月だし、気温もグッと冷え込むことになる。

 そしてオレは──観客席で雨に打たれる車椅子へと傘を差しだし、雨粒から彼女を守った。

 

「……ありがと、トレーナー」

 

 黄色い合羽を着ていたミラクルバードが嬉しそうにこちらを見上げてくる。

 彼女もまた、あの時に阪神レース場にいたメンバーの一人だった。

 そして、そんなオレ達が見つめる彼女もそう。

 ただしあの時は観客だった彼女は、今日は出走する側へと回っている。

 

 そしてゲートが開き──その彼女は勢いよく飛び出していた。

 

 遅れることなくスタートしたオラシオンの姿に、オレはともあれホッとする。

 ジュニアのレースは基本的に距離が短い。そして距離が短いとスタートの失敗は結果に大きく響く。

 無難なスタートを決めたオラシオンは今までのレースと同じく先行集団の後方か、もしくは中段の先頭といった位置取りだった。

 

(あのスパートを生かすのなら、序盤はその位置が正解だしな)

 

 しかし、気になることも一つある。

 それは今までと違って天候が雨であり、さらにはバ場状態が極めて悪いことだ。

 

(重バ場の発表になってはいるが、実際の所は“不良”に近い。そうなるとスパートで思い切り踏み込んでいけるかどうか……)

 

 度を超した水分は足を滑りやすくする。

 それは加わる力が強ければ強いほど、その危険は増していく。

 

「アイツのスパートが、このバ場状態でも使えればいいが……」

「スリップしやすいってことでしょ? それならオーちゃんも分かってるはずだよ。それに条件は他のウマ娘たちも同じなんだから」

「いや……あの低い姿勢でのスパートは、こういう状況では不利になってしまう要素がある」

「強く踏み出すからスリップしやすいってだけじゃないの?」

 

 ミラクルバードの問いに、オレは頷く。

 

「角度の問題だ。地面に対して垂直に力を加えればスリップしないのは分かるよな?」

「それは当然だけど……でもそれだと前に進めないよね?」

「その通り。前へ進むには力の向きを傾ける必要がある。そして垂直から水平へと傾けていけばいくほど力は逃げやすくなり、スリップしやすくなる──」

「そっか。低い姿勢になるってことは普通の走り方に比べて体の角度が水平に近づくってことだもんね。じゃあ──」

「低い姿勢が逆に(アダ)となる可能性もある……」

 

 バ場状態が良ければしっかりと受け止めてくれる芝や地面も、こうも雨が降れば水がその邪魔をする。

 しかも──

 

「不良バ場を得意にしているウマ娘(ヤツ)もいるみたいだしな」

 

 テンガロンハットからぴょこんと耳を飛び出させ、オレンジと黒の勝負服を着たウマ娘がオラシオンの前を走っている。

 これまでの成績を見るに、高い実力があるとは言い難いウマ娘だが──ブロンコキッドは悪天候のレースを勝ち抜いてここまでやってきている。

 翌週の朝日杯ではなく、天候が崩れる予報が出ていたこの週をあえて選んだようにさえ思えた。

 

「この悪天候で誰もが足下を気にする中、彼女だけは自信を持った走りをしている」

「それって、悪路を走り込んだってこと?」

「天性のものかもしれないが、その可能性もある。いくら御天道(おてんとう)様次第とは言っても、他に負けない武器を持っているのは強みになるからな」

 

 他のウマ娘たちが悪天候を避けて屋内でトレーニングする中でもあえて外で練習し続けて、その結果、雨中での競争に絶対の自信を持つほどになっていたとしたら── 

 

(雨のレースでは主導権を握ることができる)

 

 一見すればウマ娘の人生を、天候という一か八かに賭けるようなものにしてしまうかもしれないが、実のところはそうではない、とオレは思った。

 

(実際に雨だから他よりも早く走れる必要なんて無い。雨の中でも自信を持って走れる──その意識こそが重要なんだ)

 

 そして実際に積み重ねた経験が、スリップする限界を見極める力にもなる。

 おっかなびっくり走ってるヤツらとは、明らかな差となって顕れるはずだ。

 

(だが、それは……こっちも対策の手は打っている)

 

 以前に、遠目ながらオラシオンがダートコースを走っている姿を見て、オレはそれが万全になっていると確信している。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──レースは終盤へと差し掛かっていた。

 

 朝から降り続く雨は止むことなく、まだ降り続けている。

 そして足下も最悪──コーナーに差し掛かり、それを気にした前を走るウマ娘が避けるように内に3人分のスペースを空けて走っていました。

 

「いけるッ!」

 

 好機を見つけ、私はスッと目を細めた。

 ここを抜ければ一気に前へと出られる。私はそこへ進路を取ろうと──

 

「──ッ!?」

 

 私が突っ込もうとした瞬間、前を走る一人が外へ振られるのを嫌って内へと切り込んできたのです。

 割り込むように入ってくる、橙と黒の勝負服。

 

「危ないッ!!」

 

 ぶつかりかけた私は思わず声を出しましたが──入ってきたウマ娘が()()()()()()()()越しにチラッとこちらを見る。

 そして彼女は悪びれた様子もなく、すぐに前へと意識を戻していました。

 

「く……」

 

 勝機を潰された──それは間違いありませんでした。

 そうやって前をふさがれた私は、8番手で4コーナーを抜けていくしかありませんでした。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「えぇ~? あれ、進路妨害じゃないの?」

「微妙だな。あの程度なら妨害とは取られないだろ」

「う~ん、そうかもしれないけど……あぁ、マズいよ……あんなことされたら、さすがにオーちゃんでも、やる気なくしちゃうよ」

 

 不安そうにするミラクルバードに、オレは冷静に言った。

 あれが反則になるようであれば、それこそいつかのギャロップダイナの台詞じゃないが、「新潟1000(直線コース)でも走ってろ」ということになる。

 それにミラクルバードは一つ、思い違いをしていることがある。

 

「オラシオンがやる気をなくす? そんなわけないだろ」

「え? でも、あんなことされて前を塞がれたら……」

「アイツは、とんでもなく負けん気が強いぞ。おそらく……うちのチームの誰よりもな」

 

 そうして見つめた先で──オラシオンの目が、まったく諦めていないのを確認する。

 むしろ進路を塞がれたウマ娘に対し、闘志を燃やしているようにさえ見えた。

 

(確かに雨中でのレースに自信を持っているようだが……大失敗をしたな)

 

 オレンジ色の勝負服のウマ娘は致命的なミスを犯した。

 それは──負けん気の強いオラシオンを、本気で怒らせたことだ。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

(絶対に、許しません!!)

 

 なによりも私をチラッと見たとき……視線を前に戻す際に、彼女はフッと笑みを浮かべたのです。

 雨が得意だという彼女。確かにその迷いのない力のこもった走りには、雨中を走り込んだ自信が感じられます。

 その切磋琢磨には感服さえしますし、敬意も払います。

 ですが──だからといって、勘違いしないでください。レースの主導権を握っているからといって、何をしてもいいというわけでは、ありませんッ!!

 

(このウマ娘の後塵を拝していることが──何よりも気にくわない!!)

 

 沸々とこみ上げる怒り。

 でも──怒ったところで、コイツを抜き去り、勝つことはできない。

 邪魔された怒りよりも、負けたくないという気持ちが上回り──私を冷静にさせました。

 

(勝機は──)

 

 前は走者がいて塞がれています。

 しかし内へと進路を取ってしまったことで塞がれ、再び外へと出ることも不可能になっています。

 すでに最後の直線へとかかっているので、一度下がってしまえばさすがに追いつくことは無理。

 八方塞がり。そんな言葉が頭をよぎりましたが──

 

「──ッ!」

 

 前を走るウマ娘がバテたのか、少し外へよれたのです。

 そのせいで内ラチすれすれに、一人半くらいのスペースが間隔が生じ──

 

「突っ込みます! 何人たりとも邪魔は許しません!!」

 

 私は大きな声を出して前へ注意すると同時に気合いを入れ──姿勢を下げてスパートをかけました。

 

「なッ!?」

 

 内ラチすれすれを私が通り抜け──そのウマ娘が驚いた顔が、一瞬で後ろへと流れていきます。

 さらに加速する。

 さらに低く頭を下げた私の脳裏に、不良バ場への不安が()ぎります。

 でも──

 

 

『あの、オグリキャップ先輩……この走り方なんですが、不良バ場のとき、滑りませんか?』

『ふむ。そう感じたことはないが……』

『あ~。えっとね、オグリちゃんは、笠松時代にトレーナーからある走り方を教わってて、足首の使い方が重要でね──』

 

 

 フォローしてくださったベルノライト先輩。

 彼女の説明と、オグリキャップ先輩の走りを観察して──理解したその走り方。

 

「コツは足首の使い方──足で地面を掴むように、走る!」

 

 それは川砂を使った笠松のサラサラなダートを走るため、彼女の最初のトレーナーのアドバイスだったそうです。

 滑らないように砂を足全体で掴み、それを足首で強く後ろに蹴り上げる。

 

(「走る」というより「泳ぐ」ようなイメージで……)

 

 お二人から教わった走りは足首の力がそのまま推進力へと変換できる。

 私にはオグリキャップ先輩のそれを完全に真似ることはできませんでした。

 しかしそれでも今日のような悪路を滑らないように走ることは──できるのです!

 

「バカな! あんな走り方をして、なんで転ばない!?」

 

 後ろから聞こえる、さっきのウマ娘の驚きの声。

 それさえも遠ざかっていき、そして5バ身近く差のあった先頭を、並ぶことなく一気に抜き去ります。

 

(さらに前へ、さらに速く──)

 

 足で地面を掴み、投げるように放す。

 それを左右交互に、素早く繰り返す。

 滑ることなく地面を掴み、私は前へと進んでいく。そして──

 

『オラシオン、物凄い強さだ! その末脚で降りしきる雨を切り裂き──今、ゴオオォォォル!! オラシオン、阪神ジュニアステークスを制しました~!!』

 

 後続に4バ身の差を付け、私は重賞初挑戦でGⅠのタイトルを手にしました。

 振り続ける雨が、走り終えた私の体をすぐに冷やしてくれて、呼吸を整えた私は顔をあげる。

 そして──大歓声が私を祝福をしてくれました。

 

「これは……」

 

 それに笑顔で手を振って応えつつ、私は観客席の最前列へと視線を向けました。

 渡海さんは両腕を突き上げて喜んでくれて──

 ミラクルバードさんは車椅子の上で手を叩いてはしゃいでいて──

 

 ──そして、トレーナーがホッとしたように笑みを浮かべていました。

 

 その姿を確認してから、私はスッと膝をつき、胸の前で手を組み──三女神へと怪我無く走り終えた感謝の祈りを捧げたのでした。

 

 




◆解説◆

【“女神は此度と次の『勝利』を約束したもう”】
・今回はオラシオンの晴れ舞台ですので、『馬の祈り』から。
・でもまた意訳でして──
  And(さすれば) your God will reward you here and hereafter.(神は今世と来世で恵みを与えてくださいます)
を、本作の世界や今回の状況に合うように、強引に変えてます。
・そろそろネタ引っ張ってくるのが難しくなってきて、かなり無理矢理になってきてるんですよね。
・最近1話が長いのは分けると2話分のタイトルを考えないといけなくなるから、という側面も大きかったりします。(笑)

勝負服
・そんなわけで、オラシオンの勝負服は修道服モデルでした。
・といっても厳密な修道服というわけではなく、それを元にしたRPGなんかで僧侶等が着ているような感じです。
・そのデザインを採用した理由はやはり“祈り(オラシオン)”という名前から。
・あとは書いている人の趣味です。『月姫』のシエル先輩とか好きだから!
・……そんなことをここ(解説)に書いているからツイッターで“キモオタ”と書かれ(以下略)
・なお色に関しては黒に近いほどの濃い目の深緑という設定。
・キリスト教の修道服は使える色が決まっているとかあるんですけど、まぁ、それは修道服っぽい服ですのであまり気にせず
・ただ、緑は使える色だそうで、カトリックでの緑は「希望、歩みの堅実さ、忍耐深く聞く」という意味があるそうです。オラシオンがこうありたいと思って選んだ……んですかね? 最後の「忍耐部く聞く」というのはトレーナー相手にできていない気がしますが。
・正直、何色にするか迷ったんですけど──本来なら参考にするはずの競走馬の勝負服も、小説ではそこに言及されていません。
・じゃあ映画版でモデルをつとめたメリーナイスの色味を採用しようと思ったら、勝負服は桃に黒鋸歯形……さすがに桃色の修道服はちょっと、ね。
・じゃあ、この緑は何から出てきたのかと言えば、映画の『優駿 ORACION』からです。
・本編の記憶が無いので映画の予告を見ると……オラシオン(っぽい馬)に乗っている騎手の勝負服が『緑に白襷』だったので、ちょうど首元の白も合ってるので採用。
えっと、あの…………それ、メリーナイスが勝った時の東京優駿で一番人気だからと撮影スタッフがそれしか撮影してなかった、18着のマティリアルじゃないですかね? その映像見るとゼッケンに「10」って書いてあるし。
・……映画の『優駿』を動画配信で探したんですけど見つからないんですよね。撮りなおしたダービーのシーンを確認したかったのですが。う~ん、評判悪いせいなんでしょうか。
・そんなわけでハッキリと緑ではなく、ほんのり緑だけどきわめて黒に近いということになりました。修道服的にも黒い方が様になるし。
・頭にかぶるベール(ウィンプル)はウマ娘だと耳があるので迷ったんですけど、それでも採用しました。元々「女性が祈るときにはベールをかぶるもの」だったそうなので、“祈り”のウマ娘なんだから被るべきだと思って採用しました。
・むしろ普段からかぶっているべきだったかも、と。
・なお、レース用の衣装ですので聴覚を妨げないように他のウマ娘の帽子同様にどこからか耳が出るような構造になってます。

ブロンコキッド
・本作オリジナルのウマ娘。ただし元ネタは実在馬じゃありません。
・元になった競走馬は『じゃじゃ馬グルーミン★UP!』に登場する牡馬のブロンコキッド。
・ロンマンガンが「地元の関係で話が合った」というのはモデルの原作が一緒だから。
・「水かきのついた馬」と揶揄されたほどに道悪が得意で、ウマ娘になってもその特徴を引き継いでいます。
・年齢的にはロンマンガンと同じですので、そこは整合性が取れています。
・ただ……ロンマンガンが疑問を感じていたように、実はこのモデル馬はGⅠに出られるような馬ではなく、ジュニア期も活躍なんて全くしてません。
・登場して不良馬場でのレースで勝つまでは16戦1勝。その後の再登場でも23戦3勝と、本作での強者感は原作には全くありません。
・そんな馬をなんで引っ張り出してきたかといえば……雨のレースに強いウマ娘を出したかったから。
・実は『優駿』だとGⅠのはずのこのレースも回想の説明で触れられる程度の軽い扱いです。
・「不良に近い重馬場だった」こととオラシオンの展開、着差を含めたレース結果くらいで、他の馬については名前がまったく出てきません。(ちなみにこれまでの2戦も全部そんな感じ)
・でもさすがにGⅠだし競う相手が欲しいと思いまして、さらに馬場状態が悪いところからこの馬を採用しました。
・あくまでウマ娘の世界ですし、この世界ではギャロップダイナが言ったようによほどがんばったのでしょう。
・さて衣装ですけど、テンガロンハットはテーマ曲が「テキサス()()()()」なキン肉マンのテリーマンのイメージから。
・そして勝負服は“ブロンコス”の名前を持つスポーツチームから。
・日本のプロバスケットチーム『さいたまブロンコス』……ではなく、アメリカのアメフト(NFL)のチーム『デンバー・ブロンコス』が由来で、カラーが橙色と黒なのはそのせい。
・そのチアリーダーの服、ほぼそのままです。
・そんな感じで“アメリカン”な感じになってますけど、モデル馬がそうであるように、純粋な日本生まれの日本育ちです。
・モデル馬は主人公がお世話になった渡会牧場産駒ですし。

最初のトレーナーのアドバイス
・漫画『シンデレラグレイ』第3話参照。
・あくまで「摩擦の弱い川砂のダートを走るコツ」でしたが、不良馬場でも摩擦が弱くなるので引用。

阪神ジュニアステークスを制しました
・フィクション舞台になっているので解説しなくてもいいのかもしれませんが、本作のこの年のモデルが、レッツゴーターキンの活躍を描いたので1992年になっていますので一応……
・1992年の優勝馬はスエヒロジョウオー。母の父はマルゼンスキーという馬で、翌年に牝馬三冠にも挑戦しましたが惨敗。
・オークスには出走してもおらず、エリザベス女王杯で引退しています。
・なお、すでに阪神三歳牝馬ステークスになっている年代ですので牝馬限定レースになっていました。
・ちなみに、開催日は1992年12月6日で、天気は晴れで馬場も良馬場でした。
・また、サンドピアリスの世代でこのレース(阪神三歳ステークス)を制したのはラッキーゲラン。
・90年の天皇賞(秋)と91年スワンステークスでダイユウサクと、91年中京記念や92年金杯(西)と日経新春杯でレッツゴーターキンとも走ったこともある馬ですね。


※次回の更新は6月17日の予定です。  

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