──年が明けた。
結局、年末の有馬記念でレッツゴーターキンは、勝てなかった。
それを気の弱いターキンが引きずらないわけもなく……年が明けても立ち直っていなかったわけで……
「いつまでもクヨクヨしてんなよ、ターキン」
ついにダンボール箱に入る気力もなくなったのか、しょんぼりしたレッツゴーターキンがチームの部屋で、ガックリと肩を落としていた。
それを見たギャロップダイナが声をかけてるんだけど……ターキンに反応はなく、アタシは思わずため息をついた。
「ターキン、気持ちは分かるけど……掲示板に入ってるんだから、そんなに気にする必要ないわよ? それに気にしてたテイオーよりも順位が上じゃない?」
「でも……4位だし……」
「掲示板にちゃんと入ってるじゃないの。気にする必要なんて──」
「いや、去年勝ったお前がそれ言っても慰めにならねーだろ」
端で見ていたギャロップダイナがアタシ──ダイユウサクをジト目で見ていた。
……うん。それは、そうだと思うわよ?
でも、じゃあ、アタシはどう声をかけろって言うのよ? アタシがなにを言ったって慰めにならないことくらい、薄々気付いてたわよ。
でも、なにも言わずにここにいる方が、よほど気まずいわ!
(そこまで言うなら、アンタがなんとかしなさいよね……)
アタシがジト目を返すと、ダイナ先輩は「しょうがねぇな」と小さくつぶやいて、ガリガリと頭を掻く。
「ま、あの有馬記念は……仕方ねーだろ。宝塚記念のことすっかり忘れて、パーマーとヘリオスに大逃げさせちまったんだ。一番人気サマは意味深に後方にいて、それをみんな仲良くビビってたからな」
そこまで言って肩をすくめた。
「空気が抜けた風船みてえな状態だったなんて、一緒に走ってたらよほど近くなければ気が付かねえよ」
ため息をつきながら「二人に気持ちよく逃げさせた3番手に付けてたヤツが悪い」と慰めるダイナ先輩。
でもターキンは顔を上げない。
(まぁ、それで納得するくらいなら、とっくに自力で立ち直ってるわよね)
アタシがそう思って見ていると、ダイナ先輩は「あ~、メンドくせぇ」となんか悪い方に吹っ切れた顔になった。
あ、ヤバ……と止めようとしたとき、ダイナ先輩はターキン先輩の前に立っていた。
「なぁ、ターキン……お前、GⅠ勝って当たり前、とか思ってねーよな?」
「え?」
「確かにお前は地方の重賞常連だったけど、それだって常に勝ってたわけじゃあない」
「それは……」
「勘違いするなよ? あたしはお前が弱いとか遅いとか言ってるわけじゃねえ。ただ少し高望みしすぎて、自分に理想を重ねすぎているように見えたから言ってるんだ」
おびえたように顔を上げたターキンに、ダイナ先輩は真面目な顔で言いました。
「確かにお前はあの激戦の天皇賞を勝った。その実力は間違いなくお前のもんだ。でも、だからこそ今の自分をしっかりと見ろ。今の自分にできることとできないことをしっかり把握して、身の丈に合ったペースを思い出せ。そして自分にとって最適のスパートタイミングとその速度……」
4着という順位は決して悪いものじゃないわ。
その前のジャパンカップだって、外国からの招待ウマ娘もいてレベルが高かったんだし、それでも8着。見せ場も作れなかったけど、大惨敗したわけでもないんだから。
ほんの少しギヤが噛み合っていないだけ……アタシにもそう思えた。
「しばらく休養に入るんだろ? ならそれを利用して、もう一回自分を見つめ直せ。そうすれば春のレースできっと勝てるさ」
ポンとターキンの肩に手を置く。
そのときの先輩の顔は、とても優しいもので──
「……アタシみたいにな」
その笑みが──ニヤリと歪む。
……え?
「で、できなけりゃ誰かさんみたいになっちまうわけだ」
そして、意地悪い目でこっちを見るギャロップダイナあああぁぁぁぁぁッ!!
「どういう意味?」
「さてね。心当たりでもあるんですかぁ? ダイユウサク先生」
「きいいぃぃぃぃぃぃ!! 絶対に許さないんだから!!」
もうカンベンできない!
アタシはギャロップダイナに掴み掛かったけど、彼女はニヤニヤと笑みを浮かべつつ、ひらりと身を翻して逃げ出します。
逃がすわけ、無いでしょ!!
アタシはさらに追いかけ──出入口が開いて、人が入ってきました。
「っと……どうした? ダイナ」
「お、いいところに来たな、ビジョウ」
そう言ってギャロップダイナはトレーナーを盾にして隠れます。
彼女を追いかけていたアタシは、トレーナーに詰め寄ってしまう。
「~~~~~~ッ!!」
「どうした? ダイユウサク……」
涙がにじんだ目でキッと睨みつけ──トレーナーの背後でギャロップダイナが「べー」と舌を出すのが見えた。
もう、絶対に……許さないんだからああぁぁぁ!!
──1月も中盤を過ぎ……
「お、カグっちじゃん。それにピーちゃんもいるし」
食堂でサンドピアリスと食事をしていた私──シャダイカグラは、横からかけられた軽い調子の声に、思わずこめかみを押さえてしまう。
「カラーさん……その呼び方、もう少し何とかならないの?」
「え? 別にいいじゃん、カグっち。うちは親しみがこもってて良きと思うけど。ねぇ、ピーちゃん?」
「うんと、そうですなぁ……私もいいんじゃないかな、って思うけど? カーちゃん」
「か、カーちゃんって、ピアリス……」
私は思わず唖然とながら、サンドピアリスを見つめてしまったのです。
「え? 変かな? あ……そっか、そういうことだよね」
「ええ、そうです。カーちゃんはさすがに──」
「カグラちゃんも“カ”で始まるからカーちゃんだもんね。そう呼ばれたかったんだね!」
「ち・が・い・ま・す!!」
見当違いのピアリスの言葉に、カラーさん──同級生のウマ娘、ライトカラーが「ウケる!」と大きな声で爆笑していました。
「や~、やっぱりピーちゃんのカーチャンは、アンタだもんね、カグっち」
「上手いこと言った、みたいな顔をしないでよ。カラー」
私はため息混じりに、彼女へとジト目を向けました。
「そういえば……カラーさんはこの前、出走してきたのよね?」
「うん。ええ、まぁ……ね」
歯切れ悪く答えるライトカラー。
そして彼女は気まずそうにピアリスの方を見ます。
「ピーちゃんって、〈アクルックス〉所属だよね?」
「うん。そうだけど?」
「やっぱりそうだよね……」
素直に頷くピアリスに対し、ライトカラーは少し青ざめた様子で乾いた笑みを浮かべた。
「いや、あはは……ピーちゃんとこの、オラシオン……さん? ヤバいわ」
「ヤバい?」
「うん、ヤバい。メチャくそヤバい。というか鬼ヤバいわ。アレ」
“メチャくそ”と“鬼”では“鬼”の方が上なんだ、とどうでもいいことを考えつつ、私はピアリスを見る。
しかし彼女はピンとこないようで、困ったように首を傾げていた。
「シンザン記念で見たんだけど……ハッキリ言って勝てる気しない。なにあのチートキャラ、速すぎでしょ」
なるほどね。それでライトカラーは落ち込んでいたわけね。
私もそのレースは中継だけど見た。
話題のウマ娘だから、その前のGⅠも見たけど──悪天候をものともせずに、内ラチすれすれを駆け抜けていったその度胸と、楽に逃げてた先頭をあっという間に追い抜かしたその末脚は、もう唖然とするしかなかったわ。
シンザン記念では、それに劣ってはいたけど十分に速い速度で追い切って、3バ身も離しての1着なんだから。
一緒に見てた奈瀬トレーナーも、滅多に見せないような表情だったもの。
絶対的強者を見たときの戦慄するような顔と──直後のそれをどうやって倒そう考えるワクワクしているような顔。
「うん、シオンちゃんはスゴく速いよ。ロンちゃんも『やっべ、マジパネェ、あんなのイカマサ使っても勝てる気しねえわ』って言ってたし」
「ピアリス、つきあうお友達を少し考えた方がいいかもね」
彼女の口調に思わず顔がひきつる私。
ロンちゃんって……ロンマンガンさんだっけ?
あまりいい噂聞かないのよね、彼女。
麻雀と賭事が好きだなんて、まるで不良よ。風紀委員もどうして捕まえて指導しないのかしら。
やっぱり〈アクルックス〉なんてやめた方が……
「え~? 悪い友達なんていないよ? カラーちゃんもカグラちゃんもすっごく優しいし」
「ありがと、ピーちゃん」
ピアリスの素直な言葉にライトカラーも思わず笑顔で答える。
「えへへ……それに、チームのみんなだっていい
「ダイナさんって、ギャロップダイナ? あの『“皇帝”を泣かせたウマ娘』の──」
「うん。ダイナさんがついてくれて、教えてくれるんだよ」
「ちょマ? マジウケるんだけど。それ、うちも指導されたいわ~。あの会長に勝ったことあるとかマジヤバくない?」
うらやましいと言うライトカラーに対して、ピアリスはちょっと寂しそうに笑みを浮かべる。
「でも、ダートの走り方だよ? 教わってるのは」
「あぁ、そっか。うちはダート走らないし、それじゃ意味ないわ」
「次、カラーはどこに出る予定なのかしら?」
「あ~、えっと……エルフィンステークス」
あら……それは聞き捨てならないわね。
「へぇ、奇遇ね。私もエルフィンステークスなんだけど。桜花賞に向けて、ね」
「ふ~ん……うちも目標、桜花賞なんだけど?」
そう言ったライトカラーが、意味深な笑みを浮かべてこっちの方を見た。
私も負けじと笑みを返す。
私とカラーさん……いえ、カラーの間に火花が散ったように見えた。
「いいなぁ、二人とも。一緒に走れるなんて……」
しかしそんな空気も、サンドピアリスの声で霧散します。
不満げに、そしてどこか寂しそうにむくれる彼女を見て、私は慌ててピアリスを慰めました。
「大丈夫よピアリス。慌てることなんて無いわ。まだ1月なんだし、2月以降のデビューでもクラシックレースに間に合うわよ」
「そーそー、それにクラシックに無理に出る必要なんてないし。ピーちゃんとこのパイセン達、みんなそーじゃん」
私に続いて、ライトカラーも続いてくれました。
彼女は笑顔でそう言うと、指を折って数えながら列挙していきます。
「ターキン先輩は菊花賞出てたんだっけ? とりま春の二つは出てないし、菊花賞も勝ってない。で、ダイユウサク先輩はそもそもデビューが菊花賞直前な上に17秒のタイムオーバーターとかマジウケる。弱すぎじゃん。それにえっと……ギャロップダイナ先輩はよく知らんけど、出てないっしょ?」
笑いながら言う彼女の姿は、内容が先輩方の成績の話なので冷や冷やしないでもありませんけど、今は彼女のその底抜けの明るさが助かります。
それにしても……改めて言われてみると、〈アクルックス〉は晩成型のウマ娘ばかりなようです。
あのトレーナーは、ピアリスをそう見ているのでしょうか……
「でも、カグラちゃんとカラーちゃんが一緒に走るなら、私も一緒に走りたい」
「「あ……」」
そういう、ことね。
思わず私がライトカラーを見ると、優しげに眉を下げた彼女と目が合いました。
「それなら、いつか三人で走るのを目標にしましょ。たとえ桜花賞に間に合わなくともオークスもありますし、秋のエリザベス女王杯だってあるんだから」
「そーだね。クラシックじゃなくたって、その後だっていいんだし──」
「あら? ずいぶんと余裕がある発言ですね……」
笑顔でライトカラーが言った言葉に、横から声がかかった。
この声の主は……私は嫌悪感と共に、声の主へジト目を向ける。
いかにもお嬢様然とした、澄まし顔のウマ娘がそこにいました。
「メジロモントレー……」
すると彼女は、まるでおもちゃを見つけた子供のように嬉々として──そうでありながらその感情を押し殺し、クスっとだけ笑みを浮かべて私をみました。
「モントレーさん、もしくは様でしょう? 敬称が抜けていますわよ、シャダイかグラ
「私は、シャダイの令嬢なんかじゃないわよ!!」
思わず立ち上がった私に、メジロモントレーが口に握った手をあててさらにクスクスと笑います。
あ~、もう、ほんっとこのウマ娘は苦手だわ。
名門メジロ家というだけでも苦手なのに、やたらと絡んでくるのよね。
「まだクラシック戦線もはじまりかけだというのに、捕らぬ狸の皮算用をしているようでは笑われますわ」
「別にいーじゃん。取るとか取らないの話じゃなくて、一緒に出ようねって話だし」
ライトカラーの反論に、モントレーは再びクスっと笑います。
「クラシックレースは御遊戯会ではないのですよ? わたくし達ウマ娘が一生に一度しか走るチャンスのない一世一代の晴れ舞台。わたくしもメジロ家のウマ娘としてラモーヌ様が成し遂げた偉業……トリプルティアラの完全制覇に挑む所存ですわ」
芝居じみた動きで大きく両腕を広げるモントレー。
いちいち大仰な動きで、鬱陶しいのよね。
それにクラシック三冠は会長やシービーさんを含めて何人かいるのに、トリプルティアラの完全制覇は今までメジロ家の令嬢、メジロラモーヌたった一人しか達成していない。
それほどまでに難しい関門だけど──私はそれに挑むつもりだし、カラーが桜花賞に挑むってことは彼女もそうでしょ。
そしてモントレーもそのライバルになる、と。
「その狭き門に挑み同世代と鎬を削らなければならないというのに……そんな意識では出走する事さえ難しいのではありませんこと?」
「ふん。さすが名門の御令嬢は、意識が高くて素晴らしいですわねぇ」
私が言い返してやると、さすがにカチンときたのか目を細めて睨んでくる。
なによ、そっちが言い出したことじゃないの。
「へぇ……そうですなぁ。もっとピアリスも頑張らないとダメだよね! うん!」
私とモントレーがにらみ合う横で、突然、ピアリスがそんなことを言い出し、拳を握りしめる。
そしてモントレーへと振り向き──
「ありがとね、モントレーちゃん。応援してくれて」
「は? え? ど、どうしてそんな話に? わたくしは応援なんて……」
「うん。モントレーちゃんとも一緒に走れるようにがんばるから!」
ピアリスに屈託のない目を向けられては、さしものモントレーも形無しになってしまうようで。
彼女は「ふん」とそっぽを向き、「そう言う意味ではありませんわ」とブツブツ文句を言っている。
「モントっちも、もっと気楽に構えればいいのに──」
「誰がモンチッチですか!!」
独り言のようなライトカラーの言葉を聞き違え、「わたくしはサルのお人形ではありませんわ!!」と猛然と抗議するメジロモントレー。
一瞬驚いたものの、それを「ウケる」と大爆笑して、抗議を聞き流すライトカラー。
うん……モントレーの天敵は間違いなく彼女みたいな性格の娘ね。
私が苦笑しながら見ていると、抗議のせいで息を切らしたモントレーが「覚えてなさい!」とライトカラーに捨て台詞を残して去っていく。
その姿に私は少しだけ溜飲を下げたんだけど……
「またね、モンちゃん!」
去り際に言ったピアリスの言葉にモントレーはピタっと足を止めた。
何かを堪えるようにプルプルと震え……ピアリスに怒鳴るかと思ったモントレーだったけど──
「せいぜいがんばりなさいよ」
背を向けたままそう言って、彼女は去っていった。
思わずライトカラーと顔を見合わせて──私達二人はプッと吹き出して大笑い。
ピアリスはそれを見て「どうしたの?」と首を傾げてるけど……
やっぱり、ピアリスの悪意の無さは無敵よね。
「あの~、
トレーナー室にいた私は、突然鳴った電話で呼び出されて、チームのメイントレーナーの相生さんに呼び出された。
いったいなんの用事だろうか、という疑問が私の頭を支配してる。
(なにかミスをしたようなことはないと思うけど……)
普段、物静かで優しい相生トレーナーだけど、怒るときは苛烈に怒る。
その直前の、寡黙にジッと考え込む姿からして怖いんだけど……今、まさにそんな感じで相生さんが目を閉じて考え込んでるのよね。
「あの……私、なにか──」
「お前に、頼みたいことがある」
耐えかねて私が尋ねようとしたら、相生さんが目を閉じて腕を組んだまま話し始めた。
「一人だけで申し訳ないが、担当のウマ娘を持ち、その面倒を見て欲しい」
「え? 私がなにか失敗したとか、そういう話では──」
「違うな。それにお前にはいつも助けられているよ」
相生さんが珍しく優しい笑みを浮かべる。
女なら思わずコロって誘惑されそうな顔だけど……この人、奥さんいるのよね。
ちょっと顔が濃いから私の好みでもないし。
「本来ならキャリアのためにも任せて経験を積ませたいんだが、なかなかそうもいかなかった。すまないとは思っていたんだが……」
笑みを苦笑に変える相生さん。
私が所属するチーム〈アルデバラン〉は、積極的な勧誘をほとんどしていない。
エースウマ娘のアルデバランと、相生さんのカリスマ的人気で集まるウマ娘を“来るもの拒まず”の精神で受け入れている。
相生さんもこだわりの強い人だからできるだけ自分で面倒を見るスタイルで、サブトレーナーの私はその補佐に専念してる。
ただ一度の例外は──今回みたいに相生さんが多忙になったときに入ってきたウマ娘を一人だけ担当したことがある。
その彼女は“樫の女王”の座を掴んだのだから、私にとっては出来過ぎな結果だった。
その幸運に恵まれながらも、次のウマ娘を担当しなかったのは色々な事情があるけど──私はメイントレーナーのサポートをするのが性に合っている、から。
(……ううん、違う。彼女たちの人生を背負う重さから逃げているのかもしれない、わね)
八大競争であり、トリプルティアラの一角をとったけど、彼女のその後は万全だったとは私には到底思えなかった。
(あの骨折さえなければ……)
エリザベス女王杯を回避することになってしまった、あの怪我。もしもそれがなければトリプルティアラの2つ目を掴んでいたかもしれない。
それだけじゃない。
骨折が治った後、彼女は思うように成績を残せなくなってしまった。
(もしも私が、もっとしっかり治療を見ていれば……)
怪我からの復帰後ももっと活躍できていたかもしれない。
そもそも、エリザベス女王杯へ向けて無理をしているのに気が付いていれば、骨折そのものを回避できたはず。
そんな私の、致命的な失敗。
でも──当のウマ娘は私を一度も責めることはなかったし、相生トレーナーも私を叱咤することもなかった。
(まるで私が、悪くないみたいに……)
結果として、それが私の心に棘として残っている。
ただ一人だけ担当したウマ娘での失敗──それがウマ娘の人生を左右するという、現実をまざまざと見せつけられて、私はそれが怖くなってしまった……んだと思う。
だから私は──相生さんに自分から「次の担当をやらせてください」と言い出すことができなかった。
(それに関しては、彼を尊敬するわ……)
彼、とはトレーナーとしての部屋を共有している、チーム〈アクルックス〉を担当しているトレーナー、乾井 備丈。
最初に大失敗をして、担当ウマ娘も、自分の人生もつまづいたのに……今や、注目を浴びるほどのトレーナーになったんだから。
しかも──《
(私とは対照的、よね)
もしも彼女が私ではなく、彼が担当したのなら……もっと活躍できていたかもしれない。
それこそ有馬記念を取らせたかも──
「……巽見? 聞いているのか?」
「え? あ、はい!」
私が上の空になっていたのに気付いた相生トレーナーが厳しい顔になっていた。
そして、察したかのように小さく嘆息し──
「コスモドリーム以来になるが、お前ならできると思っているからこそ任せるんだからな。それに……コスモも、お前がトレーナーだったのを後悔なんて絶対にしていないし、それはオレも同じだ」
「トレーナー……」
そしてトレーナーは、私に資料を手渡す。
そこには一人のウマ娘のデータが事細かく書かれていた。
「正月明けにデビューして、今年クラシックを迎えるウマ娘だ。その名をロベルトダッシュという」
思わずギクッとなる。
今年のクラシック世代といえば──さっき思い浮かべた
(あのオラシオンと、戦うことになるのね……)
弱気が首を
その強さは、チーム外ではもっとも間近で見ているからこそ、〈アクルックス〉メンバーよりも鮮烈に感じていた。
12月のGⅠを勝ち、今月のシンザン記念でも勝利してまさに圧倒的な強さになっている。
(ダメよ……私なんかが担当したら、彼女が可哀想……)
資料についている顔写真を見て、チーム内で見かける彼女の自然な表情を思い出し──それが陰るシーンがまざまざと浮かび、私は首を横に振った。
断るしかない──そう思って私が相生トレーナーを見た……
……んだけど……
私を見つめるトレーナーの目は、有無を言わさない迫力があった。
そしてなによりも──私への信頼を雄弁に語っていた。
(もしもそれに応えられなければ、私は……トレーナーとして失格よ)
相生トレーナーの言葉に、私はしっかりと頷く。
「はい。確かに……」
そして、私は──同部屋の彼に、心の中で宣戦布告した。
相手が圧倒的に強くとも……絶対に負けない、と。
◆解説◆
【春レースの鼓動】
・ピアリス回だと思い込んで、ピアリス用のタイトルルールで考えようと思ったのですが、よく読んだらピアリスメインじゃなかったので、主役不在回のこだわりのないタイトルに。
・ピアリスが本格的に動くのは次回以降になります。
【有馬記念】
・レッツゴーターキンが出走した1992年の有馬記念がモデル。
・この年は90年から始まった“毎年奇跡が起こる有馬記念”シリーズの第3弾、“メジロパーマー爆逃げ制覇”だったレースです。
・なお、テイオーが主役のアニメ2期では天皇賞(秋)や、勝ったジャパンカップと違って飛ばされずに描かれています。
・同じくヘリオスとパーマーの見せ場があった天皇賞(秋)との飛ばされなかった差は、ウマ娘化してるパーマーが勝ってるということだと思います。
・ちなみにパーマーは16頭中15番人気で、倍率は49.5倍でした。
・なおウマ娘化している競走馬はテイオー、パーマー、ヘリオス以外にもナイスネイチャ(2度目の3着を達成)、イクノディクタス、ラシスシャワーと多く、それ以外にもムービースターにヤマニングローバルといった天皇賞(秋)メンバーも出てますし、本作お馴染みになったホワイトストーン、以前触れたことのあるレオダーバンなんかも出走してます。
・そしてパーマーの制覇以外にも、スプリンターズステークスにも出てたのに連戦で出ているヘリオスとか、“悲劇の馬”サンエイサンキューの故障など話題に事欠かない有馬記念です。
・サンエイサンキューは骨折前から骨折後まで本当に可哀想……
【空気が抜けた風船】
・92年の有馬記念で騎乗した田原成貴騎手によるこの時のトウカイテイオーの評。
・主戦騎手の岡部騎手は19日に騎乗停止処分を受けたため、急遽の騎乗になりました。
・なお、スタート直後にレガシーワールドと接触して腰を痛めていた、とも。
・アニメでの「迷った状態での凡走」の元ネタは、この不調だったんですね。
【ライトカラー】
・本作オリジナルウマ娘で、元ネタは同名の実在馬ライトカラー。
・元ネタはサンドピアリスやシャダイカグラと同じ1986年生まれの牝馬。
・元ネタが鹿毛なので、明るい茶髪で長い髪……となっています。
・
・ギャル語はヘリオスのも含めて書くのは苦手で苦労してます。
【メジロモントレー】
・本話二人目の、本作オリジナルウマ娘。元ネタは同じく同名の競走馬メジロモントレー。
・元ネタはやっぱりサンドピアリス、シャダイカグラ、ライトカラーと同じ1986年生まれの牝馬。ちなみに黒鹿毛。
・名前で分かるように、もちろんメジロ系の競走馬であり、本作ではメジロ家の一員です。もちろんメジロ賛歌も歌えます。
・一線級の牡馬を退けるほどの能力を持ちながら、それがいつ発揮されるか分からずに「気分屋」と言われたため、メジロ家設定と併せて「気分屋のお嬢様」という性格になりました。
・シャダイカグラは名門にコンプレックスがあるので、モントレーに限らずメジロ家のウマ娘は苦手。モントレーはそれに気が付いていてからかっている……というかかまってほしい模様。
・一方、気分屋なので主導権を握れないライトカラーのような相手は苦手。
・混乱してしまいますけど、実在馬の方はマックイーン、ライアン、パーマーの先輩になりますのでご注意を。メジロアルダンと3人の間の世代になります。
・血縁的には牝馬三冠馬メジロラモーヌは父がモガミと同じで、そのため意識する存在になっているようです。
・……モガミって本作でもどこかで聞いたよな、と思って必死に思い出したんですが、コスモドリームの母・スイートドリームの後方キックを掻い潜って種付けするも不受胎だった種牡馬だったのを思い出しました。
・おかげでブゼンダイオーにお鉢が回り、コスモドリームが誕生したわけですが。
・閑話休題
・で、実装済みのメジロ家との関係は──メジロドーベルが従姪にあたります。
・またメジロマックイーンとの間には、中央7勝のメジロアトラスが生まれています。
・ところでモントレーってなに?
・アメリカのカリフォルニアにある町の名前……が元ネタなんですかね?
・モントレーと言えば、ピザーラのピザの名前くらいしか思いつきませんけど。
・──なんて思っていたら、実はメジロモントレーがクラシック世代の時(1989年)にピザーラのモントレーが発売されたという縁があります。
・デビューはメジロのモントレーの方が一年早いですね。
【モンチッチ】
・1980年代に世界的に流行したおしゃぶりをするポーズの猿に似た妖精の生き物をイメージした人形のこと。
・1974年に人形メーカーの株式会社セキグチという東京都にある会社から発売……ってアレ、日本のメーカーが作ってたの!?
・ちなみに胴体はぬいぐるみで、手足がソフトビニール。独特の触感は日本のおもちゃ界に衝撃を与えた──そうです。
・なお、ニュルンベルク国際玩具見本市に出展された当初は、「人間」と「動物」を掛け合わせたこのキャラクターは業界関係者の度肝を抜いたそうな。今に至る獣人キャラの先祖……みたいなもんですかね。
・その無数に枝分かれた系譜の一つの至る先に“ウマ娘”がある……のかな?
【ロベルトダッシュ】
・そして3人目のオリジナルウマ娘。元ネタはこれは実在の競走馬ではなく、小説『優駿』に登場する競走馬。
・オラシオンのライバルの一頭であり、段々と弱体化していくセントホウヤの穴を埋めるようにクライマックスに向けて登場し、競うことになる馬でした。
・〈アルデバラン〉所属にする気はあまりなかったんですけど……というのもやっぱりチーム〈アルデバラン〉はコスモとアルデバランから『聖闘士星矢』ネタが使えそうな名前の馬を、と思っていたんですけど、そういう馬が本当に出てこない。
・このままだと巽見が担当せずに終わりそうだったので、オラシオンのライバルになるために、巽見トレーナーに担当させました。
【きみに彼女を託す……】
・だからこういうところで『聖闘士星矢』ネタを入れないとね。
・元ネタは『聖闘士星矢』の射手座の黄金聖闘士アイオロスが人馬宮に残したメッセージ、『きみたちに
・相生さんはアイオロスと弟のアイオリアがイメージキャラなので、そのせいでこのセリフを言うことになりました。