見えぬ輝きの最南星《アクルックス》   作:ヤットキ 夕一

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 オラシオンの映像や記録をトレーナー室で見ながら、オレは考え込んでいた。
 シンザン記念の結果は確かに1着。それも3バ身を離しての圧勝。

(……と言いたいところなんだがな)

 実を言えば、オレはこのレースで不安を抱いていた。
 もちろん初勝利から3連勝となり、そのいずれのレースも大きなリードを持っての勝利だった。
 だが、今回のレースはハッキリ言って内容が良くない。

「道中の行きっぷりも良くない。ゴール前の末脚も前の2戦ほどの伸びはなかった……」

 それどころかゴール前で一杯一杯になって──オラシオンは内へヨレた。
 幸いなことに並んでいたウマ娘が「無理~」と下がっていたために衝突という最悪の事態は起こらず、進路妨害も取られなかった。
 ただ、それでも直線の斜行ということで、オラシオンは注意を受けている。

(悪癖が出た、と見るべきか……)

 昨年末の阪神ジュニアステークスでは出なかったから、気のせいかとも思っていたんだけどな。
 そこも頭を悩ませるところだが、一番の問題は──

「あの、トレーナー……来ましたが」

 部屋の戸がノックされ、そして研修生の渡海がやってくる。
 それに続いて車椅子のミラクルバード入り、最後にオラシオンが「失礼します」と頭を下げて入ってくる。
 オレは〈アクルックス〉のオラシオン(チーム)を呼び出していたのだ。

「……オラシオン、調子はどうだ?」
「変わりません。体のどこにも異常も出ていません」
「なるほどな……」

 淡々と答えるオラシオン。
 それに対してオレは一度頷いてから切り出した。

「さて今後の予定だが……」
「3月に皐月賞のトライアルと、毎日杯の予定だよね?」

 ミラクルバードの確認に、オレは思わず渋面を浮かべた。
 それに気付いたミラクルバードは気まずそうに苦笑する。「あれ? やっちゃった?」と言わんばかりだが、オレは心の中で「うん。やっちまった」と答えておく。

「毎日杯は……出ない」
「「え?」」

 渡海とオラシオンが驚く。
 そして研修生でオレに逆らおうとしない渡海はともかく、オラシオンは不満を露わにした。

「なぜですか? 今はクラシックレースに備えて一つでも多く走り、経験を積んで研鑽に努めなければならないはずです」
「お前の頭はそう判断しているかもしれないが、体の方はついてきていないぞ」
「……どういうことでしょうか?」

 戸惑うオラシオンに対し、オレはデータを見せつけた。
 初勝利した2戦目のときと、阪神ジュニアステークスのときのもの、そして前回のシンザン記念もの。
 手渡された彼女は、それを見比べている。

「シンザン記念では明らかに調子が落ちていた。それは自分でもわかるだろう?」
「……確かに、調子が落ちていたのは認めます。でも2月はレースがありません。そこで休めば、トライアルに備えるためにも──」
「焦るな、オラシオン。三冠最初の皐月賞は4月でそのトライアルは3月。そして毎日杯は3月の頭だ。2月休んでも3月に無理をすれば意味がない。本番の皐月賞やダービーに疲れを残さないためにも、ここは無理をするところじゃないんだ」

 オレの言葉にオラシオンは疲労している自覚があるのだろう、さらなる反論をしてこなかった。
 だが納得した様子はない。不満げにこちらをじっと見ている。
 彼女の状態がそうなってしまったのはオレに責任があるしな。

「11月に2戦走ってから12月の頭にGⅠを走り、少しスケジュールが過密すぎたな。そのシワ寄せが今来ているんだ。これは完全に……オレのミスだ」

 オレが「すまなかった」と頭を下げたが──オラシオンはそれを黙って見ているだけだった。

「もしもケガなんてことになれば、ダービーを制覇するというお前の夢も露と消えてしまう。だから……ここは我慢だ、オラシオン」

 怪我という言葉に、彼女はピクッと肩を震わせた。
 そしてチラッと一瞬だけ視線を車椅子のウマ娘に向ける。
 オレはあえてそれを無視して、渡海の方を見た。

「2月の半ばまでは疲れを癒すための調整をして、後半は3月のトライアルに向けて仕上げていくことになるから、それを念頭に入れてトレーニングするようにな」
「はい。わかりました」

 渡海が素直に頷いたのを確認し、今度はミラクルバードを見る。

「で、お前はオラシオンの食事もよく見てやってくれ。体に気をつけさせるように」
「うん。ボクの将来のためでもあるからね」
「将来のため?」

 首を傾げる渡海に、ミラクルバードは満面の笑みを浮かべて答えた。

「うん! トレーナーのお嫁さんになるんだ!」
「──オイ」

 思わず低い声でツッコむオレ。
 あのなぁ、ミラクルバード。そういうの本気でやめてくれないかな。冗談が通じ合い相手も多いんだぞ?
 特にウチのチームは──ダイユウサクとかダイナとか、な。

 ……そしてオラシオン、お前も真に受けてオレをジト目で見るんじゃありません。



第42R トゥインクルシリーズに尻込まない!

 

 ──2月の頭。

 

 私──シャダイカグラは京都レース場の走路で、出走時間になるのを待っていた。

 観客席には担当してくださっている奈瀬トレーナーの姿もある。

 そこへ近づいた私に、彼女は──

 

「なにも心配ないよ、カグラ。キミは自分の力を信じて走るだけでいい」

 

 そう言って自信のある笑みを浮かべていました。

 それを証明するように、今日の私は1番人気。

 そして2番人気は、先日このレースに出走すると私とあらかじめ話していたライトカラーだった。

 

(奇遇よね……)

 

 私が1番人気で、彼女が2番人気だなんて。

 今回のレースはオープン特別。重賞のすぐ下にあたるほどのレースでそれだけの人気を集めていることに、私は喜びと……少しだけの不安を感じていた。

 

「なにか気になることでもあるのかい?」

 

 私のわずかな表情の変化でそれに気付いたトレーナーが訊いてくる。

 その辺りはさすが“天才”と言われるトレーナー。

 そういう細かいところに気が付くからこそ、そう呼ばれるのかもしれない、と私は思った。

 

「……不安、というほどじゃないんですけど。なんかちょっと……もし、もしも負けたら……って思ったら……」

「なるほど。プレッシャーを感じているんだね」

 

 そっか……これがプレッシャーなのね。

 今日の私は圧倒的な支持を受けている1番人気なのよね。2番人気のライトカラーよりもずっと注目されてる。

 そう。勝って、当たり前……

 もし……もしもよ? 私が負けたら……

 

「仮にキミが負けても、確かにファンはガッカリするだろう……でも、それだけだよ」

「そ、それだけって……」

「命が取られるわけでも、そこで人生が終わるわけでもない。このレースではトリプルティアラへの道が絶たれるわけでもないんだ。本番ではないんだし、挑戦権を得る機会はまだまだある」

 

 そう言ってトレーナーは微笑を浮かべます。

 

「夢も命も人生も、そこで終わるわけじゃないんだ。だからそこまで自分を追い込むことはないよ、カグラ」

「は、はい……」

 

 私はそう答えて……大きく深呼吸をした。

 そうよね。オープン特別だっていうのに、思い詰めてる場合じゃないわ。

 でも、同時にチラッと思うのよ。

 もしもこれが大きな舞台で、そこで1番人気になったら……そして、にも関わらず勝てなかったら。

 頭をよぎったのは──サンドピアリスの先輩達。

 彼女たちが栄光を掴んだ裏で、負けた大本命達はどれほど打ちのめされただろうか。

 

「あの、トレーナー……一つ、変なことを訊いていいですか?」

「変なこと? 聞きましょう。レースに集中を妨げるわけにもいかないからね」

「〈アクルックス〉……あのチームを、あのトレーナーをどう思いますか?」

 

 私が尋ねると、「なんで今そんなことを?」といった感じで少し驚いた様子でしたが、ちょっと考え込んで答えてくれました。

 

「油断ならないチーム、というの正直なところかな。確かにオラシオンを除けば、明らかに“強い”ウマ娘は見あたらないと言っていい。でも目を離すと──あのチームのウマ娘は忽然と現れる。例えるのなら、まるで輝きの見えない凶星だよ。今日のキミのような本命からすれば、本当に怖いチームだね」

 

 そう言って苦笑する奈瀬トレーナーに、私は思わず「はい」と頷いていた。

 

「それとトレーナー……乾井クンだったかな? 彼はそうだね……」

 

 奈瀬トレーナーは視線をうつむかせて、少し考えます。

 

「……“穴”のウマ娘といえば僕にも覚えがある。スーパークリークは菊花賞の時は期待されていなかったんだ。抽選でどうにか枠に入れたくらいでね……」

「そうだったんですか?」

「ああ。それでそのときに取材された僕は『0.1%でも可能性があれば諦めない』と答えた」

「それって、奈瀬トレーナーと乾井トレーナーは同じ心構えでいる、ということですか?」

「いいや、違うよ」

 

 そう言ってトレーナーは首を横に振る。

 

「彼はハッキリ言って0.1%とかも考えていないんじゃないかな。そしてきっと出走するウマ娘全員に平等に勝つチャンスがあると思っている。もちろんそれはある意味正しいことだよ。極端な話、他の全員が転倒してケガでもしたらどんなに実力がないウマ娘でも勝つんだからね」

 

 苦笑しながら「勿論、そんなことはありえないけど」と注釈を入れるトレーナー。

 それに私は──

 

「だから重賞でデビューなんて無謀なことを……」

 

 思わずつぶやいてしまうと、トレーナーはそれが聞こえたみたいで厳しい顔になりました。

 

「あれは違うよ。まだ彼が未熟で、ただ担当しているウマ娘を制御できなかっただけの話さ。あのときの彼は勝つことさえ考えていなかった」

 

 あのとき担当していたのはヒラのレースでも負ける程度の実力しかないウマ娘だった、とトレーナーは言いました。

 むしろ負けさせて鼻っ柱を折ろうとでも考えていたのでは? と考察し、そのウマ娘のワガママな気性を押さえられずに、結果的に重賞に出す羽目になった、と結論づけます。

 

「でも今の彼は違う。彼が担当ウマ娘をどんなレースにでも出したのなら、必ず勝つことを考えているはずさ」

「本当に、言い切れるでしょうか……」

「人もウマ娘も、失敗を経て学ぶものだよ。しかもあれほどの大失敗をしたんだから学ばない方がおかしい。実際、今のチームを担当するようになってからはあきらかに変わったよ。彼は人気を気にすることなんて無意味、と思っているかもれないね」

「人気が無意味、ですか……?」

「ダイユウサクやレッツゴーターキンの走りを見れば明らかだよ。彼女たちはどんなに人気が低い──勝ち目が薄くとも勝利を信じて走っていた。その結果がアレというわけだね。それに、それでプレッシャーを感じなくなるのならその方がいいのかもしれない」

 

 苦笑した奈瀬トレーナーは、「まさに今のキミみたいにね」と付け加えた。

 そうよね。他のウマ娘たちは“0.1%でも可能性があれば諦めない”でしょうし、出走するウマ娘すべてに勝つ可能性があるのも確か。

 

(なら……気にする必要なんてないわよね)

 

 そう、私は実力を発揮して、全力で走るだけよ。

 それに負けたくない相手もいるし。

 私は明るい栗毛の髪のウマ娘を見る。

 そして──不意に振り向いた彼女と目があって、不適に笑みを浮かべるのが見えた。

 

(負けないわよ、ライトカラー……)

 

 彼女に向かって私も同じように──不適な笑みを返してあげた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 そしてレース──エルフィンステークスは始まった。

 

 先頭を走るウマ娘を、カグラちゃんとカラーちゃんが追いかけている。

 二人は並ぶように走って──ついに先頭のウマ娘を追い抜いた。

 

「わぁ!!」

 

 わたしは声を上げ、思わず椅子から立ち上がる。

 チームの部屋のテレビで中継を見ていたんだけど……最後の直線で並んだ二人に思わず感激しちゃった。

 

「スゴい! スゴいよ二人とも!! がんばれ! がんばれ~ッ!!」

 

 どっちもがんばれ!

 わたしはそう思って声援を送る。

 そして併走する二人の視線がぶつかり合い──そして、どっちもわたしが見たことの無いほどの鋭さになった。

 

「──ッ!!」

 

 その迫力に、わたしは思わず圧倒される。

 その気迫は、絶対に負けないという意地の顕れだった。

 

「そっか……」

 

 二人とも──勝ちたいんだ。

 わたしは今日のレースで2人が一緒に走ると聞いて「うらやましい」と言っちゃった。

 でもそんなことは、ないんだ。

 だって──このレースの勝者は、当たり前だけどたった一人しかいないんだから。

 

(カグラちゃんも、カラーちゃんも、負けたくないんだよね。勝ちたいんだよね)

 

 視線をぶつけ合い、バチバチと火花を散らせながら走り、競い合う2人。

 その苛烈な戦いにわたしは──完全に引き込まれていた。

 

(そうだ……これが“競争”なんだ……)

 

 2人と友達だからこそ、仲良くして欲しいと思う。

 でもそんな2人が競う真剣勝負が、わたしにはとても尊いものに見えていた。

 

(こんなにも2人は一生懸命で、こんなにも見る人に手に汗握らせるなんて……)

 

 まさに()()戦い。

 その息をのむような2人の激闘は──徐々に両者の勢いに差が表れてくる。

 前を走るウマ娘が自信を得てさらに加速し、後ろのウマ娘は必死に追いかけるが決壊した均衡は時間の経過とともに明確な差となって両者の距離を引き離していく。

 そして……ゴール板の通過を以てレースには完全に幕が下ろされ、無情にも2人を勝者と敗者に区別した。

 1着と2着の差は、実に5バ身。1着の圧勝といえる結果だった。

 その勝者となったのは──

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「カグラちゃん……」

 

 シャダイカグラ。わたしのルームメイトで、ちょっと厳しいウマ娘。

 彼女が満面の笑みを浮かべて両手を大空へ向かって突き上げる。

 そして負けたのが、ライトカラー。

 でも、それでも結果は2着なんだから──

 

「……カラーちゃん」

 

 画面に映った彼女の顔を見てわたしは絶句した。

 普段は明るく笑顔を絶やさないライトカラー。

 そんな彼女が一切見せたことのない、涙を溢れさせんばかりに悔しそうなものだった。

 

「これが、“競走(レース)”なんだ……」

 

 もちろん、ただ一緒に走るわけなんかじゃなかった。

 そして単純に順位をつけるために、走ってるわけでもない。

 カグラちゃんも、カラーちゃんも……絶対に譲れない意地をぶつけ合って、競い合ってた。

 だから、だからこんなにも見ている者達を、熱くさせるんだ……

 

「やっと、わかった……」

「あん?」

 

 わたしがポツリと言った言葉に、隣で見ていたダイナ先輩──ギャロップダイナさんが訝しがるようにこっちを見た。

 去年の年末にわたしをスカウトしてくれたトレーナーのチーム、〈アクルックス〉。そこに所属していて、あのスッゴい会長に勝ったことがあるっていうウマ娘さん。

 

「ねぇ、ダイナ先輩……」

「どした? ちびっ娘」

「わたし……怖い」

「は? なにがだよ。まさかこの優しい優しいダイナ(ねえ)さんが、なんて言わねぇだろうな?」

 

 少しあわてた様子で、おどけたような口調で言うギャロップダイナさん。

 それを傍目でいていたロンマンガンちゃんが、密かにジト目で見てる。

 

「あれ? ダイナパイセン……ひょっとして、ちょっと傷ついてません?」

「言わないであげなさいよ。本人、気にしてるんでしょうから」

 

 ロンマンガンさんにそう言ったダイユウサクさんを見て、ダイナ先輩のこめかみに青筋が立った。

 

「オイ、ロンマンにダイユウサク……おめーらがケンカ売ってんのはよくわかったわ」

「ほらほら、落ち着いてパイセン。そういうケンカっ早いところですよ。ピアリスに怖がられんの。ほら、ニコッと笑って笑って──」

「いや、今のどう見てもニコッじゃなくて、ニヤッでしょ」

「おめーらなあぁぁぁ!!」

「違うよ、ダイナ先輩。わたしが怖いのは……」

 

 2人に食ってかかろうとしたダイナ先輩をわたしは慌てて止めた。

 そして……テレビを指さす。

 テレビそのものではなく、そこに映っている映像……それこそ今、わたしが怖いと感じたものだった。

 

「レースってこと? いや、ピアリス……アンタ今さら何言っちゃってんの?」

 

 ロンマンガンちゃんが眉根を寄せて訊いてくる。

 うん、彼女が眉をひそめるのも当然だよね。わたし……今まで競走を全然理解してなかったんだから。

 

「今のレース、別に怖がるような要素なんてなかったでしょうに。ぶつかり合いもなかったし、コケて怪我するのも──」

「ロンマン!」

 

 ダイユウサク先輩が注意して、ロンマンガンちゃんの言葉を遮った。

 そう、うちのチームではレース中に転んじゃってケガする話題は、仕方ない場合を除いて禁忌(タブー)です。

 

「……スンマセン」

「本人もいないし、あの調子で気にしてないって言うから忘れがちだけど、ちゃんと気にしなさい。で、ピアリス……どういうことなの? 走るのが怖いわけないと思うけど、誰かと一緒に走るのがってこと?」

「ううん、違う。みんなで一緒に走るのは楽しいよ。それにさっきのレースだってスゴいと思った。さっきのカグラちゃんとカラーちゃんが走る姿を見てたら、スゴく体が熱くなったんだから……」

「で、そいつがどうして怖いって発想になったんだ?」

 

 興味なさそうにそっぽを向いていたダイナ先輩が、視線だけをこちらに向けて訊いてくる。

 

「あの争い(レース)に、わたしも参加することになるんだって思ったら、急に怖くなってきちゃって──」

「剥き出しの闘争心にビビった、ってわけか? それならレースなんてやめちまった方がいい。楽しく走れるうちにな」

「ちょ、アンタ何言って──」

「……たぶん、違う」

 

 乱暴なダイナ先輩の言葉に抗議してくれたダイユウサク先輩。

 でも、わたしの感情はダイナ先輩の指摘とはちょっと違ってるように思えた。

 そう感じて思わず言ったわたしの言葉に、先輩二人は促すようにこっちを見ていた。

 

「カグラちゃんとカラーちゃんは、性格が違うけど仲良しなんだよ? 今日のレースでカグラちゃんは勝ってすごく嬉しそうだった。でも、負けたカラーちゃんは……」

競走(レース)で勝者敗者が出るのは当然だ」

「うん。だから……カラーちゃんと、カグラちゃん……もう、仲良くできないのかなって──」

「……え? そんなこと?」

 

 わたしが言うと、ギャロップダイナ先輩が心底驚いた様子で目を丸くしてました。

 あれ? わたし何か変なこと言ったかな……

 

「だって、あれだけ一生懸命がんばって走って、絶対に負けたくないって思って……それで負けちゃったら、相手のこと嫌いになっちゃうかもしない。もしもカグラちゃんやカラーちゃんと競走して、嫌いになるくらいならわたし……」

「なんでそんな発想になるんだよ──」

 

 舌打ちをして。ダイナ先輩が不機嫌そうに頭をガシガシと掻いています。

 やっぱり変なことを言ってしまったみたい……

 でもそんなダイナ先輩の反応を見て、ダイユウサク先輩があきれたようにため息をついたんだ。

 

「あのねぇ、ダイナ先輩。ピアリスがそう思う原因の半分くらい、アンタにあるわよ」

「はぁ? なんでだよダイユウサク……」

「ことあるごとに会長の悪口言ってるでしょう? アイツとかあのヤローとか……そういうのをピアリスが聞いて、アンタと会長が仲悪いって思って、その原因がレースにあると思ったんでしょ?」

「あ? アイツと仲悪いのは本当だろうが。あのヤロー、負けた後はジャパンカップとか有で、あたしみたいな弱小ウマ娘を目の敵のようにしてきやがって、まったく大人げないったら──」

「パイセン、そういうとこッスよ。そういうとこ……」

 

 ロンマンガンちゃんがジト目でダイナ先輩を見てる。

 一方、ダイユウサク先輩は相変わらず少しあきれた顔でさらに言う。

 

「会長の方は別に嫌ってないみたいだけど? 前に聞いたときは、爽やかに『いいライバルだった』とか言ってたもの。それに『彼女は仲間思いの良いウマ娘だ』ともね。『安田記念を取ったのも、走れなくなった彼女の分まで走ると──」

「だあぁぁぁもう! ヤメヤメ!! その話ぜってーするんじゃねえぞダイユウ!! あたしのイメージが壊れんだろうが! だいたいそう言うお前だって、未だにマックとまともに話せねーだろ」

「そ、それは……マックイーンが……」

 

 ダイナ先輩に言われてしどろもどろになるダイユウサク先輩。

 やり返せてとりあえず満足した様子の先輩だけど……見ているわたしに気がついて、面倒くさそうにため息をついた。

 

「……ピアリス、この後のトレーニングは中止な」

「え? でも、予定ならこの後も──」

「お前に見せたいもの……いや、お前が見ないといけないものがある。これからトゥインクルシリーズで走るために、な」

 

 そう言ってダイナ先輩は、今日のこの後のコース使用予定を全部キャンセルしに行っちゃった。

 えっと……やっぱり変なこと言っちゃったのかな? わたし……

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

『♪響け、ファンファーレ~! 届け遠くまで~!!♪』

 

 ギャロップダイナ先輩が、わたしに見せようとしたもの──それはウイニングライブでした。

 その様子をわたし達はチーム部屋から、ウマチューブの公式生配信で見ていました。

 エルフィンステークスを見事に勝ったシャダイカグラちゃんがセンターを務め、それ以外の娘たちはまるで彼女をひきたてるように踊っているんだよね。

 

「わぁ……」

 

 もちろん、ウイニングライブを見たのはこれが初めてじゃないけど、それでも知っているウマ娘──それも同級生で、ルームメイトのよく知っている顔がそこにある。

 デビューしてから何度も勝っているカグラちゃんのライブも初めて見るわけじゃない。

 でもそこに驚きや戸惑いと共に、その座が身近にあるとも感じてしまうわけで──

 

(わたしも、あの場所に……)

 

 自然とそう思えてきちゃう。

 でも……カグラちゃんの周囲を踊るウマ娘たちを見ていると──少し悲しくなってくる。

 だって、遅くて弱いわたしはきっとそちら側になるはずなんだから……

 

「おい、ピアリス。もっとちゃんとよく見ろ」

 

 思わずうつむいてしまったわたしに、ダイナ先輩が声をかけてきた。

 反射的に顔を上げたけど──目に入る光景は、画面に映る映像は変わらない。

 スゴく輝いているカグラちゃんと、それとは対照的に目立たない他の()たち……

 そのコントラストを見ながら──曲は、終わりました。

 そこで「ふう」と一息ついたダイナ先輩が、わたしを見てきます。

 

「お前、さっきレースで負けたら仲が悪くなるって言ってたけど……そう見えたか?」

「え……?」

「今のライブだよ。確かに1位のウマ娘が目立つ。だがそりゃあ当然だ。1位になった()()()なんだからな。でも……他のヤツらは足引っ張ってたか? 嫌々踊ってたか? そんなヤツ、一人もいなかっただろ?」

「あ……」

「2着だったライトカラーだったか? アイツもシャダイカグラのミスをフォローしてたぞ。それに対してシャダイカグラもきっちり感謝していたみたいだしな」

 

 わたしの隣で、テーブルに肘をついて座ってみていたダイナ先輩が「ほら」と顎でステージ上を示して──その先では、カグラちゃんとカラーちゃんが仲良さそうに笑顔で手を取り合ってる。

 その姿は、間違いなくいつもの──ううん、いつも以上に仲のいい二人に、わたしには見えた。

 そうして見ていると──「ん」という声と共に、わたしの目の前にスマホが差し出されました。

 思わず「え?」と戸惑いながら差し出してきた相手を見ると──視線を逸らしたままのダイナ先輩でした。

 

「見ろ。別のウィニングライブだけど──」

「え? あ、はい……」

 

 それは少し前のウィニングライブの映像で──センターに立っているのは、わたしのすぐ目の前にいるウマ娘さんでした。

 

「あ、あのこれ……」

「あの“皇帝”サマがセンターを務めていない貴重な映像だぞ?」

 

 少しだけ顔を赤くしたダイナ先輩が、照れ隠しなのか苦笑しながらぶっきらぼうに言って……スマホで流れる画像ではギャロップダイナ先輩の後ろでシンボリルドルフ会長が踊っていたのです。

 そしてライブで流れている曲は『NEXT FRONTIER』。

 そう、このライブは……あの秋の天皇賞のものでした。

 

 そして──

 

「センターなんて、いつもダートの小レースばかりだったからな。こんな大舞台で務めるなんて考えちゃいなかったんだ。アタシもビジョウもレースに勝つことは考えてたけど、その後のことを完全に忘れちまってた……」

 

 そう言って懐かしそうに苦笑する先輩。

 

「あたしのパフォーマンス、ヒドいもんだろ? ルドルフは、それに気がついてくれてな……アイツがフォローしてくれたおかげでなんとか形になって、恥をかかずにこなせたってワケだ。アイツにはどんなに感謝してもしきれねえよ。あたしの一世一代の晴れ舞台を台無しにせずに済んだんだからな」

 

 苦笑を笑みに変えて、ダイナ先輩はそう言った……

 ……んだけど……

 

「で、このあたしが珍しく素直に『ありがとう』って感謝してやったら、あのヤロー『気にするな。当然のことだ』とか上から目線で言いやがって……アイツ何様のつもりだ、あたしに負けたクセによ! あ? 当然ってなんだよ当然って! 当然、あたしが失敗すると思ってたってことか? ああ!?」

 

 えっと……良い話で終わるんじゃなかったのかな、これ?

 わたしがぽかーんと見ていたら、その視線に気がついた先輩は我に返り、「んん!」と咳払いを一つする。

 

「あたしだけじゃないからな。ビジョウから聞いたけど、ダイユウサクも有記念じゃ無理しすぎて足がガクガクで、マックとネイチャがだいぶフォローしてくれたらしい」

 

 ダイユウサク先輩と、メジロマックイーンさんやナイスネイチャさんは学年さえ違っています。

 それでも異変に気がついた彼女たちは手助けしてくれたそうで……

 

「なぁ、ピアリス。“競走”は戦いや喧嘩じゃないんだぞ。勝者を称えるのは当たり前だし、勝者も他に敬意を払わないといけない。勝負を通じて生まれる友情もあるしな」

 

 ステージの方を見ていた先輩は、わたしの方を振り向いて──

 

「だから……仲が壊れることなんて無い。心配すんな」

 

 そう言ってわたしの頭の上に、手をポンと乗せたのです。

 

「素直に言えよ。レースに出て、勝ちたいってな」

「は、はい! わたし……勝ちたいですッ!!」

 

 わたしは思わず反射的に答えてた。

 でもそれはわたしの本心だし、それを取り下げるつもりもない。

 そして何よりも──カグラちゃんとカラーちゃんのライブを見て、わたしもその輪に入りたいと強く思った。

 センターの座を巡って一生懸命走って競い、そしてその後は“ノーサイド”の心で協力してウイニングライブを行う。

 

(これがトゥインクルシリーズ。これが、ウマ娘の競走(レース)……)

 

 勝てなくても恐れる必要なんてないし、勝ってももちろんそう。

 推薦されて進んできたこの道だけど、改めてわたしは思った──“レース”がしたい、と。

 

「トゥインクルシリーズを、走りたいですッ!!」

 

 そんなわたしの宣言。

 そしてそれを聞いたダイナ先輩は、いつも通りにニヤッと笑みを浮かべた。

 

「よし言ったな。ならあたしがお前を勝たせてやるぜ、サンドピアリス」

 

 その頼もしい笑みは、あのトレーナーさんと同じように見えて、にわたしは大きく頷いていたのでした。

 

 

 ──そしてわたしのデビューが、来月に決まったのです。

 




◆解説◆

【トゥインクルシリーズに尻込まない!】
・元ネタ無し。
・ピアリス回のタイトルは「(〇〇に)~ない!」というルールで行こうかと思います。

毎日杯
・1954年に創設された、4歳(現3歳)限定の重賞レースで、グレードはGⅢ。
・しかし優勝馬が優先出走権とかそういう優遇措置が得られるレースはありません。
・ただし、クラシックレースを占う大事な前哨戦として重要視されています。
・創設から1970年まではダービー後の6月に開催されていたのですが、71年からは3月開催に。
・なお、最初のころは主に3月頭の開催でしたが、1987年からは3月後期に開催が主になっています。
・小説『優駿』のころは3月頭に開催していた時期なので、オラシオンはシンザン記念→毎日杯(未出走)→皐月賞トライアル→皐月賞という順での出走(予定含む)で描写されています。
・今では皐月賞トライアルレースよりも早いか同時期での開催になっているので、ちょっと辻褄が合わないかもしれませんが、そこは御愛嬌と言うことで。
・『優駿』でオラシオンが回避した理由は、同じように調子が悪かったからです。

エルフィンステークス
・1983年に創設された、4歳(現3歳)牝馬限定のオープン特別レース。
・なお、エルフィンは英語名の「小さな妖精のような」が由来と。
・基本的に京都競馬場の芝コースで開催。距離は最初1400で創設、3回・4回と2000で開催された後は、基本的に1600での開催になっています。
・なお、今回のレースは1989年の開催がモデル。
・晴れの良馬場。
・9頭立て。1番人気はシャダイカグラで2番人気はライトカラーでした。


※次回の更新は6月23日の予定です。  

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