見えぬ輝きの最南星《アクルックス》   作:ヤットキ 夕一

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 ──3月になった。

 トレーナー部屋でオレはパソコンとカレンダーとにらめっこをしながら、考えを巡らせていた。

(年明けから、あっという間だったな……)

 2月というのは他の月よりも3日少なく、きっちり4週で終わる月。場合によっては週末が5回ある月と比べると“落ち着いている”というイメージが強い。
 そして今年の2月もその例に違わず──レッツゴーターキンは休養中であり、オラシオンが毎日杯を回避して復調に専念したので〈アクルックス(うちのチーム)〉にとっても比較的大人しい月になっていた。

「……だが、今月は違う」

 オレは思わずつぶやいていた。
 3月になれば、クラシック戦線が本格化してくるからだ。
 オラシオンも月頭の毎日杯は回避するが、来月の皐月賞に向けてトライアルレースへ出走する予定になっている。
 それにレッツゴーターキンも春の重賞戦線に備えて復帰する予定だ。半ばの阪神大賞典を復帰戦に見据えて調整しており、ジャパンカップと有記念で勝てなかったのもあって、目の色を変えて調整に励んでいる。

(アイツにとっての本命はもう少し先だが……)

 そして他の二人のクラシック世代も、来月の皐月賞や桜花賞に間に合わずともその後のレースを照準に合わせてアクセルを吹かしていかなければならない。
 いすれにしても、今月は非常に重要な月になる。

 その一つが──サンドピアリスのデビュー戦だった。

 去年の12月にチームに入った彼女。
 小柄で、同学年と比べても小さい体の彼女に対し、オレは不安を持っていた。
 それは体躯よりも、彼女の心構えに関してだ。
 精神的に幼くさえ感じる彼女は、闘争心というものが欠如していた。

(あの気弱なターキンだって“レースで負けたくない”という気持ちは強いからな)

 競って走ったり勝つのが楽しいのではなく、他のウマ娘と一緒に走るのが楽しい。そんな彼女だったのだが──先月の半ば辺りから急に変わった。
 ダイナが言うには目標ができたから、らしいんだが……ともあれ、彼女の成長は著しく、そこからグングンと伸びた。

(……体は小さいままだけど、な)

 ともあれ、その成長の成果をもって、ギャロップダイナが進言してきたんだ。
 アイツをデビューさせてくれ、と。

 3月頭の阪神レース場で開催されるメイクデビュー戦で、彼女はついにデビューすることになったのだ。



第43R あのウマ娘に違いない!

 

 ──当日は、あいにくの雨だった。

 

「ダートの場合、雨だとバ場を読むのが難しくなりやがるからな」

 

 チームで唯一、帯同したギャロップダイナが空を見上げながら言う。

 サンドピアリスのデビュー戦は阪神での開催のため、チーム全員でくることはしなかった。

 なにしろ今月は重要なレースが目白押しだ。ターキンもオラシオンもレースが近く、調整のために余裕はない。

 

(本当なら、みんなで応援してやりたいところだが……時期が悪かった)

 

 最年少で、しかも小柄なサンドピアリスはチームのみんなから優しくされる妹のような存在になっている。

 だからデビューを阪神レース場にしたときに、他のメンバーからオレが怒られたほどだ。

 

(みんなの気持ちは分かるが、ダイナの申し出からここまで時間がなくて阪神しかなかったんだよな……)

 

 なにしろダイナは「他からいい影響を受けてるからデビューを急ぎたい。今の調子もいい。だからなるべく早い開催で」と急かしてきた。

 それで探したんだが、関東でのダートのメイクデビュー戦を探したが、すでに枠が埋まっていたりして、阪神のレースになったのである。

 

「普段はサラサラで脆いダートのバ場も、雨が降れば締まって固くなる。普段よりも反発が強くなるからタイムが良くなることもある。だが量が過ぎれば泥状になって、今度は逆にスリップだ。強く踏み込むか慎重に行くか、その見極めが必要になる……」

「で、今日のバ場状態はどうなんだ? ダートのベテランさん」

 

 ダイナの注釈にオレが返すと、彼女は苦笑した。

 そして「一応は芝のGⅠウマ娘で、ダートの実績は全部オープン前だぞ……」と呟きながら、空とコースを見比べる。

 

「この調子なら、(やや)重ってところで落ち着くだろ。思いっきり踏み込んでいける状態になるはずだ」

 

 そう言って浮かべた彼女の微笑は、なんだかとても頼もしく見えたのだった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──メイクデビュー戦や未勝利戦は、早い時間での開催が多い。

 

 その例に漏れず、サンドピアリスのデビュー戦も昼過ぎという早い時間での開催だったわ。

 土曜日開催だし、明日は日曜なんだからその日を休みにして日帰りで──なんてプランもあったんだけど、トレーナーに「金がかかりすぎる」と却下されたのよね。

 

(本当にケチなんだから……)

 

 アタシ──ダイユウサクやターキン、それにシオンといったデビュー済みで勝利を挙げてるメンバーなら、そのお金くらいは持ってるのに。

 まぁ、ターキンは来週、シオンもそのさらに翌週に出走予定があるし、特にターキンは間近に迫ってるから、そんな余裕もないもないのでしょうけど。

 

(ちょっと、根を詰めすぎている感じもするけど)

 

 確かにここ二戦のGⅠは不本意な結果だったから、グレードの下がった重賞にかける気持ちは分かるんだけど……

 アタシは集まったチーム部屋の、隣に座っているターキンの顔をチラッと見る。

 疲れているように、見えなくもない。

 でも今は食い入るようにチーム部屋に置かれたテレビを見つめていた。

 

「……なにも、ここでみんなで見なくてもいいんじゃないスかね? メシ終わったし、午後も練習でしょ?」

「なら、アンタだけウォーミングアップでも始めていなさいよ、ロンマン。これ見終わったらすぐに午後の練習始めてあげるから」

「御無体な……」

 

 こうしてチーム部屋のテレビの前に集まっているのはアタシとターキンだけじゃなかった。

 アタシが面倒を見てる後輩のロンマンガンは、休憩時間が同じなので当然のようにいるし、それ以外にもオラシオンと渡海研修生の(チーム)もこの時間に合わせて休憩時間にしたらしく、さらにはその組からトレーナーが出張中限定で一時的に離れたコン助(ミラクルバード)と、彼女が見ることになっているレッツゴーターキンもこの場にいるわ。

 そうして結局は東京に居残った〈アクルックス〉メンバー全員がこの部屋のテレビの前に集まったのよ。

 ちなみに──もちろんテレビ中継なんかじゃないわ。あれは午後に開催されるメインレースとかが対象で、こんなに早い時間のレースはもちろん生放送なんてしないから。

 URAがやってる配信サービスを見られるようにしてくれているから、それをチーム部屋のテレビを使って見ているだけ。

 そうして、アタシ達が雁首そろえて注目している中──レースは始まった。

 

「よし! いけッ!」

「が、がんばって……」

「うん! 出遅れずにスタートできたみたいね」

「いや、ピアリスのことだから出遅れるんじゃないかとヒヤヒヤしたわ。とりま一安心……」

「距離が1200ですから、出遅れると厳しくなりますもんね」

「……でも、先頭に立ってますけど、いいのでしょうか?」

「「「「「え?」」」」」

 

 オラシオンの指摘で、アタシ達の視線が先頭を走るウマ娘に集中する。

 中継画像の中で大きな画面は別のウマ娘を映しているので、全体を捉えている上の小さな映像を注目する。

 小さくて見づらいけど、確かに先頭のウマ娘がつけているゼッケンは 番のように見えた。

 

「……他のウマ娘と比べると、思い切りよく走れているように見えます」

「あ、渡海クンもそう見える? だよね。ボクもそう思った」

「え? でも向こう雨降ってんですよね? 足下悪ければ逆に遅くなるんじゃ……」

「このくらいの雨なら逆に走りやすくなるわ。極端な例えになるけど、湿った土の地面と砂浜、どっちが走りやすいって聞かれたらどっちを答える?」

「あ~、それは間違いなく土の地面だわ。なるほど……」

 

 アタシの説明に、ロンマンガンが納得する。

 さすが走ってる数が違うわ、なんてブツブツ言ってるけど──ゴメンなさい、これはトレーナーの受け売りなのよ。

 アタシ、ダート戦の経験はあるけど雨の中では走ったことないし。

 

 ……なんてことをしている間に、レースはとっくに終盤に入ってた。

 

 なにしろ1200の短距離だし、あっという間に最後の直線へと向かっていた。

 アタシ達の後輩、サンドピアリスは相変わらず先頭をキープしたまま走ってる。

 

「がんばりなさい、ピアリス!!」

「うぅ……もう少し、もう少し……」

「ピーちゃん、あとちょっと! 粘れー!!」

「いけッ6番人気!! 上位人気のヤツラになんて負けんな!!」

「ゴールまであと少し、このまま……」

「三女神よ、ピアリスさんに加護を──」

 

 六者六様に声を出して、見入る──約一名、祈りを捧げてて見てないようだけど──アタシ達の前で、ピアリスは……ゴールを切った。

 

「「「「「「おおぉ~ッ!!」」」」」

 

 そんな彼女のデビュー戦勝利に、〈アクルックス〉は一丸となって雄叫びをあげた。

 アタシは思わず隣のターキンと抱き合って喜び、他のみんなも近くの人と手を取り合って喜ぶ。

 小さな彼女が挙げた大きな一勝。

 

(まさか、デビュー戦で初勝利をするなんて……)

 

 うちのチームに来たばかりのころからはとても想像ができなかった。

 しかも来たのは去年の12月だったんだから。

 驚くと同時に、感慨深い。アタシ達の歓喜の輪はまだまだ収まることを知らず──隣のチームから「うるさい!」と怒られるまで続いた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 サンドピアリスが先頭で最後の直線に入るのを、オレは内心驚いて見ていた。

 クラシックレースのトライアルも始まろうとしているこの時期の、メイクデビュー戦のレベルが高いか、と訊かれたら……正直、そうとは言えないかもしれない。

 しかしそれでも、サンドピアリスが先頭に立って走るような展開になるとは予想外だった。

 

「あのピアリスが、よく……」

 

 まるでオレの気持ちを代弁するような声が、後ろから聞こえた。

 思わず振り返ると、サングラスをかけた女性がレースを熱心に見ていた。

 雨は降ってるし、お昼時だし、そして有力ウマ娘もいないメイクデビュー戦……実際、周囲にほとんど観客はなく、関係者ゾーンにいるオレのすぐ近くに彼女がいる以外は観客はそれほどいない。

 そんな中で、雨が降っているのにサングラスをかけ、そして丁寧におしゃれな帽子まで被り、スーツ姿できめているその女性の姿は、明らかに浮いていた。

 しかし、まばらな観客は彼女を気にする様子もなく、レースの行方を見守っている。

 

「ふむ……」

 

 サングラスで目元が分からないが、それを加味してもかなりの美人だった。

 そしてピシッとしたスーツから分かるスタイルも非常に良い。

 むぅ……さすがにたづなさんには少しだけ劣らなくもないが、彼女と同レベルクラスの美女である。

 

 ──と、その美女に心を奪われかけたオレだったが、ゴールが迫って沸き上がった歓声で我に返った。

 見れば、サンドピアリスは後続に差を付けて、そのままゴール板を駆け抜けようとしていた。

 

「すごい……」

 

 オレの口から思わず言葉が出ていた。

 稍重で締まったバ場を的確に見抜いて行った思い切りの良い踏み込み。その成果はこうして結果となって他と差が付いていた。

 

「ダイナの勘や指導もあるんだろうが、それをモノにできるかどうかは個人の才能だからな」

 

 サンドピアリス(砂の貴婦人)──その名が示すように、ダートの才能はかなりのもので間違いないようだ。

 ま、それを見抜いていたのはオレなんだが……

 

「圧倒的ですね、サンドピアリス。あんなに小柄なのに……」

 

 再び聞こえた後ろからの女性の声に、オレは再度振り返った。

 今度は彼女と濃いサングラス越しに目が合う──というか瞳がよく見えないので合った気がした。

 明らかにオレに対して言った言葉だろう。オレがピアリスのトレーナーということが分かっているようだ。

 ともあれ、彼女の賛辞に対してオレは頭を下げた。

 

「ありがとうございます。ジュニアでのデビューこそ間に合いませんでしたけど、これからもっと伸びる()ですからね。これからも応援してあげてください」

「ええ。それはもちろん……」

 

 その御婦人は、そう言って苦笑気味に微笑を浮かべる。

 あれ? オレ変なこと言ったか?

 ……この人、ここまで熱心に見ている上にオレに話しかけてきたんだから、ピアリスの関係者だろうな、きっと。

 というか……オレ、どこかでこの人を見たことあるような気がするんだよな。

 でも、ピアリスの関係者なんて会った記憶が無いんだが……

 

「学園ではでは成績が伸び悩んでいると聞いたから心配していたけど、あなたの名前を聞いたから期待していたのよ」

「え? オレの?」

「ええ。デビュー2戦連続タイムオーバーしたウマ娘をグランプリウマ娘にまで導いたあなたの手腕なら、あの娘もきっと大丈夫だって」

 

 ……この人、いやに詳しいな。

 やっぱりピアリスの親戚、かな?

 

「彼女と同じように有記念を、とは言いません。どうかあの娘をよろしくお願いしますね、乾井 備丈トレーナー」

 

 そう言って、彼女は頭を下げた。

 そしてそうするのが当然の礼儀と──降りしきる雨の中、被っている帽子を脱いだ。

 オレの目に入ったのは、彼女が下げた頭の上にピンと立った……耳。

 

「え……?」

 

 残ったサングラスのせいで、その顔の全容はわからない。

 でもオレは、確信する。

 オレは彼女──このウマ娘を見たことがある。

 それも何度も何度も、だ。

 どうして今まで気がつかなかった、と自分を責める一方で、でも、頭のどこかで「そんなはずがない」「ここにいるはずがない」と否定する自分もいる。

 そうしてオレの思考が長考(フリーズ)しかけていた、そのとき──

 

「本来なら、これも外して頭を下げるべきなのですが……それをしてしまうと大騒ぎになってしまうので、許してくださいね」

 

 そう言って彼女は頭を下げたままサングラスを下げて瞳を覗かせ、睨目上げるような上目遣いでオレを見て──悪戯っぽい笑みを浮かべたのだ。

 

「──ッ!!」

 

 オレは確信した。

 というか間違いない。ゼッタイ間違いないって、このウマ娘(ひと)絶対に──

 

「オイ、ビジョウ。いったいどうしたんだ? せっかくピアリスが勝ったってのに──おやぁ? オイオイ、あたしが隣にいるのに、他の女に夢中になるとか、ちょっと許せないよなぁ」

 

 胡乱気にオレを睨んできたのは隣のギャロップダイナ。

 ダイナに見つかる直前に、彼女は素早く帽子を戻し、サングラスも真ん中のブリッジを人差し指でクイッと上げて、元の姿に戻っている。

 まるで、()()ウマ娘なんていなかったかのように。

 しかしオレは──

 

「ピアリスが頑張って結果を出したのに、お前ってヤツは……」

「ち、違う! あれ、あの人! は! はッ…ハッ、ハ──」

「あ? クシャミでもすんのか?」

 

 あまりのことに言葉が詰まって、オレはそれ以上言うことができない。

 だって、仕方ないだろ? 学生時代に憧れた、伝説的存在がオレの前に現れて、お礼を言って、しかも名前まで言ってオレに頼むって──

 思わずバシバシとダイナの肩をたたいて、彼女を指さすことしかできなかった。

 

「ビジョウ……鳩が豆鉄砲くらってノドに詰まらせたような顔してどうしたんだよ? その年増がなにかしたのか?」

「バ、おま──なに言って……」

 

 あの方に対してなんてことを言いやがる!

 いくらダイナでもその発言は許せねぇ!! 彼女への侮辱は、憧れたファン全員への侮辱だぞ。つまりはオレへの侮辱ってことだ。

 それに見ろ! 口は笑みを浮かべてるけど、明らかにこめかみに青筋が立ったぞ。

 

「オマケにこれ見よがしに胸元にバッチなんてつけて……ビジョウお前、権力に媚びへつらうようなマネなんて──」

「相変わらずウワサ通りヤンチャなようね、ギャロップダイナさん」

 

 ダイナの言葉を遮って、彼女は声をかける。

 それにダイナは「あ?」と相手を睨みつけた。

 

「あたしは知らねえぞ、あんたなんざ」

 

 ちょ、ちょっと待てってダイナ。この方に絡んじゃダメ……

 オレが止めようとしてダイナを手で押さえるが、彼女は鬱陶しいとばかりにオレの手を跳ね除ける。

 

「ま、あたしもあの《皇帝》サマを泣かしたウマ娘だから、顔が知られてても仕方ねーけどな!」

「あ、あの、ダイナ……その人、お前よりも……」

「あ? さっきから何だよ、ビジョウ。こいつがあたしよりもなんだって!?」

 

 オレは先ほどからの様子から彼女がお忍びで来ていて、周囲に知られるのは良くないと思い──オレに向けてきたダイナの耳にそっと手と口を寄せて──彼女の正体を教えて上げた。

 

「はあああァァァァァァァッ!?」

 

 ダイナの尻尾が驚いてピンと立つ。

 

「ダイナ! 声が大きい……」

「けどよ、でも……いや、お前、それを早く言えよ~! マジで~!」

 

 ダイナはそう言ってオレの服の袖を掴んで引っ張る。

 そして彼女がクスクスを笑っているのに気がついて──

 

「あの、その……失礼なこと言ってホント、スミマセンでした」

 

 慌ててバッと頭を下げた。

 あのダイナがここまで素直に頭を下げるなんて、やっぱりスゴいウマ娘なんだよな。

 オレがそう思って見ていると、ダイナが肘打ちでオレの脇腹を突いてきた。

 グッと痛みに耐えていると、小声で尋ねてくる。

 

「オイ、なんでこのウマ娘(ひと)がこんなところにいるんだよ?」

「実はピアリスの後援しているのが──」

 

 オレが説明しようとしたところに、観客に応えて手を振るのを終えたサンドピアリスが、オレのところへ来たらしく──

 

「あぁー!!」

「あら、こんにちはピアリス……そして、おめでとう!」

「うん、ありがとう!! トレーナーさんと、ダイナ先輩のおかげで勝てたよ!!」

 

 そう言ってピアリスは自信たっぷりに、彼女に運命的なものを感じてトレセン学園に推薦してくれた偉大なウマ娘に、Vサインをして爛漫な笑みを浮かべるのだった。

 

 あ~、ビックリした。

 今日はオレの方が驚かされたわ。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──ふと、昨日のことを思い出す。

 

 それは私──シャダイカグラに架かってきた一本の電話でした。

 今回出走するレースは阪神の開催。それに備えてトレーナーと共に新幹線に乗ろうとしていた時に架かってきたそれは、ちょうど一日前に今の私と同じように大阪へと旅立ったルームメイトからのものでした。

 

「あのね、カグラちゃん! わたし、勝ったよ!! そしたら、あのウマ娘さんも見に来てくれてて、おめでとうって言ってくれたんだよ!!」

 

 耳にうるさいほどの大きな歓喜の声を届けてくれた彼女──サンドピアリスに私は一度はその声量に声をしかめたものの、内容に思わず笑顔になる。

 

「そう。良かったわね」

「うん! だから、わたしもね、きっと出るから……クラシックレースに、トリプルティアラのレースに出るから……一緒に走ろうね!!」

「ええ、待ってるわ」

 

 彼女も、レース後の忙しい合間で架けてきたのでしょう。彼女の言いたいことだけ伝えてその電話は切れてしまいました。

 でも、それで十分──

 

「カグラ、どうしたんだい?」

「私のルームメイトが……勝ったそうです」

「え?」

 

 私がそれを伝えると、奈瀬トレーナーは呆気にとられた様子でその動きが止まりました。

 そして、「ふむ」と考え込んでしまいます。

 

「サンドピアリス、だったね? あのときの……」

 

 私は以前、トレーニングで彼女と併走することをトレーナーに頼んだことがありました。

 だからそのときにピアリスのことを見ているはずなのです。

 そしてあのときの彼女はまだチームに入る前の未所属な状態でした。

 でもそれは去年の11月──今から4ヶ月前のことです。

 

「あのウマ娘が、メイクデビュー戦とはいえ勝てるほどになっていたとは……」

 

 やっぱりあのときの実力を覚えていた奈瀬トレーナーは純粋に驚いていたようでした。

 でも奈瀬トレーナーが意外に思うほど、確かにピアリスの実力は低かったもの。

 

「ちなみに彼女のチームは?」

「〈アクルックス〉です」

「……なるほど。それで、キミはあのとき僕に印象を訊いてきたのか」

 

 合点がいった、というように頷く奈瀬トレーナー。

 

「やはり油断ならないチームだったというわけだね。やはりまさに《ビックリ箱(ジャック・イン・ザ・ボックス)》だよ、彼は。箱の中に仕込んだもので予想外のことを起こしてくれる。おかげで──」

 

 奈瀬トレーナーは私のことをジッと見つめてきました。

 

「キミのやる気もずいぶんと上がっている。違うかい?」

「はい……ピアリスに言われました。トリプルティアラのレースで一緒に走ろう、と」

 

 私が苦笑しながら言うと、奈瀬トレーナーも「フフ……」と微笑を浮かべます。

 

「では、負けていられないね。その切符を掴んでこようじゃないか」

「はい。トレーナー!」

 

 私は意気軒昂として、阪神レース場へと向かい、そして──

 

 

『これは強い。シャダイカグラ、一人、また一人と抜いてついに先頭に立った! そしてグングン差は開いていく!!』

 

「──バカな! 高貴で美しいこのボクが追いつけないなんて!!」

 

 そんな声が後ろから聞こえたけど、私は意に介さずにさらに加速する。

 そうして私は先頭でゴール板の前を駆け抜け──

 

『今、ゴオオォォル!! シャダイカグラ、ペガサスステークスを見事に制しました。まさに始まろうというクラシック戦線の台風の目になることでしょう!!』

 

 私は同世代の集まる重賞を制し──桜花賞へ挑戦する。

 どう? ピアリス……私はトリプルティアラの一つ目に、いよいよ挑戦するわよ。

 

 あなたも……早く来なさい、この場所に。

 




◆解説◆

【あのウマ娘に違いない!】
・ピアリス回だったはずなのに……全部持っていくウマ娘が。
・はい。間違いなくハイセイコーです。
・サンドピアリスを学園に推薦した彼女は、本作の世界では、最初の国民的アイドルウマ娘となった彼女は現在は国政に携わる国会議員になり、ヒトとウマ娘の架け橋になるために政治家になっています。

サンドピアリスのデビュー戦
・競走馬サンドピアリスのデビュー戦は、1989年3月4日。
・阪神競馬場の第6レース、4歳新馬戦。ダートの1200でした。

デビュー戦で初勝利
・〈アクルックス〉のメンバーはデビュー戦の成績がよくありません。
・ダイユウサクは17秒のタイムオーバーで殿負け、レッツゴーターキンは1着から3秒以上の差を付けられた下から2番目(ブービー)
・架空馬モデルなので結果は作者のさじ加減一つなオラシオンでさえ5着です。
・〈アクルックス〉時代前にはなりますが、乾井の教え子のパーシングもデビュー戦(重賞)は22秒のタイムオーバーです。
・そんな中で、サンドピアリスがデビュー戦を勝利で飾れたのは……やっぱりデビュー戦勝利しているギャロップダイナの指導の賜物でしょう。
・ちなみにギャロップダイナのデビュー戦は芝だったりしますが。

美しいこのボク
・モデルになったレースの2着は、ナルシスノワール。
・そのためこのウマ娘の性格は「ナルシスト」という設定になっています。
・ちなみにそんなナルシスノワールは短距離~マイルの競走馬で、1991年の安田記念でダイイチルビーと戦ったり、マイルチャンピオンシップではダイユウサクとも競っています。

ペガサスステークス
・阪神競馬場の4歳(現4歳)の限定の芝1600の重賞競走。
・オグリキャップの中央移籍最初のレースとして有名。「まずはペアルックステータスで勝つ!」
・現在では残っておらず、1987年に創設されたものの1992年にはアーリントンカップに引き継がれて5回しか開催されていません。
・第2回の開催でオグリキャップが勝利し、第3回を勝ったのがシャダイカグラ。
・1989年の開催は、3月5日の開催。
・前日のサンドピアリスのデビュー戦時に振っていた雨が長引いたようで、天気は晴れていましたが重馬場でした。


※次回の更新は6月26日の予定です。  

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