見えぬ輝きの最南星《アクルックス》   作:ヤットキ 夕一

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第44R Let's go to it! 新たなる目標へ……

 

 サンドピアリスのデビュー戦が終わり、週があけたその日、オレのいるトレーナー部屋に来客があった。

 といっても別に部外者ではない。〈アクルックス〉のメンバーであるギャロップダイナだった。

 入ってきた彼女は同室の巽見がいるのを見て、わずかに顔をしかめた。

 

「……どうした? ダイナ」

 

 そんな彼女にオレが声をかけると、言いにくそうに歯切れ悪く「いや……」と答えた。

 

「私、外した方がいいかしら?」

「それには及ばねえよ。どうしても他に聞かせられない話なら、チーム部屋か呼び出して他でするんで」

 

 そう言ったものの、彼女の表情は裏腹に晴れない。

 頭をガシガシと掻いてから、「ま、構わねえか」と言ってダイナは切り出した。

 

「なぁ、ビジョウ……ピアリスのことなんだが、ダート路線進ませるのは確定なのか?」

「ああ。そのつもりだが……」

 

 ダイナの唐突な問いに、オレは戸惑いながらも答えた。

 サンドピアリスはダートの適正があるのは間違いない。そして芝での走りについては……正直、並といった評価だ。

 しかし、勘違いしないで欲しいのはこの“並”という評価はウマ娘の平均程度、ということでしかなく、“苦手ではない”レベルだ。

 オレはそんなピアリスの現状を、ダイナに説明した。

 

「なるほどな。確かにアイツの体はダートの方が合っているってのはあたしにも分かる。他に比べて体格も劣るアイツが、この前のレースであそこまでアッサリ勝てたのは明らかにダートの才能のおかげだ」

 

 天与の才。

 聞けば彼女の母親も現役時代はダートが得意だったらしい。それを受け継いだということになる。

 その話を聞いたからこそ、ピアリスを黒岩理事から頼まれた際に、窮余の一策としてダートへの道に希望を託したのだ。

 

「だが、ダイナ。お前がわざわざそんなことを言いに来たってことは……」

「ああ。芝路線──というか、トリプルティアラに挑戦させてやれないか、と思ってな」

 

 う~ん……そう、来たか。

 オレは思わず腕を組んで考え込む。

 正直に言えば、今回、3月の頭にデビューをねじ込んできたときから、それには薄々気づいていた。

 それを言い出すんじゃないか、とな。

 

 だがハッキリ言って、困る。

 

 なぜなら、さっきの適正の話になるが……ダートに適正のあるウマ娘は意外と少ない。

 〈アクルックス〉所属の他のウマ娘達だって、明らかにダートに適正があるのはダイナしかおらず、他は“苦手ではない”くらいが関の山である。

 

(だからこそピアリスをダート路線に挑戦させているんだけどな)

 

 得意にしている者が少なければ、最初からアドバンテージを持ってレースをするようなものだ。才能が無い者と多少の能力や才能に差があっても有利はそうそう覆らない。

 そして逆に言えば……学園に所属する多くのウマ娘──特に重賞を狙っていけるようなウマ娘は、皆、芝が“得意”か“超得意”というレベルばかりだ。

 芝に対して“並”の才能しかないピアリスにとっては、ダートとは状況が逆転してしまうことになる。

 

「ピアリスが急に伸びたのは、ルームメイトや同級生と同じレースに出て競いたいって目標ができたからなんだ。そのやる気を、尊重するべきじゃないか?」

 

 オレの目だって節穴じゃない。

 確かに最近のピアリスは成長著しいし、その動機にも彼女の様子から気がついてる。

 

「だけどな、ダイナ。それでも芝への適正ってハンデを背負えば……レースの結果は見えているようなものだぞ?」

「モチベの問題だぜ、ビジョウ……」

 

 ダイナが譲れないとばかりに目がスッと鋭くなる。

 

「もしもここでダートしか走らせてもらえねえってピアリスが思ったら、せっかくのやる気が消えちまう。トリプルティアラを含めたクラシックレースへの挑戦は、あたしらウマ娘にしてみれば生涯一度きりなんだからな」

「それは理解しているさ。だけどな、ダイナ。もしも負けレースを続ければそれは同じじゃないのか? クラシックへの道は開けないし、負けてばかりではそれこそモチベーションが続かなくなる」

「それができないと分かれば、アイツは走るのをやめちまうかもしれないぜ」

 

 闘争心や負けん気の弱かった彼女のことだ。目標を見失えばその可能性はあるとオレにも思えた。

 そしてダイナはそこまで言うと、彼女は悪そうに口の端を歪めて笑みを作る。

 

「もっとも、そいつは……あんたの望み通りかもしれないけどな」

「なッ!?」

 

 そして部外者──巽見をチラッと見た。

 それに釣られてオレも思わず彼女を見ると、「何の話?」とばかりに首を傾げていた。

 

「オイ、ダイナ……」

「この前のレースで、あたしは大体のカラクリは読めたぜ」

 

 意地の悪い笑みはそのままにオレを睥睨してくるダイナ。

 

「あんたがピアリスを連れてきたときから違和感はあった。お世辞にもオラシオンみたいな“才能あふれる天才”サマにはまったく見えなかったしな」

 

 その視線は、侮蔑の色さえ浮かんでいた。

 

「もちろんお前があたしやダイユウサクみたいな“才能のない”ポンコツを育て上げるのに魅力を感じている可能性もあったが……そいつはロンマンで十分(腹一杯)だろ?」

 

 そう言って、やれやれとばかりに肩をすくめる。

 重賞をとるような才能が自分にはないというのは、ロンマンガン自身が認めてしまっているところだ。

 もちろんオレは、それを覆してやりたいと思っているが……

 

「だから、ただでさえ二人を抱えているのにあんなピアリスを連れてきた行動には疑問に思った。そしてそれはあたしだけじゃない。ダイユウサクのヤツはくってかかってたしな」

 

 嘲り笑っていたその目が、こちらの真意を探る鋭いものへと変わっていく。

 

「そこに、この前の()()ウマ娘だ。そうなったら、いくらあたしが頭悪かろうとも見えてきちまう。それも恐ろしいほどに、な」

 

 そしてそれは、明確にオレに対し抗議するものだった。

 

「なぁ、ビジョウ。お前、あのウマ娘に憧れていたもんな。昔、それを熱く語ってくれたからよ~く覚えてるぜ。だから……気に入られたくてピアリスを担当したんだろ?」

「違う!」

 

 即座に、強く、オレは否定した。

 だがダイナの疑念は晴れない。

 

「確かにアイツはオレが最初から見初めて連れてきたわけじゃない。面倒を見てくれと頼まれたものだった」

「やっぱりそうじゃねえか」

「だが最終的に決めたのは、アイツの努力する姿を見て、それが報われるようにしたいと強く思ったからだ。アイツを勝たせたいと思ったからだ。だからこそ勝ちの目があるダート路線を狙った──」

「で、実際勝った。ならその目標は達したってことだろ? でもそれは()()()目標でしかない……」

 

 そのダイナの一言は、オレの胸に刺さった。

 思わず言葉が途切れてしまうが、どうにか言葉を絞り出す

 

「ピアリスのことを考えれば、こそだ!」

()()()だぜ、ビジョウ……()()()()()、あいつに挑戦させてやって欲しいんだ」

 

 今までの追求するような表情をフッと緩めたダイナ。

 それは後輩を慈しむような優しいものだった。

 

「なにも完全に芝路線に切り替えろとは言ってねえよ。オラシオンと争えとも言わねえ。ただ、トリプルティアラへの道も挑戦させてやって欲しいんだ。だから……」

 

 そう言ってダイナは貼ってあるカレンダーを見る。

 彼女が見つめる先は──来週の日曜日だった。

 

桜花賞のトライアルに、ピアリスを出走させてくれ」

 

 正直、迷いはあった。

 小柄で、体が完成していないかもしれないピアリスに、あまり負担をかけたくないという思いはあった。

 だからこそダート路線に専念させようと考えていたのだから。

 しかし、ダイナの言うことに理があるのは分かっている。

 

(あまりにも遅咲き過ぎて、挑戦さえできなかったヤツもいたんだからな……)

 

 そのウマ娘の顔がオレの頭をよぎった。

 それを思えば、挑めるのに最初から諦めさせるのはあまりにも不憫だろう。

 オレの心はトリプルティアラへの挑戦に傾いた。

 しかし──

 

「……お前の気持ちはわかった、ダイナ。でも問題が一つある」

「問題? なんだよ、それ」

「クラシック登録だ」

 

 クラシック登録をしていないウマ娘は、クラシックレースに参加できない。

 そのせいで涙をのんだウマ娘はいる。その有名な例がオグリキャップであり、ダービー出走に署名活動があったほどだ。

 そして、最初から諦めていたピアリスの登録を、オレは──

 

「あ、それなら心配ねえよ。シオンやロンマンと一緒にしといたから」

「……は?」

「いや、ほかの(チーム)はやってるのに、うちの(チーム)だけやってないのが悔しくてさ。やっといたんだわ」

「え? オレの……ハンコとか、そいういうのは?」

「大丈夫、ちゃんと借りて押しといたから」

 

 悪びれもせずにニカッと笑うギャロップダイナ。

 お前なぁ……それ犯罪だぞ? 文書偽造っていう名前のな。

 オレが唖然としていると、隣で巽見も頭が痛そうにこめかみを押さえているのが見えた。

 

 

 ……その後、サンドピアリスにトリプルティアラ挑戦の話をしたら、彼女は満面の笑みを浮かべて「うん、わかったよ!」と楽しげに言ってくれたのが救いだった。

 中一週でのレースに挑む負担は、彼女の小柄な体を見ると不安を感じてしまうのだったが……

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──そして週末。

 

 先週に引き続き、オレは阪神レース場へとやってきていた。

 今回のレースは阪神大賞典。

 昨年末の有記念から休養に入っていたレッツゴーターキンの復帰戦である。

 先週と同じ理由で、今回もチーム総出での応援というわけにはいかず、かといってターキンはクラシック世代で3つに分担を分けたのとは無関係だから、強いて言えば担当しているのはオレのみ、ということになる。

 だからこそ、オレも年末から今までターキンを重点的に見てきたのだが……

 

「思えば去年の秋レースの終盤は疲れていたのかもしれないな……」

「そうだね。ターキンってば夏も走ってたもんね」

 

 そうオレに答えたのは、今回唯一連れてきたミラクルバードだった。

 大事な時期を迎えて手が放せないのはオラシオン、ロンマンガン、サンドピアリスの3人も同じ。

 とはいえさすがにオレ一人の帯同では負担が大きいし、2連敗中のターキンの精神的な負担を抑える意味もあって、ミラクルバードに来てもらったのだ。

 オラシオン(チーム)は渡海もいるし、自分の足で走れない彼女は新人のトレーニングで手伝えることに制限ができるため、こちらに来てもらったという経緯がある。

 

「……ターキンの調子、どう見る?」

「ずっと見てたワケじゃないから、ハッキリしたこと言えないけどいいの?」

「ああ。むしろ直感的な感想の方が欲しい」

 

 問うとミラクルバードは少し眉をひそめて言いにくそうにしたので、オレはそう言って促した。

 それに彼女は、「そうだね……」と虚空を見つめる。

 すでにターキン達出走者は、ゲート入りを始めている。まもなく全員が納まり、そうすればいよいよスタートだ。

 

「ボクには良いように見えたけど? 顔色も良かったし、体も動いてた。しいて気になることと言えば……ちょっと気負ってるというか、思い詰めてる感じなところかな」

 

 秋の天皇賞ウマ娘となったターキンは、その後のジャパンカップと有記念は負けている。有記念では掲示板を確保したといっても4着、ジャパンカップにいたってはそれを外した8着だった。

 そして今日のレースは最高グレードのGⅠだったその二つよりも格が下がる。

 

「GⅡのレースになったから、出走者のレベルも下がる……というのなら、別に良かったんだが……」

 

 オレはこっそりとため息をつきながら言った。

 1月、2月と休養したターキンの復帰戦になるのだが──そこに大きな壁が立ちふさがっていた。

 オレはその“壁”へと視線を向ける。

 今まさに、ゲートに入ろうとしていた彼女に向かって、オレ達の近くから大きな声援を送る者がいた。

 

「パーマー、ウェ~イッ!!」

 

 大きく手を振る青い差し色の入った茶髪のウマ娘。

 オレも何度か見かけた、知っているウマ娘だった。

 ダイユウサクと一昨年のマイルチャンピオンシップ等の秋レースで何度か競ったことのあるウマ娘、ダイタクヘリオスだった。

 そして彼女が懸命に声援を送った相手──癖のある茶髪を束ねた髪型のウマ娘はゲートの中で集中を高めている。

 

 彼女こそ、昨年末のグランプリウマ娘──メジロパーマーである。

 

 その前年にダイユウサクが制したレースに挑んだレッツゴーターキンは、ジャパンカップを制したトウカイテイオーを意識しすぎていた。

 いや、彼女だけではなく他の多くのウマ娘が、その一番人気のウマ娘を気にするあまりにこの二人、ダイタクヘリオスとメジロパーマーが思い通りに逃げるのを完全に許してしまったのだ。

 

(気がついたときには手遅れだった……)

 

 ダイタクヘリオスは後続に追いつかれてバ群に消えたが、パーマーはそのままゴール板を駆け抜けて、グランプリウマ娘の栄誉を勝ち取っている。

 一方、ダイタクヘリオスはさすがに12着。それでも一番人気だったトウカイテイオーとクビ差しか無かった。

 ヘリオスがスゴかったのか、あの時のテイオーの調子がよほど悪かったのかってところではあるが。

 

「それにしても、よく有に出たよなぁ」

「ヘリオスのこと?」

 

 オレのつぶやきが聞こえたらしく、ミラクルバードが訊いたきた。

 それにうなずくと、彼女も「そうだよね」と苦笑混じりにうなずく。

 

「ダイユウサクのときだってオープン特別から1週は空けたぞ。だが、ヘリオスはGⅠ走った翌週に有記念だからな」

「さすがに無茶だよねぇ」

 

 有記念は、ダイユウサクのような推薦枠で出た例外もいるが、基本的にファン投票で選出される。

 だから選ばれたのなら出たい、ファンの気持ちに応えたいというのは十分に分かる。

 だが、さすがに前週のスプリンターズステークスに出てたら、有記念には出てこないと思うぞ、普通。

 

「でもスプリンターズステークスって、彼女にとっては思い入れのあるレースだったらしいよ」

「ほぅ、それはまたどうして?」

「一昨年勝った彼女のあこがれだったウマ娘と、どうしても名前を並べたかったみたいよ。ほら、歴代の優勝ウマ娘の名前を並べると前年とは隣になるでしょ? だから勝ちたかったんだってさ」

「一昨年のスプリンターズステークス? 勝ったのはたしか……朱雀井(すじゃくい)のところのウマ娘だったっけか?」

 

 チーム持ちのトレーナーとして独立した朱雀井は、ソロチームを担当していたんだよな。

 

「アイツ、あのレースの後に担当のウマ娘に妙に懐かれてたけど……あれからどうしたんだろ」

「あれ、知らないの? 風の噂だと彼女、トレーナーを両親に紹介したとか、そんな話だったと思うけど?」

「は? アイツ、教え子に手を出したのか。ダメだなぁ……」

 

 オレがため息をつくと、そんなオレを見てミラクルバードもため息をつく。

 ん? なにか言いたそうだけど、なんでそんな目でオレを見るんだよ。

 

「トレーナーの場合、ボクは違う意味で教え子から()()()()()()んじゃないかと心配だよ」

「なんだよ、それ」

「だって鈍感なんだもん。我慢の限界を超えたらそうなっちゃうかもしれないから気をつけた方がいいよ。ガツンと手が出ちゃうかもしれないし」

 

 そう言って、ミラクルバードは視線をオレからゲートの方へと戻した。

 ガツンと、って……穏やかじゃねえなぁ、それは。

 見に覚えのないことで手を出される──殴られたら割に合わないからな、本当に。

 そう思いながら、オレもスタートを前に緊張が高まるゲートを見た。

 ターキンも集中している様子だった。

 そして去年のグランプリウマ娘も同じ──

 

「アイツも、去年の今頃のダイユウサクみたいな状態になっていたら、助かるんだがな……」

 

 オレが思わず呟くのと同時に──阪神大賞典はスタートした。

 




◆解説◆

【Let's go to it! 新たなる目標へ……】
・“Go to it!”は「がんばれ」という意味。
・久しぶりのレッツゴーターキン回。

“並”の才能
・ゲームで言うことろの芝適正“B”程度とイメージして貰えば。
・その後に出てくる「得意」はA適正、「超得意」はS適正という感じです。

桜花賞のトライアル
・史実のサンドピアリスの第2戦にもなった報知杯4歳牝馬特別のこと。
・現在は2001年から名称が変わって、現在のフィリーズレビューというレース名になっています。
・“4歳”も“牝馬”も使えないので、正直レース名どうしようかと困ってます。


※次回の更新は多忙と体調不良のため1回お休みして、7月2日の予定です。  

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