──始まったレッツゴーターキンの復帰戦。
無難なスタートを決めた彼女の姿を見て、とりあえずホッとする。
とはいえ……阪神大賞典は3000メートルの長丁場。
おまけにレッツゴーターキンが得意とする脚質は、後方待機から末脚一気の追い込みだ。
多少出遅れても、問題は無いレースだった。
そう、そのはずだったんだが──
「……ねぇ、トレーナー。ターキンの様子、おかしくない?」
「奇遇だな、ミラクルバード。オレもそう思っていたんだが……」
作り笑いを浮かべて訊いてきたミラクルバードに、オレも同じようにぎこちない笑みを浮かべて返すと──
「ええぇぇぇぇぇ!? あれ、トレーナーの指示じゃないの!?」
「違う。オレはあんなことを指示した覚えはない」
焦るミラクルバードに、オレも動揺を隠しきれないながらもどうにか答えた。
あまりの展開に、オレも頭が真っ白になりかけたさ。
なぜなら、ターキンは──
「ならなんで、あんな位置でレースしてるの!? ターキンが……」
ミラクルバードが驚くのも当然だった。
後方待機が定位置のはずのレッツゴーターキンは、前に位置してレースを走っていた。
「前から4番手……完全に先行じゃないの! ダメだよ、ターキン。そんなんじゃ──」
先頭はいつもの通りに逃げているメジロパーマー。
大きく空いて追いかけるエリモパサー。
そのすぐ後ろでターキンともう一人が続いており、さらにナイスネイチャたちが続く──
「……いや、アイツはアイツなりに、考えてのことだ」
その展開を見て、オレは腕を組んで頭を動かしながらレースの状況を見ていた。
そして出た結論は──決して考えなしに無謀な走りをしているわけではないということ。
「どういうこと? トレーナー」
絶望的な表情を浮かべているミラクルバードに対し、オレのターキンに対する評価は──変わりつつあった。
「……この前の有馬記念でもターキンは似たような位置にいた」
第3コーナー手前で5番手につけるくらいの位置だったと記憶している。
「あのときのレース展開は覚えているか?」
「忘れるわけないよ。パーマーとヘリオスの大逃げで、そのままパーマーが逃げ切った」
「そうだ。逃げる二人を追いかけるヤツがいなかったんだ」
その原因になったのは、一番人気であり、前年は無敗でクラシック二冠を制したトウカイテイオー。
その時点で未だ2敗だった彼女はジャパンカップを制したこともあって注目されていた。
その彼女が、悩んでいて精神的に不調だったり、体調も良くなかったなんて気が付かず──周囲は最後方付近に陣取った彼女へ注意を払い、いつ彼女が仕掛けてくるのかと警戒していたのだ。
(おかげで前への意識が留守になった)
逃げる2人とその後ろの差が致命的なものに気が付かないほどに、だ。
「そのレースでターキンは前の方にいたんだ。ターキンはあの中で前にも意識がいっていた。それにパーマーと走るのも初めてじゃなかった。だからヤバいことに気が付いて…普段は後方待機しているはずが、早めに前に出ていたんだ」
レッツゴーターキンは、持ち前の警戒心から視野が広い。
だからこそ後ろの警戒だけでなく、前の異常に気が付いていたのだろう。
「だがあの時、ターキンの位置が悪かった。前を走っていた二人がいたからそれ以上前を詰められず、しかも外から行こうとしてもそこにもいたせいで出られず、完全に囲まれて動きを抑えられていたからな」
「身動きが取れないまま、差が開くのを待つしかなかった、ってこと?」
ミラクルバードの問いに、オレは首肯する。
「結果、届かなかった。あの位置でのレースは不慣れだったから仕方がない。それでも末脚はターキンの持ち味をしっかりと感じるものだったがな」
最後の追い上げが届かずに4位だったが、スパートするタイミングが良ければさらに前の順位を狙えたと思っている。
「……ターキンも、臆病だがアレで意外と負けず嫌いでな。パーマーに負けたのはかなり悔しかったんだと思うぞ」
オレは苦笑しながら、今年に入ってからのターキンの調整を思い出していた。
それも特に、今回のレースでの復帰が決まり──そのメンバーにパーマーの名前を見てからだ。
そして今回、パーマーに勝つためにだいぶ考え込んでいる様子だった。
その考えた作戦が──これというわけか。
「今のターキンが気にしているのは、おそらく後方待機や中段待機、先行という位置じゃない。アイツが見ているのは
「位置じゃなくて、距離?」
「そうだ。大逃げするパーマーが好き勝手に逃げているのに、後方待機という位置にこだわれば致命的なマージンを取られてしまう。咄嗟だった有馬記念の時と違い、今回はさらに作戦を練っている」
「じゃあ、4番手って位置は……」
「それにも意味はない……完全にパーマーをマークして、彼女に追いつける位置がたまたま4番手だったというだけの話だ。囲まれないようにしている、というのもあるかもしれないがな」
オレの説明に目を見張るミラクルバード。
だが、彼女には懸念があるようで……
「でも、ターキンだよ? 弱気な彼女が、こんな前にいたら焦ったり混乱しちゃうんじゃない?」
「……大丈夫だ、ミラクルバード」
オレは自信を持って頷いた。
「アイツはもっと先を見ている。こんなところでビビってるようなウマ娘じゃなくなったんだよ」
「もっと先って……?」
「メジロパーマーの先だよ。パーマーよりももっと強い相手に勝つのを目指して、このレースに出走したんだからな」
メジロパーマーよりもなお強い。
トゥインクルシリーズをよく知るファンや関係者に訊けば、10人が10人そう答えるだろう。
そんな、同じ名前を冠する彼女こそ──レッツゴーターキンが打倒を目指す相手なのだから。
──しばらく前のこと。
オレはその光景を前にして困惑し、思わずその場に来ていたダイユウサクと顔を見合わせた。
彼女になんとかしてもらいたくて見たのだが、その顔は「アンタがなんとかしなさいよ」と雄弁に語っていた。
そんなオレ達の前には──土下座のように頭を地面につかんばかりに下げて伏しているウマ娘がいたからだ。
「……ターキン。いったいどういうつもりだ?」
「お二人に、どうしてもお願いしたいことがありまして……」
頭を上げようとしないまま答えるターキンに、オレは思わずため息をついた。
「そんなことをしなくても、いつもちゃんと聞いてるだろ? ほら、言ってみろ……」
「……お願いだからセクハラしないでください、とかじゃないの?」
ジト目を向けるダイユウサクは「それならそういう姿勢で頼むのも分かるけど」と言う。
オレはこれ見よがしに、あきれた感じでため息を付いてみせた。
「あのなぁ、お前……オレがそんなことするわけないだろ? オレがお前にそんなことをしたことがあったか?」
「……無いわよ」
「で、もしもターキンにしていたとしたら、お前は女性としての魅力がターキンに致命的なまでに劣るグフゥッ」
「言っていいことと悪いことがあるでしょ! 殴るわよ!?」
「もう殴ってんじゃねえか!!」
怒り出したダイユウサクに対し、倒れたオレは素早く立ち上がって「やいのやいの」と言い争いを始める。
そんな中でも──頭を下げたまま動かないターキンに気づいたオレは、タイユウサクを手で制して、再びレッツゴーターキンへと向き直った。
「……で、ターキン。お前がオレに頼みたいことって、なんだ?」
顔を上げて言ってみてくれ、とオレが言うと彼女はようやく顔を上げてくれた。
そして訴えかけるように、手を付いたままグッと前のめりになる。
「トレーナーさん、私……あのレースを取りたいんです!」
「勝ちたいレースがあるのか?」
「はい。もしもあれに勝てたら……そうすればみんなきっと“
そう言うターキンは、なにやら思い詰めているようにさえ見えた。
再びオレはダイユウサクと顔を見合わせる。
「……あのレース?」
「はい! でも勝つためには……そのためには絶対に勝たないといけない相手がいるんです」
そう言ったターキンは、手を付いたまま器用にダイユウサクの方へと土下座の向きを変える。
「そのために、指南していただきたいんです、先輩」
「……話が見えないんだけど。なんの指南をしろっていうのよ?」
ちょっと気が立った様子のダイユウサク。
しかしわからないでもない。
なにしろ今までのターキンの話は、その目的がサッパリわからないので彼女の言うとおり全然見えてこないからだ。
あのレースだの、勝たないといけない相手だの、具体的な名前が一つも挙がってこない。
「彼女に勝つための方法を教えていただきたいんです……メジロマックイーンに、勝つ方法を」
「「なッ……」」
やっとわかった相手の名前に、オレもダイユウサクも絶句した。
まぁ、ターキンの気持ちも分からなくはないぞ。
なにしろメジロマックイーンに勝った相手はそう多くはないんだ。
それこそ数えられるくらいしかいないんだが……なんとその中に、ダイユウサクの名前が入っているんだよな。信じられないことに。
……なんて思ってると、勘の鋭いダイユサクがジト目でこっちを睨んでるわけだが。
そしてこのタイミングで、この話……ということは──
「まさかターキン、お前、あのレースってひょっとして……」
「はい。春の天皇賞です。きっとマックイーンが出てくるはずですから」
現在、春の天皇賞を連覇中のメジロマックイーン。
昨年のそのレースで骨折が判明して、秋レースを棒に振るほどの長期休養へ入った彼女。
しかし復帰できるほどに走れるのであれば前人未踏の“三連覇”を狙わない理由はないだろう。
しかし、ターキンにも春の天皇賞を勝てば得られる特別なものがある。
「なるほど。天皇賞の秋春制覇か……」
春に京都で、秋に東京で開催される天皇賞。
かつては一度勝てば以後は春でも秋でも出られなくなるという条件があったせいで、春と秋の両方を制覇したウマ娘は、今のところ、ダイユウサクの一つ上の世代であるタマモクロスしかいない。
「……春を連覇していても、マックイーンは秋の天皇賞をとっていないので春秋両制覇にはなりません」
「それを言うとマックイーンは怒るわよ、きっと」
思わず苦笑するダイユウサク。
なんてダイユウサクは軽く言ってるけど、きっと本当に本気で怒らせることになるぞ。きっと。
マックイーンにとっての秋の天皇賞は、有馬記念と同じか、それ以上の泣き所だ。
一度掴んだと思ってしまったんだから有馬記念以上かもしれないな。
そんな誰もが認める一流ウマ娘が喉から手がでるほどに望んでも手に入れていない秋の盾を、去年しれっと掴んでしまったのがレッツゴーターキンだったんだが……
「確かに天皇賞後のレースでも、人気が上がらなかったもんな」
「はい……」
オレが苦笑気味に言うと、ターキンはちょっと寂しそうにうなだれる。
秋の天皇賞を制したはずのレッツゴーターキンだったが、ジャパンカップや有馬記念での人気は、とてもそうとは思えないほどに低かった。
──あのレースを勝てたのは、たまたま。
──異常なハイペースにテイオーもヘリオスもそれ以外も潰されてた。
──後方待機していたおかげで、勝ちが転がり込んできただけ。
悲しいかな、それが秋の天皇賞を制したレッツゴーターキンへの世間の評価だった。
(実は、傷ついていたんだな……ターキン)
だからこそ不人気を見返してやろうと、出走したジャパンカップや有馬記念の結果が振るわなかったのを過剰なまでに気にしていたのか。
それに気づくことができなかったのは、オレの完全なミスだ。
本当に悪かった。
「秋に勝っているのは、お前の前はプレクラスニーで、その前はヤエノムテキだったからな」
……お前も出てたからって睨むなよ、ダイユウサク。
仕方ないだろ、負けたんだから。
「現時点でタマモクロス以来の春秋両方のタイトル保持者を狙えるのは、お前だ」
マックイーンが狙うにしても、秋まで待たないといけない。
そして彼女の前に春を制したのはスーパークリーク。
春秋や秋春を関係なくしても、春と秋のW制覇に今もっとも近くにいるのはレッツゴーターキンなのである。
「わかったよ、ターキン。狙おう……いや、狙うしかないだろ。そのチャンスがあるんだからな」
「トレーナーさん……」
ターキンがオレをきらきらとした目で見つめる。
「たとえ出走しても、注目されるのはマックイーンの三連覇挑戦の方だろう。タマモクロスが一度やっていることだし、初めての達成の方が話題性で勝る。それに秋を
オレが言うと、「なにもそこまで……」と言わんばかりに涙目になっているレッツゴーターキン。
それにオレは──ニヤリと笑みを浮かべてやった。
「
そう言ってオレはダイユウサクを見る。
彼女は少し複雑そうだった。
そうだな。ダイユウサクは意外と冷静だ。マックイーンと実際に戦ってその実力も知っている。
去年の
「……なんで脇腹を殴るんだよ、お前」
「アンタがロクでもないことを考えてるからでしょ?」
殴られて痛む場所を押さえつつ、オレはターキンを振り向く。
そして──
「春の天皇賞は数少ない3000メートル以上の長距離レース。その試金石にするためにも、お前の復帰戦は阪神大賞典にするからな!」
「はい!」
いい返事をするターキン。
そうだ、どんな相手だろうと阪神大賞典で結果を残せなければ春の天皇賞に勝つことができないだろう。
最強ステイヤーに、その相手の土俵の上で戦うことになるんだからな。
私──レッツゴーターキンは走っていました。
遙か前を走るのは、上体を起こした姿勢で走るメジロパーマーさん。
彼女を追いかける私はここまで位置として前の方でレースをしているのは初めてのことでした。
「パーマーさんとは、去年3度走っています……」
パーマーさんが優勝した有馬。
私が勝った
そして……新潟大賞典ではパーマーさんが1着。
(結果だけを見れば、1勝2敗)
でも、実際には違うんです。
有馬記念も新潟大賞典も、パーマーさんは逃げ切り、私は追いつけなかった。つまりはパーマーさんの完勝です。
でも秋の天皇賞はダイタクヘリオスさんやトウショウファルコさん、それにトウカイテイオーさん達と異常なハイペースを作り出して、それに逃げや先行だけでなく中段待機まで巻き込んでいました。
「アクセル緩めたら負けって感じの、まるでチキンレースだわ、アレ」
……そう表現したのは後輩のロンマンガンさん。
いつも通りに後方待機していた私は巻き込まれずに足を残していたから勝てた──確かに盛大な“漁夫の利”だったかもしれません。
つまり私とパーマーさんだけの勝負を見れば、秋の天皇賞は“私の勝利”ではなく“パーマーさんの自滅”なんです。
(だから私は……勝ちたい。パーマーさんに、
だから私の天皇賞制覇は評価されず、人気も変わらなかった。
それを覆すためにも──私が、自分の力で彼女に勝つ。
昨年の、春秋両方の
(そして──今度は私が春秋両方の別の栄冠に挑むんですから!!)
その資格が私自身にあるのか、彼女はその試金石でもあるんです。
彼女に勝てなければ、同じメジロ家であり彼女以上の実力者と言われている“現役最強ステイヤー”にも勝てませんから。
そう思って意識を向けた、数人のウマ娘の、さらに向こうに見える彼女──メジロパーマーさんの背。
(ううん。違うかも、しれません……)
その背中を追いかける私は、今し方描いていた私自身の思いを、打ち消しました。
そうです……
私は、メジロマックイーンに勝ちたいからパーマーさんに負けたくないんじゃありません。
私は、去年の勝敗結果から彼女に勝ちたいわけでも……ないんです。
私が本当に、思っているのは──
(あの走り……逃げの
先頭を切って走る“逃げ”のウマ娘。彼女たちの走りが、私には憧れだったんです。
私の得意としている脚質“追い込み”は、最後に後方から追い抜いていく、
ということは、先頭に立つまでの間に多くのウマ娘を抜かさなくちゃいけません。
場合によっては集団になっている彼女たちをすり抜ける……それが臆病な私にとってどれほど恐ろしいことか。
(逃げはいい、です。最初のスタートで失敗しなければ、そのまま抜け出して先頭を走り続けるんですから)
集団を抜ける必要は、ありません。
勝利するには、先頭に立ったらあとは抜かれずにその位置をキープし続ければいいんですから。
もちろんその“先頭をキープし続ける”というのが容易いことではないことは、十分にわかっています。
だって、私には……“逃げ”の才能がないんですから。
(できることなら、私だって“逃げ”たい。でも……それをしたら私は、勝てない)
こんな性格なのに生まれ持った脚質の才能は“逃げ”ではなく、皮肉なことに真逆の“追込み”。
だから私にとって“逃げ”のウマ娘はあこがれでした。
新潟大賞典で、パーマーさんに負けたとき、悔しい気持ちもありましたけど……その才能をうらやましく思ってたんです。
(今の〈アクルックス〉には、“逃げ”を得意にしている方はいない……)
もしもいれば、そのウマ娘に憧れたかもしれません。
でも、宝塚記念を制して有馬記念も制したパーマーさんは間違いなく現役では“最強の逃げウマ娘”の一人。
(その憧れに……私は挑みたいのです!)
自分には“追込み”しかない。
私自身のありったけをぶつけて、私自身が歩んできた道が間違いじゃなかったことを証明するために。
「だから私は──絶対に、負けません!!」
第4コーナーを回って最後の直線へ──
それでも、残していた末脚を──
ありったけの力を込めて、私は加速し──
「……え?」
想定外の手応えに、私は唖然とするしかありませんでした。
後ろから来る気配に、アタシ──メジロパーマーは気付いてた。
アタシの武器は逃げしかない。
だから、逃げて逃げて逃げまくる。大逃げを越えるそれ以上の──爆逃げ。一年くらい前に出会った“逃げ友”と一緒に鍛えたこの足こそ、最強の武器。
(それが……なんで、こんなところにいるのさ?)
本来なら後ろも気にせず逃げるところだけど、今日のレースは逃げ切れるか微妙な感じ。
第4コーナーを抜ける前に、後ろがだいぶ迫ってきてる。
それでチラッと後ろの様子を探ったけど……意外なウマ娘が前の方にいた。
エリモパサーが追いかけてきてるのは分かってたし、ナイスネイチャが前の方にいるのは想定内。
でも──
(レッツゴーターキン? え? だって、彼女って……)
今まで何度か対戦したことのあるウマ娘。
どこかおどおどしてて気弱そうな性格とは裏腹に、後方から一気に追い上げる強い末脚を持っている。
秋の天皇賞では、アタシは一杯一杯になってたから後ろから見ることになったけど、大外のさらに外から飛ぶような勢いで追い上げたその末脚には、正直驚かされた。
会心の爆逃げを決めた有馬記念だって、映像見たらものすごい勢いで上がってきてて、正直、驚いたわ。
(実際、今回のレースでも……ターキンの末脚は怖い)
仮にも秋の天皇賞ウマ娘。
世間の評価は、“
けど、後方にいたとはいえ、あのハイペースのレースで追い上げる脚を残していた彼女が弱いはずなんてないんだから。
……実際、アタシなんてバテバテになって
(その彼女が、前の方にいる……)
それってつまり、作ろうとした安全マージンが全く無いってこと。
でもきっと、彼女が普段違うこの位置にいることは無理をしているに違いない。
あの時に見た末脚を、今回も発揮できるほどに足を残しているか……
「いや、ここで迷ってる場合じゃないでしょ。アタシがすることは……爆逃げしかないんだから!!」
そうだよね、ヘリオス!!
最後の直線に入って──ゴール付近で待つ私の“ズッ友”に呼びかけた。
それに「当然じゃん」という返事が聞こえた気がして──
直後──追い上げてくる気配があった。
「パーマアアァァァァァァッ!!」
普段の姿からは考えらないような気迫で、ナイスネイチャが迫ってくる。
エリモパサーも追いかけてきているけどネイチャの圧の方が遥かに強い。
そして、その後方からも──
「来る!」
そう……秋の天皇賞ウマ娘が、その末脚を爆発させて、襲いかかろうとしているんだ。
アタシは、最後の力を振り絞って逃げるしかない。
「くううぅぅぅぅ! 爆逃げェェェェェ!!」
さぁ来い、レッツゴーターキン! それにナイスネイチャ!
アタシは絶対に負けない!
負けるわけにはいかないんだ!!
(春の天皇賞で、彼女と戦うためにも──)
メジロ家の同い歳3人……アタシとライアンと、そしてマックイーン。
障害を走ることになるまでになったアタシなんかと違う、メジロの誇りとまで言われるウマ娘。
前に走った時は全然届かなかったけど──今なら、胸を張って戦えるんだ!
そのためにも、今日も──勝つッ!!
「ハアアァァァァッ!!」
気合の声と共に、並んだナイスネイチャがアタシの前に出る。
でも──
「負けるかああァァァァァッ!!」
──何かを破るような音と共に、世界が変わり……
足に再び力が戻って──再加速した。
「なッ!?」
隣で聞こえるナイスネイチャの声。
そして後ろへと流れていく彼女の姿──でも、油断はしない。
彼女が、まだ来るはずだから。
ライアンもアタシも、そしてマックイーンも欲してやまない秋の盾を掴んだ、あのウマ娘が。
でも、ゴールはもう目の前。
ナイスネイチャよりも勢いのあるウマ娘が後ろから追い上げてくるけど──
──ゴール板の前を、1着で駆け抜けた。
その直後に、ネイチャとアタシの間にもう一人のウマ娘がいて──阪神大賞典は決着した。
そう、2着は──
………………って、アレ?
うん?
想定していた彼女とは違うウマ娘だった。
えっと……
(あれぇ? 来ると思ったんだけどなぁ……)
ウィニングランに入りながら心の中で首をかしげる。
そう不思議に思いつつ走り、観客に手を振っていた。
……だから気が付かなかった。
──本来の
◆解説◆
【Let's go after…… 届かぬ背中】
・“go after”は「後を追う」という意味で、今回の話ではメジロパーマーの後を追うという意味ですが、同時に「追い求める」という訳でもあり、それはターキンにとっての春の天皇賞という意味でもありました。
【メジロマックイーンに勝った相手】
・作中でトレーナーが言ったように少ないイメージですが、生涯成績を見ると21戦12勝……つまり9回負けており、意外と多かったりします。
・マックイーンのデビューは意外と遅く、4歳(当時表記)の2月で、デビュー戦こそ勝利したものの、その後の3戦は勝ちきれずに2位、3位、2位になっています。
・その後の17戦は負けたのは6度。
・菊花賞前の嵐山ステークスでミスターアダムスに、翌年の宝塚記念ではメジロライアンに負けています。
・シニアの秋の天皇賞は……記録上は
・その後のジャパンカップは4着でも
・そして有馬記念でダイユウサクに負け──作中の現時点ではここまで。
・この後、四連覇のかかった春の天皇賞で負けますけどね。
・──なので「マックイーンに勝った」と誇れる(する)ウマ娘がいるとすると、外国ウマ娘はプライド高そうなので除外して、ミスターアダムス、メジロライアン、ダイユウサク、(ライスシャワー)くらいでしょうかね。
【人気が上がらなかった】
・レッツゴーターキンが秋の天皇賞に勝った後に挑んでいるレースはジャパンカップ(14頭立て)が11番人気、有馬記念(16頭立て)は10番人気としたから数えた方が早いほど。
・特にジャパンカップ。仮にも直前の天皇賞馬の人気が下から4番目ってヒドくね?
・結果的にはジャパンカップ8着、有馬記念5着と人気以上の順位になって見返してます。
・なお、今回のモデルになっている93年の阪神大賞典ではグレードが下がったり、有力馬が少なかったりで、4番人気になっています。
【阪神大賞典】
・3月半ばに阪神競馬場で開催されるGⅡレース。
・芝の3000メートルで開催され、開催地こそ違うもののその距離から3200メートルを争う春の天皇賞の前哨戦に位置付けられています。
・創設されたのは1953年で、当初は芝の2000メートルな上、開催時期も12月でした。
・1965年の第14回から距離も3000メートル越え(3100)になり、1987年の第35回から3月の開催になりました。
・今回のレースは93年開催の第41回のもの。
・3月14日に11頭立てで開催され、当日の天気は晴れで馬場状態も良でした。
・なお、春の天皇賞の前哨戦に相応しく91年、92年はマックイーンが勝っているんですけど、90年に勝っているのは、なんとあのオースミシャダイ。
・ダイユウサクを追いかけたせいでオースミシャダイのイメージが91年有馬記念のスタート直後からヘロヘロになってるものだったので、ちょっとびっくりしてしまいました。
【再加速】
・第41回の阪神大賞典では最後の直線でナイスネイチャが先頭に立ったのですが、なんと逃げてそれまで先頭だったメジロパーマーが再び抜き返しています。
・非常に見ごたえのある面白いレースで、歴代の阪神大賞典の中でも名レースに挙がるほど。
・……なお、ネイチャはパーマーに抜き返された後に、後ろから来たタケノベルベットにも抜かれてしまい
・つまり本話のラストでパーマーが2着を見て首をかしげている相手はタケノベルベットになるはずなのですが、事情があって名前をぼかしました。
・というのも、本来なら上の世代になるはずのサンドピアリスを後輩にしているせいで、そのさらに後輩にあたる牝馬三冠の一角を取ったタケノベルベットがここに出てくるのに違和感があったからです。
・そんなわけで、今回はゲームやアニメ1期のウマ娘時空の弊害が出てしまった感じです。