なにしろノンストップでも7時間もかかる道のりである。
もちろん、行きも同じ時間かかかっていたわけだが──当初の予定では福島で一泊して、休みを入れてから次の日に帰ってくる予定だった。
しかし、事情が変わって、オレがするはずだった一泊は、押しつけられたんだか保護したんだか分からないウマ娘のものになり、休むための金がないオレは、もちろん寄るところもなくただひたすらに帰ってきたのだ。
片道の予定が往復──7時間のはずが合計14時間の道のり。この予定変更は余りに大きかった。
抱えた巨大な疲労感に、オレは家に着くや、さっそく眠りこけたのだが──
「──今すぐ学園に来なさい! いいわね!?」
朝になってかかってきた先輩トレーナーである東条ハナからの電話で叩き起こされ、そのままトレセン学園に向かう羽目になった。
オレ同様にやっと休めたとホッとしていただろう愛車を引っ張り出し、エンジンをかけて叩き起こすと──トレセン学園へと向かう。
で、たどり着けば愛車の方は
そこに居並ぶ顔に驚き──そして昨日のことを洗いざらい話すことになった。
目を覚ますと、アタシは見たことのない天井の下にいた。
周囲を見渡せば誰もおらず──普段、寝ている寮のそれよりも寝心地の良いベッドに自分が横になっているのに気がつく。
「ここは……?」
アタシは疑問に思いながら体を起こす。
少しのだるさが体に来る──けど、昨日に比べれば遙かにマシだった。
「昨日──って、そうよッ!!」
バッとベッドから跳ね起きる。
途端に襲い来る頭痛。
「うぅ…………」
思わず下りたはずのベッドの横で頭を抱えた。
まだ、体調が万全とは言い難いみたいだわ。
そうしながら、昨日のことを思い出す。
昨日は、私の第2戦目だった。福島レース場での第5レース……だったはず。
そして私の記憶が確かなら──その結果は、またも最下位。
「はぁ……そうだったのよね…………」
思わずため息が出る。
頭痛が原因で抱えた頭だったけど、それを考えると別の原因で頭を抱えたくなるわ。
──で、そのあとは…………
「あまりよく覚えてないけど、医務室に運ばれたような……」
体調が最悪で、熱のあったアタシはレース後に倒れて、レース場の医務室に運ばれて──
「……なんか、セッツにも会ったような気がするけど…………」
果たして本当だろうか、とアタシは考え込んだ。
だって、サンキョウセッツはオークスに出られるくらいのウマ娘よ? で、今の福島レース場って言えば、そのレースの半分が未勝利戦というような、未勝利天国なんだか未勝利地獄なんだかよく分からない状況。
「セッツが出るようなレースなんてあったかしら?」
そう考えて思い出そうとしたが──12レースもあったその詳細を、アタシが覚えているはずもなかった。
自身が第5レースに出る、ということだけしか覚えてなかったし。
なにより──
「本当なら、棄権するつもりだったんだけど……」
そのときのことを思い出して、アタシの気持ちは沈んだ。
朝、アタシを心配するベルノライトと会って、熱を計った。
その結果で出走すると危険と思ってトレーナーへ報告しに行き──偶然にもその本音を聞くことになった。
熱を報告しても出走しろと言う彼女の言葉のとおりに福島まで来て──アタシは走った。
そして、あの結果である。
「……アタシが走る意味、あるのかしら?」
自虐的にポツリとつぶやく。
そのレース後に倒れ、医務室で休み──最終レースが終わったところで、偶然居合わせた知らないトレーナーに面倒を見てもらって、このホテルを手配してもらったんだ。
そうそう、そこまで思い出せた。
「──で、あの人、いったい誰だったんだろ?」
福島レース場で会い、このホテルまで連れてきた彼。
その人が──
“金がないから、一部屋しかとれなかった”
──と、言ったときは、熱でボーっとしていたアタシでさえ、さすがに焦ったわ。
いや、もう……この人、本当にトレーナーなの? って思ったわよ。さすがに。
適当に嘘ついて紛れ込んだヤツが、そういう目的でここに連れ込んだんだ、としか考えられなかったもの。
そうしたら──
“だから、オレは今から帰るから、お前は明日、自力で帰れ。帰れないほど具合が悪いときには学園に連絡しろ。いいな?”
──とか言って、アタシをこの場においてさっさといなくなってしまった。
さすがに呆気にとられたわ。安心した、とかいう前に。
で、とか言いつつ戻ってくるんじゃないかと疑いながら、しばらくしてからシャワー浴びて汗を流して──
戻ってこないって分かったから、気が抜けて……そのまま寝たんだわ。
「──うん、この調子なら学園まで帰れる……かな?」
昨日ほどの熱っぽさは無い。
確かに体のだるさはあるけど……それは昨日、レースを走ったせいじゃないかしら。
一応、体は動くし、しっかりと歩くこともできる。
そもそも、ほとんどの時間はただ電車に乗ってるだけだからね。
アタシはホテルをチェックアウトして、昨日のうちに渡されていたお金で、学園への帰路についた。
──新幹線を使ったのもあって、あっという間に学園へと戻ってきたアタシ。
幸いなことに、途中具合が悪くなることもなく、トレセン学園の栗東寮にたどり着けた。
アタシは恐る恐る顔を出す。
だって、予定では昨日のうちに帰ってくるはずだったんだから──
「おや? 確か、ダイユウサク……」
ほら、やっぱり寮長に見つかった。
アタシはあわてて頭を下げる。
「す、すみませんでした!! 実は昨日は出走した福島で体調を崩してしまって……」
「ああ、聞いているよ。ポニーちゃん……」
え? なに? ポニーちゃん?
あ、れ……? アタシがあまりに遅すぎるから……そんなこと言われちゃったのかな?
アタシの様子に気がついた寮長──フジキセキが少し焦った様子で「違う違う」と手を振る。
「不快な思いをさせてしまったのは謝るよ。すまなかった。キミのことを揶揄するつもりなんてこれっぽっちもないからね。むしろ倒れたと聞いたから心配していたんだよ。大丈夫かい?」
「え? ……は、はい。一応、良くなったので……」
「それはよかった。でも……出走するからには、キチンと体調を管理して、今後はそんな無茶はしないように。いいね?」
「はい……」
寮長の忠告に、アタシは殊勝な態度で頷いた。
すると──
「あら、やっと帰ってきましたのね。負け犬さん……」
なんて辛辣な言葉が飛んできた。
聞き慣れたその声は、やっぱり──
「サンキョウセッツ……」
この調子なら、やっぱり福島で会ったのは彼女に間違いなさそう。
「まったく、帰らずに外泊だなんて、まるで不良じゃありませんか。これだからあなたは──」
「な~に、いきなり説教始めとんねん! アンタ、心配しすぎて昨日からこの辺、ウロウロしとったやないか……」
「……………………」
横からのツッコミ。
それを言ったのは、サンキョウセッツの横で意地悪くニヤニヤしている小柄な葦毛のウマ娘だった。
思わず固まるサンキョウセッツを後目に、タマモクロスは笑顔でアタシの方を振り向いた。
「よ。タユウ、久しぶりやな」
「タマモクロス……」
「なんや、他人行儀やなぁ……前に言ったやろ、親しみを込めてタマと──む?」
笑顔で近づいてきたタマモクロス。
アタシがデビューしたその日、秋の天皇賞でオグリキャップと死闘を繰り広げた、体格に似合わずパワフルなウマ娘だ。
そんな彼女は、アタシに近づいている途中で何かに気がついた様子で足を止める。
そしてアタシをジッと見つめ──
「前言撤回や。やっぱりタマはあかん」
「──え?」
いや、さすがに猫じゃあるまいし、アタシも“タマ”と呼ぶつもりはなかったけど──
「アンタ、最近、体成長したやろ?」
「は、はぁ……それは…………」
それは少し前にベルノにも言われたし、自分でも自覚していることだけど、たぶんそう。
おかげで足が痛いし……
「アンタは、敵や!! そんな手足長くしてスライド伸ばすなんて卑怯や。おまけにゴール判定のために胸まで大きくして……」
「いや、そんなことしてない……」
手足も胸も、勝手に成長するもので、アタシの意志ではどうにもならないんですけど……
タマモクロスはちょっと涙目になりながらアタシのことを見ている。
一方、固まったサンキョウセッツは、気を取り直して一度「コホン」と咳払いをしてから再び口を開いた。
「ご、誤解なさならいでくださいます、タマモクロスさん!! 私が昨日からいたのはこちらに用事があったからで……」
「美浦寮のアンタが、二日も続けてなんの用や? いい加減、素直に心配だったって言ったれや」
「──ッ!? だ、誰が心配など……」
「昨日の夜は落ち着かない様子でロビーをウロウロウロウロして、時計を見てはイラ立って……寮長にタユウが休んでから帰ってくる連絡がくるまでいたやないか。あからさま過ぎやろ」
「な──ッ!?」
タマモクロスに言われて焦るサンキョウセッツ。
えっと……それをアタシの前で言われても。
というか、セッツって意外と──アタシが彼女の認識を少し変えようかと思ったとき、サンキョウセッツはテンパった様子でアタシの方をキッと睨んだ。
「か、勘違いしないことですわね、ダイユウサク!! そ、それは……あ・く・ま・で、そう! 福島レース場で会ったからですわ。あのような状態だったのですから、その相手が誰であろうと心配するのは当たり前のことッ! だから! くれぐれも勘違いなさいませんようにッ!! いいですわねッ!?」
「は、はあ……」
うん……なんか憎めないというか、基本的に悪い娘じゃないのね、彼女。
でも、やたらと強い調子で話しかけてくるけど、正直勘弁してほしい。
ここまで帰ってこられたとはいえ、アタシの体調は万全にはほど遠い。彼女のテンションに合わせるのは無理よ。
そんなわけで、アタシがテンション低く答えたら、サンキョウセッツは少し眉をひそめた後、それ以上は噛みついてこなくなった。
うん……多少は気を使ってくれるのかしら。
「あ……そういえば……」
サンキョウセッツがおとなしくなったので、余裕ができたアタシはふと顔を上げ──寮のロビーにある時計を見る。
時刻は3時を過ぎていた。
日曜日の3時といえば──やっぱり競走中継。そう、今日はエリザベス女王杯だもの。
荷物を持ったまま、アタシはロビーにあるテレビの前へと踏み出した。
「なんや? 体調悪いなら早く部屋で休まんと……」
「病人は部屋で大人しく寝てなさい! 他の人に迷惑にならないように……」
タマモクロスとサンキョウセッツが声をかけてくるが、アタシは構わずテレビの前に行く。
すでにテレビは点いていて、番組も始まっている。
確かに部屋にもテレビはあるけど──
「部屋で休んだら、寝ちゃうかもしれないからね。コスモの勇姿、見逃すわけには──」
「は? なにをおっしゃっているんですの?」
アタシが苦笑混じりに言った言葉に、サンキョウセッツは怪訝そうな顔になった。
「──コスモドリームはエリザベス女王杯に出ませんわよ。さっきその辺に……」
「────え?」
テレビの前で思わず固まるアタシ。
(コスモが……出ない?)
(エリ女に?)
(そんなはずない! だって、あんなに一生懸命、練習してたじゃないの)
(現にこの前まで夜遅くまで──)
頭の中に様々な考えが浮かんでは消えていく。
そんなアタシの目の前で、テレビ中継をする番組では出走表が映し出されていた。
1番──
2番──
必死にその表を見つめ、名前を探す。しかし──
──そこに、コスモドリームの名前は、無かった。
その現実を突きつけられ──アタシは愕然とした。
手に持っていた荷物が床へと落ちて、ドンと鈍い音を鳴らす。
「なんで……どうして?」
「タユウ、知らなかったんか? コスモドリームなら、少し前に足を骨折してたで? エリザベス女王杯に向けて調整している最中に……」
不思議そうに説明するタマモクロス。同じ栗東寮──彼女のルームメイトはスーパークリーク──なので、アタシとコスモがルームメイトで仲がいいのも知っていたのだ。
それを私は、呆然と聞いていた。
骨折? いったいいつよ?
アタシはそんなことさえ気がつかずに──
「一緒の部屋で暮らしていたくせに、そんなことも気づきませんでしたの?」
「セッツ! 余計なこと言うな~。ホンマに素直やないな、アンタ……」
あきれたようなサンキョウセッツに、それをあわてて止めようとするタマモクロス
でも、アタシの耳にはそんな言葉は聞こえていなかった。
落ちた荷物を掴み直すと、グッと握りしめ──アタシは駆けだした。
「あ! こら、ダイユウサク、キミは体調はまだ万全では……」
「そうや、寮長の言うこと聞かんと──」
「放っといてあげなさいな。ここで倒れてもベッドはすぐそこなんですから」
駆けだしたアタシを見咎めたフジキセキ。そしてそれに同調したタマモクロスに対し、サンキョウセッツは冷めた様子でそう言い放つ。
──そして、セッツはテレビの方へと向き直っていた。
それを半ばあきれた様子で見るタマモクロス。
「アンタ、用が済んだなら美浦で見ぃや」
「──戻っている間に発走したら大変ですので、こちらで見させてくださいな」
「……いい性格してんな、アンタも」
そう言われても気にすることなく、サンキョウセッツは画面に映ったシヨノロマンをジッと見つめていた。
寮のロビーから駆けだしたアタシが目指すのは自室だった。
自室のドアを開け、アタシは叫ぶ。
「コスモッ!!」
アタシの言葉で、どこか取り乱した様子だった彼女──コスモドリームは慌てて振り返り、アタシを見て驚いている様子だった。
「ユ、ユウ!! 大丈夫なの!? 倒れたって聞いたから心配したんだよ!!」
そのまま駆け寄ってくるコスモドリーム。
アタシの様子を確認してから、額に手をあてて熱まで確認して、「うん……今は大丈夫そうだね」と一人うなずく。
でも、アタシはそれじゃあ収まらない。
「それはこっちのセリフよ! コスモが骨折したって聞いて、本当にびっくりしたのよ!!」
「あ、う……それは…………」
それにコスモは気まずそうに視線を逸らし、そのまま目を泳がせた。
「一体どういうこと? アナタ、この前までエリ女に向けて一生懸命練習していたじゃないの!」
「ゴメンね、ユウ……実は、少し前に骨折してエリザベス女王杯への出走はやめていたんだ」
「そんな……そんな大事なこと、なんでアタシに…………」
言ってくれなかったのか、そう言いかけてアタシは止める。
そんな空気じゃなかったんだから、彼女がいえるはずがない。
むしろ一緒に住んでおきながら、そんなことにさえアタシは気がつかなかったのか、と自分に憤りを感じていた。
確かに、直前までお互いにすれ違うような生活をしていたし、わだかまりから接触もほとんどしないような生活をしていたけど──
それでも、コスモの異常に気がつくことができなかった自分に悔しくて──涙が出た。
「う、うん……ユウが大変な時期だったからさ、言い出せなくて……一生懸命がんばってるユウに余計な負担かけたくなかったんだ」
「余計な負担なわけ、無いわよ!!」
アタシは思わず──目の前のコスモを抱きしめた。
なんでこの娘は全部抱えようとしたのか、本当に。
あの日、アタシに「コスモのことだけを見てよ」なんて甘えてきたくせに、こういうときは甘えてこないんだから。
「アタシが、コスモのことを負担に思うわけ無いじゃないの」
コスモを抱きしめる力を強くする。
今まで、本当にゴメン。分かってるわ。無邪気なアナタがここまでアタシに気を使ってくれたのは、アタシが弱かったせい。
傷ついているアナタの心に気がつかず、傷を付けてしまったせい。
「アナタがいたから、この一年半、がんばって来れたのよ? アナタが目標になってくれたから……どんどん立派な実績を重ねるアナタに負けられないって、アナタと一緒にトゥインクルシリーズを走りたいと思ったから、ここまで来れたのよ」
今年に入ってデビューしたコスモは、勝ちを重ねてあっという間にオークスを制して、随分と遠い存在になっちゃったけど、それでも身近にいるから、その背中を見失わずに走れたんだから。
「血を分けた従姉妹って言ったのは、アナタの方じゃないの……なんで、こんな大事なことを黙っていて…………」
涙でにじむ視界の片隅に、彼女の包帯が巻かれた足が見えた。
本当ならもっとゴツく保護しなければならないのに、アタシにバレないようにわざと目立たないようにしたんじゃないでしょうね?
本当にこの娘はもう……
「それなら! ──なんでユウはコスモのことを頼ってくれなかったんだよ!!」
「──え?」
アタシに抱きしめられていたコスモが、大きな声で言った。
「聞いたよ? セッツに……さっき、実家から帰ってきたら、どこに行っていましたの? って怒られて──」
アタシを見つめるコスモの目もまた涙を
「そこで初めて聞いたんだ。チームのこと、それに今回のレースのこと。熱があるのに出走を強行して、また
コスモの目は、アタシを責めていた──少なくともアタシにはそう思えた。
なんでそんな無茶をしたんだ、と。
「前回の結果だって、コスモは知ってたよ。悔しい結果だったのは分かる。ユウの今の実力があんなものじゃないことくらい、コスモには分かってるよ。だから、焦って出なくても──」
「違う。違うのよ、コスモ……」
アタシはその目に耐えきれずに首を横に振った。
実際は──棄権しようとしたのに、トレーナーに認められず出走を強要された。
そのことが口からついて出ようとしたとき──アタシは躊躇った。
これを聞いてしまえば、コスモを巻き込むことになる。正義感の強い彼女は絶対に憤るし、勢い余って《カストル》に殴り込むかもしれない。
もしそうなれば──彼女のチームにまで迷惑をかけることになる。
そこまで考えたアタシは──
「あの
口を開いたアタシは、真っ直ぐに見つめてくるコスモの目を見た。
相変わらず、暗い闇を貫く流星のように汚れがない、その瞳。
それを見て──心の底で何かが輝いた。
(そうよ……なにやっているのよ、アタシは。そうやって相手に気を使って失敗したばかりじゃないの!!)
コスモと対等になるためにレースでの勝利を、と没頭したせいで熱が出るほど体調悪化させてレースに出ることになったし、コスモの異変にも気がつかなかった。
もしも、アタシが彼女をもっとよく見ていたなら、骨折する前に異変に気がつけたかもしれない。仮にオーバーワークがその原因なら、止められたかもしれないのに。
コスモだって──優しいあの娘のことだから、二戦連続でのアタシの惨敗を自分のせいだと思ってるかもしれない。体調不良に気がつかなかったのを責めて。
骨折を隠そうとしていた彼女だもの、その原因だって、アタシに気を使って絶対にエリザベス女王杯を勝とうと無理をしたのよね、きっと。
(お互いが、お互いのことを気にしすぎて──話せなくて、距離をとって……そして失敗したのに、また距離をとろうとするの?)
同じ失敗を繰り返すわけにはいかない。
アタシがすべきことは──彼女と一緒に困難に立ち向かうこと。そのためにはなによりも──相手に何でも相談できるくらいに信用しないと。
(うん……コスモならきっと力になってくれる。きっと《カストル》に怒りを感じるけど、感情にまかせて無鉄砲に喧嘩をふっかけるような、思慮がない娘じゃないもの)
だからアタシは──意を決して、口を開いた。
「違う……あれは、あの
アタシはコスモに話した。
それはもう、最初から。
コスモがオークスに優勝して、アタシもがんばらないとって焦ったこと。
だからチームからの誘いに飛びついて──それが、アタシの能力や才能を見抜いたわけでも、努力を評価したわけでもなく、ただ単にアタシの“遠い親戚”を気にするお偉方に媚びを売るためだったことまで、気がついたら話してた。
そして昨日の
「ゴメンね、ユウ……」
聞き終えたコスモは、まず謝ってきた。
「そんな……コスモが謝ることなんて、なにもないじゃないの」
「ううん。同じ部屋にいたのに、ユウがそんなに苦労しているのに、なにも気がつかず、なにも助けられなかった……さっき、セッツに言われたんだ。ルームメイト一人守れずに、それでも“樫の女王”か! ──って」
そう言って寂しく笑うコスモ。
オークスの頂点に立った者を指して呼ぶその称号は、決して軽いものじゃないのよね。
特に、共にその座を争ったサンキョウセッツから言われたのだから、コスモの胸に響いたんだと思う。
「本当に不甲斐ないよ。ユウの力になれなかったコスモ自身も。そしてコスモの実力を見せたかったのに、耐えられなかったこの足も……」
コスモがふと視線を足に向ける。
恨みがましく睨みつけ──の目に涙がじわっと滲む。
今頃はきっとエリザベス女王杯も発走時刻を過ぎ、結果が出ている頃かもしれない。
なのに、その舞台にさえ立つことさえできず、こんなところにいる。
だから──
「なぜ折れる! なぜ怪我する! どうしてだよ!! こんな……ユウのことを放ったらかしにするくらいに、特訓したのに……」
コスモは嘆いた。
部屋に彼女の慟哭が響く。
アタシが黙ってそれを聞いていると、彼女は顔を上げた。
「きっと……
「そんな……」
「ユウが苦しんでいるのに気がつかなかったから。友情を大事にしないコスモに、その大切さを気づかさせるために、ね」
そして力強くうなずくコスモドリーム。
「だからユウの言うことは信じる。あのチームも許せない! だからユウのことを守るよ。このコスモの全力をかけて……」
その目にはしっかりと力が宿っていた。
その温かい心に、アタシは心が癒される。
あのチームに所属して──思えばチームメイトからは仲間外れにされていた。トレーナーも本気でアタシとは向き合ってくれていなかった。
そこで心は擦り減っていたのだ。
「ありがとう、コスモ。でも私はもう、走るのは──」
そう私が言いかけたときだった。
突然、背後から──
「──それは良いことを聞きましたわ!」
コスモでも、もちろんアタシでも無い、そんな大きな声が聞こえて思わず振り返った。
その声の主の存在には、コスモもそれまで気がついていなかったようで、その人影に純粋に驚いている。
そのウマ娘は、アタシは見慣れている──
「コスモドリームさん、あなたも協力していただけるなんて、百人力です」
「えっと……キミは確か…………」
「面と向かって話すのは初めてですね。メジロアルダンと申します」
戸惑うコスモに対し、その人影は優雅に微笑んで一礼した。
動きにあわせて淡い色の長い髪が揺れる。
「今のところ貴方とは、骨折仲間ということになりますが……」
そう言ってメジロアルダンは自虐的に苦笑しながら、包帯が巻かれた足をちらっと見る。
「──大変失礼とは思ったのですが……なにしろ部屋の扉が開いていましたので、途中からですが、お二人の話は聞いてしまいました」
「「あ……」」
アルダンに指摘されて、彼女のさらに後ろでは、ドアが開きっぱなしになっているのに、今更ながらに気がついた。
ああ、アタシってば一体なにやってるのよ……
「安心してください、ダイユウサクさん。今の貴方の話で、確信できました……」
「確信? 一体なにを──」
「今の貴方を助け、これからこの学園に入るウマ娘たちを守り、そして──今まで泣いてきたウマ娘たちの気持ちを晴らすことができる、ということをです」
そう言って微笑むメジロアルダンの笑顔は、上品さの中にウマ娘の本能とも言える強さが見え隠れしていた。
◆解説◆
【友情、復活の時──】
・“復活の時”はコスモはコスモでも
・あの曲好きなんだよなぁ。
【ポニーちゃん】
・栗東寮の寮長、フジキセキの口癖。
・ただ……ふと思ったんだけど、馬いないのにポニーちゃんっておかしいような?
・ポニー=遅いというイメージで思わず書いちゃったけど……まぁ、深く考えないでください。
【秋の天皇賞でオグリキャップと死闘を繰り広げた】
・シンデレラグレイ参照。
・ただし現在(2021年6月)では単行本には収録されておらず、されるのは5巻以降くらいになるんじゃないでしょうか?
・ちなみに天皇賞(秋)と同日の京都でダイユウサクがデビュー戦だったように、この場にいるサンキョウセッツも同じ日にレースに出てました。
・東京8R、900万以下の紅葉特別で、ちなみにその結果は、10頭中10位の殿負け…………オイ! セッツ!?
【美浦寮のアンタ】
・
・名前からてっきり栗東寮だと思い込んでいましたわ。
・ちなみに今回、タマモクロスではなく、今週号のシンデレラグレイ(第44R)で雑誌掲げたサクラチヨノオーがあまりにも可愛かったので、チヨノオーを出す予定だったんですが、彼女も美浦寮だったのでタマモクロスに変えました。
・正直、書き始めた当初はタマモクロスを結構使うつもりで「タユウ」と呼ばせてまで出したんですが……
・同学年のウマ娘たちの方が使いやすいのと、本作オリジナルのコスモとセッツが出てきたおかげで使いどころに困ってました。
・そんなわけで出番があってよかった。
【競走中継】
・毎週おなじみ、日曜日の3時台にあるフジテレビの競馬中継。ウマ娘の世界では競
・寮のロビーのテレビとかは、絶対それが流れているんだろうな、と思いました。
【出走表】
・このレースのモデルである1988年エリザベス女王杯は18頭立て。
・当時の出走表を名前だけでも……と思ったのですが、さすがに18頭は多いので割愛。
・ちなみに出走馬で現在(2021年6月)でウマ娘になっているのは一人もいません。
・ちなみに勝ったのは6番人気のミヤマポピー。
・この年のクラシック6レースの優勝は、
ヤエノムテキ(皐月賞)
サクラチヨノオー(ダービー)
スーパークリーク(菊花賞)
アラホウトク(桜花賞)
コスモドリーム(オークス)
ミヤマポピー(エリザベス女王杯)
と見事にばらけましたね。
【シヨノロマン】
・このレースの一番人気こそ、このシヨノロマン。結果は2着でした。
・結構、大きなレースで名前が出てくるけどなかなか勝てない善戦ウマ娘のイメージ。
・知名度も「ヤエノムテキの嫁」というくらいで、《カノープス》に入るのにもインパクトが足りない感じ。
・というようにヤエノムテキの嫁なので、彼女がすごく気にしてそうですけど、サンキョウセッツは祖父が同じシンザンなので親近感を覚えているようです。
【骨折してエリザベス女王杯への出走はやめていた】
・コスモドリームのエリザベス女王杯に出走できなかった理由は骨折。
・この世界でも、高松宮杯のあとは8月のG3の小倉記念に出走して2位。
・10月のG2京都大賞典でも2位に入り、その際にはゴールドシチーとも戦っている。(シチーさんは3位)
・が、その後に骨折してエリザベス女王杯は断念。それどころか治療のために長期休養に入っていた。
【実家から帰ってきた】
・書きませんでしたが、この日、コスモドリームは骨折がバレないように、さも京都に行っているように外泊するため、実家に帰っていました。(第10話で部屋にいなかったのはそのため)
・怪我して大変で、さぞ悔しかっただろうに、ダイユウサクに気をつかうコスモは本当に優しくて健気です。
【樫の女王】
・現実でもオークス制覇した馬を称える言葉。
・オークスは牝馬戦なので、ウマ娘になっても性別が変わらないからそのままでオッケー。
【骨折仲間】
・メジロアルダンもまた、ダービー後に骨折が判明して、現在長期療養中。
・彼女の場合、この故障で一年も棒に振っている。
・しかもこの骨折──からの約1年休養イベントはまだあともう一回あるんですよね、彼女の場合。
・育成が実装されたら、どうなるんだろう……
・そして、このメジロアルダン。骨折仲間になったコスモドリームとは後で対決することになるのですが……