見えぬ輝きの最南星《アクルックス》   作:ヤットキ 夕一

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 いや~、レースに勝つってのは素晴らしく気持ちいいもんだわ。

 レースを終えたあっし──ロンマンガンは観客席に手を振りながら歩いて、そして走路を後にした。
 上機嫌で、レース場内の通路にいると──

「き…、き…、汚いわよ、あんたッ!!」

 いきなり変なのに絡まれた。
 そう言ってきたのは興奮した様子のウマ娘……ああ、知ってる顔だったわ。

「なにが?」
「自分でもわかってるでしょ? いったい、どういうことよ、あれは!?」
「どういうことって、どういうことさ? ラリアットさんや」

 センコーラリアットという、どこからどう見ても武闘派なネーミングのウマ娘。
 名は体を表すというか、おかげで脳筋まっしぐらというか……
 え? あっし? あっしはホラ、やっぱり名前の通り知的ってイメージでしょ? ロンマンガン……アホは麻雀で和了(あが)れないし。

「わかってんでしょ!? 前が開いたときに、強引に割り込んできて。後着覚悟で私の前をカットしたでしょ!?」
「言いがかりはよしなさいって。そんなバカな真似をするウマ娘がどこにいるっての?」

 あっしは大げさにため息をついた。

「前が開いたから突っ込んだ。ただそれだけ。あっしが突っ込まなきゃあんたが突っ込んだでしょ?」
「な……」
「自分の仕かけ遅れをタナに上げて不利があったと騒ぐとか、もうね……」
「あんたねぇ……よくもまぁいけしゃあしゃあと」

 これ見よがしに失笑してやったら、ラリアットのヤツ、カンカンに怒って睨みつけてくるわ。
 あ~、楽し。

「あっしだって大事なクラシック時期にケガなんてしたくないわ。そんな危険な走り、するわけないじゃん」
「危険だったわよ! 走るのが下手なウマ娘ならぶつかったり転倒してたわ!」
「ほぉ……じゃあラリアットさんや、下手なウマ娘ってのは誰のこと? あっしもこれから気を付けるから、具体的に誰のことか教えてくれない?」
「あ……」

 あっしとセンコーラリアットが言い争っているのは、走路から降りてきてすぐのところ。
 当然、さっきのレースで一緒に走った連中も、まだまだウロウロとたむろしている。
 そんな中でこんな話をしていれば、剣呑な空気をまとうのもいるわけで……

「え、え~と……」

 話を聞いていた数人のウマ娘が“下手なウマ娘”という問題ワードを耳にしてジロッと睨んでて、それに気づいたラリアットは気まずそうにそちらを気にする。

「あ、あんたよ、あんた! あんたのことにきまってんでしょ!?」

 ちょっと涙目になりながら、必死にあっしに食いつくラリアット。
 その姿に剣呑になっていたウマ娘達も毒気を抜かれたように「そおかあ……」と去っていく。

「あ、そう。じゃあ、あっしも気を付けるわ。はい、解散解散──」
「──話は終わってないわよ!」

 正義感に燃えるラリアットはあっしをビシッと指さす。
 あ~、もう。いい加減しつこいわ。

「あのねぇ、ラリアット。強引だったら審議の一つや二つ、点灯してるでしょ? それが無いってことは、お咎めなしってことじゃん」
「たとえ審判員の目は誤魔化せても私の目は誤魔化せないんだから!」
「審判員の目を信じないなら、誰を信じろってのさ?」

 あきれてものが言えないとはこのこと。
 これ以上はちょっとつきあってらんない。

「なぁ、ラリアット。アンタがここであっしにウダウダと絡んだところで何の意味もない。不満があるなら審判部にでも駆け込みな」

 ズイッと顔を近づけて睨みつけてやったら、相手は「う……」と絶句する。
 ラリアットもわかってるんでしょ。自分のやっていることが、ただの言いがかりだってさ。
 それでも我慢できずに言ってきたのは──

「皐月賞に行けなくなったからって、あっしに当たんな」
「な……そんなことッ!」

 やっぱり図星ね。
 やれやれ、弱いアンタが悪いんでしょ。ため息をつきながら相手を呆れた目で見てやった。
 それが競走の……いや、スポーツ全般そうだし。なんならそれ以外のことだってそうよ?
 他者と競うものなら全部そうじゃないの?

「博打に負けて素寒貧になるのがイヤなら、しなけりゃいいのと同じ理屈。負けて悔しがって他人様に当たり散らすくらいなら、最初から走んな」
「なんですってええぇぇぇぇ!!」

 ──今回のレースの盤外戦の場外乱闘のはじまりはじまり……なわけで。




第46R Let's go in search 消えたターキン

「それでケンカになったってわけ?」

「ケンカじゃないッスよ、ダイユウ先輩。アイツが絡んできただけで……」

 

 練習前のウォーミングアップをしているロンマンガンの話に、アタシは思わずため息をついた。

 

「呆れた。勝った側にもマナーというものがあるんだから、少し絡まれたくらい我慢しなさいよ」

「いやいや、勝ったレースにケチ付けられたんだから、そりゃあ頭来るってもんでしょ」

 

 話しているうちにまた感情がこみ上げてきたのか、興奮し始めるロンマンガン。

 そこに話を横で聞いていたダイナギャロップが口をはさんできた。

 

「──というか、雀ゴロ」

「だぁかぁらぁ……ダイナパイセン、オブラート。お願いしますよ、割とマジで」

「あ~、悪ぃ悪ぃ」

「絶対に悪いって思ってないですよね。ハァ……で、なんです?」

 

「お前……いつの間にデビューしてたんだ?」

「……は?」

 

 唖然とするロンマンガン。

 ところがギャロップダイナだけでなく、オラシオンも知らなかった様子で申し訳なさそうに苦笑している。

 その隣のミラクルバードも同じらしく、頭の上に「?」を出して首を傾げている。

 

「いやいやいやいやいやいや……あっし、すでにデビューしてましたよ? それも……」

「いや、記憶にない」

「ハァ!?」

 

 ダイナ先輩にバッサリ切られ、ロンマンガンの声が一段上がる。

 それでもダイナ先輩はもちろん、オラシオンもミラクルバードもピンと来ていない様子だった。

 

「だって、この前勝ったし!」

「ああ、それは知ってるぞ。センコーラリアットに勝って、ケンカしたんだろ? 今も話してたし、それは知ってるが……あれはお前のデビュー戦じゃないんだよな?」

「ち・が・い・ま・す、って! なんでチームメンバーの、それもかわいい後輩のデビュー戦を覚えていないんですか!?

「あ? 可愛い後輩の、ピアリスのデビュー戦ならきっちり覚えてるぞ」

「そっちじゃなくて!」

 

 地団駄を踏むロンマンガン。

 そこへ──かすかにエンジン音が聞こえた。

 

「──ッ!」

 

 アタシは思わず振り返った。

 遠くで角を曲がってこちらに向かって走ってくる、赤いオートバイ。敷地内を走ってるから、元々トレーナーが持っていた小さい方のバイク。

 

「……ダイユウ先輩って、アレに真っ先に気がつきますよね」

「ああ、それはあたしも思ってたわ。まるで『メンフィス・ベル』で、エンジン音に気が付いて頭上げる犬だよな」

「──だ・れ・が、犬よ!」

 

 気がついたアタシに気がついたロンマンとダイナ先輩へとジト目を向ける。

 そうしている間にバイクはこっちに向かって走ってきて──乗っているのはトレーナーだった。

 

「……仕方ないよ。だってダイユウ先輩にとっては思い出のバイクなんだから」

「思い出?」

 

 ダイナ先輩の問いに、話し始めたミラクルバード(コン助)が頷いてる。

 

「トレーナーはあのバイクで、ダイユウサク先輩を心配して福島レース場まで見に行ったんだからね。それも高速使えないから何時間もかけて往復して……けっこう有名な話だよ」

「ほぉ……」

 

 何か言いたげな目で、先輩はアタシを見てきた。

 それを受けて、アタシはコン助を睨む。

 

「それを言ったら、アンタだってそうじゃないの。交差点で車椅子のアンタとぶつかりかけたのを避けて、植え込みに突っ込んでたし。その後、チームに来たんだから」

「あぁ、そう言うこともあったねぇ」

 

 すっかり忘れていたのか「あはは」と笑いながら答えるコン助。

 

「でも、あのときってダイユウ先輩が追いかけられていたんじゃなかったっけ?」

「ッ!!」

 

 そういえばそうだったわ。

 ええと……

 

「あのときってなんで逃げてたの?」

「そ、それは──」

 

 アタシは思わず視線を逸らす──そして「しまった」と後悔した。

 なぜなら、その反応を見たギャロップダイナ先輩が、面白い玩具(オモチャ)を見つけたと言わんばかりにニヤリと意地の悪い笑みを浮かべたから。

 

「その話、詳しく聞かせてくれないか? ダイユウサク……」

「なッ……別に面白い話でもなんでもないわよ。ちょっとトレーナーが組んだメニューが気にくわなかっただけで──」

「言わねえならビジョウから直接聞くからいいわ」

 

 見れば、バイクを止めるや急いでこっちに向かってくるトレーナー。

 う、マズい……ダイナ先輩とトレーナーが接触するのを止めないと。

 でも間に合わなくて、先輩が声をかけてしまう。

 

「おい、ビジョ──」

「こっちに、ターキンは来てないか!?」

 

 でもトレーナーは、ダイナ先輩の言葉を遮るように焦った様子で尋ねてきた。

 ターキン? そう言えばいないわよね。

 ここにいるのはアタシとロンマンガン。それにギャロップダイナ先輩と、楽しそうに黙ってニコニコしていたサンドピアリス。あとはミラクルバードとオラシオン……やっぱりレッツゴーターキンの姿はないわ。

 

「ターキンがどうしたの?」

「この前、病院に行ってきたんだよね?」

 

 アタシが問うと、ミラクルバードもそれに続く。

 でも──トレーナーの表情がそれを聞いて少し強ばった。今までの付き合いからそれがなんとなく分かった。

 

「……診断結果、よくなかったの?」

 

 アタシがさらに訊くと……どこか諦めたように小さくため息をついて、頷く。

 

「ああ。アイツ、怪我してたんだ」

「だからこの前のレースの最後で伸びなかったのか」

 

 ダイナ先輩が言うと、トレーナーは再び頷く。

 アタシも疑問に思ってた。ターキンの末脚はあんなものじゃないし、もっと伸びてメジロパーマーやナイスネイチャと最後に競っていたはずよ。

 怪我をしていたというならそれも納得できるわ。

 そうなると春の天皇賞への挑戦は無理ってことだけど……でも、トレーナーの態度はそれだけじゃないように思える。 

 

「重いの?」

 

 アタシがさらに踏み込むと、トレーナーは「う……」と呻いて、アタシを恨めしい目で見てくる。

 アナタが何かを隠していることくらい、アタシにだって分かるわよ。

 そしてその理由だって想像がつくし、ターキンを探してるという状況からだって推測できる。

 

「……かなり重い。ハッキリ言って競走生命に関わるに関わるくらいに、な」

 

「「「えッ!?」」」

 

 オラシオン、ロンマンガン、サンドピアリスの年下3人が驚いて声をあげる。

 アタシやダイナ先輩、それにコン助はそれが予想できていたので、顔をしかめるくらいだったけど。

 

「時間をかけて治療すれば、また走れるようになるかもしれない、とオレは医師から連絡を受けている。だから今後のことを相談しようと思って探していたんだ」

 

 トレーナーが言うには、病院には一緒にいこうとしたのだがターキンは一人で行くと言い張った。

 彼女は、今週末にはシオンとピアリスのレースがあるのでトレーナーさんに負担をかけたくない、と頑なだったので、トレーナーも一人で向かわせたみたい。

 もちろん、医師からトレーナーに検査結果が直接連絡が来るようにしていたみたいで、だから結果を知っていたというわけ。

 

(ターキンにとっては、あまりに過酷な結果だったけど……)

 

 翌日。ターキンはトレーナーのところへ現れなかった。

 厳しい現実を突きつけられ、悩んでいると思ったトレーナーは、ターキンを呼んだり探したりはしなかった。

 彼なりの優しさで、ターキンが気持ちに整理をつけて自主的にやってくるのを待った。

 でもその日も、さらに次の日も姿を現さず……それでさすがに不安を抱いた。

 それで話をしようと思って連絡を取ろうとしたけどつながらず、慌てて今探している──ということ、だそうよ。

 

「心当たりは探して、最後にここに来たんだが──まぁ、とにかくオラシオンとピアリスはレースに備えてトレーニングに──」

「ここまで言われて、そんなことできるわけないじゃないですか!!」

 

 そう強く言ったのはオラシオンだった。

 

「見損なわないでください。私も協力して探しますよ。それにこんな話を聞いたら気になって練習どころじゃありませんから」

「うん、わたしも探すよ。ターキン先輩、可哀想だもの」

 

 サンドピアリスも真剣な顔で頷き──ちょうどその時、トレーナーのスマホが鳴った。

 慌てて取り出してそれを掴み、画面を見て微妙な表情になる。

 ともあれ、通話に出て──

 

「はい、乾井です。あの、東条先輩……ちょっとこっち立て込んでまして……え? ああ、はい。まぁ探してまして……はい、レッツゴーターキンを…………ハァ!?」

 

 突然。大きな声を挙げるトレーナー。

 どうやら相手は東条トレーナー……彼と同じトレーナーの指導を受けた先輩みたいだけど。

 でも、今はその人よりもターキンのことを探さないと。

 そう思ってアタシや他のメンバーがやきもきとしながら見ていると、トレーナーは通話を切った。

 そしてアタシ達の方を見る。

 

「東条トレーナーから急用?」

「……ああ」

 

 ミラクルバードの問いに、トレーナーはうなずく。

 

「ただし、用があるのは東条先輩じゃないみたいでな」

「じゃあ誰よ?」

「会長だ。シンボリルドルフ……」

「あァ?」

 

 その名を聞いてあからさまに機嫌を悪くするダイナ先輩。

 

「東条先輩はその仲立ちだったらしい。シンボリルドルフ会長がオレに話したいことがあるそうだ。それも……レッツゴーターキンの件で」

「──ッ!?」

 

 アタシだけじゃなくて他のメンバーも息をのむ。

 そして……トレーナーは学園の生徒会室へと向かった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「……お前達、勝手に大勢で押し掛けるんじゃない!」

 

 生徒会室へやってきたオレ達に、その出入口で声を荒げたのはエアグルーヴだった。

 会長の補佐をしている彼女は大勢で押し掛けたオレ達〈アクルックス〉に眉をひそめている。

 

「あ? お前ンところの大将が、うちのビジョウを呼び出したんだろ? しかも〈アクルックス(うち)〉所属のターキンの件で、だ。あたしらにも無関係じゃねえだろ。おまけにここは御立派な()()()()()だろうが? お前の家でもねえのに指図される覚えもねえ」

「そういうことを言っているのではない! 大勢で来るなと──」

「構わないよ。エアグルーヴ……」

 

 反論していた彼女の声を遮るように、落ち着いた声が聞こえた。

 途端、少し戸惑った彼女はオレ達と背後の室内にいるそのウマ娘を見比べるように何度か視線を往復させる。

 そして、「わかりました」と答えて、オレ達全員を生徒会室へと招き入れた。

 ただし相変わらず納得はしていない様子で、不機嫌そうにオレ達を睨むように見ていた。

 それとは対照的に友好的にオレ達を迎えてくれたのは、この部屋の主である生徒会長のシンボリルドルフだった。

 

「さて、ようこそ生徒会室へ。チーム〈アクルックス〉……と言いたいところだが、さすがに少し人数が多いな」

 

 シンボリルドルフが苦笑するのも無理はない。

 ここに来ているのは、オレ以外にダイユウサクにギャロップダイナだけでなく、本来ならトレーニングさせたかったオラシオンやサンドピアリス、ロンマンガンといったクラシック世代まで来ているし、車椅子のミラクルバードは他よりも存在感が大きかった。

 7人も来ればさすがに手狭になってしまうのも、無理はないだろう。

 

「申し訳ない、シンボリルドルフ。本当はオレ一人で来ようとしたんだが、ちょうどターキンを探しているという話を彼女たちにしたところだったもので……」

「……それで無理に押し掛けてきた、というわけか」

 

 相変わらず不機嫌そうなエアグルーヴがこちらを見て皮肉気に言うと、ギャロップダイナが「あァ?」と目を三角にして睨み返していた。

 その様子に──シンボリルドルフが小さく笑う。

 

「なるほど。だから珍しく彼女まで生徒会室(この部屋)まで来てくれたのだね」

「ケッ……あたしだって本当なら来たくはなかったけどな」

 

 シンボリルドルフにまっすぐに見つめられたギャロップダイナが、面白くなさそうにそっぽを向きながら言う。

 その態度にますます視線をきつくさせるエアグルーヴだったが、会長の手前、何か言うことはなかった。

 

「寂しいね、ダイナ。キミにはもっと気軽にここに訪れて欲しいと思っているのだが……」

「あたしは御免だね。こんなお上品なところにいたら、蕁麻疹が出ちまう」

 

 ダイナの軽口に、エアグルーヴは怒り心頭といった様子で睨んでいる。

 オイオイ、ダイナ。怒らせてどうするんだよ……と思ったが、これは完全にからかって遊んでるな。

 まったく、仕方がないな。オレは心の中でため息をつき、シンボリルドルフへ苦笑混じりに話しかける。

 

「ダイナの体調が悪くなる前に、本題に移らないか? 会長」

「そうだな……いえ。そうですね、乾井トレーナー」

 

 オレの意図を汲んでくれたシンボリルドルフが微笑みながら返してきた。

 さすが“皇帝”。威厳もあるのだろうが、彼女の美貌には迫力があって圧倒される感じさえする。

 もちろん、ウマ娘の中でも屈指の美しさもあるんだが……

 

「……オイ、ビジョウ。お前見とれてるんじゃねえよ」

「アンタ、ターキンの話をしに来たんでしょ?」

 

 ギャロップダイナと、ダイユウサクがジト目でオレを睨んできた。

 まったく……オレは咳払いをしてからシンボリルドルフへと話しかける。

 

「それで……レッツゴーターキンと連絡が取れずに探し回っていたんだが、行方を知っている、ということでいいんだな?」

「ええ。ただ……行方を知っているという表現は適切ではないかもしれませんが」

「というと?」

 

 オレが促すと……シンボリルドルフは、一通の手紙をオレへと差し出してきた。

 そしてオレが受け取る前に、彼女は言った。

 

「……先日、レッツゴーターキンは引退届を出して、私が受領しています」

「なッ──」

 

 え?

 ターキンが引退届、だと?

 オレは……聞いていないぞ。

 

「オイ、ルドルフ。それはどういうことだ?」

 

 絶句してしまったオレの気持ちを代弁するように、ギャロップダイナが問うていた。

 彼女も驚いていたようだが、オレよりもショックは少なかったらしい。

 ああ、オレは──自分でもよく分かる。酷く動揺している。

 その原因にも心当たりがあるしな。

 突然、担当していたウマ娘に引退されるのは、これが初めてじゃないんだから。

 

「言葉の通りだよ、ギャロップダイナ。レッツゴーターキンは先日の阪神大賞典後に行った病院で故障が判明した。その深刻さから自身で再起は不可能と判断し、届け出をした……といったところだ」

 

 そう言うと「彼女の心情については推測が混じるが」と注釈を入れるシンボリルドルフ。

 しかしダイナはそれではおさまらなかった。

 

「あいつの事情は分かったが、それをなんでトレーナーが知らねえんだよ! 担当のビジョウを抜きにして、勝手に進めるような話じゃねえだろ!」

「それについては、レッツゴーターキンから内緒にして欲しい、と頼まれたんだ」

「……引退に関して、ウマ娘側からたっての希望があれば、手続き完了までそれをトレーナーに隠すことは、規則上認められている」

 

 シンボリルドルフの言い分を、エアグルーヴが補足した。

 これはオレも知っている。なにしろ当事者になったからな。

 ただしこれは、ウマ娘とトレーナーがトラブルになった際にウマ娘を守る手段としてのもの。

 引退するしないで揉めたりしないように、競技する側のウマ娘側の意向が尊重され、守られるようにと作られた制度だ。

 

「トレーナーが、ターキンの意に反して走らせるわけなんて無いでしょ!!」

 

 突然、苛烈に反応したのは──ダイユウサクだった。

 その剣幕に解説したエアグルーヴはもちろん、聞いていたルドルフ会長や〈アクルックス(うち)〉の面々も呆気にとられている。

 まぁ、今まで人見知りを発動させてほとんど黙ってたからな。無理もない。

 

「……もちろんそれは私も、学園側も理解しているよ、ダイユウサク。レッツゴーターキンもそういう意図ではないと説明していたしね。そしてその理由や彼女の気持ちはきっと、ここに書かれているはずだ」

 

 そう言ってシンボリルドルフは、その手紙をオレに渡してきた。

 受け取った小さな封筒には、「トレーナーさんへ」とターキンの字で書かれている。

 ここで読んでもいいのか? と視線を向けて確認すると、シンボリルドルフはうなずく。

 

 そしてオレは──中から取りだした文面に目を通した。

 




◆解説◆

【Let's go in search 消えたターキン】
・“go in search of”で、「探しに行く」という意味。
・レッツゴーターキンが行方不明になってしまう、というのはもちろん元ネタのあることなのですが、それに関しては次回で解説したいと思います。

センコーラリアット
・本作オリジナルのウマ娘で、元ネタはロンマンガンと同じく、漫画『じゃじゃ馬グルーミン★UP!』に登場する架空の競走馬。
・鹿毛の牡馬で、ロンマンガンや漫画では主役級の競走馬ストライクイーグル、そのライバルで本作にも触れているアルデバランとは同世代。
・作中ではイーグルが故障で回避した日本ダービーに出走し、大本命のアルデバランを抑えてひょいと勝っています。
・本作ではアルデバランとは違う世代にされてしまっていますが……果たしてダービーを取れるのでしょうか?

ケンカ
・ロンマンガンとセンコーラリアットの喧嘩は、同じレースで競った(ロンマンガンの勝利)際に、レース後で起こった騎手同士の口喧嘩が元ネタ。
・どちらも主戦騎手で、ロンマンガンはベテランの竹岡 竜二が騎乗しており、センコーラリアットの方は若手の竹岡 一人が騎乗していました。
・同じ苗字でわかるように、この二人は親子。
・そんなわけで元ネタの方は、遠慮なく親子喧嘩をしていたというわけです。
・その様子が描かれたのは『じゃじゃ馬グルーミン★UP!』本編ではなく、その連載開始前に掲載された舞台を同じくしている外伝的漫画の『Sire Line ─父の血筋─』。
・コミックスでは2巻に収録されています。
・つまり『じゃじゃ馬グルーミン★UP!』で最も早く勝利を漫画で描かれたのは、ストライクイーグルでもアルデバランでもセンコーラリアットでもなく、ロンマンガンだったんです。

いつの間に
・そのロンマンガン、外伝では主役級の扱いを受けていますが、本編では完全に脇役馬。
・おかげで出走歴に不明なところが多く、↑で解説した『Sire Line ─父の血筋─』の冒頭で勝利したレースも、どのレースか全くわからない(開催場所はゴール板付近に書かれた文字から中山競馬場か? 第6レースなのは確定)ありさまです。
・このシーンの後に皐月賞のシーンがあるので、開催されたのは皐月賞のトライアル等と同じ時期ではないか、という感じ。というわけでこのタイミングで入れました。
・もちろんロンマンガンはその前の出走歴もわかりません。デビュー戦という明言もありませんし、そういう雰囲気でもありません。
・そんなわけで本作でもロンマンガンのデビュー戦をサラッと誤魔化したのですが……一応、設定的には1月頭のレースでデビューした、ということになってます。
・レッツゴーターキンは有記念に出走した直後だし、他の面々は忙しくなるの分かってるので、正月は里帰りしてた──そんな中でデビューしたのでみんな知らなかった、というオチです。

『メンフィス・ベル』
・1990年(日本では1991年)公開のイギリス映画。
・第二次世界大戦を描いた戦争もので、1944年に制作された同名のアメリカ合衆国のドキュメンタリー映画を基にして制作された映画という、一風変わった経緯を持つ映画です。
・メンフィス・ベルと名前を付けられた、B-17F-10-BOフライングフォートレス爆撃機の活躍を描いたもの。
・イギリスに駐留して対ドイツの中間爆撃を任務としたアメリカ空軍部隊の話。
・25回の爆撃を達成すると本国に帰国できる──その25回目の爆撃で出撃したものの、満身創痍な状態に陥ってしまうメンフィス・ベル。
・果たして無事に基地に帰れるのか……というのがクライマックスなのですが、そこで帰還を待つ基地の人々が絶望しかけたときに、犬が真っ先に気が付いて頭をスッと上げるシーンがあります。
・ギャロップダイナが言っていたのは、そのシーンのこと。
・ちなみに『メンフィス・ベル』の中では有名なシーンで、91年に公開された戦争ものを軸に様々な映画をネタにしたパロディ映画『ホット・ショト』でもネタにされていました。

引退届
・史実のレッツゴーターキンは阪神大賞典の終了後に診断を受けて故障が判明。それを理由に引退していました。
・阪神大賞典がラストランだったんです。
・その負傷内容も、どこかで見た記憶があったような気がしたので、必死に調べなおしたんですが、結局わかりませんでした。
・その負傷内容を見たという記憶が、他の競走馬とゴチャゴチャになっているのかもしれませんが。

規則
・ウマ娘側が希望すれば、担当トレーナーに秘匿して引退手続きを行える──というのはもちろん本作オリジナルの設定。
・本人の意に反して引退させない悪徳トレーナーからウマ娘を守るために作られた制度、ということになってます。


※次回の更新は仕事がかなり多忙になったため、7月14日の予定です。  

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