見えぬ輝きの最南星《アクルックス》   作:ヤットキ 夕一

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 ──3月の三週目も週末を迎えた。

 この週末から、〈アクルックス〉にとっては大事な期間が始まる。天王山……とはいかなくともその前哨戦にあたるほどだ。
 ここからウチのチームにとってのクラシック戦線が本格的に始まる、と言っても過言ではない。
 まずはトリプルティアラ路線を目指すべく、芝の適応を確認を含めたサンドピリスの第2戦目。
 そしてクラシック三冠を目指すオラシオンが、皐月賞のトライアルレースであるスプリングステークスに挑む。
 レッツゴーターキンの引退で沈みがちなチーム内の空気だったが、いつまでもそのしんみりしたそれに浸っているわけにはいかないのが、悲しいところではあるのだが……




第48R ──春雷(前編)

 

 ──結論から言えば、サンドピアリスは結果を残せなかった。

 

 

『混戦模様のレースを制したのはコクサイリーベ!! 桜花賞への、トリプルティアラの挑戦に名乗りを上げた~!!』

 

 そんな実況を聞きながら、レースの模様を現地の阪神レース場で見ていたオレとギャロップダイナ。

 互いに複雑な表情で、オレは腕を組んでうつむいて考え込み、ダイナは天を仰いでいた。

 桜花賞のトライアルレースにデビュー2戦目で挑んだのは早かったという思いもある。

 しかも初めての芝でのレースだ。

 

「芝の経験は積めた……」

 

 ダイナがポツリと言う。

 それに対してオレは──シビアなその現実を突きつけた。

 

「……それだけの結果だけどな」

 

 レースの結果は9着。その事実は受け止めなければならない。

 終始他を圧倒し、前を悠々と走れた前回のレースとはあまりに勝手が違っていた。

 常に集団に埋もれてしまい、抜け出すことができずにそのままレースを終えてしまっている。

 いいところ無く終わった、というのがピッタリくるレースだった。

 

(走るときに地を蹴る際の力の加わり方なんかは天性のものだが、ピアリスの場合はどうにもそれがダートに適正があるように見える)

 

 前走は稍重で締まったダートという、走りやすいバ場だったというのもあるだろうが、そこで快勝している。

 レース内容も先頭をずっとキープしたままゴールという、彼女の強さを見せつけたものだった。

 今回、その“強さ”を発揮できなかったところを見るにやはり芝の適正が低いと判断せざるを得ない。

 

「オイオイ、ビジョウ。今回はグレードレースだぞ? しかもピアリスはデビュー2戦目だ」

 

 芝路線……というよりはトリプルティアラに挑戦させたいギャロップダイナがフォローする。

 気持ちは分からないでもないが、やはり結果がすべてだ。

 さらに言えば今回のレース、特にレベルが高かったわけではない。

 例えばオラシオンやセントホウヤのような話題になっている注目株が出走していたわけではなかった。

 今年のトリプルティアラ路線でそういう立場になりそうなのは、今月頭のペガサスステークスまで7戦5勝で残りの2戦は2着というシャダイカグラや、デビューから3連勝して、今月のペガサスステークスでの3着が最低順位になっているアイドルマリー、辺りか。

 

(1着のウマ娘もこれで6戦3勝になるが……結果が極端なんだよな)

 

 2着や3着ということがなく勝つか中位か、しかもそれを交互に繰り返しているという波のあるウマ娘。

 確かに前回負けてるから今回は勝ちの順だったが、安定した強さを見せられないのでやはり“強いウマ娘”という感じはない。

 そしてタイムも取り立てて速くもなければ遅くもない。

 そんな中でピアリスは集団の中に埋もれてしまい、見せ場も何もないような有り様。

 そういうわけで、オレは今回のピアリスの結果を厳しく判断しているのだが──

 

「グレードレースをデビュー戦にして、30秒近いタイムオーバーした誰かさんに比べたらなぁ? な、ビジョウ……」

「ぐッ……」

 

 お前なああぁぁぁぁぁ!!

 文句を言いたい気持ちをグッとこらえてダイナを見ると、意地悪そうにニヤケている。

 

「それを言うか? この場面で……」

「ああ、言うさ。このネタでビジョウをからかえるのは、チームの中でもあたしくらいだからな。他は気を使って遠慮するだろうし、遠慮しなさそうなダイユウサクは、タイムオーバーそのものが自爆ネタだからな」

 

 確かにミラクルバードはパーシングのことを話題にもしないようにしているかもしれないし、他のメンバーも触れようともしない。

 笑い話にしようとするダイナの気遣いも分かるんだが……

 

「オレにとっては痛すぎる古傷だからな? できれば触れて欲しくないんだぞ?」

「その割には、たまにUmer(ウーマー) Eats(イーツ)頼んでるよな? コソコソと」

「ッ……」

 

 ジト目で睨まれ、オレは思わず視線を泳がせる。

 ……だって、仕方ないだろ? アイツがちゃんと生活できてるか不安になるし、少しでも応援してやりたいと思うから、どうせならアイツの仕事になるようにと思ってのことだ。

 ともあれ、この話を突き詰めていっても仕方がない。今はピアリスのことだ。うん。

 オレはコホンと咳払いをして、話を元に戻した。

 

「確かに格上挑戦だったからな。やむを得ないところもある」

「だろ? 今のピアリスは勝利よりも“挑戦することに意義がある”って段階だ」

「それは否定しないが……」

 

 だが、その挑戦も現実的な──言い換えれば勝利が見えるものでなければ、オレは走らせたくはない。

 確かに目標を定めて、それに挑戦し続けるのはモチベーションを保つ上で重要だろう。

 だが、無謀な挑戦をし続けるのは彼女自身の評価を下げるし、負け続けるというのは走ることへのモチベーションを失いかねない。

 どうやっても夢が実現できないと思い知らされれば、待っているのは絶望だ。

 

「よく考えてみろよ。ピアリスはこの前デビューしたばかりだ」

「それは分かってる。今月の頭だからな」

「その通りだ。で、今までケガしてたわけでもねえ。そもそもチームに入って本格的に動き出したのでさえ昨年末の12月──」

 

 そう考えるとデビュー戦で勝利できたのは、かなりの急成長を成し遂げたから、と言えるのも確かだ。

 ダイナの言い分には確かに一理ある。

 

「トリプルティアラを狙ってる他のライバル達は去年の秋から、早いヤツは去年の夏にデビューしている。季節を見れば1週とはいはないが、半周くらい早くスタートしてるようなもんだぞ。そんな連中に、春のレースで勝とうって方が無茶だろ」

 

 とても追いつけるわけがない、とダイナ。

 もちろん、遅いデビューから春のクラシックに間に合わせた例がないわけじゃない。

 ダイユウサクの同級生、メジロアルダンなんかがそうだが……彼女の場合は才能あふれるウマ娘だったが、その“ガラスの脚”のせいでデビューが遅れたという事情があった。

 ピアリスはそういう事情が無く、今にきてやっと本格化が始まろうとしている……という気配だ。

 

「じゃあ、秋ってことか?」

「それは仕上げをごろうじろってとこだが……だからこそ、今はモチベーションが大切なんだ」

 

 ピアリスの友人達は、トリプルティアラに向けてスタートを切り、そして現実的な場所にいる。

 シャダイカグラも、ライトカラーも、桜花賞への出走に名乗りをあげるのに十分な実績があった。

 彼女(友人)たちと本番のレースで競いたい。その気持ちは分かるが……

 

「でも、芝に専念させるってわけにはいかないからな」

 

 オレは自分の意見を曲げるつもりもなかった。

 ダートを否定すれば、なにより彼女の可能性を狭めることになる。

 もしも芝で大成できずとも、ダート路線で才能を開花できるかもしれないし、むしろその確率の方が高いように思えるんだ。

 

「二兎を追うものは……って言うぜ? ビジョウ」

「さっきお前自身が言っただろ、ダイナ? 今は“挑戦することに意義がある”って段階だ、とな。芝もダートも、とりあえず挑戦してみよう」

 

 オレの意見に、ギャロップダイナも渋々ながらうなずいた。

 ともあれ、負けてしまい1勝1敗のサンドピアリスは、成績面で桜花賞に出走できず──最初のトリプルティアラは挑戦さえできなかった。

 

 まぁ、桜花賞と言えば、結果を残していた朱雀井のところのウマ娘でさえ抽選に外れて出走できなかったほどのレースだから……やむを得ないよな。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──そして、その翌週。

 

 ここ、中山レース場ではもう一つのクラシックレースへのトライアルレースに、我が〈アクルックス〉から出走するウマ娘がいた。

 

 スプリングステークス

 

 クラシック三冠の一つ、皐月賞への優先出走権が得られるレースである。

 そのレースに出走するのは、デビュー戦こそ負けたものの、それから勝ち続けて現在3連勝中のオラシオン。

 その走路(舞台)へと立った彼女は、いつものように片膝をついて胸の前で手を組み、祈りを捧げる。

 三女神を祀る宗教の敬虔な信者である彼女は、レースに挑む際にいつもそうしている。

 それがオラシオンの“ルーティーン”として、世間では話題になりつつもあった。

 

「オラシオン!」

 

 祈りをを終え、組んでいた手を解いて膝を上げたオラシオンに、オレは声をかけた。

 澄ました顔でやってきた彼女は、「なんでしょうか?」とオレに訊いてくる。

 

「今日のバ場は、見ての通りの有様だが……」

 

 厚く垂れ込めた雨雲はひどい雨をもたらして──おかげでバ場は重を通り越し、“不良”と発表されている。

 

「……阪神ジュニアステークスの時も雨でしたけど?」

「ああ、覚えてるよ。そこで雨大好きウマ娘(ブロンコキッド)と競い、勝った」

「はい。ですから不安はないかと──」

 

 そんな彼女が事も無げに答えかけ──

 

「落ち着いていけよ、オラシオン」

 

 その言葉を遮ってオレが言うと……彼女は首を傾げた。

 その表情にはわずかないらだちを感じる。

 

「どういう意味ですか、トレーナー? 私が落ち着きを失っているような言い方ですけど……」

「お前さんの普段の生真面目な性格や振る舞いで隠れちゃいるが、負けん気が強い。そして今、その負けん気を向けているのは……アイツだろ?」

 

 そう言ってオレが視線を向けたのは──じっとこちらの様子をうかがっている、一人のウマ娘だった。

 

「今日の一番人気がこっちを伺ってるぞ。今日はお前の人気、3番目だしな……」

「人気なんて関係ありません。レースは人気よりも結果こそ重要です」

 

 3連勝中のオラシオンだったが、それでも今日はそれよりも上の結果を残しているウマ娘がいた。

 ジュニアの晩秋までで4連勝していたウマ娘が、今日は出走しているのだ。

 彼女の存在と休養によるブランク、それに初めてのレース場というアウェイなのもあって、オラシオンは3番人気になっていた。

 

「ダイユウサクさんもギャロップダイナ先輩もレッツゴーターキンさんだって……人気薄だろうとも、結果を残した方々です。〈アクルックス〉はそういうチームでしょう?」

「……だが、本心では面白く思っていない。違うか?」

 

 オレの追求に、オラシオンはついにプイとそっぽを向いた。

 

「そう思いたいのであれば、トレーナーさんはそう思っていればよろしいのではないですか?」

「違う違う。別にお前と喧嘩したいわけじゃないんだ」

「その割には、これまで随分と意地悪いことをしてきたように思うのですが?」

 

 オラシオンは「特にデビュー戦……」と言い、ジッと見てくる。

 それにオレは苦笑を浮かべつつ、軽く両手を上げた。

 

「それについては降参だ。悪かった……お前の性格から、反発する相手がいた方がいい結果になると思ったからだ」

「私が、()()()()()()()()()だから、でしょうか?」

 

 皮肉めいた口調でさっきのオレの言葉を揶揄してくる。

 そういうところなんだよな。オラシオンが予想外に気が強いのは。

 オレは苦笑しかけた表情を引き締め、真面目に彼女に答える。

 

「今日からは本気で負けられないレースが続く。だから、オレのことを信用してくれ」

 

 そう言い……オレは頭を下げた。

 一瞬呆気にとられ、オラシオンは驚くというよりはポカーンとした顔になっていた。

 戸惑っている様子だが、反発はない。

 

「その上でアドバイスさせてほしい。オラシオン、自分のクセに気づいてるか?」

「クセ?」

 

 眉をひそめ、首を傾げるオラシオン。

 だが思い至るところはないらしく、ピンときた様子はなかった。

 

「ああ、そうだ。お前、一杯一杯になったときに内によれるクセがあるだろ?」

「それは……確かに最後の力を振り絞った後にそうなりがちかもしれません」

 

 自覚があるのか無いのか。

 全力を出しすぎ、バテて内によれてしまう──そんなクセだとオレも思っていた。

 実際、体力的に余裕のあった阪神ジュニアステークスではそんな様子はなかったしな。

 だが、シンザン記念でその考えは変わった。

 

「あれは体力が尽きたからなんかじゃない。お前の絶対に負けたくないって気持ちが暴走しているだけだ」

「気持ちが暴走? 私は強い感情なんて、そんな……」

「お前はレースが迫ったり、直後だとかなり感情的になっている。自覚がないのかもしれないが……」

 

 本気で言っていた言葉だったようなので、たぶん本当に自分で気がついていないのかもしれない。

 だが、指摘されれば心当たりはあったようで──少し気まずそうにしている。

 

「デビュー戦をのぞけば、今まで一番苦戦したシンザン記念では内へのよれが顕著だった」

 

 もっとも、今のところ唯一の負けレースになっているそのデビュー戦だって、高ぶった感情を露わにしていた。

 真面目で品行方正な優等生、というオラシオンのイメージが崩れたのはまさにその時だった。

 

「そんな極度の負けん気が暴走して抑えられなくなり、衝動的に体を狂わせて内へと向かってしまう、オレにはそう見えている」

「そんな……そんなはず、ありません!」

 

 認められない、というふうに首を横に振る。

 そのとき、スタート直前になって集合の号令がかかった。

 そちらの方へ一度振り向き、それからオレへと振り返るオラシオン。その目には、絶対に認めません、と雄弁に語っている。

 彼女を納得させる時間は無い、な……

 

「オラシオン、お前の言い分は分かった。でも今日はとにかくオレが言ったそれ意識してレースしてみてくれ」

「私は納得していませんけど?」

「だから、もしもそれがオレの勘違いであれば後でいくらでも文句を聞くし、なんでも言うことを一つ訊いてやる」

「そんなことを言われても、トレーナーにしてもらいたいことなんて……」

 

 ジト目でそう答えるオラシオン。

 それはそれでヒドく傷つくよな、なんか。

 

「とにかく今日のレースは負けん気を抑える、内へよれない、そういったのを念頭に走ってくれ。それに今日は、お前がマークするべき相手は一人しかいない」

 

 そう言ってオレが見たのは……一番人気のウマ娘。

 先ほどからこっちの様子をうかがい、オラシオンを明らかに意識している彼女の名前は──セントホウヤ。

 一流の血統を受け継いでいる彼女は、その才能と実力を証明するように昨年の夏から秋にかけて戦い、最優秀ジュニアの座を獲得している。

 今回のレースは、事実上の二人の対決と言われているほどだった。

 

(だからこそ、その負けん気が暴走するおそれが高い)

 

 オラシオンも彼女を意識しているのは明らかだ。

 意地のぶつかり合いになったときに、その悪癖がどう転がるか……

 

「アイツと競う時にさっき言ったことが邪魔しないように、気をつけてくれ」

「……はい」

 

 分かりました、と言わなかったのは、自分でそれを認めたくない気持ちがあったからなのだろう。

 オラシオンはオレへと返事をすると、スタート地点の方へと走っていく。

 降りしきる雨の中、オレに残されたできることと言えば、あっという間に遠ざかっていく彼女の背を見ることしかなかった。

 




◆解説◆

【──春雷(前編)】
・「春雷」は小説『優駿』でスプリングステークスが描かれているシーンが含まれた章のタイトル。
・『馬の祈り』の詩はレースに対応する部分が無いので、正直ネタ切れです。

桜花賞のトライアルレース
・サンドピアリスの2戦目は、第23回報知杯4歳牝馬特別というレース。
・1989年3月19日に阪神競馬場で開催。
・芝の1400メートル。当日の天候は晴れで、良馬場でした。
・GⅡの重賞レースで、4歳が違う年齢を指すことになってしまった現在では、やっぱりフィリーズレビューという名前に変わっています。
・ウマ娘の世界では「4歳」も「牝馬」も使えないために、このレースのタイトルどうするんじゃ!? っとなったのですが、どう考えてもレース名を出すのが無理なのでこうなりました。
・なお、“報知杯”は弥生賞もそうなので使えません。
・このレースの勝者はコクサイリーベ。この後は桜花賞へ出走し、3番人気になっています。
・1990年までは5着までが桜花賞への出走権を得られたので、それ以外にタニノターゲット、ファンドリポポ、アイテイサクラ、カミノテンホーが権利を受けて出走しています。
・なかでもこのレースで本命だったものの負けてしまったタニノターゲットは、本番ではキッチリ実力を発揮して3着に入っています。

応援してやりたい
・“Uber eats”を利用できる都市に住んでいないのでよくわからんのですが、きっと配達員を指定できるということは無いと思っているのですが……
・ただ、あくまで“Um()er eats”ですので、モデルになったものとは違っている、ということだと思っていただければ。

スプリングステークス
・1952年に創設された、4歳(現3歳)限定のレース。
・2001年では現在の年齢表記に合わせた際に、牡馬限定のレースになっています。
・皐月賞への優先出走権が得られるトライアルレースで、1990年までは5着まで、1991年からは3着までが出走権を得ていました。
・芝コースに変更はないのですが、設立当初は東京競馬場の1800だったのですが、1958年からは中山開催がメインになっています。
・グレード制導入の際になって以来、GⅡに指定されています。
・なお、今回のスプリングステークスは『優駿』でのレースがモデルになっていますので、リアルではモデルになっているものはありません。


※次回の更新は7月26日の予定です。  

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