スプリングステークス終了後、私──オラシオンはトレーナーから注意を受けましたた。
ウイニングライブを終え、レースの反省ということで振り返ったときに、あの人は厳しい顔で言ったのです。
「オラシオン。オレはお前の悪癖を指摘したが、アレはどういうつもりだ?」
「
私の問い返しに、トレーナーはこれ見よがしにため息をついて──
「……コース取りのことだ」
少し憤りを含んだ、厳しい口調で彼は言いました。
なるほど。そのことですか……想定していたその問いに、私は準備していた答えを返します。
「あの不良バ場では、あのコース以外にありませんでした」
「それは分かる。荒れた内寄りを他のメンバーは避ける中で、内ラチぎりぎりだけは比較的マシだった……そんな危ないところを走るヤツがそもそもいないからな」
相変わらず厳しい表情のトレーナー。
「しかし、だ。確かにオレはレース前にお前が“内に突っ込むようにヨレるクセがある”と指摘したよな? なのに、なぜ内ラチすれすれなんて位置を走ったんだ?」
「これ以上内側にいけなければ内にヨレることはない、そう判断しました」
私が答えると彼の目には、その怒りが最高潮に達して力が入ります。
でもその直後、感情を抑えるように息を吐いて……落ち着いた口調で訊いてきました。
「お前……意識して制御できないから、クセなんだぞ? もしもあの場所から内に刺されば、間違いなく内ラチに激突していたんだ! そうなればお前は──」
「でも、そうなっていませんよね?」
そうならない自信があったからこそ、私はあのコースを走ったんです。それをウジウジと言われるのは我慢がなりません。
そう思って反論した私を──さらに大きな声が指摘します。
「なりかけたじゃないか! それに気が付かなかったわけじゃないよね!?」
その声をあげたのは、トレーナーと一緒に残っていたミラクルバード先輩でした。
彼女は怒りを露わに──覆面から覗く目には涙さえ溜めて、先輩は反論したのです。
「セントホウヤに並びかけられて、無我夢中になって、それで無意識に内にヨレかけた。だからボクとトレーナーは思わず叫んでいたんだ! 身に覚えがないなんて、言わせないよ!」
あの明るくて朗らかなミラクルバード先輩が、怒りを露わに言ったということに私は驚いていました。
温厚で、笑顔を絶やさないというイメージの先輩からは考えられないほどに苛烈な反応。
それは彼女が本気で怒っているという、なによりの証でした。
「先輩? どうしてそんなに……」
「わからないのかオラシオン。お前のしたことがどれだけ危険なことか。それがミラクルバードにどれだけ心配をかけ、彼女の心を傷つけたのか。あの走りで……」
「そんなッ!?」
訳が分かりませんでした。
私は、勝つために最善の走りをしただけ。
「た、確かにリスクがあったかもしれません。でもそれは……もしも私が内にヨレても、私一人が怪我をするだけでした。だから──」
あのとき、最内を通ったことで悪路を嫌って外へ膨らんだ他のウマ娘達からは明らかに抜け出していました。
だからもし私が内ラチに激突し、その反動で外へ膨らんだとしても、後続のウマ娘達は避けられるはずでした。
そして唯一競っていたセントホウヤは反対の外ラチ沿い。さすがにそこまでは吹っ飛ぶことはあり得ない。
たとえ失敗していたとしても、私だけが自分自身の責任でそれを負い、他のウマ娘に迷惑をかける状況ではありませんでした。
「そういう話じゃないよ! だって……だって、オーちゃんが怪我をしたら皐月賞も、ダービーだって出られなくなっちゃったんだよ? そしたら
ミラクルバード先輩はついにしゃくりあげ、言葉に詰まってしまいました。
(
自身が育て上げた会社を、結局は業績不振で他の会社の傘下に入れて隠居した養父。
一時は一流企業にまでしたそのバイタリティは“安楽椅子で余生を過ごす”なんてことには我慢がならなかったようで、新たな事業を始めようとしていたのです。
(その事業というのが……ウマ娘のための初等教育機関をつくろうというもの)
中央や地方のトレセン学園へ入学する前のウマ娘たちを、その年代から整った環境下で育てあげた上で各トレセン学園へとステップアップさせる──そうすることで日本のウマ娘競走のレベルを引き上げる、というのが養父の狙いだそうです。
そしてけっして豊かだったとはいえなかった私達のいた孤児院も、その教育機関の傘下へ入り、才能のあるウマ娘はさらに恵まれた環境へ、そうでない者もサポートするための知識を学んでその道へ進んだり、“競走”とは無関係の道へ進む支援もできる組織にする……と養父は語っていました。
(早くに母を失って孤児院で育った私にとっては理想郷のようであり、しかし悪く言えば“絵に描いた餅”のような話です)
実現するのには厳しいのではないかという現実を見る目が、経営学をかじった程度の私でもありました。
『無論、そんなことは分かっとる。簡単な道やない。これを始めるには、シンボルとなるようなウマ娘が必要や』
その話をした養父に私が素直な感想を返すと、あの人はそう言って遠い目をしたのです。
『今の中央トレセン学園の象徴たるシンボリルドルフ。
まだまだ準備どころか実現のために動き出してもいない、まさに夢のような計画と養父は言いましたが……確かにその目には会社を手放すと同時に失っていた目の輝きを見たのです。
だからこそ、私はその養父の願いを背負う決意をしました。
ただその話を私は誰にもしていません。ミラクルバード先輩はきっと養父から彼女の御父様を通じて知ったのでしょうが……
感情を高ぶらせて泣いてしまった先輩をたしなめるように、トレーナーがその肩に手をおいてなだめていました。
「今のミラクルバードの話、オレは全く知らないが……誰かのために走る、というのは意義のあることだし、素晴らしいことだと思う。だがな、それは自分を
多少落ち着いた先輩が涙を拭っているのを見て、トレーナーは私の方へと視線を移してそう言いました。
「お前のお
「それは……」
トレーナーに言われ、養父が私のことを大切にしているのを思いだし……そして気がついたことがありました。
私は競走引退後は養父の会社でその経営を手伝うことを考えていましたが、今となってはそれはかないません。
でも、もしも養父の夢が実現すれば──そこに私の居場所がある。
(
そんな養父の気遣いに、私は驚きと深い感銘を受けたのです。
そして──
「オラシオン……お前がレースの度に三女神に祈りを捧げ、他の人の思いを、夢を実現させるために走ろうとしているのは理解しているつもりだ。だからこそ、お前の一番身近にいて、自分のようにならないで欲しいという
私の走りは、ミラクルバード先輩に“あの時”のことを思い出させてしまっていたのでした。
だからこそ。今ここで涙を流すほどに感情を昂ぶらせ、そしてスプリングステークスのゴール直前には必死に大声で私を止めようとしてくれた。
(たぶん、あの声があったからこそ私は最悪の事態を招かずに済んだ……のでしょうね)
その強烈な“祈り”が私を止めてくれたのだと思います。
私がそれを受け止めている間に、トレーナーは「オレから言いたいのはそれだけだ」と言い残し、まだ立ち直っていないミラクルバード先輩の車椅子を押して、部屋から去っていきました。
……スプリングステークスの、そしてそのウイニングライブの控え室に残ったのは、私と、今までのやりとりをずっと黙って聞いていた渡海さん。
「ねぇ、クロ。乾井トレーナーも、ミラクルバードも、キミを責めるつもりじゃないんだよ。キミを心配しているからこそ、厳しく言ってくれたんだと思うよ」
「……………………わかってるわ」
優しく笑みを浮かべて言ってきた彼の言葉に、私は素直になれず、思わずそっぽを向きながら答えてしまいます。
ええ、そんなことは渡海さんに言われなくても分かっているんです。
トレーナーも、ミラクルバード先輩も、優しい人だというのは、このチームに所属して長いのですし、百も承知ですから。
「もちろん僕だって、クロがケガをしたらと考えるだけでぞっとするよ。できれば……考えたくはない」
「そうでしょうね。担当のウマ娘が大怪我をしてしまっては、その責は──」
「違うよ! そうじゃない! それだけじゃないんだ!」
私の言葉に、渡海さんは感情的になって大きな声を出しました。
それから我に返って、大きな声を出したことに自分でも驚いている様子で……
「それだけじゃない? どういうこと?」
「そ、それは……」
私の問いに対し、渡海さんはひどくあわてた様子で答えあぐね、言葉を探している様子。
何度か気まずそうに私へと視線を向けては外しと繰り返し、そして意を決したように──
「ごきげんよう! まだ残っていましたわね、オラシオン……って、何してらっしゃるの?」
部屋のドアをバーンと勢いよく開けて入ってきたのは、セントホウヤさんでした。
なんとなく私と渡海さんは、あわててサッと距離をとります。
そんな様子を──彼女曰く「健闘を称え合い、次は負けないという宣言をしに来た」らしいセントホウヤさんは、訝しがるように私達を見るのでした。
──いよいよ皐月賞の当日。
先週、シャダイカグラが桜花賞を制した興奮も冷めやらぬまま、阪神レース場から遠く離れていた中山レース場──皐月賞の舞台は熱狂に包まれていた。
その桜花賞のレースがゴール前までもつれ合うような熱戦だったので、それを期待して盛り上がるファンの心理も当然だろう。
「それにしても、中山レース場か……」
「……なによ?」
「いや、レース当日にここにたどり着けなかった誰かさんもグフゥッ!」
そしてオレ達チーム〈アクルックス〉も、さすがに今回は阪神にいっている二人を除いてオラシオンの応援へときていた。
舞台はクラシック三冠の初戦のGⅠという大舞台であるし、なによりも中央トレセン学園から近い場所での開催だからだ。
日帰り可能で電車一本で最寄り駅まで来られる、普通は迷ったり間違ったりする余地がないような、そんな中山での開催だ。
で、それをからかったオレの脇腹に、遠慮のない拳が刺さったわけで……
「たどり着けなかったわけじゃないわよ! ちょっと迷って間違えただけで!」
「え? 千葉県にいくのに神奈川県にいたのに
ダイユウサクが怒り心頭で言い放ち、それにミラクルバードが真顔で困惑する。
まぁ、確かにそうだよな。普通、そんな間違いはしない……
「……過ぎたことでしょ、もう。それに今は……いい思い出と言えるわ」
「まぁ…………そうだな」
ダイユウサクの言に、オレは思わず頷いてしまう。
あのアクシデントがあったから、ダイユウサクの気持ちへのフォローができたかもしれない。
それを思えば、あのアクシデントも結果オーライと言えるだろう。
俺たちの前にドーンと構える中山レース場を見て、懐かしそうに目を細めるダイユウサクを見ているとそう思えた。
そしてその隣には──複雑そうな顔でレース場を見つめている車椅子のウマ娘が目に入った。
「ミラクルバード……」
そうだ。今日開催されるのと同じレースで、彼女の競走の道は閉ざされたんだ。
因縁のレース場であり、今日はその因縁のレースである。
「ボクがゴールできなかった中山、そして皐月賞……」
心残りが無いわけがない。
ミラクルバードにどう声をかけていいのか、オレは答えを見つけられなかった。
そうして出走経験のある3人が、思い思い見上げるレース場。
そして──
「あっしとしては、観る側でやって来たのはちょいと複雑なんですけど……」
未だここでの出走経験のないロンマンガン。
今回のレースに出られないことに悔しそうな空気を出しているだけでも、彼女の変化が見て取れる。
「いや、それよりも今日は──」
オレは気を引き締める。
過去でも未来でもなく──今日のレースでどんなドラマが待ちかまえているのか、それを見なければならないのだから。
今回の皐月賞はフルゲートで22人が走る。
昨日の発表では私──オラシオンは圧倒的な一番人気。そして昼の発表ではさらに人気が集まっている……ようです。
「人気なんて気にする必要ない……ですか」
本バ場入場で走路へと出てくるなり、多くの人で埋まっている
それを聞きながら、私は直前のトレーナーの言葉を思い出したのです。
もっとも「そんなに人気になるようなウマ娘を担当したこと無いけどな」と苦笑を浮かべてもいたのですが。
おそらくですが、人気がプレッシャーとなるのを恐れてのことでしょう。
だから──
「高い人気のウマ娘に有利なハンデが与えられるわけじゃない」
「人気が
「レースそのものには何の影響もないんだから、気にするだけムダだ」
──なんて必死に言ってましたけど……そこまで言われると逆に気になってしまうんですけど?
それに、低い人気での下克上を言うのなら、逆に人気が低いときにハッパをかける意味で言うのならまだ分かるのですが、一番人気の私にそれを言うのはどうかと……
(慣れていないからこそ、つい出てしまったのでしょうけど)
チームは“
下克上はされる側ではなく、する側にいた人ですからね。
ギャロップダイナ先輩に、ダイユウサク先輩。
そして……
(ターキン先輩……見てくださっているでしょうか?)
怪我を理由に、「チームの荷物になりたくないから」と去ってしまったレッツゴーターキン先輩。
しかも学園を去った後の行方も、今のところ分かっていません。
でもきっと、あの先輩のことだから〈アクルックス〉のことが気になって、きっと見ていてくれていると思います。
だからこのレース……負けられません。
「──今頃になって必死に神頼みしても、ムダじゃないのかなぁ?」
心を落ち着け、三女神への祈りを捧げようとした私の耳に、そんな声が聞こえてきました。
思わず耳がピクッと動き、反射的にそちらへと向けてしまいます。
その嫌みったらしい男の人の声に、私は嫌悪感を覚えました。
しかし、反応を見せてしまったのは間違いだったようです。その声はさらに──
「ま、スプリングステークスも内側すれすれ走って、外すれすれ走ったうちのホウヤとほぼ同着……走った距離を考えたらこっちの勝利みたいなもんだし」
そんなことをこれ見よがしに言ってきます。
祈りのために組んでいた手を解き、チラッとそちらを見れば……そこにいたのは〈ポルックス〉のトレーナーでした。それも“先代”と言われている方ではなく、一度はその正トレーナーの座を譲られた若いトレーナーです。
彼は私が気にしているのに気が付いた様子で、ニヤニヤと笑っていました。
ただ、気の毒なのは彼の指導を受けているセントホウヤさん。彼女もそのトレーナーの言動をおもしろく思っていない様子で、顔をしかめているのには気の毒に思えましたし、彼女の心根の良さが
ただ、彼女の顔色が少し悪いように見えるのは、気のせいでしょうか……
「お~お~、オッサン。つまらないヤジ飛ばしてんなよ」
そのとき、走路側から声があがりました。
つられて視線を向けると──所々はねた長い髪に、半眼のような垂れ気味の目をしたウマ娘が、面白くなさそうにそのトレーナーを睨んでいました。
「オッサン!? だ、誰がオッサンだ!!」
「汚いヤジ飛ばしてるアンタのことだよ、オッサン」
「ま、また言いやがった……誰だ、お前! どこのチームのウマ娘だ!?」
「アンタみたいのに名乗る名前なんて無いわ! それに自分トコのウマ娘が走るレースの、出走メンバーくらい覚えとけっての! アンタらみたいな汚いやり方じゃなく、正面からド本命に立ち向かってやるからな! なぁ、オラシオン!」
そう言って彼女は私の方を見て──ニカッと笑みを浮かべて手を差し出してきました。
「ウチの名前はロベルトダッシュ……今日は全力で挑ませてもらうかんね。正々堂々、勝負や」
「……ありがとう」
それに答えて握手をすると──彼女はニヤリと笑みを浮かべて、全力を込めて握り返してきました。
む……
私も全力で握ろうと力を込める寸前に、彼女はパッと手を離します。
「よろしくな。ウチとアンタ……トレーナー同士も知り合いやしな」
「……え?」
彼女が顎で示した先には──私も見覚えのあるトレーナーがいました。
「ずいぶんとセコいマネしているじゃないの、アンタも……」
「ゲッ、巽見……」
先ほどの〈ポルックス〉トレーナーに、こめかみに青筋を浮かべつつ笑顔で絡んでいるそのトレーナー。
そういえば、ロンマンガンさんが言っていました。ダイユウサクさんの従妹でルームメイトのコスモドリームさんを担当しており、うちの乾井トレーナーとトレーナー室が相部屋になっている彼女が、私達と同じ世代のウマ娘の担当をしていると。
そしてそのウマ娘の名前が、ロベルトダッシュだというのを。
「オマエ、サブトレの分際でこのオレに──」
「やかましいわよ! 正トレーナーを名乗るなら、それにふさわしい態度をしなさい!」
どこからともなく取り出した竹刀をビシッと突きつける巽見トレーナーに、〈ポルックス〉のトレーナーがたじろいでいます。
それを止めるのか、逆にあおるつもりなのか……ロベルトダッシュは「じゃあね」と私に言ってそちらへと向かいました。
思わずホッとため息が出て──
「おつかれ。色んなのにからまれて貴方も大変ね」
「アップショット……」
交友関係のあるウマ娘から声をかけられ、私はさらに気を緩めます。
クセの強い──ではなく、個性の強い人が多い学園のウマ娘の中で、常識人枠に入る“普通な”ウマ娘で、気さくに話しかけてくれる同級生がアップショットでした。
そんな気の休まる相手が声をかけてくれて、私は思わず苦笑を浮かべてしまいます。
「あのトレーナーも焦ってるのよ」
「……どういうこと?」
「セントホウヤが前走であなたに負けたのがよほど悔しかったのでしょうね。けっこうハードなトレーニングさせて……それが強すぎて、ホウヤは疲労が残ってるのが分かるもの」
アップショットがセントホウヤの方を見る。
つられて私も見たけれど……自分のトレーナーのことを迷惑そうに顔をしかめている彼女の顔は、言われてみれば確かに疲れが見える。
ふと私の視線に気づいたのか、キッとこちらへ鋭い視線を向けてきた。
「……それだけじゃなくて、ホウヤ自身もずいぶんと入れ込んでる。あんな調子で大丈夫かしら」
傍観者であるアップショットは、その反応を見て苦笑する。
確かにセントホウヤはレース前だというのに随分と汗をかいているように見えました。
3月のような寒さを感じる日もなくなり、すっかり春の陽気を感じる季節の4月ですけど、今日は天気の良さが高じて気温も上がっています。
それでもセントホウヤの汗は気温だけによるものとは思えませんでした。
(入念にアップをしたつもりが、入念にしすぎて過剰な運動になってしまった……といったところでしょうか)
ひょっとしたら私以上に緊張しているのかもしれません。
「ま、あなたみたいなバケモノと戦うんだから、そうなるのも仕方ないかもね」
「バケモノって……ひどいですよ、アップショット」
私が困惑すると、アップショットは「冗談、冗談」と笑ってごまかしてきます。
「でも、実力は冗談では済まないもの。あなたより後ろにいたらどうやっても勝てっこないし、今日は逃げでいかせてもらうわよ」
「え……?」
アップショットは本来の得意な脚質は逃げじゃないはずです。
本当に? ひょっとして
でも彼女は笑顔を浮かべていて、その真意は読めません。
そうして私が戸惑っている内に集合の合図がかかり──22名がゲート前へと集まります。
それぞれが順調にゲート入りしている中で、一人だけゲート入りをためらうウマ娘が……
「触らないでくださいまし!!」
──セントホウヤでした。
彼女はレース前で気が立っているようで、係員の人にさえも当たっている様子。
その姿はやはり目立つわけで……ゲート入りを待っている私は、同じく待っていたロベルトダッシュとふと目が合いました。
「あはは……」
お互いに気まずそうに苦笑しましたが……彼女の目は言外に「セントホウヤはもう負けたわ」とハッキリ語っていました
──こうして、皐月賞の火蓋は切って落とされるのでした。
◆解説◆
【──黒い風(1)】
・今回のタイトルは、皐月賞ということで小説『優駿』でオラシオンの皐月賞が描かれた章のタイトルを、スプリングステークスと同じようにそのまま採用しました。
・え? でも(1)ってどういうこと?。
【間違い】
・第一章をすっ飛ばして第二章を見ている方が……もしかしたらいるかもしれないので一応。
・この話は、第一章77話でのことですので、そちらをご覧ください。
・元ネタは有馬記念でダイユウサクに騎乗した熊沢騎手が、初めての中山競馬場ということで、当日に道に迷った──というものだったのですが、それが誇張されてとんでもないところにいってしまいました。
・ちなみに……本作のウマ娘・ダイユウサクはその原作エピソードもあって方向音痴という設定です。
・しかし、自覚がないのは……身内にそれ以上にヒドイ方向音痴がいるからなのですが。
【有馬記念に出走経験のある】
・ここでギャロップダイナに詳しい方は「あれ?」と思うかもしれません。
・元ネタのギャロップダイナは有馬記念に2度出走経験があります。
・一度は、本作のギャロップダイナが語ったように、シンボリルドルフからリベンジを喰らったもの。
・2度目はその翌年で、それが引退レースになっています。
・しかも外からの大駆けで惜しくも届かずにダイナガリバーの2着に。
・馬主が同じだったために、ダイナガリバーの記念撮影に加わり、それを最後に引退──
・というのがギャロップダイナの引退レースなんですが、本作のギャロップダイナはウマ娘時空というのもあって、まだフランス遠征から戻ってきた段階。
・その後の天皇賞(秋)とジャパンカップのイベントも終わっていないので、引退レースの有馬記念もやってません。
・つまり現時点では、まだ1度しか走っていないのです。
【22人】
・今ではこんな人数にはなりません。
・1992年からフルゲートは18頭となっているので、それより前に書かれている小説『優駿』では容赦なく超えてきています。
・なお皐月賞で22頭になったのは、1985年のグレード制開始直前で
・とはいえ、それ以後の1992年までは18頭をきるようなことはありませんでした。
・ちなみに、シンザンの皐月賞の時は25頭立て。
・なお──シャダイカグラが桜花賞をとった1989年だと皐月賞は20頭立て。
・近年では2015年に15頭立てという少ない年があったのですが、1970年あたりだともっと少なく12頭立てのときもあったそうな。
【アップショット】
・本作オリジナルのウマ娘で、元ネタは小説『優駿』に出てくる競走馬。
・オラシオンと同世代で、主戦騎手の奈良と親しい高野という騎手が乗っていた馬。
・スタート前まで意外と親しく二人が接していたので、本作でもこのような立ち位置になっています。
・ただし小説の不便な点で、競走馬の特徴がまるで書かれていないので髪の色がわかりません。
・ですので外見は読んでいる方々の御想像にお任せします。