見えぬ輝きの最南星《アクルックス》   作:ヤットキ 夕一

146 / 198

 ──ダービーが間近に迫り、その前のセレモニーが行われていた。

 そして会場となったその場所に……ロンマンガンの姿があった。
 そう、彼女はダービーへの切符を手に入れたのである。



第62R 前夜

 

「誰もあっしを見てないのは百も承知ですけど……でも、それこそ本来の〈アクルックス(ウチのチーム)〉らしい姿なもんで。もう一人の方は例外ですからね?」

 

 あっしの言葉に、会場から笑い声が聞こえる。

 すると意地の悪い笑みを浮かべた、眼鏡をかけた記者が手を挙げた。

 

「でも、そのオラシオンが皐月賞とNHK杯で2勝したおかげで、優先出走枠が減って出走できた……なんて話もありますが?」

「あ~、そういう見方もできるかもしれませんね。シオンに足向けて寝られませんわ。せっかく出るんだから顔向けできないようなレースにならないよう、頑張りまーす」

「ということは、オラシオンに勝つ気がないってことですか?」

 

 煽ってくるなぁ、この記者。

 心の奥でちょっとため息をつく。そう言えば、ダイユウ姐さんもあの記者には結構やりこめられたみたいなこと言ってたっけ?

 注意しときなさいよ、って言われた気がする。

 

「あのねぇ、記者さん。そういうことを言って、あまり目立たせないでくれません? 目立ってないとことで勝つから、みんな“ビックリ”するんですからね。ウチの先輩方みたいに……」

 

 ダイユウパイセンのことを思い浮かべたおかげで考えついた話を振ってみると、意外と会場のウケはよかった。

 

「先輩方を見習って、下克上を目指したいと思いま~す! これでいいですか?」

 

 あっしが半ばヤケッパチになりながら、サバサバと言うと──その記者はニヤッと笑ってシオンの方を見た。

 

「なんて言われてますけど、どない思います? オラシオン」

 

 うわ、意地悪いわ。

 それに対し──名前を呼ばれたオラシオンは一歩進み出て、微笑を浮かべて答える。

 

「光栄だと思います」

「え……? 光栄、ですか?」

 

 あの記者、自分でシオンに話を振っておきながら、その答えに戸惑ってきょとんとしてるわ。

 一方、シオンはそんな様子を気にすることなく、さらに答えてるけど。

 

「ええ。チーム〈アクルックス〉の先輩が破ってきた方たちは、どなたも凄い方ばかりです。若輩者である私をそんな皆さんと同列の扱いをしていただいている、というわけですから」

「なるほど。それで光栄、ってワケですか?」

「はい」

 

 笑顔で答えたシオンは、「でも……」と続ける。

 

「幸運でもある、と思っております」

「……そのココロは?」

「私のトレーナーは、その先輩方に“驚きの勝利”をもたらしてきた《ビックリ箱(ジャック・イン・ザ・ボックス)》乾井 備丈ですから」

「対策も万全、というわけですか」

 

 記者の問いには答えず、笑顔のみを浮かべるシオン。

 すると記者は──

 

「なんて言われてますけど、どない思います? ロンマンガン」

「──は?」

 

 話振られると思ってなかったから、思わず変な声出たわ。

 あ~、もう。他にたくさんウマ娘いるんだから、そっちに振って欲しいわ。

 気を取り直して頭を回転させて……

 

「ま、やりにくいのは確かッスね。自牌(手の内)を見られてるようなものですし。ホントやりづらいわ……と言っても、そんな不利な中でも勝ちは諦めませんけど」

 

 肩をすくめつつ、視線を周囲に巡らせ──

 

「他の強そうな皆さんも大勢いるわけですし。シオンだけ見てるわけにはいきませんから」

 

 そう言って、隣にいたロベルトダッシュに「ねぇ? そうでしょ?」と話を振ってやる。

 こっちとしてはもうこれ以上、答えたくないんだわ。それにあっしみたいな弱小マイナーウマ娘の話なんて誰も聞きたくないでしょ。

 あとは話が上手そうなのに任せとけば間違いないし。

 

「なんでこっちに振るんや……」

 

 案の定、小声で文句を言ってきたけど、涼しい顔で笑顔を浮かべてあげたら、仕方ないと不満そうにしながらも話を継いでくれた。

 あとは任せてオラシオンをチラッと見た。

 相変わらず場慣れした様子で、澄ました顔のままインタビューの流れを見てる。

 

(そういうところは、さすが元社長令嬢だわ)

 

 もちろんGⅠレースがもう3度目で、慣れているというのもあるんでしょうけど。でもシオンの話だともっと前から似たような場の経験があったみたいだし。

 やっぱりあっしなんかとは持っているものが違う──からこそ、下克上ってのをやってみたくなるわけよ。

 そして、そんなオラシオンをジッと見つめる影がいるのに気がつく。

 彼女はあっしやオラシオンと同じ列に入ってる──つまりは出走メンバーの一人。

 

(アップショット……意外と執念深いヤツだったのね、アンタ)

 

 ちょっと呆れながら、彼女を見てしまう。

 ピアリスには話したけど、彼女が皐月賞のゴール後にオラシオンに絡んでいた……というのは、実は他のウマ娘から聞いた話。

 あっしも中山レース場にはいたけど、スタンドからは遠目だったから何か話してるのは分かったけど、詳しくはわからなかった。

 ……で、あのレースに出てたヤツが話しきたのを聞いたんだわ。

 

(気持ちは分からないでもないけど、アレをやっちゃったらお仕舞いだわ……ま、彼女自身、本当は後悔してるんだろうけど)

 

 アップショットも本当は根がいいウマ娘だってのは知ってるし。

 思わず言っちゃって、引っ込みつかなくなってるのもあるんだろうけど……でも、負けたくないと言う気持ちに嘘偽りはないでしょうし。

 とにかくこのレース(ダービー)が終わるまでは、今の態度を変えられないでしょうね。

 

(まったく、難儀なヤツ……)

 

 彼女を横目に見ながら、小さくため息をついた。

 そして……気がつけば、インタビューはとっくに終わっていた。

 

 ──ちょっとロベルトダッシュの視線が痛かったけど。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ダービーに特別な思いを抱かない関係者はいないだろう。

 トレーナーであれば、いつかは担当しているウマ娘にダービーを制覇させたいと思うもの。

 師匠もそう言っていたし、東条先輩はそれを有言実行した。

 

 ──だがオレは縁がないだろうと思っていた。

 

 もちろん最初から諦めていたわけじゃない。

 むしろ最初につまづいたから諦めてしまった、という心理的なものが大きい。

 ……オレは今のチームよりも前に、クラシックレースである皐月賞のトライアルの重賞に未出走のウマ娘を走らせるということをしてしまった。

 

(あの時は、担当のウマ娘をどうやってレースで走らせて現実を見せることしか頭になかった……)

 

 奮起を促そうとしたのだが、結果は逆効果。あまりの結果に彼女は競走の道を諦めた。

 そしてオレはといえば、視野が狭くなっていたのに気づいていなかった。

 クラシックレースを侮辱するような行為だったことに思い至り、激しく後悔して──あまりにも申し訳が立たず、クラシックレースに関わることはできないとさえ考えた。

 

(そして幸いというべきかどうか分からんが……)

 

 その後、今のチームを結成したときの唯一のウマ娘は、ダービーやらオークスに出走できるころにはデビューのめどさえ立っていないような有様で、デビューできたのは菊花賞の前の週。おかげでクラシックレースにはかすりさえもしない。

 そんな彼女を担当したのもあって、オレはダービーどころかクラシックレースにさえ縁がないと思っていたし、先の事情からそのことにホッとしていたのも間違いない。

 それ以外の〈アクルックス〉所属のウマ娘たちも無縁だった。レッツゴーターキンは菊花賞に出ていたがそれはオレが担当する前の話だった。競走からその支援に回ったミラクルバードもクラシック三冠に挑んでこそいるが、初戦で躓いてそれ以後の機会を永久に失っている。

 

(だが、オラシオンは……)

 

 彼女を担当し、その実力を知る内にオレは覚悟を決めなければならなかった。

 間違いなく、一流ウマ娘になれる器だと思えたからだ。

 オレが今まで担当してきたような晩成型の遅咲きウマ娘たちと違い、クラシックレースに挑戦することになる──そう思うと過去の過ちが頭をもたげてくる。

 

(オレの都合で、彼女の道を閉ざすわけにはいかない!)

 

 どんな批判も受ける覚悟で、クラシックレースを目指すことを決めた。

 幸いなことに──オラシオンの高い実力は万人が認めるところとなり、オレを批判する声はほぼ無かった。

 こうしていよいよ、クラシックレースの山場であるダービーを迎えることになった。

 

(オラシオンだけでなく、もう一人……ロンマンガンが出走するまでに成績を積み重ねることができたのはうれしい誤算だったが)

 

 だが──同時に困惑もしていた。

 今では複数のメンバーを抱えるようになった〈アクルックス(我がチーム)〉だが、同じレースにチームメンバーが2人以上走るのは初めてのことだったからだ。

 

「まさかそれが、ダービーになるなんてな……」

 

 満員になった東京レース場の観客席の最前列。

 チーム関係者が優先的に場所をとれるそこでオレは、ポツリとため息をつくと……

 

「そんなチーム、なかなか無いわよ」

 

 横からそんな声がかかった。

 そちらへ視線を向けると──

 

「巽見……」

「今日は……いえ、今日こそ負けないわよ」

 

 勝ち気に不敵な笑みを浮かべる彼女──巽見 涼子はダービーに出走するロベルトダッシュのトレーナー。

 三冠の1戦目である皐月賞ですでに対決しており、ロベルトダッシュは5着だった。

 

「クラシックGⅠ制覇トレーナーって意味では、そっちの方が大先輩だからな。お手柔らかに頼む」

 

 彼女が担当したウマ娘で、クラシック三冠でこそないが、トリプルティアラの一冠であるオークスを制した者がいる。

 ただし、それは数年前。

 しかしその後の実績が無いのは、単にあるチームのサブトレーナーである彼女がそのウマ娘以降に担当を持たなかっただけだ──とオレは思っている。

 もしも担当したウマ娘がいれば、きっと立派な成績を残していたはずだ、とも。

 

「……お手柔らかにやって勝てる相手なら考えなくもないけど、どう見ても違うじゃないの」

 

 呆れた顔──少し怒気さえも含んでオレをジトッと睨んでくる巽見。

 

「それどころか、出る必要のないGⅡに出て推薦枠削って、チームメイト(お仲間)の援護射撃するほど余裕なようで……」

「そんなわけないし……お前だってそうは思ってないだろ?」

 

 ロンマンガンが出走権を得たことで、世間ではそんなことをまことしやかに言われている。

 だが実際のところは、ロンマンガンは過去にも多くの勝者がダービーへと駒を進めている若草ステークスで結果を残している。その実績を見ればギリギリだったとは思えない。

 それに巽見のことだから、オラシオンがどうしてNHK杯に出たのかという理由に気づいているはずだった。

 

「さぁ? そうかもしれないわよ? でも……少なくともあのトレーナーはそう思ってるみたいだけど」

 

 一度は苦笑を浮かべたものの、一瞬だけ鋭い目になって彼女がチラッと見たのは──〈ポルックス〉のトレーナーだった。

 オレ──というよりは担当のダイユウサク──とは因縁のチームである〈ポルックス〉だが、今回のダービーには所属しているセントホウヤが出走している。

 そのために、この辺りにいるわけだが──こちらをチラチラと様子をうかがっていた。

 そしてオレの視線に気づくと意味ありげにニヤリと笑っていたが……大方、オラシオンが中二週なのに対して、セントホウヤは皐月賞から充分に休養を取れたので、もう勝ったつもりなのだろう。

 そんな早計に、オレはもちろん巽見さえも呆れている様子だった。

 

(オラシオンを気にする暇があったら、自分のセントホウヤをもっとよく見たらどうだ?)

 

 オレは心の底からそう言いたい。

 セントホウヤは間違いなく才能あふれる良いウマ娘だ。だが調整と出走計画の無さが酷すぎて台無しにしている。

 ジュニア期の早期にデビューするのは良いが、秋までに使いすぎてジュニアのGⅠにさえ出てこられなかった。

 皐月賞トライアルのスプリングステークスにはぶっつけ本番で挑み、そこで無敗を破られたオラシオンを過剰に意識して、皐月賞では過剰なトレーニングでさらに調子を落としている。

 

(別のトレーナー……それこそ巽見みたいなのが育てていたら怖い存在だった)

 

 アイツはきちんとウマ娘に向かい合うし、ウマ娘が気負って過剰鍛錬(オーバーワーク)になりそうでもしっかり止められる。

 

(今、担当しているのロベルトダッシュは、見ている限りそういうのが自制できるタイプだから、その必要はなさそうだけどな)

 

 そういう意味では巽見に手間をかけさせないウマ娘なのだろう、ロベルトダッシュは。

 

「噂の出所、アイツかもしれないな」

「そうね。貴方のこと、恨んでいるでしょうしね」

「……オレを? なんで?」

「姉弟子を地方に左遷(トバ)したのはどこの誰よ? 先輩とダイユウサクでしょ?」

「どちらかといえばあの人のことは目の上のタンコブだったんじゃないのか? ライバルチームだったんだし、とうてい仲良さそうには思えなかったぞ?」

「でも、そのおかげで引退した先代が戻ってきて好き勝手できなくなってたみたいだから、やっぱり恨んでいるんじゃないの?」

「う~ん……」

 

 巽見の言葉にオレが腕を組んで悩む。

 すると──オレと巽見の両脇で「「コホン!」」と咳払いが起きた。

 見ればオレのことをダイユウサクが、巽見のことをコスモドリームがジト目で睨んでいる。

 

「アンタ達、なに親しげに話してんのよ……」

「涼子さん! 乾井トレーナーと仲がいいのは良いけど、今日は敵なんだよ!」

「仲がよくて良いワケ無いでしょ! ()チームなんだから!」

 

 そんな“敵”認定にコスモドリームがちょっと悲しそうな顔をして、ダイユウサクがそれに慌てて……そうこうしている間に、走路には出走するメンバーが姿を現し始めていた。

 

「「……………………」」」

 

 オレは何気なく、巽見を見る。

 彼女もオレを何気なく見たので目が合い……そしてどちらからともなく、距離を取った。

 

 ──同じ場所でこのレースを見るわけにはいかない。

 

 そのケジメだけはつけなければいけなかった。

 少なくとも、このレースが終わるまでは、アイツとオレは同じ場所にいるわけにはいかない。

 オレはオラシオンとロンマンガンのトレーナーであり、アイツはロベルトダッシュのトレーナーなのだから。

 




◆解説◆

【前夜】
・今回のタイトル、ロンマンガン回扱いで、麻雀アニメの『咲-Saki-』の8話タイトルから。
・……ちょうどいいタイトルがあってよかった。

眼鏡をかけた記者
・第一章からちょくちょく出ている、『シンデレラグレイ』の記者、藤井 泉介。
・というか、ウマ娘で出てくる新聞記者って藤井記者か乙名史記者くらいしかいませんし。


※次回の更新は10月18日の予定です。  

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。