見えぬ輝きの最南星《アクルックス》   作:ヤットキ 夕一

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 チーム《カストル》が解体され、その在籍メンバーは一人を除きチーム《ポルックス》が引き受けることとなった。
 もっとも、それを嫌がって他のチームへと移籍したものもいたが。
 とはいえ、そんな《カストル()》の末路を見た《ポルックス()》は、姿勢を正し、まともなチームへと戻っていくことになる。

 そして──その除かれた“一人”はといえば…………




第15R 大結成! 新チーム、その名は──

 アタシは、また無所属に戻った。

 仕方ないわよね。だって、在籍していたチームは解散させられたわけだし。かといってその原因になったアタシが、合流先である《ポルックス》へ行くわけにはいかないもの。

 さすがに、そんな“鋼の意志(メンタル)”は持ち合わせてないわよ。

 なにより──アタシはここ数日、練習さえしてないわ。

 一応、ドクターストップってことになるのかしら?

 練習を医者に止められたんだけど──さすがに入学からここまで毎日のようにしていたから走らないことに不安があるけどね。

 

 でも、ちょうど良かったのかもしれない。

 もう……アタシは自分が走る意味を見つけられなかったから。

 二度走って、二度ともタイムオーバー負け。そんなアタシが走る意味なんてある?

 

(それよりも、ベルノみたいに……)

 

 アタシの身近にいるウマ娘のベルノライト。

 彼女は自分の夢をオグリキャップという親友に託して、全力でサポートしている。

 そしてアタシの傍らには、今年のオークスを制したスゴい従姉妹がいる。

 自分の能力(ちから)を客観的に冷静に見れば、彼女のサポートに全力を尽くして夢を託す方が、良い。

 アタシの気持ちはそっちへ傾いていた。

 

 そんなアタシの(もと)へ──ある人がやってきた。

 

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 

「調子はどうだ?」

 

 オレは、放課後の学園内を散々に探し回って、やっとグラウンドの片隅にいる彼女を見つけた。

 ダイユウサク──今、学園内では密かに話題になっている彼女。

 普段の学園なら注目を浴びるのはレースで好成績を残したり記録を達成したりしするのが原因だが、彼女の場合は違う。一つのチームが問題を起こして解体され、その被害者だったことで注目を浴びているのだ。

 

「……えっと、アナタは…………」

 

 こちらを振り向いた彼女に、オレは名乗る。

 長く伸びた鹿毛の茶髪。それを後ろに流しているので、おでこが強調された髪型になっている。

 オレの名前を聞いた彼女は、すぐに興味を失ったように、視線をグラウンドへと戻した。

 コースになっているそこは、数人のウマ娘達がトレーニングをしている。

 それをどこか羨ましそうに見ている──とオレの目には見えた。

 

「──あのときは、ありがとうございました」

「ん? あのとき?」

「はい。福島ではお世話になったのに、今までお礼を言うこともできなくて……」

「ああ、アレか。気にするなよ。オレが好きでやったことだし」

「でもアタシの宿泊のせいでお金が──」

「それも後できっちり、経費として学園から受け取ったさ。安心しろ」

 

 オレが答えると、「そうですか……」とダイユウサクはグラウンドを見つめたままつぶやいた。

 

「──むしろ金があったらオレも宿泊していただろうから、追いつめられたのはオレ達だったかもな」

 

 オレは「金がなくて助かったわ」と言って、思わず笑う。

 するとダイユウサクも思わず吹き出して笑っていた。

 ああ、コイツ……意外と笑うと愛嬌があるんだな。初めて会ったあの日はそりゃあもう酷い顔色だったし、福島でも蒼白だったからな。

 諮問委員会のときも緊張でそんな余裕無かったからなぁ。笑顔なんて初めて見たわ。

 

「……うらやましいか?」

 

 グラウンドを見つめるダイユウサクに、話を変えようと尋ねる。

 すると──彼女は複雑そうな表情になった。

 

「うらやましいというよりは、落ち着かない感じ。今まで入学してからずっと続けてきたトレーニングを突然止められたから。しかも、体は……健康なのに」

 

 そう言って彼女は視線を落とす。見ているのは自分の足だった。

 それで思い出す。ダイユウサクの寮でのルームメイト、コスモドリームは現在、骨折して治療中だったはずだ。それに、同級生には負傷中のメジロアルダンもいる。

 彼女たちのことを考えると、怪我もしていない自分が練習できないのは、申し訳なさを感じているのかもしれない。

 

「体調は戻ったのか?」

「ええ。ほとんど。最近めっきり走ってないから疲れもとれて、体のだるさはもちろん熱もなし。まだ、たまに“ソエ”が出ることもあるけど、それはもう仕方がないから……」

 

 成長過程であれば仕方がないことでもあるので、そこまで酷くなければそれだけを原因に練習のドクターストップがかかることはあり得ない。

 

「なら、医者はなぜ……」

 

 オレの問いに、彼女は自嘲的な苦笑を浮かべた。

 

「諮問委員会からの聴取直後──アタシが行った病院は心療内科でしたから。トレーナーからのハラスメントで、心に過剰なストレスがかかっていた、って診断されて──」

「そうか……」

 

 ストレスになる要因──過剰なトレーニングを課されていた、と判断されて、それを遠ざけたのだろう。

 でも──オレの目には、トレーニング……いや、走ることを彼女(ウマ娘)から奪うことが正解のようにはどうしても思えなかった。

 なにより、グラウンドを見つめる彼女は走りたがっているように見えた。

 

「なぁ……トレーニングはダメでも、走るのはいいんじゃないのか?」

「──え?」

 

 まるで思いもしなかった、という表情でオレを見るダイユウサク。

 

「で、でも……この時間、みんな練習中だし──」

「かもな。でも、休憩がてら走ってる連中もいるみたいだぞ?」

 

 走ることが生き甲斐と本能に植え付けられたウマ娘たち。

 彼女たちにとって走ることはリラックスでもあるのかもしれない。

 じゃれるように二人のウマ娘がコースを楽に走っている姿が見えた。

 そんな姿を見ながら──傍らのウマ娘はため息混じりにつぶやいた。

 

「──実は、もう……アタシ、諦めようかなって」

「諦める? 走るのをか?」

「はい。競走は諦めて……コスモの、コスモドリームのサポートをするために転科申請しようかなって思ってるんです」

 

 相変わらずグラウンドを見ながら言う彼女を、オレは驚いて見ていた。

 どこか悟ったような──穏やかな表情で、他の走っているウマ娘たちを眺めているダイユウサク。

 

「一応、話したんですけど保留されちゃって…………」

「だろうな」

 

 心療内科で診断を受けて、トレーニングを止めているという話を聞いていたので、オレはそう思った。

 過剰なストレスで心が弱っているために、正常な判断力を失っていると判断されているのだろう。

 そんな正常ではない心理状態で、人生の大きな決断を下すのは失敗の素だ。

 だからこそ──もう少し症状が落ち着いてから、ゆっくりと判断させるつもりだという医師の方針が見えた。

 

「そんなに焦って決めるな、って言われたんだろ?」

「ええ、そうだけど……なんで知ってるの?」

「まぁ……オレも前に、言われたことがあったからな。トレーナー辞めるって言って……」

「へぇ……でも、なんで?」

「いろいろあったんだよ。イヤなことが……」

 

 オレが誤魔化すと、ダイユウサクも興味を失ったのかそれ以上は聞いてこなかった。

 二人でグラウンドを眺め──オレは、ふと思いついて提案した。

 

「あの二人に混じって……走ってみないか?」

 

 グラウンドではさっきのじゃれ合うように走っていた二人が、足を止めてなにか話をしているところだった。

 その様子から、また近いうちに走り出しそうな雰囲気がある。といっても、トレーニングとは違う、同じように“遊び”の走りだろう。

 

「………………………………うん

 

 オレの言葉に、ダイユウサクは、戸惑い、躊躇い、葛藤し……やがて遠慮がちに小さく、うなずいた。

 

「よし、わかった」

 

 その姿にオレは微笑を浮かべ、彼女から離れて二人の下へと動いた。

 二人のウマ娘を、オレは偶然にも知っていた。

 担当しているウマ娘がいないからこそ、担当させてくれる可能性を求めて、いろんなウマ娘のデータを集めていたからだ。

 そんな一方的に知っているウマ娘相手に、オレは「軽くでいいから、併せて走ってもらえないか?」と頼み込んだ。

 訝しがった彼女たちだったが、「遊び感覚でいいから」というオレの説明で、それなら……と受けてくれた。

 話をまとめ、オレはダイユウサクの下へと向かう。

 そして承諾を得たことを説明し──

 

「準備運動だけは、ちゃんとな」

「もちろんよ」

 

 膝の屈伸を始めたダイユウサク。

 オレが話をつけた二人も、体を動かしながら待ってくれて──やがて、3人は走り出した。

 

「……ハハ、やっぱり走りたいんじゃないか。アイツ……」

 

 走るダイユウサクは笑顔だった。

 楽しそうなその姿は、走ることが好きで好きでたまらないといった様子。

 それはウマ娘の本能としては当然のことなのかもしれない……と思ったオレだったが──

 

「………………ん?」

 

 様子がおかしいことに気がついた。

 だたしそれはダイユウサクではない。彼女は相変わらず楽しそうに走っている。

 問題は──併せで走っている他の二人だ。

 彼女たちはダイユウサクよりも後ろを走っている。トレーニングの休憩中だったし、遊び感覚で、と話をしていたから、それに疑問は思わなかったんだが──その表情が、変わっていた。

 完全に目の色が変わって、ガチの併せの走りになっていたのだ。

 

「お、おい……」

 

 オレはさすがに焦った。彼女たちの練習の邪魔をする気は毛頭無かったからだ。

 ただ、ダイユウサクの好きに走らせてやりたかったからだったんだが──ダイユウサクもまた、走りが真剣なそれになっていた。

 ただし──まだ勝ち気な笑顔を浮かべたまま走るほどに余裕があり、一方で他の二人はそんな余裕があるようには見えない。

 

「なんで、だ? こんなの……とてもタイムオーバーするようなヤツじゃないだろ……」

 

 なぜなら、その併せで走っている二人はデビュー前とか未勝利なんかじゃない。

 とっくにデビューして勝利しているし、決して弱いウマ娘じゃないはずだ。

 なのに、その二人を──完全に子供扱いして走っているじゃないか。

 

(アイツ……すごく“走る”ぞ。なんでこんな……)

 

 こんなウマ娘が、なんでデビューから2連続でタイムオーバーしたんだ?

 考えられるとすれば──

 

(どっちも体調が悪すぎて、実力を発揮するどころじゃなかったってことか!?)

 

 まだソエが出ている様子もある。でも、もしもそれが終われば──化けるんじゃないか!?

 オレが唖然としながら眺めている間に、3人の“遊び”は終わった。

 息を整えながらダイユウサクは他の二人に頭を下げて礼を言い、戻ってくる。

 汗を拭いながら、とても良い笑顔を浮かべて戻ってきたダイユウサクは──オレの様子を見て怪訝そうな顔になった。

 

「……どうしたの?」

「お前……競走、やめるのか?」

「え、ええ……そのつもりですけど…………」

「……頼む。やめないでくれ」

「は……?」

 

 戸惑うダイユウサクに──オレは思わずその場で土下座していた。

 

「頼む! やめないでくれ!!」

「は!? ちょ、ちょっといきなりなにを──」

「お前の才能は、こんなもんじゃない! 絶対に伸びるはずだ。やめるなんて勿体ない!!」

「え? えっと、わかった。わかりましたから! 土下座とかマジでやめて──」

 

 オレはバッと顔を上げ、そのままサッと立ち上がる。

 そして彼女の手を思わず掴み、胸の前で両手で握りしめた。

 

「本当か!? 本当にやめないのか!?」

「──ッ!? と、突然なにを──」

「やめないな!? 絶対にやめないんだな? なら──」

 

 顔を真っ赤にして戸惑っている彼女に向かってオレは──

 

「オレを、お前のトレーナーにしてくれ!」

 

 彼女に向かってそう言っていた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──実のところ、オレは、学園からとあることを頼まれていた。

 それは少し前に、理事長室に呼ばれたことが発端だったんだが……

 

「歓迎ッ! よく来てくれた、乾井(いぬい)トレーナー!」

 

 長い髪の上におしゃれな帽子を被った、どうみても幼女にしか見えないその人は、バッと扇子を広げてそう言った。

 その帽子の上に乗っかった黒い猫が「ナァー」とあくびのように鳴く。

 彼女の傍らには緑の帽子に緑のスーツを着た秘書の駿川たづなさんが微笑んで立っていた。

 その微笑みにオレも笑みを浮かべ、視線は彼女に釘付けに──

 

「傾聴ッ!! ちゃんと私の話をききたまえ!」

 

 学園理事長──秋川やよいに注意される。

 

「はい。ちゃんと聞いてますけど……今日はいったい何の用事でしょうか? オレ……いや、私みたいなトレーナーに……」

 

 自慢ではないが、決して成績優秀とはいえない──どころか、ぶっちぎりの最下級トレーナーであるオレ。

 なにしろ現在、担当しているウマ娘もなければ、担当していたウマ娘が勝利したこともない。

 担当した経験だってたった一人という有様なのだ。

 それが学園長直々に呼ばれたということは──

 

(あ、解雇(クビ)か……)

 

 最悪の結末が頭をよぎった。

 案の定、学園長はすまなさそうな顔になってオレに頭を下げた。

 

「陳謝……キミには本当に申し訳ないことをした──」

「……あぁ、やっぱり…………」

「──あの件で、非常に肩身の狭い思いをさせてしまって……」

 

「──ん?」

 

 なんか話がかみ合わないな。

 とにかく、学園長の話を聞こう。

 

「そ・こ・で、今回、汚名返上の機会を与えることになった」

「汚名、返上……ですか?」

「うむ! キミには、チームを持ってもらう」

「──はい?」

 

 突然、このちびっ子は何を言い出すんだろうか。

 という思いが顔に出たのか、学園長は不機嫌そうな顔になる。

 

「不敬ッ! なにか失礼なことを考えていたのではないか!?」

「──ッ、滅相もありません。というか……今の話、本当ですか? なんで突然、オレがチームだなんて……」

 

 オレが訝しがると、理事長秘書のたづなさんが一歩進み出て、説明をしてくれる。

 

「今回の騒動で、チームが一つ減ったのはご存じですよね?」

「そりゃあまぁ。オレが原因の一助でもあったわけですから……」

「はい、そうなんです。ですので、チームを増やす枠ができた、ということでもありまして。ただ……」

 

 たづなさんは歯切れ悪く言いよどみ、チラッと理事長を見る。

 すると彼女は「うむ」とうなずいて、説明を引き継いだ。

 

「条件ッ! キミがチームを新設するにあたり、どうしても呑んで欲しいことがある。それが満たせない場合には──結成は許可できない!」

「……なるほど、やっぱり世の中甘くないですね」

 

 オレがため息をつくと、理事長は少し慌ててとりなしてきた。

 

「そんなに難しい条件ではない! あのウマ娘──ダイユウサクをメンバーに入れて欲しいのだ」

「ダイユウサク? あの、福島でオレが保護した?」

「うむ!」

 

 理事長が満足げにうなずいてバッと扇子を広げる。そこには“正解ッ!”の文字が書かれていた。

 代わりにたづなが説明する。

 

「実は……解散になった《カストル》のメンバーは他チームへの移籍がまとまらなければ、そのまま《ポルックス》の所属になります。元は同じチームでしたし、今後の遺恨を絶つためにそのようにしたのですが……」

「なるほど。このままだと、元凶になったダイユウサク(アイツ)も《ポルックス》所属になっちまう、と……」

 

 オレが言うと、理事長は再び「うむ!」と言って扇子を開き、“正解ッ!”の文字を見せる。

 元《カストル》のメンバーは、当然、ダイユウサクを恨んでいる可能性が高い。

 また《ポルックス》のメンバーからも、チーム内での競争を激化させた、と恨まれる可能性もある。

 いずれにしても居心地が良いわけがない。

 競走を続けようとすればチームに入るしかないが、もともとアイツは実力が無くてどこのチームからも誘われていなかったんだから、他のチームからの勧誘も絶望的だ。

 まして、こんな騒ぎになっちまってるし。おまけにデビュー後の2戦の結果はあの有様だからな。

 

(オレなら、もうタイムオーバーなんて不名誉にならねえから、その辺りも考慮されたのか?)

 

 少しだけ自虐的な、意地の悪い考えが頭に浮かぶ。

 オレが今まで唯一面倒を見たウマ娘も、ぶっちぎりのタイムオーバーをやったしな。

 

「もちろん、彼女を《ポルックス》に所属させるわけにはいきません。ただ、今はショックを受けていますから、ひょっとしたら……」

 

 たづなさんはそう言って心配そうに表情を曇らせた。

 確かに、今の彼女はだいぶショックを受けているだろう。

 まずは2戦続けてのタイムオーバーという結果、しかもデビュー戦から続けてだからタイムオーバーしかしていないことになる。

 そして信じていたトレーナーに裏切られたこと。勧誘時のことがバレても素直に謝罪していればまだ傷は浅かったのに、こともあろうかあのトレーナーは諮問委員会で悪足掻きをした。

 それがさらに彼女を傷つけている。

 

「傷心……走るのをやめてしまうかもしれん。彼女のためにも、それは止めたいのだ。万全な状況で走って諦めるのならともかく、そうでないのにやめてしまっては、まだ若いのに人生に悔いが残るに違いない」

「はい。私もそう思います。一応、地方への転校や障害競走(レース)科への転科も視野に入れていますけど……やっぱり、一度は納得できる形で中央(トゥインクル・シリーズ)を走らせてあげたいとおもいます。ですから──」

 

 たづなさんがオレにグッと近づいてきた。

 

「ぜひ彼女を、あなたがもう一度そのスタートラインに立たせてあげてください。お願いします」

「はい! お任せくださいッ!!」

 

 ──オレは気がつけば即答していた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 突然、そのトレーナーはアタシに言ったわ。

 

「オレを、お前のトレーナーにしてくれ!」

 

 直前に、アタシに急に「競走をやめないでくれ」って土下座してきたかと思ったら──いったい何なのよ!?

 しかも……アタシの……両手をギュッて、握りしめて、ホントに──

 顔が熱くなるのを自覚しながら、アタシは慌ててその手を振り払った。

 

「にゃ、にゃんにゃのよ! いったい!!」

 

 いや、まったく──危ないところだった。

 気が動転して呂律が回らなくなっていたわ。

 スー、ハー、と大きく深呼吸して、アタシはポツリとつぶやいた。

 

 

「……なんで…………」

 

 それを聞き咎めたトレーナーは首を傾げる。

 

「うん?」

「なんで……こんなタイミングで、言い出すのよ……」

「タイミングって、言われてもな……」

「アタシが以前、その言葉をかけられるのを、どれだけ夢見たか……わかる?」

 

 ただひたすらに練習に励んでいた一年だったし、その後も全然声がかからず──アタシはそれを続けるしかなかった。

 そして待ち望んでいたそれは──アッサリと裏切られた。

 

「だから、あきらめたのに。あきらめるって決めたのに……なんで、迷わすようなことをするのよ!?」

「──お前の力なら中央(トゥインクルシリーズ)で通じると思ったからだ。お前の走りを見て──ここで諦めるのはもったいないって思ったからだ」

「そんなの……だってアタシ、2回走って2回ともタイムオーバーよ? 通じるわけないじゃないの!!」

「現に今、あのウマ娘たちと走れただろ!?」

「あんなの……真剣な走りじゃないもの! お互いに遊びで走っただけよ!」

「お前はそうだったかもしれないけど、相手はそうじゃなかったように、オレには見えたけどな」

「気のせいでしょ、そんなの……」

「なら、呼んで確かめてくるか?」

「やめてよ……確かめたところで、アンタの仕込みとしか思えないもの。あの二人を選んだのだって、アンタだったんだし……」

 

 アタシは、自分の声が震えているのが分かった。

 対してトレーナーは、参ったと言わんばかりに、頭を掻いている。

 

「……とにかく、もう決めたのよ。アタシはもう、走らないって──」

「そうか?」

「ええ、そうよ! 絶対に、もう走らない──」

「後悔は、ないのか? 二度走ったと言ったって、あんな体調だったんだぞ? 万全な体調で走れば、結果は違っていたかもしれない」

「たとえそうだとしても──ペナルティが明けるころには、未勝利戦だってもう無いわ!」

 

 二戦目のタイムオーバーは罰則(ペナルティ)の対象になって、アタシは1ヶ月間の出走停止になってる。

 そもそも──こんな練習も止められているような状態じゃ、年内でさえ走ることなんて無理よ。

 

「もうアタシの競走は……終わったのよ」

「本当に、そう思ってんのか!?」

「──くどい!」

 

 アタシが叫ぶと──

 

「なら、お前……………………なんで、涙流してるんだよ?」

 

「──え?」

 

 彼に指摘されて、アタシはやっと気がついた。

 自分の両目からは、涙がとめどなく溢れていることに。

 

「──本当は、諦めたくないからだろ!?」

「違う! そんなことない……」

「諦めて、どうする? なにをするんだよ?」

「さっき言ったでしょ! コスモのサポートをするのよ!!」

「すでにシニアになろうとしてるヤツのサポートを、ド素人で何の知識もないお前が今から勉強して間に合うわけないだろ」

「なら、後輩の誰かの──」

「そんなの、お前が競走で燃え尽きてからでも、いいだろうがッ!!」

 

「──ッ!?」

 

 トレーナーの強い口調に、アタシは思わず驚く。

 そんなアタシの様子を見て、彼も悪いと思ったのか、冷静さを取り戻してゆっくりと話し出す。

 

「……半年だ」

「なにが?」

「オレに半年だけ、時間をくれ。そうしたらお前を誰にも負けないウマ娘にしてやれる」

「なッ……誰にも負けないって──そんなのできるわけがないわ!」

 

 アタシの言葉に、トレーナーは首を横に振る。

 

「いいや、そんなことはない。あの日、倒れかけたお前を支えて、体に触れたときに素質は感じた。で、さっきの走りを見て確信したんだよ」

「……アタシはたった今、アンタが変態だって確信したわ」

 

 思わずジト目で見てしまう。

 するとトレーナーは焦った様子でワタワタし始めた。

 

「なッ──そんな邪な考えなんて、欠片も無かったわ!」

「どうだか……そもそも、そう言って口説き回ってるんじゃないのかしら?」

「あのなぁ、もしもオレが邪な目でお前を見てたら、福島で同じ部屋に泊まってただろ!」

 

 う……それは確かにそうかもしれないけど。

 説得力ある、かしら?

 

「……だいたい、オレの好みはそんなじゃねえよ! たづなさんみたいになってから言えっての!」

 

 納得しかけていたアタシ。でも、そう言ってトレーナーはアタシの体を見て、鼻で笑った。

 さすがにそれにはアタシもカチンとくる。

 

「なッ──んですってぇ!? 最低ね、アンタ──」

 

 くってかかろうとするアタシの機先を制して、彼は真剣な目になってさらに続ける。

 

「だから! お前の体は、今まで未完成だったってことだぞ、それは!! 諦めるにしても──完成した自分を見届けてからでも……別の道に進むのはそれからでも遅くはないだろ?」

「う……」

 

 話の持って行き方がズルいわ。

 確かに──コスモのサポートをするのはたぶんもう間に合わない。コスモには、きちんとトレーナーもついてるし、チームのバックアップもあるんだから、アタシの入る余地なんてない。

 なら──急いでそっちの道に進む必要も、ない……わね。

 アタシは冷静になった頭で、その結論に達し──

 

「いいわ、その口車、乗ってやろうじゃないの。半年だけ──付き合ってあげる」

 

 でもさっきの言葉は忘れない。

 怒りを抑えながら、トレーナーに向かってそう言ったわ。

 すると──

 

「そうか……決めてくれたか! ありがとう!!」

 

 トレーナーは相好を崩して、そしてアタシに頭を下げた。

 今にも万歳でもしそうなほどに歓喜しているその姿を見たら──なんか、いいことした気分になってきたわ。

 あれ? でもたしか、このトレーナーって──

 

「アンタ、担当してるウマ娘はいないって言ってなかった?」

「ああ。いないぞ」

「え? でも、それならチームは……」

「新しいチームを作る。学園からその許可はもらっている」

 

 なんか、ずいぶんと用意周到で、少しキナ臭い感じがするけど──ま、いいわ。

 どうせもう諦めた競走人生ですもの。なにが起きても別にかまわないわよ、もう。

 アタシは投げやりとは違う、どこか達観したような気持ちになっていた。

 

「で、チーム名はどうするの? 所属ウマ娘はアタシ一人しかいないけど」

「そうだな……いきなり二戦連続でタイムオーバーするようなウマ娘しかいない、誰からも光らないと諦められているチームだからな……」

「あのねぇ……あそこまで人を持ち上げといて、ここでそんなに落とすことないでしょ!?」

 

 アタシが恨みがましい目で睨むと、彼は「ハハハ……」と軽い感じで笑って受け流した。

 

「いきなりタイムオーバーのペナルティっていう十字架背負わされたオレたちに相応しい星は──これしかないだろ」

 

 彼はスマホを操作して、とある星の情報をアタシに示す。

 それは──

 

南の十字架(サザンクロス)を形作る星の一つにして、この日本のどのレース場からも目にすることさえできない、輝き見えぬ一等星──」

 

 彼は厳かに、その星の名前を言った。

 

 

「──“最南星(アクルックス)”」

 

 

「アク、ルックス……?」

「ああ。天の南極にもっとも近くで、強く明るく輝く星だ……」

「なによそれ、まるで輝くな、って言われてるみたいじゃないの?」

「そんなことないさ。“デネブ”や“アルビレオ”の輝きなんてこの国じゃ珍しくも何ともないけど……見たことのない星が輝けば、みんな驚くだろ?」

 

 そう言って得意げに──そして楽しげに笑みを浮かべる彼。

 

 

「世間を──吃驚(ビックリ)させてやろうじゃないか」

 

 

 こうしてチーム《アクルックス》は、他の誰の目にも触れぬところで、静かに生まれたのよ。




◆解説◆

【新チーム、その名は──】
・いや、もうわかってるでしょ、もう……
・タイトルになってるし。

心に過剰なストレスがかかっていた
・前のトレーナーが勧誘した真相を聞いてしまったのが、心が壊れるきっかけでした。
・それまでもデビュー戦前からトレーナーにはあたられていたし、デビュー後はチームメイトからイジメられていたのですが……
・コスモとの和解という好材料もあったのですが、諮問委員会でトレーナーの本性を見せつけられたのがまたショックになってます。
・そのせいで心の病にかかり、体の医者ではなく心療内科にかかることになりました。

諦めようかな
・モデルになったダイユサクも、さすがにこの時期にデビューして2戦連続のタイムオーバーでは、引退して乗馬への転向等の道まで考えられていました。
・それでも使ってもらえたのは、2戦後から担当した当時は若手厩務員だった平田修調教師の努力と、調教師の内藤繁春氏の辛抱強さ、そして他の道がことごとく消えるという運がそろって、現役続行になったから。
・まさかここから、3億7682万4000円(生涯獲得賞金)も稼ぐと誰が予想したか。

併せで走っている二人
・この二人のウマ娘はピアドールとラッキーヤマト。
・平田修調教師(当時は厩務員)が担当になってから3頭で併せをしたら、ダイユウサクはこの2頭を子供扱いするほどの力を見せ、平田氏を驚かせたというエピソードがこのシーンの元ネタ。
・ピアドールは1985年4月19日生まれのダイユウサクと同い歳。生涯成績は30戦6勝で最後の方は障害で活躍したようです。この時点でこのウマ娘は10戦走って2勝を挙げている立派な戦績の持ち主。
・ラッキーヤマトは一つ年上の1984年4月20日生まれ。生涯成績25戦2勝ですが、やっぱりこのウマ娘もこのころまでに18戦(1勝)も走ってる大ベテラン。
・元馬はどちらも内藤厩舎だったのでダイユウサクと同じ熊沢騎手が乗っています。

秋川やよい
・中央トレセン学園の理事長で、長い明るい色の茶髪(栗毛)に前髪の一部が白く染まっている(星)、幼女という見た目。
・オシャレな白い帽子を常に被り、その上にはだいたい猫がのんびり休んでいる。
・その高い地位の割に意外とメディアミックス先では出番が少なく、今のところアニメでもシンデレラグレイでも出番はなく、ゲーム版でしか出てこない。
・彼女もたづなのように「常に帽子を被っていて頭頂部が確認できない」ことや「長い髪のせいで人の耳が確認できない」ことからウマ娘ではないか、という疑惑がある。
・そのモデル馬と言われているのはノーザンテースト。栗毛や星、さらには余生を過ごした先で野良猫と仲良くなったというエピソードから。
・またノーザンテーストはサラブレッドとして非常に小さかったと言われているので、あのような外見になったと思われる。
・ちなみにロリババアではなく、本当に若くして学園を継いだ少女らしい。

地方への転校や障害競走(レース)科への転科
・↑で触れた、ダイユウサクに考えられていた引退以外の転向の道。
・内藤調教師は障害レースへの転向を考えたが、母譲りの腰の悪さから危険と判断されて断念。
・馬主サイドから所有馬のある地方の愛知競馬への移籍の話が出るも、賞金をとっていないため不可。
・結果的には体の弱さと成績の悪さがこの後の大活躍をたぐりよせたという数奇な運命。

たづなさんみたいになってから言え
・乾井トレーナー、たづなさん好きすぎだろ。

最南星(アクルックス)
・21の一等星の一つであり、もっとも南に位置する(天の南極に近い)一等星。
・ちなみに太陽を抜かすと13番目に明るい恒星。
・全天でもっとも小さな星座である「南十字座」を構成する星の一つでもあり、みなみじゅうじ座α星という名前も持つ。
・“アクルックス(Acrux)”という名前も、実は単にα(アルファ) (Alpha) のア(A)と南十字座を表すクルックス (Crux) を組み合わせたというロマンの欠片もない由来。
・しかもそれが2016年7月20日に国際天文学連合に認められて正式名称になってしまった。
・……むしろそれまで正式名称が決まってなかったのが意外ですが。
・同じ時に南十字座の他の星も名前が決まったのですが──実は南十字座にはもう一つ一等星がありまして、β(ベータ)星なのでベクルクス……と思いきや、なぜか“ミモザ”という名前に!
(──ちなみにチーム《ミモザ》はアニメでその存在が劇中のポスターで確認されています)
・かと思ったら、二等星のγ(ガンマ)星は“ガクルクス”。
・にしておいてδ(デルタ)だからデクルクス──ではなくイマイ……もはやわけわからん。
・ちなみに南十字座にはもう一つ目立ちにくい四等星(ε(イプシロン)星)があるのですが……
・南十字座を国旗にも採用している国も多く、オーストラリア、サモア、ニュージーランド、パプアニューギニア、ブラジルあたりがそう。
・そのうち、ニュージーランドは目立たないε星が描かれていません。
・さらに……ブラジルに至っては、なぜか逆の位置(他の国は右側なのに左側にある)に。
・十字だから逆さの時の──かとも思ったんですけど、そうすると他の星の配置も変わるはずなのに……うん、やっぱり逆だわコレ。
・調べてみたらわざと反転させたそうな。だから他の星座も逆になっている、と。天球を外側から見たイメージだから。
・ちなみにアクルックスは日本では沖縄県の沖縄本島よりも南に行かないと見えません。南十字座の観測は波照間島が有名ですが、宮古島でも見えるそうな。
・そのため、本作では「王道から離れているがために目立たなく、それは日本に存在するウマ娘達の走るあらゆるレース場からはその勝ち星を見ることがなかなかできないから」という意味を込めて付けました。
・ちなみに、この星の次に南に位置しているのはミモザ──ではなく隣の星座にある“リギル・ケンタウルス”でした。
・そう、あの有名馬が元になったウマ娘だらけのエリート集団チームの名前《リギル》です。
・実は《アクルックス》や《ミモザ》どころか、その《リギル》もまた「見えぬ輝き」なんですよね。(苦笑)
・そのトレーナーの東条ハナさんが乾井トレーナーの面倒を見てくれるのはそのせい、という設定。

デネブ
アルビレオ
・ともに白鳥座に属している恒星で、デネブは一等星、アルビレオは三等星。
・なぜここで挙げたのかと言えば、この二つがサザンクロス(南十字星)に対するノーザンクロス(北十字星)を形成する星だから。
・デネブは一等星なのでチーム名になっており、チーム《デネブ》はアニメでたまにそのポスターが出現。白鳥の絵が描かれている。
・太陽以外では19番目の明るさ。21の一等星の中では下から三番目の明るさだけど、実は一等星の中では最も遠い星でその距離約1400光年といわれている。二番目に遠いのがアンタレスやリゲルの約600光年……2倍以上ある。
・そんなに遠いのになんで一等星なのか? なんとこの星、大きさが太陽の約108倍(その太陽が地球の約109倍くらい)もある上に、太陽の5500倍の強さの光度で輝いているという、もはやわけのわからないレベルの明るさを誇ります。
・まったく想像できないけど、よくわからんがスゲエ。
・アルビレオは三等星ながら、分かりやすく美しい二重星として有名。
・……トレーナー、意外と星に詳しいみたい。



※これにて第一章の1部の幕となりますが──ここまで毎日更新できましたが、更新ペースを落とす予定です。
・週1を基本に考えていますが、もっと早かったり、遅くなるかもしれません。
・精一杯がんばりますので、変わらぬご愛顧をよろしくお願いいたします。
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