見えぬ輝きの最南星《アクルックス》   作:ヤットキ 夕一

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『──着順を変更するには至らないと判断し、入着どおり確定いたします』





第68R ──長い流れ(6)

 

 アナウンスを聞いても私──オラシオンはまるで他人事のように、無反応でした。

 いいえ、無反応だったのではありませんね。

 むしろいろいろな感情が爆発しすぎて、どれも表に出てこられず──硬直(フリーズ)していたという方が正しいのだと思います。

 

「やったな、オラシオン」

「……………………え?」

 

 目の前のトレーナーが、落ち着いた様子でそう言ったのも、私が感情を爆発させるきっかけを逸した原因の一つだと思います。

 

「おめでとう。お前が、ダービーを制したんだ」

「私が……」

 

 未だ実感ができず、戸惑っていると──

 

「やったね! オーちゃん!! おめでとう!! すごいよッ!! ホントにスゴい!!」

 

 トレーナーの横で、車椅子から飛び出さんばかりの勢いでミラクルバード先輩が歓喜を爆発させていました。

 その姿を見て、ようやく実感がじわじわとわいてきたのです。

 

「私が、ダービーに……勝った、勝てた……んだ」

 

 思わず自分の手を見つめる私。

 でも──

 

「──嘘だ!!」

 

 すぐ近くの観客席から、怒鳴るような大声が走路へと響いてきたのです。

 

「こんな不公平な審議結果、受け入れられるか!! あからさまな斜行で、それによる進路妨害だぞ!? これが反則にならなかったら、いったいなにがなるっていうんだ!」

 

 声の主は〈ポルックス〉のトレーナー。

 

「あ……」

 

 そう、です。

 私の走りは、明らかに斜行でした。

 そしてそのせいで他のウマ娘の行く手を阻んでしまったのも事実。

 その陣営には抗議して、不服を申し立てる権利はあることは間違いありません。

 

(やっぱり、私は──)

 

 戸惑い、そして表情を曇らせかけると──

 

「何言ってんのや、オッサン! 審議が終わって、それで確定したんやぞ!! それ以上わめくな!!」

 

 〈ポルックス〉のトレーナーに向かって怒鳴るウマ娘がいたのです。

 声のした方を思わず振り向いて──

 

「ロベルト、ダッシュ……」

 

 ──私は少なからず驚きました。

 彼女こそ私が降着になって最も得する、2着から優勝へと繰り上がるはずのウマ娘なのですから。

 それが……なぜか、進路妨害を主張する声に賛同するどころか、むしろ抗議するなんて。

 怒鳴り散らしてそのトレーナーを黙らせた彼女は、私の方へと歩いてきました。

 そして──

 

「おめでと、オラシオン。惜しいとこまでいったと思ったけど、結局勝てなかったわ。ホンマ、強いなぁ」

 

 そう言って彼女は片手を差し出してきました。

 呆気にとられながら、思わず渡しも差し出した手を──彼女は笑みさえ浮かべて、ガッチリと痛いほどに握ってきたんです。

 

「っ……」

「ったく、シケたツラしとる場面やないで、オラシオン。今日の勝者……今日の主役なんや。アンタがそんな呆けた顔してたら、シマらんわ」

 

 彼女の手荒い祝福に、私は苦笑気味のぎこちない笑みを返すことしかできませんでした。

 やはり心の底から嬉しいというわけには──

 

「ふざけるな! オラシオンは負けだ! ほんとは失格だ!! それを日本ダービー(一年に一度のお祭り)で、それもダントツの一番人気だったから降着にしたらファンの不満が爆発する。それを恐れて降着にできなかっただけだ! 断固抗議してやる!」

 

 再び声をあげる〈ポルックス〉のトレーナー。

 それにロベルトダッシュは再びキッと睨みつけましたが、それに怯むことなくトレーナーは騒ぎ続けています。

 周囲の視線が集まり始めたその時──

 

「おやめなさいッ! 見苦しい!!」

 

 ──凛とした声が周囲に響き、それに圧されたトレーナーもさすがに黙っていました。

 おかげで静寂が周囲を取り巻き──そして声の主が静かに歩みを進め、私の方へとやってきたのです。

 

「おめでとうございます、オラシオン」

 

 そのウマ娘は、私に向かって悠然と一礼したのです。

 

「ありがとう……ございます、セントホウヤ」

 

 それに答礼する私。

 でも、彼女のそんな行動にはロベルトダッシュ以上に驚かされていました。

 なにしろ彼女は──

 

「なぜ頭を下げる!! なぜオラシオン(そいつ)の勝利を認めるんだ、セントホウヤ!? お前がまさに妨害されたんだぞ! それを──」

「お黙りなさいッ!!」

 

 三度騒ぎ出した〈ポルックス〉のトレーナーを、自分の担当にあたるその人を、セントホウヤ自身がキッと睨みつけて一喝したのでした。

 

「ホウヤ、お前……」

「それ以上、みっともない真似をするな、と言っているのですわ。トレーナー」

「バカを言うな! お前こそ黙っていろ!! 本来ならもっと上の順位だったのを主張してやると言っているんだからな! お前は邪魔されたからあんな順位になって──」

 

 ムキになって大きな声を出すそのトレーナーを、セントホウヤはどこか呆れた顔で見ていたのですが、今の言葉で「あんな順位?」と小声で言い、静かに怒りだしていました。

 

「……上り坂のせいで、私の脚はあれ以上伸びませんでしたわ。無論、オラシオンの位置に関係なく、です」

「そんなはずはない! オラシオンが内にヨレたからこそ、お前は前に出られなかったんだ! そう言って、後は俺に任せればいいんだ!!」

「貴方に任せろですって!?」

 

 完全に怒り心頭となるセントホウヤ。

 普段の彼女からは想像できないほどに、苛烈に怒り始めたのです。

 

「貴方に任せたところでどうなるというのですか!? たとえ彼女(オラシオン)が降着になろうとも、順位が一つ繰り上がるだけではないですか!! そうやって今のレースにケチを付けることこそ、共に走った仲間(ライバル)たちを愚弄することに他なりませんわ!!」

 

 その言葉に、周囲にいた共にレースを走ったウマ娘たちは大きくうなずいていて……私は驚きました。

 きっと、私のせいでレースを台無しにされて怒っていると思っていたのですから。

 そして、それに後押しされたセントホウヤはさらにトレーナーに言い寄ったのです。

 

「あの順位は自分自身のせい。それ以上でもそれ以下でもありません。あの時点で精一杯だった私の前を誰が横切りながら走ろうとも邪魔したことにはなりませんわ。もっとも……それが私よりも遅かったら別ですけど」

 

 そう言って彼女はチラッと私へと視線を向けてきました。

 そうでなかったことは、今のレースを見ていた誰もが分かっていることです。

 

「確かに、あのときオラシオンは目一杯になっていたと私自身も思っていましたわ。実際、内へとヨレてきましたし。ですがそこから再加速して、ロベルトダッシュさんを引き離しています。おそらく今の審議の結果も、そこを見て私への妨害には至らなかったと判断したのでしょう」

 

 セントホウヤが自分のトレーナーへと言い放ちます。

 それを聞いていた彼は、悔しげに歯噛みしなつつ──ついには怒鳴り散らしました。

 

「黙ってろ!! お前は黙ってオレの言うことを聞いていればいいんだ!! オラシオンを降着させる。そのために抗議するんだ! だからお前は進路妨害をされた、そう言うんだ!!」

「………………ハァ」

 

 セントホウヤはこれ見よがしにため息をつき、大げさに肩をすくめます。

 

「……進路妨害が認められて、ダービー制覇の栄光がどこか別のウマ娘にいくくらいなら、皐月賞と併せて一人に持たせた方が秋に倒すのに手間が省けるというものですわ。オラシオン、貴方を打倒すればいいのですから」

 

 セントホウヤは興味を失ったように、トレーナーから私へと視線を移します。

 でもその言葉を聞いて、聞き捨てならんとばかりに割り込んでくるウマ娘が一人──

 

「ハッ、言ってくれるやないか、セントホウヤ!! ま、とはいえ気持ちはウチも同じや」

 

 声の主は、ロベルトダッシュ。

 怒ってるかと思いきや意外にもスッキリした顔で、不適な笑みさえ浮かべていたのです。

 

「確かに、勝ったとしてもオラシオンよりも前でゴールを駆け抜けてなければ、そんなもんに何の価値もない。そないな転がってきた勝利なんざいらんから、そこでアホみたいに騒いで欲しがってるトレーナーにでもくれてやる、と思っていたところやで」

「それは奇遇ですわね……でも、それだと私に転がり込んでしまいますわ。私もそんな勝利に興味はないのは同じですから……」

 

 ロベルトダッシュ同様にセントホウヤも不適な笑みを浮かべます。

 そして二人は──

 

「オラシオンの三冠阻止するのは、ウチや!」

「その役目、譲るわけにはいきません!」

 

 ──私に対して宣戦布告をしてきたのです。

 ここまであからさまな挑戦状を受けないわけにはいきません!

 

「ええ、望むところです。私も全力で……三冠に挑ませてもらいますから!」

 

 だって私はダービーウマ娘に、そしてクラシック二冠のウマ娘になったのですから。

 どんな挑戦だって、受けて立たないといけないんです!

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──オラシオンへの挑戦を宣言した私、セントホウヤ。

 

 もちろんその言葉に嘘はありません。

 ですが、それに向けて不安が無いわけではありません。

 無論、私自身の実力は──現時点ではオラシオンに負けている()()()()()()()

 スプリングステークス、皐月賞に続いてダービーでも負けたのですから。

 ですが、その才では決して負けていないはず!

 なんと言っても、私は昨年の最優秀ジュニアウマ娘なのです。

 そして“吉永”の一門であり、なによりセントエストレラに連なる者として、このまま負け続けるのは沽券に関わるのですわ!

 

(ですから、秋には絶対にリベンジいたします!)

 

 そう決意した私でしたが──ふと視線を他へと向けます。

 私の視線の先には、恨みがましくこちらを睨んでいるトレーナーがいました。

 その目は、自分の意にそぐわぬ私に対し激しい怒りを越えて、憎悪さえ抱いているように見えます。

 そんな視線に私は──ますます気持ちが冷めていくのを感じていました。

 

(自分の担当ウマ娘をまるで敵のように見るような方は、もはや信用できませんわ)

 

 愛想が尽きた、というのはこのことを言うのでしょう。

 しかし今、トレーナーから離れては今後のレースを走れなくなるおそれがある……

 

(かといって、この方についていったところで、オラシオンに勝てないのは火を見るよりも明らかですわ)

 

 この人の指示に従っても、今までオラシオンに勝てていない。

 いいえ、それだけではありませんわ。

 この人に従っていたばかりに、オラシオンどころかその無名に近いチームメイトにさえ負けているではありませんか!

 

(ロンマンガンさん、とおっしゃいましたか……)

 

 完全にノーマークだった彼女の予想外の走り。

 それは私の心に衝撃を与えるのには十分すぎました。

 

(私は、伸びていないのでは? もしかすると、今のままでは……)

 

 今の自分に対する疑問と、そして私自身ではなくオラシオンへの妄執を露わにするトレーナーの姿を見れば、彼への不信感は増すばかりでした。

 そうして気持ちが切れてしまえば──この人の下でトレーニングなど出来ようはずがありません。

 形式だけのトレーナーになったとしても、自分自身の考えたトレーニングだけできちんとしたトレーナーがついているライバル達についていけるかどうか……

 さすがにトレーナー無しではあまりにもハンデが大きすぎます。

 

(まして相手は“ビックリ箱(ジャック・イン・ザ・ボックス)”の乾井 備丈……)

 

 一昨年の有記念以降、実績を出しているトレーナー。

 さらにはロンマンガンという十把一絡げに思っていたウマ娘を、ダービー3着にまで育てた張本人でもある。

 そんなトレーナーがオラシオンにはついているのに、トレーナー無しで挑むのは無謀というもの。

 

(ただでさえ強大な相手に立ち向かうというのに、私にはその環境さえないというの?)

 

 あまりにも不利すぎる。

 かといって、今のトレーナーが頼りになるとは思えませんし、願わくば先代に復活していただきたいところですが、それも難しいでしょう。

 ああ、いったいどうすれば……

 

「なぁ、セントホウヤ。アンタの考えてること、なんとなく分かったわ」

「……え?」

「だからアンタにいい話あるんやけど……乗る気、ないか?」

 

 どうやら悩んでいたことが顔に出ていたようで──察したロベルトダッシュが、ニヤリと笑みを浮かべていたのです。

 ……そんなに、わかりやすい表情をしていたのでしょうか?

 そんな彼女は「ちょいと耳貸せや」と内緒話をするために私へ顔を寄せてきました。

 

 その内容はといえば──

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──そして、ダービーの表彰式。

 

 そこには優勝したオラシオンと、その関係者が集まっている。

 オラシオン本人と、担当トレーナーである乾井 備丈。

 さらにはチームスタッフである研修生の渡海と、共に並んで見守る車椅子に座っているウマ娘──ミラクルバード

 彼女の存在は、かつて今のオラシオンのようにクラシック三冠を期待されたウマ娘ということでマスコミの注目を浴びていた。

 

「と、トレーナー……」

 

 想定外の注目を浴びてミラクルバードはオレに不安げな視線を送ってくる。

 気持ちは分からないではないが、かといって止めるようなことではないからな。実際、渡海も含めてだが、ミラクルバードのサポートがなければ、オレとオラシオンのコミュニケーションがとれず、今回どころか去年の時点で破綻してもおかしくなかった。

 そういうわけで、功労者である彼女(ミラクルバード)が讃えられないのはおかしいからな。

 不安そうに見上げるミラクルバードに対して、オレは「安心しろ」と笑みを返しながら頭の上にポンと手を置いた。

 心なし、気持ちよさそうに目を細めた彼女はそれで落ち着いたようで、マスコミのカメラに向かって笑顔さえ返していた。

 

(やれやれ……)

 

 意外な危機を乗り越え、オレは視線を周囲に向ける。

 オレ達チーム関係者以外では、オラシオンの家族が来ている。

 しかし顔を出したのはオラシオンの養父ではなく、姉代わりに育ったウマ娘だった。

 オレと目があった彼女──孤児になったオラシオンが育った施設で姉代わりだったファーストワグというウマ娘──は、オレに向かって軽く会釈してきた。

 微笑を浮かべ、優しげで大人びた雰囲気を持つ彼女は、昨年の夏にオラシオンが相談しに行った相手だったことを思い出す。

 どうやら彼女は、オラシオンの養父である和具氏と直前まで一緒に観戦していたらしいが……

 

「和具さんの体調、大丈夫ですか?」

 

 本来であればこの場にいるべきその人の代わりに、ファーストワグさんが来ているのは体調不良の申し立てがあったからだ。

 オラシオンから聞いている限りでは健康面に不安があるわけではないらしい。それでも彼女の養父ではなく祖父と言っても納得されるほどには高齢だ。

 

(まして心臓に悪いようなレースだったからな……)

 

 ロンマンガンが道中で圧倒的な差をつけたこと。その後最後の直線で異常な粘りを見せたこと──これはオレにとってはどちらも教え子なのだから影響なかったが、和具氏にとっては気が気ではなかっただろう。

 その直後のオラシオンの斜行からの流れは、オレも当事者だったのでよくわかる。

 着順が確定するまでは、胃が痛くなるほどに緊張したさ。

 もっとも、オラシオン本人と会話していたので、気が紛れていたというのはあったが。

 そういうことも無かったであろう和具氏に同情しながら訊いたオレに対し、ファーストワグさんは少し困った顔をした後、苦笑気味な表情でオレへと顔を近づけてきた。

 

「乾井トレーナーだから言いますけど、実は体調不良というのは方便なんです」

「方便?」

 

 驚いて問い返すオレに、彼女は「ええ」と先ほどよりは神妙な面もちで答える。

 

「和具さんが社長を退いた経緯はご存じですか?」

「一応、簡単にはオラシオンから聞いていますが……事実上の吸収合併の際に、自ら身を退いたとか」

「その通りです。でも和具さんは残った社員達のことも気にしていて……会社を身売りさせた張本人がこういう場面にノコノコ出てきて目立つわけにはいかん、と(おっしゃ)って私を代理にして、観客席のどこかから見ていると思います」

「それは……」

 

 なんとも申し訳ない気持ちになった。

 和具氏は、企業の社会貢献の一環としてファーストワグさんやオラシオンがいたウマ娘の孤児院を支援していたらしく、施設への支援だけでなく二人のように才能を見いだしたウマ娘をトレセン学園に推薦して援助するということもしていたそうだ。

 そんなウマ娘達の中でダービー制覇は、今回のオラシオンが初めて。

 その経緯を考えればその思いは察して余りあるし、表彰式を自ら辞退するというのがどれだけ残念なことか。

 

「おそらくですけど、残った社員の皆さんは、そんなこと気にしないと思うんですけどね。和具さんはとても良い方ですし、恨む人なんてきっといないんじゃないかと……」

「それを気にするくらいの方、ですからね」

 

 和具氏とのつきあいの浅く、オラシオンや目の前のファーストワグほどに彼の人となりをしらないオレではあるが、今の話を聞いただけでどれだけ周りの人を大事にする人かは伝わっている。

 だからこそ“愛娘(まなむすめ)”の晴れ舞台に同席させられないことが本当に悔やまれる。

 

「そう言っていただけるのは、名代として嬉しく思いますよ。乾井トレーナー」

 

 ファーストワグさんはそう言って、再度頭を下げてきた。

 

「そして、彼女(オラシオン)の姉代わり代表としても、お礼を言わせてください。本当にありがとうございました」

「姉代わり、代表?」

「はい。和具さんの代わりにここに立つのも、彼女たちと少し揉めたんですが……」

 

 そう言って彼女がチラッと見た先を見ると、恨めしそうにこっちを見ているウマ娘が3人。

 しかしその面子を見て、オレは思わず苦笑してしまう。

 

「いや、あの中の誰かではマズいでしょ」

「ですよね? さすがに現役の、他のチーム所属のメンバーでは、ねぇ……」

 

 オラシオンと、そしてファーストワグと同じ施設出身のウマ娘達だった。

 しかもさらに問題なことに、彼女たちの所属はよりにもよって〈ポルックス〉である。

 和具氏と、あのチームの先代が仲が良かったこともあって所属したそうで、ファーストワグも現役の時はあのチームに所属していたらしい。

 彼女たちがファーストワグを見る目以上に、オレに対しては敵対的な気配を感じるのは、やはりあのチームとの因縁が原因なのかもしれない。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 表彰式の中に入っていたのは、〈アクルックス〉の中でも乾井トレーナーと、研修生の渡海と、サポートのミラクルバードだけ。

 それ以外のメンバーは、というと、あっし──つまり、ロンマンガンの下へと集まってた。

 ……この状況、顔をしかめたくなる。

 気を使われてる感じが露骨すぎて、本気で気まずいんですけど。

 

「……なんでこっちに来てるんスか? みんな、ダービーの表彰式に出たことある訳じゃないでしょうに」

「うわ~、かわいくないわね」

 

 あっしの言葉に、ジト目を向けてきたのはダイユウサク先輩。

 対してもう一人の先輩──ギャロップダイナ先輩は肩をすくめながら、意地悪くニヤリと笑う。

 なんかイヤな予感が……

 

「なんだロンマン、一人で泣きたいから離れて欲しいのならちゃんと言えよ。オイ、ピアリスにダイユウサク、聞いたか? 一人にしてやろ──」

「なッ!? ち、違う! 違いますってば! なんでこういう時ばかりダイユウ姐さんはダイナ姐さんと連携して離れようとしてるんです!?」

「え? あ、ゴメンねロンマン。気が利かなくて……」

「違うっていってるじゃないッスか!」

 

 あ~、もう! ダイユウサク先輩はともかく、ダイナ先輩にあの姿を見られたのは、本当に大失敗だった!!

 そうやって頭を抱えていると──

 

「みんな、ロンちゃんを応援してたんだよ? だからシオンちゃんじゃなくてこっちに来てるんだから……」

 

 サンドピアリスが無邪気に言った。

 え? ホントに? と思って二人の先輩を見ると──ダイナ先輩は気恥ずかしげに視線を逸らして頭をガシガシと掻いている。

 一方でダイユウ先輩は目が合うと優しげな笑みを浮かべてうなずいた。

 

「もちろんよ。アタシが面倒見たんだから、その責任くらいはとらないとね」

「それに、お前の方が〈アクルックス〉らしいウマ娘だったからな。人気薄からの、ド本命を打倒する……どちらかと言えばそっちの肩を持ちたくなるのは当然だろ」

 

 ダイユウ先輩の言葉に、ダイナ先輩も乗っかってくる。

 そっか……あっしのこと、先輩達は応援してくれたんだ。

 ちょっと感激しちゃうわ。

 なにしろこの二人は、有名な《皇帝を泣かせたウマ娘》と《世紀の一発屋》なんだから──

 

「まぁ、あたしらは勝ったけどな」

「そうね。ついでに言えば、ここにいないターキンもね」

「なッ!? そりゃないッスわ、先輩方……」

 

 上げて落とすのやめてくれます? しかもなぜか息ピッタリに合わせてまで。

 思わずがっくり膝を落としたわ。

 というか、今回の件で本当に思い知らされた。

 ダイナ先輩とダイユウ先輩とターキン先輩のやったこと──絶対王者の大本命をあっしらみたいなウマ娘が倒すのがどれだけ大変で、どれだけスゴいことなのか。

 それに、オラシオンは身近な存在だったけど……やっぱりスゲーわ、っての思い知らされたし。

 あぁ……勝ちたかったなぁ。

 あと少し、とも思うけど──その少しが永遠に縮まらない気がする。

 

 そう、表彰式を終えて記念撮影の準備を見ている自分(あっし)と、その場所に立って待っている彼女という現実の、厳然たる距離がそれを証明しているように感じた。

 

 ああ、やっぱり……あっしは自分が思うように大舞台(ビッグタイトル)には縁がないウマ娘なんだろう。

 それらが続く王道を進むオラシオンとも、少ない機会(チャンス)をつかみ取った先輩方とも違って。

 関係者たちが集い、記念撮影に備えて集団が形成されていくのを、黙って見ていて──突然、背中がポンと押された。

 

「──え?」

 

 思わず、たたらを踏んで数歩前に出てしまう。

 いや、誰よ? 無関係なあっしが、場違いに出ちゃったみたいじゃないの。

 少し憤りを感じながら振り返ると──こともなげに立っていたのは、ギャロップダイナ先輩だった。

 彼女は、さも当然のように──

 

「お前も、撮影に混ざってこいよ」

 

 ──と言ってのけた。

 その内容に、あっしは思わずぽかーんとしてしまったわけですが……我に返って、素っ頓狂な声をあげてしまった。

 

「はあっ!? な、なんでそんな……無関係で、レースに勝ったわけでもないのに──」

「無関係じゃないだろ? 立派なチームメイトじゃねえか」

「そりゃそうですけど、でも、今の今まで同じレースで競って──」

「ああ、オラシオンとの勝負は見事なもんだったぜ。だから遠慮することはねえ……オイ、ビジョウ!!」

 

 あぁ!? ダイナ先輩が大きな声を出して乾井(イヌ)トレ呼んじゃったし。

 

「どうしたんだ? ダイナ」

「記念撮影、ロンマンも入れてやってくれよ。一回目、終わったんだろ?」

 

 正式なというか、公式な、記録に残る撮影の方はつい今し方終わった模様。

 それに対して次はもう少し自由な撮影──という間隙をついて、ダイナ先輩はトレーナーに声をかけたわけで。

 とはいえ、やっぱり主役を無視するわけには行かない。ダイナ先輩はちらっとオラシオンへと視線を向ける。

 

「もちろん……お前がイヤじゃなければだけどな、優等生」

 

 釣られるように乾井トレーナーもオラシオンのことを見る。

 いや、これほぼ強制じゃん。選択肢が「はい」か「Yes」しかないってヤツ。

 自分の晴れの舞台の写真撮影に、いくら同じチームとはいえ、同じレースを走ってた“敗者”を入れるなんて──

 

「ええ。もちろん構いません。大歓迎ですよ、ロンマンガンさん」

 

 ……彼女(オラシオン)は笑みさえ浮かべてそう言いきって、あっしへと手をさしのべてきた。

 いや、さすがに……唖然としたわ。

 修道服デザインの勝負服も相まって、もう完全に聖女だわコレ。

 そこに一点の迷いも躊躇もなく、百パーセント善意の笑顔を向けられて、ゴチャゴチャ考えてたこっちが逆に恥ずかしくなる。

 

(いや、ホント、かなわんでしょ。こんなウマ娘に……)

 

 競走の実力だけじゃない。人格という面でも差をつけられた気がするわ。

 だって、確かにシオンはGⅠ制覇も3度目になるけど、やっぱりダービーは特別じゃん。

 その栄冠を手にして、注目を独り占めしたいと思って当然なのに。

 あっしにとっては3着だって大戦果。初めてのGⅠだったんだから。

 それを祝福してくれる器の大きさに、心が打ちのめされる思いだった。

 実力があって、こういう舞台に慣れているから……というよりは、彼女の生来のものだと思う。

 だからこそ人の気持ちを受け止める──“祈り”を背負って走るウマ娘たりうるんだと思えた。

 

(でも……だけど、さ……)

 

 自分が負けず嫌いだから、負けっぱなしはイヤだと思うからこそ──彼女が差し出した手を受け、撮影の輪に入って彼女の横に立ちながら、思ってしまう。

 あっしは、そこまで善人にはなれないのは分かってる。

 勝負で目の色が変わり、勝ち目を見たら全力で、何を犠牲にしてでも拾いにいく。そんな賭博師(ギャンブラー)気質なんだから、むしろ真逆の悪人側に近いかも。

 だから、せめて勝負くらいは……一度くらいは、コイツ(オラシオン)に勝ちたいわけよ。

 うん。心の底からそう思う。

 人格では決して負けないから、競走で勝ちたい。オラシオンに──

 

「……シオン」

「なんでしょうか?」

 

 撮影の合間に、あっしは思わず彼女に声をかけていた。

 

「次は、負けないからね」

「はい?」

「次に勝負するときは、絶対にあっしが勝つ。どんな(作戦)を使っても、泥臭く、貪欲に勝ちをねらって……必ず下克上してみせる。そうして世間を驚かせてやるわ」

 

 あっしは、精一杯──ダイナ姐さんや乾井(イヌ)トレのあの笑顔を思い出して真似ながら──ニヤリと笑ってみせた。

 一瞬、驚いた顔をしたシオン。それから言葉をしっかりと受け止めるかのように、目を閉じる。

 

本命喰い(ジャイアントキリング)十八番(おはこ)の〈アクルックス〉のウマ娘にそう言われるのは光栄です。でも……」

 

 そう言って目を開くと、その顔に勝ち気な笑みを浮かべて──宣言した。

 

「私も〈アクルックス〉のウマ娘ですからね。負けませんよ」

 

 ああ、それでこそオラシオンだわ。

 さっき聖女だと言ったけどそんなのは彼女のほんの一部でしかない。

 その本質は誰よりも負けず嫌いの、あっしなんぞよりもずっとずっと競走ウマ娘らしいウマ娘なんだから。

 こんなにスゴいウマ娘が挑戦を受けてくれるんだから、もっと研鑽を積まないと。

 きっと今以上に強くなる彼女よりも──それを越えなければ、勝てるわけがないんだから。

 

「次のクラシック……秋に下克上、みせてやるわ」

 

 思わずあっしもシオンと同じような、勝ち気な笑みでそう言い返してた。

 直後、ストロボの強烈な光の嵐が起きる。

 

 ──こうして今年のダービーは幕を閉じ……翌日の新聞には、そのときの笑顔が紙面の一面を飾ってた。

 

 

 ──もちろんシオンしか載っておらず、あっしはフレームアウトしてるけど。

 

 

 ま、いいけど別に。

 主役はシオンだったんだし。

 3着だったし、オマケで写り込んだところで嬉しくも何ともないし。

 

 ──でも、秋は絶対に、負けない!!

 

 




◆解説◆

【──長い流れ(6)】
・「長い流れ」については前々々々々話参照。
・……という解説も今回でやっと最後です。
・なお、結構投げっぱなしでダービー終わってしまったかな、という自覚はあるのですが、小説『優駿』の終わり方はもっと投げっぱなしだと個人的には思ってます。
・なにしろ表彰式やって、小説そのものが終了だったりしますから。

声をあげる
・なお、このときに〈ポルックス〉のトレーナーが言っていたセリフこそ、原作の『優駿』でオラシオンの斜行が認められなかった理由──の最有力候補とされています。
・これを言っているのが関係者ではなく予想屋なので確定事項ではありませんけど。
・ちなみに、原作はメジロマックイーンよりも前の時代のものなので、斜行の反則に対して“後着”ではなく“失格”になるところでした。
・このセリフを言った予想屋も別にオラシオンを目の敵にしていたわけではなく、むしろ応援する側(大本命だったのだから当然ですけど)だったので、原作ではもっとマイルドな言い方です。

“吉永”の一門
・セントホウヤの元ネタは、小説『優駿』に登場する同名の競走馬。
・その競走馬を生み出したのは吉永ファームという一世を風靡している大牧場で、そのモデルは現実での社台ファームと思われます。
・本作ではそこ出身の競走馬をモデルにしたウマ娘は“一門”を形成している、ということになっています。
・ジュニア未満の年齢のウマ娘を対象とした競走専門の英才教育機関──を経営している、という設定です。
・ゲーム版に出てくる“クラブチーム”の名門だと思っていただければ。
・つまり、和具さんがやろうとしていることはこれに近いもの──というのも和具元社長が吉永のやり方を参考にして新しいことをしようとしているという原作オマージュでもあります。

セントエストレラ
・本作オリジナルのウマ娘。その元ネタは小説『優駿』に登場する同名の種牡馬。
・吉永ファームが所有する名種牡馬であり、吉永ファームのモデルが社台ファームなら、このセントエストレラのモデルはもちろんノーザンテースト。
・セントホウヤはスイットサックルと、このセントエストレラの仔であり、同世代の中ではセントエストレラの最高傑作……ではないんです、実は。
・「吉永さんはオーナーズ・ブリーダーだから、一番いい馬は他人に売らねェよ」というセリフが文中にあり、その直前には「関東に吉永の持ち馬であるセントエストレラの三歳(オラシオン達と同世代)の牡馬が4頭おり、吉永の隠し馬である」という旨の説明があります。
・ですので、セントホウヤ以上のライバルが出てくる……と思いきや、出てこないんですよね。
・伏線なのかと思っていたんですが、セントホウヤ以上にライバル的立場になるロベルトダッシュは、関西馬である描写がありますし馬主も違います。
・一応、それっぽいのはアップショット。
・関西が舞台の『優駿』では珍しく関東馬ですし、皐月賞の前の登場シーンで「セントホウヤと互角の評価を受ける関東馬」という紹介のされ方をしていますが、血筋についての説明が見当たらずハッキリしません。馬主が誰なのかも出てきませんし。

声をかけた
・この場面、実は史実のオマージュだったりします。
・もちろん()()()()()()()()()()()()()は小説『優駿』というフィクションの中でしかありません。
・キーになるのはこのアクションを起こしたウマ娘──ギャロップダイナ。
・その元ネタ競走馬のラストランとなった1986年の有馬記念のこと……
・フランス遠征が残念な結果に終わり、帰国後も結果が芳しくなく、特にジャパンカップは10着と大敗。有馬記念での引退を決める。
・2000の秋の天皇賞を制したとはいえ本来はマイラーであるギャロップダイナが2500の有馬記念には、その前年の結果もあって期待する者は少なく11番人気でした。
・しかし、そのラストランでも輝きを見せるギャロップダイナ。大外から抜け出したダイナガリバーへ大外から迫り、半馬身及ばぬ2着という結果を残しました。
・本作のギャロップダイナがひねくれた性格なのも、その辺りの“不人気だと活躍する”という戦績も反映されています。
・そして1着だったダイナガリバー。その名前で察せられると思いますが、馬主がギャロップダイナと同じだった縁で、ダイナガリバーの記念撮影にはギャロップダイナも並んで加わりました。
・ですので今回、“ロンマンガンが記念撮影に混ざる後押しをする”という役目が与えられました。
・というのも、流れ的にがギャロップダイナのラストランを描く機会が無さそうなので、オマージュとしてここで使った次第です。


※次回の更新は11月23日の予定です。  

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