──ダービーが終わり、記念撮影が行われていた。
連続で瞬くストロボの光を浴びながら、チームメイトの2人──オラシオンとロンマンガンが笑顔を浮かべてる。
それを見て、わたしは──
「2人とも、スゴい!!」
思わず手をたたいて喜んでた。
今日のレースが脳裏に浮かぶ。
完全に想定外で、ダイナ先輩さえも驚いていたロンマンガンの大逃げ。
気が付けばすごい差がついていて、そのまま逃げ切っちゃうと思ったのに、それに追いついたオラシオン。
そこからの2人の勝負──意地で粘るロンちゃんと、意地でも差すシオンちゃんの白熱した争いを見て、思わず胸が熱くなった。
そんな2人をあらためて「スゴい!」と思うと同時に──
「……私、も……」
思わず口から、その思いがついて出てた。
ロンちゃんがシオンちゃんを目標にがんばってたのは知ってる。
シオンちゃんもシオンちゃんで、このダービーに勝つことを目標に、今までがんばってきたのも知ってる。
その2人が競い合う姿は──本当に輝いて見えた。
そして、わたし自身もそうなりたいといつの間にか思ってた。
(ライバルと競い合って……)
そう思いかけて、ふと疑問に思う。
わたしにとって、
オラシオン? ロンマンガン?
ううん、違う……確かに同じチームだし、クラシックレースに挑んでるのは一緒だけど、わたしが狙うの別の路線なんだから。
──トリプルティアラ。
もう既に桜花賞とオークスは終わっちゃったけど、私はそのレースに出たくてがんばった。
路線変更して、2人を追いかける?
そんな気持ちが無いわけじゃない。
でもわたしは──それよりも初志貫徹して、最後のトリプルティアラを目指したいと思っていた。
だってカグラちゃんやカラーちゃん、モンちゃん達と一緒に走りたいんだから。
トリプルティアラに挑戦する彼女たちの方がチームメイトであるはずの2人よりも不思議と身近に感じられる。
そんなみんなと競走したい。彼女たちが目指すレースにわたしも出たい。自然とそう思っていた。
「あれ? という、ことは……そうなのかな?」
わたしにとっての
だったら──わたしも、走りたい。
まるで今日みたいなレースを。
今日みたいに大きなレースで、カグラちゃん達と勝負がしたい。
ダービーの余熱が籠もった胸の中で生まれたその思いは、わたしの口から溢れ出てた。
「ねぇ、ダイナ先輩……」
「ん? どうした?」
ロンちゃんと送り出した張本人で、チームでわたしの面倒を見てくれてるギャロップダイナ先輩。
頭の後ろで髪をひとまとめに束ねた彼女の、ちょっと怖いときもある目がわたしを優しく見つめる。
「エリザベス女王杯、目指したら……ダメ、かな?」
「ピアリス、お前……」
唖然とした顔のダイナ先輩。
あぁ、やっぱり……わたしの実力じゃあ出られるわけないよね。
思わず苦笑いをして誤魔化そうとした、その時──
「
ニヤリと歪み、笑みを浮かべたその顔は、ちょっと怖かったけど……でもそれ以上に頼もしく思えたのです。
──その日から、わたしの運命の歯車は、あの瞬間に向けて廻り始めたのでした。
故郷を流れる川。
それを目の前にして──私の記憶よりも、川幅が狭いことに少しだけ驚きました。
でもそれが、この川を見ていた頃の私から今の自分に成長したせいだと気付いて、納得したのです。
(お母さん……私、ここまで大きくなれたんだよ)
その川の流れに向かって、あのころを思い出しながら、あのころのように祈っていました。
母の体調が良くなりますように……一生懸命に祈ったその願いは叶えられなかったけど、でも今の私の言葉は天に届くような気がしました。
(お母さんが亡くなってから、いろんな人と出会って、その人達のおかげで今の私があって……その私が、あんな大きな舞台に立てたんだから)
胸中に浮かぶのは、あの日──ダービー当日の、東京レース場の熱狂でした。
スタート前の興奮した空気。
ゴールした瞬間の大歓声。
その後の困惑したどよめき。
そして──着順が確定したときの、再びの歓声。
そんな大勢の人達の感情が大きな流れのようにうねり、たゆたい、私の中にも入ってきました。
(あなたの娘は……そんな大舞台を無事に走りきるだけじゃなく、最高の結果をえることができました)
それができたのは、やっぱり出会った人達の支えのおかげなのですが……それでもやっぱり、お母さんが見守ってくれていたからだと思うのです。
そうでなければ、きっとあの時──ゴール前で内へヨレてしまったときに失速して、セントホウヤと激突していたかもしれない。
もしかしたら私も……ミラクルバード先輩のように、走ることができなくなっていたかもしれません。
(先輩といえば……)
ふと頭をよぎった、母が亡くなってから出会ったいろんな人達の一人であるウマ娘、ミラクルバードさん。
私も見ていた皐月賞で大きな怪我をし、そこから歩くどころか足の感覚を失っていた彼女でしたが……あのレースの時、立ち上がっていたそうです。
正直な話、私も「そんなことはないのでは?」と疑っていたのですが、本人や隣にいた乾井トレーナーを含めた周囲の話を総合すると、どうやら間違いないらしく──
『オーちゃんを一生懸命応援してたから、三女神様から奇跡のお裾分けをもらっちゃったみたいね』
──と、悪戯っぽく笑みを浮かべていました。
それ以降はもちろん立ち上がることはできていないのですが、それでもきっかけになったのか、感覚がほんの少しだけ戻ったようです。
とはいえ、まだまだ立つどころか足をわずかに動かすことさえ困難なようですが、『今までゼロだったのものが、0.0001にでも進めたんだから、この意味は大きいんだよ』と嬉しそうでした。
困難な道でしょうけど努力し続ければ、いずれは立ち、そして歩くことができるようになる可能性も出てきた、と御医者様も言っているそうです。
そうなれば、ウマ娘としてもっとも望むことである“走る”ことが、彼女にとって“見果てぬ夢”ではなくなる日が来るのかもしれません。
(まぁ、その話を先輩がしているとき、別の先輩はすごい目でトレーナーを見ていましたけど……)
その形相を思い出して、思わずクスッと笑ってしまいました。
なんでも、ミラクルバード先輩は瞬間的に立ち上がったものの、バランスを崩して倒れかけ、それをとっさに乾井トレーナーが抱き留めたそうなんですが……それが面白くなかったようですね、ダイユウサク先輩は。
『あのなぁ……ミラクルバードが倒れそうなのを見殺しにできるわけないだろ? そのままにしてたら大変なことになってたぞ』
『……だからって、抱き留めることないじゃない。イヤらしい……』
『あ~、そういえば僕、あのとき色んなところに触られちゃったかも』
『なッ!? バード、お前そういうウソつくなよ! コイツにそういう冗談通じな──』
先輩に思いっきりかかとで足を踏まれて悶絶していましたっけ、トレーナー。
そういう姿は少し情けなく思ってしまいます。チームを預かる身なんですから、しっかりとして欲しいものですね。
それに──“私の”トレーナーでもあるんですから。
「クロ!」
川に向かい、胸の前で手を組み合わせて目を閉じていた私に、背後から声がかかりました。
振り返ると──幼なじみであり、私に“祈り”を教えてくださった方が近づいてくるところでした。
「渡海さん……実家は、よろしいのですか?」
「ああ。とりあえず顔は見せたし、これからハナカゲさんのお墓参りしたあとに、また行くからね」
「なるほど」
今回、私が生まれ故郷を訪れたのは、夏休みを利用して母の墓前にダービーの制覇を、そしてクラシック二冠を含めた今までのことを報告するためでした。
それに故郷が同じで、今も実家がそこにある渡海さんと一緒にきたんです。
「でも、お墓の前にここで祈りたいだなんて……たまに変わったことするよな、クロは」
「変わったことではありませんよ?」
渡海さんの言葉に、私は思わず少しだけ眉をひそめてしまいました。
「ここは私にとって大切な場所です。生まれて初めて“祈る”ということを教えてもらった場所であり──」
そう大事な思いでの場所……
「それを教えてくださった貴方と出会った場所なのですから」
そう言って私は──今まで支えてくれたその人に微笑んでいたのでした。
──とある日のこと。
さてと、とばかりに準備万端整えて、ヘルメットを被りかけたオレは、思わずその手を止めていた。
この時期の夜明けは一年の中でも早い方に分類される。
だというのに、夜明け間もないこんな時間にオレの前に立ち、そしてとジト目を向けるその存在に唖然としないわけがなかった。
「お前、どうして……」
「どうして、はこっちのセリフなんだけど」
その頭の上でにある耳は、明らかに不機嫌なことをその動きで主張している。
恨めしく睨んでいるジト目は、もはや見慣れたものだった。
オレとコイツ……ダイユウサクの付き合いは、昨日今日始まったものじゃないからな。
ともあれ、機嫌だけはとっておくとするか、と考えてオレは言い訳をしてみた。
「説明しただろ? ダービーが終わったから長期休養だって。オラシオンは明らかに調子を落としていたからな」
オラシオンは昨年11月のデビューから連戦を続けていた。
確かに調子を落としたのを見て、2月にも出走を回避して休息を入れたこともあったが、この半年の間で見れば小休止程度にしかなってない。
そして、さらにその後は皐月賞の前哨戦と本番、NHK杯にダービーと気の抜けない激戦を走り抜けることになったしな。
ダービーを終えた今、オラシオンは秋に再び始まるクラシック戦線に備えるため、少し長めに夏休みをとって早い時期から休ませるのは当然だった。
「もちろん、知ってるわよ。シオンは旅行に出かけたし……」
そんな長期休暇を利用して、彼女は母の墓前に報告したいということで、生まれ故郷へと旅立っていった。
オラシオン本人もしっかりしてるし、そこが地元の渡海もつけているので、きっと無事に着いていることだろう。
なにより秋にはクラシック三冠という偉業への挑戦がある。
ここで気分転換して英気を養い、しっかり備えて欲しいものだ。
「オラシオンだけじゃなく、ロンマンガンにも休養を言いつけたぞ。アイツもオラシオンほどじゃないにしても連戦だったからな」
皐月賞へ出走しなかったことや、そもそもデビューが今年になってからだったのでその分の差はあるが、それでも体への負荷が貯まっているのは間違いない。
なにより、ダービーでは無茶とも言える“大逃げ”なんかもやったんだから、慎重になるべきところだろう。
確かにダービー3着という結果に本人のモチベーションが上がっているのはわかった。
やる気があるのはとても良いことだが、それで前のめりになりすぎのは危険だ。
「やっと本人のやる気が出てきたっていうのに休ませたの?」
「そうは言うが、秋に向けて体を一度しっかり休めませないといけないのは、オラシオンと一緒だぞ? そこで無理にトレーニングさせて、ケガしたら元も子もない」
「それは分かるけど……」
「本人も、しばらくゆっくり休めと言ったら嬉しそうにしてたしな」
「む……せっかく少しは真面目になったと思ったのに」
複雑そうに顔をしかめるダイユウサク。
ロンマンガンというウマ娘は、ウチのチームに来たときから自分を過小評価して斜に構える傾向があった。
無論、頑張るときは頑張るし、その集中力は高い。
(良く言えば、力の入れどころと抜きどころがハッキリしている要領のいいウマ娘、といったところだけどな)
つまりは頑張らないときは頑張らない。
そしてそんな姿勢は、がむしゃらに頑張り続けたダイユウサクからはもどかしく見えたんだろうな。
今回のダービーの結果を自信にして自己評価を改め、もっと勝利にどん欲になって欲しいと思うのはオレも同じだ。
しかし生まれ持った“要領の良さ”──今回で言えば頑張るのと休むことの切り替えの早さ──は、やはり健在なんだと思ってもいる。
「きっと、ロンマンったら麻雀ばかりしてるわよ。引きこもりみたいになってネット対戦三昧とか言って」
「体を休めてくれるならそれでも構わないさ。下手に張り切って隠れてトレーニングされるよりはマシだ」
不満げなダイユウサクに対し、オレは苦笑混じりに答える。
その畏れがあるのが、オラシオンだ。
アイツは真面目な上に負けず嫌いだから、接戦になったダービーの結果に不甲斐なさを勝手に感じ、休めと言いつけていてもこっそりトレーニングしかねない。
彼女が生まれ故郷に帰るのに渡海を付けたのは、それを見張るという意味もあった。
「……で、2人に休みを言いつけたから、自分もどこかに行くつもり?」
「ま、しばらく長期の休みも取れていなかったし、久しぶりに……な」
目の前にいるダイユウサクが有馬記念で勝った後──は大騒ぎで年末年始までお礼やら挨拶で急がしかったからな。
ようやく一息つくころにはレースへの出走を再開。しかも今度はスランプで頭を悩ませ、その後はターキンの加入やオラシオンをデビューに向けて奔走したり……と、気がつけば一年以上があっという間に過ぎていた。
「秋になれば……いや、その前から秋に向けて忙しくなるのは間違いないんだ。今の時期にやりたいことをやっておかないと、またできなくなっちまう」
皐月賞とダービーを制したオラシオンが挑むのは、菊花賞。
それを制すればクラシック三冠という大きな勲章を手にする。
しかし、その偉業ももちろん一筋縄ではいかない。
ロベルトダッシュやセントホウヤといったライバル達が黙って見ているだけなわけがなく、さらに実力を付けて挑んでくる彼女たちを返り討ちにしなければならないのだ。
そして、同じチームであるロンマンガンの目標もまたクラシックレース。残る一冠の制覇を狙っているのは彼女も同じ。ダービーで確かな手応えを感じてやる気が盛り上がっている今、さらに成長できるはずだ。
そしてオラシオンの間近にいるからこそ打倒の気持ちは強いだろうし、そのための努力が大変なことはロンマンガン自身が一番肌で感じているだろう。
「だからその前に、ってわけだ、お前もロンマンガンが休みの間は自由にしていていいぞ。実家に帰っても構わないし、せっかくの夏休みなんだからコスモドリームあたりとどこかに出かけたらどうだ?」
6月の後半から7月に入ると、
ジュニア期の新人たちのデビューシーズンでもあるが、あいにくとウチのチームには今年のジュニア世代がいない。
従姉妹のコスモドリームとなら、一緒に実家に帰るもよし。仲がいいんだからどこかに旅行に行くのもいいだろう。
「ピアリスはどうするのよ?」
「あぁ、それに関しては……ダイナが『あたしに任せておけ』って言ったから甘えることにした。『お前も疲れてるだろ? 二人同様に休め』だとさ」
ウチのチームにはあと一人、サンドピアリスがいるんだが……確かに他の2人には溝をあけられた感はあるんだよな。
(芝では勝てないのが、ちょっとな)
重賞にも挑戦したが、結果を残せなかった。
とはいえダートで好走しているため、それほど不安視はしていない。そこはダートの経験が豊富なダイナの指導の賜物だろう。
任せておけば、このままダートで活躍してくれるに違いない。
(なにしろ、名前が
ピアリスにしても、去年の夏のターキンみたいにレースに出走するならともかく、ねらいはやっぱり秋のレースになる以上は、夏の一時期をダイナに任せてしまって構わないだろう。
「……で、バイクで出かける、と」
「お、おう……久しぶりだしな」
「ふ~ん、なるほどね……」
愛車の傍らに立つオレに対し、ダイユウサクはゆっくりと歩み寄り──その手にはいつの間にやらヘルメットを持っていた。
「それって、あの日の……」
「そ。あの有馬記念の日にお世話になったヘルメットよ」
その頭の上にある耳に障らない、ウマ娘用のヘルメットは確かにあの時にダイユウサクに渡したヘルメットだった。
ダイユウサクは笑顔でそれを被ると、平然とタンデムシートに座ってきたのだった。
「オイ、お前……」
「出かけたらどうだ、って言ったのはアナタでしょ?」
「それはコスモドリームと、って言っただろうが」
「……なに、アタシが付いていったら困るの?」
「そりゃあ……宿の予約とか、全部一人にしてるし、困るに決まってるだろ」
一人旅のソロツーリングの予定だったんだから、当然だろ?
でも、ダイユウサクはヘルメットの奥からジト目を向けてくる。
「……本当に困るのは、目的地じゃないの?」
「はあ? お前、なに言って──」
「ターキンに会いに行くんでしょ?」
「………………」
図星だった。
レッツゴーターキンが姿を消して数ヶ月、彼女から無事を知らせる手紙が届いた。
しかし今まで電話で連絡を取ってもいない。
オレは彼女の話を聞きたいと思っている。
なぜ、突然引退したのか。
そして──ここへ戻ってくる気はあるのか。
その内容が内容だけに、彼女と直接顔をあわせて話すべきだと思い、電話連絡をしていない。
かといってオラシオン達クラシック世代を抱えているオレには、彼女に会いに行く時間を作ることは今までできなかった。
ダービーが終わり、夏を迎えたことでオラシオンとロンマンガンが休養に入って余裕が生まれたオレは、ダイナからピアリスの面倒を見るとの申し出があったことで、やっと彼女の様子を見に行く時間ができたのだ。
「……ダイナ先輩がピアリスの面倒を任せろって言ったのも、アナタを送り出すためでしょ?」
「かもな」
ギャロップダイナは、ぶっきらぼうだが後輩の面倒見はいい。
それに彼女自身、ターキンのことが気になっているんだろう。
「ターキンに会いに行くなら、アタシも行かないといけないわ」
「……なんで?」
ダイユウサクの言葉に、オレは思わず首を傾げる。
ターキンとそんなに仲良かったか?
「アタシは、〈
「……え?」
思わず驚きの言葉が口をついて出る。
瞬間、「しまった」と思ったが……もう遅い。案の定、ダイユウサクの表情が見る見る不満で不機嫌なものへと変わっていく。
「……なにか不満でも?」
「いや、それは……」
思わず口ごもるオレを、ジト目でじっと睨むダイユウサク。
いや、だってさ……人付き合いあんまり得意じゃないだろ? 他の人に無関心なところあるしな。だから他を引っ張っていくタイプでもない。
「〈
「分かってるさ」
不満そうな顔が、不安そうな顔になっているのを見て、オレは思わず苦笑する。
もちろん、オレだってそう思うさ。
ロンマンガンとレッツゴーターキンは、お前の有馬記念を見てウチのチームにきた。
オラシオンだって、オレとお前で
“
「ただ、リーダーとか
人見知りな性格をしているダイユウサクに、精神的に無理をさせてまでリーダーという立場を押し付けたくなかったというのが本音だ。
でも、面倒を見させたロンマンガンがダービー3着に入るほどの成長を見せたのは、彼女の功績も大きかった。特に“逃げ”の先生を知り合いから連れてくるなんて、以前は考えられなかったことだ。
精神面での成長を実感し、それに喜びを感じる。
「でも、〈アクルックス〉の中心にいるのは間違いなくお前だよ、ダイユウサク」
そう言うとパッと表情が明るくなる辺りはやっぱり成長したんだろうな。前なら無関心、なんなら面倒くさそうにしていただろうし。
「だからリーダーとして、チームのウマ娘代表として、ターキンに会いに行くわ。ひょっとしたらチームから去った原因がアナタかもしれないでしょ? そうしたらその元凶に理由をいえるわけ無いじゃないの」
「それは、そうかもしれないが……」
う~ん、一理あるような気もする。
まぁ、近い世代であり、まして同じウマ娘だ。オレに言えないことを話す相手も必要だな。仕方がない。
オレはため息をつき──
「じゃあ、行くか」
「ええ、もちろん」
「我が侭言ってついてくるんだから、なにがあっても文句言うんじゃないぞ」
オレが言うとダイユウサクは頷き──エンジンをスタートさせ、ダイユウサクを後ろに乗せたまま愛車を走らせた。
遥か遠くの、レッツゴーターキンがいる場所へ向かって。
──それからダイユウサクにちゃんと準備をさせてから出発したのだが……
「……なんでさっきから全っ然、前に進まないのよ」
「渋滞だからな」
出発してほどなく、一般道で交通渋滞に捕まったオレ達。通勤時間帯に入っちまったから仕方がないわな。
だが、オレの後ろにいるお嬢様はだいぶ不機嫌なようで。
「隣の車線、ガラガラに空いてるじゃない」
「そっちはウマ娘専用レーン。バイクでなんて走ったら交通違反でキップ切られるわ!」
車道と歩道の間にあるそこは、確かに誰も通っていない。
その存在に不慣れな人ならともかく、ウマ娘
もしもそんなことをして、さらに学園にバレればお叱りを受けることになる。そうすれば間違いなく──
(たづなさんに失望されてしまう……)
学園のあらゆる情報が集まる理事長の下で秘書をしている彼女なら、きっとそれを知ることになるだろう。
そうなることは、絶対に避けなければならない。
「こんなんで、ホントにターキンのところにたどり着けるの?」
「アイツのいる牧場まで渋滞が続いてなければ、な」
なんか妙にイライラしているな、と感じていた。
まぁ、バイクは風を感じるから、実際にウマ娘が走る感覚に近いのだと思う。
そして歩行者が車の渋滞に巻き込まれるなんてことがないのはウマ娘も同じだから、今みたいな状況はウマ娘にとっては“走りたいのに走れない”というフラストレーションが溜まる状況なのかもしれない。
そんな仮定を重ねた推論を考えていると──おもむろに、ダイユウサクがバイクから降りた。
「あれ? どうした? やっぱり行くの諦めるのか?」
それならそれで全然構わないどころか、むしろ大歓迎なんだが……
オレが内心ほくそ笑んでいるとダイユウサクはキッと睨んでくる。
「違うわよ。その車線、アタシが走る分には全然問題ないわけよね?」
「そりゃそうだ」
「こんなところでジッとしていられないわ。先に行くから後から追いついてきなさいよ」
ふむ、なにを言い出すかと思えば……と、我が侭を言い出したダイユウサクに少しの呆れとこの旅での今後の不安を感じたオレだったが、その直後にピンときた。
なるほどな。このタイミングでこんなことを言うとしたら──やむを得ないよな。
バイクを降りていそいそと走る準備を整えているダイユウサクを、オレは温かい目で見た。
「……トイレか」
ピタッとその動きが止まる。
そしてダイユウサクはおもむろにオレへと近づくと、オレの被っているシステムヘルメットの特徴ともいうべき前面をカパッと開き──露わになった顔面に、彼女の拳がガッと突き刺さった。
「違うわよ!! 全っ然、違う!! 誤解も甚だしいわ!!」
「お前なぁ! それならそう言うだけでいいだろ! わざわざヘルメットこじ開けてまで殴るようなことじゃないだろうが!! 下手すれば、バイク倒していたところだぞ! そうなったらそれで傷が付いて──」
「倒れてないし傷ついてないんだからいいじゃないの! そんなことよりも、アンタのその心無い言いがかりのせいで、アタシの乙女心の方がよほど傷ついたわよ!!」
え? トイレ行く行かないで精神的に傷つくものなの?
というか、乙女心って……今時言うか、普通。
ダイユウサクがオレの愛車を『そんなこと』呼ばわりしたのはカチンと来たが、それ以上にその言い回しがツボに入って、内心笑いそうになっていた。
で、それに気づいたダイユウサクがさらに怒りだし──まぁ、なんというか出発早々に波乱になった。
──その後、なんだかんだで先行して走っていったダイユウサクが待っているのを、からかい半分で無視して置いていってやった。
ちょっとした仕返しのつもりだったんだが──必死の形相で追いかけてきたのは、怖かった。
……さすがグランプリウマ娘だな、アイツ。やっぱ速いわ。
◆解説◆
【“あなたの未来に加護のあらんことを”】
・今回のタイトルは『馬の祈り』から。
・終盤にある
“
の部分を意訳。
・あなたの未来──これは、〈アクルックス〉の未来であり、これからの秋レースのこと。
・もちろん冒頭で決意を固めたあのウマ娘も対象です。
・実は、予定では今回で第二章の最後の話になる予定だったんですが、普段の2倍から3倍の文字数という、あまりにも文章が長くなったために2話に分けました。
・そうすると、第二章が70話ちょうどになりますし、更新日も11月の最後の更新ということでストンと落ち着きますし。
・……ん? 第二章の最後?
【リーダーとか
・アニメ版の〈スピカ〉では“リーダー”と呼ばれていたので、チーム代表のウマ娘はきっとリーダーだと思います。
・なのでダイユウサクの直前の台詞ではそちらになってました。
・ただ、書いている人としてはチームの印象が部活のように感じているので、“リーダー”というよりは“
・巽見トレーナーは大学まで部活動やっていたので、彼女の方が“
【失望】
・そういえば第二章では、乾井トレーナーの「たづなさんLOVE」ネタが減ったなぁ。
・まだトレーナーの気持ちが変わってないのは、やっぱり一番つらい時期に助けてもらったのが原因。
【システムヘルメット】
・一見、フルフェイス。しかし実はバイザーだけでなく前面が開いてジェットと同じ感覚になる……のがシステム型のヘルメット。
・これの一番の良さは──そんなギミックがあってなんとなくカッコいいところ。
・真剣な話をすると、眼鏡をかけているとフルフェイスって着脱に眼鏡を外したりかけなおしたりと結構面倒なのが、見た目はほぼ同じなのに楽に眼鏡をかけたままで着脱できるのがポイント高かったりします。
・書いている人はその基準で選んでいるんですが、フルフェイスのデメリットのもう一つに、口が覆われているせいでヘルメットをかぶっていると会話が難しくなるというものがあります。
・ETC非対応の料金所とか不便で仕方ありません。
・これはバイザーをあげても基本的に解決しないのでフルフェイスでは逃れられない宿命なのですが、システムだと前面を開ければ普通に会話できて解決できます。
・乾井トレーナーはバイクに乗って追いかけてトレーニングを見ていることもあったので、直接声が賭けられるようにシステムを被っています。