見えぬ輝きの最南星《アクルックス》   作:ヤットキ 夕一

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 ──夏の終わりのころ

「自分で言うのもなんだけど、アナタも物好きね……」

 皮肉じみたそんな言葉だったけど、相手の意図はよく分からなかった。
 だって、相手の目元は奇妙な形の大きな眼鏡──瞳が見えないんだからサングラスなのかしら──で隠れていたから。
 ただなんとなく、呆れているようにも感じた。

「ワタシの施術をもう一度受けようだなんて。それも自分で探してまで、ね」
「待っているだけだと、間に合いそうにありませんでしたので」

 そんな私──シャダイカグラの言葉に、ため息を付く白衣を羽織った人影。でもどことなく嬉しそうな感じではあった。

「信用していない人も多いみたいだけど?」
「あの“皇帝”はこれで復活したと聞いています。その実例があれば十分です」

 逆に言えば、もはやそういったものに頼らなければならないほど、私は追いつめられている。
 私自身というよりも私の体……この脚が、よ。

(春に無理したツケだとでも言うの?)

 桜花賞を制した私は、オークスに挑戦したけど“樫の女王”の座は掴めなかった。
 そして休養に入ったのだけど……オークス直後から感じていた脚の違和感は、その休養を経ても無くならなかったのよ。
 精密検査を受けたけど、骨折しているとか骨に異常は無かったわ。
 そもそもずっと痛みがあるとかそういうワケでもなかったし。
 ただ、疲労感がなかなか抜けなかったり、トレーニング中に思うように動かなくなることがあった。
 そんな明らかな脚部の不安を抱えることになった私は、トレーナーと共に色々と試すことにした。
 プールでのトレーニングやダートでの走行練習、できるだけ脚に負担がかからない練習方法を模索しつつ、根本的な原因の解明とその治療を目指したんだけど……

(結局、原因はわからず。だから治療方法も不明)

 ハッキリとした病名は御医者様の口からは出なかった。
 でも、秋のレースを迎えるにあたって、この脚をこのままというわけにはいかない。
 結果、小耳に挟んだ噂──シンボリルドルフ会長の調子が上がらなくなって引退を囁かれたことがあったものの針治療で復活した、というもの──を信じて、藁にもすがる思いでそれを試したのよ。
 そして手応えが感じられたからこそ、二度目のそれを今まさに受けているというわけ。

(これで、完全に良くなればいいんだけど。もし、良くならなかったら……)

 せめてこの秋のシーズンだけでも──
 トリプルティアラのレースが終わるまで……私の脚よ、お願いだから……



第2R ライトカラーは気付かない

 

 ──10月

 

 エリザベス女王杯の前哨戦、ローズステークスが開催された。

 その結果は──シャダイカグラが1着。見事に人気に応えた。

 それはつまり、共にそのレースへ出走していた“樫の女王”が、その期待に応えることができなかったということでもある。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「……ズルくない?」

 

 レース明けの月曜日の朝。

 シャダイカグラを見たウチ──ライトカラーは思わずそう言っていた。

 開口一番にそんなことを言われた彼女は目を丸くして戸惑ってたけど……でもね、ウチの気持ちは収まらないわけで。

 

「あんだけ走れるなら最初から言ってよ。カグっちの脚、マジで心配したんですけど?」

「あ~……えっと……ゴメン、なさい?」

 

 困ったように苦笑いしながら彼女はとりあえず謝る。

 でも、それを横で見ていたウマ娘が呆れた様子で口を挟んできた。

 

「……まともに取り合う必要なんてありませんわよ、カグラさん」

「なによ、モンっち。アンタだって心配していたんじゃないの?」

「そ、そんなことありませんわ!」

 

 ジト目を向けると彼女──メジロモントレーは慌てた様子で視線をそらす。

 その反応だけで雄弁に語ってるようなものなんですけど?

 

「あ~あ、脚部不安なってウワサ、信じるんじゃなかったわ。全然不安なさそうじゃない」

「あのねぇ、カラー。私に言われても困るわよ。私が流したわけじゃないんだから」

 

 ま、確かに不利な情報をあえて流す必要なんてないもんね。

 それを受けても一番人気は変わらなかったんだし、きっと次のエリザベス女王杯(エリジョ)も、また一番人気なんでしょ?

 まぁ、カグっちがそういうことをするウマ娘じゃないってのはウチも知ってるけど、あのトレーナーが絡むと正直分からくなるのよね……

 

(トレーナーとしての手腕も一流だけど、意外と策士なのよね)

 

 あれだけの指導技術を持ちながら、さらに盤外戦術を使うこともあるんだから、ホントにハンパない。

 それを考えると、あの人がニセ情報(ブラフ)を流してもおかしくない。ムービースターの件(前科)があるんだし。

 

「カラーさん。そもそも貴方……信じる信じない以前の話ではありませんか? そんな順位では」

「あ~、そういうこと言っちゃう? ああ、もう傷ついたわ~。立ち直れないわ~」

 

 メジロモントレーにジト目を向けられて、ウチは大げさに机に突っ伏して顔を隠した。

 なんて言ってるメジロモントレー自身が、そもそもローズステークスを走ってないけど……うん、まぁ、確かに彼女の言うとおりなんだわ。

 今回のレース、ローズステークスでのウチの順位は8着。しかも10人中。上位争いに絡むことさえできなかった。

 そんな不本意なレースだったから、ほとんど八つ当たりに近い。

 ゴメンね、カグっち。

 

「噂を信じて私の心配してくれるのはありがたいけど……それで自分の調子落としてたら意味ないじゃない」

 

 そんなカグっちは複雑そうな表情でウチのことを見てる。

 心配そうだったけど、それが急に勝ち気なものへと変わる。

 

「“樫の女王”がそんな体たらくだと困るわ。エリザベス女王杯でリベンジさせてもらうんだからね」

「そう簡単にさせるつもりないし。ウチの方こそトリプルティアラ2つ目を取らせてもらうから」

 

 カグっちの挑発に顔を上げて、負けじと言い返してあげた。

 そうやって二人で笑みを浮かべていると──

 

「その最後の一冠は二人のどちらかのもの、というわけではありませんわ。メジロの名にかけて、意地でも取らせていただきます」

 

 そこに加わるモントレー。

 正直な話、彼女はこの夏と秋で調子を上げてきてるから怖い存在になってる。

 トリプルティアラの春の二つを一つもとれなかった──しかも一つをウチみたいなのにとられた──という結果にメジロ家のプライドを傷つけられたらしいし。休んでいる場合じゃないとばかりに夏もレースに出走してたし、その上にみっちりと鍛えたんだって。

 ローズステークスに出てこなかったのも、ウチのローズステークスの前走と同時期のGⅢクイーンステークスに勝ったり、そんな夏のレースで勝ってて実績が足りていたからみたい。

 逆にウチは……な~んか調子が下降気味。秋のローズステークスの前に走った秋の復帰戦も負けたし。

 夏にトレーニングをサボったわけでもないのに。ホント、ワケわかんないわ。

 ま、だからって自信がないワケじゃないんだから。もちろん二人以外の出走メンバーにも譲る気ないし。

 

(……というか、他ってどんなメンバーでるんだっけ?)

 

 まぁ、あと1ヶ月くらい後の話だし、確定してる()の方が少ないけど。

 そんなことを考えてたら、ふと視線を感じてそっちを見る。

 そこには……小柄なウマ娘がジッとこちらを見ていた。

 

「ピーちゃん?」

 

 見ていたのはサンドピアリス。普段は明るく爛漫な彼女にしては珍しく、浮かない顔をしてる。

 そんな暗い表情で──カグっちを見てた。

 

(あ~、疎外感を感じちゃったかな? 別に仲間外れにするつもりなんてまったく無かったんだけど……)

 

 シャダイカグラのルームメイトである彼女は、条件戦のダートをメインに走ってる。

 だから話には付いていけないもんね。

 ちょっと罪悪感を感じて──

 

「で、ピーちゃん。最近どーよ?」

 

 ウチは笑みを浮かべ、話題を変えるべくサンドピアリスに話しかけた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「カグラちゃん……」

 

 ローズステークスを制した彼女──シャダイカグラが、共に走ったみんなを相手に話しているのを見ながら、わたしは複雑な気持ちになっていた。

 さっきのカラーちゃんの言葉には思わずドキッとした。

 でも、さすがカグラちゃんはそんなことをおくびにも出さないで、笑顔さえ浮かべてる。

 

(わたしにはそんなこと、できないよ……)

 

 そんな彼女の姿を見ながら、わたしは悲しい気持ちで一杯になっていた。

 その理由は、ローズステークスを終えて戻ってきたその足で彼女から打ち明けられた、彼女の今後に関すること。

 

『ねぇ、ピアリス。あなたにだけ、あなただから伝えるんだけど……』

 

 部屋に戻ってきたカグラちゃんにレースの勝利に『おめでとう!』と言ったら、そう切り出してきたんです。

 急に改まったカグラちゃんにわたしが『なあに?』と問い返して……一度だけ言葉を躊躇った後、その顔に笑顔さえ浮かべて、言った……

 

 

 

『私ね、エリザベス女王杯を最後に……引退するから』

 

 

 

 あまりにもあっけらかんと──カグラちゃんがまるで明日出かける予定を言うくらいの気軽さで言ったものだから、わたしも『え?』って問い返してた。

 でもそれに、彼女は答えずに笑顔のままだった。

 頭の中でその言葉を反芻させて……その意味を理解して……唖然とした。

 

『なんでッ!?』

 

 口をついて出た言葉。

 それしか出なかったし、それ以上を言う余裕さえなかった。

 だって、カグラちゃんは桜花賞を勝ったし、オークスも惜しかったし、最後の一つのエリザベス女王杯に向けてローズステークスにも勝ったんだよ?

 勝てなくなって負けが多くなったわけでもないし、ミラクルバード先輩みたいに走れなくなったワケじゃないんだし。

 色々聞きたい気持ちばかり先走って──

 それ以上に驚きのあまりに考えがまとまらなくて──

 言葉が出ないわたしに、カグラちゃんは苦笑いしながら答えた。

 

『脚が……限界なのよ』

 

 いつだったか……夏前にカグラちゃんがなにもないところで(つまづ)いたことがあった。

 思えばあれが兆候だったのかもしれない。

 夏を迎え、カグラちゃんの様子がおかしいことに同じ部屋のわたしは気付いてた。

 盛んに脚を気にしてたし、脚のマッサージをしている姿もよく見かけた。

 気になって訊いたら、最初は『気のせいよ。大丈夫』なんて言っていたのに、だんだんとその表情がかげっていって……夏の盛りの頃には深刻そうな顔になってた。

 それでもわたしには『大丈夫』って言ってたけど……その隠しきれない悲愴な空気からはとても大丈夫になんて思えなかった。

 

(そのカグラちゃんが……夏の終わり頃に、普通に走り始めた)

 

 そんな姿を見て、ホッとした。

 ああ、もう大丈夫になったんだ……って。

 いろんな治療法を試してるって言ってたけど、その効果が出たんだ。だからまた普通に走れるようになったんだ──そう思ってた。

 それが……違っていたと、カグラちゃんはわたしに説明しはじめた。

 

『ルドルフ会長とか、いろんな人が回復したって言ってた笹鍼も試したのよ。おかげで調子は戻ったように思えたんだけど……』

 

 でも、やっぱり脚の調子は再び悪くなった。

 もう一度行って、どうにか復調したけど……それがかりそめのもので、いつまで保つのか分からない。

 ともあれ、そのおかげでローズステークスを制して、エリザベス女王杯へのキップは手に入れた。

 でも……そのレースの後は…………

 

『私の脚は、もう……ね。だから最後に悔いの無いように、トリプルティアラの最後の一つには挑戦したいのよ。そこで、私は……』

 

 カグラちゃんが笑顔でいるのは、それが限界だった。

 その目から一筋の滴が落ちて──

 

「──で、ピーちゃん。最近どーよ?」

 

 不意にかけられた声で、わたしは我に返った。

 見ればカラーちゃんがニコニコしながらわたしの方を見てる。

 

「え、えっと……」

「ダート路線、ガンバってるんでしょ?」

「う、うん……がんばってるけど……勝て、なくて……」

 

 わたしはそう言うと誤魔化すように「えへへ……」と苦笑いした。

 そんなわたしにカラーちゃんは、「仕方ないな」って感じでつられて笑って、モンちゃんはちょっと冷ややかな目で見てきて……

 そして、カグラちゃんがわたしを見る目は──どこか、うらやましそうなものに見えて仕方がなかった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──話は、10月末に戻る。

 

「ったく、アイツ……頭固すぎだろ」

 

 放課後の練習時間に、トレーナーから離れてわたしと二人になった途端、ギャロップダイナ先輩は急に愚痴り始めました。

 

「先輩、ひょっとしてエリザベス女王杯のことですか?」

「ああ。どうにもアイツはダート路線に固執して、お前を芝で走らせる気は無いらしい」

 

 わたしの練習を一手に見るようになってくれたダイナ先輩。その方針で実は芝の練習ばかりしてる。

 ダイナ先輩が「アイツ(トレーナー)にバレないようにはしねえと」って言って、最低限のダートの練習はさせてもらってるけど……

 でもそのおかげで、ダートでの出走の成績が落ちて、秋になってから三連敗なわけで……さすがに、これは良くないよね。

 

「あの、ダイナ先輩……これ以上、みんなに迷惑かけるわけには──」

「気にすんなよ、ピアリス」

 

 さすがに自分のわがままをこれ以上は通せないと思って言ったんだけど、ダイナ先輩はそう言ってわたしの頭の上にポンポンと軽く手を乗せました。

 

「もうエリザベス女王杯しかないんだろ?」

「それは……そう、ですけど……」

 

 あの日──カグラちゃんから引退の話をされて、わたしは彼女と一緒に走りたいという夢を諦められなくて、ダイナ先輩に話しました。

 ぶっきらぼうで破天荒なところもありますが、根は優しい先輩なので話しても大丈夫だと思ったので。

 それに……こんな話を一人で抱えるのは、わたしには重すぎて、誰かに相談せずにはいられなかったし。

 

「でも、トレーナーさんの言うとおり……です。三連敗している私が、エリザベス女王杯に出るのなんて無理ですし、これからのことを考えたら、それよりもダートの方を──」

「この先、ダートを走ったって先はたかがしれてるぞ?」

「え……?」

 

 思わずそう言ったダイナ先輩をじっと見てしまいました。

 

今の中央(トゥインクル)シリーズではダートの重賞は少ねえからな。この先もダートで活躍したいって思うんなら、地方(ローカル)シリーズに移籍した方がマシかもな」

「そんな……」

「ダートを走ってたあたしが言うんだぜ? ま、その数少ないダートの栄光を取りに行こうと、ビジョウは考えてんだろうけど……んなこと気にする必要ねえだろ」

「トレーナーさんが一生懸命考えてくれてるのに?」

「んなもん()()()()()だ。優等生(オラシオン)やら雀ゴロ(ロンマンガン)の面倒見てる内に、大事なこと忘れちまってるのさ」

「大事なこと、ですか?」

「ああ。なによりも大事なことさ」

 

 わたしが思わず首を傾げると、ダイナ先輩は得意げにニヤリと笑います。

 

「一生に一度しかねえあたしらの人生なんだから……走りたいレースを走る、それこそがウマ娘にとっては譲れないところじゃねえか。ましてそれが一生に一度しか走れねえレースならなおさらだ。ダートの条件戦なんざ、エリ女の後にいくらでも走れるんだし」

「先輩……」

「ま、かく言うあたしだって、例の秋の天皇賞(アキテン)には出たくて出たわけじゃねえけど……だけど、ダイユウサクが有に出たがったときは、手を尽くしたって話だけどな。その時のこと、忘れちまったっていうなら……あたしが代わりにやってやるさ」

 

 ダイナ先輩は「任せとけ」と言って、今度はわたしの肩をポンポンと軽くたたいてくれました。

 そしてわたしに背を向けると、大きく息を吐いて──

 

「背に腹は代えられねえし。アイツに頼みにいくしかないか……」

 

 と、つぶやいて校舎の方へと歩いていきました。

 ……ひょっとして最後のって、ため息だったのかな?

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──まったく、エラい奴ってのはいけ好かねえ。

 

 もちろんアイツの偉業は認めてる。

 秋の天皇賞(アキテン)であたしに負けたからって、こっちの方が上だなんてマウントとる気もねえし。

 

 ……きっちりリベンジされたしな。

 

 スゴいウマ娘だよ、アイツは。御尊敬申し上げるぜ。

 だが──やっぱり面白くはないんだよな、アイツを頼るのは。

 とはいえ、今回の件はあたしでは解決できない。

 サンドピアリスのレースに出たいという願望を叶えるどころか、トレーナー(ビジョウ)の意向を変えることさえできなかったんだから。

 

 で……いけ好かねえ相手に頭を下げる覚悟を決めて、ここ──生徒会室へとやってきたわけだが、アイツ以上にいけ好かねえヤツが立ちはだかってくれた。

 おかげであたしの堪忍袋は破裂寸前にまで膨れ上がってる。

 

「だからぁ、アイツに会わせろって言ってんだろうが!」

「アイツ、では分からん」

「ここに来てんだから、誰のことだか分かんだろうが! この部屋の主だよ、ヌ・シ!!」

「ルドルフ会長なら──」

「分かってんじゃねーか……」

 

 手間取らせやがって──と、舌打ちするや、あたしの相手をしていたウマ娘の目が鋭くなった。

 

「会長なら、多忙につき会うことは叶わん。日を改めて──」

「ハァ? ふざけんな。居るなら会わせやがれ! こっちだって暇を持て余してるわけじゃ──」

「会長はこれから、大事な方とお会いする約束があるんだ。他の者と会っている暇など無い!」

「大事なお方ぁ? あ~あ~、イヤんなるぜ。上昇志向が透けて見えて……将来のVIP様になるべく今からコネづくりか?」

「なッ!? たわけたことを……先輩とはいえいくらなんでも言葉が過ぎる!」

「なんだ? お上品なお言葉をお使いすればいいんですかい? けど残念だったな。アイツが“皇帝”サマなら、こっちとらそいつ相手に下克上した“革命家(テロリスト)”だ。言葉が(きたね)えのは仕方ねぇだろ?」

「ぐぬぬ、言わせておけば……」

 

 あたしが言ってやると、そのウマ娘は怒り心頭で睨みつけてくる。

 さも今にも噛みつかんばかりの様子で、まさに怒髪天をつかんばかりといった様子だ。

 ま、アイツのシンパなら、あたしのことは元からさぞ気にくわないだろうよ。

 あたしがいなけりゃ七冠は八冠になってただろうし、初の春秋制覇の偉業もアイツのものになってただろうからな。

 その()()()やら勝ったレースでの箔(日本勢初のジャパンカップ制覇)を考えたら、カツラギエースよりも嫌われていて当然だ。

 

「──構わない。入れてくれ、エアグルーヴ」

 

 あたしが門番代わりをからかってやってると、そんな声が扉越しに聞こえてきた。

 

「し、しかし会長……」

「時間もまだそこまで押していない。理事長もまだお見えになられていないし、話をする時間くらいはある。もっとも、ここで押し問答をしていたらその貴重な時間もなくなってしまう」

「……わかりました」

 

 主からのお言葉で、忠犬は恨みがましくこっちを睨みながらもその部屋へと通してくれた。

 ニヤリと笑みを浮かべてやったら、ワナワナと肩を震わせ始めたのはケッサクだ、

 だが──あたしを迎えたそのウマ娘の顔に面と向かうと、その爽快さも消し飛んだけどな。

 

「……まさかキミが一人でやってくるとは、思いもしなかったよ。ダイナ」

「奇遇だな、会長。あたしもこんな日が来るとは思ってなかったさ」

 

 素直に歓迎の意を示したアイツ──シンボリルドルフに対し、あたしは思わず皮肉気に笑みを浮かべながら肩をすくめてそう返していた。

 それに対し、会長は困ったように苦笑する。

 ああ、まったく……あたしはこのウマ娘が苦手で仕方がない。

 競走ウマ娘の王道のど真ん中を堂々と、真っ直ぐに突き進んできた彼女は、あたしにとっては眩しすぎるんだ。

 その覇道の数多くの白星が煌めく中にある──たった二つの黒星。それをあたしなんぞが付けちまった、ってのが心の奥で疼くのかもな。

 

(もちろんあのレースは、あの勝利は、あたしの誇りだ)

 

 降着やら失格になって転がり込んできたわけじゃねえし、堂々と戦い、そして勝ち取ったあの勝利に、当然後ろめたいところなんてない。

 あの勝利は、あたしの勲章であることは間違いない。けどな……

 ただ、その後はアイツに勝てなかった。GⅠ(安田記念)はとったがアイツのいないレースだ。

 そしてアイツが立派になればなるほどノドに刺さった魚の骨みたいに、あたしの気持ちを刺激してくるんだ。

 アイツが皆の信頼を集める“正義の味方”である以上、あたしは悪役になるべきだって具合にな。

 だからつい、こんな返しをしてアイツを困らせちまうのは……あたしの本意じゃあない。

 ま、軽口たたいていると余計に困らせる上に、取り巻きの我慢が限界を超えちまうかもしれねえから、さっさと本題に入るか。

 

「相談、があってな」

「なるほど。キミの性格上、自分自身の問題では無さそうだが……詳しく聞かせてくれないか?」

「御明察どおり、あたし自身じゃなくて、チームメイトの件でな。後輩がどうしても出たいレースがあるが、ビジョ──ウチのトレーナーがそれを許さず、登録さえしてもらえそうにない」

「ふむ……」

「出走枠を確保してもらえたら、さすがに頑固者でも許可するとハズ……ってなわけで、出走枠を手配してもらいたくってな」

「ちなみに、レースは?」

エリザベス女王杯(エリジョ)さ」

 

 あたしが言うと、会長(ルドルフ)の傍で話を聞いていたウマ娘が気色ばんだ。

 

「そんなことできるわけがない! 我々にそんな権限はない!」

「……そうなのか?」

 

 相変わらず怒っているそのウマ娘をよそにルドルフに確認すると、彼女は苦笑しながらうなずいた。

 なおも収まらない部下をなだめ、それからあたしへと説明する。

 

「生徒会という立場上、我々は学園に所属するウマ娘全てに公平でなければならない。だから誰かのために出走枠を用意することをすれば、それは望む者全てに同じようにしなければならなくなる」

「なるほど、理屈だな。じゃあ……例えばその話を理事長に繋ぐ、なんてことは? ウチのチームのダイユウサクが有記念へ出走したときみたいによ」

 

 ルドルフにできないのなら、と思って言ったその案に対し彼女は首を横に振って否定した。

 

「希望するレースを走らせてもらえないという担当トレーナーに対する異議申し立て、ということなら然るべき部署に訴えて、手続きをするべきだが……それがしたいわけではないのだろう? それに、あのレースの優先出走枠はトライアルレースの結果で得るものだ。有記念のように推薦枠は無い」

 

 ルドルフが言うと、隣の部下もうんうんと頷いている。

 まぁ、言われてみればその通りだな。藁にもすがる思いで来ちまったけど。

 

「……そっちのトレーナーからウチのトレーナーに言ってもらうってのは?」

「確かに、東条トレーナーはそちらの乾井トレーナーの姉弟子ではある。しかしそれぞれ独立してチームを持っている以上は難しいところだろう。それこそ他のチームの方針に外から口出しすることになってしまうし、東条トレーナーも難色を示すと思うぞ」

 

 ルドルフが腕を組んで考え込みながら答えてくれた。

 その真摯なところは真面目なアイツらしいと思ったし、ありがたく思えた。

 そしてだからこそ……あたしの頼みがお門違いなのが、実感できた。

 これ以上、ここで粘ってもルドルフを困らせるだけで解決はしない、と判断する。

 

「ところで、〈アクルックス〉でエリザベス女王杯に出たいということは……サンドピアリスかい?」

 

 おや、よく知ってるな。

 さすが会長と言いたいところだが、冷静に考えたらバケモノだな、このウマ娘。

 ピアリスみたいな、重賞さえ勝ってないようなウマ娘のことさえ把握しているんだから。

 

「ああ、そうだぜ。ま……なんとか別の方法考えてみるわ。邪魔して悪かったな──」

「いや、ダイナ。ちょっと待って欲しい」

「……あ? 無茶なこと言って時間とったのは悪かったが……」

「違う違う。なにもキミを責めようというわけじゃないんだ。確かに私も、理事長も、キミの力にはなれそうにないが……なってくれそうな方を紹介できそうだと思ってな」

 

 力になってくれそうなヤツ? いったい誰のことだ?

 東条さんがダメなら、トレーナー連中は全部ダメだろ。あたしももうおやっさん──ビジョウの師匠くらいしか頼るアテが()えと思ってたところだが、そっちのコネならあたしが直接ある。

 

「ルール上、優先出走枠というわけにはいかないから、確実に出走させられるわけじゃない。だが……トレーナーに出走のエントリーを説得するのには、これ以上ない味方じゃないか?」

「いったい誰だよ、そいつは?」

 

 もったいぶるルドルフの言い方にもどかしさを感じてつい言葉が荒くなると、ルドルフの取り巻きが「そいつだと!?」と聞き咎めてきた。

 いや、誰だかわかねえんだから無礼も何もないだろ。

 

「さっき、“大事な方とお会いする”予定がある、と言っていただろう?」

「ああ。覚えてるぜ……」

「その方の言うことなら、キミのトレーナーは間違いなく聞いてくれるだろうよ。それに──件のウマ娘の関係者でもある」

 

 …………え?

 ルドルフが理事長と一緒に迎えるほどのVIPで、ウチのトレーナー(ビジョウ)が言うことをきく。さらにピアリスの関係者……

 それって、あの初代国民的アイドルウマ娘以外、考えられないような──

 

「このタイミングで来るなんて、キミは本当に運がいいな、ギャロップダイナ」

 

 ああ。そいつは自覚してるぜ、ルドルフ。

 アンタに勝ったあのレース以来な。

 

 

 ──かくして、天上人のようなそのウマ娘に会ったあたしは事情を説明し……後日、連絡がきたトレーナーは血相を変えて、出走エントリーをすることになった。

 無論、優先出走枠が無いので抽選になったわけだが……“運の良い”あたしがついているんだから出走枠を見事に引き当てられたのも、当然のことだけどな。

 

 

 そして……運命のあの日を迎えることになった。

 

 




◆解説◆

【ライトカラーは気付かない】
・シャダイカグラの状態に気付かないライトカラー。
・自分の成績不振の理由もわからないし。
・そしてピアリスが次にどのレースを走るかなんて、気付くわけもなく……

これ
・このとき、シャダイカグラが受けようとしているのは笹針。
・史実での笹針治療の成功例として名高いシンボリルドルフ(皇帝)ですが、これをやったのは5歳のとき。
・宝塚記念の直前で故障が判明して回避した後は回復が思うようにいかず原因不明の筋肉痛に教われる等しており、計画していた海外遠征も取りやめになったり、引退の話が出たりしています。
・その時に「イチかバチか」で笹針治療を行い、そこから回復に向かって引退宣言を撤回できるほどになりました。
・なお……そんな感じで治療が長引いたおかげで、秋の天皇賞はぶっつけ本番で挑み──ギャロップダイナに負けることになります。
・一方、史実のシャダイカグラですがオークスの後に脚部不安が生じて夏に二度の笹針を受けています。
・その効果があったのか、秋初戦を見事に勝っていました。
・なお、笹針ということで、ここで出ているのは笹針師──つまり安心沢刺々美をイメージしています。
・本作ではゲームとは違いもっと信用度が高いので、ゲーム版でスゴ腕だったとされているその師匠の方が、イメージに近いのかもしれません。

夏もレースに出走
・史実のメジロモントレーはローズステークスには出ず、秋は10月頭のクイーンステークスで勝利しています。
・また、オークス後は6月は出走していませんが、7月と8月に函館開催の条件戦(それぞれポプラステークス、函館特別)に出走しており、4着、1着と結果を出しています。
・おかげでエリザベス女王杯での人気はシャダイカグラに次ぐ2番人気になっていました。

引退
・史実のシャダイカグラの引退宣言は意外と早く、ローズステークスのころには「エリザベス女王杯で引退」と決まっていたようです。
・牝馬なので大事にされたというのもあるでしょうが、脚部不安の深刻さを物語っています。

今の中央(トゥインクル)シリーズではダートの重賞は少ねえ
・“今の”=当時の、という解釈でお願いします。
・シャダイカグラがクラシック期のころのダート路線はGⅠはともかくGⅡさえもありませんでした。
・GⅢもフェブラリーステークス、札幌記念(ただし90年から、根岸ステークス、ウィンターステークスの4つだけ。
・このように、このころの日本の中央競馬のダートは芝で勝てない馬が出るレースという扱い。
・そんなわけでダートで勝っているとハンデが増える上に先がなくなっていくので、ダートを走り続けるなら地方移籍しかありませんでした。
・現在ではGⅠレースもありますし、状況が変わっています。

出走エントリー
・実際、史実でのこのときのサンドピアリス陣営は連敗中なのもあって、賞金を稼ぐべく次走を自己条件のダート戦と考えていました。
・そんなサンドピアリスがエリザベス女王杯に出てきたのは、その馬主の事情が原因となります。
・馬主ができたばかりの一口馬主クラブだったので、「初年度からGⅠ出走馬が出たら、いい宣伝になる」からという強い押しがあったために、エリザベス女王杯への出走をエントリーしました。
・また、エリザベス女王杯の前週開催の菊花賞に、史実ではピアリスと同い年のムービースターが出走する計画だったのですが……抽選に外れてしまい、その主戦騎手の岸滋彦騎手が初のGⅠ騎乗を逃してガッカリする姿を見て、GⅠに出してやろうと吉永忍調教師がサンドピアリスをエントリーしたという話もあります。
・すると見事に抽選に当たり、何はともあれエリザベス女王杯へ出走することになったのです。


※次回の更新は12月17日の予定です。  

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