見えぬ輝きの最南星《アクルックス》   作:ヤットキ 夕一

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 ──それはエリザベス女王杯がスタートする直前のこと


 今日もレースの実況を担当する赤坂は出走表と各ウマ娘の姿を照らし合わせていた。
 名前入りのゼッケンを付けて走る他のレースは、ゼッケンに出走表の番号とウマ娘の名前が書いてあるのでよく見れば間違えないものの、服装的には皆同じなので瞬間的な見分けが付きにくいという欠点もある。
 一方で各ウマ娘がそれぞれ違うデザインである“勝負服”で走るGⅠレースは、瞬間的な見分けは付けやすくとも数字や名前が書いていないので、勝負服とウマ娘の名前をしっかりと紐付けておかなければ実況で名前が出てこないという事態になる。

(もしもまた名前を呼び違えるようなことがあれば、今度こそ実況生命が終わる……)

 思い返すのはあのレースだった。
 有力ウマ娘だったスイートローザンヌが故障によって離脱し、それによって大混戦となった中段から後方のウマ娘達が一気に押し寄せた最後の直線。
 上位人気のウマ娘達が伸び悩む中で、後方からきた2人のウマ娘の姿に──その名前を勘違いした。


『サンキョウセッツだッ!!』
『サンキョウセッツがきたッ!! サンキョウセッツ、クラシックのタイトルを取りましたああぁぁぁッ!!』


 今思い出しても頭を抱えたくなる。
 もちろんその後、こっぴどく怒られた。公式アーカイブの実況も今では後から差し替えられたものになっている。
 ……それでも差し替え前のバージョンがネットの海から消えることなく、未だに残り続けているけど。
 ともあれ、そこで私の実況生命も終わったと思ったけどこの仕事をどうにか続けられていた。

(だからこそ、もう間違えられない)

 今回のレースも勝負服とウマ娘の名前を照らし合わせてしっかりと頭に叩き込む。
 もちろん有力ウマ娘は特に──今回で言えば桜花賞ウマ娘のシャダイカグラにオークスウマ娘のライトカラー、秋になって調子を上げてきているメジロモントレーは要チェック。
 そんな中……ふと目に入ったウマ娘がいた。

「サンド、ピアリス……?」

 目についた勝負服を出走表と照らし合わせて名前を確認する。
 そして彼女の人気やこれまでの出走データを見て──

(20番人気か~。ここまで2勝していてもダートの条件戦。直近の成績もよくないし、滑り込めたのは抽選で入れたから、よね……最下位人気も頷ける)

 そして、思った。
 本当に悪いとは思うけど──彼女の頭上に栄冠が輝くことは“さすがにない”と。
 そう思って別のウマ娘へと視線を移し、確認していく。



 ──まさかこの直前に彼女を見ていたことが実況生命を守ることになるとは、この時の赤坂さんは夢にも思っていなかったのである。



 それから間もなくゲートが開いて20人のウマ娘が一斉に飛び出し、クラシックレースのラストを飾るエリザベス女王杯は始まったのである。




第4R シャダイカグラは止まらない

 

『ゲートが開いた。シャダイカグラ好スタートを切りました。シャダイカグラが絶好のスタートを切りました』

 

 うん。最高のスタートが切れた。

 一番外のゲートから出た私──シャダイカグラには確かな手応えがあった。

 最大外なので片側には誰もいないし、内側にも私よりも前に人影はない。

 でも──

 

『桜花賞とは違って20番枠シャダイカグラ、絶好のスタートでこれから先頭に行く構えですが、内を通りまして内枠から一人、ラブオンリーユーでしょうか、このあたりが先頭に立とうと言うところですが──レディゴシップ、レディゴシップが先頭に立ちました』

 

 ──私は先頭を他のウマ娘に譲る。

 もしも誰もついてこないのなら、先頭に立ってペースを作るという手もあったかもしれない。

 でも一番人気の私を好きに走らせてくれるはずがない。案の定、他のウマ娘──“逃げ”を得意にしている彼女たちが来たので、執着することなく譲ったわ。

 今の状況で私には先頭を“逃げ”てレースをつくるほどの自信はないもの。

 もしも彼女たちと同じ策をとって競うことになれば、間違いなく限界まで体に負担をかけることになる。

 それよりももっと全体が見渡せて、負担の少ないところに身を置くしかない。

 

(中段や後方での待機も、今の私には難しいかもしれない)

 

 最後の直線での末脚勝負は、その加速を爆発させる性質上、瞬間的な足への負担は大きい。

 脚に不安を抱える私にとってそれは避けたい。

 だから私は──

 

『レディゴシップ先頭であります。それからファンドリポポが2番手であります。それから15番のキオイドリームが3番手。

 シャダイカグラは現在、ヤンゲストシチーを内にして、5枠の2人を挟んで、外を通って7番手辺りといったところでありますが。しかし先頭集団の良いところについています』

 

 ──前の辺りに位置して、隙をうかがう先行策をとる。

 これこそ、私にとっての最善の策。

 奈瀬トレーナーもきっと、そう考えているはず。

 

『レディゴシップが抜け出しました。第一コーナーをカーブして、レディゴシップが先頭でありますが、唯一の8枠がシャダイカグラ。そしてファンドリポポが2番手であります。ファンドリポポが2番手。それから6枠から一人キオイドリーム。その後ろに9番ヤンゲストシチー』

 

 先頭を行くレディゴシップが気にならないわけじゃない。

 彼女も間違いなく強敵。それを前に行かせるのだから、もちろん怖さはある。

 でも、私なら──巻き返せる自信がある。

 2番手、3番手のウマ娘たちもこのレースに出走できるくらいなんだから実力は確かなはず。

 でも……彼女たちから脅威を感じない。

 ただ、気になるとしたら──そういう私をマークするウマ娘に囲まれて身動きがとれなくなること。

 だから──

 

『それをかわして、外から行ったのがシャダイカグラであります。今日も8枠で一人、誇らしげに咲くシャダイカグラ。

そしてこのシャダイカグラをマークするようにリアルプリティが5番手にあがりました』

 

 コーナーでは内を走るのに比べて距離は伸びるし、当然に内を走る者よりも速く走らなければ抜くことはできない。

 でも囲まれて自分のペースで走れなくなる方が、今の私にとってはリスクが高い。

 そう判断して、私は外へと進路を取っていた。

 相変わらず、他のウマ娘たちからのマークは厳しい。

 

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

『おっとあがってきた5枠のメジロモントレーであります。それから5番シンエイロータス、それからスッとヤマフリアル。そして9番ヤンゲストシチーはちょっと内々で後退気味。

それから14番のホウヨウファイナル。その外へ16番リリーズブーケ。そしてキレ者カッティングエッジ12番がここにいます。

それから4番のラブオンリーユー、そして6番のサンドピアリスであります』

 

 

(大本命は、前でレースしてる……)

 

 後ろでのレースになった私──カッティングエッジは、前に並ぶウマ娘たちをジッと見つめて様子をうかがう。

 

(こうして後ろから見る分には、誰にも何も言われないし)

 

 それが正面から、そして横からだとそれ以上に大変なことになるんです。

 併走してチラッと見ただけで──相手のウマ娘は、ギョッと驚いた表情になるし、気の弱い()相手だと「ひぃッ!!」と悲鳴をあげられたことは数限りなくありますし。

 

(それは、私の目つきのせいだけど)

 

 私の目は──ほんのちょっぴりだけ──他のウマ娘に比べて鋭いようで、誰に似たのかその目は三白眼で、しかも鋭く切れ長という形状はよく怖がられてしまうようです。

 普通に視線を向けただけでも、睨んでいるように見えるみたいで──子供の頃から「なんで怒ってるの?」と訊かれたことは数限りなし。というかもはや聞き飽きている状況。

 

(何度、「怒ってない」「キレてない」と言ったことか……)

 

 心の中でこっそりため息をついてしまう。

 もちろんそれも精一杯普通の表情で言ったつもりなんだけど、それが「怒りを抑えている」「我慢している」と、さらに誤解を広めてしまうようで──いつの間にやら“キレ者”なんてあだ名が付いてたワケで。

 

(切れ味良さそうな名前のせいなんじゃないかな……)

 

 カッティングエッジという私の名前は、それはもう触れる者皆傷つけるくらいに鋭い名前。

 そして──そんな私の目を見ただけでは怖じ気付かないような実力上位者は、今は前の方に集まってる。

 後方の位置にいる私は前の様子がよく見えていた。

 

(前のペース、意外と速い)

 

 2400と決して短くない距離のこのレース。でもかなり良いペースで展開している。

 だからこそ前の方からわざわざ位置を下げ、私はあえてこの後ろの方へと位置した。

 そのペースを生み出したのは、大本命シャダイカグラが良いスタートを切ったのが原因。

 

(皆がマークする彼女の出足がよかったことで、逃げの面々が速いペースで入ることになった。シャダイカグラ本人は先頭からは退いたけど、それでも上がったペースはそのまま……)

 

 大逃げする者もおらず、切れることなく集団となって前の方は固まっている。

 そうなるとスタミナ消費が激しい前でレースをしている面々は、これからキツくなってくるはず。

 つまり、後方待機策が有利と判断した──ええ、ペースについていけなくなったわけじゃありません!

 

(すぐ後ろにいるのは、人気が最下位(ビリ)下から二番目(ブービー)の2人だもの……)

 

 後方待機有利な展開になって、しかも周囲は実力が劣るウマ娘。

 もちろん、さらに後ろには5人いるし、その中にウマ娘に警戒すべき相手がいないわけじゃない。

 なにしろ今年の“樫の女王”はさらに後ろにいるのですからね。

 でも──ここから私の()()()()()の脚を見せてあげようではありませんか。

 3番人気はダテじゃないんですから。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──レースが中盤をすぎて、動き始めていた。

 

『こんな大勢(たいせい)で坂を上りまして第3コーナーでありますが、さぁシャダイカグラは──おっと2番手にあがっている。シャダイ2番手だ。15番キオイドリームが先頭、シャダイカグラ20番が2番手にあがりました』

 

 もう仕掛けようというのですか、カグラさん……

 いえ、彼女の実力を持ってすれば、ここでの仕掛けが早すぎるということはありません。

 ならばわたくしも、ここで後れをとるわけには行きませんわ!!

 

『そして3番手──おっと内から3番のレディゴシップ後退。外からメジロモントレー。外からメジロモントレーが早くも上がってきました』

 

 シャダイカグラさんが2番手に上がった以上は、わたくし──メジロモントレーも動かないわけにはまいりません。

 名門メジロ家の一員として……桜花賞には出走できず、オークスでは及ばなかった以上、このエリザベス女王杯だけでも絶対に手にしなければならないのです。

 ラモーヌさんが達成したトリプルティアラの完全制覇を目標としたわたくしが、その一つもとれないなんてこと、絶対に許されませんわ!!

 

「さぁ、カグラさん! これからが──勝負ですわよ!!」

 

 3コーナーを過ぎて4コーナー、そして最後の直線こそがレースの勝敗を分ける天王山。

 わたくしの目は、カグラさんの背中をしっかりと捉えていたのです。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

『それからファンドリーポポ、そしてシンエイロータス、ヤマフリアルであります。

リリーズブーケも差を詰めた。カッティングエッジはまだ上がってこない。ライトカラーがいる。ライトカラーがいました』

 

 2番手に位置し、最後のコーナーから直線に向けて万全の位置を確保した私、シャダイカグラ。

 それでも油断はできない。

 思いがけずハイペースになったけど、それでも私のスタミナはまだ十分に残ってるし。

 先頭を走るウマ娘をこの先で抜くことはおそらく可能。

 怖いのは──後ろから来るウマ娘達よ。

 

(すぐ後ろにモントレーの気配があるのはビシビシ感じてる。それに、カラーがそのまま後ろで終わるはずがない!)

 

 オークスでゴール直前まで競った相手だもの。

 最近、調子が悪いのはわかってるけど、それでもあの走りを忘れることなんてできないわ。

 

『さぁ、第3コーナーから第4コーナーの手前でありますが──』

 

 ここからがいよいよクライマックス。

 ゴールまでの間に、カラーは絶対にやってくるはず。

 そうでなければ許さないわ。

 あの勝負で私に勝ち“樫の女王”となったんだから、もう一度ここで戦わせなさい!!

 

「来なさい、カラー! あなたの実力は、こんなところで終わるはず──ッ!?」

 

 なッ!?

 いったい、何が──私の頭は真っ白になる。

 

「──ぅくッ」

 

 さらに加速しようとして力を込めたはずのその脚は──突然反旗を翻し、激痛をもって反抗を示した。 

 戸惑い、そして……理解する。

 脚部の不安が──ついに本格的に牙をむいてきたのだ、と。

 

(こんな!? ゴールまでもう少しだというのに……)

 

 4コーナーの途中で──私は、速度を上げることができずに順位を下げることしかできなかった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──その瞬間、出走していたウマ娘達に戦慄が走った。

 

『おっとシャダイは? シャダイは後退か? シャダイ後退したか。おっとシャダイ後退、集団に沈んだ。シャダイカグラピンチ、シャダイカグラピンチ』

 

「──カグラさん!?」

「──カグっち!?」

 

 彼女と親密であり、そして共に切磋琢磨してきた良き好敵手(ライバル)──メジロモントレーと、ライトカラー。

 シャダイカグラの異変を察知して驚きの声を思わず上げた2人だったが──直後の反応は対照的だった。

 

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──メジロモントレーは、シャダイカグラの負傷を確信した。

 

 すぐ前を走っていた彼女が急速に失速したのだから疑いようもない。

 そして彼女に流れていた脚部不安の噂と、それを裏付けるかのような引退宣言。

 

(そう……あなたの脚は、保たなかったのですわね……)

 

 ここから鎬を削るような真剣勝負ができると思っていたのに、と一抹の無念を感じつつ、後退するシャダイカグラを避けながら、モントレーは気持ちを切り替えていた。

 シャダイカグラが消えた以上、このレースをとるのは自分だ、と。

 たとえ競うべき相手が急にいなくなり、心にぽっかり穴があいたような喪失感があったとしても……

 

 

『メジロモントレーが差を詰める。メジロモントレー、内からファンドリポポが差を詰める』

 

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──後方から一気に順位を上げてきていたライトカラーは、急速に後退していくシャダイカグラの姿に激しく動揺していた。

 

 いったい、なにが……疑問に思いながら、そして思い至る。

 ローズステークスの前に流れていた噂──シャダイカグラは脚部不安を抱えている。だから夏の間も全力で走り込むことができなかった──それが真実だったということを。

 ローズステークスでの走りには、そんなものを微塵も見せなかったからデマ、もしくは狡猾なトレーナーが流したブラフとさえ思っていたのに。

 

(カグっち、そんな……)

 

 下がっていく姿が、スローモーションのように流れていく。

 無念そうで悲しげな彼女の顔を見たライトカラーはいたたまれなくなっていた。

 その表情が脳裏に焼け付き……これからシャダイカグラといざ真剣勝負と思っていた彼女の心は乱れに乱れ──そこからスパートをかけられるような状態ではなくなっていたのである。

 

 

『さぁ、このあたりでリアルプリティか。シャダイは完全に沈んだ。シャダイは完全に沈んだ』

 

 ──悪夢の4コーナーを越えて、レースは最後の直線を迎えようとしていた。

 

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「カグラちゃん!?」

 

 もちろん、その光景はわたしも見てた。

 前の方にいて、先頭に立とうとしていたシャダイカグラ──カグラちゃんが、急に失速して、後ろの集団に飲み込まれていくのが。

 おかげで、カグラちゃんを避けるために、あわてて進路を変えるウマ娘がいたりして──後ろの方にいたわたしは、幸いなことに予め見えていたので、ある程度余裕を持って避けられたけど。

 でも……わたしはかぐらちゃんが心配になって、思わず彼女へと寄って手を伸ばしかけ──

 

「止まるなッ!」

 

 明らかに苦しげな顔をして、それでもどうにか走るカグラちゃんはわたしが触れるのを拒絶した。

 その激しい反応に、わたしはびっくりして「え……」と戸惑うけど──

 

「何をしているの、ピアリス! なぜ足を止めようとしているのよ!」

「そんな、わたしは──」

 

 苦悶の表情のまま、それでも足を止めず走りながら、大きな声で言ったカグラちゃんのその反応に戸惑いました。

 わたしは、それ以上近づくことができなくなって──カグラちゃんの姿はわたしの横へ並びます。

 

「競走ウマ娘が足を止めるのは、ゴール板を駆け抜けた後よ! だから私だって──」

 

 格段にペースが落ちながらも、必死に歯を食いしばり、前へ──ゴールへと駆けようとし続けるカグラちゃん。

 その姿は、とても見ていられなくて──

 

「行きなさいッ! ピアリスッ!!」

「──ッ!?」

 

 思わずビクッとなるわたし。

 その間も苦しげなカグラちゃんの姿が、だんだんと後ろへと下がっていく。

 そして苦痛に顔を歪ませながらも、人差し指のみを立てた右手を突き出し、わたしへと示す。

 

ナンバーワンサイン……)

 

 その意味が分からないわたしではありません。

 そしてカグラちゃんは──

 

「私が1着を取るのは、たとえどんな“奇跡”が起きてももう無理よ。だからッ」

 

 痛みのあまり睨め上げるようにわたしを見ながら、その口元に笑みを浮かべて言いました。

 

「──あなたが、“奇跡”を起こしなさい……サンドピアリスッ!!」

 

 突き出した右手の、出す指を人差し指から親指に変え──“健闘を祈る”のハンドサインを出して、カグラちゃんはさらに後ろへと下がっていく。

 わたしは、その姿を振り払うように視線を前へ向ける。

 

 

 ──そしてわたしは、沸き上がる感情のままに……一気に加速した。

 

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──最後の直線へと至り、レースは大混乱の様相を呈していた。

 

 それは2番手につけていたシャダイカグラの失速が、後続のウマ娘たちに大きな影響を及ぼしていたせい。

 彼女を避けるために、内でレースをしていた面々はコース変更を強いられている。

 大本命のウマ娘で他のウマ娘たちからマークされていたこと、さらには避ける前のウマ娘を含めてさらに避ける必要が出る等して、さらに混乱に拍車をかけたのよ。

 トリプルティアラのレースでのこのような事態に──私、ダイユウサクはあるレースを思い出していた。

 

「まるで、コスモの時の……」

 

 コスモドリームが一躍有名になったオークス。

 そのレースでも有力視されていたウマ娘がレースの途中で負傷し、競走中止になっていたわ。

 そこで起こった混乱で、レース終盤では乱戦模様となり──それまでほぼ無名だったコスモドリームが制した。

 アタシが直接目にした、思い出深いレースよ。

 

「今回は、あのときと決定的な違いがある」

 

 思わず言ったアタシの呟きに反応したのは、隣にいたトレーナーだった。

 

「あのとき、スイートローザンヌが負傷したのは序盤だった。でも今回は終盤の勝負所……その影響は比べものにならないほどデカい」

「でも、それはみんな同じ条件じゃないの? 後ろでレースをしていたウマ娘だって追い上げてくる辺りだし、同じように影響を受けるハズよ」

「誰もが最後の直線に向けての準備をしていた時に、前走者を避けるという“余計なこと”をさせられたんだ。機先を制された形になる先行のウマ娘たちの方が影響が大きい」

 

 なるほどね。確かに後ろのウマ娘たちであれば、もう少し早いタイミングでペースを上げているし、“すぐ目の前”の事態じゃないから備える余裕も多少はある。

 それでも集団が動けば、それを避けるのに余計なスタミナを使うことになったり、ペースを落とす必要が出てくるけど。

 唯一、影響を受けないはずのシャダイカグラの前を走っていたウマ娘は、これまでの速いペースによって一杯一杯になっているのは明らか。

 

(そうなると俄然有利になってくるのは、後方かつ外を走っていたウマ娘──)

 

 トレーナーの指摘通り、シャダイカグラをマークしてその後ろにつけていたウマ娘たちの足の伸びは悪い。

 しかも、その面々は軒並みシャダイカグラに次ぐような人気を集めるほどの有力ウマ娘ばかり。

 

(これは、荒れるわね……)

 

 案の定、外から後方にいたウマ娘たちが一気にあがってくる。

 中でも明らかに一人のウマ娘が桁違いの末脚を見せて、猛然と上がってくるのがわかった。

 その姿を見て──アタシは絶句する。

 

「なッ──」

 

 二の句が継げない、とはまさにこのこと。

 その顔は、アタシ達にとっては出走メンバーの中であまりにもなじみのある顔で──

 そして、よく知るからこそアタシ達にとっては最も予想外の顔で──

 それでも、見たことのないくらいに勝利に飢えた、誰よりも競走ウマ娘の顔をしていた──

 

 

『さぁ、先頭はずっと外を通りましてその中から一人、サンドピアリスか──』

 

 

「「「サンドピアリスッ!?」」」

 

 その実況を聞いても、信じられなかったチームメイトの声が響きわたる。

 

『──おお、なんとサンドピアリスだ。サンドピアリスが先頭!』

 

 実況さえも戸惑っている。

 最下位人気。しかもダートでしか勝ったことがないピアリスが、芝のGⅠエリザベス女王杯の最終局面で先頭に立つなんて、予想できるわけがない。

 確かに有記念でアタシも下から2番目の人気だったわよ。むしろ最下位人気は絶不調だったけど引退レース(ラストラン)だから出走したようなウマ娘だったんだもの。実質的には最下位よ。

 それでもアタシは重賞をとった経験があったわ。ピアリスにはそれも無い。

 ……まぁ、有記念に出走するにはそんな実績でもなければ無理なんだけど。

 

『そして懸命にシンエイロータス、ヤマフリアル、さらにシンビクトリーも突っ込んでくる』

 

 それでも先頭は変わらない。

 実績のないピアリスが先頭に立つその状況に、思わずトレーナーを見て──また驚く。

 え? あまり驚いてない?

 それに……その向こうにいるギャロップダイナは驚くどころか不敵にニヤリと笑ってるし。

 

「なんで……驚いてないの?」

「オレか?」

 

 トレーナーの問い返しにアタシがうなずくと、彼はダイナ先輩と同じように笑みを浮かべて──

 

「さすがに勝てるとは思ってなかったさ。でも……」

 

 もう体勢はほぼ決まった。

 今のピアリスの勢いなら追いつかれないし、追従するウマ娘達がそれ以上の速さで追い上げる様子もない。

 

「……()()()()()()()()()()()()()けどな」

「え……?」

 

 トレーナーの言葉に驚き、真意を聞こうとしたその瞬間──どよめきや悲鳴混じりの歓声が、一気に大きくなった。

 反射的に視線を走路へと戻す。

 先頭のウマ娘は、まさにゴール板の前を駆け抜けようとしていた──

 

 

『しかしビックリだ! これは番号6番──サンドピアリスに間違いない!』

 

 




◆解説◆

【シャダイカグラは止まらない】
・止まるわけにはいかないシャダイカグラ。
・続章の主役はサンドピアリスになっていますが、裏の主役はシャダイカグラです。
・ちなみに冒頭の赤坂さんのシーンは、モデルのレースの実況を担当した杉本アナが後年になって『サラブレッド賛歌』という番組のサンドピアリスの時に「もし間違えていたら……その後、放送席には座っていなかったと思います」というセリフを見て追加したシーンです。

後ろでのレース
・今回も、今までの史実のクライマックスレースのように、史実の実況ほぼそのままにあわせているのですが……これだと位置関係がうまく伝わらないと、反省中。
・この辺りは3コーナーの手前付近になるのですが、カッティングエッジは13番手、ラブオンリーユーが14番手、サンドピアリスが15番手という位置取りで、さらに後ろに5人いるような状況です。
・圧倒的に逃げてるのはいないのですが、前の方が速いためにやや縦長の展開になっていて、史実の実況もここで各馬の位置解説を止めて、先頭へと戻ってしまっています。

一気に順位を上げて
・↑で解説したように、史実でも実況でカットされた5頭。実はその中にライトカラーが入っていました。
・でもさすがオークス馬。3コーナーで13番手、4コーナーでは9番手まで順位を上げています。

ナンバーワンサイン
・このシーン、久しぶりの『新世紀GPXサイバーフォーミュラ』のオマージュです。
・TV版第18話「超光速の罠」の終盤、ブーツホルツがハヤトのアスラーダに体当たりを仕掛けたところを、シューマッハが間に入って庇ったシーン。
・その直後の気遣うハヤトと、叱咤するシューマッハのやりとりをオマージュしました。
・その時のシューマッハはリタイア、一方史実のシャダイカグラはリタイアしていないという違いがあるので、シャダイカグラは走り続けている……というちょっと締まらない感じになってしまいましたが。
・さすがに距離と走ってる時間が違うので、立ち止まれば挽回不能ですし。(自動車レースも止まったらさすがに挽回不能だと思いますが)
・なおこのオマージュ、本来なら別で使う予定だったんです。
・使いたかったのは、公開を途中で止めた『たった二人の最南星(アンタレス)』でのクライマックス、スプリンターズステークスで使うつもりでした。
・主役であるダイイチルビーの好敵手・ケイエスミラクルは競走中止していますし。
・ただ、止めてしまったのでここで使うことになりました。
・そんな想定だったので、第一章第74話冒頭ではそれっぽいシーンが書かれています。
・なおもちろんダイイチルビーは優勝しているのですが……元ネタのハヤトはそのレース優勝してません。(笑)
・最後までトップ争いをするのですが3着。でも初めて表彰台でした。


※次回の更新は12月29日の予定です。  

※ただし時間が午後7時ではなく午後3時37分となります。

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