見えぬ輝きの最南星《アクルックス》   作:ヤットキ 夕一

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「負けられない……絶対に負けられない!」

 その一念で、わたしは走る。
 思いはそれで一杯になったけど、不思議と頭の中は逆に冴えていく。
 そして思い浮かぶのは──ダイナ先輩と一緒に見た、京都レース場の映像。

『いいか、ピアリス。ここの特徴は……』

 トレーナーが菊花賞を控えたシオンちゃんやロンちゃんに付きっきりになって忙しいのをいいことに、ダイナ先輩はわたしにエリザベス女王杯対策をしてくれた。
 おかげでこのレース場のことはしっかりと頭に入ってるし、対策もできてる。

『今までのレースとは桁違いにレベルが高いレースだからな。お前の脚では先行について行くのは無理だろ。狙うなら一発逆転の追込み、それしかない』

 ダイナ先輩が言ったのは、自分の経験に基づいた逆転論でした。
 前でレースをして全体を支配して、逃げることも許さず、後方からの差しを牽制しつつ勝つ。それが王道の勝ち方。
 でもそれは本当に強いウマ娘ができる『勝つべくして勝つ』方法。
 例えば、カグラちゃんみたいな……

(そういうのに憧れるけど……でも、わたしには今回のレースでは絶対にできない走り方)

 カグラちゃんだけじゃなくて、他の皆もすごいメンバー。
 それにわたしはダートの方が得意。
 そんな中で前の方でレースをしてもついて行くのがやっとで、最後の直線では余力なんて残ってない。

『マイラーのあたしが、2000の天皇賞(秋)(アキテン)で勝てたのは後ろでレースしてスタミナ残していたからさ。確かに2400対策はしっかりやったが、だからこそ後方からの末脚勝負を仕掛けるんだ』

 ダイユウサク先輩も、レッツゴーターキン先輩も、末脚勝負であの大金星を挙げてるんだもん。
 そんな〈アクルックス〉伝統の走りを、ダイナ先輩は指導してくれた。

(あのときは、上手くいかなかったけど……それでも、そこから精度を上げてるもん!)

 今まで先行で走っていたけど、直前に走った条件戦ではこの作戦を試すために使ってる。
 結果は残せなかったけど……でも、手応えはしっかり感じてた。
 わたしの中でも問題点がわかった。
 だから──

「カグラちゃんがとるはずだった、このレース……代わりに勝つのはカラーちゃんでも、モンちゃんでもなくて──」

 遠くなっていくけど、背後から感じるカグラちゃんの気配。
 そこから確かな絆を感じる。
 うん……カグラちゃんが力を貸してくれる、そんな感じがした。
 その力を感じて、わたしの血が熱くなるのを感じた。
 そして沸き上がる力で──わたしの脚は芝を力強く蹴って、さらに速度を上げる。

「わたしが──勝つッ!!」

 カグラちゃんと繋がる──そんな不思議な感覚の中で、わたしはさらに不思議な感覚を感じていた。
 きっとこれが……カグラちゃんも感じていた、踏み入れていた感覚。
 こんな()()みたいなこと信じられないけど……でも、今のわたしはその感覚をハッキリと感じて、不思議な“領域”へと踏み入ってる。
 そして、これだけは分かる──勝つ、と。

「ヤアアアアァァァァァァッ!!」

 最後の直線で、わたしは外へと進路を取ってた。
 これもダイナ先輩のアドバイス。

『ターキンもあたしも程度の違いはあれど、外から仕掛けた。なぜだか分かるか?』
『えっと……内には他のウマ娘がいっぱい走ってるから?』
『その通り。誰だって走る距離は1メートルでも短くしたいから、たとえ直線になっても内側は混んでいる可能性が高い。そいつらを避けるのに右に左に進路を振ってたら、ロスが大きいからな』
『で、でも、ダイユウ先輩は……』
『ありゃあ特殊な例だ。前が集団(ダンゴ)になっていなかった幸運に加え、間をすり抜ける技術があいつにあったおかげさ。前者はともかく、後者はまだお前にはないからな』

 デビューが遅く成績も振るわなかったダイユウサク先輩は多くのレースを走っていて、その分、レース経験が豊富。そこで培った技術と勘だとダイナ先輩は評価してた。
 もちろん経験の少ないわたしには、すり抜けていく自信なんてないし、それに──内側は混戦模様になってた。
 だからわたしは、外から抜け出して──


『さぁ、先頭はずっと外を通りましてその中から一人、サンドピアリスか──』




第5R サンドピアリスに間違いない!

 

 

『おお、なんとサンドピアリスだ。サンドピアリスが先頭!』

 

 

 ──猛然と加速して大外から出てきたそのウマ娘の姿に、内で先頭争いをしていたウマ娘達は「なッ!?」と度肝を抜かれた。

 

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「そんな!?」

 

 メジロモントレーは思わぬ伏兵の出現に戦慄した。

 良いスタートで常に前にいたシャダイカグラに負けじと対抗心を燃やし、彼女の作り出したハイペース勝負に真っ向から立ち向かった。

 そのカグラが突然の失速──彼女を避けるのに無理をしたのもあって、脚は思うように速度を上げない。

 そして──外の後方からきたそのウマ娘に、ついて行くことはできなかった。

 

「あんな……あのようなウマ娘に、負けるなんてッ!!」

 

 名門メジロ家のウマ娘として……その矜持が許さなくとも、脚は前へと進まない。

 その背中を見て──彼女のトレーナーにまたしてもしてやられた、という気持ちがこみ上げてくる。

 

「おのれ、乾井 備丈。一度ならず二度までも……」

 

 悔しさが胸にあふれる中、心のどこかでは気がついていた。

 自分が負けたのは、乾井 備丈のせいではない。

 すぐ身近にいたはずのあのウマ娘の、本当の実力を見抜けずに(あなど)った自分の心に負けたのだと。

 

 

『そして懸命にシンエイロータス、ヤマフリアル、さらにシンビクトリーも突っ込んでくる──』

 

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 シャダイカグラの異変に動揺してしまい集団に飲まれたライトカラー。

 抜け出せない中で外からいったその背中に、驚いていた。

 

「ピーちゃん……」

 

 スタート前に心の中でエールを送っていた。

 シャダイカグラのルームメイトとして、彼女のラストランに花を添える存在としてがんばってほしい。

 その気持ちにウソなんてない。

 でも──いざ彼女が抜け出したこの光景を見て、気付いたわ。

 

(ウチも、心のどこかで……ピーちゃんが勝つワケない。ううん、ウチだってピーちゃんなんかに負けるワケないって、そう思ってたし)

 

 あのどうにか出走権を得たような小さなウマ娘に、“樫の女王”になったウチが負けるハズがないと思い込んでた。

 慢心とか油断とか……そういうのとも違う。

 

(ウチは、カグっちとかモンちゃんとか、上ばっか見てて──足下が疎かになってた)

 

 言い方悪いけど、心のどこかで「さすがに負けない」って馬鹿にしてたんだと思う。

 でも……そうよ、そうなのよ。彼女もまた──

 

「〈アクルックス〉のウマ娘だもんね。仕方ないわ」

 

 苦笑いするしかない。

 落ちこぼれかけてたウチが、あのチームなら輝かせてもらえると憧れた存在(チーム)

 選んでもらえなかったけど、むしろそれに反骨心を持ったからこそ掴めた栄冠(オークス)

 

(ウチが自力でそれをできたんだし。“吃驚(ビックリ)の〈アクルックス〉”なんだからそれ以上のことやってくるのも当然、か)

 

 外から抜けていったピーちゃん──サンドピアリスが先頭に立ったのが分かった。

 他の皆よりも前に抜けていて、それに追いつけるのは誰もいない。

 

「いけ! ピーちゃん。悔しいけど……」

 

 このレースの主役は、ウチじゃなかったみたい。

 それはモンちゃんでもカグっちでもなく──“人気薄の魔術師”に魔法をかけられた、灰かぶりならぬ“砂かぶり”の淑女(サンドピアリス)だったんだわ。

 

 

『──しかしビックリだ! これは番号6番、サンドピアリスに間違いない!』

 

 

 先頭でゴール板の前を駆け抜けるサンドピアリス。

 

 こうしてウチが見ている目の前で、たった一つのレースで人生を変えたシンデレラガールは生まれた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──最下位人気のウマ娘が、GⅠレースを制する。

 

 そんな目を疑う奇跡に京都レース場のみならず日本中が驚いているその時、それに比べればささやかかもしれない……そんな奇跡が起きていた。

 普通なら走るのを止めるほどの負傷したウマ娘が、どうにかゴールへと至る──そんな小さな奇跡が。

 

 

「……あと、少し…………」

 

 もう感覚が麻痺してきたのかもしれない。

 当初は頭へと響くようだった激痛が、今はほとんど感じなくなっているように思える。

 でも、遠くなりかける意識が定期的に戻るのは、やっぱり痛みのせいなのかもしれない。

 何度、脚を止めようかと思ったことか。

 でも止まるわけにはいかなかった。

 

(ピアリスに、あんなことを言ったんだもの……)

 

 彼女に、「勝て」って言ったんだから。

 あの小さな体で、他のウマ娘に立ち向かえと言った手前、私が頑張らないわけがいけないんだから。

 流れる景色の速度は全然違う。

 それは自覚しているけど、止まるわけにはいかない。

 かろうじて、どうにか……()()

 歩いてしまえば──レースを止められてしまうから。

 

(あぁ、ピアリス……勝ったのね……)

 

 視界が霞んで、前の方でなにが起きているのかよく分からない。

 でも──

 

 

『サンドピアリスだ。サンドピアリスであります。なんとなんと6番サンドピアリス、ビックリしたエリザベス女王杯、6番のサンドピアリスが勝ちました!』

 

 

 ──そんな実況は聞こえてたから、彼女の勝利は伝わってるわ。

 自分で託しておいてなんだけど、まさかあの()が……という思いがある。

 でも、だからこそ、本当によくがんばったね……と言ってあげたい。

 

(そのためにも……)

 

 彼女と、胸を張って会うために……私は、ゴールしないと。

 いつもならあっという間に駆け抜けるはずの距離が、本当に長く感じられた。

 ゴール板がこっちに向かってくる速度って、こんなに遅かったっけ?

 それでも私は、脚を止めることなく進み続ける。

 そして──

 

『6番のサンドピアリスでありますが、シャダイカグラは故障。シャダイカグラは故障です』

 

 ──私は、どうにかゴール板の前を通り過ぎた。

 やっと……終わった。

 

(どう? ピアリス。私はちゃんと──)

 

 ゴールしたわよ。

 そう思っている間に脚から最後の力が抜けて、私は膝から崩れ落ちるように倒れ──

 

「──カグラちゃん!!」

 

 走路(ターフ)へ倒れる直前に、誰かが私を抱きとめてくれた。

 その聞き慣れた声。

 そして、私を受け止めるには小さく思える体。

 それでもしっかりと、私を支えて倒れるのを止めてくれたのは──

 

「ピアリス……ありがと」

 

 支えられながら見えた彼女の顔は、今にも泣き出しそうなほどに心配している顔だった。

 それを見て、どうにか笑顔を作ったつもりだけど……ちゃんと笑えてるかしら?

 どうやら彼女はゴールして速度をゆるめると、そのままゴール前まで戻ってきたみたい。

 私のことを心配して──

 

「うん。わたし、やったよ……勝ったよ? ちゃんと、カグラちゃんの代わりに」

「代わり、なんかじゃないわよ。あなたが勝ったのは……自分の力で、なんだから」

 

 支えられていた私だったけど、どうにか足を地につけて、しっかりと立つ。

 どうにか自力で立った私は──ピアリスの頭に手を乗せ、そして撫でる。

 

「がんばったわね……」

「……わたし、ちゃんと約束守ったよ。守れて、よかった」

 

 感極まったピアリスが、私に抱きついてきた。

 あの、ピアリス……私が怪我人だって忘れてない?

 ちょっとだけ痛かったけど、それでも私はがんばった彼女を祝福したくて我慢した。

 そうね、もう……走る必要はないんだもの。ちょっとくらい無理したって、大丈夫よ。

 私はピアリスの背中へ手を回し、そしてしっかりと抱きしめる。

 

 

「……おめでとう、ピアリス」

「ありがとう、カグラちゃん!」

 

 

 ──最下位(一番人気)から1番入線した勝者(最下位人気)への祝福。

 その光景にレース場は大歓声に包まれる。

 互いの健闘を讃え合う私たちの下へ、近付くウマ娘がいた。

 その気配で顔をあげると──不機嫌そうに眉根を寄せたメジロモントレーと目が合った。

 

「カグラさん、貴方……まさか、これで引退などと言いませんわよね?」

「……え? 私、レース前に──」

「ラストランがこのような結果で、貴方はよろしいのですか? 完全燃焼したと言えるのですか!?」

 

 怒っているようなモントレーの強い口調に、思わず気圧される。

 でも、彼女の言っていることは正鵠を得てもいる。

 もちろん私だってもどかしいわよ。いいえ、モントレーなんかよりも私の方がよほど悔しいわ。だって自分自身のことなんだから──

 

「悔いがないなんて言える訳ないでしょ。だけど……私の脚は、まさに限界を迎えたのよ? だからこそ、こんな不本意な結果だったんだから、どうしようもないじゃない!」

「ならば……脚を治して、また挑戦すればいいことではありませんか」

 

 怒っていたはずのモントレーはその表情を一変させ、爽やかな笑顔さえ浮かべている。

 そして私へと手を差し伸べていた。

 

「勝ち逃げなんて、絶対に許しませんわ! いいですか、絶対に脚を治してレース場に戻ってきなさい。そしてその時こそ勝負を挑み……リベンジをさせていただきますわ! そして、その際には──」

 

 モントレーは私へと伸ばしていた手をそのまま横へと移動させて──隣にいたウマ娘をビシッと指さす。

 

「ピアリスさん、もちろん貴方にも走っていただきますわよ!」

「え?」

 

 完全に他人事だったのに、いきなり言われたピアリスは、案の定ぽかーんとした顔で、モントレーのことを見てた。

 でも、彼女の言葉は私も意外だった。

 名門メジロ家のウマ娘であるモントレーはプライドが高いから、まさかピアリスに勝負を挑むなんて、思いもしなかった。

 

「今日のレースで納得がいかなかったのはわたくしとて同じこと。制した貴方もまとめてリベンジしますわ!」

「そんな……わたしは、モンちゃんになんて全然及ばない──」

「モンちゃん言うな! それに、及ばないなんても言わないでくださいまし! 今日、こうして貴方は同期最高峰の20名と競い、そして1着になったのですから」

 

 モントレーは諭すように、ピアリスへ言う。

 

「自分を卑下することは、共に走った他の19名をも卑下することと心得なさい。それが──“女王”になった者が持つべき矜持ですわ」

「う、うん……わかった。モンちゃん」

「で、ですからモンちゃんとは呼ば──」

「お? いいねいいね。なんか面白い話してるじゃん。ウチも混ぜてよ。それに」

 

 マイペースなピアリスにモントレーが食ってかかろうとしたとき、横からモントレーの肩に抱きつくように、ライトカラーが現れる。

 

「カグっちが脚治して、また競走(はし)るって話なら、ウチも一緒に走らせてもらうわ」

「カラーさん! まったく、勝手なことを。とはいえ、まぁ貴方も一応は“樫の女王”ですものね。仕方なく……」

「なにいってんの、モンっち。この中で、一番格が下のは、アンタだからね?」

「はい……?」

 

 呆気に取られた顔で聞き返すモントレーに、カラーは悪戯っぽい笑みを浮かべて答える。

 

「だって、カグっちは桜花賞、ウチはオークス、そしてピーちゃんがエリザベス女王杯(エリ女)……トリプルティアラを一つも取っていないのは、アンタだけだし」

「あ……」

 

 気がついたメジロモントレーが青ざめるのを見て、私とピアリスは思わず吹き出した。

 そして笑う私たちに、モントレーは「キーッ!」と悔しそうな声をあげる。

 

「やはり納得がいきませんわ!! やっぱりカグラさんが脚を治した後、正々堂々と勝負ですわ!! そうして貴方達3人に勝って、わたくしこそトリプルティアラ路線最強だったことを証明してみせますわ!!」

 

 必死なまでにムキになったモントレーの姿に、私とピアリスとカラーは心の底から笑い……

 

 

 ──こうしてエリザベス女王杯は幕を閉じた。

 

 

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 

 ──それから数日後のこと。

 

 

「まったく……この世の春ってところかしら?」

 

 トレーナー室が同じである巽見 涼子が向けてきたジト目に対し、オレは苦笑で返した。

 

「そんな訳ないだろ。運が良かっただけなんだから」

「クラシックレースをあれだけ勝っておいて、そんなことがよく言えるわね」

「その半分以上がオラシオンのおかげだぞ? 放っといても勝つような天才の、な」

 

 だからオラシオンに関してはオレの手柄なんかじゃない。

 アイツがたまたまウチのチームに入りたいと言ってきたからこその成果。もし別のチームに行っていれば、そこで同じ結果を出していただろう。

 ようはくじ引きに当たったようなもので、運が良かっただけというのはそういうこと。

 

「そんなわけないでしょ? 才能だけで簡単に勝てるのなら苦労しないし、もしそうならトレーナーは軒並み失業するわ。確かに生まれ持った才能に左右される面は大きいけどそれだけじゃない。その良い例が……この前のレースだっていうのはどんな皮肉よ」

 

 呆れから憤慨へ。巽見の表情がコロコロ変わる。

 

「ピアリスのレース、あれこそ運が良かっただけだろ」

「そうね。あの()が勝つなんて、誰も思ってなかったものね」

「だろ?」

 

 20人中の最下位人気。

 春のダート条件戦で2勝しているだけのウマ娘が、重賞で勝利や好成績を複数回収めていたウマ娘が入り交じる中で勝利するなんて、予想できるわけがない。

 

「……でもトレーナー、アナタ言ってたわよね? あのとき」

 

 今まで部屋の中にいたものの黙っていたウマ娘──ダイユウサクがじっとこちらを見つつ口を挟んできた。

 

「あのとき?」

「そうよ。エリザベス女王杯の最中に……勝てると思ってなかったけど勝てないとも思ってなかった、とかなんとか」

「ああ、確かに……言ったな」

 

 サンドピアリスがゴールする直前だっただろうか、確かにオレはダイユウサクにそう言った気がする。

 

「あれはどういう意味? ピアリスに勝ち目があると思ってたってことでしょ? レース開始前はあんなに不安がっていたのに」

「そりゃあ……出走する以上はどのウマ娘にだって勝つ可能性はある──」

「──そういう意味じゃないわよね、先輩?」

 

 オレが持論を展開して誤魔化そうとしたが、それは巽見に邪魔された。

 ダイユウサクと巽見の両方から向けられた問いつめるような視線に、オレはため息混じりに答える。

 

「不安だったのは、もちろんピアリスがダントツの最下位(ビリ)になる可能性もあったからだ。でも、当然だろ? 実績面で見れば最下位人気もうなずけるようなものしか残してこなかったんだから」

 

 2400の距離が未知の領域な上、芝で未勝利だぞ?

 それが条件戦はもちろんオープン特別くらいのレベルならともかく、最高峰レースの証GⅠレースだったんだから、周囲の実力は高くて当然。

 そんな中で走れば──スタート前では今回の結果よりも可能性の高い未来だったのは間違いないだろ。

 

「最悪の場合、タイムオーバーも覚悟してたからな」

 

 重賞でタイムオーバー、となれば当然批判は免れない。

 むしろオレは前科があるし。

 

(結果だけを見れば、負傷が原因とはいえ一番人気だったシャダイカグラがまさにそうなったんだから、なんとも皮肉なものだけどな)

 

 もちろん、シャダイカグラの結果を見て批判するヤツなんていないが。

 そして“タイムオーバー”という単語に、古傷をえぐられたダイユウサクは複雑そうな表情を浮かべる。

 一方、巽見はそれを気にせず──むしろ気にしたのか、そこに触れないようにするかのごとくさらに話を振ってきた。

 

「それなら出走させなければよかったじゃない」

「仕方ないだろ……抽選、通っちゃったんだから」

 

 オレ、出す気無かったし。

 まぁ……あのウマ娘(ひと)に、直接、頼まれちゃったら……断るわけにはいかないだろ?

 だって、な。信じられるか? あの“最初の国民的アイドルウマ娘”から頼まれたんだぞ?

 断れるわけが……って、もちろん私情なんてないぞ。

 今やウマ娘とヒトの関係をより良くすることの尽力して架け橋となっているあの人の考えや行動に共感して、協力しただけなんだからな。

 

 …………オイ、巽見にダイユウサク。なんでジト目でこっち見てんだよ。

 

「勝てると思ってなかった、のは分かったわよ。じゃあ、なんで勝てないとも思ってなかったの? 勝ち目なんて無かったのに」

 

 呆れたようにため息をついた後、ダイユウサクはそう訊いてきた。

 

「勝ち目ならあったぞ」

「ハア!? 今、言ったじゃないの。タィ…惨敗の覚悟もしてたって」

 

 くってかかるダイユウサクに、オレは苦笑を浮かべながら答える。

 

「負ける覚悟はしてた。でも、勝つ可能性がないわけじゃなかった」

「え? ……勝つ可能性、あると思ってたの? 勝った今だから後出しで言ってるだけじゃない?」

 

 オレの言葉を聞き咎め、巽見が疑わしげにオレを見る。

 

「あ、もちろん貴方の持論の例のアレは抜きにして、よ?」

「もっとハッキリした根拠があったんだよ」

 

 ダイユウサクも半信半疑の目を向けてきている。

 オレはため息混じりに説明を始めた。

 

「サンドピアリスが不利だった点を挙げれば正直キリがないが、一番大きいのは芝レースでの勝ちがなかったことだ」

「それって実力が足りてなかったせいじゃないの?」

「勝った今でも、それが言えるか?」

 

 オレに問い返されて黙り込むダイユウサク。

 実力は足りていた……レースを制してそれは証明されている。

 もちろん──あの時、アイツはきっと過剰な集中状態──いわゆる“領域(ゾーン)”へと踏み行っていた可能性は高い。

 だが、それも含めての実力だ。

 

「お前も含めてだが、芝を主戦場にして活躍してるウマ娘は芝のレースが“得意”か“超得意”なウマ娘ばかりだ。それに対してサンドピアリスは……芝への適性は良くて“普通”止まりだ」

 

 あくまで彼女を見てのオレの感想だが、おそらくトレーナーのほとんどは同じ感想を持つだろう。

 むしろ“芝レースこそ正義”の今の中央(トゥインクル)シリーズでは芝を得意にするウマ娘ばかりなんだ。

 その中で芝レースを勝てないのは、ピアリスの芝適正が低いのを証明している。

 そして同じトレーナーである巽見もまた否定せずむしろ「うんうん」とうなずいているところを見ると同意見なようだ。

 

「そうやって得意にしている連中が多くいる中で、芝のレースに出走するのは大きなハンデを背負うようなもの。だからオレはアイツをダート路線に進ませようと思っていた」

 

 少なくとも春の終わり頃での走路適性は、ダートが得意で芝が普通といった案配だった。

 

「そこから芝を得意に持っていったってこと?」

「いや。ダイナがやったことだが……アイツ、発想の転換をしやがったんだ」

「どういうこと?」

 

 トレーナーとしての興味をくすぐられたのか、巽見が身を乗り出してくる。

 

「アイツは春レースの終わりには、サンドピアリスをエリ女に送り出すつもりだったらしくてな。巽見、エリザベス女王杯のコースは?」

「京都レース場の2400メートル。もちろん芝よ」

 

 ウマ娘競走(レース)に携わる者にとっての常識問題を、こともなげに答える。

 

「そう……で、芝への適性が他に劣ると判断したダイナは、それ以外の適性で他を圧倒し覆そうとした」

「それって距離? 中長距離の適性を鍛えたってこと?」

 

 巽見の問いに、オレは首を横に振る。

 

「2400──」

「え? そんなの限定的すぎるわ──」

「違うぞ、巽見。2400メートルへの適性だけを鍛えたんじゃない」

「は?」

「それに加えてアイツは京都レース場のコース研究もさせたんだ。そうやって……サンドピアリスを京都2400メートルのスペシャリストに仕立て上げたんだよ」

 

「「──はい?」」

 

 呆気にとられ、話を聞いていた二人は目を点にする。

 オレだって、エリザベス女王杯の出走が決まって真相を聞かされた時は、同じ反応をしたさ。

 聞けば、夏以降は芝もダートも関係なくひたすら2400メートルだけを意識して走らせ、座学では京都レース場のデータを集めて学習と研究をしていたそうだ。

 そのせいでそれまでの秋レースで結果を出せなかった、と言われれば呆れもするしな。

 

(だが、それで──皆無(ゼロ)だった勝ち筋が、ほんの僅かでも見えたのは確かだ)

 

 それに、もしもダイナの面倒を見ていたころのオレだったら、同じことをしていたかもしれない、とも思った。

 そういう面ではダイナがオレの考えを汲んでくれていたようで、少しだけ嬉しかったというのもある。

 

「開催するレース場と距離の適性に特化したってこと?」

「ああ。そうやって芝の不利を打ち消すどころか逆に適正面で上回る、というのがダイナの狙いだ」

 

 しかしそのあまりにも極端なやり方には、さすがに巽見も唖然としていた。

 

「もちろん、事前に成果を確認できなかったから当日までは半信半疑だ。だから惨敗も覚悟していたというわけだ。だが、無策だったわけでもない。ロンマンガンじゃないが一発逆転のための牌は揃えていたってわけだ」

「呆れた。それこそ賭け(ギャンブル)じゃないの……」

 

 巽見はため息を一つついて、オレをジト目で見る。

 もちろんオレだってその自覚はある。

 サンドピアリス本人からしてみれば、その無謀なものに人生を“全賭け(オールイン)”させられたようなものなんだから。

 

「でも、そうまでしなければ勝てなかった──」

「勝ち負けが全てじゃないでしょ! そんな行為、ハッキリ言ってトレーナー失格よ。このレースの後だって、彼女の競走ウマ娘としての人生は続くのよ?」

 

 エリザベス女王杯はクラシックレース。生涯一度しか走ることができないレースなのだから。

 そんなレース“のみ”に焦点を合わせた育成方針に対する巽見の怒りはもっともだった

 

「アイツ本人が望んだことだけどな……」

「それでも、よ!」

 

 生涯ただ一度になる親友との真っ向勝負に人生を賭ける、そのことに躊躇いはなかったサンドピアリス。

 確かに、教育者としては巽見の考えが正解なんだろうが……オレは、そうは思えなかった。

 

 ──ギャロップダイナ。

 ──ダイユウサク。

 ──レッツゴーターキン。

 ──そして、サンドピアリス。

 

 オレが携わり、見事にGⅠを勝利したウマ娘達。

 他の常勝を誇るようなウマ娘達の栄光に比べれば、彼女たちが掴んだ大金星──ダイナはGⅠで2勝を挙げたが──は、閃光のような一時の短い輝きだったかもしれない。

 でも、その一勝は負けないくらいにファンの心に強く焼き付いていることは間違いない。

 

(それもまたウマ娘の輝き方だと、オレは思うけどな)

 

 夜空に輝く星の中には、太陽よりも何千倍もの輝きを放っている星があるという。

 そしてその星の生涯は、太陽よりもずっと短いらしい。

 そんな輝き方の星があるように、同じく短時間で強くしか輝けないウマ娘だっているのだから。

 

 そして──そんなウマ娘が、オレの下に集まりやすいらしい。

 

 納得できずに未だにオレを睨んでいる巽見。

 彼女の言い分は真っ当だし、所属している〈アルデバラン〉はそんな王道を歩むウマ娘の姿に魅せられて集ったチームだしな。

 しかし全てのウマ娘が、そんな王道を進めるわけじゃない。

 そんな王道から外れたウマ娘にも──

 

「……失礼いたします」

 

 巽見がオレへの批判を言っている最中、トレーナー室の部屋がノックされて声がかけられた。

 思わず声を止めた巽見。

 オレが「どうぞ」と声をかけると、戸が開いて一人のウマ娘が入ってきた。

 

「確認いたしますが、“ビックリ箱(ジャック・イン・ザ・ボックス)”の……〈アクルックス〉担当の乾井トレーナーの部屋は、こちらでございましょうか?」

 

 入ってきたウマ娘は深々と頭を下げると、慇懃なまでに丁寧にそう言った。

 思わず一度巽見と顔を見合わせて、それからオレは「そうだ」と答えた。

 

「ということは……貴方様が、乾井 備丈(まさたけ)様でいらっしゃいますね!! ああ、早速お会いできるなんてなんという僥倖……」

 

 彼女は大げさなまでに驚き喜ぶや、サッと間合いを詰めて、いつの間にかオレの手を両手で握りしめていた。

 いや、いくらウマ娘でも速すぎだろ。全然見えなかったぞ。

 

「乾井様……(わたくし)、貴方様のチーム、〈アクルックス〉に是が非でも加入いたしたくて、矢も盾もたまらず参上した次第でございます」

「は? はぁ……」

 

 ズイッと顔を迫らせてきたそのウマ娘に、オレは圧倒される一方だった。

 ……もちろん、すぐ近くでもう一人のウマ娘の表情が見る見る不機嫌になっているのに気がつく余裕なんてない。

 

「この前のエリザベス女王杯でのサンドピアリス様の走りを見て、(わたくし)、全身に電撃が走ったようなショックを受けました。そしてあの走りに憧れたのでございます。あのように、なりたいと……」

 

 ああ、まぁ、そういう風に憧れるのもいるのかもな。

 でも……さすがに最下位人気だぞ? 最下位人気になりたいとは思わんだろ。

 ……と言っても、下から二番目人気だったダイユウサクに憧れてロンマンガンもウチに来たんだっけな。

 

(わたくし)も来年はクラシックの年を迎える年齢。で・す・の・で、なにとぞ、なにとぞ貴方様に(わたくし)めの担当を……(わたくし)を〈アクルックス〉入れていただけないでしょうか?」

 

 大仰な動きで、オレにアピールするそのウマ娘。

 オレがポカーンと呆気にとられて見つめていると、端で見ていた巽見がフォローした。

 

「ようは、チーム加入希望者ってこと?」

「その通りでございます」

 

 彼女は大仰に一礼して、そのままの姿勢で止まり、オレの返事を待っている様子だった。

 う~ん、正直な話……ダイナやダイユウサクはともかくとして、来年はシニア初年を迎えるオラシオン、ロンマンガン、サンドピアリスがいて手一杯な感はある。

 だが、わざわざこうしてここに来て、こうしてアピールする熱意を見せられるのは悪い気はしない。

 そうなれば──

 

「わかったよ。でもとりあえずキミの走りを見せてくれないか?」

「ッ!? あ、ありがとうございます!! それでは早速準備を──」

「ああ、その前に一つ教えてくれ」

「……なんでございましょうか?」

 

 廊下へと飛び出しかけていたウマ娘を呼び止めると、彼女は首を傾げた。

 そんなやる気にあふれているウマ娘を、無碍にするわけにはいかないな。

 走りを見ての感想はともかく、オレは彼女をチームに入れるのを、内心ほぼ決めていた。

 だからこそ尋ねた。

 

「キミの名前は?」

「これは失礼いたしました。(わたくし)、興奮のあまり名乗るのを失念してしまうだなんて……」

 

 そのウマ娘は恭しく一礼する。

 ああ、またクラシックレースに挑む一年が始まるのか。

 縁がないと思っていたこともあったんだが……不思議とワクワクする感覚にとらわれているところを見ると、満更でもないらしい。

 

(わたくし)、名前をタケノ──」

 

 

 

 ──こうしてまた一人、〈アクルックス〉のメンバーが増えた。

 

 

 

続章 The HorseGirl’s Miracle  ──完──  




◆解説◆

【サンドピアリスに間違いない!】
・大波乱となった1989年の実況といえばこのフレーズ。これをタイトルに使わない理由がありません。
・正直、前話と本話のタイトルを逆にしようとも考えたのですが、前話ラストで出るはずのこの実況が、タイトルにすると早々と文中に出てしまうんですよね。
・それを避けるのもあって、順番を逆にしました。
・なお、このとき実況を担当したのは杉本清アナウンサー。今回、文中で流れている実況もその実況を基にしたものです。
・そのため「~であります」が多いです。
・数多くの名実況で有名な杉本清アナウンサーですが、個人的には一番スゴイ実況は、やはりこの1989年のエリザベス女王杯だと思っています。
・というのもこのレース、終盤で大本命シャダイカグラが故障発生して失速。他の有力馬達もそれを避けたりして伸び悩み、結果的には20番人気のサンドピアリスが優勝し、2着は10番人気ヤマフリアル、3着は14番人気シンビクトリー、4着に15番人気のホウヨウファイナル、5着でようやく4番人気のシンエイロータスという、そりゃもうとんでもない大波乱でした。
・なので最後の直線について杉本アナ自身が「よくわからない馬ばかりが来て焦って焦って焦りまくった」と後日語るほど。
・その「焦りまくっている」中でも冷静に、最下位人気のサンドピアリスの名前がサッと出てくるのもスゴイ。
・……いや、ほら……ね、あったでしょ? 本命が競走中止して大混戦になった挙句、勝った馬じゃなくて他の馬の名前(サンキョウセッツ)を間違えて言ってしまった事件が。
・それだけでなく、並みのアナウンサーならを先頭の名前を連呼してしまうところを他の「よくわからない馬」にも言及するのは、本当に冷静です。
・そして最もスゴイのは、実況でしゃべり続けているのに「間違いない!」がちょうどゴールのタイミングとピッタリ合っているところ。まさに神業です。
・色々と“神実況”と言われるものがありますが、書いてる人にとっては“最高の実況”は杉本アナの高い技術と、「サンドピアリスに間違いない!」のフレーズが生まれたこの実況こそナンバーワンです。

ゴール板の前を通り過ぎた
・エリザベス女王杯でレース中に負傷したシャダイカグラでしたが、その記録は競走中止ではなく完走しており、記録は2分36秒4。
・1着のサンドピアリスからは約8秒、19着のミキノルーブルからも約4秒の差を付けられましたが、どうにかゴールしています。

脚を治してレース場に戻って
・シャダイカグラはレース後、レース中に負傷した多くの馬がその末路をたどるのとは違い、予後不良という最悪の結末は回避しました。
・しかしもちろん、レースに復帰はしていません。レース後には競走能力喪失という診断が出ています。
・その後は繁殖牝馬となり、あまりいい結果を出せたとはいえませんでしたが、2005年に動脈瘤破裂で亡くなっています。
・しかし、それでも産駒のエイブルカグラからアスクコマンダーが生まれ、そこからトレノエンジェルからその子へと、現代まで彼女の血は受け継がれて残っています。

そう言った
・前話で乾井トレーナーが言ったのは──「さすがに勝てるとは思ってなかったさ。でも……」「……()()()()()()()()()()()()()けどな」
・このセリフの前半も実は元ネタがありまして……
・『新世紀GPXサイバーフォーミュラSAGA』の第6話「ROUND6 LIFTING TURN」でドイツGPで初めてハヤトがフィル=フリッツのアルザードに勝った時に言った「勝てるとは思ってなかった」から。
・なお、ハヤトの場合、「勝ちたいとは思ったけどね」と続くので、そこはちょっと変えてます。
・……ところで、あのリフティングターン。空中を行くとはいえ事前にぶつかりかねないくらいにかなり強引に行くのは反則じゃないかと思うのですが……

京都2400メートルのスペシャリスト
・史実のサンドピアリスは、エリザベス女王杯の後、勝てずに引退しています。
・その中で、2着と3着に1度ずつ入っています。
・どちらもGⅡで……90年の京都大賞典と91年の京都記念で、その京都記念が引退レースになっています。
・そしてこの2つのレースと、エリザベス女王杯に共通するのが……開催地が京都で、距離が2400メートルということ。
・その、サンドピリアスが京都2400でなぜか結果を残したことから、この設定が生まれています。
・その前の説明の「他のウマ娘は芝が得意か超得意」というのはゲーム内の適正で言えば芝適正AかSで、ピアリスの普通は「芝B」適正だと思ってください。


※これにて第二章は完全に完結となります。
・この後の予定ですが……一応、間章を一つ入れてから、第三章を始める予定になっています。
・なにぶん私事で少しバタバタしていて、落ち着くのに少し時間がかかりそうなので、開始時期は未定です。早く始めたいと思っているのですが。
・第三章の主役は……第二章ですでに2度ほど登場しているウマ娘がつとめる予定です。
・その名前は──始まってのお楽しみ、ということで。
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