──修羅場
まさにその言葉が今の状況だった。
オレ達が面倒を見ていたウマ娘ギャロップダイナがレースに勝った。
それは本当に喜ばしいことだ。
それが重賞──国内最高峰レースのGⅠな上、天下の“八大
しかもそのギャロップダイナは
それだけならいい。ホント、それで済ませて欲しかった。
一番の問題は──
「なんでチームのスタッフがオレらしか居ねえんだよぉぉぉぉッ!!」
もう頭を抱えたかった。
オレ、研修生よ?
確かにおやっさん──“先生”の指導を受けてはいるけど、厳密な立場的にはチームメンバーには入らないんじゃないの?
……なんてオレの疑問は、「他に
誰も予想していなかったのはチームでもそうだったという勝利を前に、オレはGⅠ勝利後というイベントの応酬に完全に翻弄されていた。
「ど、どどどうすんだよ、ビジョウ?」
それはもちろんGⅠ初制覇のギャロップダイナも慣れるどころか経験さえなく、完全に浮き足立ってオレを見ている。
(ああ、もう……助けてくれ、おやっさん!!)
なんで京都に行ってるんだよ。
GⅠレースだぞ?
八大レースだぞ?
どう考えても、こっちのレースの方が大事だろ?
(まぁ、まさか勝つなんて思いもしてないだろうしなぁ)
それに比べれば京都──シャダイソフィアこそ勝ち目のあるレースだ。それで向こうに行っちまったんだろうけど……マジで勘弁してくれ。こんな研修、普通無いだろ?
見るに見かねた東条先輩が手伝ってくれてるおかげでなんとかなってるけど……
(それはそれで、あまりに失礼な話だよな)
東条先輩はたしかに元はウチの師匠──おやっさんの教え子でオレにとっては姉弟子にあたるような人だけど、それでも惜しくも破れた2着のウマ娘の担当トレーナーに手伝ってもらうのは、やはり非道いと思う。
ましてそれがシンボリルドルフなんだから……
「変に気を使う必要はないわよ、乾井クン」
「……え?」
「確かに悔しい気持ちはあるし、複雑な思いなのは確かだけど……だからって弟弟子、それも研修生のあなたが困り果てるのを見て溜飲を下げるような趣味はないわ」
「東条先輩……」
「それに……困るのよ」
東条先輩は小さくため息をついてから、悪戯っぽく微笑して話を続ける。
「仮にも私の教え子であるシンボリルドルフを破った相手が情けなくみっともない醜態をさらしているようでは、ね」
「は、はぁ……」
「だから、しっかりこの後もしっかり働いてもらうわよ。貴方主導でね」
笑みが消え、彼女の目が一瞬鋭くなったようにオレには見えた。
うん……この人、ひょっとしたらSなんじゃ……
──オレがそう恐れを抱いたそのときだった。
「ビジョウ!!」
「チュン太郎? お前、どこに──」
しばらく姿を見かけなかった後輩が勢い込んで走ってくるのを見て、これで人手が増えると内心喜んだのだオレだったが──その陰った表情に気が付くべきだった。
チュン太郎こと
「大変なことになった……」
「今でも十分大変なんだが?」
「そういう意味じゃない。それに茶化してる場合でもない……」
「ん? なにがあった?」
オレが問い返したとき、ちょうどそこへ──
「お? そんなところにいたのか、ビジョウ。ちょっと聞きたいんだが……」
慣れないことの連続に若干疲れた様子ながらも満更ではない笑顔を浮かべたギャロップダイナがやってきて──
「シャダイソフィアが負傷した。それもかなりヤバい状況だ」
「「──え?」」
駿太郎の言葉に、オレとダイナの言葉が一致した。
ダイナがいることに気づいていなかったオレと駿太郎は、思わず彼女を振り向き──次の瞬間、駿太郎はダイナに胸ぐらを掴まれていた。
「どういうことだ、オイ!? ソフィアが、どうしたって?」
「く、苦しい……」
「落ち着けダイナ! そして離せ。
慌てて間に入り、ダイナの手を離させる。
苦しそうにしていた駿太郎は呼吸を整える間さえも惜しんで説明を始めた。
「さっき急報が入ったんだが、京都開催のスワンステークスでシャダイソフィアは負傷して競走中止になった。競った展開で窮屈になり、内ラチとの間に挟まれたらしい」
「んだと!? それで、ケガの状態は?」
興奮した様子で問うギャロップダイナに対し、駿太郎は首を横に振る。
「詳しい容態までは入ってきていない。ただ救急車で運ばれたと──」
その言葉で彼女が今までオレが見たことのないほどに動揺し、考えることを放棄したかのようにその瞳から力が無くなったのだった。
──あれから、色々変わった。
自分が栄冠を掴んだ時のことを重ねて思い出していたあたしは、目の前で勝利したウマ娘と最下位になって破れたウマ娘が抱擁している姿を見て彼女を思いだしていた。
(ソフィア……)
あたしがあのレースで得たものはもちろん大きい。
まずは無事にオープンクラスに昇格したこと。
……あと一勝すれば、というくらいに手が届きかけていたんだからGⅠレースを制すれば当然そうなる。お釣りの方がデカいくらいだ。
そしてGⅠタイトルホルダーという地位。しかもあの“皇帝”サマに勝ったというオマケ付き。
(そのオマケが、なぁ……)
当時を思い出して、思わずため息を付きたくなる。
ソフィアの危機を知ったあたしは当然、即座に京都に行こうとした。
──が、無論できるわけがない。
レースを終えたウマ娘を待っているのはウイニングライブだ。
あたしが着外なら一人くらい減っても事情が事情だけに許されたかもしれない。
だが、よりにもよってレースを制したウマ娘が不在になるのは許されるわけがない。
それでもあたしは、散々にゴネた。なにがなんでもソフィアのいる京都へ行く、と。
当然、研修生──ビジョウは困り果て、あたしをどうにかしてウイニングライブに出そうとなだめすかしてきた。
「ソフィアは大丈夫だ」
「その場におやっさんがいるんだし」
「なんなら他のスタッフもあっちにいるから万全だ」
んなこと関係ねえ! と騒ぐあたしに平手打ちしてきたヤツがいた。
思わず「なにしやがる!」と睨みつけたが……それが“皇帝”──シンボリルドルフだった。
──GⅠを、中央を
圧倒的な存在感で威圧しながら、あいつは言い放った。
GⅠ、それも八大レースを制したのだからその責任を果たせ、と。
事情も理解しているし同情もする。だが栄光のために全てを捨てる覚悟がないのならレースに出てくるな、と。
そのときは「負けた腹いせかよ」と反発したが……今にして思えば、当然だと思う。
もちろん、あたし
そしてそれはあたしには眩しすぎる。
そんな彼女についたたった二つの黒星の一つをつけた者として、あの我が儘で駄々をこねた姿は今思い出しせばあまりにもダセえし、恥ずかしくなってくる。
(ま、
もしも
で、
(そういう意味では、お前が羨ましいよ。ピアリス……)
抱き合う2人の姿を見て、自分たちの姿を重ねて──その叶わなかった幻想に、思わずため息のようなものが出た。
あたしはオープン昇格やらGⅠ勝者、天皇賞ウマ娘やらいろんなものを得た代わりに──親友を失った。
あの日以来、シャダイソフィアが学園に帰ってくることはなかった。
なぜなら──
(競走ウマ娘シャダイソフィアはあの日、死んじまったんだから……な)
もちろん天皇賞を勝ったこと──あの
だが……その最後の瞬間に立ち会えなかったことは、あたしの一生の心残りになるのは間違いなかった。
(あの後……)
それに……ビジョウと語ったあこがれの舞台だった有馬記念にも立って夢を叶えられたのは、デカいお釣りのおかげだ。
だが──そのことごとくで“皇帝”サマに目を付けられ、リベンジされ、実力差をきっちり教え込まれて“責任”を果たされたってわけだ。
(ったく、大人気ねえ……)
あたしが真っ向勝負でルドルフと毎回のように死闘を演じられるのなら、準オープンであの場に居なかったのがわからねえのかよ。
2度コテンパンにのして満足したのか、それ以上絡んでくることはなかったし……あたしも“皇帝を泣かせたウマ娘”としての責務はそれで果たしたと思い、新たにできた目標を目指した。
それは──
夢半ばで散った彼女の代わりに、栄冠を掴む。
そのためにマイルレースの頂点の一つ安田記念に挑み……そして、勝った。
ま、元々はあたしの得意距離はそっちだからな。ジャパンカップも有馬記念も
「ま、お嬢が居なくなったからこそ掴めた栄冠、かもしれねえけどな」
「あら、何の話かしら?」
「──ッ!?」
独り言に応える声に、あたしは思わず驚く。
なにしろその声は──
「お、お嬢ッ!?」
──
「お久しぶりね、ダイナさん。お元気そうで何より……いつの間に、留学から帰ってきたの?」
「オイオイ……だいぶ前の話だぜ、そいつは」
笑顔を浮かべ、のんびりとした口調で話すその姿はあのころと全く変わっていなかった。
「お前の方こそ、無事で何よりだ。どこかでくたばっちゃいないかと向こうでも心配してたからな」
「もう、失礼な……」
ニヤリと苦笑しながらあたしが返すと、シャダイソフィアは不満そうに頬を膨らませる。
確かにあの日──シャダイソフィアは死んだ。
ただし競走ウマ娘として、だ。
あのレースによる負傷はシャダイソフィアのウマ娘競走における選手生命を絶ったが、命に関わるような怪我ではなかった。
(まぁ、レース中にそんな
と考えたところで……そういえば
「で、一般人になって学園を去ったウマ娘が今日はどんな用事で来たんだ?」
「ただの一般人ではなく、ウマ娘競走の
クスクスと微笑を浮かべて返すシャダイソフィア。
そして、「それに……」と言って付け加える。
「我らが“
それを聞いて──あたしは思わず呆気にとられ、開いた口がふさがらなくなる。
そのあたしの反応を見てソフィアが小首を傾げる。
どうにか脱力から抜け出したあたしは、こめかみを押さえつつ、彼女に教えてやった。
「あのなぁ……アイツ──シャダイカグラは、
「あら? えっと……そうなのかしら?」
「自分自身でそう公言してるから間違いないだろ。調べたり、他の
「え、ええ……シャダイって名前だから、てっきりそうだと……」
少しだけ気まずそうに笑みを歪めるシャダイソフィア。
ま、シャダイって名前が付けばそう思っちまうのも仕方ねえけど……そういえば、
あたしがそれを教えてやると、ソフィアのヤツは「まぁ……」と驚いていた。
「相変わらずだな、お嬢……」
そのシャダイという名門一族の令嬢の、どこか浮き世離れした雰囲気にあたしは苦笑してしまう。
そして……視線を再び今日の主役へと戻す。
あのときのあたしのように期待を背負わずに栄冠を掴んだウマ娘に自分を重ね──
一族でこそないものの、シャダイの名を冠するウマ娘にソフィアの姿を重ね──
「あなたが今考えていること、当てましょうか?」
「……いや、いい」
あの日──負傷したソフィアの傍にいたかった、というあたしの願望。それを当の本人から指摘されるのは小っ恥ずかし過ぎるだろ。
「じゃあ、わたしが自分の気持ちを言うわね」
「は?」
思わずソフィアの方を見ると、彼女は真正面からあたしを見つめ──
「わたしはあの日……わたしの親友があのレースを制して『“皇帝”を泣かせたウマ娘』として歴史に名を残したことを、生涯誇りに思っているわ」
「お嬢……」
「だからあのレースに……そして京都レース場にあなたが居なかったことを残念がったり悲しく思うことなんて絶対にない。ただ一つだけ残念だったことは──」
彼女は悪戯っぽく微笑み、そして言う。
「あなたの勝利を二人で祝うことができなかったこと……ただそれだけよ」
それを言うと彼女は満足げに一つうなずいて、視線をあたしから
つられるように、あたしも彼女の視線を追い──サンドピアリスとシャダイカグラの2人を見た。
──お互いに讃え合いそして助け合っているその姿。
それを羨ましいと思う必要なんて、最初から無かったのをようやく気づかされた。
◆解説◆
※間章が無事に終わり、やっと3章開始……といきたいところですが、ふと思いついた話があったので、それを書こうと思います。
・主役がチーム〈アクルックス〉のウマ娘ではないので、間章ではなく外伝的な「外章」という形になると思います。
・時代的にも、この場所に入るのではなく、本来なら1章と2章に入るべきな所なんですけどね……
・これまでの本作にも登場している、本作オリジナルのウマ娘(史実馬モデル)が主役の予定です。