──初めての担当ウマ娘で大失敗をしたトレーナーがいた。
正トレーナーになり、初めて担当するウマ娘。
彼女へ自分の夢を一方的に押しつけて、それが重荷になっていると気付かなかった。
素直でない彼女の性格とのすれ違いは重賞でのデビューという状況に追いつめ、そして敗北によって彼女に夢を諦めさせてしまった。
──デビュー戦で大失敗をしたウマ娘がいた。
優れたとはお世辞にも言えない痩身で、
遅れた成長期のせいで遅れに遅れたデビュー戦。
そこで13秒ものタイムオーバーをしてしまったそのウマ娘は、次戦でも再度タイムオーバー。
体調不良をおしてのレース、という状況は学園に於いて免罪符にはならなかった。
そんなトレーナー……乾井
日本に存在するどのウマ娘
二人三脚で
──レースの大本命は春の天皇賞をとった希代の最強ステイヤー。
そして、そんな彼女を打倒せんと気炎を上げるGⅠ覇者達──
──同じ一族に生まれ、切磋琢磨し合った宝塚記念ウマ娘。
──“繰り上がりの栄冠”の汚名返上を目指す秋の天皇賞ウマ娘。
──気になる相手の興味を惹こうと違う
彼女達の下の世代も、怪我して出られぬクラシックレース二冠の同期の無念を晴らすため、また自分達が一人にしてやられた弱い世代ではないと証明するため、虎視眈々と機会をうかがう。
──そんな
誰もが勝てぬと思った彼女は、誰もが勝つと思っていたウマ娘を破り、世間を驚かせたのだ。
周囲で多くのウマ娘達が綺羅星のように輝く中で、強烈な輝きを放ち金輪際現れないとさえ言われた
彼女が起こした一年前の
──そして、そんな結果を出した〈アクルックス〉の下へ、他のウマ娘達も集まった。
あるウマ娘はダイユウサクの有馬記念を目の当たりにし、夢と希望を抱いた。
輝かしく走り歌う一流ウマ娘のように燦然と光り照らすことは出来ずとも──閃光のように、ただの一瞬でも強烈に輝くことはできるのではないか。
一流と呼ばれる彼女達から見れば圧倒的に才の劣る自分であってもそれができるのはでないか、と。
そんな彼女のその夢は、秋の天皇賞で花開くことになる。
前年の年度代表ウマ娘や、前年の
──またあるウマ娘は、トレーナーとウマ娘の絆の強さに惹かれた。
彼女はその潜在能力の高さに早くから有望視されていた。
才能だけで評価し、自分を取り込もうとするトレーナー達に辟易していた彼女は“天才”とは真逆の存在と、彼女と共に歩むトレーナーの存在を知己のウマ娘から知らされる。
その2人の有り様に惹かれた彼女──オラシオンは〈アクルックス〉を選び、クラシック三冠に挑み皐月賞、そしてダービーと次々とレースを制していく。
そんな優等生もいれば、2人の先達のように結果を残せず、
彼女は魔女ならぬ“人気薄の魔術師”の魔法を受けて、
まるで“
──そんな〈アクルックス〉所属のウマ娘達がクラシックレースを席巻してから早数年……
〈
その翌年も、オラシオンはその変わらぬ実力を持ってシニアレースへと殴り込み、年上世代相手に結果を残した。
彼女だけではなく、次の世代──唯一抱えていたクラシック世代のウマ娘も、見事に前年のサンドピアリスに続いてのエリザベス女王杯という栄冠をもたらした。
──しかしその輝きも、まるで
翌年にオラシオンが早々に引退してしまうと、状況が一変したのである。
絶対的エースを失った〈アクルックス〉。
2年連続でエリザベス女王杯制覇をもたらした2人も、シニアではGⅠ制覇という輝きは残せなかった。
チームメンバーでGⅠタイトルを持っていないロンマンガンが、やっと秋になってチームにとってのその年の初の重賞勝利をもたらしたという体たらく。
かつての栄華はどこへやら。
一世を風靡した『
しかし、当の担当トレーナーはといえば……「ダイユウサクが有馬記念を制する前に戻っただけ」などと考えて、危機感を感じていなかった。
実際、彼とダイユウサクだけだったころに何度か乗り越えたチーム存続の危機を考えれば、それが無い分だけ気が楽だったのだ。
……そうして、何人かのウマ娘がチームを“卒業”していき……また、物語が始まろうとしていた。
“見えぬ輝き”が、再びその烈光を放つ瞬間の──
実績や名声だけで
結果が決まるのなら
この世はちっとも
面白くなんかない。
逆転や番狂わせが
想定外と誤算こそが
日々を彩るのだ。
どこかに潜むはずの
次なる「!」を
待つとしようか。
第1R SOS!! 蘇れ〈
──その日、オレ……
といっても、3人のクラシック世代を抱えたころや、それに加えてさらにもう一人加わったころから比べれば仕事量は格段に減ったので余裕さえある。
まぁ、ぶっちゃけヒマに近い。
「オラシオンの存在は、大きかったな……」
ふと当時を思い出し、思わずつぶやていた。
アイツが重賞レースで活躍していたころは本当に忙しかった。
それに比べれば仕事量的には楽なんだが、それも過ぎるのはよろしくないのは分かっている。
そんな葛藤を感じていると──すぐ近くから反応があった。
「そうね。今は比べるべくもなく、ヒマだものね」
頭上の耳をせわしなく動かしながらそう言ったのは、オレの担当しているチーム〈アクルックス〉の最初のウマ娘──ダイユウサクだった。
「まさか早々に引退するなんて思わなかったわ。まだ十分に走れたのに……」
「元々、アイツは養父の事業の手伝いをしたいという夢があったからな」
ダービーをとるという夢を達成した彼女
その夢は、早くに親を亡くして孤児になった彼女を手厚く支援した養父のものでもあった。
受けた多大な恩を返すにはそれだけでは不十分と、オラシオンは次なる夢のために動いていた。
彼女はシニアでも十分な実績を残すと、体が限界を迎える前に引退することを決めたのである。
もちろん世間は驚いたし、チームのオレ達だって戸惑いはあった。
「でも、それにしたって、まだシニア初年だったわけでしょ? 次の年だって活躍できたはずなのに……」
「
人にしろウマ娘にしろ、スポーツ選手のピークは個人差がある。
高校時代に大活躍したもののその後は伸び悩んだり、逆に高校時代は無名でも大学やそれよりも上になってから頭角を現す者もいる。
ただし、得てして早熟だった選手は、衰え始めるのも早い傾向にある。もちろん例外もあるが……
しかしオラシオンの場合、ピークが過ぎて成績が悪くなってきたので引退したというわけではない。むしろその前の“成績を落とす前”に引退したのだ
(成績を悪くすれば自分の価値が下がっちまう。広告塔になることを考えての判断としては正しいんだろうが……ビジネスライクというか、ドライというか)
ウマ娘の孤児院だけでなく、トレセン学園に入学以前のクラブチームの運営という彼女の養父が始めた事業。
その看板に自分の名前を使うのだから、良いイメージまま引退したかったというのは分かる。
しかし、走ることに真面目で、
逆に言えばそれほどまでに養父の新事業を真剣に考えており、全力でサポートをしていこうという考えの顕れだろう。
「……ウチの将来有望な若手まで引き抜いていってくれたけどな」
「ああ、彼のことね……」
ダイユウサクは無関心な様子でそう言う。
やっぱり他人に対する興味が薄いんだよな、ダイユウサクは。
そんなことを考えつつも思い出し、思わずため息が出る。
彼は研修が終わるとトレーナーを目指さずに、オラシオン達が始めた事業で学園で学んだことを生かすべくそちらへ就職してしまったのである。
「おかげで、学園内での〈
もちろん不祥事ではないから、そこまで露骨なものじゃない。
そもそも
しかし、トレーナーを目指す者がスタッフ育成科へ入学する時点でさえ難関で、それを突破できた者は将来有望なトレーナー候補ということでもある。
「でもそれって、アンタがオラシオンのトレーニングをかなり任せてたからでしょ? なのにトレーナーにならない上、担当してたオラシオンに連れて行かれたんだから、当然じゃないの?」
優秀なウマ娘と共にあった優秀なトレーナー候補。
それをみすみす
URA関係者──つまりは理事長秘書も同じ評価になるだろうなぁ。
「たづなさんの中のオレの株が、下がっちまう……」
「……その株、下がりに下がってもう紙屑同然の価値しかないわよ。ジンバブエドル並ね」
「紙以下じゃねえかオイ」
ダイユウサクがジト目でにらみながらぶつけてきた辛辣な言葉に思わず返す。
そんなオレ達の様子に──
「……辛気くさいわねぇ」
見咎めて、同部屋になっている巽見もまたジト目を向けてきた。
他チームでサブトレーナーをしている
まぁ、気心が知れているし、他のヤツに変わる方が面倒くさいからそのままで全然構わない。
だからオレは学園に何も言っていない。
それで変わらず現状維持で続いているということは巽見の方もなにか都合がいいんだろうな、きっと。
「悪かったな。チームを持ってると悩みも多いもんで」
「それはお気の毒様。私は相変わらず悩み無く気楽な立場でいさせてもらってますけど」
巽見の〈アルデバラン〉のサブトレーナーという立場も以前からまったく変わっていない。
オレの正直な感想を言えば、そろそろメイントレーナーとして独立してもいいとは思う。
トレーナーとしての実力は十分にある上、なによりも実績がある。
オークスウマ娘のコスモドリームに、ダービー2着だったロベルトダッシュを担当していたんだから、普通にチームとして誇れる実績をすでに個人で持っている。
(
そんな彼女の実績は、トレーナーになる前に学んでいたスポーツ科学への深い知識の
チーム〈アルデバラン〉の正トレーナーが手放したくないと考えるほどに優秀というわけだ。
(もしかしたら後継者に考えているのかもしれないけど、相生さんはそれを考えるほど歳は食ってないしなぁ)
相生さんはオレ達よりも少し上の世代だが、それでもまだまだ現役だ。
そうして上の世代の顔を思い浮かべ──
(……ッ)
──自分の胸がズキリと痛んだ。
脳裏に浮かんだのは、オレの師匠の顔だった。
確かにずいぶんと上の世代の方だった。それでも今挙げた上の世代よりも同じか下くらいで、引退するには早かった。
それでもあの人が辞めたのは……オレが起こした不祥事のせいだ。
初めて担当したウマ娘が原因となったことに関して、オレは処分を受けていない。
そのウマ娘に対するパワハラや関係を迫った、という疑惑は事実無根と分かって晴れたからだ。
そして……デビュー戦が重賞だったというのも、それができてしまうルールの方がおかしいということになり、結果的にはお咎め無し。
(そう、ルール上は問題なかった……)
しかし、今ではルールが変わってできなくなっているほどに大きな問題でもあった。
だからこそ師匠は、自分の教え子がしたことに道義的な責任を感じて、自主的に廃業したんだ。
もちろんオレは止めた。辞めるべき──この業界を去るべきなのは事を起こしたオレだったなんだから。
でも、師匠は──
『オレは十分に働いたさ。だがお前はまだ一人も育てていないじゃないか。ダイナの素質を見抜いたお前がそれで辞めちまうなんて、あまりにもったいない』
と言い、さらには「第二、第三のダイナを育てろ。それで許してやる」と言い残して去っていった。
さらにはオレを絶対に辞めさせないように教え子──姉弟子の東条ハナ先輩──に言い聞かせたらしい。
もちろん、師匠のチームをオレが引き受けるわけにはいかず、オレは自分のチームを作ることになって──オレは、隣にいるウマ娘を見た。
「……なによ?」
訝しがるように見てきたウマ娘──ダイユウサクを担当し、〈アクルックス〉を立ち上げたんだ。
そして一方、師匠のチームはといえば……
ドンドン!!
オレが物思いに耽っていると、部屋のドアが荒々しくノックされた。
思わず巽見と顔を見合わせると──すぐに勢いよくドアが開いて人が一人、慌てた様子で入ってくる。
「──兄さん、いる!?」
入ってきたのは、活発そうな雰囲気の若い女性だった。
うむ……若い女性というか、まぁ、そういうガラでもないんだけどな。コイツの場合。
案の定、オレを見つけたその女は、返事も待たずにサッと距離を詰めてきて、オレの手を取った。
「よかったぁ、いてくれて……」
満面の笑みを浮かべる彼女。
──すぐ横で不機嫌そうに睨んでいるウマ娘の気配を感じないでもないが、本人にはそれが伝わっていないらしい。
一方で、部屋の中にいたもう一人が「コホン」と咳払いをする。
「……いったい何事?
「あ、涼子さんもいたんですね。ごめんなさい……」
シュンとしょげる彼女の姿に、失礼さを見咎めて強い口調だった巽見も、思わずたじろぐ。
一方で、そんな殊勝な態度を気にもせず、不機嫌そうに睨んでいるウマ娘はいるわけで。
それを見ながらこっそりため息をついて、オレの手を握ったままの彼女に半ばあきれながら訊いた。
「で、いったい何の用だ? レナ子」
彼女とオレはよく知る仲だった。
オレのせいでトレーナー辞めることになった、オレの師匠の娘であり、オレや東条先輩の妹弟子。
そして、師匠のチーム〈ミモザ〉を受け継いだトレーナーだ。
その彼女は、オレの言葉でハッと思い出した様子で振り向き──
「兄さん、お願い! そっちのチームで、ウチのメンバーを一人受け入れてくれない!?」
彼女はオレの手を離すと目の前で手の平を合わせて、そう懇願してきた。
◆解説◆
【Outrun by the Feathers of Icarus】
・第三章のタイトルですが、開始当初は『新たなる旅立ち』というものでした。
・第一章と第二章のように時間的に連続しているのではなく、少し時間が空いたため
・はい。時間が空いたというわけで前章ラストで出てきたウマ娘は、すでにデビューしてクラシックレースまで終わっている状況で……彼女が第三章の主役というのはミスリードでした!(笑)
・『Outrun by the Feathers of Icarus』は直訳すると「イカロスの羽根で逃げ切れ」。
・このタイトルの理由は追々、ということで。
【SOS!! 蘇れ〈
・もちろん元ネタがあるタイトルですが、これもネタ晴らしはもう少し先で。
・なお、第三章のタイトルは「~!!(もしくは!)──」という感じで統一しようと思ってます。
【重賞勝利】
・これは原作ネタ。
・ただ原作ではシニア初年の出来事になるのでタイミング的にはちょっとズレるのですが……
・その年、ロンマンガンはGⅡのオールカマーを制しています。
・ちなみにロンマンガンの戦績で作中唯一ハッキリとタイトルまで分かっている重賞勝利だったりします。(他はいくつか重賞に出走しているけど結果が描かれていなかったり、重賞制覇をしているけどレース名が明らかになっていなかったり)
・まぁ、脇役な上に主人公が関わる牧場の産駒でもないので、詳しく描写される方が珍しいわけで。
・その原作ではこのオールカマー制覇が所属厩舎でその年初の重賞タイトルになった、というのがあったのでここで使いました。
・その前の年だとオラシオンが活躍していたことになっている年なので、さすがに9月後半にあるオールカマーまでオラシオンが勝ってなかったは無理があったので……
【早期に引退】
・オラシオンは小説『優駿』の主役馬が元ネタで、作中はシニア期どころかクラシック三冠の最後まですら描かれておらず、日本ダービー制覇までで話が終わっています。
・おかげで「クラシック三冠達成」についても本作では明言を避けているのですが、もちろんシニア後の結果も濁す必要があり、かといって「活躍して引退。その後は養父の事業の手伝いをする」という本作での設定もあるので、メンバーとして残していると実績を考え続けなければならないのと、あまりに強すぎて主役を食ってしまうので、物語開始前に退場願うことになりました。
・OGなので、チョイ役で顔を出す可能性はもちろんありますが。
【
・本作のオリジナルのトレーナーで、チーム〈ミモザ〉の現在の
・乾井トレーナーの師匠で〈ミモザ〉の先代トレーナーの娘で乾井よりも歳が下。
・巽見や朱雀井よりもさらに下の世代で、一人前になるのとほぼ同時に〈ミモザ〉を引き継いでいます。
・乾井の研修時代から、トレーナーの娘なのでちょくちょく出入りしていた関係で交流がありました。
・甘え上手なので、乾井は彼女の頼みをつい聞いてしまう傾向にあります。
・『緋子矢』とは「赤く(緋色)て北(“子”の方角)を指す矢」という意味で、つまりは
・チーム〈ミモザ〉のトレーナーなので、チームの名前は一等星からなんですが「ミモザ」=アカシアという植物でもあるのでそこから採用。
・「あかしや」という名字は決まったのですが、「明石家」だと他のイメージが強すぎるので、このような当て字になりました。
・トレーナーの名字には方角を入れるというルールに従って「
・“赤”や“朱”も考えたのですが、“赤”だとどうしても「あかごや」と読んでしまうので。
・“朱”は気に入っていたんですがすでに“朱雀井”がいるのと、朱雀から真逆の南のイメージなので却下され、“緋”の字を使うことに。
・なお、礼菜は学生時代からあだ名でから「アカ子」「アカちゃん」と呼ばれており、乾井の研修時代にチームに顔を出した際もそう呼ばれていたのですが……
・師匠も同じ苗字なのでさすがに「アカちゃんとかアカ子とは呼べない」となり、子が残って乾井は「レナ子」と呼ぶようになりました。
・なお『礼菜』の由来は、ミモザ=オジギソウでもあるので。(むしろこちらの方が正式だそうな)
・
・植物なので“菜”を採用して礼菜となっています。