「あんなこと言っちゃって大丈夫だったの? トレーナー」
新メンバーになる……予定だったウマ娘、ダイタクヤマトとの顔合わせの翌日にオレは自分のトレーナー部屋で一人のウマ娘から問うような視線を送られていた。
車椅子に腰掛ける彼女は、落ち着かない様子で耳をピコピコと動かし、目元を覆う黄色い覆面の奥からこちらをジッと見つめてきた。
ミラクルバードというのが彼女の名前。
かつては競走ウマ娘としてこの学園に入学し、頭角を現してクラシックレースでの活躍を期待された存在だった。
デビュー以来負けなしで、クラシック三冠も夢じゃないと言われたが……初戦の皐月賞で、その夢を絶たれた。
それも彼女の競走人生ごと、だ。
レース中に起きた大きな接触事故で派手に転び、その打ち所が悪く意識不明に。
一時期は命さえ危ぶまれた彼女。
どうにか意識を取り戻したものの、下半身不随になってしまっていた。
事故以来、彼女は走るどころか自力で立つことさえ容易ではない。
そうして
オレはそんな彼女に声をかけ、ダイユウサクと2人だけだったチームに加わった最初のメンバーでもある。
「ねぇ? ボクの話きいてる?」
「聞いてるぞ。しっかりとな」
あえて無視していたら、ミラクルバードは車椅子を漕いで近寄らせて服の袖を掴んできた。
「なら答えてよ。大丈夫だったの?
不満げに頬を膨らませるミラクルバード。
彼女が怒っているのも無理はない。オレはあの時、ダイタクヤマトに対して言ってしまったのだ。
「チームに
そう言って抗議の目を向けるミラクルバードに対し、オレは書類作業を止めてため息をつき、そして彼女に言った。
「条件付きだっただろ。今のままだったら、ってな」
「それでもだよ。緋子矢トレーナーは引き受けてもらえる前提で考えてるよ、きっと」
「レナ子とは『そのウマ娘も同意したら』って話になってるから大丈夫だ」
「大丈夫じゃないじゃん!? その条件だともしダイタクヤマトが〈
頭を抱えそうな勢いで心配するミラクルバード。
そこまで悩む必要はないはずだけどな。
「ウチが絶対に引き受ける話じゃないってことだろ。それをレナ子も了承しているんだから問題ない」
「じゃあ、ダイタクヤマトがダメならもう一人の方……なんて言ったっけ?」
思い出そうとしてもなかなか名前が出ないでもどかしそうに悶絶しているミラクルバードに、資料を思い出しながら正解を告げる。
「ダイタクカミカゼ」
「そうそう。そっちを引き受けるってこと?」
「それは……」
緋子矢 礼菜が〈ミモザ〉から〈アクルックス〉へ移籍する候補として挙げたウマ娘は2人。
一人はもちろんダイタクヤマトだが、もう一人は一つ年上になるダイタクカミカゼというウマ娘だった。
ダイタクヤマトの移籍の話がこじれれば、当然に彼女を引き受けるという話になるのは想像に難くない。
だが、そんなミラクルバードの言葉にオレは苦虫を噛み潰したような表情で難色を示すしかなかった。
「……難しいな」
「え? 緋子矢トレーナーとの約束でしょ? 一人引き受けるのは」
「それはそうだ。だが、ダイタクヤマトに話をした後だからな。最初は別に持って行った話を、上手くいかなかったからそっちで……となったら、選ばれた本人はどう思う?」
「そ、それは……もの凄くビミョウな空気になるよねぇ」
思わず「あはは……」と乾いた苦笑をするミラクルバード。
オレはダイタクヤマト本人と話をしてしまってるし、そのことは〈ミモザ〉メンバーにも伝わっていると思って間違いない。あのチームは全員の仲が良く和気藹々とやっているからこの手の情報が広まるのは早いはずだ。
その中で自分にも話が来て、移籍してみたらダイタクヤマトは残っていたとなればさすがに思うはずだ。
「自分が本命じゃなくて、ハズレで選ばれたって思うだろうからな」
例えばプロ野球のドラフト会議でのハズレ1位なら、まだ他に大勢いる候補の中から選ばれたという自負で自分のプライドを保つことができるだろう。2位以下の選手よりも先に指名されたという事実もある。
しかし今回の場合、去る予定の〈ミモザ〉のサブトレが担当しているウマ娘は2人しかいない。2択の中で選ばれなかった側なのに移籍となれば彼女のプライドが傷つくだろうし、なによりオレに対する信頼は
(その状態で、
すでにシニア世代。
オマケにダイタクヤマトよりも一つ年上。彼女よりも多少実績面で勝っているとはいえ信頼関係が崩れてるのが前提では、担当する自信はオレにはない。
「でも、そっちも引き受けないってなったら〈ミモザ〉の問題が解決しないよ。もう……そもそもトレーナーはなんであんなこと言ったの? ダイタクヤマトのこと、気に入らなかった?」
「そういうわけじゃないんだが……」
オレは腕を組んでのけぞり、イスの背もたれに体を預けながら天井の一角を見つめる。
それでイスはギッと金属音を奏でた。
「確かに、まぁ……
「ほら、やっぱり。それって性格? あのギャルっぽいのが駄目なの? 確かにウチのチームにはいない性格だけど、ロンちゃんがヒドくこじらせたと思えば、そこまでじゃないと思うけど?」
ミラクルバードの言葉には「だから考え直してダイタクヤマトを受け入れてあげようよ」というのが透けて見え、オレは思わず苦笑する。
優しくて面倒見のいい彼女らしいと言える。
「ロンマンガンのとはちょっと違うだろ。アイツは
「自分を偽ってる、だっけ? トレーナーがダイタクヤマトに言ってたのは……」
あの時、オレがダイタクヤマトに言った言葉を思い出しながらつぶやくミラクルバード。
オレはギャルっぽい性格をわざわざ作っている彼女の姿勢がどうしても気に入らなかった。
自分を偽ったままの状態の彼女を、担当したくなかった。
「……わかるだろ、お前なら」
「うん……」
今まで長いことチームをサポートしてくれているミラクルバードはオレを一番身近で見てきたウマ娘かもしれない。
走る側だったダイユウサクよりも、オレに近い立場だったと言える。
だからこそ理解しているはずだ。
「相手へのリスペクトならオレも咎めるつもりはない。ただ“憧れる”と“真似る”は違う」
ダイユウサクやレッツゴーターキンが競ったことのある相手でもあるダイタクヘリオスに彼女は憧れており、その真似をしているのは明らかだ。
レナ子に見せてもらったデータの戦績を見ても、逃げ一辺倒の走りを見ればその思いの強さも分かる。
「憧れた相手みたいになりたいと思うのは誰だってそうだと思うけど……」
「姿形を真似たところで
走り方を真似たところで、それを再現できる素質がなければ逆に遅くなる。
例えば目の前のミラクルバードが縁をつないでウチにやってきたオラシオン。
彼女は地を這うような低い姿勢でのスパートで他を圧倒する速度を出し、数々の重賞を制した。
大差をひっくり返した皐月賞なんかはその典型的なレースだ。
その走りはダイユウサクの同期で誰もが認める実力者、オグリキャップを彷彿とさせるもの。
もちろんそれを参考にして取り込んだものだが……なによりもその走りがオラシオンに合っていた、というのが大きい。
オグリキャップと同じように、強靱さと柔らかさを兼ね備えた足を持っていたからこそ再現できたわけで、それを持たずにただオグリキャップに憧れて真似した多くのウマ娘は思うように記録は伸びなかった。
それこどろかフォームを崩して自分を見失い、埋もれていったウマ娘もいた。
──そのウマ娘のようになりたい。
そう
分かりやすい目標になるし、壁に当たったときのモチベーションにもなる。
しかし安易に
本人と真似られる対象は別人であるという根本的な問題があり、その才の差が
「ベルトをしめて叫んだりステッキ振り回したところで、実際に
その現実から目を背けたら、レースで結果を出せるはずがない。
同じやり方をしたら結果が出るなんて必勝法は、少なくともウマ娘
攻略方法があるゲームの世界じゃあないんだからな。
「それはそうだけど……」
「もちろん
“憧れ”にも様々な形がある。
『彼女のようになりたい』という気持ちの行き先が、『走り』になるのか『容姿』になるのか。
しかし残酷なことに、『走り』に行きつく前に“才能”というあまりにも無慈悲な壁に阻まれることが多いのも事実だ。
この業界に身を置いているからこそオレだってよく分かる。
分かるからこそ『容姿』の真似を完全に否定するつもりもない。
「厳しいこと言ってた割には意外と寛容だね、トレーナー」
意外そうに微笑むミラクルバード。
無論、オレは首を横に振る。
それは乾井 備丈としての感想であり、トレーナーとしての判断となれば違う。
「だがその“誰かをそのまま真似る”というのは〈
オレはあの時──金杯の発走前にダイユウサクに言った。『お前はオグリキャップじゃない』と。
レッツゴーターキンに秋の天皇賞前に言った。『お前はダイユウサクじゃない』と。
別の
そして……オレは今のダイタクヤマトはまさに、憧れるあまりに本来の自分を見失っていると判断したんだ。
だから──
コンコン
「あれ? 来客?」
部屋のドアをノックする音が聞こえ、ミラクルバードの耳がピクッと動いてそちらを向いた。
この部屋を訪ねてくるのはオレか巽見に用事があるんだろうが……サブトレで今は担当を持っていない巽見を訪ねてくる相手は少ない。
そしてオレに用事があるのはたいてい〈アクルックス〉メンバーだからノックしてすぐに部屋に入ってくる。
(……まぁ、ノックを忘れて巽見に怖い目で睨まれる連中もいるが)
そのはずなんだが──今回の来客は、部屋に入ってくることはなかった。
返事がなかったせいか、再び「コンコン」と同じように扉がノックされたのを見てミラクルバードが「どうぞ」と声をかける。
すると……
「失礼いたしますッ!」
大きな声と共に扉がサッと開き、人影が入ると同時に勢いよく頭を下げて一礼した。
その大仰な反応に少しだけ驚く。
とはいえそこまで驚かなかったのは、そんな大げさな入室には耐性があったからだ。
ウチのメンバーには一人、ちょっと変わったヤツがいるからな。
それに比べればこれくらいは許容範囲。
ああ、本当にアイツはもう少し大人しくなってくれると助かるんだがな。タケノ──
「乾井 備丈トレーナーは御在室でしょうか?」
その声で思考を中断されて我に返る。
頭を下げたまま尋ねてきたその姿に、ミラクルバードは呆然としているところだった。
真横を向いているピンと頭上に立った耳に、入ってきたのがウマ娘だと分かった。
「ああ。オレがそうだけど……」
オレがそう答えるや、バッと勢いよく頭が上がった。
そしてそのまま直立不動の姿勢をとるウマ娘。
「先日は大変失礼いたしました! 己の心得違いを深くお詫びすると同時にそれを改めましたので是非とも自分に御指導御鞭撻のほどを。何卒よろしく御願い致します!!」
浅く頭を下げた姿勢……警察や軍での敬礼(ドラマ等でよく見る顔の前で右手をかざすのは着帽時のもの)をキビキビとした動きで行った彼女は、再び直立の姿勢に戻った。
その顔を見て、オレは思う。
(誰だ?)
艶やかなほどに綺麗な黒髪は、青みがかっていたオラシオンの
長さも首もと辺りで切りそろえられていた彼女と違って、肩から背に届こうというくらいに長い。
そして一番特徴的だったのは、生真面目さを象徴するかのように横一文字に切り揃えられた前髪。
あまりに真っ直ぐすぎて目を惹いていた。
(……こんな特徴的な前髪のウマ娘を見ていたら覚えていないわけがないんだが)
どうあってもこの目の前のウマ娘の名前は出てこなかった。
しかし、この様子ではこれが初対面というわけではないだろう。
いや、マジ分からん。誰だ、コイツ……
「えっと……誰? だっけ……」
困惑したオレの気持ちを代弁してくれたのは、共に部屋にいたミラクルバードだった。
あぁ、助かったぞ。ミラクルバード。
さすがにここまで雄弁に初対面じゃありませんってヤツを相手には面と向かって訊けなかったからな。
そして件のウマ娘はといえば、苦笑を浮かべながら訊いてきたミラクルバードに少しだけ慌てた様子で再度敬礼して──
「し、失礼しました! わたッいえ、自分は、
そんな彼女のあまりにも意外で衝撃的な返答に──
「「はい?」」
オレとミラクルバードは思わず同時に首を傾げた。
いや、ダイタクヤマトって……あのダイタクヘリオスの劣化コピーギャルみたいなヤツだっただろ?
違うだろ、これ……というオレの感想はミラクルバードも一緒だったらしく、彼女はさらに尋ねていた。
「ダイタクヤマトって……昨日の?」
「はい! そうです!!」
「でも、雰囲気というか様子というか、姿というか……変わったよね?」
「これが本来の自分なんです。それを偽っていたのを、乾井トレーナーに指摘されて改心したんです!!」
……え? これが本当の姿?
あまりにも偽りすぎ。というか完全に別人じゃねーか。
彼女曰く、あの後で髪色を戻したり髪を整えたりしたらしい。
メイクも落とし、自分の素の姿になって今日やってきたということだった。
「これを見抜いたトレーナー殿の慧眼には感服いたしました。さすが《
そう言って敬愛100%の視線を向けてくるダイタクヤマト。
ええと……オレ、超能力者じゃないんでさすがにそこまで見抜けるわけ無いからな。
明らかな過大評価に、心苦しくてたまらない。
というか、こんなの予想不能だろ。
もちろんそれをわかっているミラクルバードからは疑いのジト目が向けられているわけだが。
「このダイタクヤマト、トレーナー様に忠誠を誓い、一命を
再度一礼し、顔を上げる彼女。
(……いや、忠誠とか誓う必要も、一命を賭す必要もないからな?)
と、そのあまりにも重い思い詰めっぷりに多少の不安を感じなくもない。
しかし真面目な性分の顕れなのだろうと前向きに納得する。
だからこそ……オレはそんな彼女の生真面目さに正面から向き合わなくてはならない。
昨日、オレは確かに彼女に言った。「今のままなら、チームに入れられない」と。
別人の皮を被り、自分を隠していた昨日までの彼女であれば。
だが──今の姿にそれはない。
そしてその一歩を踏み出すには、今までの自分のスタイルを捨てるには、間違いなく覚悟を必要としたはずだ。
その覚悟と決意に……報いなければならない。
なによりも今の彼女の、その本来の姿にオレは『面白い』と思っていた。
興味をひかれていた。
可能性を感じていた。
実績や名声を覆して結果を出す──
逆転、番狂わせ……想定外に誤算。
オレ自身もまた、自分の心が久しぶりに揺さぶられるのを感じていたのだ。
「……わかった。お前がウチに入るために、オレに言われた通りに“変わる”決心をしたというのなら、もちろん歓迎する。お前の“夢”を実現するために、全力でサポートさせて欲しい」
そう言ってオレは手を差し出した。
それを、彼女は困惑したようにオレの顔と何度か見比べていた。
戸惑いながらミラクルバードに視線を向けて、彼女が苦笑しているのを見て──それがようやく握手だというのに気が付いて掴んだ。
「これからよろしくな、ダイタクヤマト」
「はい! よろしくお願いします!!」
そう言って彼女は、ここにきて初めて笑顔を浮かべた。
意外と人懐っこそうなその顔はオレにダイタクヘリオスの笑顔を思い浮かべさせた。
──かくして、〈アクルックス〉に新メンバーが加わった。
その名は……ダイタクヤマト。
果たして彼女こそ“次なる『!』”なのであろうか。
それはまだ神のみぞ──いや、全能たる神でさえもそれはまだ……
◆解説◆
【号砲一発!! ダイタクヤマト始動!!】
・『宇宙戦艦ヤマト』の第2話のタイトル「号砲一発!!宇宙戦艦ヤマト始動!!」から。
・前話までのダイタクヤマトは本来の姿ではありませんでした。
・やっと本当の姿を見せたので、こらから「始動」となります。
【ダイタクカミカゼ】
・同名の実在馬を元にした本作オリジナルのウマ娘。
・モデル馬は1993年5月26日生まれ。牡の鹿毛。
・ダイタクヤマトと違ってダイタクヘリオスの産駒ではなく、むしろヘリオスとは母が同じの半兄弟にあたります。
・生涯成績は52戦9勝。2着3回、3着9回。
・ただし9勝の内の3勝は、地方競馬の高知での勝ち星。2000年9月からは高知競馬場へ移籍しています。
・今回、チーム移籍の候補になったのは1998年にあったダイタクヤマトの転厩が元ネタ。
・石坂調教師が橋口厩舎から独立する際に、橋口調教師がご祝儀として所属馬のダイタクヤマトかダイタクカミカゼを石坂に譲るという話になり、結果としてダイタクヤマトを譲ってもらったというエピソード。
・血統や成績から譲る側の橋口さんはてっきりダイタクカミカゼを選ぶと思っていたそうですが、「一年若くてその分長く走れるから」とダイタクヤマトを選んだそうな。
・その後はかたやG1ホース、かたや地方落ちと明暗を分けることに……
・本章の第3話に出てきた「カミ先輩」がダイタクカミカゼです。
【本当の姿】
・史実の戦艦にしても、宇宙戦艦にしても、ギリギリまでその姿を隠して見せないようにするのは
・そんなわけで、前話までの姿は自信喪失して自分を見失ったダイタクヤマトが憧れにすがりついた結果、“ダイタクヘリオスになってしまった”姿でした。
・一直線に切りそろえられた前髪と、長い後ろ髪は“大和撫子”の要素から。
・黒鹿毛なので赤みがかった黒髪ということになっています。