──私が彼女の“偶像”にすがるようになったのは、あのウマ娘がきっかけだったのは間違いありません。
クラシック期を迎え、一生に一度しか挑戦できない、ウマ娘の誰もが憧れる栄冠へ向かって踏み出そうとした……彼女に出会ったのはまさにその時でした。
その走りを見せつけられ、私は思った。
……格が違う。
その世代に一人の天才、と呼ばれるウマ娘がいる。
でもそんな中には、10年に一人と呼ばれる天才もいる。
重賞常連となり、GⅠ制覇をめぐる争いの中心となる彼女たちは“時代を担うウマ娘”と呼ばれることになります。
これまでもそういうウマ娘達が時代を築いてきたのはよく知っています。
彼女たちが持つ、有名な異名や二つ名が頭をよぎる。
そうして……その彼女もまた、きっとそういう“名前”を世間から与えられることになるんだろう、と漠然と思いました。
あの速さは間違いなく……“次の時代を創る”と思えましたから。
到底かなわないことを思い知らされた私は自分を見失うことに。
そうしてアイデンテティを完膚無きまでに破壊された私は、心の拠り所だった“憧れの偶像”にすがりつくことで、どうにか自我を保った。
だって、そうでもしないと──私が走る意味がわからなくなってしまいそうでしたから。
自分の実力では到底太刀打ちできない。
それが分かっているからこそ、憧れのウマ娘の
そして……そうしてしまったことで、たとえレースに負けようとも自分の“なりきり”度合が足りないとか、そして本当の自分が負けていないとか、無意識に心の中で言い訳していたのかもしれません。
──正式にダイタクヤマトを〈
もちろん学園の事務方へ連絡してチーム移籍の手続きをする、といった制度上必要不可欠なことはもちろん、絶対に連絡をしなければならない相手がいた。
……正直な話、あまりしたくはない相手ではあった。
トレーナー部屋にある電話の受話器を掴む前に、思わず小さくため息をついてしまう程度には拒絶していた。
相手に対して嫌悪感を抱いているわけじゃない。
むしろ──あまりに申し分けなさすぎて、オレがその人に対して顔向けできないせいだ。
意を決し、受話器を握りしめたオレは、その人へと電話を架けた。
コール音がして数秒後、相手が電話をとる。
「……ご無沙汰をしています、先輩」
『ああ。中央の学園からだから誰かと思ったけど……キミか、乾井クン』
緊張していたオレとは対照的に、相手からは砕けた感じの明るい声が返ってきた。
電話の相手は〈ミモザ〉での研修時代にお世話になった先輩であり、つい先日までそのチームに所属し、メイントレーナーの
その人は、師匠が長年自分の補佐として手元に置いており、もっとも信用していた弟子といっても過言ではない。
そしてオレがあんなことをしでかさなければ……研修を終えたばかりの
『ヤマトを引き受けてくれるんだって? いや~、楽しみだなぁ』
「楽しみ、ですか?」
『そりゃあそうだろう? なんといっても
「それは……あれはオレの成果なんかじゃありませんよ」
オレが答えると、先輩は『う~ん』と唸り、芳しくない反応を見せた。
『礼菜から聞いてたけど、随分とまぁ謙虚というか卑屈というか……自己評価が低いねぇ、キミは。あれだけ世間の注目を集めるウマ娘を育てておいて』
「オラシオンのことなら、それこそ彼女が生まれ持った才能のおかげですよ」
『その才能を伸ばせるのもトレーナーの才能なんだけどね。私の方はサッパリさ。なにしろヤマトは……伸び悩んでいたからねぇ』
受話器の向こうで、先輩が苦笑を浮かべているのがわかった。
ダイタクヤマトはシニア期を迎えたものの未だにオープンクラスに到達できていない条件ウマ娘だった。
『ま、だからこそキミに期待するわけだよ、乾井クン。礼菜もさすがだね。いい相手を見つけてくれたよ』
「そんな、オレなんて……」
『キミの本当の才能は、オラシオンのようなウマ娘を育てること、じゃあないだろ? ねぇ、《
楽しげに、そして悪戯っぽい口調で先輩は言う。
『そんな箱の中に私が面倒を見たダイタクヤマトが入ったとなれば、期待しちゃうじゃないか』
「あいにくと最近は“
そんなオレの返しに、先輩は「あはは」と笑った。
『いつもいつもビックリ箱だったら誰も驚かなくなるだろうよ。慣れちゃってさ。
全部当たりくじだったら、引く意味なんてないだろう? という先輩の言葉は、まぁ、分からなくもない。
“競走に絶対はない”からこそ面白いんだし、一流とは言い難いウマ娘達も夢を見ることができるんだから。
『それに世間の皆はキミのことを表面上では散々に評価しようとも、期待しているんだよ。《人気薄の魔術師》がどんな
先輩の声のトーンが変わる。
それにはほんの少しだけ……申し訳ないという後ろめたさを感じた気がした。
そしてそれは、オレに対するものじゃないこともわかっている。
『だからこそ……私では扱いきれずに“秘密のままの秘密兵器”になってしまったヤマトを、キミが日の目を見せてくれる。そう信じているよ』
その先輩にオレが返せるのは「頑張ります」と返すのが、今のオレには精一杯だった。
オレが“絶対に成功させる”と約束しないのを知っている先輩は、その言葉で満足してくれたようだった。
『遠征でウチの地元の近くに来たら、顔を見せてくれると助かるよ。ヤマトを連れてね……って、そういえばキミ、とんでもないのを
「え?」
オレが育てたウマ娘で、
戸惑いながらも首を捻ったが……心当たりはサッパリない。
どういうことだろう、と思っていると──
『ウマ娘じゃなくてトレーナーだよ。私みたいに元は
「はぁ!?」
先輩の話す内容にも驚いたが、それを楽しげに「あっはっは」と笑いながら話すことにも驚かされる。
オレ、誰かに恨まれるようなこと、って、あ……
「ひょっとして、その人ってまさか──」
『ああ。〈カストル〉ってチームを担当していたらしいね、彼女──』
その先の話は聞きたくなかったし、記憶にない。
……悪いけど先輩、どんなに近くに行ったとしても顔を見せに行くことはできないな。
──さて。
そんな先輩が手塩にかけて育てていたダイタクヤマトだが、これまでの成績を見ると……滑り出しは順調、と言えずともまずまずのスタートを切れていたのはわかる。
と、トレーナー部屋で手元の資料を眺めつつ、オレは物思いに耽っていた。
「なにしろデビューはジュニアの9月……」
その開幕に間に合わなかった、というのは確かだがそれに無理矢理照準を合わせる必要性はほぼ無いと言っていい。
確かに早い内にデビューする利点がないワケじゃない。
早い段階でいい結果を残せればファンの目に留まりやすいのは間違いない。
また、早い時期であればそれだけ本人はもちろん周囲もまたトレーニング期間が短いということになる。
それはトレーニングの成果による“伸び”の差が大きくなる前の、極端に言えば“ドングリの背比べ”を狙うこともできるわけで、「周囲も未熟な内に勝っちまえ」という乱暴な手法もできなくはない。
(だがそれは、結果を残せれば、という話だ)
負けを重ねれば、そしてそれが次の結果を期待させるようなものでなければ、もちろんファンの目は厳しくなっていくだろう。
確かにメイクデビュー戦はジュニアの7月から始まる。
しかしクラシック期になってもそのレースはあるし、クラシックになってから
成長速度は
(で、レナ子と先輩は9月頭で“いける”と判断したってわけだ)
さっきも言ったとおり、メイクデビュー戦はクラシック期まであるし、クラシック期でのデビューは晩成型のウマ娘なら珍しくもない。
そんな中で9月にデビューさせているのだから早い方に入る。育成は順調だったんだろう。
晩成型……遅咲きの多い〈
ジュニアのGⅠをとったオラシオンのデビュー時期でさえ、もっと後になったしな。
(結果は3着と、まずまずといったところか)
もちろん理想はデビュー戦での初勝利。
だがデビュー戦で勝てるのは、もちろん出走者の中で1人しかいない。
一つのレースに10人近くの出走者がいると考えれば、デビュー戦で勝利できたウマ娘の割合は1割程度なんだから、デビュー戦で勝てないのが珍しいなんてわけじゃない。
勝利まで後少しの3着という結果は、次のレースに期待を持たせるのに十分だろう。
「前にいたのは2人だけなんだから、メンバー次第では勝てたということでもあるしな」
そんなオレの考えを肯定するように9月末に同じ阪神レース場の新人戦に出走し──結果は2着。
道中は終始2番手で、先頭をきったウマ娘にそのまま逃げ切られたというレース。
これまたジュニアの9月という時期と2着という順位、さらにはレース展開を考えれば、運に恵まれなかったという印象が強い。
なにかのアヤが変わっていれば、初勝利を得ていてもおかしくなかっただろう。
「その後、10月半ばに走らせているのを見ると、手応えは感じていたんだろうな」
2戦走ったので新人戦へは出られなくなり、新潟のジュニア未勝利戦に出走したダイタクヤマト。
しかし結果は順位を落として4着。
「ま、未勝利戦の方がレベルが高くなるのは当然だからな」
すでにデビューして何戦か
さっきの説明通りレースに勝てるのは十数人に一人で、まだまだ走ったレースの数も少ないんだから。
むしろ出走メンバーの「勝ちたい」という気持ちが強まり、練習にも熱が入ってくる。
そうして貪欲に勝ちを狙ってくるんだから厳しいレースになるのも当然だ。
(……それがクラシック未勝利、それも11月ともなれば修羅場と化すけどな)
11月の福島の
それに比べれば遙かにマシだが、
気にするべきは、このダイタクヤマトのように“勝てそうで勝てない”レースが続くことで負けグセがついて、本人のモチベーションが下がることだ。
(そして同時に……なぜ、勝てないのかを真剣に考えるべきタイミングでもある)
言い方は悪いが、ジュニアのメイクデビュー戦は玉石混淆といった有様で、生まれ持った才能や実力差が如実に現れるレースでもある。
時代を担うウマ娘も、日の目を見ることなく終わるウマ娘も、
その後は一生交わらない実力差があったとしても、メイクデビュー戦だけは別。
だからこそ作戦や適性を考えずとも、才能による身体能力の差に任せて勝ててしまう。
それが数度レースを重ねることで得手不得手を把握し、戦略を組み立てていくわけだ。
「ここまでのレース、ダイタクヤマトは全てダートを走っている……」
おそらく考えあってのことだろう。
だがそれを改めたのか、次の11月頭のレースでは京都の芝コースで行われたジュニア未勝利戦に出走している。
そして……
「初めて
見事に初勝利を挙げた。
これまでのレース、ダイタクヤマトは3番手や2番手、4番手と前の方でレースをしている。
そしてそのままゴール板を通過するというレースばかり。
時期的に考えれば、彼女がどう頑張っても追いつけなかったというケースも十分に考えられるが、末脚に期待できないと下した〈ミモザ〉陣営の判断は合理的だったといえる。
「そして本人的にも、本望だっただろうしなぁ」
オレは、小さくため息をついた。
逃げ切り勝利こそ、彼女が憧れた姿だっただろう。
ダイユウサクと2人──ミラクルバードを入れれば3人だったが──だったころ、出走させたマイルチャンピオンシップ。
そのときの彼女、ダイタクヘリオスの走る姿を思い出していた。
先頭をきって走り、そしてそのまま1着でゴールする。
憧れたウマ娘の理想的な展開そのままの走りで勝つことができれば、さぞや興奮したことだろう。
それを反芻するかのように、11月末に開催された阪神芝1400の条件戦さざんか賞で再び逃げ切って勝利している。
ダートよりも芝の適性が高く、そして“逃げ”という
ジュニアGⅠには間に合わなかったかもしれないが、その成果を引っ提げてクラシックレースに挑戦できるのは大きかっただろう。
「その自信が、叩き折られなければ……な」
クラシックレースの開幕戦といっても過言ではない1月半ば開催のGⅢ、シンザン記念。
グレードレースともなれば、さすがに周囲の実力は違う。
先頭で逃げるという勝ちパターンに持ち込めなかったのもさることながら……途中から上がってきたウマ娘に完全に力負けしていた。
結果は、8着。
今まででもっとも悪い着順だ。
もちろん重賞初挑戦ということを考慮すれば、やむを得ない結果だったのかもしれない。
だが……
(おそらくダイタクヤマトは、ここで挫折を味わったはずだ)
このレースを制したウマ娘に圧倒的な実力差を見せつけられて。
「ここまで順調に来ていた成績が、ここから明らかに落ちている」
2連勝して波に乗ったはずのダイタクヤマトだったが……勝てなくなっていた。
彼女の実力を見せつけられ、自信を失い、そして──ここからはオレの推測だが、憧れる偶像にすがりついたんだろう。
レナ子の話によれば、この頃から髪に差し色を入れたり口調が変わったりしたらしい。
「自分の実力では勝てない。でも“あこがれの
その存在に
そう思いこみ、藁にすがったのだろう。
……そんなことをして、勝てるはずもないのに。
「“別の誰か”になんて、なれるはずがないんだ」
オレはそうつぶやいて、思わず再びため息をついた。
私は、ジュニアの年の最後の方でやっと自分の走りを見つけた。
それが“あこがれの
結果を出したその走り方に自信を持って……クラシックレースに挑める、と思っていた。
シンザン記念での敗戦……
確かにあのウマ娘は強かった。
8着に終わった自分との圧倒的な実力差も感じた。
その差に愕然としたのも確かです。今の私じゃとても敵わない、と。
でも……
それでも私は、そこで心折られたわけじゃない。
シーキングザパールの走りは私が目指すものではなかったんですから。
だからこそ負けても、自分の信じた道を進み続ければいつか勝てるかもしれない。
(いいや、あの人のあの走りを私ができれば、きっと勝てる)
その思いで邁進することができた。
それが砕かれたのは──何気なく目にした、私が出走さえしていないレースだった。
2月頭に開催されたそのレース。
圧倒的な速さを誇り、先頭を切って走るそのウマ娘。
誰も追いつく可能性さえ感じさせないその速さ──まさに“異次元の逃亡者”だった。
結果を見れば、メイクデビュー戦とはいえ7バ身もの差を付けた圧勝。
そんな私が理想とし、私の“憧れた存在”の到達点ともいうべき場所に、すでにいる彼女の姿に愕然とするしかなかった。
その実力を証明するように、彼女はクラシックレースで頭角を現していく。
私の理想の“走り”はもう…………
それでも彼女に対抗できる光景が浮かばなかった。
“逃げ”という同じ土俵で戦う以上、彼女には絶対に勝てない。
そんな存在が、同期にいる。
その事実に、私は心折られてしまった。
ゆえに、私は……私は自分の憧れるウマ娘の“強さ”を真似ることができないと悟り、姿形を真似ることで自分の気持ちを誤魔化すことしか、できなかった。
──それで優秀な結果を残せずとも、見失った自分にそれ以上の強さを持っているとは思えなかったんですから。
◆解説◆
【ヤマト沈没!! 彼女が自分を偽った理由】
・「ヤマト沈没」は『宇宙戦艦ヤマト』の第7話のタイトル「ヤマト沈没!!運命の要塞攻略戦!!」から。
・7話という序盤で察せられるように、もちろんその話でヤマトは沈みません。(笑)
【彼女】
・第一章の序盤でダイユウサクを担当してやらかしたチーム〈カストル〉の女トレーナーのこと。
・この人の復活、実はけっこう考えてるんですよね。
・地方から有力ウマ娘引っ提げて中央に殴り込んで〈アクルックス〉のウマ娘と対決……みたいな展開を。
・“どこの
・今回の“先輩”の移転先をハッキリさせていないのもそのあおりを受けています。
・ただ、対象になるモデル馬がいないんですよねぇ。
・地方馬出てくるのって、本章だと転厩後からになるので、
・で、その地方馬の着順は……最下位なワケで、もう完全にギャグ要員にしかならないじゃん!
【デビュー】
・モデルの実在馬ダイタクヤマトのデビュー戦は1996年9月8日阪神第5レースの3歳新馬戦。
・12頭立て。ダートの1200。天候は晴。馬場状態は良。
・3~2番手と前方でレースしたダイタクヤマトですが、後ろから追い込んできたケンタシチーとフライトワンに抜かれて3着でした。
【新潟のジュニア未勝利戦】
・実在馬ダイタクヤマトの3走目は10月12日に新潟で開催された第5レース、3歳未勝利戦。
・8頭立てで4着と奮いませんでしたが、わざわざ解説に取り上げたのはこのレースの騎乗が大崎昭一騎手だったこと。
・そう、1992年にレッツゴーターキンで天皇賞(秋)をとった大崎騎手です。
【初勝利】
・ダイタクヤマトの初勝利は4走目になる1996年11月2日に京都の第1レース、3歳未勝利戦。
・芝1200。天気は曇で馬場状態は稍重でした。
・それでの好走を評価されて3番人気だったダイタクヤマトは、初めての芝で
【シーキングザパール】
・ダイタクヤマトは1994年生まれのいわゆる97世代。
・同期には公式ウマ娘も多く、シーキングザパールはその中の一人です。
・そのシーキングザパールとは1997年1月15日に京都で開催されたシンザン記念で対決。シーキングザパールは1着、ダイタクヤマトは8着に敗れています。
・元ネタ競走馬は短距離~マイルで活躍しており、距離的には短距離専門のダイタクヤマトと重なるのですが活躍時期が異なるので、同じレースを走ったのはこのシンザン記念だけです。
・ですので、本作ではシーキングザパールは出てきません。
・まぁ、公式化こそしていませんが、他の
【異次元の逃亡者】
・サイレンススズカのこと。
・97世代ですので彼女とも同期ということになります。
・一応、第三章も年代は第二章に引き続いてウマ娘時空になっているアニメ版準拠になっているのですが……ウマ娘って第1期の主役だった98世代との対比で97世代の学年とか年齢がよく分からんことになってるんですよねぇ。
・サイレンススズカやタイキシャトルはスペシャルウィークの年上なのは間違いないんですが、シーキングザパールはエアグルーヴに「先輩」と呼ばれて年上になってるし。
・マチカネフクキタルは……よくわからん。
【心折られて】
・ここ、
・というのも史実のサイレンススズカが頭角を現すのはシニアに入ってからです。
・実際、ダービーは9着だったりその年の天皇賞(秋)は6着、マイルチャンピオンシップに至っては15着です。
・ですのでこの時点(デビュー直後)に心折られることは無い時期なんですが、あくまで“史実とは違う”ということで。
・たぶん翌年の大活躍の片鱗を見たんでしょう。
・なお、距離的な面でシーキングザパール(と書いていませんがタイキシャトル)に絶望し、“逃げ”という戦術面でサイレンススズカに心折られたという状況です。