「それじゃ新入り、相手してやんぜ。このギャロップ姐さんがな」
自信ありげに割り込んできたウマ娘──ギャロップダイナが次の合わせの相手になった。
もちろん割り込まれた形になったダイユウサクは不満そうだったが……
「ダイナに任せる。ただし距離は1400な」
というオレの決定でダイユウサクはなにか言ってくることはなかった。
確かに2000メートルはアイツの得意にしていた距離でもある。
そして実績面では2000の
距離が変わったことでそのプライドも保たれたというわけだ。
逆にギャロップダイナはオレに向かって、チラッと探るような視線を向けてきた。
ただ、それも一瞬で──すぐに表情を戻している。
オレの意図を分かってくれた、と思っていいだろう。
「トレーナー、適性を見るんじゃなかったの?」
ダイナが訊きもしなかった一方で、素直にオレの決定に疑問を呈してきたのはミラクルバードだった。
「苦手分野の走りだけじゃなく、得意分野での実力も確認しないと駄目だろ?」
ダイタクヤマトが短距離ばかり走っていたのは百も承知。
ではなぜオレはそっちの実力を確認せずに長距離と中距離の適性を測ろうとしていたか?
答えは、短距離が得意なウマ娘がうちのメンバーにいなかったから、という簡単な理由なんだけどな。
確かにいろんなレースに出走した関係で、ダイユウサクは短距離レースにも出走している。
阪神1200のレコードを出したこともある。
だが、経験を重ねるごとに短距離への適性に対してオレは疑問を持ち始めていた。
実感として2000メートルの方が結果を出しているし、有馬記念をレコード勝ちしたのを考えたら、やはり短距離よりもある程度長い距離の方が合っていたと思って間違いない。
そして本人もその自覚はあるらしい。不満そうにしてはいても、言葉にして訴えてこないのはその顕れだろう。
一方でギャロップダイナ。
有名すぎる“《皇帝》を泣かせたウマ娘”の異名もあって、天皇賞(秋)のイメージが強いがコイツの本質はマイラーだ。
実際、安田記念を制している。
短い距離の走りに対応しやすいのはどっちと訊かれれば、オレはダイユウサクよりもダイナを選ぶ。
「ま、あたしは走れればなんでもいいぜ? 1400なんてマイラーのあたしに寄せた距離じゃなくても1200だろうが1000だろうが全然構わねえ」
さっきの視線でそんなオレの信頼を確信できたからこそ、2000の距離にこだわらずに話を受けてくれたのか。
その辺りは、やっぱり流石だと思える。
長い付き合いだからこそ、こういうツーカーのやりとりができるんだからな。
──始まった、大先輩との合わせ。
距離は1400。
前に走った2400は自分にとっては明らかに長い距離です。
でも今回は慣れた距離で、自分でももっとも性に合うと思っている短距離。
先輩は「1200でも1000でも」と言ったけど、トレーナー殿は「1400だ」と頑として譲らなかった。
そこになにかしらの意図があるのでしょうけど──ハッキリ言って、それを考える余裕なんてありません!
「くッ!!」
得意な距離を走る私は、先輩よりも前の位置をキープしています。
でもピッタリとついてくるその走りを見れば、精神的な余裕なんて全くない。
なにしろ先輩が持っている武器──あの《皇帝》を後ろから抜いたという唯一無二の実績を持つ末脚を考えれば、背中に刃を突きつけられているようなもの。
(前へ。もっと前にいかないと……)
距離を離すべく、さらに脚に力を込める。
1400という短距離。全力疾走で走りきれば──
「……やっぱヌルいな。お前
ボソっと聞こえた、走っているはずなのに妙に鮮明に耳に入ったその声。
そして次の瞬間──
「──ッ!?」
私の横を、圧倒的な早さで駆け抜けていく先輩。
その驚異的な末脚に、驚くことしかできない。
(これが、“《皇帝》を泣かせたウマ娘”……)
その彼女に勝ったことがある日本のウマ娘は、たった2人しかいません。
1人は初の日本勢ジャパンカップ制覇を成し遂げ、まさにそのレースで皇帝相手にも逃げ切ったカツラギエース。
そしてもう1人……今の私と同じオープンクラス前という立場にも関わらず、格上挑戦で挑んだGⅠでルドルフ会長に勝利して下克上を成し遂げ、彼女に悔し涙を流させたウマ娘──ギャロップダイナ。
そんな伝説的なウマ娘が、私の相手をしてくれている。
そしてその走りを、今、目の前で見ている。
(速いッ)
1400という私にとって得意な距離であっても、先輩の末脚にはついて行くことができませんでした。
あっという間に差を付けられ、彼女がとっくに駆け抜けたゴール地点を、かなり遅れて通過することに……
そんな結果であっても、私にとっては全力疾走だったんです。
大きく肩で息をして、どうにか呼吸を整えようと努める……そんな私に、その先輩は近づいてきました。
「ま、あのチームにいたんだから仕方ねえけど、色んなもんが足りてねぇな」
む、と思わず顔をしかめてしまいました。
先輩──しかも彼女も同じチームに所属していた過去がある──とはいえ、
そんな私の表情の変化に「お?」と意外そうな反応をするギャロップダイナ先輩。
「前のチームを悪く言われて面白くねえ、ってところか? だけど、お前にとっては悔しいかもしれないが、あたしだってあのチームの現状が悔しかったんだぜ?」
「悔しい? どうしてですか?」
「決まってんだろ。あたしやソフィア、それにガリバー……仲間たちが鎬を削り、上を目指して目をギラつかせながら切磋琢磨してたチームが、あんな“仲良しクラブ”に堕落しちまったんだぞ?」
乾いた笑いを浮かべながら、先輩は大げさに肩をすくめる。
でも……“堕落”だなんて評価は酷いです。
そうまで言われては黙っていられません。
私は反論しようと口を開きかけ──
「あそこまで変わっちまっていたからこそ、あたしは理解できたのさ。おやっさんの〈ミモザ〉は無くなっているってことにな。だから、未練を感じることなく躊躇せずにビジョウの〈アクルックス〉を選ぶことができたことには、感謝しちゃいるけどな……」
苦笑混じりに言った先輩の……どこか寂しそうな顔を見てしまっては何も言えませんでした。
ダイナ先輩は先輩なりに、当時の〈ミモザ〉に思い入れがあったんでしょうね。間違いなく。
そうでなければ戻ろうとは思わないでしょうし、悔しいという感想も出てこないはずです。
「あたしが帰国したとき〈ミモザ〉のメンバーも困った顔してたからな。あたしみたいなのが入ってきたら、さぞ迷惑だったんだろ」
誤魔化すようにそう言って豪快に笑うと、先輩は私のところに近寄ってポンと肩に手を置いたのでした。
そして──
「お前、本当はこっち側に来たかったんだろ?」
「そ、それは……」
思わずギクッとした。
本当なら〈アクルックス〉に入りたいと思っていたのに、流れで〈ミモザ〉に入ったのを、まるで見ていたかのような先輩の指摘は私の心に深く刺さりました。
「理想の
ギャロップダイナという先輩は、さらに私の心を抉ってくる。
その顔に意地の悪い笑みを浮かべて……
「さぞ居心地はよかっただろうな。だがあの空気は、
表情を一変させ、「あたしみたいなヤツにとっては、な」と苦々しくゆがめる先輩。
「究極的に言っちまえば、自分以外の他のウマ娘はみんな敵──なんて考えも笑っちまうような空論ってわけじゃねえんだ。むしろそっちの方が真理に近いんじゃねえか?」
条件さえ合えば、どんなに仲のいいウマ娘同士でも同じレースで顔を合わせて競うことになる。
そして、そこに馴れ合いはない。
むしろ仲がいい相手だからこそ、親友だからこそ──真剣勝負で競い合う。
「それが競走ウマ娘ってもんだろ」
と、ギャロップダイナ先輩。
その彼女は言う。
「でも、その割には会長殿とは──」
「うっせぇ、黙って聞け」
先輩の拳が私の頭を小突いて黙らせられました。
うぅ……つい思ったことが口をついて出ただけなのに。
「そんな中で『仲良く走りましょ』なんてのは、あたしから見たら誤魔化しにしか見えねえ。そんな勝ちを諦めた連中の『GⅠ勝利なんて一部の限られた天才サマ達が分け合ってるもの』なんて負け惜しみには笑っちまう」
「GⅠを2勝してる先輩だって
「
懐かしむように遠い目をした先輩が、ちらっと私に視線を向けてきました。
それが「お前と同じ、な」と言外に言われたような気がしました。
「そうでないウマ娘が天才の強さに心折られちまうなんてのもよくある話だが──」
う……
微妙に「天才に心折られる」というその言葉、私の心にグサリと突き刺さるのですが……
「──それでも諦め悪く勝利に飢えた“落ちこぼれ”に希望を与えてくれたのがあのビジョウさ。天才達が独占していたはずのそれを奪って
まるで、神が取り上げた火を人間に与えたギリシャ神話のプロメテウス。
確かに私も他の人に与えられた“希望の火”を見て「私も欲しい」と思った側でした。
でも学園で“本当の天才”という神じみた同期を目の当たりにして心折られ──
「お前の目は場に流されてここに来ましたって目じゃねえ。自ら〈
前のチームにいる中で、すっかり消えたと思っていたその火でしたけど、確かに密かに私の心の中では燻っていたようです。
ギャロップダイナ先輩はニヤリと不敵な笑みを浮かべ私を見てきました。
「〈
「それは……無論です。粉骨砕身の覚悟で──」
言い掛けたところで、先輩はあきれたように手を横に振りました。
「やめろやめろ、そんな覚悟。マゾがテメェの体痛めつけて性癖満足させたところで、速くなんてなりゃしないぜ?」
「マッ!? わ、私はそそそんな趣味なんてありません!!」
その慌て振りがツボに入ったのか、私の反応を見て先輩はひとしきり豪快に笑い……そしてスッと立ち上がりました。
それから私に背を向けてると、後頭部から縛ってまとめた一房の髪とホットパンツから覗く尻尾を左右に揺らしながら歩き始めました。
そして──
「ぬるま湯にいたせいで足りてねぇものだらけだぞ。特にマイラーのあたしに追いつかれてるようじゃ、逃げ専の
──振り返りもせず、そう言いながら頭上で手を振って去っていく先輩の背中は「ま、頑張るんだな」と如実に語っていました。
「さて……」
ダイタクヤマトとの合わせが終わり、他のウマ娘達は自分達のトレーニングやそのサポートへと去っていった。
この場に残ったのはダイタクヤマトとオレ、それに車椅子に座ったミラクルバード。
「チーム加入後の方針を決める……以前に少し話をしたい」
「なんでしょうか?」
オレの問いに、ダイタクヤマトは神妙な面持ちになっていた。
「目指す
「はいッ!」
勢い込んで、元気良くうなずくダイタクヤマト。
わかりやすいのはいいことなんだが……オレは苦笑を浮かべるしかない。
「あのウマ娘のように、ということは……多くの重賞に出走し、そして結果を残す。そういうことでいいんだよな?」
「もちろんであります! ヘリオスさんは──」
語り始めたダイタクヤマトの憧れに対する賞賛を、半ば聞き流しながらオレは考えていた。
ダイタクヘリオスはマイルチャンピオンシップの連覇で有名なウマ娘だ。
だからこそマイラー、という印象になりそうなものだが、そういうわけでもない。
有馬記念には、ダイユウサクが勝利した時と翌年のメジロパーマーが制した時に出走している。
2500の長距離に分類される有馬記念に、だ。
そしてそのメジロパーマーの時には、その前の週に
しかしマイルGⅠはマイルチャンピオンシップだけでなく安田記念にも出走しているし、それ以外にも
(どんなレースにも対応できる、距離だけを見ればオールマイティなウマ娘……)
それがオレのダイタクヘリオスに対するイメージ。
脚質が逃げを得意としているのは知っている。
オールラウンダーを目指したロンマンガンに対して“逃げ”の指導を、ダイタクヘリオスにお願いしたこともあったが、それはその距離に対する幅広い対応力を期待したという思惑もあった。
彼女が短距離の逃げ、中距離の逃げ、長距離の逃げ……それらすべてのコツを知っていると判断したからこそ、だ。
「ダイタクヘリオスのようになりたい、か……」
そのウマ娘がいかに優れた存在か、今も滔々と語るダイタクヤマトを横目にオレは気づかれないようにそっとため息をついた。
憧れの存在──
運命を感じ、その姿に目を奪われ、その存在と同じようになりたいと
ウマ娘競走という世界……いや、スポーツ界では比較的よく見かける光景でもある。
世界的に愛される競技に於いて、この国が伝統や技術レベルで劣っていてもなお本場のトップリーグに所属して活躍を見せる選手。
はたまたこの国の競技レベルが世界大会で優勝できるほどの実力を持ちつつも、おいそれとは活躍できない発祥国のズバ抜けた超一流リーグに所属し、他に類を見ないめざましい活躍で世界中を魅了する日本人選手。
他にも競技の
それら
(だが……誰もが、そうなれるわけじゃない)
極々僅かな
生まれ持った身体的才能だけでは至れず──
ひたすら一途に研鑽に励む
壁にぶつかっても決して折れずに努力する精神的な強さを持ち──
共に励む仲間、世代の強弱、優秀な師との出会い等の周囲の環境──
ともすれば勝敗さえも左右する、神の気まぐれで揺れ動く幸運──
それら内的外的要因を含めて全てに恵まれてやっと至れるかどうかという座。
そんな奇跡的存在だからこそ強烈に輝いて注目を集める。
誰もができないからこそ憧れる。
そう。誰もがなれる存在では──無い。
その非常なまでの現実を……オレは、突きつけなければならない。
この中央トレセン学園に入学できるだけでも、優れた才を持っているはずのウマ娘でさえそうしなければならないんだ。
だが、避けて通るわけにはいかない。
彼女に選択をしてもらう必要がある。
理想の姿のみを追い続け、現実を見られなかったオレが犯した最初の失敗を繰り返さないためにも。
そうして折ってしまった、彼女の未来を無意味にしないために。
「ですから、ダイタクヘリオスさんは──」
「なぁ、ダイタクヤマト……」
「……え? なんでしょうか?」
「チームに入る前にオレが言った言葉、覚えてるよな」
「それはもちろんですよ」
──お前は、ダイタクヘリオスじゃあない。
「その言葉が胸に刺さったからこそ、ここにいるんです」
「そうか……」
あの時、オレはダイタクヘリオスという“他人を真似て”自分を押し殺しているダイタクヤマトの姿に我慢ができずに突き放した。
その盲目的な模倣をやめて自分を取り戻した今の彼女に対して、どんなに“推し”に強い思いを描いていようと同じことを感じることはない。
彼女は、変わったんだ。
でも……だからこそ選択肢を出した。
「その上で言う。お前にはダイタクヘリオスほどの器用さは無い。それが今のアイツらとの合わせで確信できた。だからオレがお前に示せるこれからの道は……二つだ」
オレはそう言って人差し指と中指を伸ばした手をダイタクヤマトへ突きつけた。
◆解説◆
【ギャロップ】
・よく考えたら“ダイナ”って冠名なんで、“ギャロップ”と呼ぶべきだったんじゃ……
・と思ったんですけど、ギャロップって乗馬用語(一番速い走らせ方)なので使い辛かったせいで避けた結果がこれなんですけどね。
・名前的にも「ダイナ」の方が個人の名前っぽさもあるし。
・今さら変えるのも大変なので、本作では“ダイナ”を通します。
・そもそも、乾井トレーナーはウマ娘に関しては名前を愛称でほぼ呼びません。
・パーシングを「パーシィ」と呼ぶほどに距離を縮めていたのに裏切られたので、その
・なのでダイユウサク以降のウマ娘は基本的にフルネーム呼びです。
・例外的にレッツゴーターキンだけは名前が長かったり、前のトレーナーの影響があったりで「ターキン」と読んでる場面がいくつかあります。
・メタ的なことを言うと、“ダイユウサク”のウマ娘をどう略して呼ぶか(ユウサクではあまりにも男名過ぎるので)迷った結果でフルネーム呼びにしたんですが、ターキンだけは名前が長くて短くした場面がありました。
・ギャロップダイナはその例外で、パーシングを担当する前からの付き合いなのでメンバーの中では唯一、略して呼ぶ相手です。
【ガリバー】
・その前に名前が出ているソフィアはシャダイソフィアのこと。
・で、このガリバーとはダイナガリバーのこと。
・ダイナガリバーは実在馬をモデルにした本作オリジナルのウマ娘。
・モデルの実在馬は1983年3月23日生まれの鹿毛の牡馬。ギャロップダイナは3歳年上になるので結構な後輩。
・1986年のダービー馬。社台グループ初のダービー馬で、ノーザンテースト産駒としては唯一。
・生まれたときから大柄でバランスの良さから期待された馬でした。
・そんなわけで馬主さんに気に入られて“サクラ
・その年の有馬記念を制しており、年度代表馬と最優秀4歳牡馬をとっています。
・この有馬記念には同期で公式ウマ娘になてるメジロラモーヌも出走しています。
・翌年の87年は4月の日経賞で3着とった後は毎日王冠、有馬記念では精彩を欠き、その年で引退。
・種牡馬としては桜花賞馬のファイトガリバーが産駒として有名。
・そして2012年4月26日にこの世を去っています。
・成績やシャダイの礎を築いたという意味では、シャダイ系が解禁された今のウマ娘では実装されてもおかしくない存在。
・なお、有馬記念の記念撮影で2着だったギャロップダイナと一緒に写真を撮っており、そのエピソードから本作では仲がいいという設定になっています。
・名前の元ネタの『ガリバー』と実際に大柄だったことから高身長のウマ娘です。