見えぬ輝きの最南星《アクルックス》   作:ヤットキ 夕一

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 ──ダイタクヤマトが〈アクルックス〉のウマ娘として初戦を迎えたのは5月の半ばだった。

 (プレ)オープンまできているダイタクヤマトが目指すべきは、兎にも角にもオープンクラス昇格だ。
 オレがその目標を立てると、彼女自身も自覚があったようでやる気を見せてうなずいていた。

降級前も、届きませんでしたから……」

 そう言って寂しそうに苦笑したダイタクヤマト。
 シニア初年のある時期に所持ポイントが下がる制度。重賞常連のようなウマ娘たちはさておき、条件ウマ娘やギリギリでオープン昇格した者等はそこで降級という処分を食らうことになる。
 その例に漏れず、ダイタクヤマトもシニア初年のまでに準オープンというオープンクラス直前まできていたのに、その下のランクに落とされていた。
 ジュニア期は順調に見えたダイタクヤマトだったが、クラシックに入るやあきらかに調子を落としていた。
 それでも秋には条件戦を走って復調の兆しを見せ、11月に約1年ぶりの勝利を掴んで準オープンへと昇格している。
 そこからオープン昇格を目指し、翌年明けから春までに4戦を走ったのだが……結果が出ずに降格してしまった、というわけだ。
 まぁ、再昇格目指して夏もレースに出続け、9月になってその結果が実り、再び準オープンに戻れたのだから良かったんだが……翌月には昇格直後の条件戦で7着と壁をまたも見せつけられたわけだ。

(シニアの準オープンクラスは本当に厳しい)

 オープンクラスになる、という明確なラインはやはり競走ウマ娘として目標になる。
 それが手の届く場所にまできているんだ。そりゃあ血眼になるのも当然だろう。
 そしてシニアとなると世代という壁が取り払われることでライバルが増えることになり、全体的なレベルも上がる。

(おまけに降級の件もあるからな)

 降級してしまうことで心折れてしまい、学園を去るウマ娘も多いのだ。
 というか、この制度の主な目的はおそらくはそれだろう。
 現状のルールでは、どんなに多く出走して負けを重ねても、その成績でランクが下がることはない。つまりは上がる一方というわけだ。
 だから極論を言えば、現役にしがみついて居続ければいつかは勝ちを積み重ねてオープンクラスを狙うことは可能なわけだ。

 ……勝てなければ話にならんけど。

 そうやって「諦めません勝つまでは」とばかりに居続けるのが多くとなると……URA的には困ることになってくる。
 だからこそ、伸び悩むウマ娘に対して最終的な(クラス)が下がらない内に引退させる──それくらいのことは考えていそうだしな。

(黒岩理事みたいな合理的な人が考えそうなことだ)

 と、理事というURAでは雲上人な理事長共々なにかと縁のあるあの眼鏡の理事を思い浮かべていた。

(とはいえ、URA側の事情も分かる)

 毎年、中央トレセン学園には多くの入学生がやってくる。
 そしてもちろん施設には限りがある。
 引退するウマ娘がいなければ学園は飽和状態になり、施設の利用がしづらくなるという悪環境になりかねない。
 それは中央トレセン学園の、ひいては日本のウマ娘競走(レース)全体のレベル低下を招きかねない問題なのだ。
 だからこそ降級制度という“引き際”を用意することで引退させる。
 それでも、どうしても競走に勝ちたい一心で続けるウマ娘に対しては地方(ローカル)への移籍という道を用意している。
 そうやって走り続けたい意志を尊重しつつも、キチンと新陳代謝をはかっているわけだ。

(ま、お偉いさん達にしてみれば有能で有望なウマ娘たちだけが残って欲しい、と思ってるんだろうが)

 もちろんその事情は分かる。
 天才的なウマ娘たちがGⅠのような大舞台で輝くことで、さらに有望有能なウマ娘たちが学園に集まって切磋琢磨する。
 それが理想だろう。
 日本のウマ娘競走のレベル向上を考えれば、URAという組織がその理想を実現するためのルールを作って運用するのは当然だ。

(……ということは、オレみたいなトレーナーは疎まれているんだろうなぁ)

 その輝けるウマドル様たちの光を、別のウマ娘に掠め取らせている……という立場になっているのがオレ。
 ……オレだって狙って始めたわけじゃないぞ?
 まぁ、色んなウマ娘がいるわけだし、歩みが遅いのもいるわけだ。
 そういった、早くから才能を発揮する天才達の活躍やそういった連中を推したいURAの思惑に負けずに努力し続ける彼女達も報われて欲しいと思った。

(きっかけは、間違いなくアレだったな……)

 初めてアイツに出会った日──熱が出ててもレースに出走し惨敗。そんなボロボロな姿を見て「どうにか勝たせたい」と心の底から思った。
 そこが原点で、今もこうして中央トレセン学園でトレーナーを続けられている幸運に恵まれているのはありがたいことだ。
 そして……降級を経てもなお上を目指して努力するダイタクヤマトも、もちろん報われて欲しいその一人だ。

 薫風ステークス。
 準オープンクラスの条件戦であるそれに挑むわけだが──



第10R ヤマト発進!! オープン昇格への挑戦!!

 

「……負けました」

 

 薫風ステークスを終えた最初のトレーニングで、私はトレーナーの前でガックリと肩を落としながら、レース結果を報告しました。

 もちろんレースを見ていた彼がその結果を知っているのは百も承知なわけですけど──

 

「うん。次のレースだが……」

「え?」

 

 あれ? さほど気にしていない?

 思わず訝しがる目を向けてしまうと、それにトレーナー殿は気がついたようです。

 

「どうした?」

「いえ、せっかくトレーナー殿の指導を受けたというのに、負けてしまい申し訳なく……」

「腹を切って詫びる、とか言うんじゃないだろうな?」

「……トレーナー殿がやれと仰せなら」

「バカ、止めろ」

 

 慌てた様子で止めてくださるトレーナー殿。

 それから小さくため息をついて……

 

「いいか、ダイタクヤマト。今回のレースでの負けはそんなに気にしちゃいない。オレが指導して間もないんだから結果云々って時期じゃない。それに前走は去年の秋だったからレース間隔もだいぶ開いている」

「それは……その通りですけど」

「オープン昇格を目標にしてるが焦っても仕方ない。それよりも今回は、今のお前の実力を確認したかったという意味が大きい」

「今の、でありますか?」

 

 私の問い返しに、トレーナー殿は大きく頷きました。

 

「ああ。今まで演じていたのをやめて()()()()()()()として走った、その実力だ」

 

 そういえば、そうでした。

 そして前走の7着という結果で、私の心が折れかけていたのでした。

 でも今回は……

 

「結果は3着。悪くない結果だろ? しっかりお前の走りとして“逃げ”もできていた」

 

 トレーナー殿の言うとおり、レース中は先頭(ハナ)をきって走れたんです。

 まぁ、ゴールまでそのままいけたらよかったんですけどね。

 

「でも、最後には差されてしまいましたし……」

「それは今後の課題だな。これからのトレーニングで最後まで逃げ切れるようになればオープン昇格なんてすぐだ」

 

 うぅ……

 トレーナー殿は簡単にそうおっしゃいますけど、それがどれほど難しいことか……

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「──で、次のレースだが春レースは出ないで夏に照準を合わせる」

「夏に、でありますか?」

 

 トレーナーは今後の方針を私に伝えてきました。

 でも薫風ステークスを終えた今はまだ5月の上旬。

 夏まではまだまだ時間がありますし、その間のレースをすべてスルーしてしまうのはあまりにももったいなくありませんか?

 出走して勝ちを狙う実力が無いから鍛錬に費やす、とトレーナーが判断したのかもしれませんけど。

 でも──

 

「夏はそれこそ合宿とかをして集中的なトレーニングで飛躍的に能力を高めるべきではないでしょうか?」

「もちろんそれも考えている。だが、夏開催のレースにはそれはそれで魅力があるんだ」

 

 私が思わず首を傾げると、トレーナー殿の隣にいたミラクルバード先輩が苦笑して説明してくださいました。

 

「ヤマちゃんの言うように確かに夏は学園の授業も休みだし、トレーニングに専念できる環境になるから鍛え時なのは間違いないよ? でもそれって他の()たちも一緒だよね?」

「それはもちろん……そうでありますね」

「だから、今のヤマちゃんみたいに夏のレースを避けようとする()達も多いんだよ。つまりライバルが減るってこと」

「ミラクルバードの言うとおりだ。6月に出走するよりも、その分を鍛錬に力を入れて層の薄い7月のレースで勝ちを狙う」

「それって……なんかセコくないですか?」

 

 さすがに脱力してコケたりはしなかったけど、つい言ってしまいました。

 案の定、微妙な表情を浮かべるトレーナー殿と苦笑するミラクルバード先輩。

 それを見て「しまった」とは思ったのですが、出てしまった言葉を消すことはできません。

 ならば退かずにさらに踏み込んで……

 

「やっぱり戦うからには正々堂々と──」

「お前が、鎌倉武士みたいな名乗り合い後の一騎打ち(やぁやぁ我こそは……)で勝てるなら、な」

 

 トレーナー殿に逆にジト目で返され、「う……」と言葉を失うしかありませんでした。

 

「そもそも弱点を突く……防御の()()()()ところを狙うのは戦いの常套手段じゃないのか?」

「む、それはそうでありますけど」

「なら問題ないだろ。反則をしろとか汚い手を使えって言ってるわけじゃないぞ?」

「む? むむ? それはそうなんですけど……でもやっぱりセコいというか姑息というか……」

「ああ。だから次のレースは格上挑戦する。それで問題ないな?」

「え?」

 

 準オープンの私が、格上挑戦ということは……オープンクラスのレースということになりますよね?

 ひょっとして、重賞──

 

「オープン特別だけどな」

 

 ──ではないのですね。

 期待はずれのような、でも少し安心したというか……

 

「ヤマちゃん、夏レースでも相手は格上なんだから気を引き締めていかないとダメだよ」

「は、ハイ! 了解であります!」

「いい返事だ。そんなわけで、そのレースに向けて特別コーチを用意した。お前もよく知る“逃げ”の経験者で──」

「え?」

 

 ひょっとして……それってまさか?

 トレーナーが紹介し、その背後から現れたそのウマ娘は長い黒髪に青い差し色が入った私の憧れの──

 

「は~い、ロンマンガン先輩ですよ。みんな拍手~」

「……ハ?」

 

 ──ウマ娘ではなく、肩付近で切りそろえられたウェーブのかかった髪のウマ娘だった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「…………あのさ乾井(イヌ)トレ。この空気、マジでどうすんの?」

 

 恨めしげにオレを見つつ、顔を寄せて小声で話しかけてきたウマ娘。

 ウェーブのかかった髪を肩辺りまで伸ばしたロンマンガンだ。

 そしてその視線の先では冷めきった目をしているダイタクヤマトがいる。

 そんな2人を所在なさげに「あはは……」と苦笑するのは黄色い覆面に車椅子のウマ娘──ミラクルバードが見ていた。

 

「言われたからやったけど、この後にトレーニングできる空気じゃないじゃんコレ。完全に『誰だお前』って言ってる目だし。もしくは『お呼びじゃない、引っ込めボケ』」

「それは言い過ぎだろ。アイツは礼節はわきまえてる感じだぞ?」

「逆鱗に触れなければそうでしょうよ。でもさっきのは完全にやってるわ。敏感なところにお触り(タッチ)どころか完全に平手打ち(ビンタ)かましたようなもんよ?」

 

 ロンマンガンの言葉を証明するように、ダイタクヤマトの氷点下の視線が彼女の心境を雄弁に語っていた。

 でも、そう言われてもな……

 

「現実問題として、ウチのチームで()()()()“逃げ”できるのはお前くらいだろ?」

「それ、頼りにされてるどころか選択肢がなくて選ばれた、って言わない?」

 

 ロンマンガンも冷めた様子で大きくため息をつく。

 

「そんなことはない。これでも頼りにはしているんだぞ。どんな走りでもそつなくこなせる器用さがお前の武器だからな」

「……ふ~ん、そんなこと言って(おだ)てたって別に……ま、でも他にいないんだから仕方ない。そこまで言われたらやるしかないわぁ……あぁ、メンドくさ」

「うっわ、わかりやすいツンデレ」

 

 ロンマンガンの反応に、ミラクルバードが小声でつぶやいているのが聞こえる。

 余計なこと言って、ロンマンガンのやる気を削がないでほしいんだけどな。

 実際、ロンマンガンを頼りにしているのはオレの本心だ。

 決して強いとは言えない彼女だが、変幻自在の走りでオレの立てた作戦に応えてくれる。

 おかげで“ビックリ箱(ジャック・イン・ザ・ボックス)”の申し子と呼ばれ、“何でも屋(ジャック・オブ・オールトレイデス)”という隠れた異名を持つほどになった。

 そんな世間に「ま、別にいいけど」と満更でもない顔をしていたしな。

 

(でもさすがにダイタクヤマトの反応は、ロンマンガンには可哀想だな)

 

 アイツだってこのために自分のトレーニング時間を犠牲にしている。 

 悪ノリしちまったオレに責任もあるし、ロンマンガンのためにもフォローしてやるか。

 

「あのなぁ、ダイタクヤマト……ロンマンガンが“逃げ”を教わったのは他でもない。お前の憧れるダイタクヘリオスだぞ?」

「……え?」

 

 お、いい食い付きだ。

 この名前を出せば間違いないと思っていたぞ。

 

「なんで……」

「ウチのチームは終盤の末脚勝負な連中ばかりで、オレもそっち(逃げ)を教える自信がなかったからな。何度か同じレースを走って仲良くなってたダイユウサクが連れてきて──」

 

 目を閉じて当時の光景を思い出しつつ、ちょっと得意げになって解説をし始めたオレ。

 そんなオレの袖を引っ張るウマ娘がいた。

 

「あのトレーナー、ちょいといいッスかね? ヤマトの様子が変なのに気づいてます?」

「あん? そんな訳……」

 

 あるか、と思って改めてダイタクヤマトを見てみると──

 

「目からハイライトが消えて、どこ見てんだから分からない感じになってるよね?」

 

 ロンマンガンの言ってるとおりになっていた。

 オマケに、うわ言みたいに『なんで私はその場にいなかったの?』『なんで私には教えてくれないの?』とかブツブツ言って、病んだ感じになってた。

 うわ、怖っ……

 

「なに他人事みたいに見てんのさ。地雷踏んだのトレーナーよ? その自覚ある? というかどう収拾つけんのコレ。なんか完全にあっしのこと『この泥棒猫!』みたいな感じで見てるし。口ほどに雄弁に語っちゃってるし──」

 

「こォのォ、泥棒猫があああぁぁぁァァッッ!!!」

 

「「「──語るどころか絶叫したーッ!」」」

 

 思わずオレとロンマンガンとミラクルバードの声が一致した。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──なんて一幕がありつつも、ともあれヤマちゃんはロンちゃんから指導をうけることになった。

 

 たしかにダイタクヘリオスのことになると人が変わっちゃうけど、根は真面目な()だからね。

 自分のために時間を割いてくれている先輩にも、もちろんしっかり気を使える娘だもの。

 そうやってロンちゃん相手に気を使っちゃうんだから、現役じゃないウマ娘が指導できればいいんだけど……

 

「ボクが走れれば、良かったんだけどねぇ」

 

 学園内の走路を走っている2人の姿を遠くに見つつ、ボクは自分が腰掛けている車椅子と自分の脚を思わず目を向けてしまった。

 確かにあの時──オラシオンがダービーでぶつかりそうになって思わず立ち上がって──以来、ボクの脚はほんの少しずつだけど、リハビリの結果が出始めてきていた。

 脚に力を入れる、という感覚がほんの僅かだけど戻ってきたんだから。

 とはいえその程度だから、立ったり歩いたりはまだまだ。走るなんて……

 

(無理、なのかな)

 

 まぁ、ボクも逃げウマ娘じゃなかったから、たとえ走れても逃げ専のヤマちゃんにキチンとタメになることを教えられたか分からないけど。

 それでもやっぱり力になってあげたいんだよね。結果が出ていなくともがんばる()達を応援したくなるのはトレーナーから影響受けちゃったのかな、やっぱり。

 ボクよりも彼女達に近い位置──走路内の一番外側で様子を見ているトレーナーを見ながらそんなことを考えてた。

 だから──走路の外から様子を見ているそのウマ娘に気がついた。

 

「あれは……」

 

 学園に所属しているウマ娘なら、わざわざそんなところで見ていなくても走路の内側に入って見ればいいのに。

 そう思ってしまうくらいに、彼女はじっと走るウマ娘達を見つめていた。

 そうしている理由──()()()()()()()()()()()()のも含めて、ボクには彼女の状況が理解できた。

 松葉杖をついた彼女の気持ちも。

 

「……こんなところでどうしたの? サイレンススズカちゃん、だっけ?」

「っ!? あなたは……」

 

 体の凹凸の少ないスレンダーな体型と長い髪、それに切れ長な目が特徴的なウマ娘。

 彼女は振り向いてわずかに視線を下げ、話しかけたボクを驚いたような様子で見る。

 

「……ミラクルバードさん?」

「あれ? ボクのこと、知ってるの?」

「勿論です。だって、ぁ……」

 

 理由を言おうとして、何かに気がついた様子で言いよどむサイレンススズカ。

 良い意味で有名じゃないことを気にしちゃったのかな。そんなこと気にしなくてもいいのに。

 

()()サイレンススズカに名前を覚えてもらってるなんて、感動だねぇ」

「そんな!? ミラクルバードさんこそ無敗でクラシック三冠を狙えるって言われていた方じゃないですか。私はジュニアもクラシックも……」

「実際のところは一つも取れずに競走引退するしかなかったんだから意味ないよ。結果を出してるキミの方がずっとスゴいんだからね」

 

 去年のサイレンススズカは凄かった。

 圧倒的な速さで出走するレースをことごとく圧勝していたんだ。

 

「〈アクルックス(ウチ)〉のメンバーで、去年活躍できたのいなかったから、実は密かに応援してたんだよね」

「あ、ありがとうございます。光栄です……でも……ごめんなさい」

 

 悲しげに目を伏せる彼女。

 その視線の先は──彼女の脚だった。

 圧倒的な人気で挑んだ秋の天皇賞で彼女は…………負傷したんだ。

 競走ウマ娘としての生命が危ぶまれるほどの大きなケガ。

 幸いなことに彼女が所属する〈スピカ〉のトレーナーの気づくのが早かったのと、チームメンバーの迅速かつ的確な対処のおかげで、走れなくなるという最悪の事態は免れたみたい。

 それでもまだ治療中とかリハビリ中、といったところかな?

 

「謝る必要なんてないよ。それよりも治療は順調?」

「はい。おかげさまで」

「でも辛いよね、走れないのは」

 

 ボクが苦笑しながら言うと、彼女は「はい」と素直に頷いた。

 まさに“同病相哀れむ”。

 そうなったウマ娘じゃないとこの気持ちは理解できないもん。

 車椅子のボクと松葉杖の彼女は、遠くを走るダイタクヤマトを見た。

 

「ヤマちゃん──ダイタクヤマトから聞いたんだ。同期に凄い強さの“逃げ”ウマ娘がいるって」

「ダイタク、ヤマトさん?」

 

 ピンときてない様子。

 まぁ、学園は規模が大きいしいくら同期でも全員の名前とか覚えきれないもんね。同じレースで顔を合わせたりでもしない限り。

 

「あそこで走ってる黒鹿毛のウマ娘だよ。ダイタクヘリオスに憧れて“逃げ”を武器にしてるんだけど」

「そうですか……」

 

 寂しそうにポツリと言うサイレンススズカ。

 興味なさそうなところを見ると、ヤマちゃんの走りは、彼女の気を引けるほどの速さはなかったみたい。

 彼女はただ単に“走れるのが羨ましい”だけなのかも。

 悲しいことにヤマちゃんはまだ条件ウマ娘。その実力差を考えればその反応も当然と言えば当然か……

 

「うらやましいよね。思わず『なんで自分がこんな目に』って世の中恨みたくなるくらいにさ」

「え? はい……」

 

 ボクの場合はこうなってから随分と経ったけど、こんな状態になっちゃったときの気持ちは今でも忘れようがない。

 正直荒れたし、やさぐれもした。

 何の不自由もなくできていたことができなくなるなんて、誰が想像できようか。

 いつもこの手に届いたものを無くして気づく……辛さ。

 どんなに嘆いてもどうしようもないことを思い知って、少し落ち着いたときに……トレーナーに声をかけられたんだけどね。

 

「リハビリは大変?」

「はい。それはもう」

「頑張ってね。キミはまだ……きっと走れるんだから」

「え……?」

 

 ダイタクヤマトの方を見ていたサイレンススズカが驚いたようにボクの方を振り向いて──そして気がつく。

 何年も前の事故なのに、未だに立つことさえままならない車椅子のウマ娘。

 

「自分の分まで走って……なんてボクみたいなマイナーな存在が言うのはおこがましいかな?」

「そ、そんなこと……」

 

 すっかり恐縮した様子の彼女だったけど、気を取り直して居住まいを正すと「がんばります」と言ってくれた。

 その答えにボクは思わず笑みを浮かべ──

 

「治って走れるようになったら、ヤマちゃんとも走ってあげてよ。キミが走れるようになる頃には、ぜったい速くなってるから」

「は、はあ……」

 

 戸惑う様子のサイレンススズカ。

 その彼女にボクは思わずニヤリと笑みを浮かべてしまう

 

「GⅠレースで圧倒的一番人気になるキミみたいなウマ娘に、誰も予想できずにぴょいっと勝って世間を驚かせるのが〈アクルックス〉のスタイルだからね」

「それは……よく知ってます」

 

 思わず苦笑を浮かべるサイレンススズカ。

 知ってる?

 ああ、そうか。彼女ってシンボリルドルフの〈リギル〉からテイオーが所属してる〈スピカ〉に移籍したんだっけ?

 そりゃあ、よく知ってるはずだね。

 

「だから……期待してますよ」

「え?」

「私の同期の彼女が、世間を驚かせることに」

 

 そう言って彼女は、ダイタクヤマトを見つめながら微笑んでいた。

 




◆解説◆

【ヤマト発進!! オープン昇格への挑戦!!】
・『宇宙戦艦ヤマト』の初代アニメの第3話「ヤマト発進!!29万6千光年への挑戦!!」から。

降級
・以前にも解説した気がしたのですが、何話で解説したのか忘れて見つからなかったので再度解説。
・現実の競馬ではすでに廃止された制度ですが、2019年という最近になって廃止された制度なので、ウマ娘に登場するほとんどのウマ娘はあった頃に現役だったのが多いです。
・「4歳(旧5歳)夏季競馬開始時に収得賞金を1/2にする」というもの。
・これによって賞金でクラス分け(オープン、1600万、1000万、500万、未勝利)されているのが下のランクに下がるのが多くいたので『降級制度』と呼ばれていました。
・ウマ娘公式では公式ウマ娘に選ばれるような競走馬は降級に無縁な実力の競走馬ばかりで、また現在では廃止された制度なのもあるのか触れることが無く、有無についてさえ正直わかりません。
・しかし本作ではあるものとしています。

薫風ステークス
・ダイタクヤマトの21戦目は東京開催の条件戦、薫風ステークス。
・準オープンとはいえ、クラシックの条件戦なのでゲーム版では実装されていないレースです。
・ダイタクヤマトが出走したのは1999年5月9日に開催されたレースでしたが、距離は1400で芝レース。
・ただ、2001年で一度は姿を消したのですが、2006年に1600のダート戦で復活し、その後はその条件で現在まで開催されています。
・なお、1967年から始まった(当初は中山開催)歴史のあるレースですが1978年で開催が止まったことがあったので、二度目の復活ということになります。
・距離もなかなか安定せずに1600~2500で開催され、1999年、2000年、2001年の3年間だけ1400という短距離での開催になっています。
・ちなみに1999年の薫風ステークスを制したのはエアスマップ。


※次回の更新は9月13日の予定です。  

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