見えぬ輝きの最南星《アクルックス》   作:ヤットキ 夕一

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「……7月に小倉? オープン特別に出るの?」
「はい。このレース、どうしても出たいと思いまして……」

 担当しているウマ娘からたっての願いということで、わたし──(あか)()() (れい)()は聞いたものの、正直驚いてしまった。
 だって7月といえば、やっぱり合宿を行って実力の底上げをするのがセオリーでしょ?
 デビュー戦の始まるジュニアはともかく、それ以外は重賞レースが少ないこの時期はじっくり腰を据えて練習に励み、長所を伸ばしたり短所を補ったりする絶好の機会だもの。
 とはいえ確かにレースが無いわけじゃないわ。
 特に7月は8月に比べれば重賞も開催されるし……

(でも、ねぇ……)

 レースに出たいと言ってきたウマ娘を見る。
 いかにも走りやすさを重視したように髪をかなり短く(ベリーショートに)している彼女は、ダイタクカミカゼ。
 チームメンバーが多くなっていたので、サブトレーナーにほぼ任せっきりになっていたウマ娘だけど、個人的な事情でサブトレーナーが学園をいなくなっちゃって、改めてわたしが面倒を見ることになった。

「オープンクラスになってるあなたがわざわざ7月のレースに出なくてもいいんじゃないかしら?」
「オープンクラスだから、です」

 意気込む彼女に対して、わたしは思わず頭上に『?』マークを出さんばかりに首を傾げてしまった。

「私は当然、条件戦には出られません」
「それはそうね」
「かといってオープンクラスのレースは、私の実力ではそう簡単には勝てません」

 悔しげに目を伏せるダイタクカミカゼ。
 うん……気持ちは分かる。
 確かにオープンクラスに昇格するのは大変だけど、彼女の言うとおりにオープンクラスになってレースに勝利するのはさらに大変なことなのよね。

(条件戦を走っている間は、ある意味で近い実力のウマ娘と走ることになる)

 同じ時期に勝利数が近いのだから、同じ条件のランクにいるウマ娘と実力的には似たり寄ったりということになる。
 当然、走ったレースのメンバーによって相手が悪くて勝てなかったり、逆に良くて勝ちに恵まれたりするから、ことはそう単純じゃないんだけど。
 それでもまぁ、やっぱり同じ条件なら似たような実力のウマ娘と競うことになりやすいのは真理よ。

(でもオープンクラスになるとその実力の枠というか枷というか、そういうものが急に無くなる)

 早い段階からGⅠをいくつも取るようなウマ娘なら、もちろんオープンクラス。
 でも逆に何十戦もレースを走って負けを重ねながらも、なんとか勝ち星をかき集めてやっとオープン昇格できたウマ娘もいる。
 たとえ過程に差があろうとも、どっちも同じ(クラス)として扱われるのが世の(ことわり)
 確かにハンパな実力ではオープン昇格もままならない。
 だけど昇格できたウマ娘の中でも実力はピンからキリまでって言葉が当てはまるくらいに広いのよ。

(だから勝てなくなるウマ娘も多い)

 かといってレースで勝てないからと条件戦に出走することは許されない。
 格上挑戦はできても格下挑戦は不可能。
 走っても勝てないことが続けば精神的に追いつめられることになるし、モチベーションも下がる。
 それでもあきらめずに勝利を狙うには──

(……勝てるようになるまで鍛えるか、勝てるレースを探すしかない)

 そして彼女は後者を選んだ。

「夏は重賞は少ないせいで休んだり鍛錬に力を入れたりするウマ娘は多い。だからこそ狙い時なんです」

 秋の重賞戦線を見据えて夏を鍛錬に費やすのはセオリー通り。有力ウマ娘であればあるほど、無理に夏に出走するのを避ける。

「私は、勝ちたい……」

 もちろん、どのウマ娘にとっても夏休み中に実力を伸ばす機会(チャンス)なことに変わりはない。
 それでも目の前の1勝を掴みにいきたい。
 彼女はそれほどまでに勝利に飢えていたのよ。
 その決意を見て、わたしも決めた。
 
「わかったわ。そこまで気持ちが決まっているなら私は全力でバックアップするだけよ」

 わたしの言葉で彼女は悔しげに伏せていた顔をパッと上げる。
 驚いたような彼女に、わたしは大きく頷いた。

「出ましょう。そして勝ちましょうね、ダイタクカミカゼ……」

 目指すレースの名は──北九州短距離ステークス



第11R 勝てぬウマ娘!! 決意の挑戦状

 

 レース当日──

 

 出走するため小倉レース場へとやってきた私。

 ついに降り始めた雨を恨めしく思いながら見上げていたら、そこで思いがけないウマ娘(かた)を見たんです。

 

「カミ先輩じゃないですか!」

「……奇遇ね、ヤマピー」

 

 見間違うはずもありません。

 ベリーショートの髪もその表情も忘れるはずがありません。

 ダイタクカミカゼ先輩。

 私が所属していたチーム〈ミモザ〉でお世話になり、メイントレの緋子矢トレーナーではなくサブトレーナーから指導を受けていた仲間でもあります。

 そういう意味では、チームの他の先輩達よりも身近にいた先輩なんです。

 

「まさか同じレースで走れるなんて、感激です」

「前にも一度、走ったことがあったわね」

「はい、去年の初めのころに……」

 

 先輩の仰るとおり、カミ先輩とは以前一度だけ同じレースで一緒になったことがあります。

 私はもちろん、カミ先輩もまだオープン前だったので条件戦でした。

 私にとってはシニア期になって初めてのレースで結果は芳しくなかったのですが、カミ先輩はそのレースを勝利。その後にもう一戦で勝利してオープンクラスに昇格したんです。

 もちろんその当時は同じチーム〈ミモザ〉のウマ娘でしたけど。

 

「それにしても……随分と変わったわね」

「一年半も経ったんですから、それは私だって変わりますよ……」

「そんな前の話じゃなくてチーム移籍してからの話。そこまでイメチェンしといてトボケられると思ってる?」

 

 思わず首を傾げた私に、先輩はジト目を向けてきました。

 

「イメチェンと言われても、元に戻しただけですし……」

「分かってる。チームに入ってきた時から知っているんだからね。けど、そんな思い切ったことをするなんて、やっぱりチーム移籍の影響?」

「そう……ですね。自分だけだったら、変える勇気はなかったと思いますし」

 

 一直線に切りそろえた前髪と後ろに流した長い黒髪(黒鹿毛)

 当時の、そして今の私はまさに化粧っ気のないウマ娘。

 チーム〈アクルックス〉に移籍する直前の、髪に青い差し色を入れたりギャルっぽいメイクをしたりしていた時とは、私は明らかに変わったんです。

 

「ふ~ん……」

 

 値踏みするような視線を私に向けてくるカミ先輩。

 

「まぁ、変わってても変わってなくても同じレースを走るからには容赦しないわよ。別のチームになったんだから心おきなく叩きつぶせるし」

「なッ!? そんな」

 

 私が思わず驚くと、カミ先輩は苦笑を浮かべます。

 

「驚くようなことじゃないでしょ? 前に走ったときと違って、別のチームなんだし遠慮する必要ないんだから」

「それはそうですけど、でも……」

 

 確かにその通りです。

 でも、この前まで同じチームで同じトレーナーの下で走っていたのに、急に離れてしまうなんてなんか寂しいじゃないですか。

 カミ先輩が向けてくるのは、明らかに一年半前とは違う視線でした。

 どこか後輩を見守る優しさのあったそれではなく、敵を倒さんとする獰猛さを帯びていました。

 それにショックを受けて、思わず後ずさる──

 

「──ッ!!」

「ちょっと!?」

 

 そのせいでいつの間にか後ろにいたウマ娘に気づかずぶつかりかけてしまいました。

 

「あ、ごめんなさい……」

大丈夫(ノープロブレム)よ」

 

 慌ててぶつかりかけた相手に振り向いて私が頭を下げると、彼女は笑みさえ浮かべながら平気なのを主張するように手を振って答えました。

 そして少しだけ視線が下がり──たぶん、私のつけたゼッケン番号を見たようです。

 さらにチラッとカミ先輩にも視線を向けて、すぐに戻しました。

 すると、彼女は苦笑を浮かべて肩をすくめました。

 

「無事で済んでなによりだったけど、でも気をつけてよネ。せっかくいつになく絶好調(ベストコンディション)で走れそうなのに、こんなところで躓く(アクシデント)なんてゴメンだわ」

「はい、すみませんでした」

「ヤマトだのカミカゼだの、ワタシの故郷(ステイツ)から見たらブッソウな名前だからって、ギョクサイ覚悟でぶつかってきたワケじゃないでしょ? ならいいワ」

 

 ぶつかってしまったのは緩くウェーブした長い髪のウマ娘。

 ところどころ発音が日本人離れしているところを見ると、海外からの留学生でしょうかね。

 人好きのする笑顔を浮かべていた彼女は、観客席(スタンド)の一角へ視線を向けて笑顔を苦笑へと変え──

 

「カノジョみたいに走れなくなんてなりたくはないものね、お互いに」

 

 ──私のトレーナーの横にいる車椅子のウマ娘を見たのでした。

 それはもちろんミラクルバード先輩。

 

「ッ!」

 

 確かに先輩は過去のレース中の接触事故で再起不能になったけど、でもそれはわざとやったことなんかじゃありません!

 揶揄されるいわれなんて無いのに……もちろんこの場はぶつかりかけた私が悪いのですが、さすがに黙っていられないじゃないですか。

 一言文句を言おうと口を開きかけたのですが──彼女の表情をあっけらかんとした笑いとばすような空気からは悪意は感じられませんでした。

 でも──

 

「今日のレースはくれぐれも邪魔をしないでね。ワタシはこんなところで止まってるわけにはいかないんだから」

 

 観客席からこっちへ視線を戻した彼女の笑みは、鋭く威圧するかのような雰囲気へと変わっていました。

 

「こんな、ところ?」

「ええ。ワタシはもっと大きな舞台で走りたいのよ。こんな狭いところ、ハッキリ言って眼中にないわ」

 

 狭い?

 確かに小倉は東京や阪神、京都と比べてしまったら、小規模ではありますけど。

 大きな舞台ということは重賞レース……ひょっとしてGⅠレースのことですかね。

 

「私なんて格上挑戦でオープン特別に出るのが精一杯で。グレードレースなんてとてもとても……」

「それが日本の、というのならチガうわよ?」

「え……?」

 

 呆気とられてポカーンとしてしまった私に、彼女は不適な笑みで答えました。

 

「ワタシが狙うのは──世界(ワールド)よ。ワタシの名前の通りにね」

 

 ウィンクしながらそう言い残し、彼女は片手を上げて「Bye!」と去っていきました。

 名前? 彼女はいったい……

 

「……彼女が出てくるなんて、ね」

 

 つぶやきながら揺れる長い髪を厳しい目で見送り、レース本番では必ず頭に巻く鉢巻を締めるカミ先輩。

 いつも以上に力強く見えたその手が、彼女の強さを現しているかのように見えました。

 




◆解説◆

【勝てぬウマ娘!! 決意の挑戦状】
・元ネタは『宇宙戦艦ヤマト』の初代アニメの第21話「ドメル艦隊!! 決死の挑戦状」から。
・「ダイタクカミカゼ!!」と名前を出そうと思ったんですけど、主役でもライバルになるわけでもないのにタイトルに名前出すのもどうかと思って「勝てぬウマ娘」と誤魔化しました。
・ダイタクヤマトもまた「勝てぬウマ娘」なので。ダブルミーニングです。

勝利に飢えていた
・ダイタクカミカゼは当該時期になる1999年7月の時点では、ちょうど一年前になるオープン昇格になった1998年7月以来、勝利していません。
・オープン昇格から1年の間に4度レースを走っているのですが、全て重賞ではなくオープン特別ながら7着、8着、9着、9着と結果を残せていません。
・まぁ、オープン昇格直後の1戦から2戦目までは8月から翌年の4月と10ヶ月空いているのですが。
・……ちなみに今回の出走にゴチャゴチャ理由付けてますけど、実はそのオープン直後の初戦と同じレースなのです。(笑)

北九州短距離ステークス
・それがこの北九州短距離ステークス。
・元ネタになるのは1999年7月17日に小倉競馬場で開催されたレース。
・なお小倉競馬場新装記念レースだったそうで……どこかで聞いたような記念ですね。
・ダイタクヤマトの22戦目となるもので、天気は雨ながら馬場状態は良でした。
・北九州短距離ステークスは歴史のあるレースで、創設されたのは1983年。
・その際は1300万以下の条件戦でしたが、翌84年から2001年まで夏のオープン特別になり、2002年から再度1600万以下の条件戦に変更。その後は2019年に2月の開催になってから再びオープン特別になるという、なかなか変遷の激しいレースです。
・なお勝った馬の中に公式ウマ娘になった馬はいませんが、ゲームではしっかりと実装されているレースです。
・ただしウララ、ウィンディ、ファル子、マチタン、コパは目標レースと重なるので出走できません。
・もちろん現在の開催時期となるので夏場ではなくシニアの2月後半開催になっています。

同じレース
・ダイタクヤマトとダイタクカミカゼが同じレースを走ったのは、1998年1月10日開催の新春ステークス。
・京都芝1200で開催の、1600万以下の条件戦でした。
・そのレースの1着はダイタクカミカゼ。
・一方、ダイタクヤマトは3着と健闘。
・ちなみに実はダイタクヤマトの方こそ1番人気で、ダイタクカミカゼは5番人気でした。

彼女
・1999年の北九州短距離ステークスといえば彼女を触れないわけにはいきませんね。
・それにしてもこのウマ娘、いったい(なに)(ワールド)なんだ?(笑)
・一応は本作オリジナルのウマ娘なのですが、最近になって海外レースが実装されたので公式ウマ娘化も意外とありそうなウマ娘です。
・──というわけでこのウマ娘の解説は次回にて。


※次回の更新は9月19日の予定です。  

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