見えぬ輝きの最南星《アクルックス》   作:ヤットキ 夕一

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 ──間が悪い場面に出くわしやすい、とはオレは思っていない。

 トレーナーという職業柄、そういう場面をちょくちょく目にしているのは確かなことだが。
 ウマ娘競走(レース)に限らず、スポーツの世界というのは華々しい表面の裏では、その何倍もの挫折やら諦観やら、それにまつわる悲哀等の感情やら……そういうものが渦巻いている。
 当事者である選手本人はともかくとして、一歩退いた立場にある指導者となるとなかなかそれらのことについては難しい。
 共に嘆き悲しんで共感することも必要だろうが、それだけでは前に進めない。
 叱咤激励して拍車をかけようにも、相手がついてこなければ気持ちは離れる一方だ。
 そして、それが自分の担当ならまだしも──

(こういう場面に遭遇するのが、一番気まずいんだよなぁ)

 今さっき終わった、オレが担当するウマ娘のダイタクヤマトが出走したレース。
 最高の結果を出した彼女は「やりました! トレーナー殿!!」と満面の笑顔を浮かべ、抱きつかんばかりの勢いでやってきた。
 さすがにその勢いのままにぶつかってくることはなく、目の前まで来て急ブレーキをかけて止まると、なにかを期待するような上目遣いで見てきたので「よくやった」とねぎらいながら頭を撫でた。
 それを甘んじて受けながら「えへへ……」と笑顔を浮かべていた彼女を、表彰式へと送り出し、その勇姿を見た後で思い出したように用を足し……そこから戻ってくる通路の端で、オレはそれを見かけてしまったのだ。

 ──人通りから離れたその場所で、悔しげに涙を滲ませるウマ娘を。



第15R ウマ娘よ勝利のために泣け!!

 もちろん、悲喜(ひき)交々(こもごも)の感情溢れるウマ娘競走(レース)界に於いて、そんな光景は珍しくないどころかありふれたものだ。

 オレだってその認識はあるし、担当ウマ娘の涙も何度も見ている。

 

 ……大抵の場合、見て見ぬふりをしているけどな。

 

 普段ならオレもそれを見て見ぬ振りして通り過ぎるところだったが……彼女の顔を見て思わず足を止めてしまったんだ。

 

(ん? コイツは──)

 

 緩く波うった髪の毛を後頭部で一纏めにした髪。

 勝ち気さを示し、かつ高貴さを顕したような跳ね上がった細い眉と、つり上がり気味の大きな目。

 その姿は、ついさっきオレが見かけた姿だった。

 

「メジロダーリング……」

 

 その名が思わず口をついて出るが、そのつぶやきに彼女が気づいた様子はなかった。

 先のレースでダイタクヤマトに続いて2着だった彼女は、もちろん表彰式にもその顔はあった。

 なにより1着で駆け抜けたダイタクヤマトに真っ先に声をかけ、共に観客の声に応え、その間はずっと明るく振る舞っていたように見えた。

 

(もちろんだが、悔しくないわけがないよな)

 

 2着といえば善戦したといえる。

 これが重賞レースなら十分に評価されるだろう。

 でも……条件戦となると違ってくる。

 

 ──勝たなければ意味がない。

 

 もちろんまったく意味がないわけじゃない。

 だが、昇格が至上の命題である条件戦に於いて1着と2着では越えようのない壁があるんだ。

 下の方ならともかく、オープンクラス直前の(プレ)オープンクラスが熾烈な理由はそこだ。

 現にダイタクヤマトだって、この1勝を手にするのに1年近い時間がかかってしまった。

 そして昇格するのには、あと1勝必要だ。

 

(もしアイツが次勝つのに、また同じ時間が必要だったら……)

 

 肉体的な最盛期(ピーク)の時期や、精神的要素である動機や意欲(モチベーション)を考えるとオープンクラス昇格はかなり厳しい。

 もちろんオープンクラスはバケモノ(クラス)の連中と競わなきゃならなくなるかもしれない高難度の世界。

 それでもそこに足を踏み入れたか届かなかったかでは、後で評価が全然違ってくる。

 

(たしかメジロダーリングは、あと1勝だったな)

 

 担当が出走するレースに出るウマ娘のデータとして記憶した中にそんな情報があった気がする。

 つまり、もしも今回のレースでダイタクヤマトではなく彼女が勝っていれば晴れてオープンクラスだったのだ。

 今年がクラシックの年になる彼女なら伸び代も大きく、オープンクラスというさらに大きな舞台での成長と飛躍も十分に期待できる。少しでも早く昇格したいはずだ。

 

(だからこそ、今回の敗戦は悔しさがより強かったに違いない)

 

 だというのに気丈に振るまい、そして勝者ダイタクヤマトを立ててくれた。

 自分の気持ちを押し殺して。

 そんな彼女を放っておくことは…………オレにはできなかった。

 

「……ありがとうな、メジロダーリング」

「え?」

 

 オレの声に振り向いた様子の彼女。

 だが、オレと目が合うことはない。

 あえて背を向け、視線を斜め上の天井に向けて見つめたまま彼女に話しかけたからだ。

 仮にもメジロの名を冠するウマ娘。

 そんな名家の令嬢である彼女のプライドを傷つけることは本意じゃない。

 

(……メジロ家の他の御令嬢のプライドは、今まで何度も傷つけてるし)

 

 ふとそれに思い至って心の中で苦笑する。

 まぁ、それもレースの結果だし、正々堂々とした勝負の結果だ。

 

「おかげでダイタクヤマトも声援に応えられたし、観客も盛り上がった」

 

 そう言うと、彼女はオレがダイタクヤマトのトレーナーであることに思い至ったらしい。

 隠すように涙をそっと拭うと気丈に答えた。

 

「……出走したレースを盛り上げるのは、中央(トゥインクル)シリーズ所属の競走ウマ娘として当然のこと。御礼を言われる筋合いなど、ございませんわ」

「それが当然と思い、感情を押し殺してでも行動できるウマ娘を、オレは尊敬する」

「そん、けい……?」

「ああ。さすがメジロ家のウマ娘だ……なんて、オレに言われても嬉しくはないか」

 

 自虐的に苦笑を浮かべてしまう。

 大舞台でメジロ家のウマ娘達に一泡吹かせてきて、その上で今回も彼女を悔しがらせる片棒を担いでいたんだからな。

 そのオレがどのツラ提げてって話ではある。

 しかしそれでも、彼女の表の顔と裏の顔を見てしまったオレは彼女を賞賛したかった。

 それが彼女が隠したいものを偶然見かけたものだったとしても。

 

「“情け”のつもりですか?」

「そんなわけあるか。間違いなく本心だ。そんなつもりだったら声をかけずに見て見ぬ振りするさ」

「なら、そうなさってくださればいいものを……」

 

 不満げな口調でつぶやく彼女。

 気丈な仮面の奥に素顔が見えた気がして、オレは思わず笑みを浮かべてしまう。

 

「性分なんだろうな。オレは、報われなくても努力し続けるヤツが好きなんだよ」

「えっ……?」

「白鳥が水面を優雅にスイスイと進む姿よりも、必死に足をバタつかせている水面下の方が気になっちまう。そんな(あま)邪鬼(じゃく)なもんでね」

 

 少し躊躇ったが、オレは彼女を振り返った。

 驚いた様子でこっちをジッと見つめる彼女と目が合う。

 

「だからこそ、その努力が報われてほしい……そう思うのは担当だろうがそうじゃなかろうが関係ない」

 

 呆然と見つめてくる彼女と長いこと目が合い続け、なんとなく気恥ずかしくなったオレは視線を逸らす。

 そのまま誤魔化すように(きびす)を返し──

 

「もちろんウチのチームのウマ娘とかち合った時は、手加減なんてできないけどな」

 

 背後に向けてそう言い放ち、オレは去ろうとする。

 そんなオレに対し彼女は──

 

「当然ですわ。正々堂々ではない勝負に価値なんてありませんもの。でも……いえ、だからこそ、次は必ず勝たせていただきます」

 

 勝ち気な笑みが頭に浮かぶような、そんな言葉を聞いてオレは嬉しくなる。

 

「そう簡単に負けないぞ。ウチのウマ娘達は……」

 

 彼女に見せずに苦笑を浮かべつつ、オレはそう言い残してその場を去った。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──良い走りができた。

 

 だというのに結果がついてこなかった。それが今日のレース。

 もちろん常に前に一人居続けられ、そのまま逃げ切られた今回の走りを客観的に見れば“良い走り”と称することはできないでしょう。

 でも、そのたった一人いた前走者を抜きにすればペース配分等のレースの手応えは明らかに良いものでした。

 

 そんな走りができたからこそ……負けたという事実が悔しい。

 

 レース直後は、(わたくし)の会心の走りが及ばないほどに見事な走りをした1着のウマ娘を賞賛する思いが強かったのです。

 だからこそ彼女の勝利を讃えようと近づき、そして声をかけました。

 ですが、時間が経つにつれて自分の走りが及ばなかったことに対する怖さや彼女の走りに対する嫉妬、昇格できなかったことに対する焦りや後悔といった昏い感情が首をもたげてきました。

 そのような醜悪なものを余人に見せるわけにはいかず──表彰式を終えた(わたくし)は、人知れず離れてその感情を処理しようとしたのです。

 

 ──まさかそれを、他人に見られてしまうなんて。

 

 声をかけられたとき、本当に焦りました。

 まさか他人(ひと)がいるなどと思っておりませんでしたし、だからこそ(ナマ)の感情を表情に出してしまっていたはず。

 それを見られるなんて、知らぬ人に裸を見られるようなものです。

 ましてそれが存じ上げない殿方となればなおのこと恥ずかしい。

 

 でも──彼は、そんな(わたくし)の姿を褒めてくださったのです。

 

 いえ、それどころか“気になる”とか“好き”などと……

 呆然としている中、彼はやおら背を向けて歩いていこうとしてしまいます。

 

(お待ちください)

 

 という言葉は喉の下まで出掛かりましたが、それ以上あげることはできませんでした。

 代わりに出たのは──

 

「次は必ず勝たせていただきます」

 

 ──という言葉。

 ああ、悲しいことに(わたくし)は競走ウマ娘なのですわ。

 そして貴方様は……よりにもよって今回の勝者のトレーナーという、悲しくも敵である存在。

 しかし(わたくし)の直前の台詞は、本来であれば嘆きと共に出てもおかしくないもの。

 それをむしろ晴れ晴れとした気持ちでそれを言うことができたのはなんとも不思議な感覚でした。

 どうしていいのか分からないその感情を抱え、遠くなっていく背中を見つめることしかできません。

 遠ざかっていくジャケットの背に描かれた、一番下の星が強調されて意匠化された南十字座(サザンクロス)と“αーcrux”のロゴ。

 

「見つけたかも、しれませんわね……」

 

 思わず(わたくし)はそう言っていました。

 そんな彼とすれ違うようにして、一人のウマ娘が近寄ってきます。

 

「ダーリング、こんなところにいたんだ。急にいなくなるから探したんだよ?」

「申し訳ありませんでした、パーマーさん……」

 

 心配そうな、そしてどこかホッとしたような表情を浮かべているのは、トレーニングで(わたくし)を支援してくださったメジロパーマーさんでした。

 その彼女は、(わたくし)の体に触れ、異常がないのを確認し──

 

「……ひょっとして、さっきのトレーナーになにかされた?」

「いえ。そんなことはありませんけど……」

「そっか。ならよかった。一時期悪い噂が流れてた人だから心配しちゃったよ」

「悪い噂、ですか?」

 

 苦笑を浮かべる先輩に訊くと、「今では事実無根と明らかになってる話だけどね」と説明してくださいました。あの人が担当のウマ娘に乱暴をはたらいたとまことしやかに噂されていたことがあったのを。

 (わたくし)にはとても信じられないことでしたが……

 

「ところでパーマーさん、あの方を御存知なのでしょうか?」

「うん。まぁ……ね。知ってるもなにも、あのチームの()に秋の天皇賞で負けて、御婆様から『あんな無名のウマ娘に“盾”を取られるなど恥を知りなさい!』と怒られたことがあるし……」

「あら……申し訳ありません。イヤなことを思い出させてしまったようで」

 

 決まり悪そうにするパーマーさんに、(わたくし)は思わず頭を下げると苦笑を浮かべて許してくださいました。

 

「ううん、大丈夫。それでもまだマシな方だからね。マックイーンの時は御婆様は三日三晩寝込んでうなされ続け、モントレーの時は卒倒したって話だよ」

「……はい?」

 

 (わたくし)が首を傾げると、パーマーさんは困惑した様子でした。

 

「あれ? ダーリングこそホントに知らないの? 意外と知名度あるトレーナーなんだけど」

 

 言われてみれば、記憶にあるような気もするのですが、その名前が出てきません。

 なんとももどかしい状況ですが……それを察したかのようにパーマーさんが説明してくださりました。

 

「あたしの時はレッツゴーターキン、マックイーンの時はダイユウサクさん、モントレーの時はサンドピアリスで世間を驚かせた“驚愕(ビックリ)の〈アクルックス〉”……」

 

 もちろんそのレースのことは聞き及んでおりますし、勝ったウマ娘とその顔も存じておりますわ。

 でも──

 

「……その乾井(いぬい) 備丈(まさたけ)トレーナーだよ」

 

 ──まさかあの方が“ビックリ箱(ジャック・イン・ザ・ボックス)”だったなんて。

 確かに(わたくし)のようにクラシック期で伸び悩むウマ娘達にとって、その名前はすがりたくなるもの。

 例えるのなら、シンデレラを夜会に送り出す魔法使い。

 そして白雪姫を魔女の魔法から解き放つ王子様……というのはさすがに言い過ぎかもしれませんわね。

 

「いいえ……」

 

 一度はそう思ったものの、先ほどの出来事を思い出してそれを改めます。

 (わたくし)にとってまさに“王子様”なのかもしれませんわ。

 本日負けた相手である彼の教え子と再び競い、(わたくし)の実力を見せつけ──“星”を掴んでみませますわ。

 それにしても、彼女の名前は──

 

「ダイタク……」

「え? なにか言った?」

 

 (わたくし)のつぶやきを耳にした隣のウマ娘が、無邪気に聞き返してきます。

 そう、(わたくし)を指導してくださったパーマーさんの親友の名前にもまた“ダイタク”の文字が入るのです。

 

「いえ、奇妙な縁だと思いまして」

「うん?」

 

 (わたくし)とパーマーさんの“メジロ”と、彼女とパーマーさんの親友の“ダイタク”……再び出会った奇縁といえるでしょう。

 ですが、(わたくし)とあの方は、親友ではなくあくまで敵なのです。

 そう、好敵手(ライバル)と呼ばれる関係こそ(わたくし)達にはふさわしく思うのですわ。

 




◆解説◆
【ウマ娘よ勝利のために泣け!!】
・今回の元ネタは『宇宙戦艦ヤマト』の第24話「死闘!!神よガミラスのために泣け!!」から。
・序盤はともかくこの中盤に来て主役がまったく登場しない回になりました。


※ストック枯渇につき、次回の更新は10月25日の予定です。  


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