見えぬ輝きの最南星《アクルックス》   作:ヤットキ 夕一

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「はぁ…………」

 トレーニング室のオレのデスク。その椅子の背もたれに身を預けながら、ため息をついた。
 広げているのは週末にあったレースの結果。
 オレが担当しているダイユウサク、その4戦目があったのだが──結果は8位。

「さすがに翌週は厳しかったか……」

 前週に続いてのレースは、思ったような結果を生まなかったのだ。

「ダイユウサクのこと?」

 同じトレーナー部屋である後輩の、巽見 涼子がオレを見ながら尋ねてきた。

「他にいないからな。そっちと一緒で」
「そうね。私もコスモドリームしか担当してないから……」

 言いつつ、「あはは……」と苦笑する彼女。
 巽海トレーナーはオレの机まで来ると、広げたデータを遠慮なく見ながら、遠慮なく言った。

「なに? 先週走ったばかりなのに、また走らせたの?」
「ああ……本人が乗り気だった、というのも大きかったけど……」
「無茶じゃない?」
「う~ん、前走がよかったからな。4ヶ月空いたのに初めての掲示板。調子がいいと思ったし、それに距離も1000だからな……実際、途中まで良かった」
「最後に失速したのね……でも、翌週でしょ? 他のウマ娘はそもそも無茶してない万全な状態よ?」
「今のあいつなら行けると思っていたんだが……想定外なことがあった」
「何?」

 巽見の問いにオレはため息混じりに天井を指さす。

「……天気だよ。おかげでバ場が不良になった」
「あぁ、なるほどね……そればっかりは仕方がない」

 とはいえレース中に雨は降っていなかった。
 しかしダートで重ならともかく不良バ場だ。本当ならもっと楽に走れるはずが、思いの外に負担がかかってしまった。
 そうなると前週に1700走ったのが響いてくる。
 それを証明するように、先頭を走っていたのを後ろにつかまった。

(今回は短距離中の短距離だし、1位を狙ったんだが……)

 4ヶ月空けたのを一度走らせて実戦勘を取り戻させたところでの、今回のレース。正直、かなり狙っていた。
 もしも1位を外したとしても、そこまで悪くない結果になると思っていたのだが──やはり不良馬場が響いたのは間違いない。

「やっぱりもう一周空けた方が良かったんじゃない?」

 担当外どころか、同じチームでさえないのに、忌憚のない意見をぶつけてくる。
 その意見にオレは、「う~ん……」と複雑な表情になってしまう。

「焦ってる?」
「そう見えるか?」
「そうね。さすがに今回のは……」

 オレが問い返すと、巽見は苦笑混じりにそう言った。
 それに対してオレは──

「焦った訳じゃないんだ……ただ、走れるときに走らせたかった。アイツ……まだ体が安定しないんだ。熱を出しやすいし、ソエで足が痛むこともまだあるからな」

 実際、3戦目ももう少し早く走らせたかったが──発熱で回避した、というのが一度あった。
 またいつ熱を出すか分からないから、早めに一勝してしまいたいと思い、今回1000を走らせたのだが──

「ま、やっぱり甘くはないわな」
「ただでさえ、“ウマ娘競走に絶対はない”んだから──」

 オレがため息混じりに言うと、彼女の方も小さくため息をついていた。

「そっちの……コスモの復帰は?」
「コスモの回復は順調よ。リハビリもがんばったから。復帰に向けて順調に準備中……あと少し……4月か5月くらいにはって感じ」
「ってことは……」

 オレはカレンダーとレーススケジュールを取り出して見比べる。

「4月末の復帰の予定、となると……そのころのちょうどいい競走(レース)は……ひょっとしてオーストラリアトロフィーか?」
「さっすが♪ その予定よ」

 ウィンクして親指を立てる巽見トレーナー。
 それを見て、オレはため息をつく。

「あのなぁ、オレ……別のチームだぞ? そんなにべらべら自チームの予定をバラしていいのか?」
「あら? 先輩だって今さっきいってたじゃない」
「オレは、結果と反省……お前のは今後の予定と展望だろ。意味合いが全然違う。主トレに怒られてもしらねえぞ」
「大丈夫、大丈夫♪」
「まったく、その自信はどこからくるのか……」

 オレが「やれやれ……」と呆れると、彼女は良い笑顔で言った。

「だって、この情報を知っているのチーム以外では乾井先輩だけだもの。つまり他に漏れたら乾井先輩が犯人ってこと。オーケー?」

 いつの間にやら手にした竹刀を片手に、逆の手にパシンパシンと軽く叩きつけながら、笑顔のまま言う。
 ──ハッキリ言って、怖い。

「そうやって、自チームの情報管制がザルなのに他人を巻き込むんじゃねえよ!」
「へえ……じゃあ今、口封じしましょうか?」

 やおら立ち上がり、竹刀を構える巽見。
 笑顔で細めていた目が、そのまま鋭くなる。
 ヤベエ……コイツ、マジだ。
 剣道の実力は全国クラスの猛者だったって、誰かが言っていたような──

「……巽見、暴力は…………なにも生まないぞ」
「イヤですね、先輩。暴力じゃなくて……教育ですよ?」
「それ、この状況で、トレーナーという教育者が一番言っちゃダメなヤツな」

 必死に宥めようとするオレに対し、巽見は笑顔で竹刀を構えたまま──
 そんなとき、この部屋の内線電話が鳴った。

「「………………」」

 目を離した途端、くると思っていたオレは、巽見を見たまま。
 それに「出ないんですか?」と言うが──警戒を緩めるわけにはいかない。
 仕方なく電話をとった巽見は──

「はい……はい? 先輩ですか? はぁ……今から。わかりました、伝えます」

 と、電話を受けて、そのままオレには継がずに電話を切った。
 オレが自分を指さすと、巽海は頷く。

「誰? 何の用?」
「用事は言わなかったけど……理事長秘書。すぐに理事長室に来て、って──」
「オシッ! たづなさんだな!! 今すぐ駆けつけるから待ってて──ゴフッ」

 駆け出そうとしたオレの腹部に、真一文字の痛みが走る。

「……先輩、落ち着きなさい?」

 それは竹刀を振る前に言って欲しかったな……

「あのなぁ……防具つけてない人に本気で竹刀振るったらダメだろ……」
「大丈夫。一番ケガし辛い胴打ちですから」

 ニッコリ笑う年上の後輩をその部屋に残し──オレは腹を押さえながら理事長室へ行った。
 そしてそこで──驚くべき事実を突きつけられる。

 ──《アクルックス》の輝きは、早くも暗雲に隠れようとしていた。



第18R 大焦燥… 立ちこめる暗雲

 

 ──4月になった。

 

 アタシ──ダイユウサクの出走は、前回の4走目から止まってる。

 その前は週を空けずに連続で走ったのに……と思わなくもないけど、さすがに結果が8位だったのが響いたのね。

 トレーナーに確認したわけじゃないけど、連続で走って失敗したから、慎重になってるのかも。

 

 とはいえ、レースはなくともアタシはトレーニングは欠かさない。

 今日はトレーナーがいないから、一人で自主トレだけど。

 コスモも今月末には復帰の予定みたいで、いよいよトレーニングも本格化してる。

 

「あ~あ、どうせならコスモが復帰する前に、一勝しておきたかったんだけどな……」

 

 コスモの復帰とアタシの一勝目。どっちが早いかを──二人で競っていた訳じゃないけど、ちょっと意識してた。

 最初は、半年もあるしアタシの方が全然早いと思っていたんだけど……まさかこっちも4ヶ月近くも空くとは思わなかったわ。

 

(ま、熱を出しちゃうアタシの体が悪いんだけどね……)

 

 体の方はこの半年でグンと成長して、貧相ってことは無くなったんだけど、体が弱いのはまだ治ってないし、足の痛みが出ることもある。

 医者は、「そのうち無くなる」とは言っているんだけど──

 

「あら? 一人寂しく練習しているシニアのウマ娘がいるから、誰かと思えば──ダイユウサクではありませんか」

 

 ──で、トレーナーとかコスモとか、他に誰か一緒にいないと、こういうのに出くわすわけだ。

 アタシは苦々しい顔で、声をかけてきたウマ娘を見る。

 案の定──ツインテールの髪に高飛車な吊り目をしたウマ娘が、デフォルトで見下すようにアタシを見ていた。

 

「セッツ……」

「サンキョウセッツ、とちゃんとお呼びなさいな! 私と貴方は、そんなに気安い関係ではないでしょう? 私だって、その……タユウとは呼んでませんし」

 

 うん。タユウって呼んでくるのはタマモクロスだけよ。

 だからアナタが呼ばなくても、別に違和感はないの。

 

「貴方……まだ未勝利なんですって?」

「ええ、そうよ」

「いい加減、その辺りをサッと走って、誰かに勝ってきなさいな。そうでないと……」

「無茶言わないでよ。その辺を走って勝ったところで、未勝利なのは変わらないわ」

 

 突然、このウマ娘は何を言い出すんだろうか。

 そういえば……よく知らないけど、セッツもあんまり重賞出てないみたいじゃなかった?

 確かに、オークスには出走してたけど、その後ってあまり聞かなくて、謎なのよね。

 

「そういうセッツって……最近どうなの?

「さ、最近!? 最近って……なんのことでしょうか?」

「いや、勝ってるのかな、って……別にケガした様子もないのに、あまり話を聞かないから……」

「そ、それは、もう……頑張っていますわ! 私が勝ったところで当たり前すぎて、誰も話題にしないのですわ!」

 

 なんか焦った様子で言うセッツ。

 わかりやすいけど──明らかに誤魔化そうとしてるわよね。

 

「それ本当に──」

「あ、貴方の方こそ、私を気にしている余裕なんてないんじゃありませんこと?」

 

 …………ん?

 なにそれ、どういうこと?

 アタシが首を傾げると、サンキョウセッツは訝しがるようにアタシの顔をのぞき込んできた。

 

「……まさか、知らないはずありませんわよね?」

「なにが?」

 

 アタシの反応を見て、自分が言おうとしていることを、本気でアタシが知らないことに気づいたサンキョウセッツは、驚き、少し青ざめた。

 

「貴方のチーム、存亡の危機に陥っていますのよ?」

「──はい?」

 

 青天の霹靂とはまさにこのことだった。

 




◆解説◆

【立ちこめる暗雲】
・またちょっとレース外のところで苦しんでもらおうかと……
・この時期は重賞にも出走できないので有名馬も出てこず、なかなかレースで盛り上げるのが大変と判断したので。

4戦目
・ダイユウサクの第4戦目は1989年3月25日(土)、中京競馬場の第7レース、4歳以上400万下の条件戦で1000メートルのダート。
・天気は晴れだが不良馬場。データしかないのでわかりませんが、いったいどんな天気だったのか……
・で、結果は8位。
・やっぱり前走からの翌週ですからね。丈夫ではないダイユウサクには厳しかったと思います。

バ場
・競馬場(レース場)のコースの状態のこと。馬場。ウマ娘では「馬」の漢字が原則使えない(氏名や地名を除く)のでカタカナに。
・良→稍重(ややおも)→重→不良 という順に悪くなる。
・ダートの場合、重や稍重の場合には、埋まらずにしっかりと踏みしめられるようになって速くなる──ということもあるらしい。
・ただしダートの不良は水たまりができてしまう状態で、もちろん遅くなる。
・芝コースの方はわかりやすく、良が一番走りやすくレコードもいい。ただし乾燥しているので地面が固く、脚への負担が増えて負傷率が上がる、という話も。

発熱で回避
・ダイユウサクの3戦目が小倉競馬場で予定していたが、出発直前に発熱で回避した、ということがありました。
・5歳になってもまだ安定せず、発熱やソエが収まるのはもう少し先です。

オーストラリアトロフィー
・史実でもコスモドリームの復帰戦はオーストラリアトロフィー。
・京都で行われるオーストラリアデーの一環で、その中の3レース(一時期は4レースだった)のうちの一つ。
・本レース以外は、シドニートロフィー、メルボルントロフィーであり、1994年から2012まではそれに加えてムーニーバレーレーシングクラブ賞が開催されていた。
・今まで京都で開催していたのに今年(2021年)は工事のため、中京で開催した。(1994年も同理由で阪神で開催)
・ちなみにこのレースはゲームのウマ娘では出てこないっぽい。

セッツって……最近どうなの?
・誤魔化したセッツさんに代わってお答えしましょう。
・サンキョウセッツはオークスで9位だった以降は900万以下の条件戦を転戦し、7位、5位、6位(下から二番目(ブービー))、10位(以前解説した最下位(ビリ))を経て、3位、2位となって昨年を終えました。
・12月は3位、2位と上り調子だったのに、年が変わると1月5日(元ネタの史実では競馬界にとって昭和最後の日)に中山の第1レースに出走するも8位。
・2か月明けて、ダイユウサクの4戦目と同じ3月25日に中山の第1レースに出走して7位。
・4月は22日に出走して9位(再び下から二番目(ブービー))になると……秋までお休みする運命です。
・セッツ……負けるな! たとえお前に残された生涯勝ち数があと一つだとしてとも。
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