見えぬ輝きの最南星《アクルックス》   作:ヤットキ 夕一

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 ──勝利の興奮も冷めやらぬ、レースの翌日。

「トレーナー殿! 今日はどのような鍛錬を──」
「落ち着け。今日は休みだ」

 両手を体の前で握りしめて、元気にやる気をアピールしているダイタクヤマト。
 オレが彼女にそう言うと、あからさまに「えぇ~」と落胆し、不満げな目を向けてきた。
 その反応に思わずため息が出てしまう。

「あのなぁ。昨日の今日だぞ? レースの疲労は体に残っている。それをしっかり抜かないとケガするだけだ」
「しかしヘリオスさんは、スプリンターズステークスを走った翌週に有記念に出てたじゃないですか」
「ああ、そうだな。で、その有記念の後に引退している」

 オレが返すとダイタクヤマトは「あ……」と自分の失言に気がついた。
 しかし容赦してやる気はない。

「だから無理ができたんだぞ。お前もここで走るのを止めるのならそれで構わないが、どうする?」

 もちろん構わないなんてことはない。
 一度面倒を見ると決めた以上、彼女が心の底から引退を決意するか、オレのことが嫌になってチームを離れたいと思うまで付き合う。
 そういう方針でトレーナーをしている。
 前者の例はオラシオンで、後者の例はパーシングだ。
 仮にこんなところでダイタクヤマトが諦めてしまったら、彼女もオレも不完全燃焼で悔いが残るのは明らかだ。

「うぅ……」

 ともあれ、ダイタクヤマトは悔しそうに押し黙った。
 ダイタクヤマトがこれほどまでにやる気になっているんだからそんな選択をするわけがない。
 しかしそのやる気が、少し過剰になっているようにオレの目には見えた。

(だが、この流れを活かしてもう一勝といきたい気持ちはもちろんある)

 今回の1勝。好走を続けていたものの結果が出なかったダイタクヤマトにとってやっと“波がきた”とも言える。
 今までの、ダイタクヤマトの積み重ねがやっと実を結んだんだ。
 〈アクルックス(ウチ)〉に入ってからはもちろん、移籍前に〈ミモザ〉にいた頃から実績を積み重ね、降格制度も乗り越え、オープン昇格まであと一つだ。
 そしてそんな勝利したレースも転がり込んできたような勝ちじゃない。しっかり実力で掴み取ったものだ。
 まさに今まで培ってきたものがダイタクヤマトの実力として発揮されたからの勝利。
 その“波”に乗りたいと思うのはオレも同じだ。
 だが──

「しかしトレーナー殿。昨日の走りは我ながらよくできたものだと思っているのであります。だからこそその感覚を忘れない内にもう一走り……」
「無理してケガをしたら本末転倒だし、ここは無茶が必要な場面でもない。却下」 

 ──焦ったら駄目なんだ。
 気持ちが先走れば、心と体のバランスが崩れて走りに齟齬が生じる。
 しかし結果を出したことで、今の自分を全肯定する気持ちが強いはず。
 だからその小さな狂いに気づかず、それが歪みを大きくさせていく。
 その結果として勝てなくなったことに焦りを感じ……さらに狂わせる。

(そうなったらと完全に負の連鎖と、その循環だ)

 好事魔多し。
 だからこそ、傍で見ているオレ達トレーナーは客観的な目で、ウマ娘のはやる気持ちを抑えなければならない。

 ──なぜなら、オープン昇格は終着点(ゴール)ではなく出発点(スタート)なんだから。

 そこから強敵相手に勝負をしなければならないというのに、体をボロボロにしながら満身創痍で昇格しても戦い続けられるはずがない。
 確かにオープン昇格を目標にするウマ娘も多い。
 だが、オレはそんな連中には「ウイニングライブでセンターに立つことを目指すほどに目立ちたがり屋のウマ娘サマがずいぶんと謙虚な目標だな」と言ってやりたいくらいだ。

中央(トゥインクル)シリーズの歴史に名前を残す──それくらいは言って欲しい)

 もちろん年度代表やら最優秀ナントカという表彰をとれればそれは最高なんだろうが、そんなのは才能と実力と運が全てそろわない限り不可能で、できるのはごく一部の一握り。
 記録(レコード)を残すのだって同じだ。そう簡単にできるもんじゃない。
 しかし少なくとも重賞制覇なら、第何回のそのレースを誰が勝利したという歴史は残る。
 もちろん毎年のように開催されるから、その名が注目されることはないかもしれない。
 だが、少なくともURAの歴史に名を刻むことができる。
 調べればその名前は勝者として残っている。
 自分が歩んだ道を誇るために、少なくともそこは目標にして欲しいんだ。
 今までオープンクラスに昇格するウマ娘は無数におり、それだけではそうはならないんだから。
 だからそこを目標にしたらいけないとオレは思っている。
 ダイタクヤマトにも、そう考えているからこそ──

「ここ数日は、レースで受けた体のダメージを回復させ、疲労を抜くことに専念するように」
「そんな……トレーナー殿、せめて少しだけでも走らせてください!」
「却下。今日は体をほぐすくらいの運動にとどめること……ミラクルバード!」

 オレが振り返ると、すぐ近くで他のウマ娘と打ち合わせをしていた車椅子に黄色い覆面がトレードマークのウマ娘が気がついてすぐに寄ってくる。

「はいは~い。どうしたの、トレーナー。なにか用?」
ダイタクヤマト(コイツ)が体を休ませるように、しっかり目を光らせておいてくれ」
「うん。わかった」

 オレの指示に、ミラクルバードは首の上で纏めて小鳥の尾羽根のように短くピンと伸びた後ろ髪を上下に振りそうな勢いで笑顔を浮かべる。
 今や〈アクルックス(ウチのチーム)〉には複数のウマ娘がいる。そしてトレーナーはオレ一人しかいないので、その全てを見なければならない。
 その証拠に……遠くで自主トレをしながらもわざとらしくチラチラと視線を送ってくるヤツもいるし、知り合いを見つけて──

「モンちゃんどうしたの?」
「で・す・か・ら、モンちゃん言うなと何度言えば……」

 ──と話し始めているウマ娘もいる。
 ダイタクヤマト一人を見ているわけにはいかないんだ。
 だから彼女が休みであれば……

「トレーナー、ちょっといいっスか?」
「ああ、ロンマンガンか。どうした?」
「あっしの走りなんですけど──」

 自己研鑽に励む他のウマ娘を見る時間に充てなければならないからな。
 適正距離の幅が広く、かつ適性脚質が多い(オールラウンダー)ロンマンガンが考案してきた彼女ならではの策について評価と助言を求められ、オレはそれに応じた。

 ……ダイタクヤマトが「トレーナー殿……」と捨てられた子犬のような目でつぶやいてきたが……うん、無視だ無視。
 その目を見ているとオレの気持ちが揺るぎかねない。

 ミラクルバード、他人事のように面白そうに見てないで、早く連れて行ってくれ。



第16R さらば条件戦! オープン(クラス)より愛をこめて!!

 

 ──ダイタクヤマトがそんな調子だったので、次のレースも早めに組んでいた。

 

 肉体的に調子がよく、精神的にも乗っている。

 幸いなことにレースでの負傷もなく、その疲れも少し休んだことで回復してすぐにトレーニングにはいることができた。

 オレが考えた“波に乗りたい”というのを実行できる、そう思って出走させた。

 

 だが……

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 その日の私──ダイタクヤマトは調子が悪いわけではありませんでした。

 

 その証拠に体はよく動きますし、スタートを失敗したわけでもありません。

 いつも通りの短距離レース。

 いつも通りに前でのレースを展開し、そして逃げる。

 それを普通にできていたのですから。

 そう、まるで勝利した前走の焼き直しのように。

 ただ一つ、違う点があるとすれば──

 

『またお会いしましたわね、ヤマトさん』

 

 前走で私に続いて2着だったウマ娘──メジロダーリングさんが出走前に声をかけてきたこと。

 私を見かけた彼女は近づきながら声をかけてきて……

 

『前回は不覚をとりましたが、今回は負けませんわ!』

 

 勝ち気な笑みを浮かべてそう言うと『正々堂々、勝負ですわ!』と言い残し、一纏めにした緩く波うった赤みがかった茶髪──鹿毛の髪を揺らしながら、『オーッホッホッホ』と高笑いのような声を残して去っていきました。

 終始上機嫌で圧の強い彼女に戸惑いましたけど……その彼女が、今、私の前を走っているんです。

 

先頭(ハナ)をとられました──)

 

 前回は終始先頭をきって走った私。

 その時に2番手だったダーリングさんがお返しとばかりにその位置にいるのです。

 今回のレースも相変わらずの1200(短距離)

 なんとしても彼女についていくのはもちろん、勝負を仕掛けるタイミングもシビアなものになります。

 

(少しでもペースが落ちれば、前に出る!!)

 

 後ろにピタリとついて、前を走る彼女にプレッシャーを与え続ける。

 楽に走らせては、隙をつけずに終わってしまいます。

 そして最後の直線に入って──

 

(今ですッ!!)

 

 彼女を抜くために、残っていた最後の力を足に込め、地を蹴る。

 力を温存して最後に賭けるような末脚勝負のウマ娘ほどの加速はできません。

 それでも前にいるウマ娘は先頭を走り続けて足を消耗しているはず。

 

(追いつけるはず──いえ、追いつかなければ!!)

 

 先頭に追いつきかける。

 そしてそんな私の動きに気づいたのか、チラッと視線を斜め後ろに向けてきたダーリングさん。

 そんな彼女は──

 

(えっ?)

 

 今……気のせいでしょうか、

 少しだけ見えたダーリングさんの顔は私の動きを嫌がってしかめるどころか、楽しげに笑みを浮かべたように見えました。

 何故、そのような──

 

「──迷うな! ダイタクヤマトッ!!」

「ッ!」

 

 観客席(スタンド)から響く大歓声の中に紛れながら、なぜかハッキリと聞こえたトレーナー殿の声。

 そうです、こんなことに気を取られている暇なんてないのです。

 その声で我に返って、さらに足に力を込めましたが──

 

「くッ……」

 

 追い、つけない……

 私と彼女の間にある差は縮まることなく、ただ時間と距離だけが過ぎていきます。

 迫るゴール板。

 焦る気持ち。

 しかし──どれだけ焦って必死に手足を振ろうとも、その背に追いつくことはかなわなかったので、あります……

 

「届かなかった」

 

 沈痛な気持ちを隠せずに、目を伏せてゴールを駆け抜けるしかありません。

 そんな私とは対照的に、1着をとったウマ娘は歓喜を爆発させながら、声援に手を挙げて応えるのでした。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「ハァ……ハァ……ハァ……」

 

 レースを終え、走るペースを下げて立ち止まった私は、両膝に両手を付き下を向いて呼吸を整えていました。

 

「負け、ました……」

 

 敗戦の二文字を突きつけられ、悔しさがこみ上げてきます。

 

 せっかくの前走からの良い流れが……

 この勢いに乗って、一気にオープン昇格を果たしたかったのに……

 トレーナー殿が目をかけてくださっていのにこの体たらく……

 あと少し、どうしてもう少し頑張れなかった……

 

 様々な考えや感情が私の頭をよぎり、グチャグチャになってきます。

 もっと何かできていたはず。

 それがレース前のことであったり、レース中のことだったり……思い浮かぶのは後悔することばかりでした。

 そんな私は──ふと、近づいてくる気配に気が付きました。

 

(トレーナー殿、でしょうか……)

 

 しかしいったいどんな顔をしろというのでしょう。

 終始先行され、そのまま一度も前に出ることなく……良いところも見せ場もなく終わってしまったウマ娘が、どのような顔であの人に会えと言うのでしょうか。

 その気配が私の直前で足を止め──地面を見つめる私の視界に、スッとたおやかな手が差し出されたのでした。

 

「あれ……?」

 

 その華奢に見える手は明らかに女性のもので、大きくてゴツいトレーナーのそれではありません。

 それを視線で追いかけ、顔を上げ──その手の主を視界に入れました。

 彼女は笑みを浮かべ、こちらを見ていました。

 まさに前走の時と同じように……

 

「今日は、勝てましたわ」

 

 その結果を突きつけてきた彼女。

 一瞬、心がズキリと痛んで思わずうつむいてしまいます。

 

「前回に負けず劣らず良い走りでしたわ、貴方の走り……」

「……え?」

 

 驚いて顔を上げ、再び彼女の顔を見ました。

 前回彼女が名乗ったメジロダーリングという名前はちゃんと覚えています。

 そのメジロダーリングが笑みを浮かべて私の走りを賞賛してくれたんです。

 

「でも私、今回は負けて……」

(わたくし)は前回の貴方の走りを見て、貴方に負けないように研鑽したのですから当然ですわ」

「私に?」

 

 問い返しに「ええ」とハッキリ頷くメジロダーリング。

 

「同じ脚質を得意とする者として、前回の貴方の走りは感銘を受けましたわ。だからこそ興味を持ちました。貴方に。そして……その走りを教えたトレーナー様に」

 

 目を伏せ、どこかウットリしているような雰囲気のメジロダーリング。

 あれ? トレーナー殿とどこかで会ったのでしょうか?

 まぁ、以前からのファンという可能性もありますけどね。トレーナー殿はGⅠレースで本命視されるような強いウマ娘からは嫌われる一方で、そんなレースに大穴勝利(シンデレラストーリー)を夢見るウマ娘からの人気は根強いものがありますから。

 

「そして、今日もそんな貴方がすぐ後ろにいたからこそ(わたくし)も気が抜けず張り合い続けることができたのですわ。だからこそ後続に追いつかれずに走り切れた……今日の勝利は貴方という相手がいたからこそ、ですわ」

 

 それは同じレースを走り相手に言う言葉としてはいささか配慮に欠けるものでした。

 だって、負けた相手に「アナタのおかげで勝てました。ありがとう」と言っているんですから。

 

(でも……)

 

 ……なぜでしょう。不思議とイヤな気持ちにはなりませんでした。

 彼女が人好きのする明るい笑顔を浮かべているからでしょうか?

 それともほんの少しの付き合いしかない私にでも分かるくらいに、屈託のない彼女の性格によるものでしょうか?

 そう。彼女は前回、自分が惜敗したにも関わらず私を立てて祝福してくれたじゃないですか。

 ですから今回は自分が──

 

「ありがとうございます。そして、おめでとうございますメジロダーリングさん」

「こちらこそありがとうございます。ダイタクヤマトさん」

 

 ──差し出された手を握ると、彼女は一段と晴れやかな笑みを浮かべてそう言ったのです。

 それから微笑へと変えて、さらに言いました。

 

「次は貴方の番ですわ」

「私の、番?」

「ええ。今回の勝利で(わたくし)は昇格しました。ですので一足先にオープンクラスで待っていますわ。貴方と再び同じレースで競えることを願って」

 

 彼女が握る手にギュッと力を込めたのがわかりました。

 おかげでその言葉がただの社交辞令なんかじゃなくて、本心だというのが伝わってきます。

 

「あと一勝(ひとつ)、必ず勝ち上がってきてくださいませ。貴方こそ、(わたくし)の……“宿命のライバル”なのですから」

「へ……?」

 

 想定外の単語に、私は思わずポカーンとしてしまいました。

 ですが彼女はそんな反応をまったく気にした様子はありません。

 

「今日のレースで確信いたしました。貴方と一緒ならもっと素晴らしいレースができる、と」

「あ……」

 

 それは不思議と共感できるものでした。

 彼女と競う(走る)のは──たとえ勝敗がつくものだとしても──楽しいものだと。

 そして勝っても負けても、彼女相手なら清々しい気持ちになれるんです。

 だからこそ、また同じレースで一緒に競い(走り)たい。

 その気持ちで、私も自然と握る手に力がこもってしまいました。

 

「ですので、オープン昇格してくださいませ。それが貴方の義務ですわ」

「ええ。絶対に……」

 

 私が力強く頷くと、彼女も勝ち気な笑みを浮かべ──

 

「なるべく早くお願いしますわね。(わたくし)、あまり気が長い方ではありませんので」

「もちろんでありますよ、メジロダーリング殿」

 

 握っていた手をほどき、私は一歩下がり──右手を顔の前にかざし、敬礼しました。

 彼女の今日の勝利と昇格に。

 そして、上のクラス(オープン)で再び戦うという誓いに敬意を示して。

 




◆解説◆

【さらば条件戦! オープン(クラス)より愛をこめて!!】
・今回の元ネタは『宇宙戦艦ヤマト』の第10話「さらば太陽圏! 銀河より愛をこめて!!」から。
・条件戦から「さらば」したのはメジロダーリングなので、愛を込めているのはもちろんダーリングさんです。
・はい、ダイタクヤマトが昇格する……と思わせての、というタイトルです。

次のレース
・今回のモデルになるのは、1999年10月9日に開催された京都競馬場第11レース、京洛ステークス。
・1600万以下の条件戦で、芝1200。
・1991年に第一回が開催された京洛ステークスですが、次が93年、その次が95年と安定して開催されず、95年以降は最後になっている2015年まで毎年開催。
・2007年以前は93年を除いて1600万(もしくは1500万)以下の条件戦でしたが、2008年からと93年だけはオープン特別出の開催です。
・なおこのレース、1番人気がダイタクヤマトで2番人気がメジロダーリングでした。
・前回と今回、それに次走のダイタクヤマトは騎手が武豊騎手だったのですが、対するメジロダーリングの前回と今回はといえば、その弟の武幸四郎騎手でした。


※色々あって進まず、次回の更新は11月6日を予定していますが延びるかもしれません。  

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