──そのレースに敗れたとはいえ、ダイタクヤマトの志気は衰えるどころかますます上がっていた。
それに気が付いたオレは驚きもしたが、ともあれ良い傾向だと思っていた。
負けたと言っても2着。勝利はすぐ目の前にあったんだ。
調子がいいのは間違いないし、「次こそは」と前向きになってくれるのはありがたいことだ。出鼻をくじかれて意気消沈してしまうことも考えられたんだから。
これまでの付き合いで実感してるが、ダイタクヤマトの性格は真面目だ。
ギャロップダイナのような荒さもなければ、ダイユウサクのようなコミュ障気質なところもない。
レッツゴーターキンのように悲観的過ぎたり、逆にサンドピアリスのような楽観的過ぎるところもない。
ロンマンガンのような卑屈さもなければ、オラシオンのような天才肌の気難しさもない。
(……その真面目が過ぎて考え込み、出た結論がダイタクヘリオスの
それを忠実にこなしていたのもある意味では彼女の真面目さの証でもある。
ともあれ、素直で真面目というのが彼女の本質だ。
それを考えれば
なにしろそれまで1年近く勝てていなかったんだから。またその泥沼にはまるんじゃないかと不安になってもおかしくない。
そう考えると遙かに良い傾向ではあるのだが……その前向きさにオレは少しだけ
──その過剰な“前向き”が“前のめり”になりすぎていることに。
しかし、オレはそれを「やる気になっているから」と黙殺した。
それがよかったのか悪かったのか──結果はすぐに顕れた。
11月半ばに京都で開催された自己条件戦に出走したダイタクヤマト。
その結果は──
(6着。完敗だな……)
突きつけられた現実にオレは静かに大きく息を吐く。
しかも先の2戦とうって変わって先頭切って走ることさえできず、いいところを全く出せずに終わった敗北だ。
(良い流れできていると思ったんだが)
手応えを感じていただけに衝撃を受けていた。
これまで何人かの競走ウマ娘の面倒を見てきたし、その連中はダイタクヤマトのような成長が遅いヤツの方が多かった。
それだけに、条件戦を抜け出してオープン昇格できる実力の見極めがついているつもりだった。
その基準で見ればダイタクヤマトのここにきての好走はそのウマ娘の強さがハッキリと現れる本格化の予兆に思えた。
だからこそ今回の負けが想定外であり、意外だった。
……なんてことを考えながら、オレは〈アクルックス〉のチーム部屋へと向かって学園の敷地内を歩いていた。
今日のトレーニング、走ったばかりのダイタクヤマトは休ませる。
しかし他のメンバーはもちろん通常通りのトレーニングがある。
ミラクルバードがトレーナー室の方へ来ていなかったので、先に行っているんだろう。
「しかし……」
つぶやきのような独り言が口をついて出て、自然とため息をついていた。
ダイタクヤマトのレース結果をまた考えてしまったからだ。
(いかんな)
思わずやってしまった行為を反省する。
トレーナーが不安な姿を見せたら、ウマ娘達に示しがつかない。
彼女たちは感情の機微に敏感だ。ダイタクヤマト本人がおらずともオレの様子を見た他のメンバーから伝わってしまう可能性が高い。
弱気なところを隠すのもトレーナーの大事な役目の一つだからな。
「……もし、そこのトレーナーさん」
気を取り直しながら歩いていたところで、ふと横からそんな声がした。
なにしろここはトレセン学園。トレーナーという存在はそれこそ山ほどいる。おそらくトレーナーという人種の人口密度はきっと日本一だろう。
だから自分のこととは思わなかったが……それでも気になって声の方を向く。
そのウマ娘と目があった。
思わず彼女の視線の先を振り向くが……しかしそこには誰もいない。
ということは、つまり──
「……オレか?」
「ええ。その通りです」
うんうんとうなずく、明るい色をした短めの髪のウマ娘。輝いているように見えるその瞳が特徴的だった。
彼女の姿を見て、オレは恐る恐る確認する。
「ええと……マチカネフクキタル、だったか?」
「その通りですが、よく御存知ですね。乾井トレーナー」
頭にダルマの飾りをつけた見た目もさることながら、彼女はダイタクヤマトの同期だからこそ、オレは名前と顔を記憶していた
しかもただ同期のウマ娘というわけではない。ウチのメンバーの多くのように、オープンクラス昇格に手こずるウマ娘とは違って、重賞で活躍するような世代の中でも有力ウマ娘の一人である。
「そっちこそよく知ってるな。オレみたいな落ちこぼれトレーナーのことを」
「落ちこぼれだなんてとんでもない。有名な“世間を驚かせる”方じゃないですか」
マチカネフクキタルはニコニコと笑みを浮かべながら、「冗談言わないでください」とばかりに片手で招くような動きでオレを軽くたたいてきた。
「それで、いったい何の用なんだ?」
マチカネフクキタルとは今まで面識なんてなかった。
オレが担当しているウマ娘と同じレースになることもなかったし、仲の良い相手もいなかったはず。
しいていえば、先の説明通りにダイタクヤマトが同期だということくらいだが……
「トレーナーさんを見ていてピンと来まして……ちょっとアドバイスを」
「アドバイス? オレに?」
「はい。なにか深刻に悩んでますよねぇ? それも
輝くような目で見つめながら、ズイッと身を乗り出してくるマチカネフクキタル。
そういえば聞いたことがあった。彼女は趣味というか、占い好きなウマ娘だったと。
しかし「悩んでいますね」と言うのは占い師の典型的な手口だと何かで見たことがある。
人間──ウマ娘もだが──生きていて何の悩みないようなヤツはいないからな。
そしてトレセン学園にいる者ならウマ娘だろうがトレーナーだろうが、悩み事が競走のことになるのは当然だろう。
だからオレは「おお、当たってる!」と驚くどころか「胡散臭い」という感想が先行して……つい彼女を不審者を見るような目で見てしまった。
「どうやらまったく信用されてない様子。『私は騙されない』みたいな顔をしてますね……」
「当たらずとも遠からずだな。あいにく占いとかそういうのは信用していないもんで」
「おや? 聞いたところでは、ダイユウサクさんの有馬記念の前に『勝つ夢を見た』と言っていたそうじゃないですか」
「う……」
ずいぶん懐かしい話をしてくるじゃないか。
確かにあの時はそういうこともあった。
「あれは夢が正夢になったって話だろ? 占いとは関係ない」
「夢でも占いはできますよ? 正夢なんてまさにその典型です。さぁさぁ、占いに興味が出てきたんじゃないですか?」
グイグイとくるマチカネフクキタル。
ずいぶんと人懐っこいというか、愛想がいいというか……さっき名前が出たダイユウサクとは真逆だな。アイツ、無愛想だし。
「ま、信じるも信じないもトレーナーさんの自由ですけど……いいですか? 今から直後にくる連絡に対して何も考えずに『まかせた』と返事をしてください」
一方的に告げてきたマチカネフクキタルの占い──といってもいいのかわからないようなそれ。
その突拍子もない指示に、オレは目が点になっていた。
「どんな連絡がくるか分からないのに、か?」
「ええ。考えても時間の無駄、というよりは時機を逸してしまうので即断即決でお願いします。そうすればきっと道が開けることでしょう。そんなトレーナーさんの今日のラッキーアイテムは帽──」
──というマチカネフクキタルの言葉を遮るように、オレのスマホから「ピロン」と電子音が鳴った。
思わずそれを見つめ、マチカネフクキタルも途中で言葉を止め、固唾をのんでオレのことを見ている。
恐る恐るスマホの画面を見てみると……
「げ……」
ウチのメンバーからの連絡だった。
しかも『菊かおる今日この頃……』というまるで手紙のように始まるえらく長文で──って、こんな長くて回りくどい文章をよこしてくるのは、一人しか心当たりがない。
絶対アイツだ。タケノ──
「トレーナーさん、急いで返事をしてください」
「はぁ!?」
「言ったじゃないですか。早くしないと時機を逸してしまいますよ。幸運が逃げちゃいます!」
真剣な目でオレを急かしてくるマチカネフクキタル。
確かに直前にそんな説明をされているし、オレだってもしもそんな簡単なことで道が開けるならそれに越したことはない。
だが……よりによってアイツからの連絡だぞ?
詳しい内容も確認せずに『まかせた』なんて安易に返答したらどうなることか。
(アイツの話に不用意に乗るのはあまりにも危険だ。しかし……)
真剣な目でオレを急がせるマチカネフクキタル。
といっても、あまりにも長文過ぎてパッと見ただけではどんな内容なのかサッパリ分からん。
「ほら、トレーナーさん。急いで──」
「わかったわかった!」
彼女の剣幕に圧され、オレは内容も確認しないまま急いで『任せた』とだけ返信を送った。
うぅ……このあとどんなことが起こるのやら。
「ふぅ、これで一安心です。これであなたもハッピーカムカム福よ来い、です」
「……本当に大丈夫なんだろうな?」
もしもさっきのが『トレーナー様との婚姻届を役場に提出してこようと思うのですが』とかいう内容だったら、オレの人生が終わることになる。
不安な気持ちをストレートに顔に出してマチカネフクキタルを見たら、彼女は笑顔で「大丈夫に決まってるじゃないですか」と何の憂いもなく言ってきた。
その顔を見ると信用したくもなるんだが……
「──あ、フクちゃん先輩。やっと見つけた~」
そこへ一人のウマ娘がやってくる。
声をかけられたマチカネフクキタルは振り返り──
「おや、タンホイザさんじゃないですか。いったいどうしたんですか?」
やってきたのはマチカネタンホイザ。頭の帽子から片耳を出した、どこかのんびりした雰囲気のウマ娘である。
「実はこの前お店で見かけて気に入って、衝動的に買った帽子があったんだけど……よく見たらなんというかこのおマチさんにはちょっと合わないかな、って思って。それで引き取ってくれるヒトを探しているんだけど、フクちゃん先輩ならどうかな~って」
「ふむ。どんな帽子でしょうか?」
「えっと、ちょうど持ってきてるんだけど……」
マチカネタンホイザは帽子を集めるのが趣味らしい。
そんな彼女が持ってきたのはちょっと変わった帽子で、いわゆる普通のおしゃれな帽子ではなかった。
「これは……う~ん、わたしにもちょっと合わないんじゃないかと……」
「そうかな? 意外と合うかもしれないって思ったんだけど」
「ええと、わたしの場合は幸運を呼ぶ麦わら帽子みたいなのの方が──って、コレです! トレーナーさん」
マチカネタンホイザと話し始めたので用事が終わったと思い、去ろうとしたオレへ急に振り向くマチカネフクキタル。
「コレってなにが?」
「ラッキーアイテムですよ! さっき途中で言いそびれてしまいましたが、ラッキーアイテムは帽子なんです!」
「あ、あぁ……」
勢い込んで言うマチカネフクキタルだったが、突拍子もない彼女の話とテンションについていけなかった。
一方で、マチカネタンホイザの方は
「ということは、こちらのトレーナーさんが引き取ってくれるということ、かな?」
「はい! その通りです」
オレの返事も聞かずに、なぜか得意げに力強くうなずくマチカネフクキタル。
一方的に決めないでくれ……とも思ったが、ホッとした様子でマチカネタンホイザが「よろしくお願いします」と差し出してきた帽子を見て、オレはピンとくるものがあった。
(ま、これならアイツに似合うだろう……)
さすが、センスのいいマチカネタンホイザが気に入っただけあってデザインも良いし、作りもしっかりしている。
オレは彼女に「大切に使わせてもらうよ」と言ってそれを受け取った。
その横で、マチカネフクキタルは満足げな笑みを浮かべていた。
──そして今、目の前には簀巻きになったダイタクヤマトが横たわっている。
その横には誇らしげな──まるで命令を忠実にこなして御褒美を待っている忠犬のような──顔のウマ娘が立っていた。
ブンブンと振っている尻尾はまさに忠犬のそれである。
その光景に、オレは思わずこめかみを押さえながら沈痛そうにうつむくことしかできなかった。
そして、その姿勢のまま問う。
「……どうしてこうなった?」
◆解説◆
【幸運の使者】
・今回の元ネタは『宇宙戦艦ヤマト2199』の第1話「イスカンダルの使者」から。
・初代アニメのタイトルだけだとそろそろネタ尽きてきたので。
・今回、ヤマトの出番無いかったから、というのもあります。
【自己条件戦】
・このレースのモデルは、1999年11月12日に開催された京都競馬場第10レース、桂川ステークス。
・鞍上はここ2戦と同じ武豊騎手。そして1番人気で挑んだダイタクヤマトでしたが、道中は3、4番手になってしまい、結果は5着。
・前にいた3頭が最終順位は後ろから3頭になっているので、それにひっかきまわされたという感じでしょうか。
・前走と同じコース同じ距離だったのに、ダイタクヤマトの記録は2秒近くも遅くなっています。
【幸運を呼ぶ麦わら帽子】
・おそらく“開運麦わら帽子”のこと。
・『轟轟戦隊ボウケンジャー』の27話に出てきたプレシャス。
・敵によって最悪の運勢に固定されたボウケンレッドこと明石暁が厄除けのために変身した“開運フォーム”の装備の一つ。
・開運フォームはサージェス財団が収集した運気を上げるために特化した装備を集めたもので、開運麦わら帽子以外に、幸運を呼ぶスカーフ、ラッキーふさふさしっぽ、厄除けブレスレット、ハッピー法被の全部で5種類。
・ちなみに開運フォームという名前はその話では出ず、46話本編後のミニコーナーでまさかの再登場を果たした際に名称が判明。
・マチカネフクキタルの本来の勝負服も“5つのラッキーアイテムを装備”していたり、「全ての幸運を一身に溜め込んだラッキーの化身」と称した“フルアーマー・フクキタル”が100円ショップアイテムの集合体なので、設定上はガチの伝説の幸運の宝物を集めたこの開運フォームは彼女にとっては憧れの存在なのかもしれません。
・余談ですがその27話は同作きってのギャグ回で、せっかくの開運フォームも名乗りの爆炎が燃え移るという、「あれ概念的なものじゃなくて物理的なものだったんだ」と視聴者に衝撃を与えました。
・なお、『アイドルマスターシャイニーカラーズ』の公式Web4コマ漫画第53話『重装備』にてジンクスや占いを気にするアイドルの風野灯織がオーディション突破のために開運フォームを(デザインそのままで)身にまとってネタにしています。
・もしもアニメ3期の6話でキタちゃんがサトちゃんのジンクス突破のために持ってきたアイテムが開運フォームだったら大爆笑していたところでした。