見えぬ輝きの最南星《アクルックス》   作:ヤットキ 夕一

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 ──年が明けた。

 年末の開催の無い期間はともかく、複数の現役競走ウマ娘を抱えるウチのチームはなかなか長期の休みというわけにはいかない。
 そんな中、ダイタクヤマトはオープン昇格した勝利以降、長期の休みに入っていた。
 壁を越えた御褒美に、年末年始に帰省したりのんびり過ごさせる……という思惑もあったが、純粋にアイツの体を心配しての判断だ。
 ウチのチームに移籍しての初出走から昇格するまで長期の休みを取らずにレースに出走し続け、走り詰めだったからだ。

(それこそ夏レースにまで出走していたからな)

 その(こん)を詰めた甲斐あって、目標であるオープン昇格を決めたんだ。
 そしてなにより、オープン昇格後はレベルの上がった厳しいレースが待っている。
 それに備えるためにも今までの疲れを一度完全に抜く必要があった。

(幸い、この時期の短距離の重賞も少ないからな)

 ダイタクヤマトは適性距離が限られているために、狙うレースも絞りやすい。
 その彼女がオープン昇格して目標とするのは──もちろん短距離レースの最高峰だ。



第20R 大試練!! 高松宮記念、出走前

 

 ──3月。

 

「あの、トレーナー殿……私、なんか場違いじゃないでしょうか?」

「格上挑戦でもないのに、なんでそんなに(ぶる)ってるんだよ、ダイタクヤマト」

 

 一杯一杯になっているのがあからさまで、ひきつった苦笑いを浮かべて精神を保っているようなそのウマ娘の表情に、オレは少しあきれながら言った。

 

「だ、だってGⅠですよ? 初挑戦ですよ? 冷静になるなんて無理に決まってるじゃないですか!」

「そうか? 他の連中はそうでもなかったぞ?」

 

 思い返せばダイユウサクのGⅠ初挑戦──つまりは〈アクルックス〉のGⅠ初挑戦──は秋の天皇賞だった。

 まぁ、多少は緊張はしていたかもしれないけど、アイツ意外と普通だったよな。

 オレに関して言えば……GⅠという舞台どころか秋の天皇賞そのものが初体験でもなかったし。

 で、その初体験だった秋の天皇賞は、ダイナが勝つと微塵も思ってない師匠(おやっさん)から丸投げされてたし、それに反発したダイナとオレは良い意味で吹っ切れてて意識することも無かったからな。

 

(むしろ意識する余裕がなかったのかもな。今にして思えば……)

 

 なんてことを考えていると──

 

「周囲も凄いメンバーばかりでありますよ! まさに現役短距離走者(スプリンター)のオールスターです」

「年に2度しかない短距離GⅠだからな」

 

 その昨年末の短距離GⅠスプリンターズステークスの出走者が多く名を連ねていた。

 もちろんそれを制したブラックホークの名前もある。

 純粋な短距離走者だけでなく、様々な距離のGⅠレースの経験があるようなウマ娘もいる。

 そしてそんな中に、ダイタクヤマトも走ったレースで1200の日本記録(レコード)を出したウマ娘もいた。

 そのレースの後で海外に渡り、重賞レースで結果を残した──

 

「あら、アナタ確かダイタク……なんだっけ?」

 

 気軽に声をかけてきて明るく笑顔を浮かべている彼女こそ、そのアグネスワールドだった。

 

「ヤマトです! ダイタクヤマト……」

「そうそう、そういう名前だったワ。ゴメンなさいネ、カミカゼの方は覚えてたんだケド……」

 

 悪びれた様子で愛嬌のある悪戯っぽい笑みを浮かべるアグネスワールド。

 そんなフレンドリーで茶目っ気のある姿を見ていると、彼女が記録保持者(レコードホルダー)という強者であることを忘れてしまいそうだった。

 

「あのレースはエキサイティングだったから、走ったアナタのこともちゃんと覚えてるわよ」

 

 その割には名前忘れてるじゃないか、と思わずツッコみそうになる。

 一方、名前を忘れられていた当の本人はそれを気にした様子もなく「光栄です!」と感激している模様。

 その反応に満足げな笑みを浮かべたそのウマ娘は──

 

「今日のレースは、もっとエキサイティングなものにするわよ」

 

 そう言ってオレに一瞬だけ視線を向けて片目を閉じ、「bye!」と手を振って去っていった。

 う~ん……これは挑戦状だろうか?

 とはいってもダイタクヤマトはやっとオープンクラスに上がったようなウマ娘で、彼女が警戒どころか意識する相手でもないだろうに。

 

(もちろん、負けるつもりで出走させてはいないが)

 

 ウマ娘競走(レース)に絶対はない。それがオレの信条だ──と思った瞬間、尻に激痛が走った。

 

「──ッ!! って、何だ!?」

「敵のウィンクに鼻の下伸ばしてるんじゃないわよ」

 

 冷め切った声が振り返ろうとした後ろから聞こえてくる。

 その声はもう聞き慣れたもので──

 

「ダイユウサク、お前!!」

「腑抜けてたみたいだから、気合いを入れ直してあげたのよ」

 

 オレが怒ると彼女はプイとばかりそっぽを向って言いのける。

 

「だいたい、オープン昇格祝いにGⅠ出走なんてちょっとナメ過ぎじゃないの? 昇格直後の初戦に選ぶなんて」

「お前もそうだったけどな」

 

 オープン昇格直後にGⅠ走ったのはダイユウサクも同じ。コイツの場合は秋の天皇賞(アキテン)だったけどな。

 同期と比べて大幅に出遅れたダイユウサクにとってオグリキャップやヤエノムテキ達とやっと肩を並べて走れるレースだったからこそ選んだというのもある。

 ともあれダイユウサクの厳しめな言葉でダイタクヤマトの耳がしゅんと垂れ下がるのに気付いたオレは即座にそう返していた。

 さすがに言い過ぎだ。

 一方、それを聞いたダイユウサクは面白くなさそうにムッとした表情になっている。

 

「だから特別感が無くなっちゃうじゃないの……」

 

 ブツブツと何かつぶやいていたがよく聞こえない。

 一方で、ダイユウサクの機嫌が悪くなったことでダイタクヤマトもオロオロしはじめていた。

 まったく、先輩のくせに今から出走するヤツの邪魔してどうするんだ。

 

「本当なら今回の高松宮記念の前に、1回でも走らせたかったんだ。だが思った以上に調整に時間がかかって間に合わなかったんだよ。お前の時と違ってな」

 

 ダイユウサクの時は昇格してすぐにそれまでの流れでGⅠ出走させたから、休養明けの今回と違って調整が楽だったというのもある。

 長期の休養を挟むと、やはりどうしても難しさが出る。

 大なり小なりレース勘が鈍るし、初戦では連戦中と違ってテンションが上がりきっていないし、逆に気持ちが先走って入れ込みすぎる場合もある。

 それらを見極めるためにも、一度本番のレースを挟みたかったのが本音だ。

 

「申し訳ありませんでした、トレーナー殿……」

 

 するとますますしゅんとしたダイタクヤマトが申し訳なさそうに頭を下げる。

 テンションが下がった彼女を見て、ダイユウサクは何か言いたそうにオレを睨んできた。

 わかってるよ。落ち込ませてどうするんだ、ってことだろ。

 

「謝ることはない。それを回避したかいあってちゃんと間に合ったじゃないか」

「それはそうでありますが……」

「しっかりとこの大舞台に向けて準備できたんだ。胸を張って走ってこい」

「はい……」

 

 励ましたものの、まだ少し落ち込んだままのダイタクヤマト。

 どうしたものか、と考えていると──

 

「なるほど。そういう事情でしたのね」

 

 ダイタクヤマトの背後からやってきたウマ娘が納得した様子で頷いていた。

 その声を聞いて、ダイタクヤマトは嬉しそうに振り返った。

 

「ダーリング殿!!」

「ご機嫌よう、ヤマトさん。それに……その、ええと、ヤマトさんのトレーナーさん」

 

 彼女は朗らかに笑みを浮かべてダイタクヤマトに挨拶した後、少し困惑した様子でオレにもしてきた。

 そしてその姿にダイタクヤマトの表情がパッと明るくなる。

 その反応にホッとしつつ、ダイタクヤマトの気持ちを上向けてくれた彼女に内心で感謝する。

 自身のオープン昇格の際にダイタクヤマトにライバル宣言をしてやる気を焚きつけてくれたメジロダーリングだった。

 

「久しぶりだが今日はよろしくな、メジロダーリング。」

「は、はいッ!」

 

 オレの言葉にやや緊張した面持ちになったメジロダーリング。

 しかしそれも無理はない。

 なにしろGⅠレースだし、彼女もまた生粋の短距離走者(スプリンター)だからな。このレースに賭ける思いは並々ではないだろう。

 それにダイタクヤマトと違い、彼女は年末の短距離GⅠスプリンターズステークスに出走している。良いとは言えなかったその結果へのリベンジをしたいという気持ちがあるのは間違いない。

 このレースに賭ける彼女の思いを察すれば、顔が赤くなるほどに気分を高揚させるのも当然だ。

 

「……なんとなく考えてることは分かったけど、それたぶん的外れよ」

「ハァ? そんなわけあるか」

 

 すぐ側で不機嫌そうにジト目を向けてくるダイユウサクに言われてそう返す。

 このGⅠという大舞台を前に、出走するのに興奮しないウマ娘なんているわけが無い。お前だってそうだっただろうが。

 オレがダイユウサクを睨むと、メジロダーリングは悪くなった空気を変えるかのように「コホン」と咳払いをし、改めてダイタクヤマトへと向き直った。

 

「約束通り、上がってきてくださいましたわね。ヤマトさん」

「はい! もちろんでありますよ、ダーリング殿」

「スプリンターズステークスでは少々寂しく、そして残念に思っていましたけど……貴方とこのような大舞台で共に走れること、本当に心の底から嬉しく思いますわ」

 

 心の底からの満面の笑顔で差し出されたメジロダーリングの手を、ダイタクヤマトも勝ち気な笑みを浮かべながら掴む。

 

「お待たせしてしまい申し訳ありませんでした。でもダーリング殿とは、胸を張り同じ立場で走りたかったので……」

「もちろんその気持ち、理解していますわ。もしも逆の立場だったら(わたくし)だってそうしていたと思いますし」

 

 相手が自己条件で自分が格上挑戦では“好敵手(ライバル)”とは名乗れない。

 だからこそダイタクヤマトは昇格にこだわって12月の頭の条件戦を選び、見事に勝利した。

 実はそこからスプリンターズステークスまで2週間あった。

 無理をすれば出走できない間隔ではあったが──オレは彼女と話し合い、回避させた。

 夏から走っていたせいで慢性的な疲労が体に溜まっており、「出走できても“記念出走”にしかならない」とオレは言った。

 それはそうだろう。国内トップクラスの短距離走者(スプリンター)ウマ娘たちが、目の色を変えて照準を合わせて調整してくるんだ。

 そんな連中を相手に、やっとオープン昇格したウマ娘が生半可な準備で挑んで勝算なんてあるわけがない。

 中身を仕込む(いとま)が無く、ビックリ箱(ジャック・イン・ザ・ボックス)じゃなくて空き箱にしかならなかった。

 そんな状態でオレは出走させたくはなかったが、それでも本人に確認した。

 そしてダイタクヤマトも言った。

 

『私もそのような勝機のない出走は……したくありません。まるで坊ノ沖での大和ではありませんか』

 

 ──と。

 一緒に走るだけでは意味がない。共に競えるだけの力がなければ好敵手(ライバル)に対してあまりにも失礼だと言った彼女は、『ダーリグン殿をガッカリさせたくはありません』と回避に同意した。

 だからこそ──

 

「今回も、正々堂々勝負でありますよ!」

「ええ、望むところですわ!」

 

 手を握り合った二人のウマ娘は、笑顔でそう誓い合っていた。

 その背後で号令がかかり、出走するウマ娘達がゲートに向かって移動を開始する。

 それを合図に──笑顔だった二人の目が一気に真剣味を増して、その間に火花が散った。

 お互いに笑みを不敵なそれへと変えて、手を離す。

 

 そうしてお互いに振り向いて一歩踏み出した彼女達の関係は、もう好敵手(ライバル)──競うべき敵へと変わっていた。

 




◆解説◆

【大試練!! 高松宮記念、出走前】
・今回の元ネタは『見えぬ輝きの《最南星(アクルックス)》』の29話、「大緊迫!! 高松宮杯、出走前」から。
・…………え?
・というのも自虐ネタでして、実はアップ時のタイトルで高松宮杯と高松宮記念を間違えていたのです。
・今回は晴れて高松宮記念が舞台になりましたので、あえてこのタイトルにしました。(笑)
・なお一応、『宇宙戦艦ヤマト』の第14話「銀河の試練!!西暦2200年の発進!!」から“試練”をいただいています。

高松宮記念
・1998年からその名前で開催されているレース。
・その前身は高松宮杯で1996年から1200のGⅠになりましたが、それ以前はGⅡレース。
・なおそれについては第一章30話で解説済み。
・ちなみにその時にもチラッとだけ触れているんですけど、3月開催になったのが2000年からで、今回のレースはその2000年のレースがモデルになっています。


※次回の更新は12月24日の予定です。  

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