見えぬ輝きの最南星《アクルックス》   作:ヤットキ 夕一

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 ──それは去年の忘年会だったと思う。

 その年のシーズンが終わった納会、あるいは中央のトレーナー達の慰労会のような集まりだった。
 そこで私は一人のトレーナーにある質問をした。
 してしまった、と言った方が正しいかもしれない。
 アルコールが入り、酔った勢いがあったのは間違いない。
 なぜならそれは内容的にシラフではとても訊けないものだった。
 そんな私の質問は──

「どうしたらGⅠレースに勝てますか?」

 ──というもの。
 それに対して相手は──

「……それ、オレに訊くのって間違いじゃないですかね?」

 なんとも複雑そうな顔で苦笑を浮かべてそう言った。
 そうして視線を周囲に走らせる。

「こんな場なんですから他にたくさん居るじゃないですか。六平(むさか)さんやら《ターフの魔術師》、それ以外にも今までGⅠウマ娘を何人も出してきたような大先輩方が」
「そういう人達の教えは幾度も受けてきたので。近い年代の人の意見を聞きたいんです」

 そう返すと彼はなおも苦笑して自分で答えようとはしなかった。

「それならそれで〈リギル〉の東条先輩とか〈スピカ〉のあの人とか──」
「あの人達はGⅠ勝つのが当たり前すぎて、あまり参考にならなさそうで……」

 思わずこちらも苦笑してそう言うと彼は黙り込んで少し考え込み、「それもそうだな」と納得する。
 そもそも〈スピカ〉所属のあのウマ娘は担当ウマ娘と同世代のウマ娘。ダービーと秋の天皇賞で直接対決で敗れた彼女を担当しているトレーナーに、どんな顔をして訊けというのか。

「失礼ながら、貴方は誰もとれると思ってなかったウマ娘にGⅠを取らせている。しかもそれを何度も」
「運が良かっただけですよ」
「1度ならそうかもしれません。しかしまぐれや奇跡は2度も3度も起こりません。それに……」

 謙遜するように苦笑する彼に、私は思わず言った。
 そしてグラスを握る手に思わず力がこもる。

「まぐれでもなんでも、たった一度でいいんです。私はどうしてもGⅠを取りたい……いや、彼女にとらせてやりたいんです」

 担当しているウマ娘のポテンシャルは間違いなくその栄冠を掴めるレベルのはず。
 それでも届かないのは、トレーナーである自分の力が足りていないせいだ。
 そんな私のことを彼が横目でチラッと見るのがわかった。

「どうしたらGⅠで勝てるか、ね……」

 彼はつぶやき、グラスに残っていた液体を一気に煽り、そして言う。
 シリアスになりかけていた空気にはそぐわないような笑顔を浮かべて。

「そんなものわかるわけないじゃないですか」

 こちらを向いてあっけらかんとそう言った彼を、思わず見てしまう。
 でも彼はそんな私の視線に気付かず──いや、あえて無視するように続けた。

「“ウマ娘競走(レース)に絶対は無い”。誰かさんが担当のウマ娘の名前出して否定していた話ですが……これはオレのトレーナーとしての原点で、譲れない信条なんですよ」

 他から刺すような視線を感じなくもない。きっと今の彼の言葉が彼女の耳に入ったんだろう。
 でも彼はどこか遠くを見るようにして言う。

「だから諦めないし、どんなレースでも勝てる要因を探す。なければそれを用意して担当しているウマ娘に持たせ、そうやってレースに送り出してやる……それがトレーナーの仕事じゃないですか?」
「それは、わかります……」

 もちろんそれはトレーナーの基本。
 私だってやっている。やっているつもりだ。
 だからこそ他のレースでは勝っている。
 でも、GⅠだけはどうしても手が届いていない。
 だからこそこの人にあって自分にはない、足りない何かがあると思って訊いたんだ。
 それが“運”とかいうあやふやで、自分や担当ウマ娘の頑張りではどうにもならないような要素だとしたら……余りに理不尽だと思った。
 にもかかわらず返ってきたのはありきたりな答え。自分勝手だと分かっていながらも期待を裏切られたような気持ちになってしまう。
 そう思って手にしていたグラスを煽り──その時、彼はポツリと付け加えた。

「それと……ウチの連中は、貴方が担当されてるウマ娘と違って、何度もGⅠに出られるほど立派なヤツらじゃないんですよ」
「え?」

 驚いて思わず振り向いてしまうと、彼は「彼女のことで悩んでいるんでしょう?」と苦笑していた。
 さすがに……質問が露骨すぎたかな、と反省する。

「GⅠという大舞台の常連、言わばその舞台(レース)の“主役(本命)”やら“二枚目(対抗)”みたいな上位予想とは違って、台本(出走表)に名前を載せるのがやっとな“端役(無印)”のヤツばかりでしたから」

 それは、わかっている。
 そんなウマ娘達なのに“主役を食って”制覇させたのがこの人だ。
 その要因を、勝利した秘密を知りたかった。
 彼女を勝たせるためにも、彼女を“そんな勝利”から守るためにも。
 私の期待に応えるように彼はどこか懐かしそうに言う。

「だからこそオレは、最高の状態で彼女達を晴れ舞台に上げたかった。そしてそれをやっただけです」
「最高の、状態?」

 思わず問い返すと、彼は空になったグラスを見つめ──何かを思い出すように──頷いた。

「ええ。慣れない大舞台で緊張するのは誰でも当たり前です。だからとんでもない小心者でも不安にならないように気を使いましたね。レース前にとんでもない大失敗やらかしたのもいたし……」

 さも楽しげに笑みを浮かべる彼。
 最高の状態というのは肉体的なものはもちろんそういうメンタルを含めての話で、と付け加えた。
 そして思い出を語り始める。

「そう……あの時のダイユウサクはまさに最高の仕上がりであの舞台に送り出せたんです。今まで担当した他のウマ娘(ヤツ)を含めても最高です。『あれと同じかそれ以上の状態にしろ』と言われても二度とできる自信はありません」

 そう言って彼は、私の方を見て誇らしげに言った。

「──オレがやった“最高の仕事”です」

 思わずゴクリと唾をのんでしまう。
 だからこそあの無名だったウマ娘が、圧倒的な強さと人気を誇ったウマ娘(最強ステイヤー)に、長距離という彼女の独壇場で勝つことができた。
 まさにその自信は、その最高の結果に裏付けられている。
 果たして今までの自分は、そう言い切れるほどの仕事ができたことがあっただろうか、と考えてしまう。

「ただでさえウチの連中は実力的には人気上位のウマ娘達には及ばない。だからそうでもしなければ勝利できる最低の条件さえ整いません」

 彼はもちろんそれだけでは勝てないと言った。
 レース中に起こる大なり小なりのハプニング。
 例えば、逃げウマ娘達が生み出した異常なまでのオーバーペースや、有力ウマ娘のレース中の負傷。
 それらで勝負のアヤが狂って万が一の可能性が生まれる。
 その万が一を掴むには、心身を研ぎ澄ませ気を充溢させた最高の状態にする必要がある、と。
 そこまでの状態になれば、わずかな隙──勝機を見つけることができる。
 逆にそこまで至らなければ最初(ハナ)から勝ち目はない、と苦笑しながら断言した。

「最初に掴んだのがそんな勝利だったせいですかね。本当はもっと手が掛からずに勝ってくれるのを担当したいんですが……」

 例えばオラシオンのような、と言って自虐的な笑みを浮かべている。
 でも言葉とは裏腹にどこか楽しげな雰囲気を出している彼の本音は違うところにあるように思えた。
 
「だからオレには必勝法なんて無い。そうなったのも下克上された“先輩”と《皇帝》の呪い──」
「あぁ? 乾井~、アンタ、さっきといい今といい、私のことバカにしたぁ?」
「って先輩、いつの間に近くに……しかも酔っぱらってますよね?」
「酒の席で酒を飲まないヤツがいるか!」
「しかもベロンベロンじゃないですか! あぁ、〈スピカ〉の人に押し付け…じゃなくて面倒見てもらおう。おい巽見(たつみ)、あの人呼んできて~!」
「ふぁ~い?」
「って、お前こそ酒飲んだらダメだろ!! 誰だ、コイツに飲ませたの!?」

 シリアスだった空気を吹き飛ばし、二人の酔っぱらった女性トレーナー相手に振り回されるその人は優秀なGⅠトレーナーには到底見えない。
 それを苦笑しながら眺めつつ、でもこの人を含めてこのチームは外観で判断してはいけないと思った。
 どんなに情けない姿をさらしても、その中身はまさに驚異的な人なのだから。

(さすがは“ビックリ箱(ジャック・イン・ザ・ボックス)”……)

 この人の話を聞き、担当ウマ娘に対してGⅠを取らせようとする姿勢は極めて真摯でストイックで──見習うべきだと思えた。


 だからこそ、今回は自分の担当である彼女を()()()()()()()()()()()()と送り出せたという自負がある。
 ……そのレースに、彼の担当ウマ娘がいたのはなんとも皮肉なことだったが。



第22R Can you feel my soul

 

 

 ──ハッキリ言って、私はその名前を嫌っていた。

 

 

「あ~、レース出たのにまた勝てなかったよ~」

「私も私も~。なかなか勝てないよね」

 

 それはある日のこと。

 トレーニングの最中に休憩していると聞こえてくるそんな声。

 その言葉とは裏腹に、この声からは私は悔しさを微塵も感じることができなかった。

 なんとも脳天気な声としか感じられない。

 

「ね。私らだってGⅠ目指してるのに~」

 

 本当に?

 偶然耳に入ったものとはいえ、私は思わずそう聞きたくなってしまう。

 本気でそう思っているのならもっと真剣味を帯びて必死にトレーニングするはずじゃないかしら?

 

(少なくとも、私はそうだ)

 

 その自負がある。

 だからこそ直前まで負荷をかけていた体を休め、そしてこれからやるべきトレーニングメニューを頭の中で考えていた。

 もちろんそれは今日だけのことなんかじゃないわ。

 昨日も一昨日も、一週間前も一ヶ月前も、一年前も同じようにトレーニングをして研鑽を積んできてる。

 それが私の当たり前よ。

 

(でも……それでも私は掴めていない)

 

 中央(トゥインクル)シリーズにおける最高ランクの競走、GⅠレース。

 その大舞台は何度も経験したけれど……

 

 ──その勝利は未だ無し。

 

 これまで優勝予想に名前が挙がったことも何度もあったわ。

 そんな評価こそ、私の積み重ねた努力に対するものだと思えば誇らしくも感じられる。

 そしてその(たび)に周囲の期待は膨らんで、私もそれに答えようと必死だった。

 

 ──でも、それが結果を伴わなければ何の価値もない。

 

 手が届かない悔しさ。

 なまじ下バ評で優勝候補になんて名前が挙がるからこそ、余計にそう感じる。

 いっそのこと、そこに自分の名前が全然なければもっと軽い気持ちで挑めるのかもしれない。

 もしくは私自身が最初から諦めて「どうせ酸っぱいブドウよ!」と言えたら、どんなに楽かしら。

 

(もう少しで手が届きそう……見えているからこそ、苦しい)

 

 そんなGⅠ制覇の栄冠を掴むのがどれほど大変なことか──さっきの台詞を言った彼女達が理解しているとは全く思えなかった。

 そんな彼女達と似たようなウマ娘達を見るのはなにも今日が初めてじゃない。

 同じように気楽に「GⅠを勝つのが夢」とまさに非現実的な夢物語のように言うウマ娘はそれこそたくさんいる。

 実際にはGⅠレースに出走できないような実力のウマ娘達だって、夢を語るのは自由だし、楽よ。

 だから……

 

「こんなに勝てなくて大丈夫かな?」

「大丈夫、大丈夫。デビューから2戦連続でタイムオーバーしたのにGⅠ取った先輩だって居るんだから」

「え? マジ?」

「あ、それ聞いたことある。それってアレでしょ?」

 

 こんな話を耳にしたことは何度もあった。

 そうして彼女達が挙げるチーム名こそ──

 

 

 ──“驚愕(ビックリ)の〈アクルックス〉”

 

 

 GⅠレースで誰も勝つと思っていないようなウマ娘を優勝させてしまう。まるで奇術(マジック)

 どんなに望んでもそれを掴めない私から見ればまさに理解不能なもの。

 あたかも都市伝説とか学園七不思議のような、正直言って眉唾物の信じがたいような話でもある。

 でもそれはそんな根も葉もないようなものとは違って実際に存在しているチームで、実際に起きた話なのよ。

 それは私も知っている。

 

 ──なぜか?

 ──実際に調べたからよ。

 

 あまりにもGⅠ勝利に飢えた私は、自分になにが足りないのかを探し求めて過去のGⅠウマ娘を調べた時期があった。

 それで知ったのは本命視されて多くの声援を受けて、何度もその栄冠を掴む本当に強いウマ娘もいれば、私のように何度も挑戦しても掴めなかったウマ娘もいるということ。

 そしてその一方で注目をまったく集めず目立たなかったのに、スッとそれを掴んでしまうウマ娘もいるという事実。

 

(その最たるものが“世紀の一発屋”の異名を持っているウマ娘……)

 

 それこそさっきのウマ娘達が騒いでいた、デビュー2戦連続でタイムオーバー殿(しんがり)負けから始まって有記念制覇までのし上がった先輩のこと。

 それはドン底のデビューから始まって最後には年末の最強決定戦(グランプリ)を制覇するという最高の成功譚(サクセスストーリー)

 そんな彼女の話は“努力は報われる”という美談として学園のウマ娘に伝わっている一方で──

 

「あの話、マジウケるよね~」

「いくらなんでもそれよりはマシなデビューだったわ」

「あ~、私だってあのチームに入れれば、GⅠ制覇も夢じゃないのにな~」

 

 なんて笑い話にするウマ娘もいる。

 だから私はその名前が嫌いだった。

 もちろん彼女の名前じゃない。新記録(レコード)でGⅠを制したという尊敬に値する相手なんだから。

 

 

 ──私が嫌いなのは、そのチーム名と共に耳にする《ビックリ箱(ジャック・イン・ザ・ボックス)》という担当トレーナーの異名。

 

 

 人気薄からの“奇跡の勝利”?

 そんなもの、私からしてみればそれは“悪夢”でしかない。

 負けた側からすれば多くの期待を背負いながらそれに応えることができなかったということ。

 もちろんあのチーム──あのトレーナーの教え子達が制した大きなレースは映像として見ている。

 けっしてレベルの低いレースだったわけじゃない。

 むしろ人気と実力を買ね揃えた猛者達を破って栄光を掴んでいる。

 でもその光景は本当に意味不明だった。

 

(勝って当たり前のウマ娘が負け、負けて当たり前のウマ娘が勝つ……)

 

 閃光のような、一瞬の輝きを放って勝利を掴む。

 その姿はまさに魔法だわ。

 メジロマックイーンやトウカイテイオーといった名だたる有力ウマ娘に勝つというのが、どれほど困難なことか。

 その難易度が分かるからこそズル(チート)を使っているかのようにさえ見えてしまう。

 そしてその異質な光景は、自分自身の努力を否定されているようでもある。

 だからこそ私は落第ウマ娘(落ちこぼれ達)のように“憧れ”ではなく、その理解不能な現象に対して“畏怖”や“嫌悪感”さえ感じていた。

 

(でもそれだけじゃない)

 

 もちろんその奇跡のような勝利は、そのウマ娘達が努力した結果だって理解してる。

 でもその“努力する”というのは中央(トゥインクル)シリーズ所属のGⅠ制覇を目指すウマ娘としてやって当前のことでしかない。

 だからこそ思う。

 

 ──GⅠを勝てないウマ娘が努力をしていないわけじゃない。 

 ──それまで勝てていなかったウマ娘だけが努力をしているわけじゃない。

 

 もちろん〈アクルックス〉所属のウマ娘達を否定もしないし、結果を出したその努力は讃えられるべきだと思っているわ。

 だけどするべき努力は自分もしているし、それが他よりも劣っているとか怠けているとか、そんなことは絶対にありえない。

 なによりそれは、私を支えてくれるあの人(トレーナー)に誓って言えるわ!

 だからこそ私は感じていた。

 

(努力をしないようなウマ娘が語る安い夢と共に出てくるその名前が、すごく不快なのよ!)

 

 落ちこぼれでも勝てる──それはGⅠ制覇を本気で目指す者達への冒涜のように聞こえる。

 まるで結果が出ないことへの免罪符。

 だからこそその名前は、堕落へと誘う悪魔の名にさえ思えてしまった。

 私自身は乾井というトレーナーを意識して見たこともないから顔も知らない。

 でもそんな“悪魔”のような存在を()(かつ)のように嫌っていたのよ。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

(なにより、私の周囲にいた強者(ライバル)達はそんなものに安易にすがるウマ娘なんていなかったし、そんなウマ娘達に絶対に負けない!)

 

 もちろん、この私もよ!

 なぜなら私は──キングだから!!

 

「ライバルが強いほど、私も強くなるんだからッ!!」

 

 思い浮かんだのは一見すれば“強者”というイメージからはほど遠い雰囲気のウマ娘──スペシャルウィーク。

 他の同期のライバル達──セイウンスカイやエルコンドルパサー、グラスワンダーも同じように強さが表に出ているウマ娘じゃない。

 それでもいざ競走(レース)となればいずれも“強者”に早変わりするウマ娘達よ。その実力は間違いないものだったわ。

 

(そんな彼女達と共に歩んだ私が、弱いわけがない!)

 

 そして──今回のこの短距離走者(スプリンター)最高峰のレースに集った面々なんだから強くて当たり前。

 秋の短距離GⅠ(スプリンターズステークス)の覇者もいれば、1200の記録(レコード)保持者もいる。

 そんな彼女達に勝つからこそ、私は名乗ることができる。

 

「私は、キングなんだからッ!!!」

 

 それは自分の名前に課せられた使命。

 

 最高の舞台で──

 最高のメンバーと競い──

 ──そして、最高の結果を掴む。

 そうすることで名乗ることが許される称号(もの)こそ“王者(キング)”。

 そうなることを義務づけられたのが、この私──キングヘイローよ!!

 

 顔をあげて前を見つめ、そして歯を食いしばる。

 全身に気を漲らせ、脚に力を込める。

 

(今まで共に走ったウマ娘(ライバル)達の強さを証明するために──)

 

 地を蹴ってグンと加速する。

 手足をフル稼働させて、その勢いのままに他のウマ娘を抜いていく。

 

「私はもう、誰にも負けない!」

 

 共にGⅠへ挑戦を続けた、あの人の姿を頭に()ぎらせ……

 

(私とあの人(トレーナー)が積み重ねた研鑽が報われるために──)

(二人でもがき続けたことが、無駄ではなかったと証明するために──)

(私達の力が、頂点に立つにふさわしいものだと示すために──)

 

 私はついに先頭を走るウマ娘に並んだ。

 さらに強く脚を踏み込む。

 

「絶対に、勝つッ!!」

 

 そのウマ娘は1200の最速記録(レコード)を持ちm海外の重賞レースで優勝してきたまさに世界(ワールド)(クラス)の実力者。

 

「ッ!?」

 

 その前に出て──彼女の驚く顔が横目に見えた。

 その表情が後ろに流れていく。

 彼女はもう一度前に出るどころか、私について行くこともできなかった。

 それだけじゃない。

 他の誰も私の前に出ることはできない。

 私の前には誰もいない、先頭の光景を見ながら──

 

 

 ──私はそのままゴールを駆け抜けた。

 

 

 無我夢中で必死の思いで走り続け、大歓声で我に返る。

 そうしてやっと今のレースに、私が勝ったという事実に気が付く。

 今のレース……高松宮記念──つまりはGⅠレースに勝利したことに。

 

「~~~~~~ッ!!」

 

 そうして念願の、初めてのGⅠ制覇という栄冠を、私は手にした。

 その歓喜の感情の赴くままに、私は手を天に向かって突き上げていた。

 

 ──努力は、報われる。

 

 それをなによりも実感しながら。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──もちろんオレはその光景を見ていた。

 

 オレの担当である灰と青の軍服デザインの勝負服のウマ娘がバ群に埋もれた中で、後ろから一気に全てを抜き去っていった緑色の勝負服のウマ娘が勝つ瞬間を。

 もちろん負けた悔しさはあった。

 でも、勝てる武器を彼女に用意できなかったという後悔の方が強い。

 そうしているオレの近くで、痩身の男性トレーナーが呆然と立っていた。

 

「キング……」

 

 一見すると血色が悪くさえ見えてしまう彼。

 その彼は……自分の担当ウマ娘が勝った姿を目の当たりにしながらもまだどこか受け止められていない様子だった。

 

「やっと……やっと、勝てた……」

 

 そんな彼が涙を拭っていた。

 もちろん彼のことは記憶にあった。そしてその担当ウマ娘のことも。

 期待されて学園に入ってきたウマ娘で、その前評判通りに勝ち星を重ねたものの今までGⅠ勝利にだけは縁がなかった。

 様々な距離のGⅠレースに挑戦するも勝てず、それをトレーナーもだいぶ悩んでいる様子だった。

 オレみたいなトレーナーにどうやったらGⅠを勝てるか相談しにくるくらいだったんだからよほど追いつめられていたんだろう。

 去年の暮れのことを思い出し、オレはそのトレーナーに近寄る。

 そして──

 

「おめでとうございます」

「あ……ありがとうございます」

 

 目頭を抑えていた彼は、オレの祝福の言葉に頭を下げて答えた。

 涙を流す気持ちはよく分かる。

 ダイナの時は無我夢中だったからともかく、ダイユウサクの時は長く共に苦労して掴んだ勝利だったからこそ感慨深かった。

 レッツゴーターキンのときだってそうだ。長い間苦労して、その結果が報われたんだからな。

 彼女──キングヘイローも“良い成績を残しながらもGⅠだけは勝てない”という、オレの担当のウマ娘よりも一段高いところで苦労し、もがき続けてようやく掴んだ栄冠だ。

 その成果を讃えて、素直に拍手をしていた。

 そんなオレに車椅子を動かしてスッと近づき、物言いたげに見上げる視線があった。

 

「いいの?」

「なにが?」

「だってヤマちゃん、負けちゃったんだよ? 悔しくないの?」

 

 オレへの抗議というよりは、素直な疑問といった様子のミラクルバードだった。

 う~ん、事故で引退を余儀なくされる前の現役時は連戦連勝だった彼女にとっては勝利こそ全てという感覚は抜けきらないのかもしれない。

 

「ダイタクヤマトのトレーナーとしては、そりゃあ悔しいに決まってる」

「そう見えないけど……」

 

 そう言って不満そうに少しだけ頬を膨らませるミラクルバード。

 そんな彼女にオレは笑みを浮かべて答える。

 

「でもトレーナーってのは、思春期のウマ娘を指導するっていう“教育者的な立場”でもある。その視点で見れば、苦労が報われる光景には賞賛したくなるもんさ」

 

 スゴい選手がつくり出すスゴい光景というのがスポーツの醍醐味だが、それもまた醍醐味の一つだ。

 

 …………もちろん、悔しくないわけがない、けどな。

 

 でも勝者を讃えるのはスポーツマンシップだ。

 ウィニングライブでダイユウサクを支えてくれたメジロマックイーンを、ギャロップダイナをフォローしてくれたシンボリルドルフの姿をオレは決して忘れない。

 そして実際に走るワケじゃないオレでさえそれを弁えているんだ。実際に走った経験のある彼女が弁えてないはずがない。

 ミラクルバードは「うん、そうだね……」とつぶやいて、なにを思ったかキングヘイローのトレーナーへと近寄る。

 う~ん、男の心理として涙をあまり見られたくないと思うんだが……それでも勝者を讃えようとするミラクルバードの気持ちを邪魔するわけにもいかず、止めなかった。

 

「おめでとうございます、トレーナーさん」

 

 彼女は車椅子の上から見上げるように、黄色い覆面の奥の目を笑みで細めてそう言う。

 それに気が付いたトレーナーは、オレの時と同じように

 

「ありがとう」

 

 ──と返していた。

 だが、それだけでミラクルバードは終わらない。どこからともなくパックを取り出して差し出した。

 

「あのこれ、つまらないものですが……」

「焼き鳥渡すな!」

 

 思わずツッコみのように頭をパンとはたいてしまうオレ。

 一方、ミラクルバードは恨みがましい目でオレを見上げてくる。

 

「お祝いなんだから邪魔しないでよ、トレーナー」

「あのなぁ……今ここでコレもらっても困るだけだろうが。今から表彰式とかあるんだぞ?」

 

 表彰式に焼き鳥のパックを手にしながら出ろとでも言うのか、このウマ娘は。

 

「ここで食べれば大丈夫じゃない?」

()れも、()うで()ね」

「って、受け取ったアンタも食うのかい!」

 

 涙ながらに焼き鳥を食い始めた彼にツッコまざるを得なかった。

 




◆解説◆

【Can you feel my soul】
・今回の元ネタは『オーバーマン キングゲイナー』のEDテーマの「Can you feel my soul」から。
・今回の話は主役がキングヘイローだったのでタイトルは直前までOPテーマの方から「キングヘイロー・オーバー!」だったのですが、ちょっと露骨すぎるということで遠慮してEDテーマをそのまま使いました。
・キングヘイローとそのトレーナーの関係から取ったタイトルでもあるので、あながち的外れでもないと思ってます。
・え? 変える前の方がよかった? そう言われたら戻そうかな……


※次回の更新は1月17日の予定です。  

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