──高松宮記念で11着。
ダイタクヤマトの初のGⅠ挑戦の結果がそれ。
掲示板から外れた着外という意味では悪い結果だったと言えるだろう。
だが強豪
それに“
だからオレは……次のレースにはある程度の自信を持って彼女を送り出そうと思っていた。
そのはずだったんだが……
刻々と変わる川面の様子をただぼーっと眺める。
そうしていた私──ダイタクヤマトは「ハァ」と大きなため息をついていました。
こんなことをしている場合ではない、という気持ちはもちろんあるのです。
でも……
「高松宮記念の結果は、あまりにも……」
オープン昇格した私の初めての順位が
……まぁ、レース直後に顔を合わせてますけど。
ともあれ、あのような結果だったのだからもっと頑張らなければ! という気持ちはもちろんあります。
そのために今まで頑張ってきたのですし。
でも……あのレースのレベルの高さに打ちのめされたのもまた事実なんです。
勝ったキングヘイローはもちろん、ブラックホークやアグネスワールドという一流の
(なにも良いところもなく、それどころかなにもできずに負けた……)
ライバルであるダーリング殿は逃げウマ娘としてレースを牽引した。
結果的には追いつかれて沈み、順位的には私よりも下でした。
でも彼女は自分のレースが形を成していたという点では私よりも結果を残したように見えるのです。
それに対して私は、彼女を含めたあの出走メンバーを相手に手も足も出なかった。
(そんな私が、今後オープンクラスのレースを本当に戦っていけるのでありますか?)
オープンクラスでの初戦を終えて首をもたげてくる不安。
もしかすると昇格後1勝もできずにターフを去ることになるのでは?
(現に、カミ先輩も……)
かつては同じトレーナーの指導を受けた一つ上の先輩もオープン昇格後に苦しんでいるのを思い出してしまいます。
そんなイヤな考えが頭に浮かんでは消える。
ジッと川面を見つめていても、その悩みが解決するはずがないのですが、このモヤモヤはいかんともしがたく……
「……やっぱりこんなところに居やがったか」
背後からかけられた声に振り返ると、乱杭歯を見せながらニヤリと笑みを浮かべているウマ娘がいました。
見覚えのある先輩──ギャロップダイナさんです。
「ま、ここら辺にいるんじゃねえかとは思ったが、ドンピシャだったな」
そう言いながらなにやらスマホを操作しながら私の方へと近寄ってきました。
「ダイナ先輩……いったいどうしてここへ?」
「んなもん決まってんだろ。お前を探してだよ」
「え?」
「お前、トレーニングをサボって──」
先輩が言い掛けたところで「ピロン♪」と音がしました。
それで機先を削がれ、私に向けようとしていた手が宙を泳いでいます。
先輩殿は「ったく、調子が狂う……」と愚痴りながら、気を取り直して再び──
「お前、サボってこんなところに──」
再び「ピロン♪」という音が響いて先輩の言葉を遮りました。
案の定、先輩は「あ~……」と言葉を継げなくなり、それからうつむいて頭をガシガシを掻きます。そして「間が悪ぃな、本当に」と再びの愚痴。
すると続けざまに「ピロン♪ピロン♪ピロン♪」と何度も──
「あぁッ!
キレた先輩はスマホを再び操作して、誰かに電話をかけた様子。
そして出た相手に対し、「今、連れてくから黙って待ってろ!!」と一方的に怒鳴り散らして通話をきりました。
そして「ハァハァ……」と肩で呼吸をしてから、私の方を睨み上げてきたんです。
「練習出てねーんだってな、ヤマト」
「う、それは……」
先輩に指摘され、私は言葉を失います。
その通りなんです。トレーナー殿に会わす顔のない私は、チームに顔を出すことができずに練習もサボってしまいました。
とはいえ、ズル休みをするわけにもいかず、自主トレと称して学園の近くを走り、こうして河川敷まできたのですが。
「負けて気まずいって気持ちは分からなくもないぜ。だがレース後に音信不通になるのはやめとけ」
そう言った先輩は私から目をそらして大きくため息を付いた。
「ビジョウが心配する」
「トレーナー殿が?」
戸惑った私の問いに、先輩殿は大仰に肩をすくめて答えました。
チーム所属のウマ娘は私以外にもいますし、その指導で忙しいと思い込んでいたので意外でした。
「あいつ、レース後に連絡取れなくなってそのまま辞めちまったのが2人もいたからな。ある意味トラウマになってんだよ」
「そうだったので、ありますか」
先輩が少し呆れ気味でそう言ったのは私という不甲斐ない後輩に対してですかね。それとも意外と繊細なトレーナー殿に対してでしょうか。
それにしてもトレーナー殿に多大な心配をかけてしまったということですね。
本当に申し訳ありません……
「今も本人は冷静だと言ってんのに露骨に様子がおかしかったからな。そこでヒマな先輩サマが一肌脱いで探してやったってわけだ」
トレードマークとも言える意地の悪いニヤリとした笑みを浮かべた先輩がそう言いながら近付いてきました。
思わず笑みをひきつらせて、後ずさりしたくなるところでしたが……
「ほらよ!」
「え? わッ!?」
近くまできた先輩が投げた物を反射的に受け取ると、掴んだ物が意外と熱くてお手玉をしてしまいました。
そんな私の様子に声を出して笑う先輩。
冷静になればそこまで熱いものではないのに気づき、思わず恨みがましい目を向けてしまいました。
「なにもそこまで笑わなくても……」
「良いリアクションだったもんでつい、な」
それから笑みを意地の悪いものへと変えてさらに続けます。
「どうせならロンマンと組んで漫才でも始めたらどうだ? いいコンビになるんじゃねえの?」
「それは……誉めてくださっているんでしょうか?」
「んなわけねぇだろ。練習サボるような悪い後輩に
でもその活躍はもちろん知っています。
何度もGⅠや大きなレースを制し、“
(……私に彼女みたいな強さがあれば、今みたいな悩みは無かったんでしょうかね)
考えにふけって思わず出てしまう小さなため息。
それを見たダイナ先輩が少しだけ眉をひそめたのが分かりました。
「安心しろ。たとえお前がその気になっても、ロンマンの方はまだまだ引退する気は
すぐにまたニヤリと乱杭歯を見せるダイナ先輩。
彼女は自分の手元にあるもう一つの缶を私に見せると──
「……これから湿った話しようってんだ。アイスじゃ締まらねえだろ?」
そう言った先輩の笑みは、今度は意地悪さを感じませんでした。
ギャロップダイナ先輩は私と同じように川面の方へ向くと、それから缶コーヒー片手に話し始めました。
「確かに11着は上出来とは言えねえ。だけど充分な結果だったんじゃねえのか?」
「……本当に、充分な結果でしょうか?」
懐疑的な私に対して、先輩は頷いて答えてくれました。
「メンツ考えればそうだろ。右を向いても左を向いても
少し呆れたような表情で「ま、そこまでこだわる気持ちはわかんねーけどな」と遠い目をする先輩。
やはり無欲の方が、勝利の女神は微笑むのでしょうかね。
「対してお前はGⅠ初挑戦。重賞経験だってお世辞にも多いとは言えねえ。まぁ、この前まで条件ウマ娘だったんだから仕方ねえけどな」
「それは……そうでありますけど」
「そんなお前が、キングヘイローやらブラックホークみたいな連中に加え、
高望みしすぎだ、と言う先輩に私は思わず苦笑してしまいます。
なぜなら──
「最初のGⅠで
「アレが初めてじゃねえよ」
「え?」
先輩の反応に、思わず驚いてしまいました。
「あたしの場合、格上挑戦での金星のイメージが強えからな。よく勘違いされるがその前に安田を走ってる。ま、結果は言わずもがなってヤツだが……」
私自身、てっきりそうだと勘違いしていました。なによりあのレースのインパクトが強すぎますから。
すると先輩は苦笑を浮かべ──
「まさかシニアにもなってオープン昇格も出来ねえような条件ウマ娘が、同じ年に2度もGⅠに格上挑戦するとは思わねえもんなぁ」
──そう言って缶コーヒーを呷りました。
それから思い出すように小さく「あたしも思ってなかったけどな」と付け加えたのです。
「そうだったんですか……」
「いくら“
「ジュニアのGⅠですから、そうなりますよね」
私も思わず苦笑してしまう。
そもそもクラシックまでの期間を考えるとGⅠレースに挑戦できる機会が少ないですからね。ジュニアなんてさらに少ないのに翌週開催ですし。
そう思っていると「あ~、あとおタケもそうか」と先輩殿は付け加えます。
「で、シニアでGⅠ初挑戦するってことはジュニアやクラシックの時期に、GⅠに挑める実力が無かったってことでもある」
私の方へチラッと視線を向けて、「あたしもお前も、ダイユウサクもな」と付け加えます。
ダイユウサク先輩がGⅠを勝ったのは3度目の挑戦でしたっけ?
あの方は同世代のクラシックレースが終わるころにデビューしたと聞きました。
「あたしらみたいな
「でも、早熟で早く引退するウマ娘もいますよね?」
「そりゃそうだ。特にジュニアで結果残してるヤツは総じて引退が早い」
もちろん例外で長く活躍するのもいるけど、とダイナ先輩。
「早熟のヤツらが去っても晩成のヤツらが加わって、強豪と言われるのは人数的にトントンってところだろうな。だがシニアGⅠが厳しい理由はそこじゃねえ」
「その理由は?」
私が問うと、ダイナ先輩はニヤリと笑みを浮かべます。
「決まってんだろ、同期以外とも競うってことだ。お前の戦場である
クラシックレースは基本的に中距離から長距離で、一番短い桜花賞でも1600のマイル。短距離レースは存在しません。
だから純粋な
(ダーリング殿もその一人……)
彼女と初めて顔を会わせたのは去年でしたが、彼女にしてみればクラシックの年でしたから。
「そういう意味でも短距離はレベルが高いんだよ。早くから上と競って結果出す必要があるし、だからこそ早い時期からハイレベルなレースで揉まれているってことでもある」
再び缶コーヒーを呷るダイナ先輩。
「ただでさえ難易度の高いシニアGⅠな上にハイレベルな短距離。普通に考えたら初挑戦でいい勝負ができるわけがねえよ」
「それは……」
再び川面へと視線を移した先輩は、どこか呆れたような目をして苦笑した。
「もしそんな実力があったなら、そいつはとっくにどこかでGⅠに出走してるはずだからな」
「だから初挑戦で良い結果が出なくても気にするなってことでありますか?」
それがウジウジと悩んでいる自分への、そして自分の高くはない実力への皮肉のように聞こえ、つい問い返してしまいました。
言ってから「失敗した」と心配しましたが、先輩は気を悪くした様子もなく返してきました。
「もちろん初挑戦で
一人が失敗しても、他が失敗するとは限らない。
もしも絶対的な一人が注目されていたレースはその一人の一挙手一投足に他が振り回される。
だからその一人が致命的なミスを犯したとすれば……勝利は幸運なウマ娘に転がり込むこともある。
それが実力伯仲のウマ娘が多数混在しているレースであれば、隙あらば他の実力のあるウマ娘につかれることになり、共倒れになる可能性は低い。
そんな先輩殿の仰ることはわかります。
だとしても──
「でも、私は自分の走りができませんでした」
それは私のような実力の劣るウマ娘は最善を尽くせなければ、話にもなりません。
そんな──〈
ダイユウサク先輩の内から切り裂くような末脚。
レッツゴーターキン先輩の大外一気。
サンドピアリス先輩の混戦からの抜け出し。
そしてもちろん……目の前にいるギャロップダイナ先輩の《皇帝》さえも倒した直線での追い上げ。
いずれも“自分の走り”をしたという大前提があってこそ。
トレーナー殿からの「自分にできないことをするな」という言葉も、裏返せば「自分のできる形にしろ」ということでもあるわけで……
「……“逃げ”られなかったことか? 」
先輩の問い返しに私は頷きました。
私の得意──いえ、唯一の武器である“逃げ”。
それだけを磨き上げてきたはずなのに、その形にすることさえできませんでした。
そのことを後悔していると、先輩はあからさまに呆れたように大きくため息をついたんです。
「あのなぁ、ヤマト……そんな実力巧者が集まってんだぞ。相手に得意な走り方を簡単にやらせるわけねえだろ」
「え……? でも自分のような弱小ウマ娘のことを警戒する方なんているはずが──」
「そいつはあたしらのせいだな。お前のチームの
さも楽しげにニヤリと笑うダイナ先輩。
「
「全員分でありますか?」
「今は一度に走る人数も減ったから昔に比べれば楽なもんだろ」
さも簡単なことのようにあっけらかんと言う先輩。
「実力の高い強豪ウマ娘と言われる連中が、身体能力任せで重賞制覇してると思ったら大間違いだってのは、あたしも
速いウマ娘が強いんじゃない。
そんなヤツがさらに研究という頭脳戦まで持ち出して必死で勝ちにくるから強いんだ、とダイナ先輩。
「西部劇であるような場末の酒場での
先輩はコンコンと自分の頭を小突きながらそう言います。
「それに、お前を塞いだヤツは以前に同じレースで走ったことあったよな?」
「はい……」
「そいつが同じ“逃げ”を得意とするヤツなら潰してくるのも当然だ」
先輩に指摘されて考えれば考えるほど、自分が情けなくなってきます。
そうして落ち込んでいる私に気づいたのか、先輩は苦笑を浮かべて励ましてくださいました。
「逆に考えろ。海外GⅠとってくるような強者に、お前の“逃げ”は警戒されたんだぞ? それってお前の脚が
「本当に、そうでありましょうか……?」
「そうだぜ。で、お前はあのレースでは“逃げ”に入ることさえできなかった。つまりお前の“逃げ”がアイツらに通じなかったわけじゃねえ。その上、強豪相手にその手の内を見せてさえ無いってことだ」
──お前はなにもできなかったワケじゃない。
──なにもできなかったことで、できたことがある。
ダイナ先輩はそう言いました。
「出走メンバー全員を気にするような強豪連中サマは、お前のことを低く評価するだろうな。『ああ、
そう言ってダイナ先輩はニヤリと不敵な笑みを浮かべました。
それはトレーナー殿も見せるもので──
「いい感じに布石が打てたじゃねえか。“
「布石……でありますか?」
「ああ、そうだ。なにしろあたしもダイユウサクもターキンも、
ダイナ先輩は、私の背中をバンと強く叩きます。
「次の挑戦のためにもしっかりオープン特別とか走って足元を見つめて来い。オープン昇格してからまだ走ってねえだろ? 悩むのはそっちで勝てなくてからでいいさ」
「…………はい」
先輩の言葉に私は大きく頷いたのでした。
──この直後、私はトレーナー殿のところへと馳せ参じ、「御心配をおかけして申し訳ありませんでした」と頭を下げ、その指導を受けたのです。
そうしてトレーニングを再開して……私はオープン昇格後の2戦目を迎えたのでした。
◆解説◆
【打ち砕かれた自信】
・今回の元ネタは『宇宙戦艦ヤマトⅢ』の第21話、「打ち砕かれた希望」から。
・なぜか『~2』を飛ばして『Ⅲ』から。
・今回の状況でちょうどよく使えそうなタイトルが無かったんですよね……
【2人】
・ヘヴィータン……じゃなくてパーシングと、レッツゴーターキンのこと。
・奇しくも第一章と第二章でそれぞれ一人ずつという……第三章でも誰かそうなるんでしょうかね。
・パーシングの場合、第一章よりも前の話ですけど。
・トレーナーにとってはやっぱりかなりショックだったようです。