──8月後半
(これ以上、遅くなることは許されません……)
レース開始直前。
7月の漁火ステークスの後に出走した8月の前半のオープン特別。その結果は再びの2着。惜しいところでまた手が届かなかったのです。
(でも……)
オープン特別で2着。
それが確かな手応えと、このクラスのレースでも十分に戦えるという自信になったのです。
(ですから……勝つ)
目を見開き、スタートに備えます。
このオープン特別で勝利を収め、再びオープンクラスへと昇格する。
そしてそこでまた、
(ヤマトさんをこれ以上待たせるわけにはいきませんわ!)
8月が終われば9月に入り、秋レースが始まってしまう。
なんとしてもその前に、
(とはいえ……)
なりふり構わず、という気構えであればレースのグレードを下げて自己条件での出走をすればいい。
その考えが頭を過ぎらなかったわけではありません。
しかし、そのようなことをしてしまえば、トレーナー様に見限られてしまうことでしょう。
『相生さんの好きな言葉は“初志貫徹”よ。よく変更を許されたわね……』
とは、当初の自己条件での昇格からオープン特別への出走へ変えた
相生トレーナーは私のことを見限るどころか、熱心に指導してくださっています。
『ハードル下げたんならともかく、逆に上げて自分を追い込んでいるんだから、むしろ相生さん好みの道だろ、それ』
驚きながら不思議そうにしていた巽見さんに、同じ部屋にいて話を聞いていた乾井トレーナー様がそう仰っていました。
それを信じるのなら、再び変更するようなことがあればトレーナー様に失望されてしまうのは間違いありません。
(なにより、
今まで中長距離を主戦場としていた我がメジロ家で異端児とも言うべき
それがなければ、中央トレセン学園に来ることさえかなわなかったことでしょう。
その大きな期待に、今の
メジロ家の新たな道を拓く──家の名を背負う以上はその名に恥じぬように、メジロ家のウマ娘に相応しい立ち居振る舞いというものがあるのですから。
(オープン昇格などという通過点のために、その矜持を捨てるなどありえませんわ)
より高いハードルを越えることにこそ意味があり、そこで掴んだ勝利こそ価値がある。
──ゲートが開いてレースの幕が上がる。
それを掴むために、
──9月。
自分のトレーナー室の机についていたオレは、画面に映し出されているレースの映像をジッと見つめていた。
先日開催された重賞レース、セントウルステークスの映像である。
そのレースにはオレの担当しているウマ娘が出走していた。
芝1200の短距離GⅡレースというレース条件を挙げれば、誰が出走したかすぐに理解できるだろう。
言わずもがな、ダイタクヤマトだ。
「…………」
オレが黙ってみている中、出走した16人のウマ娘はそれぞれに全力で駆け、そしてゴールの前を通り過ぎていく。
その光景を見て、オレは思わず腕組みをしながら、イスの背もたれに寄りかかった。
「7着、か……」
お世辞にもいい結果を残した、とは言い難い成績だった。
7月の頭に重賞に出走したダイタクヤマトを、オレは予定通りにそれ以降を完全に休ませた。
8月は重賞が無い上に、そして過酷な気温からレースに出走した場合の体への負担が大きい。
最近のURAはそんなウマ娘達が出走を避けがちな夏シーズンに、どうにか彼女たちをレースに引っ張り出して盛り上げていこうとしている雰囲気はある。
(とはいえ、まだまだ夏の出走を避ける傾向は強い)
夏に合宿をやって実力アップを図ったり、秋レースに備えて調子を合わせるのが“王道”という流れは変わっていない。
オレもそれに乗ってダイタクヤマトには秋に備えたわけなんだが──こと短距離戦線に関して言えば、昨年とは事情が大きく様変わりしている。
オレが頭を悩ませているのは、この後のダイタクヤマトの出走計画だった
「セントウルステークス、か……」
過去に、オレは他のウマ娘をこのレースに送り出したことがあった。
そう、ダイユウサクだ。
当時はまだ条件ウマ娘で、オープン昇格のために必死になっていたころのこと。本当に懐かしい。
この重賞で3着に入ったことが自信となって、次のムーンライトハンデで勝利してオープン昇格したんだったな。
純粋な
(あの年は結果的には最強ステイヤー・メジロマックイーンとかち合う秋の天皇賞を避けて短距離・マイル路線へと舵をきったからな)
9月頭に開催されるセントウルの頃はまだそれを決め切れておらず、それを避けて夏休み明けは得意の2000メートルのレースを走らせた。
しかし短距離路線と最初から決めていればセントウルステークスやスワンステークスという短距離重賞を走り、マイルチャンピオンシップを経て、12月開催のスプリンターズステークスを最終目標とする。
それがあの頃の
実際、後輩の朱雀井が担当したウマ娘はその王道を経て、その年のスプリンターズステークスを制している。
しかし……
「……
秋レースのスケジュールが大幅に変わったのだ。
その影響を特に顕著に受けたのこそ、
昨年まで12月の有馬記念の前週に開催されていたスプリンターズステークスが大幅に前倒しになり、なんと9月末か10月頭になる週へと開催が変わった。
「開催時期の変更はともかく、2ヶ月はあまりにデカすぎる……」
秋レースを戦い続ける中で調子を上げていき、そして最後に最高の舞台を迎える……それがスプリンターズステークスだったのだ。
例えるなら時期的にも
それが秋レースの中頃どころか序盤から中盤にさしかかるあたりでの開催に変更になれば、その影響は本当に大きい。
「去年までだったら、まだ調子を見る余裕があった」
スワンステークスのような短距離重賞への出走を重ね、そこでの結果で実力と調子を見極めてスプリンターズステークスへの出走を決めることができた。
しかし今年からはそれを見極めるべき
「確かに函館スプリントでは2着だった。だが……」
ハッキリ言ってしまえば、あのレースはメンバーが弱かった。
開催が夏だったというのもあっただろう。
しかし今回のセントウルは明らかにメンバーが違う。
「ブラックホークやスギノハヤカゼ、マイネルラヴ……重賞をとったり上位に入ってる連中が複数いた。その中でダイタクヤマトは……」
今し方見ていた映像を思い出す。
ダイタクヤマトは高松宮記念と同じように前の方にこそいたものの、
前走の函館スプリントの見る影もなく、彼女の強みをまったく発揮できなかったと言える。
「やっぱり
それで最後に追いつかれたという展開だったならともかく、自分のレースができていないのだからそれ以前の問題と言える。
函館スプリントでできていたものが、出走メンバーが強くなったセントウルでできなかったとなれば、その原因は明快だ。
「たとえオープン
オープン特別では勝利し夏の重賞では2着と結果を出しているのだから、そこまでの実力はある。
しかし重賞常連で、しかも上位に食い込んでくるような連中相手では実力不足なのは、高松宮記念と今回で明らかだった。
「そうなるとスプリンターズステークスは回避する、しかないか……」
いくら数少ない
ましてGⅠは高松宮記念ですでに経験している。経歴に同じ箔を付けるよりも結果を重視するべきだ。
それにダイタクヤマトが意識している
(ま、それでもキッチリ秋までに昇格させるあたり、さすが相生さんだよな……)
今年は開催時期が早まったせいでスプリンターズステークスには間に合わなかったが、去年までなら十分に間に合っていただろう。
一方オレはといえば、去年のスプリンターズステークスにダイタクヤマトの昇格を間に合わせることができなかった。
(去年のメジロダーリングが昇格直後に出走してるのを見ると、やっぱりさすがの手腕だな)
ひょっとしたら昇格しなていなければスプリンターズステークスに格上挑戦で出走したかもしれない、とふと思う。
だが実際には彼女は昇格し、おかげで今まさに休養に入っている。実際に前哨戦のセントウルステークスにも出走しなかったのを見るとスプリンターズステークスは回避と見てほぼ間違いない。
その彼女が出てこないとなれば、ダイタクヤマト自身が「出走したい」と主張することもないと予想がつく。出てくるのなら絶対に「出る!」と言い張るだろうが……
そう考えれば、まだ実力的に厳しいスプリンターズステークスを回避してオープン特別あたりに出走して貪欲に勝利を取りに行くべきだろう。
「……だけど、なぁ」
オレは目の前の端末を叩いて、今後のレース開催計画を眺める。
10月の終わりに開催のスワンステークスには挑戦したい。
短距離専門のダイタクヤマトにとってスプリンターズステークスを回避すれば、次のGⅠは来年3月の高松宮記念になる。
そこにはなんとしても出走させたいし、それに通じる実力を持たせなければいけない。
そのためにも重賞経験を積み重ねたい、と考えての判断だ。
「
開催スケジュールを見てオレはため息をついていた。
スワンステークスまでの間のちょうどいい開催時期に、ちょうどいいくらいの芝短距離のオープン特別が見あたらなかった。
そうなるとダイタクヤマトにとってはレース期間が開いた上に、重賞を連戦ということになる。
(そこで結果を出せればいいが……スワンステークスでも同じような負け方をすれば、問題はより深刻なことになりかねない)
自分の実力に自信が持てなくなり、一度疑ってしまえば……精神的な枷は本人を長期間苦しめることになる。
ダイタクヤマトは函館スプリントの好成績で自信を持ったところだろう。その上でのセントウルでの敗北は精神的に堪えているはず。
スワンステークスでそれを繰り返せば、負け癖がつく事態も十分に予想できる。
(思えば、ダイユウサクもレッツゴーターキンも
年始に金杯を制したあの年のダイユウサクは、春レースこそ惜しいところはあったものの足の爪を
ようやく勝利したのは12月の阪神レース場改装記念特別で、そこでの活躍を認められての推薦で有馬記念に出走できた。
そしてレッツゴーターキンは奇しくもそれと同じころに不振が始まって〈
そしてもしも次、同じような負け方をすればダイタクヤマトにも同じことが起こりかねないとオレは危惧している。
「だからこそスワンの前には一度走っておきたいところなんだが……」
思わず頭をかきむしってしまう。
このまま悪いイメージのままでスワンステークスに出走させたくなかった。
しかし出走できるレースがない。1200の条件戦の開催はあってもダイタクヤマトは出走できないからどうしようもない。
いったいどうしたら……いっそ、スワンステークスを回避してオープン特別に出すか?
「いや、それは弱気すぎるだろ」
短距離の重賞だってそんなに数があるワケじゃない。
スワンステークス以外にはCBC賞くらいしか秋の短距離重賞はない。
高松宮記念だって、春レースでは早い方に開催されることを考えれば、秋での重賞出走は必要だし重要だ。
逆に、もしも秋の重賞で結果を出す──少なくとも実力上位の連中相手にも通じるという確信が得られなければ、来年の高松宮記念出走も考え直す必要が出てくる。
(そうなると……)
オレは思わず拳を握りしめていた。
その先──来年の秋となってしまえば、はたしてダイタクヤマトは走れるだろうか?
今のままならオープン特別くらいなら十分に通じる実力を持っているし、勝てる見込みはある。
しかしその上の重賞を勝つウマ娘になるには、さらに一つ上の高みに昇る必要があるとオレは感じている。
そう、あと少し……ほんの少し、なにかが足りていない。
(……それを補う“なにか”を探すにしても、問題はダイタクヤマトの年齢だ)
彼女の同期たちは
彼女自身も成長線がいつ頭打ちになり、それどころか下り坂に入ってもおかしくない。そんな年代だ。
(ダイタクヤマトは今年の秋の重賞に出られなくて、来年のスプリンターズステークスに出られるか?)
そう考え──オレは、決意する。
勝負をかけるなら今しか、無い。今年の秋に勝負を仕掛けなければ、ダイタクヤマトはここまでのウマ娘ということになってしまうだろう。
そうなるとますますスワンステークスの重要度が増す。
そうなんだが……となればやっぱりセントウルの後に一度も走らせずにスワンステークスを走らせたくはない。
「………………いっそ、発想を逆にしてみるか」
スワンステークスの前にダイタクヤマトが走れる可能性のあるレースが、一つだけある。
そう、スプリンターズステークスだ。
もちろんオープン特別とは比べものにならないほど難易度は高くなるし、セントウルの二の舞──高松宮記念を入れれば三の舞──になる可能性はかなり高いと言えるだろう。
だが……
「仮に同じように
セントウルステークス以上の実力者が集まる、まさに今の
いってしまえば「負けて当然」「ダメもと」というヤツだ。
それよりも、そんな最高峰のレースを走ること自体がダイタクヤマトにとって良い経験を積むことになるはず。
それがスワンステークスにつながり、そこで結果を残せれば……さらにその後につながっていくはず。
正直な話をすれば、そういう出走のさせ方はオレの「勝機が全くないレースには出さない」という信条に反するからしたくはない。
レース最序盤で抜け出して
「……待てよ?」
考えにふけっていたオレは、あることに気がついた。
高松宮記念に、今回のセントウルステークス……ダイタクヤマトは一度も
そして函館スプリントステークスは
つまり──
「……勝算が“無い”わけじゃあない、な」
オレは思わずニヤリと笑みを浮かべていた。
ダイタクヤマト本来の走りがGⅠで通じるかどうか──そこにオレは“
「しかしさすがダーリング殿ですね。早々と昇格を決めたんですから」
「そんなこと……本来であれば、7月のオープン特別で決めておくべきでしたわ」
学園内の廊下を私──ダイタクヤマトはダーリング殿と歩いていました。
彼女が約束通りにオープンクラスへ再昇格したことは本当に嬉しく思わず笑顔になってしまいますが、対照的に彼女の表情は曇っていました。
「8月を休養に当てられれば、間に合ったかもしれませんのに……」
「間に合う? 何にでしょうか?」
「決まっていますわ。秋の短距離GⅠ、スプリンターズステークスです。
曇っていた表情を不満げなものへと変えるダーリング殿。
「よりにもよって今年から開催日を2ヶ月も前にするだなんて……ついていませんわ」
今年は重賞のスケジュールに大改訂があり、特に例年12月──ジュニアのGⅠと有馬記念の間の週に開催されていたスプリンターズステークスは、10月の頭に開催と大きな変更がなされたのです。
でも、それを聞いたときに私が思ったのは──
「2ヶ月も間があったら、もっと調整も楽だったでしょうね……」
──スプリンターズステークスに出走した翌週に有馬記念へ出走したダイタクヘリオスさんのことでした。
もしも次週の有馬記念を考慮しなくてよかったら、思い切った走りでスプリンターズステークスを制したかもしれない。
もしも前週にスプリンターズステークスを走っていなければ、有馬記念を逃げ切ったのはメジロパーマーさんではなかった可能性だって……
「まったくですわ。今までとのあまりの差に、去年出走された皆さんも調整を苦労しているという話をよく耳にしますもの」
その勝者と同じメジロ家出身のダーリングさんは、どうやら私の独り言を勘違いされている様子。
独り言を聞かれてしまった気恥ずかしさと、ストレートに不満をぶちまける彼女の姿に思わず苦笑をしていまいます。
「そういえばダーリング殿は、去年
「その通りですわ。ですが今年は誠に残念ながら観戦するしか……」
「では、今年は私と立場が逆転ですね」
「……はい?」
私が言うと、驚いた様子でギュンと勢いよく首をこちらに向けてくるダーリング殿。
その剣幕に驚いてしまうわけですが──
「ど、どういうことですか!? ヤマトさん!!」
「どういうもなにも、今年のスプリンターズステークスに私は出走する予定で、逆にダーリング殿は出走しないとのことでしたので……」
「それですわ! なんで!? どうしてスプリンターズステークスに出走を? そうと知っていれば、
さっきまでの不満顔から一転、絶望的なまでに悲しげな表情へ変えたダーリング殿。
彼女が言うにはトレーナーの相生さんが「セントウルの結果を見れば出てこないだろう」と確信し、裏付けるように巽見さんも「先輩の信条を考えたら出しませんよ」と言ったので回避が決まったそうです。
おかげで10月までの休養になっていたようですが……
「今からでも遅くありませんわ!
「さ、さすがにそれは間に合わないんじゃないかと思いますが、ダーリング殿」
相生トレーナーの下へと駆けようとするダーリング殿を必死に引き留めることになったのでした。
まぁ、それから彼女からは泣きそうな顔で「ズルいですわ」「あんまりですわ」とさんざん言われることになったのですが……
◆解説◆
【急げダーリング!!
・今回のタイトルは本章第19R「急げヤマト!!
・その割にはダーリングの昇格シーンをカットしているような……
・それは主人公とそうでないウマ娘の差と言いますか、ここでダーリングに視線をズラしてしまうのはあまりにも横道にそれ過ぎてしまう感があるのでサラッと流しました。
・あまり寄り道している暇もなくなってきたので……
【セントウルステークス】
・今回のレースに該当するモデルは、2000年9月10日に開催された第14回のもの。
・例年通りの阪神競馬場芝1200で開催。当日の天気は晴れの良馬場。
・優勝したのはビハインドザマスク。1996年生まれでメジロダーリングの同期。
・この年の6月にオープン昇格して、本章で何かと縁のある北九州短距離ステークスにオープン特別に初挑戦して勝利。その後の小倉日経オープンでも勝利して3連勝で重賞初挑戦。
・前年と前々年のスプリンターズステークス覇者やら強敵たちを破って初挑戦で重賞制覇。
・新進気鋭の実力者となり、4連勝という絶好調の状態で晴れてスプリンターズステークスへと駒を進めることになります。
・そして2着は前年のスプリンターズステークス覇者であるブラックホーク。3着は出走馬中最高齢(93年生まれでエアグルーヴやシンコウウインディが同期)だった古豪スギノハヤカゼ。
・4着には前々年(98年)のスプリンターズステークス覇者のマイネルラヴが入りました。
・なお、セントウルステークスについての解説はこちら。
・そこにある「2000年から1200になった」という、まさにそのレースがコレでした。
・それ書いてる当時はそのレースに触れるなんて思ってもいませんでしたが。
【大幅に変わった】
・この変更、地味にウマ娘だと困る話なんですよね。
・2000年よりも前に活躍した競走馬だと、今の開催時期とあまりにも違い過ぎて、ゲーム版だとかなり違和感があります。
・例えばダイイチルビーとか……史実をなぞればマイルチャンピオンシップで負けた悔しさをバネにスプリンターズステークスで勝利、という感じなのに順番完全に逆になりますからね。
・シンデレラグレイだと昔のスケジュール通りに話が進むのですが。
・なお、本文中に出てくるCBC賞ですが、ダイユウサクの時は6月開催で2000年は12月開催になのですが、変わったのは1995年からでこの時のスケジュール改編は関係なかったりします。
・しかも2006年以降は上半期の6月や7月の開催に戻ってるし。
【昇格】
・メジロダーリングは8月の最後になる札幌開催のオープン特別、キーンランドカップで勝利して再昇格を果たしています。
・前の3レースが3着、2着、2着と惜しかったので無事に昇格出来てなによりですね。
・そして2か月で4レース走って無理をさせたので休養に入りました。次のレースは10月の終盤となります。