見えぬ輝きの最南星《アクルックス》   作:ヤットキ 夕一

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「では、行って参ります!」

 そう仰った(わたくし)好敵手(ライバル)、ダイタクヤマトさんは軍服風の勝負服に合わせるかのように、キビキビとした動きで顔の前に右手をかざして敬礼をしました。
 そして(きびす)を返すと、スタート地点のゲートへ向かって駆けていきます。
 その姿を見送り──

「パーマーさん、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「なに? ダーリング」
「今日のヤマトさん、どう見えました?」
「調子ってこと?」
「はい」
「うん……普通、かな」

 (わたくし)が頷くと、パーマーさんはとても答えづらそうに苦笑しながらも答えてくださいました。

「悪くは見えなかったけど、良さそうにも見えなかった。今日のレースは……正直言うと厳しいかも。あのメンバーを相手に彼女がいつも通りだったとしたら、ね」

 最後の言葉を真剣な表情で言ったところが、パーマーさんの本音であることを如実にあらわしています。
 調子が良いウマ娘はやはりレース前の様子に如実に顕れると言われております。
 いつも以上に動く体のおかげで、どうしてもやる気や自信が表情や態度に出てしまいますわ。

(場合によっては充溢した気が体からあふれて立ち昇るように見える──などという噂もありますし)

 そしてもちろん調子が悪ければ実力を十分に発揮できませんし、逆に良ければ実力以上の力が出て良い結果を残せるのです。
 そして今回出走する強豪たちに対し、ヤマトさんは実力以上の力を出せなければとても太刀打ちできないというのはパーマーさんならずとも誰もが感じていることです。
 それを踏まえての感想なのでしょうが……(わたくし)の意見は違うのです。

「パーマーさん……ああ見えてヤマトさん、絶好調なはずなのですわ」
「えぇ!?」

 ヤマトさんを遠目で見ていた(わたくし)の顔を、驚いて思わず見るパーマーさん。
 それから確かめるようにヤマトさんの方を振り向き、それが信じられなくて何度か視線を往復させていました。

「本当に? とてもそうは見えないけど……」

 パーマーさんは春秋の最強決定戦(グランプリ)を制した上に、障害レースの経験さえあるほどレース経験豊富な方。その目をもってしても(わたくし)の言葉は信じられないようです。
 確かに(わたくし)の目が公平さを欠いているのでは? と疑う気持ちはわからなくはありません。
 しかしもちろん、そう断言できる根拠があります。

「実は先日、内緒で合わせをやらせていただいたのですが……」
「それ、御婆様が知ったら怒られるんじゃない?」
「ええ。ですから黙っていてくださいね」

 思わず悪戯っぽい微笑みで誤魔化します。
 (わたくし)も休養明けのレースに向けて調整を始めなければなりませんでしたから、渡りに船だったのですわ。
 その時の話ですが──

「ヤマトさん、走り始めたら別人のようでしたわ。明らかにいつも以上の速さが出ていました。何度も本番(レース)で共に戦ったからこそ違いが分かるのです」
「確かにそれなら絶好調なんだろうけど……でも、今日の様子はとてもそう見えないけど?」
「はい……でも不思議なことに、その時からその絶好調がまったく表に出ておりませんわ」

 そう言うとパーマーさんは訝しがるように(わたくし)をのぞき込みました。

「それって……いつも通りにしか見えなかったってこと?」
「ええ。調子の良さに気をはやらせることもやる気をあふれさせることもなく、まさに自然体といった様子でしたわ」

 おかげで(わたくし)の調子が狂いそうでした。いつも通りの様子で今まで以上の実力を出すのですから。
 むしろ逆にこちらの調子が悪いのかと勘違いしそうになってしまうほど。

「ですから、今のヤマトさんは傍目には分からないでしょうけど、最高の状態に仕上がっているはずなのです」
「それって……そんな話を聞いたら、あの時のことを思い出しちゃうんだけど」

 そう言ってパーマーさんは、〈アクルックス〉メンバーの方へ──レッツゴーターキンさんへと視線を向けました。

「あの時の彼女も、特別に調子がいいとは感じなかったんだけどね」

 そしてその傍らには、有記念でマックイーンさんを破ったダイユウサクさんもおられます。
 特集で目にしたことがありましたが、彼女は担当の乾井トレーナーに『今までで最高の仕上がりで、同じ状態にしろと言われても再現できない』と言わしめた程の絶好調だったそうです。
 にも関わらず、当時の人気は下から2番目の(ブービー)

(しかしよく考えれば……ハッキリ言ってそれは異常なことですわ)

 引退レースだから出走したほどに絶不調だったウマ娘しか下にいない程度の人気しか集まらなかった事実。
 もしもそれがモントレーさんが負けたサンドピアリスさんのように、それまでの成績を考えれば人気が極端に低いというのならまだ分かります。しかしダイユウサクさんは直前のレースでは圧勝していらっしゃったのですわ。
 その結果を踏まえた上でレース前に絶好調なのが見て分かれば、そのような人気になろうはずがありません。
 無論、レース前の姿を大勢のファンが見ていて、その中には目の肥えた競走(レース)ファンも大勢おられたはずだというのに……

「つまり、観客も含めて真の調子には気づいた方はいらっしゃらなかったということ……」

 それに気づいたからこそ、(わたくし)は思い至ったのです。
 世間を驚かせる勝利を掴む〈アクルックス〉の──乾井備丈トレーナーが“ビックリ箱(ジャック・イン・ザ・ボックス)”たる所以はそこにあるのかもしれない、と。
 勢いよく照りつける太陽や激しいゲリラ雷雨をもたらす猛暑の夏空のような激しいものではなく、澄み渡った秋空のような泰然自若たる──言うなれば“自然体の絶好調”。

「そう。今日のヤマトさんこそまさに──“見えぬ輝き(ダークホース)”」

 端から見ても誰も気づぬその状態こそまさに〈アクルックス〉の真骨頂であるとしたら……(わたくし)は彼女のチームの先輩方の顔を思わず見てしまうのでありました。



第29R 激戦! スプリンターズステークス(短距離最強決定戦)

 

 このレースに挑むにあたり、トレーナー殿から指示されたことがありました。

 挑戦が決まったとき、もちろん私は不安しかありませんでした。

 

「もちろん勝つつもりだぞ?」

 

 出走の真意を問うた私に、トレーナー殿はこともなげにそう言いました。

 そして勝つための策としてトレーナー殿が出したのは──

 

「『できることをする』こと。そして、『できるないことをしない』こと。その2つだ」

 

 思わず呆気にとられた私。

 その顔を見たトレーナー殿はさすがに──

 

「もちろん『できること』をただやるだけじゃ、あのメンバーには勝てないけどな」

 

 そう言って苦笑しました。

 曰く、「重賞実績だけなら、有記念や宝塚記念だってそうは揃わない豪華メンバー」と評していましたし。

 

「だからただやるだけじゃ到底足りない。『できることをする』ことに全力を尽くすんだ。そうでなければ“万が一”の勝利はない。その僅かな機会をつかむことさえできないんだ」

 

 そう言ってトレーナー殿は作戦を伝えてきました。

 それは──

 

「なんとしても先頭(ハナ)に立て」

 

 そう言ったトレーナー殿。

 もちろん、それにも呆気にとられました。だって“逃げ”なんて今までの作戦とまったく同じなんですから。

 あの不可能を覆す奇跡を起こしてきた“ビックリ箱(ジャック・イン・ザ・ボックス)”ですよ? どんな奇策を使うのかと期待するじゃないですか。それなのに……

 私がそれを口にすると──

 

「“逃げ“以外? それで勝てるのか? もちろん1人や2人じゃなくあのメンバー全員相手にしてだぞ」

「そ、それは……」

「言っただろ? 『できないことはするな』ってな」

 

 口ごもる私にトレーナー殿はそう言って不敵な笑みを浮かべたのです。

 確かに、付け焼き刃が通じるようなメンバーではありません。

 それでも私は首をかしげてトレーナーを見ます。

 

「確かに私には“逃げ”以外の選択肢はありません。でも、それが通じる相手とはそれこそ思えないのですが……」

「それが、そうとも限らない」

 

 そう言ってまずます自信を不敵な笑みを深くするトレーナーに、私は困惑してしまいます。

 

「序盤から先頭に立った全力の“逃げ”。それをお前は今回のほとんどのメンバーに対して手の内を見せていないんだ。高松宮記念もセントウルでは先頭を取れずに3、4番手だった。上手く先頭に立てた函館スプリントに出走していたのは先着したタイキトレジャーだけ」

「あ……」

 

 彼女に負けたことに一抹の不安を感じなくもないですが、トレーナー殿曰く「あの豪華メンバーの中では気にするような相手じゃない」と続けました。

 むしろ勝てたからこそ油断している、とも。

 

「自分に自信を持て。今のお前の“逃げ”ならあの連中にだって通じるレベルになっている」

 

 そう言われた私は自分を──いえ、そう仰ったトレーナー殿の言葉を信じて、私は今回のレース──先頭(ハナ)を全力で奪いに行ったのです。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 

『一瞬の祈り、スプリンターズステークス……スタート!』

 

 

 実況の声と共に戦い(レース)の火蓋は切って落とされたのでした。

 

 

『少しばらついたたスタートとなった。タイキブライドル後ろからです』

 

 

 スタートは成功。

 順調に前に出ることができた私ですが──いざ先頭(ハナ)を狙おうとしたところ、スッと現れたほかのウマ娘に奪われてしまったのです。

 

 

『さぁ、先頭争い。叩いてダイタクヤマトそれからタイキトレジャーという8枠の2名が好スタート、中をついてユーワファルコン、この辺り行きたいところ』

 

 

「前にいるのは──」

 

 その姿は以前に競った時に見たアグネスワールドの背でも、直前のセントウルで見続けることになったブラックホークのそれでもない。

 

「──たしか、11番のウマ娘……」

 

 その番号には覚えがありました。

 出走表を見ながらトレーナー殿が各ウマ娘の注意する点を挙げていたときのこと、彼女についても話をしていましたから。

 

 

「出走メンバーはお前ともう1人以外はみんな重賞勝利の経験がある。だが、その中で11番と14番の2人だけは意味合いが違う」

「意味合い、でありますか?」

「ああ。他はともかくその2人は今年がクラシックの年で、制しているのも中日スポーツクラシックステークスにチューリップステークス、どちらもクラシック限定のレースだ」

 

 ジュニアやクラシックのような出走する世代が限られるレースと、年齢に関係なく出走できるシニアのレースには大きな差があるのです。

 上の世代とは積み上げてきた鍛錬と経験の差があって、下の世代が勝つにはそれを覆すほどの才と実力がなければかないません。

 

「……ま、中長距離しかないクラシック三冠はもちろんトリプルティアラだってマイル戦までだ。お前らのような短距離走者(スプリンター)から見ればそっちを早々に見切りをつけて、早い内から適正距離の無差別(シニア)に出て経験積んだ方がいいと考えるのもうなずける」

 

 それで勝てるウマ娘もいるけど、それは天才といわれるようなごく一部のウマ娘。

 そして彼女たちは、そうではないとトレーナー殿は断言したのです。

 

「本当に天才だったらシニアの短距離重賞に出走して結果を残すか、距離適正をある程度無視してでもクラシックGⅠに出てるはずだろ。しかしこの2人は違う。乱暴な物言いになるが、同世代と競っていい結果を残しただけの言わば井の中の蛙だ」

 

 ()()()の重賞を制していないという点では、私やタイキブライドルと同じだと言いました。

 だからこそ、他のウマ娘たちに比べれば実力的には一段落ちる、と。

 

(だからこそ、彼女には負けられない!)

 

 前を走るウマ娘への対抗心がわき上がってきました。

 トレーナー殿の指示は『先頭(ハナ)をとれ』です。2番手ではそれを達成していません。

 なんとしてでも前に出なければ。

 その思いで仕掛けたのですが──

 

「ッ!」

 

 彼女は私の仕掛けに気づいてペースを上げ、前を譲りません。

 なんの、負けてなるものですか。

 このままペースを上げて、前のウマ娘を──

 

 ──その時でした。

 

『言っただろ? 『できないことはするな』ってな』

 

 トレーナー殿の言葉が頭をよぎったのです。

 それで頭に登っていた血がスッと下がるのを感じました。

 そして──

 

(これ以上のペースで走ったとして、最後まで走れるのでしょうか?)

 

 この大舞台、私がムキになって前を追いかければさらにペースは上げてくるはず。

 途中で相手が諦めて先頭に立てたとしても、それは一時的なこと。ここで脚を使ってしまえば、最後まで保つわけがありません。

 それを周囲の強豪達が見過ごすわけが無いじゃないですか。

 

(そうです。そのペースで走りきるなんて、私には“()()()()”──)

 

 道中の先頭(ハナ)にこだわりすぎる余りに、それを最後まで維持できなければ何の意味もない。

 そして相手は年下で、クラシック世代のウマ娘。経験だって積み上げてきた努力だって私の方が絶対に上なはずなんです!!

 

(気にするべきなのは前ではなく──)

 

 チラッと背後を伺えば、虎視眈々と機会をうかがう猛者の姿がある。

 それを意識するや「やはりペースを上げて“逃げる”べきでは?」という考えが頭をもたげてくるのです。

 でも──

 

(その不安に、負けるわけにはいかない)

 

 前を走るウマ娘に負けない。

 後ろから迫る強豪達にも決して負けない。

 そしてなによりも。前に逃げきられてしまうのでは? 後ろに追いつかれてしまうのでは? という迷い──自分に負けないこと。

 

「──“逃げ”とは“たたかう”こと、でありますよね、トレーナー殿」

 

 それが乾井トレーナーの教え。

 “逃げ”とはスタートからゴールまで終始戦い続ける走り方。

 逸る自分の気持ちと戦いながら、私は2番手にピタリとつけたのでした。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 

「よしッ! いいぞ!!」

 

 先頭(ハナ)につかんと争っていたダイタクヤマトが、無理に仕掛けずに落ち着いたことに、オレは思わず拳を握りしめ、言葉が口をついて出ていた。

 抜け出し損ねて3番手4番手の位置で“先行”に押さえ込まれる展開を回避できたのだから、スタートは最高の出来だったと言っていい。

 おかげで()()()()()()()という越えなければならない最低限のハードルを越えることができた。

 その上で、ここでオレの“先頭(ハナ)をとれ”という指示を意固地に守って無理をしなかったのは本当に大きい。

 

 

『さぁその4番手以下ですが……前に2名、3番手タイキトレジャー。その後ろからこの辺り固まってアグネスワールド早めの競走になっている。それからマイネルラヴここにいる』

 

 

 周囲に一流の強豪しかいないこのレースの中で、そのカテゴリーに入らないダイタクヤマトは薄氷を踏んで進み続けるようなギリギリの戦いをしなければならない。

 

(高松宮記念……それ以前の彼女が記録(レコード)を出した北九州の時と違い、アグネスワールドの前に出られたのはデカい)

 

 彼女は海外の、それも欧州のGⅠを制したまさに世界(ワールド)(クラス)のウマ娘。

 序盤からその後ろを走っていたら以降は前に出られる機会は皆無なのは間違いない。

 そんなスタート直後から一つでも踏み外したら終わりな綱渡りのようなレース。

 ともすれば胃が痛くなるような状況だが、そんな()()()()()()()に自然と口の端がニヤリと笑みを作っていた。

 そこへ、やや下方から呆れたような声と、覆面(マスク)越しの呆れたような視線が飛んできた。

 

「よく笑えるよね、トレーナー」

「そういうお前も笑ってるだろ、ミラクルバード」

「ボクのは苦笑いだよ。自分では分かってないと思うけど、トレーナーってばまるでロンちゃんみたいな賭博師(ギャンブラー)っぽい笑い方になってるよ」

 

 なるほど。この大舞台で一か八かの大勝負を仕掛けたという意味では、彼女の指摘は正しい。

 まぁ、一流の賭博師(ギャンブラー)は表情なんて表に出さないだろうし、出したとしたらそれは偽装(ブラフ)の可能性が高い。

 ロンマンガンのもそうだろう。

 

「ヤマちゃんは重賞未勝利。前走(セントウル)だって惨敗ではなかったけど完敗だったのは間違いないし。好走した前々走(函館スプリント)でも勝てなかった相手までいる……」

 

 視線をオレから走るウマ娘たちに戻したミラクルバードがため息をつきそうな感じでぼやく。

 勝ち目がないのに、なぜ出走させたのか?

 ミラクルバードの様子から言外の抗議をしているように感じられた。彼女は今回の挑戦をオレらしくない判断と思ったのだろう。

 

「案の定、観衆(ファン)からの応援は芳しくなかったな」

「芳しくないとかそういうレベルじゃないよ! 最下位だよ!? ピーちゃんのときとは状況も違うし!」

 

 サンドピアリスがエリザベス女王杯に出走したときも人気は最下位だったが、彼女にはどうしても出走したい理由があった。

 相部屋の親友の引退レースだったからこそ、最初で最後の“本番での競走”をしたかった。

 そんな順位を度外視できる目的が、今回のレースにダイタクヤマトは持っていない。

 強いて言えばセレモニーでの会見で言った「あこがれの先輩の思いを引き継ぐ」ことだろうが、それは別に今年しかできないわけじゃなく、無理に出る理由にはならない。

 だからこそミラクルバードは出走させたことに不満に思っているのだろう。

 

「そんな人気になるってことは見てる観客も他の出走メンバーも確信したわけだ。コイツは大したことがない、と」

「え……?」

 

 半ば怒っていたミラクルバードが驚き、その気勢がそがれる。

 

「そういう意味ではセントウルでいい感じ毒をまいたことになったのは幸運だった」

 

 彼女がこちらを見ているのに気づきながら、オレはニヤリと意地悪い笑みを浮かべた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 

『最内ブラックホークの白い手袋。あと外を回ってジョーディシラオキでしょうか。それからベストオブサベスト、香港のウマ娘──』

 

 

 海外からの招待選手だろうがなんだろうが、誰にも負けるわけにはいかない。

 あたし──ブラックホークは周囲を走るウマ娘たちを警戒しながら、走り続けていた。

 春秋二大短距離(スプリント)制覇──春レースの高松宮記念と秋レースのスプリンターズステークス。ともに1200メートルのGⅠレースであり、短距離走者(スプリンター)たちの憧れでもある。

 その双方を制した者は、今の名前になってからはまだ誰もいない。

 高松宮記念が名前を変える前の高松宮杯でGⅠになっていた時に達成した一人のみ。

 前年、スプリンターズステークスを制したあたしはそれを狙っていたが……高松宮記念では、負けた。

 それも、純粋な短距離走者(スプリンター)では無いウマ娘に。

 

(他のライバル(スプリンター)ならともかく……)

 

 

『10番のマサラッキはここにいた。タイキブライドル、あと外を回ってはスギノハヤカゼでしょうか。それからマイネルマックスが追走しています。

 先頭から後方までそれほど澱みなくなく流れています』

 

 

 去年あたしと二大短距離(スプリント)を分け合ったマサラッキ。

 その前の年のスプリンターズステークス覇者のマイネルラヴ。

 それ以外にも、スギノハヤカゼのような短距離(スプリント)の古豪。

 そういった短距離(スプリント)で鎬を削ってきた相手に負けたのなら、まだ納得できたのかもしれない。

 でも負けたのは今まで距離に見境無く走り、GⅠへの渇望のあまり短距離にまで手を伸ばしてきたようなウマ娘(キングヘイロー)に、だった。

 

(ハッキリ言って、短距離走者(スプリンター)にとって屈辱だった)

 

 そんなマイルから長距離まで走った彼女が、()()()()()()()()()()()という事実。

 単純に考えればそのウマ娘の適正距離が短距離だったと考えるだろうが、世間的にはこうも見えてしまう。

 

 ──スプリント(短距離)レースのレベルは低い。

 

 あたしや今まで短距離一筋で走ってきた者達(仲間達)にしてみればプライドを破壊されたに等しい。

 しかしどんなに悔しくとも結果が全てであり、確定したレースを覆すことはできない。

 そして彼女は今回のレースにも出ている。

 その狙いは明らかに──二大短距離(スプリント)制覇。

 

(それが今まで1度しか達成されていないのは、短距離(スプリント)界は群雄割拠で、それだけレベルが高いってこと)

 

 短距離走者(スプリンター)の、そして前年の覇者の矜持(プライド)として、その達成だけは阻まなければならない。

 なによりも、まさにその名を冠したGⅠを短距離走者(スプリンター)以外にとられるわけにはいかない。

 

(もしも達成されたら、ますます勘違いされることになる)

 

 一度ならず二度やられたら偶然だの幸運だのと言い訳もできない。

 短距離走者(スプリンター)の名に賭けて、スプリンターズステークス連覇こそあたしに科せられた使命だ。

 

(短距離はスタートからゴールまで短いせいでミスの挽回が難しい)

 

 そういう意味では細かなミスを覆せる余地のある長距離と比べると、地力よりも運的要素が高いかもしれない。

 それが二大制覇や連覇を難しくしている要因の一つとも言える。

 

(だからこそ油断ができない)

 

 絶対にこのレース(スプリンターズS)を譲れないあたしは、前走のセントウルステークスであるウマ娘を気にしていた。

 正直、成績だけを見れば警戒に値するようなウマ娘ではない。

 それでも警戒する理由は、彼女の所属するチームにあった。

 

(──〈アクルックス〉)

 

 ダイユウサクという先輩から始まったそのチームは、その最初のウマ娘が起こした奇跡を伝統のように繰り返し、GⅠレースで“驚愕(ビックリ)の勝利”を幾度と無く掴んでいる。

 それが別々のウマ娘で行われているのだから、ウマ娘それぞれの素質もさることながらトレーナーの力によるところが大きいはず。

 その教えを受けたウマ娘を警戒するのは、絶対に譲れないレースを走るのだから当然だった。

 でも……

 

(結果としては拍子抜けだった)

 

 今日も出走し、前で走っている彼女の姿を視界に捉えるが──なんの感慨も沸いてこない。

 その時のレースは、逃げを得意としているはずなのに先頭争いに参加することさえできず凡庸な走りでしかなかった。

 さらに前のレースで良い走りだったという評価を聞いていたので警戒したのに、拍子抜けにもほどがある。

 

 

『16名、最後方に1番のビハインドザマスク、彼女は最後方待機策を選んでいます。

その前にブロードアピールの不気味な存在です』

 

 

 むしろ彼女を気にするあまり、あたしの方が隙をつかれた。

 好調とはいえ重賞未勝利という格下だった彼女──ビハインドザマスク相手にしてやられて後塵を拝し、初の重賞勝利をプレゼントする羽目になった。

 確かに彼女は連勝中で波に乗っていたのは間違いないけど、オープン昇格して間もないようなウマ娘。

 そんな相手に負けたことが──そんな自分を許すことができない。

 

 

『さぁ、先頭から後方まで16名、ほとんど等間隔。』

 

 

 周囲は強敵ばかり。

 それでも──だからこそ──負けられないッ!!

 件のウマ娘は、今日も成績通りの十把一絡げのウマ娘でしかなく、警戒するに値しない!

 なによりも警戒すべき相手は、多すぎるほどにいる。

 

 

『3、4コーナー中間地点、前は2名の態勢になりました。ダイタクヤマト思い切って行っている。それからユーワファルコンです。3番手タイキトレジャーです。』

 

 

 視線を上げて前方の先の方へと視線を向ける。

 件のウマ娘と、もう一人が先頭を争って走っているのが見えた。

 

(今日は先頭(ハナ)争いができているみたいだけど……あの実力でこのメンツが作るレースに耐えられるはずがない)

 

 今までの成績を見れば前走がたまたま調子が悪かったわけじゃない。

 それは確信と言ってもいい。

 現に先頭で逃げる2人を後続のウマ娘達はピタリとマークし続け、自由にさせていない。

 そしてそのウマ娘達もまた、短距離の強豪達なのだから──

 

彼女(ヤマト)は……いずれ必ず、沈む」

 

 このレース、彼女を含めた先頭をきるウマ娘達が潰れてからこそが本番。

 あたしを含めて、それを虎視眈々と待っているんだ。

 

(そしてそれはもう間もなく起ころうとしている)

 

 そう確信していた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 

『早くも大歓声、難しい4コーナー。さぁ短い直線、スプリンターズステークス』

 

 

 レースもいよいよ終わりが見えてくる辺り。

 走るワタシたちの熱意(ボルテージ)最高潮(クライマックス)へと向かっている。

 

(たしか日本語では“カキョウ(佳境)”と言うのだったカシラ?)

 

 そう思いながら、すぐ前で先頭付近を走る2人のウマ娘のことをワタシ──アグネスワールドは捉えていた。

 勝負を仕掛けるべく、距離を詰めようと脚にさらなる力を入れる。

 このレース場はコーナーが終わってからゴールまでの距離は短めに設計されている。

 

 

『さぁ後続各員、さぁGⅠ級ウマ娘追い込んでくる』

 

 

 他の走者達もいよいよスパートをかけようとしていた。

 GⅠ級──前年や前々年のこのレースに春の短距離(スプリント)GⅠも含めて制したウマ娘達が出走しているメンバーの中で、ワタシは国内GⅠレースを勝っていない。

 でも、欧州(ヨーロッパ)遠征を行い、そこでGⅠを取っている。日本国内よりも歴史の長いウマ娘レースの本場とも言うべき場所で。

 だからこそこのレースを勝って国内GⅠを取りたいという強い気持ちになっているし、その実績が自信となってこのレースに挑めている。

 しかし、それよりも──

 

(ワタシは、この国で誰よりも速く1200メートルを走れル!!)

 

 確かに開催場所こそこのレース場じゃないわ。

 でも、どんなに他の出走メンバーが強く、大きな実績を誇ろうとも、最速記録(レコード)という“誰よりも速い”ことを証明する厳然たる事実がなによりも冷静にさせてくれていた。

 

(あの時のレース……)

 

 ワタシが記録を出したレースを思い出し、そしてそこに前を走るウマ娘がいたことを思い出す。

 たしか、レースが始まる前にぶつかりかけたウマ娘だった。

 

(……このレースに出ているのが、そちらではなく彼女の方だったらエキサイティングだったカモしれないのに)

 

 あの時、その場にいたもう一人を思い出しながら、ワタシはそう思っていた。

 頭にハチマキを巻いたウマ娘。名前は確か、そう……ダイタクカミカゼ。

 前を走るウマ娘と違い、彼女とはあのレースから何度か顔を合わせることになった。

 

(モチロン、ワタシが負けるはずがナイ)

 

 記録(レコード)を出したあのレースが確固たる自信になったからこそ、あのレースで食らいついてきた彼女の印象がよりハッキリと頭に残っていた。

 なによりもあの時に垣間見えた、決してあきらめない強い心──

 

大和(ヤマト)(ダマシイ)、というのだったカシラ?)

 

 その輝きの片鱗をあのレースで見たからこそ、ワタシは彼女とのレースに期待した。

 でも……彼女はあれ以降、伸びてくることはなかった。

 彼女の世代はワタシよりも上になる。それを考えれば無理もないかもしれない。

 そして彼女が輝きを見せることなく中央(トゥインクル)シリーズから居なくなったのを聞いたのは、秋レースが始まってからのことだった。

 

(だからこそ……)

 

 あの時、彼女と一緒にいたこのウマ娘がこのレースにいて、彼女がこの場にいないことが残念で仕方がない。

 

 もしも彼女が出走していたら──

 もしもそれが全盛期の彼女だったら──

 もしも彼女が環境の整ったチームに所属し、そこで研鑽していたとしたら──

 

 いくつものif(もし)が頭をよぎる。

 でも……それは(ムナ)しいダケ。

 

「カミカゼはもう……墜落(クラッシュ)してる」

 

 現実には彼女は(ヌル)い環境で過ごし、その全盛期はとっくに過ぎた。

 そしてこの場にいるのは別のウマ娘。

 そのウマ娘も──前を走っているものの勢いは風前の灯火といったところ。

 

「彼女が沈む(ロスト)までアト少し……保つはずがナイ」

 

 さらに前の先頭(ハナ)を走っていたウマ娘は限界を迎え、いよいよ下がり始めている。

 彼女と同じペースで走っていたヤマトというウマ娘の終焉も迫り、ワタシはさらにペ

ースを上げた。

 




◆解説◆

【激戦! スプリンターズステークス(短距離最強決定戦)!】
・今回のタイトルは『宇宙戦艦ヤマト2』の第18話のタイトル「決戦・全艦戦闘開始!」より。
・実は今回のタイトルは急造なので、無難な感じのタイトルになりました。
・元々今回と次回で使うことを考えていたタイトルを一つにまとめて次回のタイトルにしたのが原因。

実況
・本作お馴染みになった、クライマックスレースでの実況。
・今回のレースは2000年のスプリンターズステークスがモデルで、実況は青嶋アナのもの。
・この実況、スプリンターズステークスという単距離レースのせいなのか、展開も早くあっという間にゴールするのを危惧してか非常に早口です。
・正直、聞き取るのが大変すぎでした。再生速度を0.75にして普通のレベルで、それでもところどころ聞き取りづらく、間違えている部分もあるかと思いますが……
・なおレースであるスプリンターズステークスそのものの解説については以前解説をしていますのでこちらを。


※次回の更新は3月29日の午後3時36分となります。  

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