『逃げ切った!逃げ切った!逃げ切った!
ダイタクヤマト、逃げきり逃げきり逃げきりッ!!』
彼女がゴールした姿を見ても、私はテレビに映し出されたその光景を信じることができなかった。
そう、勝利したのはダイタクヤマト。
私がこの高知トレセン学園に転校する前に、中央トレセン学園で同じチームで励み、そして同じレースで競ったこともある相手。
まさか、彼女が……
『2番手争いにブラックホークとアグネスワールド──』
カメラが切り替わり、後続のウマ娘達の姿も映る。
そこにはあのレース以来何度も挑んだ“
(競った経験のある相手が勝つとしてもアグネスワールドだと思っていたけど、まさか……)
彼女とはそれこそヤマトと戦ったよりももっと多くのレースで戦い続けた。
その背に届くことは一度もなかった。でも、だからこそ彼女の強さはイヤと言うほどに知っている。
それを私がよく知るダイタクヤマトが上回っただなんて……本当に信じられなかった。
「あのヤマトが……」
隣で見ていたトレーナーもまた感心したようにうなずいている。
そのトレーナーは頬を差し出すように顔を近づけてきた。
「カミ、ちょっと殴ってもらえる?」
「はい? そんなこと、できるわけないじゃないですか!?」
「いや、ホントに夢じゃないかと思ってさ」
「もちろん夢なんかじゃありませんって」
「そうは言うけど、
「冗談でもやめてください。
「いやいや、いるじゃないか。ビジョウくんという前例が──」
突拍子もないことを言い出したトレーナーに半ば呆れつつ、ため息混じりにそう言った。
でも、その気持ちも分からなくはない。その驚きと戸惑いは私もまた同じだったから。
なぜなら……よく知っているはずの彼女が、たった1分ちょっとで今や完全に違う存在へと化けてしまったのだ。
シンデレラガールと人は言うのかもしれないけど、変わるのに一夜かかったおとぎ話のヒロインと違い、カップラーメンが出来上がるよりも短い時間での劇的な変化は理解が追いつかないのも無理はないとは思わないだろうか?
そこに──
「あの……今勝ったのって、カミカゼ先輩が言ってた方……ですよね?」
恐る恐るといった感じで、一緒に見ていた今のチームメイトが声をかけてきた。
「え? ええ、そうだけど……」
「マジですか!? スゴい!!」
私の言葉で彼女の表情は一気に興奮が最大に振り切れる。
その反応を見て、中央を去るときにヤマトとした約束をふと思い出した。
思わず苦笑し──それをすぐに自慢げな笑みへと変えて彼女に向けた。
「そうよ。同じチームでそこにいるトレーナーの指導を受けて、アグネスワールドが
同じチームでのトレーニング風景や、あのレースでの光景が私の頭をよぎっていく。
そうだ。確かにGⅠウマ娘になった彼女だけど、彼女は間違いなくダイタクヤマト──私がよく知るウマ娘だ。
「カミ先輩の同じチームの後輩だったってことは、トレーナーの元教え子ってこと?」
「ま、そういうこと。これで今や私も中央GⅠウマ娘のトレーナーってわけだ」
「え? なんか違くない?」
「だって、このウマ娘のトレーナーって確か……“
後輩達が何気なく出したその名前に、私の心がチクリと痛む。
同じ〈ミモザ〉にいて、同じ人の指導を受けていたはずなのに──かたやGⅠウマ娘。そしてかたや地方のトレセン学園で燻っている落ちこぼれ。
どこで明暗が分かれたのかは明白だった。
(彼女はあの時に乾井 備丈に選ばれて〈アクルックス〉へ移籍し、私は選ばれずに〈ミモザ〉に残った)
一度は決着の付いた思いだったけど、これを見せられてしまったら再燃するのも仕方ないことじゃないだろうか。
もしも選ばれたのが、私だったら……と。
「ってことは彼女、ビックリ仕様に魔改造されてトレの影響なんて残ってないんじゃない?」
「そんなことはないさ」
ウケると笑いかけていたウマ娘にトレーナーは微笑みながら否定する。
「私も彼とは同じ
そう言ってトレーナーは私の肩をポンとたたき、じっと見つめてくる。
その視線に私は大きくうなずき、答える。
「はい! 乾井トレーナーとヤマトに、トレーナーと私が負けてはいられません!」
「うん。次に会ったときに彼女達と堂々と正面から向き合えるように──」
「──今から、がんばるしかないッ!!」
居ても立ってもいられなくなり、私はチームの部屋から飛び出すように駆けだしていた。
後ろからの後輩達の「え~、今から練習ですか~?」という不満そうな声を聞きながら。
私だって……負けていられないんだ!!
「逃げ、きった……?」
まさかの展開に、言葉が疑問系になってしまう。
目の前で見ていたレースだというのに、とても信じられない。
「うん……逃げ切ったね。彼女の、ダイタクヤマトの勝ちだよ」
傍らで一緒にレースを見てたズッ友の言葉で、それが現実だったとやっと自信がもてた。
そうして同時にこみ上げてくる感情が、押さえきれなくなって──
「マジ、ヤバい……」
──思わず涙が溢れてた。
開催時期こそ違うけど、スプリンターズステークスというレースはウチにとっては思い入れの強いレースだった。
最初の時は、あえて予定から外した。
理由は……今になって思い返せばバカなことをしたと思う。
気になって気になって仕方の無かったお嬢──ダイイチルビーが、ちっともこちらを見てくれなかったから。
マイルチャンピオンシップでの対決を制したっていうのに、ライバル視どころかまるで興味を持ってくれなかった。
ならば……押してだめなら引いてみろ、とばかりに彼女の得意とする短距離のGⅠをあえて避け、翌週の有馬記念に出走した。
(もしもあのマックイーンを破って有馬記念を制したら、ウチのこと意識せざるをえないっしょ、って思ったんだけど……)
そこに想定外のことが二つ起こった。
ます一つめ──スプリンターズステークスを制したのはお嬢だったけど、あのレースで彼女は
ウチがそうなりたかった場所にいたそのウマ娘は──ケイエスミラクル。
あの秋に彗星のごとく短距離界に現れた彼女は、まるで燃え尽きるようにあのレースで負傷して──競走界を去った。
その負傷を目の前で見たお嬢のショックは大きかった。
(だからこそ、お嬢にとって唯一無二の存在になっちゃった)
どんなにアピールしたくとも競う機会さえ無い相手には勝つことなんてできないし、だからこそそれを上回る存在にはなり得なかった。
ならばその穴を埋める存在になりたい、ならなきゃいけないと思って有馬記念になんとしても勝たなきゃいけなかったんだけど……
(マックイーンを破ったのは、ウチじゃなかった)
それが二つ目の想定外。
近くで後輩を見つめているそのウマ娘が視界に入る。その傍らには彼女にそれを掴ませたトレーナーの姿もある。
世間を
そしてその後……お嬢は数回走ったものの精彩を欠い引退し、そうしてウチは憧れであり“一方的な
その後に大親友のパマちんに出会えたのは大きかったし、一緒に
でも──もちろんそれでお嬢への憧れが、綺麗に消えちゃったわけでもない。
だから自分に限界感じて引退ってなったとき……最後もパマちんと走りたかったけどもう一つの夢を抑えきれなかった。
──お嬢のすぐ後にウチの名前を残したい。
翌週に走る予定の有馬記念があったけど、それでも
(でも、届かなかった……)
一緒に爆逃げしたパマちんが勝った有馬記念には、モチロン悔いが残ってない。
でも……スプリンターズステークスに勝てなかったのは、ちょっとだけ心残りだった。
それを──
『ダイタクヤマト、逃げきり逃げきり逃げきりッ!!』
──あの頃には無かった春の短距離GⅠとか、海外のGⅠを勝ったウマ娘たちを相手に、重賞無冠のあの
不思議と強い縁……運命的な何かを感じるあのウマ娘──ダイタクヤマトが、まさかウチの密かな想いを引き継いで、それを果たしてくれただなんて……
「マジ、エモ過ぎるよ、こんなの……」
まさに“
それを二度も目の前でやられたウチは涙が出るほど悔しかった。
そして今回の、三度目になる目の前の“それ”は違う意味で涙が出た。
「いやはや……久しぶりに目にすると、やっぱり怖いよねぇ」
呆然とゴール後の
今のレースを勝ったのは、名を連ねていたGⅠ級のウマ娘ではなく、重賞を制覇からステップアップしたウマ娘でもなく……そんな中でポツンと2人だけいた重賞未勝利のうちの1人だった後輩。
もちろんファンからの人気は低く、周囲から聞こえる声も喜びや祝福の歓声よりも困惑のどよめきの方が目立つほどです。
『最下位人気からのGⅠ制覇だって!?』
『おいおい、前代未聞だろ。こんなの……』
『いや、前に1人だけいたぞ』
『あぁ、エリザベス女王杯のサンドピアリスか!』
『──って、また〈アクルックス〉か』
周囲から刺さる視線。
それを受け止めるダイユウサク先輩とギャロップダイナ先輩、ターキン先輩に加えて名前の挙がったピアリスに後輩のおタケさん──あぁ、もうみんな
……ターキン先輩だけは少なからずビクビクしていますけど、あの方は常にそうですし。
この勝ち方を“怖い”と言えるのは、うちのチームでは私と声をかけてきたバード先輩だけなのかもしれません。
「ええ。
出走メンバーは今や誰もが足を止め、呼吸を整えている状況。
その中で本命視されていたアグネスワールドや、上位人気だったブラックホーク、今年の高松宮記念を制したキングヘイロー……といった面々を見つつ、その心境を
(無論、後輩であるダイタクヤマトを応援していました。彼女の勝利を願っていた気持ちに嘘偽りはありませし、三女神への祈願だって誓って本気で行いました)
とはいえ現役時代の私は
だからこそ人気に応えられなかったという悔しさに同情してしまう部分もあるのです。
それは競走生命を絶たれるまでは無敗で皐月賞に挑み、大舞台での大本命を体験したことのあるミラクルバード先輩も同じでしょう。
「でも……見事なレースだったと思います」
「ああ。まったくだ」
あらためて私が言った言葉に頷いたのはトレーナーさんでした。
意外な反応に私が戸惑っていると、彼はそれを気にした様子もなく続けたのです。
「同じ最下位人気だったサンドピアリスが勝てたのは、あのレースでシャダイソフィアの故障というアクシデントがあったからこそだった」
彼の言葉であのレースを思い出します。
大混戦になったあのレース。その原因は間違いなく終盤での彼女の負傷による失速で、それに巻き込まれたウマ娘たちも多かったのは間違いありません。
「想定外のアクシデントがあったわけでも、誰かが引っかき回したわけでもない。大本命のミスに周りが巻き込まれたわけでもない」
トレーナーさんは一瞬だけチラッと先輩たちへと視線を向けました。
見たのはターキン先輩とダイナ先輩でしょうか?
「今回はなにしろあれほどまでの豪華メンバーだ。2人や3人のミスや不調は他のメンバーに影響を与えてレースを左右するような状況じゃない。ダイタクヤマト以外全員調子悪かったなんてのは非現実的だからな」
「でもトレーナーってばたまに言うよね。レースで他が全員コケたら誰でも勝つって」
「……お前は、そうやって話の腰を折るなよ」
笑顔で言ったバード先輩のことを苦笑混じりにたしなめるトレーナーさん。
彼は今度は
「アイツらが不完全燃焼に見えるか? 不調で実力を発揮できなかったウマ娘たちに見えるか?」
思い思いの場所で、あるものは立ったまま手を膝についたり、大の字に芝の上に寝転がったりして呼吸を整えています。
満身創痍なのは誰もが同じ。
そのほぼ全員が重賞勝利経験を持っているプライドが高いウマ娘ばかりで、誰もが栄冠を逃して悔しそうな顔をしているのです。
でも彼女達がダイタクヤマトを見る目は、レース前とは明らかに変わっていました。
「“勝ちに不思議の勝ちあり”なんて言われるが、少なくとも出走メンバーの中で今日のダイタクヤマトの勝利が“転がり込んだ”と思ってるヤツはいないだろ」
その目は格下にしてやられたという後悔ではなく、「次は絶対に負けない」と雄弁に語る強い視線。
それが今日の勝者へと向けられていたのでした。
「その姿は幸運鑑ではなく、激戦を飲み込まれずに実力で勝利をもぎ取った
それはプライドの高い
「……うん、ボクもそう思うよ。だからこそ……大変だよね」
「先輩?」
ポツリと言ったミラクルバード先輩へ視線を向けると、彼女は苦笑気味の笑みを浮かべつつ、ダイタクヤマトさんを見ています。
「次からはあのメンバーが、油断しないで全力で潰しにかかってくるってことなんだから」
「だな。だからこそ次のレースはダイタクヤマトの真価が問われることになる。恥ずかしいレースは絶対にできない」
確かトレーナーの計画では、次走はスワンステークスとあらかじめ決めているとバード先輩が言っていました。
本来はそちらへの出走まで間隔が開きすぎるから、とスプリンターズステークスへの出走を決めたそうですが……まさか格上のGⅠレースで勝つだなんて。
(でも、この人なら完全に想定外ということはなさそうですけど)
なにしろ世間をあっと驚かせる“
「だよなぁ、ビジョウ。これでライバルたちにマークされて、この後一勝もできなかったら、
「なッ!? ダイナ、お前は余計なことを──ぐゥッ!」
「……“一発屋”で悪かったわね」
ニヤリと意地悪な笑みを浮かべたダイナ先輩をトレーナーさんが慌ててたしなめようとしましたが時すでに遅し。憮然とした表情のダイユウサク先輩がトレーナーさんの背中を思いっきりつねっているのが見えました。
痛みで言葉を失っているトレーナー。
そんな彼を呆れたような顔で見つめるのは私の同期──ロンマンガンさん。
小さくため息をついたせいで、その拍子に肩付近まで伸びたウェーブのかかった髪が揺れる。
「ま、同期にガチガチのガチな天才がいたせいで、その“一発”さえも
チラッと私にジト目を向けてきた彼女でしたけど、ふと異変に気づいてそちらへと視線を向けました。
その変化につられて私や、それ以外の皆もそっちを見て──
「オイ! 早く酸素持ってこい!! ヤマトが──」
そんな言葉を聞いてトレーナーさんが他のウマ娘たちよりも速く飛び出していったのでした。
……どうやら立ちながら酸欠になり、フラフラになりながら目を回していたそうな。
トレーナーさんが持って行った酸素で回復する姿を見てホッとしつつ──「そんなところまで不沈鑑にならなくても」と思わず苦笑してしまいました。
──このレースを見ていたとあるウマ娘が、
彼女達はこの光景に偶然にも同じように驚き、同じように衝撃を受け、同じような感想を抱き、奇しくも同じほぼ同じタイミングでその言葉が口から出ていた。
──
その一人、ショートカットでボーイッシュな見た目の活発そうなウマ娘はその興奮を隠そうともせずに大きな声で「ありえなーい!」と言い……
もう一人、ロングヘアーで落ち着いた雰囲気で理知的な印象のウマ娘は驚きに目を丸くしながらつぶやくように「ありえない……」と言う。
彼女達はそれぞれ今このレースを見ている場所も違えば、出身地も違うし、同年代でさえない。
ともすれば性格だって真逆かもしれない。
──それでも彼女達は思ったことは同じだった。
その光景に憧れた。
体の内に眠る魂をひどく揺さぶられるかのような感覚に襲われたのだった。
だからこそ思った。
──自分自身も彼女のようにGⅠを勝ちたい。
その栄冠をつかむためにあの場所に立ちたい。
そして決意する。
そのために中央トレセン学園へ入るのを目指そう、と。
……数年後にふたりが出会い、そして起こす奇跡を──今はまだ誰も知らない。
◆解説◆
【いつか夢見た世界】
・今回のタイトルは『宇宙戦艦ヤマト2199』第11話「いつか見た世界」から。
・まずは予定が遅れて申し訳ありませんでした。
・ちょっと仕事の関係で忙しくなったのと精神的に厳しくなったので、休ませていただきました。
・今回の話は禅話のレース直後の話で時間的に進むものではないので、予定通りに出しておきたかったのですが……
・この章もあと数話ですので、なにとぞお付き合いをお願いいたします。
【ふたり】
・……このウマ娘たち、いったい誰でしょうかね。
・ヒントは“ふたり”であることとセリフですかね。
・↑で第三章もあと数話と書きましたが、もし第四章があるとしたら彼女たちが主役となる予定です。
・元ネタの競走馬が非常に人気があったり、クライマックスになるレースでの最大の難敵が公式ウマ娘になってないけどいつでもなれるくらいの実力馬だったり、となかなか難しいんですよね。
・そっちのウマ娘は初報PVにはその姿はあっただけにそのイメージのまま来てほしいけど、オルフェーブルが全然違う姿になってたのでなんとも……
・主役予定のウマ娘がダイイチルビーみたいに書こうと思った矢先に公式ウマ娘されたりするとイメージの乖離で書けなくなりますし。
・この2人の片方は、ある意味元ネタの馬主よりも許可を取るのが大変そうな相手がいそうなので、ウマ娘化は難しそうですけど。(笑)