──10月。
ここ、京都レース場では短距離重賞が開催されようとしていた。
そこに出走するウマ娘の一人は、隣に立つ担当トレーナーと共にあるウマ娘を見ていた。
「あれが、今年のスプリンターズステークスの勝ちウマ娘……」
「まぐれのラッキー勝利よ、気にしすぎておびえる必要なんてないわ」
警戒するウマ娘に対し、その女性トレーナーは冷静な判断……というよりかはむしろ冷めた反応に感じられた。
案の定、ウマ娘は少し不思議そうに彼女を見る。
「でもあのレース、かなりの超豪華メンバーでしたよ?」
「それでも
スプリントGⅠ直後の短距離重賞、それもGⅡレースだというのにダイタクヤマトの人気は17人中8番目。
本当にスプリンターズステークスを勝ったのか? というくらいに評価が低かった。
そのレースに出走していたメンバーが今日も何人も出ているが、軒並みヤマトよりも評価が高い。
そんな中で今日のレースの一番人気は─
「だから中央のウマ娘ではなく、貴女が一番人気になっているのよ」
女性トレーナーが、自分の教え子に期待の目を向けた。
「まぁ、今までの成績を考えれば当然の評価だけど」
トレーナーの自信たっぷりな強気発言の通り、彼女はこれまで8戦6勝2着2回。
2度の2着はデビュー戦と、今回のように
それ以外は全て勝利しており、その中には中央の重賞も含まれているのだ。
「ただの
「……はい」
今まで育ててくれて、ここまでの成績を残せたのは間違いなくトレーナーあってこそ。
そう思うからこそウマ娘はうなずいたものの、彼女の過剰なまでの敵意に少しだけ不信を感じたのでした。
無論、それには理由があり──
(トレーナーがここまで目の敵にして評価しないのは、中央トレセン学園時代からの因縁だからとは聞いていたけど)
それはチーム内での噂話。
ただし
そしてその異動にとあるトレーナーとウマ娘が深く関わっているという辺りからは不確定な情報だ。
その情報も彼女がジッと見つめる先が件のダイタクヤマトではなく、話しかけているトレーナーを睨むように見ている辺りを目の当たりにすると、「ああ、本当なんだ」と思えてしまった。
しかし彼女ももちろんプロである。
視線を戻し、気を取り直すように深呼吸をしてから担当ウマ娘に視線を戻した時には、直前までの感情を捨て去っていた。
「確かにGⅠウマ娘になったのは間違いない。だけどその勝ちレースは逃げ一辺倒だわ」
GⅠを制したのだからそれだけの実力があるのは間違いない。
でも“逃げ”て主導権を握らなければ勝利できないのであれば、話は簡単だ。
そして奇しくも、教え子のウマ娘もまたこれまで“逃げ”てレースを勝ってきた。
「それなら前に出さなければいいだけ。貴女は貴女のレースをすれば恐るるに足りない相手でしかない。他の
そう言ってトレーナーが見たのは
──スプリンターズステークスでの勝利直後のレースになったGⅡスワンステークス。
芝で1400というスプリンターズステークスよりもわずかに長い距離ではあるものの、短距離は短距離。あっという間に終盤を迎えていました。
さすがGⅠを勝ち取った存在ともなれば、今までとは注目度が断然に違ってきますわ。
そして今までのヤマトさんの成績を見れば当然の対策、好きに逃げさせないという手を考えていたようで、彼女は3番手の位置にまで押し込まれてしまったのです。
それでも……
『先頭でゴール! ダイタクヤマト、スプリンターズステークスに引き続きスワンステークスも制しました!!』
実況が伝えるその結果に、観客席からはどよめきが止まりません。
「ダイタクヤマトが、勝っただと!?」
「スプリンターズステークスはフロックじゃなかったのかよ!」
「〈アクルックス〉のウマ娘だからどうせ“一発屋”だろとか言ってたの誰だよ!?」
そんな大騒ぎをよそに、
「……そう言ったのはオレじゃないのだけは間違いないんだが? ダイユウサク」
「わかってるわよ」
「なら、なんでオレを抓ったり横っ腹を何度も何度も小突いてくるんだ?」
ジト目で傍らのウマ娘を見つめている乾井トレーナー。
一方で見られているダイユウサクさんは面白くなさそうに「ふん」とそっぽを向きながらも、その手は彼の方へと伸びています。
そんな気兼ねのない関係に、少なからず憧れてしまいます。
(もちろん、トレーナー様との関係が上手くいっていないわけではありませんけど)
でも、その距離感がなんともうらやましく思えてしまうのです。
そんな彼がヤマトさんの挙げた大金星の直後に言った言葉……
──次のレースこそダイタクヤマトの真価が問われることになる。
彼女の担当である乾井トレーナーが仰った言葉が、
確かにあの勝利は……本当に衝撃でした。
あれだけの強豪がそろった中での“まさかの勝利”は驚きであると同時に、お見事としか言いようがない走りでしたもの。
(まさに〈アクルックス〉の真骨頂、ともいうべき勝ち方でしたわ)
一世一代の大舞台。
そこに集ったウマ娘達の顔ぶれを見れば、
(なにしろ……
ヤマトさんはこれまで何度と無くレースで鎬を削った相手。
その
オープン特別で上位に食い込み、重賞戦線でも活躍する──そんな方達とは明らかに実力が違っていたはずなのですから。
(それなのに──)
あのとき彼が仰っていたように、他のウマ娘にトラブルがあったり大きなミスを犯したりして転がり込んできたようなものではなく、間違いなく彼女の実力で掴み取った勝利。
同じ逃げウマ娘の視点で見れるからこそその価値が誰よりも理解できますし、その苦労が並大抵ではなかったのもわかってしまうのです。
そうして得た勝利の直後に──今回の勝利。
「短距離最高峰のレースを勝ったからこそ最大限にマークされたというのに……」
たとえ
ましてそれが逃げウマ娘にまんまと逃げられての勝利なのですから、その対策をしてくるのは定石を越えて常識レベルですわ。
それでも、勝った。
大小はあろうとも無理をして先行したウマ娘達を追い抜いたのはもちろん、彼女達の思惑とは無関係に虎視眈々と後ろから機会を狙っていたウマ娘達さえも押さえ込んでいます。
そしてその中には今年の
(むしろ逃げさせてもらえない展開を予想して作戦を立てていたのかもしれませんわ)
なにしろトレーナーは策士の“
(オールラウンダーのダイユウサク先輩や、ロンマンガンさんなら先行レースを教えることもできそうですし)
ともあれ今回の勝利で、スプリンターズステークスの勝利を“まぐれ”と評する人など皆無になるのは間違いありません。
だからこそ思うのです──
「ヤマトさん、貴方という方は……やっと
彼女が至った座──GⅠウマ娘というものは
それが確固たるものであると世間に認められたのが今回の勝利。
対して
本当に差を付けられた、という実感がわいてくるのです。
でも──
「……それでも、追いついて見せますわ」
なぜなら自分が
そんな彼女に、自分がライバルたるに相応しい存在にならなければならないのです。
そうなるためには……今の自分では、彼女の横に立つのはあまりにも足りておりません。
「実力も、実績も……」
彼女の背を追い続けているようなのが現状。
しかし、それでいいはずありませんわ!
追いかけるのではなく、横に並んで共に走ってこそ
「貴方のライバルとして胸を張って立てる存在にならなければなりません」
なにしろ相手はGⅠウマ娘。重賞の一つでも取っていなければ釣り合いがとれないでしょう。
一度、彼女とは違う道を進んで実力を付けるべき。
そうして彼女に釣り合うウマ娘となってから、再び競い合おうではありませんか。
そう思ったからこそ
「秋の重賞にスワンステークス以外に短距離の重賞はまだ一つ残されていますわ。そこへ照準を合わせて必勝を期します……」
「嫌われてしまったのでありましょうか?」
私が目下のところである悩みを打ち明けると、後頭部で結ばれ鳥の尾羽根のように短くピンとなった髪の先輩ウマ娘は車椅子に座って資料のファイルを手にしたまま不思議そうな顔をしたのでした。
「ヤマちゃんが、リンちゃんにってこと?」
「その通りであります……」
相変わらずミラクルバード先輩は独特な呼び方をします。私のことはともかくダーリング殿のことを“リンちゃん”と呼ぶのはこの人くらいです。
「ん~、そんなこと無いと思うよ?」
「しかし同じレースに出走していないのですよ? 今までは共に競って切磋琢磨していたというのに」
春レースまでは何度も同じレースで顔を合わせたダーリング殿ですが、年齢的に降級制度に巻き込まれて準オープンに下がってしまって以降、一度も同じレースに出走していないのです。
秋レース直前に再昇格をしたというのに、です。
「休養も含めたせいでスプリンターズステークスに間に合わなかったというのはわかりますが、スワンステークスで避けられてしまうなんて」
そして10月の末には福島のオープン特別に出走していますし、その後は11月の後半に京都でオープン特別に出走する予定だそうです。
一方で私が出ないCBC賞にダーリング殿は出走するとのことで、そこまでされると露骨といいますか……
でも先輩はちょっとだけ「う~ん」と考えるとあっさり結論を出しました。
「考え過ぎだと思うよ」
「そうでしょうか……」
「少なくとも嫌われてるってことはないと思う。リンちゃんの気持ち、分からなくもないからね」
「といいますと?」
思わず乗り出してしまった私に、バード先輩は苦笑を浮かべつつ答えてくださいました。
「一緒のレースを走りたい、というのは間違いないんじゃないかな。少なくとも彼女がヤマちゃんを見る目を見ていたらそう思えるよ」
「でも……」
「それでも同じレースに出てこないのは、彼女の
「
「そうだねぇ、仲のいいウマ娘でもいろいろ関係があるからね。例えば……キミが尊敬するリオちゃん」
「リオちゃん?」
えっと……誰のことでしょうか? 本気で分からなくて思わず首を傾げてしまいます。
「うん? ダイタクヘリオスのことだけど」
「……いや、そうはならないと思うのですが普通」
愛称わかりにくすぎますよ、先輩。
微妙な表情になってバード先輩を見てしまったのですが、彼女は相変わらずの笑顔でそれを気にしていない模様です。
「ま、ともかく彼女の場合は、認めた相手と常に一緒に走りたいタイプだよね?」
「おそらく、そうではないかと……」
ダイイチルビーさんを追いかけるように出走し、彼女が競走界から去った後はメジロパーマーさんと走っている印象が強い。
そういえば、ダイユウサク先輩も意外と同じレースで顔を合わせている様子ですから、ヘリオスさんは意外と慕っていたのかもしれません。
「たぶんヤマちゃんも同じタイプかもしれないけど……でも、そうじゃないウマ娘もいるってこと。一緒に走りたい相手が明らかに自分よりも実力や実績が上だった場合、もちろん挑戦し続けるウマ娘もいるよ」
その考えに共感して思わずうなずく私を見ながら先輩はさらに続けます。
「でもそんな中で、相手を認めるからこそ不甲斐ないまま挑むのを失礼だと思ったり、不本意だと感じるウマ娘もいるんだよ」
「ダーリング殿はそちらである、と?」
「彼女は名門メジロ家のウマ娘だから、特にそういうのを気にするんじゃないかな」
名門の中で育ち、そこで生まれたプライド。
同門の中でさえも競走があるがゆえに無様な姿を見せられない。
勝利こそが家から課せられた使命だとすれば、敗戦覚悟の挑戦なんて許されないのでしょう。
「ましてそれが“ズッ友”じゃなくて“
ヘリオスさんとパーマー先輩の関係と、私とダーリング殿の関係はやはり少し違うように思えました。
無論、ダーリング殿と共に走るのは楽しい。でも……その先でどちらが速いのかを競うことが私にとっては“楽しさ”の根本であり、だから認めている相手だからこそ“負けたくない”という気持ちが強くなる。
──それこそが“
バード先輩に言われ、なんとなくですが分かる気がしました。
私の反応でそれが分かったのか、先輩はニッコリと笑みを浮かべます。
「だから心配しなくても、機会が訪れたらちゃんと同じレースに出走してくるはずだよ」
「機会、でありますか?」
「ヤマちゃんと勝負したくなるような大舞台とか、あとは実力とか実績が釣り合うくらいに自信が持てたときに、だろうね」
だから今は待つべきだよ、とバード先輩。
そして笑みを苦笑へと変えます。
「たぶん次のレースでは彼女は出てこないだろうしね」
「私もそう思います。私の次走はマイルチャンピオンシップですから」
つられて私も苦笑を浮かべてしまいました。
「そのレースに出たいのは憧れだからだよね?」
「はい。スプリンターズステークスはヘリオスさんが憧れても取れなかったレースでした。だから今度は、ヘリオスさんが掴んだマイルチャンピオンシップに挑みたいんです」
ヘリオスさんが見られなかった景色を見たからこそ、ヘリオスさんが見た景色と同じものを見たいと憧れたのです。
もちろん、それが極めて困難であることは百も承知の上で。
「私は短距離専門ですからね。マイルレースが適正距離じゃないことくらい覚悟してます!」
「トレーナーも『今年最後のレースだから勝敗気にせず楽しんで挑んでこい』って言ってたからね。その“楽しむ”っていうのは一番大事だと思うよ」
そう言って微笑むバード先輩はどこかしら寂しげで……その表情はどこか羨ましそうにしているように見えてしまいました。
──私の挑戦の結果は4着。
ヘリオスさんと同じ栄冠をつかむことはできませんでしたが、それでも憧れのレースで掲示板に入ったのは大変光栄なことでした。
トレーナー殿もチームの先輩方も十分な結果だったと喜んでくださいましたし。
こうして私にとって最高の一年は、幕を閉じたのでした。
◆解説◆
【激闘! “逃げ”なき
・今回のタイトルは『宇宙戦艦ヤマトⅢ』の第6話「激闘! 11番惑星空域」、第7話「逆襲! 姿なき
・ダイタクヤマトはあの劇的な勝利を飾ったスプリンターズステークス以降、先頭きっての逃げ展開というのが無いんですよね。
・その少し前の函館スプリントまでは先頭を切っていたんですが。
・マイルチャンピオンシップもまた道中5番手で、そのまま4番手になるという展開でした。
・そこから「“逃げ”なき」というタイトルになりました。
【短距離重賞】
・今回のレースは2000年10月1日に開催の第43回スワンステークスがモデル。
・京都の芝1400で開催。当日の天候は雨ながら馬場状態は良。
・レースをサラッと流す関係で、天気にはあえて言及してません。
・わざわざ雨の描写を入れる必要もないかな、という判断です。
【一番人気】
・モデルレースでの一番人気だったのはレジェンドハンター。1997年生まれの牡馬。
・地方の笠松所属の競走馬で、生涯成績は61戦26勝。
・スワンステークスは芝のレースですがダートが主戦場で、芝での勝利も中央の重賞の交流レースのみ。
・その出走した中央の重賞の中にはデイリー杯や朝日杯の3歳ステークスですので、早くから実力を発揮できた競走馬でした。
・スワンステークスまでの8戦で6勝しており、それ以外は2着という極めて優秀な成績を残していたのでスワンステークスでは1番人気に押されたのでした。
【
・そんな強い地方馬との対決ということで「これだ!」と思って彼女が再登場。
・第一章で登場し、本章で少しだけ触れていた元〈カストル〉トレーナーで地方に左遷された彼女です。
・半ばくらいはダイタクカミカゼが追いかけた〈ミモザ〉の元サブトレと同じ高知のつもりだったんですが、今回の件で彼女の異動先は笠松になりました。
・本当はもっと盛り上げてもよかったんですが……正直、本章のクライマックスは終わっており、物語的にはウイニングランに近いような雰囲気になっているのに、そこまで重要なレースでない今回のスワンステークスを過剰に盛り上げるのもどうかと思って、サラッと流しました。
・それに……1番人気だったけど結果は16着だったし。