見えぬ輝きの最南星《アクルックス》   作:ヤットキ 夕一

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第33R 宿命の対決! その果てにあるもの

 

 ──季節は巡り、再びの秋。

 

 場所は中山レース場。

 ダイタクヤマトが一躍GⅠウマ娘となったレース、スプリンターズステークスの出走表に、今年も名前を乗せることができ、今日はその当日である。

 一年前とはまったく異なる景色にダイタクヤマトは感慨深そうにしていた。

 

「あれから1年でありますね……」

「長いようで、あっという間だったな」

「はい。無我夢中でしたし」

 

 観客席を見ながらつぶやいたダイタクヤマトにオレが応じると、彼女はうなずいてこちらを見てきた。  

 

「この一年、GⅠウマ娘として立派に走れていたと思うぞ」

「そうでありましょうか……」

 

 オレの感想とは裏腹にうつむき気味になって耳を垂れた彼女の様子から、明らかに不本意だったというのが見て取れる。

 

「去年のスワンステークスは勝ったし、この前走ったセントウルだって2着だった。春レースだって──」

「高松宮記念はダメだったじゃないですか……」

 

 なるほど、理由はそれか。

 今年の春に開催された高松宮記念でダイタクヤマトは8着。

 GⅠレースということならその間にマイルチャンピオンシップを走っていたのだが、これは彼女の強い希望で出走させたもので、適正距離からも勝敗を度外視していた側面もある。だからそこでの敗戦は気にしていなかった。

 一方で高松宮記念は短距離という自身の舞台でのレース。

 前年に走った経験もあるし、なによりも“春秋スプリントGⅠ制覇”の達成に意気込んでいた。

 だからこそ8着という結果はショックだったのだろう。

 

「……その前哨戦では勝っただろ?」

「だからこそ、です」

 

 スプリンターズステークス後にGⅡのスワンステークスと年明け初戦のGⅢ阪急杯で勝ったのだから短距離重賞だけで見れば連勝していたということ。

 そこに自信を感じていたからこそ、その落ち込み具合は大きかった。

 敗れたにしても2着や3着に入ったりせめて掲示板を確保したのならともかく、8着という結果も敗北感が強かった。

 現に今もそれが尾を引いているようで……心なしかダイタクヤマトの表情が固い。

 

(高松宮記念の時は、“二大スプリントGⅠ制覇”がかかっていたから重圧(プレッシャー)はあった)

 

 他の距離に比べると歴史の浅い短距離(スプリント)GⅠだけに、その栄誉は未だに1人だけしか達成していないレアなもの。達成すれば高松宮杯が短距離GⅠへと変更になって以来2人め、高松宮記念に変更後は初となり、歴史に名を残す快挙になるはずだった。

 8着という不本意な結果は、その重圧に負けたと言える。

 真面目な彼女の性格が災いして気負いすぎていたようにオレの目には映っていた。

 

(今回だってスプリンターズステークスの連覇がかかっているからな……)

 

 群雄割拠の短距離(スプリント)界では同一GⅠの複数制覇も難しい。

 複数回制覇は連覇しているサクラバクシンオーのみであり、GⅠ昇格前のオープン特別時代に2人いたくらいだった。

 その難易度を知っているからこそ、そして高松宮での敗北という結果が今回も彼女に重圧(プレッシャー)となっているのだろう。

 オレは小さくため息をつき、そして声をかける。

 

「高松宮記念のことは気にするな。春秋にあるGⅠは天皇賞に宝塚と有最強決定戦(グランプリ)に安田とマイルチャンピオンシップの春秋マイルと、シニアGⅠで春秋ってのは珍しいもんじゃない。で、GⅠだから当然にレベルが高く、達成できる方も少ないんだから──」

「その少ない一人がパーマーさんじゃないですか」

 

 そう言ってジト目でオレを見てくるダイタクヤマト。

 メジロパーマーがダイタクヘリオスの親友だから意識しているのだというのは分かる。

 分かるんだが……

 

「パーマーさんが有記念を制覇した時は、去年の私ほどじゃないですけどさほど注目されていませんでした。でも次の宝塚ではしっかり結果を残したわけじゃないですか。それに比べて私は……」

「ダイユウサクは有の後、宝塚で負けてるぞ? パーマーが珍しい例なだけだ」

 

 勝たせることができなかったのはオレの責任。

 だからこそその結果には胸が痛かった。彼女に“一発屋”などというあだ名を付けさせてしまったのだから。

 その痛みを悟られないように視線を外しつつ言う。

 きっとアイツのことだろう、聞き耳立てていて機嫌悪くなるんだろうなぁ。

 

「あの年の宝塚を制したのはメジロライアンで有ではアイツに負け、彼女はその前の年にも有に出ているがオグリに負けている」

「でも、同い歳のマックイーンさんは実質的に天皇賞春秋制覇したも同然じゃないですか。彼女は天皇賞を三連覇しているし──」

「負けは負けだ」

 

 卑屈とさえ言えるようなダイタクヤマトの反論にオレは大きくため息をつくしかなかった。

 アレは、春秋制覇を防ぐことになったヤツ(プレクラスニー)も不本意だっただろうし、彼女のその後を思うと本当にため息しか出ない。

 そんな彼女の名誉のためにも、彼女の勝利だったことはハッキリさせておかなければならない。

 

「そんなメジロマックイーンだって、唯一出走した年の有記念で誰かさんに負けたせいで結果として春秋グランプリ制覇も達成できなかったんだから──」

「それを貴方様が言うなんて……聞きようによっては皮肉に聞こえてしまいますわよ」

 

 オレの言葉に割り込んできたのは、ダイタクヤマトの声じゃなかった。

 振り返るといつもの快活な笑みに多少の苦笑を混じらせた、見覚えのあるウマ娘だった。

 

「そんなに大きな声で言っていたら、マックイーンさんに聞こえますわよ」

「ダーリング殿!!」

 

 彼女を見た途端、ダイタクヤマトの表情がぱーっと明るくなる。

 そんな反応にオレは内心、ホッとしていた。

 

「高松宮記念で御一緒させていただいたので、久しぶりというわけではありませんけど……ようやく(わたくし)も重賞を掴み、貴方と肩を並べても恥ずかしくない存在になることができましたわ」

 

 ダイタクヤマトへにっこりと自信のある笑みを浮かべてそう言うメジロダーリング。

 そんな彼女は高松宮記念後のこの夏に大きな結果を残していたのだ。

 

「重賞制覇おめでとうメジロダーリング。重賞二連勝は本当に見事だった」

「ありがとうございます、乾井トレーナー。貴方様からの賛辞が一番嬉しく感じますわ」

 

 メジロダーリングはそう言って笑みを浮かべながら優雅に一礼する。

 

「それに、なにしろURA史上初になる直線重賞の初代王者(チャンピオン)だからな」

「歴史に名を残したという意味ではメジロ家の名に恥じぬ結果を残せてホッとしています」

 

 メジロダーリングは伝統あるメジロ家が重視していた長距離路線ではなく短距離に目を向けて輩出したウマ娘。

 その肩にメジロ家の短距離路線を背負っていただけに、重賞レースで勝てなかったのを気にしていただろうし、結果を残したことで重圧から解放されるだろう。

 

(これからの彼女は、要注意だろう)

 

 ダイタクヤマトのライバルである彼女。

 二人は互いに切磋琢磨している良い関係だと思っているが、1人のトレーナーとしては教え子(ダイタクヤマト)の結果を意識しなければいけないという立場上は、素直にそれ(強敵化)を賞賛できない面もある。

 ……などと思っていると、ダイタクヤマトが微妙な表情でオレとメジロダーリングを見ているのに気がついた。

 その不満そうな顔は「トレーナー殿は、自分のトレーナーなのに……」と雄弁に語っており、どうやら露骨に誉めすぎてしまったらしい。

 オレが苦笑混じりに一歩退くと、ダイタクヤマトが乗り出すようにメジロダーリングとの距離を詰める。

 それにメジロダーリングは反応し、勝気な笑みを浮かべた。

 

「無論、昨年の覇者であるGⅠウマ娘のヤマトさんに肩を並べたとは思っていませんわ。今日は胸を借りるつもりで挑ませていただきます」

「それはこちらの台詞です、ダーリング殿。高松宮記念ではそちらが2着。明らかに負けたんですから」

 

 ライバル同士の闘志が込められた視線が交錯し──ゲートへの集合の号令がかけられたのはちょうどその時だった。

 勝ち気な笑みを浮かべた二人はうなずき合ってそちらへと向かう。

 レースの開始は、もうまもなくだった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 

 ──ゲートが開いてレースの幕が開ける。

 

 その直後に先頭に立ったヤマトさんの姿を見て、(わたくし)は「さすが」と思いました。

 同時に血湧き肉踊り、興奮を抑えられなくなるのを感じてしまいます。

 

(この先頭争い、絶対に負けられませんわ……)

 

 それは彼女が間違いなく“逃げ”るということ。

 一年前のこのレースで世間を驚かせたその走りと競うことができず、ただ見守ることしかできなかった(わたくし)が“それ”に挑めるということなのですから。

 

「お先に、御免あそばせ!!」

 

 その背を追い、そして並びかける。

 内枠スタートの利を生かし、コーナーに入る際に前へと──

 

「……え?」

 

 確かに私の方が位置的に有利でしたが、明らかにヤマトさんがスッと後ろに下がっていったのです。それを証明するように(わたくし)と競うどころかすぐ横で同じように先頭を狙った方もあっさりと前に通しているようです。

 それに戸惑いながらも、(わたくし)は足に力を込めてさらに走り続けたのでした。

 ……ハッキリ言ってしまいますが、意外な反応でしたわ。

 

(ヤマトさん、なぜ……)

 

 てっきりヤマトさんと先頭争いになると思ったので早々に彼女が退いてしまい肩すかしを食らった感は否めません。

 しかし(わたくし)は“逃げ”しかできない不器用なウマ娘。ですからヤマトさんがどうであれ逃げる以外にありません。

 彼女から奪った先頭(ハナ)を維持し続けなければ勝利への道は開けないのですから。

 

(それに──)

 

 後ろへチラッと意識を向ければ、1人挟んでヤマトさんがしっかり付いてきているのがわかります。

 先頭を譲ったのがケガや事故によるようなものではなく、彼女の意図した作戦だったのは間違いありません。

 それに安堵しながらも、間逆の不安にもかられてしまいます。

 

(いったい、どんな策を?)

 

 なにしろ彼女の後ろにはあの“ビックリ箱(ジャック・イン・ザ・ボックス)”がいるのです。

 どんな奇策を繰り出してくるか分かったものでは──

 

『いい? ダーリング、ダイタクヤマトを意識するなとは言わないけどけっして見誤らないこと』

 

 その時、急遽来られなくなったトレーナー様の代わりについてくれた巽見サブトレーナーの言葉が頭をよぎりました。

 それは今回のレースに挑むにあたりおっしゃっていた助言です。

 

『異名のせいで誤解されがちだけど彼の本質は“奇策”じゃないのよ。担当ウマ娘が“できること”を驚異的なレベルで発揮させること』

 

 そう……それは(わたくし)もわかっていたこと。

 彼の実績を──その教え子たちの活躍をしっかりとその目に刻んでいるからこそ深く理解できたのです。

 だとすれば──

 

(ヤマトさんの位置は“逃げ切り”というよりは“先行”……)

 

 頭をよぎるのは去年のスプリンターズステークスではなく、その直後のスワンステークスでの走り。

 快挙を目の当たりにした周囲に警戒され、道中で先頭を取れなかったヤマトさんでしたがそれでも勝利をおさめているのです。

 

(つまり今の彼女は“逃げ”だけではないということですわ!)

 

 先頭や2番手にいなくても十分に警戒しなければならない相手。

 そして……

 

「くッ!?」

 

 気が付けば──レースは終盤を迎え、4コーナーにさしかかっていました。

 そこにきて(わたくし)は、彼女を意識するあまりにその術中にはまっていたのに気付いたのです。

 

(短距離は展開が早く、あっという間に終わってしまう。それを理解していたはずなのに!)

 

 その動きを深読みして迷いが生まれたせいで、(わたくし)は自分のペースで一気に駆け抜けるという“逃げ”の最大の強みを発揮する機会を逸していたのです。

 

「さすがヤマトさん。さすが、乾井トレーナーさま……」

 

 おそらくは彼女が弄した策ではなく、そのトレーナーが彼女にさえも秘して仕掛けた罠でありましょう。

 しかし、そんな二人が全力で(わたくし)の走りに対して勝負を仕掛けてくれたことが──嬉しくてたまりませんわ!!

 

「貴方様方が全力で挑んでくださるのなら、(わたくし)もそれに全力で応えるのみ──」

 

 疑問と悩みで全力の“逃げ”ができなかったからこそ、残っていた“脚”があるのです。それに全力をそそぎ込み、最後の直線での真っ向勝負を挑むのです!

 

 

『メジロだメジロだ! メジロダーリング先頭だ!!』

『外からダイタク!外からダイタク!』

 

 やはり、来ました。それでこそ我が宿命の好敵手(ライバル)

 外側のすぐ後ろにまで来た彼女の横顔。

 それをチラッと意識しながら、思うのです。

 

 ──負けられない。

 

 (わたくし)が背負っているのは、名門メジロ家の短距離路線という大きな重責。

 確かにそんなもの背負わされては重いのは間違いありません。

 ですが、だからこそ使命が意地が生まれ、さらなる力を湧き上がらせるのですから──

 

「悪く、ありませんわ!!」

 

 最後の最後で生じた力をその脚に乗せ、さらに前へと突き進む。

 そしてもうすぐそこまで迫ったゴール板が目に入る。

 追い上げてきたヤマトさんの勢いでは、(わたくし)に追いつくことはできませんわ!

 

 

「これで(わたくし)の勝──」

 

 勝利を確信した瞬間──内を通って現れた別の影が並んだのはそのときでした。

 

「──なッ!?」

 

 追い上げてきた勢いそのままに、(わたくし)の前へとわずかに出た彼女。

 そして無情にもゴール板は通り過ぎていき──

 

 

『最内勢いは、トロットスタアアアアァァァァァァァァッ!!』

 

 

 掴みかけたGⅠ勝利という栄冠は、(わたくし)の手からスルリと抜け落ちていったのでした。

 せっかく……彼女と対等の立場で“好敵手(ライバル)”と世間から認められる絶好の機会(チャンス)だったというのに。

 

 

 それを目の前で失い──あまりの悔しさに(わたくし)は視界がぼやけるのを走りながら感じたのでした。

 

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──負けた。

 

 私──ダイタクヤマトはスプリンターズステークスのゴールを過ぎ去って、その結果を噛みしめていました。

 3着という結果。

 1着は今年の高松宮記念を制したトロットスター。最後の最後で後ろから差されて、負けたのです。

 そして2着には──

 

「ダーリング殿、さすがの“逃げ”でありますね……」

 

 彼女は間違いなく強くなったと思いました。

 今までも何度も同じレースを競ったことのある相手だからこそ分かるのです。

 重賞レースを制する経験をしたことで、それが確固たる自信となりレベルを一段上に押し上げた──スプリンターズステークスを制した後の自分がそうだったので共感に近いものでもありますが。

 そんなダーリング殿の“逃げ”に(まぶ)しく思って、私は走る速度を落としながら思わずうつむき、地面を見ることしかできなかったのです。

 

(私は……逃げてしまった)

 

 走りの“逃げ”ではなく、ダーリング殿との全力での逃げ勝負を避けてしまったことへの後ろめたさがこみ上げてきます。

 春のGⅠである高松宮記念は先頭(ハナ)をきるどころか、序盤から最後までなにもできないまま押さえ込まれてしまったという惨敗でした。

 その結果だけでなく、自分の体に起こっていることだから分かるのです。

 

(私はもう、ピークを越えて衰え始めている)

 

 考えてみれば同期のウマ娘達どころか、下の世代のウマ娘でさえ中央(トゥインクル)シリーズを引退して次のステップへ足を進めている方々も多いのです。

 私はジュニアやクラシックで結果を残せなかったのを見ても明らかなように典型的な晩成型だったといえますが、それでも他よりもピークが遅いだけなのです。

 そんな自分の衰えを感じていたからこそ──

 

『今、波に乗っているメジロダーリングと真っ向勝負するのは分が悪い』

 

 相談したトレーナー殿もそう仰り、“逃げ”を潰される予想の上で準備したスワンステークスでの経験を生かして走ったですが……

 そこまでしたというのに春のスプリントGⅠ覇者トロットスターさんにも、ダーリング殿にも負けてしまった。

 

(私自身で上り坂から下り坂へと入ったのを認めたというのに……)

 

 ヘリオスさんに憧れて、その背を追いかけて磨き続けた“逃げ”さえ捨ててしまった。

 それが他でもないダーリング殿と共に走った、この大舞台で。

 だからこそ今になって後悔が出てきてしまったのです。

 

 ──自分はダーリング殿の“好敵手(ライバル)”である」と胸を張って言えるのか?

 

 私達共通の舞台である“短距離での逃げ”から自ら降りてしまった自分に、その資格が果たしてあるのでしょうか?

 このままでは、ますますダーリング殿の期待に応えられないようになっていく自分が怖くさえ感じてしまいます。

 

(それならいっそ、中央(トゥインクル)シリーズから──)

 

 足を止め、うつむいていた私の視界に、スッと手が差し出されたのはその時でした。

 

「え?」

 

 驚いて目線をあげると、そこには波打った髪を後頭部で一括りにし、快活な笑みを浮かべたウマ娘がいます。

 今まで何度も見たその笑顔は──

 

「いい勝負でしたわね、ヤマトさん」

「ダーリング殿……」

 

 彼女も分かっているはずです。私が逃げ勝負を避けたことが。

 きっと彼女に失望されたと直前まで思っていた相手は屈託のない笑顔で「いい勝負だった」と言ってくれたのです。

 

「惜しくもGⅠウマ娘にはなれませんでしたけど、それは次の機会にとっておくことにいたしますわ」

 

 自分に並んでみせるとどこまでも前向きな姿勢で笑顔を見せる好敵手(ライバル)の姿が、本当にまぶしい。

 そんなダーリング殿は、おずおずと差し出したヤマトの手をしっかりと掴み、握りしめる。

 

「次もまた、共に走りましょう!」

「よろしい、のでしょうか?」

「愚問ですわ! よろしいに決まっているじゃありませんか!」

「でも、次走は……」

 

 お互いのスケジュールを知っている2人だからこそ、次のレースが別になるのが分かっているのです。

 それでもダーリング殿は気にした様子もなく……いえ、悪戯っぽい笑みを浮かべて提案してきたのです

 

「ヤマトさん、海外遠征してみませんこと?」

「海外? 欧州でありますか?」

「いいえ、そこまで遠くはありませんわ。国内の短距離重賞はお互いに当たりませんけど……香港で年末に短距離レースの重賞があるのです」

 

 彼女が言うには、香港は短距離レースが盛んでそのレベルも高いそうです。

 そういえば去年のスプリンターズステークスにも香港からきていたウマ娘もいたような……

 

「なるほど。そこであらためて決着を、というわけですね」

「ええ。強くなった(わたくし)の力、あらためて見せつけて差し上げますわ!」

 

 

 まだ見ぬ異国の地を思いながら、そことは繋がっている空を見上げて私とダーリン具殿の二人は再戦を誓い──

 

「──ですから(わたくし)もなんとしてでも短距離(スプリント)GⅠウマ娘になってきますので、お待ちくださいませ」

「え? 短距離のGⅠなんて、もう無いんじゃ……」

 

 戸惑う私に対し、ダーリング殿はチャーミングに悪戯っぽい笑みを浮かべるのでした。

 

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──12月。

 

 遠い異国の地で、ダーリングとヤマトの勝負が幕を上げようとしていた。

 周囲のウマ娘はもちろん見慣れぬ異国のウマ娘ばかり。

 

「さぁ、ヤマトさん。残念ながらGⅠウマ娘にはなれませんでしたけど、(わたくし)達日本の短距離ウマ娘(スプリンター)の実力を世界に見せて差し上げましょう!」

「ええ。もちろんでありますよ、ダーリング殿!」

 

 そんな中で、2人は視線を合わせて力強くうなずきあうと、力強く走路(ターフ)を歩いていく。

 

 

 日本のどのレース場から見えぬ最南星(アクルックス)の輝きを、見ることができるその地で──

 

 

 




◆解説◆

【宿命の対決! その果てにあるもの】
・今回のタイトルは『宇宙戦艦ヤマト2』の第23話「宿命の対決!」(『宇宙戦艦ヤマト2202』第22話も同名)と『宇宙戦艦ヤマト2199』第12話「その果てにあるもの」から。

1人だけ
・フラワーパークのこと。
・史実では高松宮杯がGⅠになった初年の1996年を制したフラワーパークは秋にスプリンターズステークスを制しています。
・もちろんその年の最優秀短距離馬に選ばれ、それだけじゃなく最優秀父内国産馬に選出されています。
・なお、高松宮記念になって現在(2024年5月)までに達成しているのはトロットスター(2001)、ビリーヴ(2002ス・03高)、ローレルゲレイロ(2009)、カレンチャン(2011ス・12高)、ロードカナロア(2013、スは2014年も)、ファインニードル(2018)。
・今年(2024)の高松宮記念はマックドールでしたが、スプリンターズステークスはどうなるんでしょうか。
・ちなみに2017年のスプリンタースステークス及び2017・18年の高松宮記念で2着だったのは、本作でもチラッと名前だけ出たことのあるレッツゴードンキです。

連覇
・GⅠスプリンターズステークスを連破しているのは作中にもあったサクラバクシンオー(1994、95)以外は2012、13年のロードカナロア、2016、17年のレッドファルクスのみ。(2023年現在)
・なお、高松宮記念に関しては連覇は珍しく、2010と11年のキンシャサノキセキしかいません。
・なおオープン特別時代のスプリンターズステークスを連覇しているのは1977、78年のメイワキミコと1974、75年のサクライワイです。

重賞二連勝
・2001年の夏、メジロダーリングはGⅢの函館スプリントステークスとアイビスサマーダッシュを連勝しています。
・なかでもアイビスサマーダッシュはこの年に新設されたレースであり、新潟芝1000はJRA史上初になる直線の重賞レースです。
・その初代王者に名を刻んだメジロダーリングは、文字通り歴史に名前を残した競走馬になりました。

急遽
・このとき相生さんではなく巽見がついているのは、メジロダーリングの騎手変更があったのが元ネタです。

GⅠ
・ダイタクヤマトのスプリンターズステークスの次走が約1ヶ月後のスワンステークスだったのに対し、メジロダーリングはそれに出走せずにJBCスプリントに出走しています。
・ゲームのウマ娘ではおなじみになっているダートGⅠですが、2001年の大井が初開催で、その初開催にメジロダーリングは出走しています。
・というか、距離はともかくダートで大丈夫なの?
・という不安は的中し、3番人気だったにもかかわらず14頭中13着。
・スワンステークスではなくこちらに出たのは、やっぱりGⅠが欲しかったというようにするくらいしか、理由が思い浮かびませんでした。(笑)

その地
・ダイタクヤマトの最後のレースは、香港で開催された海外GⅡレース、香港スプリント。
・そのレースにはまるで付き合うように共に走ってきたメジロダーリングの姿がありました。
・芝1000メートルで開催されたそのレースの結果は14頭中ヤマトが12着でダーリングが13着とけっしていい結果とは言えませんでした。
・ちなみに香港は沖縄よりも南なのですが、みなみじゅうじ座は夏の星座なので開催された12月にはアクルックスを見ることはたぶんできません。(笑)


※次回、最終話の更新は6月6日の予定です。  

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