見えぬ輝きの最南星《アクルックス》   作:ヤットキ 夕一

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 ──それから季節は巡り……


 オレは学園の敷地内でコースを走るウマ娘達をなんとなく眺めていた。
 もちろん、オレの担当するチーム〈アクルックス〉のウマ娘達ではないし、彼女達と同じレースを予定している競走相手のウマ娘でもない。
 まだどこにも所属していないウマ娘達による競走──選抜レースと呼ばれるものだった。

「はぁ……」

 自然と口をついて出るため息は、オレがそれを真剣に見れていない証拠だった。
 最近の自分のモチベーションがひどく低下しているのは自覚している。
 それが担当のウマ娘に影響を与えないように配慮し、自分では隠しているつもりだった。
 だが──それはトレーナーの部屋が同室で、付き合いも長くなった年上の後輩には見抜かれていたようだ。

『ここにいられても辛気くさくて迷惑だから、選抜レースでも見て気分を変えてきなさい』

 そう言われ、部屋を叩き出されるように出てきたオレは「アイツに言われるくらいだから、今顔を合わせればチームの連中にもバレるだろう」と判断し、〈アクルックス〉の部屋へ向かうのはやめた。
 メンバーの面倒を見るのをミラクルバードに任せたオレは他にやることもなく、巽見に言われたままに選抜レースを見に来たのだが……それでもやっぱりモチベーションは上がらない。

(そうは言われてもな……)

 デモンストレーションとしての意味合いが強いそのレースは、結果を見られるのはもちろんのこと、その内容も重視される。
 たとえ結果が伴わなくとも走りを見て光る何かを感じたトレーナーにスカウトされてそのチームに所属する、ということがそこかしこで起こる場だ。
 そんな中ではもちろん注目されるウマ娘もいる。
 学園に入学する前に出した成績で評価が高かったり、親兄弟から果ては親戚一同まで優れた成績を誇る名門出身だったり……そんなウマ娘達を見る他のトレーナー達の目の色は明らかに違っていた。
 そんな周囲を冷めた目で見てしまう自分との温度差にまた気が滅入ってしまっていた。

「理由は、分かっているんだ……」

 それについて気持ちの整理がつくなら、とっくに立ち直ってる。
 割り切ることができたらどんなに楽なことか。
 もしもそれができていたのなら、オレが走っているウマ娘たちへ向ける視線も違っていたんだろう。
 トレーナー達が熱視線を向け、「やはりすごいな」「前評判通りだね、彼女は」と高い評価を得ているウマ娘の走りを見ても、オレの心には響くものがなかったんだから。


 オレがこうなってしまったのは……あの年末からだった。





第34R さらばヤマト!その勝利が彼女を救うと信じて

 

 ダイタクヤマトがメジロダーリングに誘われ、香港の重賞に出たいと言ってきたので、オレはそれを承諾した。

 幸いなことに開催は12月。それこそ2年前ならスプリンターズステークスの開催があったが、今の日程ではとっくに終わっている。

 ただ一つ問題があったのは他のメンバーのスケジュールの手前、その遠征にオレが随行できないことだった。

 

「ダーリング殿の方は、相生トレーナーが行くそうですけど……」

 

 ダイタクヤマトの話によれば、チーム〈アルデバラン〉の相生さんが随行するらしい。

 国内に残ったメンバーはサブトレの巽見に任せるとのことで、そういう融通の利かせ方を見ると、サブトレまでいる大きなチームの余裕を感じてしまう。

 

「トレーナーが、トカちゃんを手放しちゃうからだよ」

 

 オレが思わず愚痴をこぼしたら、それを聞き咎めたミラクルバードにジト目をされてしまったが。

 ともあれ、ダイタクヤマトを相生トレーナーに託して香港遠征へと送り出したのだ。

 その結果は、成功──とはお世辞にも言えないものだった。

 しかし、それでも海外という別の舞台に立った経験は今後の彼女のレースで役に立つと思っていた。

 しかし──

 

 

 ──帰国した相生トレーナーとメジロダーリングの隣に、彼女の姿はなかった。

 

 

 メジロダーリングは沈痛そうな面持ちで、相生さんは普段通りの厳しい顔で、空港に出迎えにきたオレと対峙した。

 そして彼は言った。

 

「ダイタクヤマトは、ここには来ない」

「いったいどういうことですか、相生さん!?」

 

 思わず声が大きくなるオレ。

 

「彼女は……中央(トゥインクル)シリーズを引退した。そして学園から退学もした」

「なッ!?」

 

 告げられた、突然の別れ。

 いったいなにが起こったのか、いや何を告げられたのかさえ分からなかった。

 オレの頭が全力で理解を拒否していた。

 

「わけが……わからない。いったい何があったっていうんですか! もしかして遠征中に深刻な負傷でも──」

「違う」

 

 選手生命に関わるようなケガでもしない限り、そんなことは起こりえなかった。

 遠征について行かなかったオレも悪いが、引率していた相生さんを思わず睨んでしまう。

 そんな感情的になったオレに対し相生さんはあくまで冷静に、しかし反論を許さない確固たる口調で断言した。

 

「だが、それならなんでアイツがこの場にいない!? 全然納得できない! できるわけがない!!」

 

 相生さんへと詰め寄りかけたオレに対し、あわてた様子のメジロダーリングが割って入る。

 

「お待ちになってくださいまし、乾井トレーナー! これには事情があるのです!!」

「そんなのは、分かってる! 事情がなければアイツが、ダイタクヤマトが何の理由もなくフラッとオレの前からいなくなるはずがない! アイツは、そんな無責任なヤツじゃないなんて、オレが一番分かってる!!」

「ええ、その通りですわ。ヤマトさんが、どれだけ貴方様を慕い、頼りにしていたか……一番近くで見ていた(わたくし)だからこそ存じています」

 

 感情的になるオレを、必死に止めるメジロダーリング。

 その彼女が、目を伏せて静かに言う。

 

「でも……だからこそ、黙って去ったのです」

「……なぜだ?」

 

 悲しげに、沈痛そうにそう言った彼女の様子を見て、オレは幾分か冷静さを取り戻していた。

 ダイタクヤマトの好敵手(ライバル)である彼女は、もっとも近くで彼女を見ていたウマ娘なのは間違いない。

 そんなメジロダーリングだって、ダイタクヤマトがいなくなった今の状況にショックを受けていないわけがない。

 それを証明するように先を言えなくなってしまったメジロダーリング。その代わりに口を開いたのは、相生さんだった。

 

「レース後に、ダイタクヤマトの実家から連絡があった。様々な悪いことが重なって、家の事業が行き詰まり倒産したそうだ。それで彼女も学園に居続けることができなくなり、引退することになった」

「なッ……」

 

 絶句するオレに、メジロダーリングがさらに言葉を重ねる。

 

「遠征前にヤマトさんがなにかを憂えているのを見かけたことがあって、その時に彼女から簡単には聞いていたのですが……」

 

 確かにここ最近、世の中の景気はよくなかった。

 その不況の影響をもろに受けてしまい、事業が立ち行かなくなったらしい。

 

「なんで……」

 

 思わず口から言葉がついて出る。

 せっかくGⅠを制覇し、重賞戦線でも結果を残してそれがまぐれではないと実力を示してきたのに。

 こんな時期に、どうして……という気持ちと同時に、なぜオレにその話をしてくれなかったのか、という悔しさがこみ上げてくる。

 だが、ダイタクヤマトがオレにその話をしなかった理由は察しがつく。

 

「ヤマトさんも、御実家が大変なことになれば学園に所属している場合ではありませんでしょうから」

 

 会社が傾きかけたという点ではオラシオンの養父の和具さんも同じだったが、あの方は外資系の他社へ手放すことで会社を守り自身も破産することなく、それどころか得た資金を元手に別の事業を始めていた。

 そこに余裕があったからこそオラシオンは学園にも居続けられたし、おかげで一時代を築く程のアイドルウマ娘になることができた。

 ダイタクヤマトの実家にはその余裕がなかったんだろう。

 そしてそんな話を一介のトレーナーにすぎないオレが聞いたとしても、彼女の実家を助けられるわけがない。相談するだけ無駄だと判断したアイツは正しい。

 

「責任感の強いヤマトさんだからこそ御自身の体やレースの結果以外で学園を去ることになったのを申し訳なく思い、貴方様に顔向けできなかったのだと思いますわ」

「学園に提出が必要な書類は彼女から全て託されている。お前にも書いてもらうものもあるだろうが……手続きは俺がやっておく」

 

 向こうでダイタクヤマトから代理人として指定する書類を作っていた相生さんは、失意のオレの代わりにいろいろとやってくれた。

 もしもオレがやることになっていたら、未練で手続きが遅れてアイツ自身や学園に迷惑をかけていただろうから、相生さんには感謝しかなかった。

 

「無念ッ! GⅠを制した功労のある彼女であれば、居続けられる支援をしたというのに……」

 

 手続きが終わり、呼び出されたオレに向かってそう言った学園長は、無念そうにそう言ってしょげていた。

 秘書のたづなさんの気の毒そうな目もオレの心を癒すには至らなかった。

 

 

 ──こうしてダイタクヤマトは学園から、オレの前から姿を消した

 

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「パーシング、レッツゴーターキン……二度ならず三度まで……」

 

 オレに何も言わずに一方的に去っていったウマ娘はこれで3人目だった。

 もちろん全員がそうして去ったわけじゃない。オラシオンのように円満に去った者もいる。

 喧嘩別れのようしてチームから去るウマ娘とトレーナーの関係もよくあるわけじゃないが、けっして珍しくもない話だ。

 

『他の2人と違って彼女の場合、家の都合なんだから仕方ないでしょ。アンタの責任じゃないわ』

 

 深刻になる必要はない、と巽見も言ってくれたがそう簡単に割り切ることはできなかった。

 家の都合だからこそ、その後の彼女が心配でもある。

 

「ちゃんと生きてるかな、アイツ」

 

 選抜レースもどんどんと進み、注目ウマ娘たちのレースが終わったことで周囲のトレーナーはレース後の勧誘へと進み始めたらしく、周囲の密度は当初と比べて明らかに落ちていた。

 複数のトレーナーが1人のウマ娘に集まり、熱心に勧誘しているのを他人事のように眺めつつ……オレは思わずため息をつく。

 

 ──そのときだった。

 

「あ、やっと見つけましたよ! トレーナー殿!!」

 

 聞き慣れた声が、オレの耳に飛び込んできた。

 

 ──驚き、思わず振り向く

 

 そこにはひさしのついた帽子を目深に被ったウマ娘が立っていた。

 その帽子と色合いを合わせた動きやすさを重視した作業服を身にまとっている。

 会社の制服制帽といったその出で立ちの彼女は、オレに向かってきていた。

 

「チーム部屋に来るものだと思って待っていたのですが、いつまでも来ないので困っていたんですよ」

「なッ……」

 

 色々と言いたいことがありすぎて言葉にできないオレをよそに、くいっと帽子のひさしを上げて見せた笑顔は間違いなく──

 

「ダイタクヤマト、どうして……」

「なぜって、トレーナー殿のサインか印鑑が必要だったので。あ、荷物の方はチーム部屋の方にちゃんと届けましたけど」

「……荷物?」

 

 訝しがるオレに対し、彼女は「ハイ!」と良い笑顔で大きくうなずいた。

 

「クロカゲヤマトの超ド急便でありますッ!!」

 

 そう言って「ふふん」と得意げにするダイタクヤマト。

 言われてみれば、着ている服装は運送業の宅配ドライバーの人たちが着ているものとそっくりなことに気がついた。

 

「実は学園を去った後、オラシオン先輩の実家から支援を受けたりして、新たな事業を始めまして……それが運送業というわけなんです」

「ちょっと新人! 油売ってないでアイツ見つけなさいよ──って、こんなところにいたのね」

 

 以前と変わらぬ笑顔で説明するダイタクヤマトに呆然としていると、彼女と同じ制服のウマ娘がやってきて、その顔を見て2度驚く。

 

「お、お前……」

「なに、私が学園にいたら悪いワケ?」

 

 制帽から出た長い髪を神経質そうにいじりながら、ダイタクヤマトに続いて見覚えのある顔のウマ娘はオレの視線から逃れるように視線を逸らしている。

 

「パーシング殿、確かに自分は運送業は新人ですけど……でも一応は自分が社長なんですから、多少は敬意を……」

「そう思うのなら、キッチリ仕事をしなさい」

 

 目の前で言い争い始める2人に、オレは理解が追いつかない。

 そんな様子に気付いたのか、ダイタクヤマトはオレへと振り向いた。

 

「ああ、パーシング殿はオラシオン先輩から支援をいただいたときに紹介されたのです。ウチの会社はウマ娘による安全・迅速・丁寧な配達を売りにしたいと言ったら、運送業の経験のある知り合いがいる、と──」

「私としても正社員としてしっかり働きたかったし、待遇もよかったからヘッドハンティングされたってワケ。はい、これに名前書いて」

 

 相変わらずな態度のままパーシングがさし出してきた受取伝票とペンを受け取り、オレは言われるがままにサインを書いた。

 

「妙な書類じゃないだろうな?」

「なにをバカなこと……そんなこと言うならちゃんと確認しなさい。でないと私みたいなウマ娘にまんまと騙されるわよ」

 

 そう言って不適な笑みをチラッと見せてから伝票を確認し、彼女はダイタクヤマトへと振り返る。

 

「ほら社長、まだ届けないといけない荷物はたくさんあるわよ!」

「もちろん、分かっているでありますよ」

 

 騒がしくもやってきた2人は「それではトレーナー殿、また!」「今後は贔屓にしなさいよ」と言いつつ、去っていった。

 そんな姿を見送りつつ、オレの口からは「はは……」と思わず乾いた笑いを漏れていた。

 それから天を仰ぎ──大きくため息をつく。

 

「よかった……アイツ、いやアイツらがちゃんと生活できていて」

 

 無事に、そして明るくたくましく生きている2人の姿はオレの心を軽くしてくれた。

 そして、同時に思う。

 アイツらが頑張っているのなら、オレも頑張らないといけない。

 そうでなければアイツらに顔向けできないし、心配していただろうチームの連中に対しても同じ。

 

「オレだって立ち止まっていられない」

 

 気を新たにして選抜レースに目を移す。

 まだ全てのレースが終わったわけではない。しかしトレーナーのほとんどはすでに席を外しており、かろうじて残っているトレーナー達も興味を失っているような状況だった。

 目玉と言われていた注目のウマ娘のレースは終わっていたからだ。いなくなったトレーナーの面々は彼女たちを追いかけ、今頃は必死に勧誘しているころだろう。

 それに対してオレは、出遅れた──とは思わなかった。

 

「そういうのは〈アクルックス(ウチ)〉のやり方じゃあないからな」

 

 自然と口がニヤリと歪む。

 誰も予想しないようなウマ娘にGⅠの栄冠を掴ませる──それこそが“驚愕(びっくり)の〈アクルックス〉”というチームの、“ビックリ箱(ジャック・イン・ザ・ボックス)”たる乾井 備丈(オレ)のやり方だ。

 

「だよな、ダイタクヤマト……」

 

 あのスプリンターズステークスでの彼女の逃走劇が脳裏に浮かぶ。

 そして他のウマ娘達も……

 

 大逃げという博打を打って大本命オラシオンを追いつめたロンマンガン──

 大混戦の集団から抜け出すサンドピアリス──

 大外のさらに外を駆け抜けていくレッツゴーターキン──

 大本命である絶対無敵のウマ娘を真っ向勝負で抜き去ったギャロップダイナ──

 

 そして……

 

 最強ステイヤーを相手に内からそれ以上の素晴らしい末脚を見せ、デビューから2戦連続のタイムオーバーというドン底から栄冠を掴んだウマ娘──

 

 オレがこの場にいるのは間違いなく彼女のおかげだ。

 あの日、高熱を出していた彼女と出会わなかったら……地方のトレセン学園へと移り、そこでも結果を出せずに今頃は廃業していただろう。

 そんな昔のダイユウサクの走りが脳裏に浮かんだのは──

 

「こ、これは……」

 

 ──ほとんど誰も興味を持ってみていない選抜レースを見ていたせいだった。

 そこに走っている1人のウマ娘。その姿に妙に惹かれるものがあった。

 別に、その姿がアイツに似ているというワケじゃない。ボーイッシュな短い髪やらを見れば外見的にはむしろ似ても似つかない。

 ウマ娘達がよく言う運命的な何か──を感じたわけでもない。アイツとの強いつながりを感じるようなものはなかった。

 

 ……だが、それでもオレの目には、そのウマ娘の走りが妙に琴線に触れた。

 

 他を圧倒するほどの速い走りをしているワケじゃない。

 オラシオンや、負傷前のミラクルバードのような天与の才を感じさせるものでもなく、むしろ平凡な部類にはいるだろう。

 

 だが……オレの心は彼女の姿を捉えて離さなかった。

 

 あの日──所属していたチームを離れた後、オレがアイツに声をかけて練習中の他の2人と“併せ”と称して走った、あの姿が重なっていた。

 

(あれを見なかったら今のオレも、〈アクルックス〉も無かったはずだ)

 

 そんなオレの原点とも言うべき、アイツの走りと同じものをそのウマ娘から感じたのだ。

 今にして思えば、オレから声をかけたワケじゃなく縁あってウチのチームにやってきたレッツゴーターキンやサンドピアリス、ダイタクヤマト達からもそれを感じていたのかもしれない。

 それはまさに〈アクルックス〉ともいうべき、世間を驚かせるウマ娘の予感だった。

 アイツらと過ごした中で鍛えられたそんなオレの勘が、彼女がまさにそれだと告げたのだ。

 

(それだけじゃない……)

 

 芳しくない結果にゴールしてから苦笑した彼女だったが、その表情には愛嬌があった。

 少し情けない姿でも周囲の人を笑顔にさせる──そんな他人に好かれる天与の才を感じた。

 そしてそれは競走(レース)を走って勝利し、ウイニングライブで注目を集めるウマ娘にとっては必要不可欠な、アイドル性という才能だと思えた。

 

「コイツだ……」

 

 思わず笑みがこぼれてしまう。

 オレは確信する。

 目立つような成績でも走りでもないこのウマ娘は、アイツらのように輝けるものがある、と。

 そうしてオレは選抜レースを終えて呼吸を整えている彼女の下へとオレは走っていた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 レースを終えて、あたしは呼吸を整えて……最後に小さくため息をついた。

 

 今日は大事な選抜レース。

 他のウマ娘と競って自分の力がどれくらいなのかを知る機会なのと同時に、あたし達が走る姿をトレーナー達に見てもらえる貴重な機会。

 でも……その結果は平凡だった。少なくともあたし自身、会心の走りができたと思ってないし、一緒に走ったウマ娘といい勝負を演じられたわけでもない。

 

(このままじゃ、ダメだよね)

 

 準備していいた飲み物の入った水筒に手を伸ばし、のどを潤しながら反省していた。

 そんなあたしに近寄ってきた人がいたなんて、全然気付かなかった。

 

「──ちょっと、いいか?」

 

 無警戒なところで話しかけられたから、当然驚いた。

 思わず尻尾がピーンと立っちゃったけど……恐る恐る振り向くと、知らない男の人が申し訳なさそうに立っていた。

 

「は、はい? あ、あたしですか!?」

「ああ、そうだ」

 

 訝しがるようにあたしが訊くと、その人は申し訳なさそうに苦笑しながらうなずいた。

 学園のこんなところまで入ってきているってことは学園の先生かトレーナーかマスコミの人くらいだけど、見た感じとか選抜レースのことを考えたらやっぱりトレーナーさん、かな?

 そう考えるとドキドキしちゃうけど……でも、あたしみたいなウマ娘に声をかけてくるトレーナーなんているわけない、って言い聞かせて平静を保つ。

 だって、あたしは──

 

「キミ、もうチームは決まっているのか?」

「き、決まってませんけど。選抜レースに出てたんだし……」

 

 警戒を露わに答えると、その人は苦笑したまま「スマン」と謝って「決まっていても形式的に選抜レースに出るヤツもいるから」と言い訳をしました。

 

「そういうウマ娘(ひと)のレースって先にやったからもう終わってますよ。良家(いいところ)のお嬢様とか入学前の成績での注目株とか……」

 

 同世代で注目されている()達のレースが終わる度にいっぱいいたトレーナー達が去っていって、あたしの走ったレースのころにはほとんどいなくなっていた。

 そんな人たちがどんどんいなくなっていくのを見て悲しくなっていった気持ちを思い出してしまう。

 

「オレはそういう連中とはあまり縁がないし、興味をそれほどかき立てられなくてな」

 

 彼は遠くを見ながらそう言って、それからあたしに視線を戻します。

 

「オレは天の邪鬼(あまのじゃく)だから“勝てる”ってヤツよりも“勝てない”と言われてる方を応援したくなるんだ」

「……変わってますね」

「そうか? そういうヤツらの方が夢があるだろ?」

 

 思ったことをストレートに言ってしまったのに気付いて後悔したけど、でも相手はそんな素振りがなくてホッとする。

 むしろ楽しげにさえ思える表情で続けるその視線は遠くを見ていて──そこには他のウマ娘の姿があるように見えた。

 

「実績や名声だけで結果が決まるのならこの世はちっとも面白くない。逆転や番狂わせが、想定外と誤算こそが日々を彩る……オレはそう思ってる」

 

 そう言ってこちらを見る彼。口元はニヤリと笑みを浮かべているけど冗談でそう言ったんじゃないってなんとなく分かる。

 その笑みが本気でそう思っていて、世の中をひっくり返してやろうと思っている不敵な笑みに思えたから。

 そんな笑みから友好的な笑みへと変え、あらためてあたしに質問を投げかけてくる。

 

「で、お嬢様でも注目株でもないキミはこの学園で、中央(トゥインクル)シリーズで何がしたい? どんなウマ娘になりたくてやってきたんだ?」

「ひょっとして、本当に聞きたいことってそれですか?」

「ああ。話が少し脱線したが、それを聞きたくて声をかけたんだ。どうしてこの学園に来たのか。どんな夢を持って走っているのか……」

 

 トレーナーが選抜レース後のウマ娘に声をかけてきたということは……その事実に胸が高鳴るのを感じてる。

 でも同時に思った。なんであたしなんかに? と。

 この千載一遇のチャンスに乗っかって初出走(デビュー)したいという思いと、そのために美辞麗句を並び立てたいというズルい気持ちも生まれてくる。

 

(けど……)

 

 もしもウソとか思ってないようなことを言ったのを真に受けられてチームに入ったら、きっと後悔する。

 本当の自分を見て判断してもらわないと意味がないんだから。

 だからあたしは──

 

「ヒロインになりたいんです……」

 

 ──自分の素直な気持ちを語った。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 オレが声をかけたウマ娘は、真剣な眼差しでオレの質問に答えてくれた。

 

「あるレースを見たんです。そのレースはGⅠウマ娘が何人もいて重賞制覇したことのある強豪ばかり。でも……勝ったのは誰も注目していなかった重賞未勝利のウマ娘でした」

 

 ……どこかで見たことのあるレースなような気がしないでもないな、それは。

 

「それを見て思ったんです。あたしでも主役に、ヒロインになれるんじゃないかって」

 

 その夢は間違いなく本音だと分かった。

 そうでなければこんなにも真剣に、熱く言葉にはできない。

 

「走るのが好きだったけど大会で優勝したわけでもないし、メジロ家とかサトノ家みたいな良家の出身でもない。お母さんがスゴいわけでもスゴいお姉ちゃんがいるわけでもなくて、あたしは注目されるようなウマ娘じゃないから。だからそのウマ娘(ひと)みたいになりたいって、トレセン学園には入れれば中央(トゥインクル)シリーズに出て夢が叶えられるに違いないって思って、必死に頑張って──」

 

 そこで、そこまで言った彼女の熱が急速に失われた。

 その顔には乾いたような笑みが浮かべて続ける。

 

「でも学園に入ったら……やっぱり無理かなって」

「どうして?」

「さっきの選抜レースを見たら分かっちゃうじゃないですか。スゴいウマ娘はやっぱりスゴくて文字通りレベルが違う。実力が違い過ぎるんだもの。あたしはそんな強豪と競ったわけでもないのに結果が出せなくて……夢も、希望もないって言うんですかね」

 

 諦めてしまったようなその態度は、巨大な壁にぶつかって心が折れてしまったのだと分かる。

 これは……それを治すところから始める必要があるな。

 

「“パンドラの箱“って知ってるか?」

「たしかこの世の災厄が全部入ってたって箱でしたっけ? パンドラって人が開けちゃったから世界に広まったけど、あわてて閉めたから最後に『希望』だけが残って──」

「だいたい合っているが、残った『希望』というのは“完璧な未来視”だったという話もある」

「未来視、ですか?」

 

 訝しがるように見てくるウマ娘。

 突然の話題の転換への困惑もあるだろうが、その反応はこの話に興味を持ってくれているようにも思えた。

 

「これから先に何が起こるのか全部分かってしまう。それが世に出なかったおかげでオレ達は今、未来がわからないというわけだ」

「それって本当に災厄なんです?」

「もちろん災厄だぞ」

 

 彼女の疑問にオレは大きくうなずいた。

 

「未来が完全に分かるのならそう思えないんですけど……」

「それを言うなら『希望』の方がよほど災厄に聞こえないだろ? それも箱に入っていたんだからな」

「それは……そうとも限らないような?」

 

 オレの返しに小さな声でそう言うのが聞こえた。

 それで理解する。

 なまじ『希望』が見えるから、それに踊らされて不可能な夢を追いかけてしまうこともある。 

 それがまさに今の自分だと思っているんだろう。

 だが、オレが言いたいのはそういうことじゃない。

 

「見える未来がどうやっても変えられないものだったら? 自分が出ようとするレースが負けると分かっていてそれを変えようがないんだ。そんなレースに誰が出る? 誰が一生懸命トレーニングすると思う?」

「逆に言えば、確定した未来が見えれば不可能な夢に踊らされずに無駄な努力をすることもないってことじゃないんですか?」

「かもな。だけどそんなやる前から確定している勝利を見ても面白いか? そんなものに走るウマ娘も見る観客(ファン)も、熱くなれるわけがない!」

 

 そんなの当たり前だ。負ける側からしてみれば『絶望』でしかないんだから。

 もしもそんな世の中だったらつまらないし生きている意味もないだろう。

 

「未来がわからないこと──見えぬ勝利(輝き)にこそ価値があるんだ。だからこそ諦めずに『夢』をもって生きていける」

 

 パンドラの箱の中に『希望』があったのではなく、確定した未来が分かるという『完全な絶望』が世に出なかったからこそ、世の中に『希望』があるのだと思いたい。

 

「それが実現が不可能な夢だったとしてもですか?」

「それこそ未来が分かるわけでもないのに、なぜそれが叶わないと決めつける?」

 

 気弱な彼女にオレは不敵な笑みで答えた。

 オレは夢を叶えた──不可能を覆してきたウマ娘(彼女)達を間近で見ていた。

 

 

 最高の舞台で〈皇帝〉を倒した条件ウマ娘を──

 デビュー2戦をタイムオーバーしたウマ娘が〈最強ステイヤー〉に勝つ姿を──

 気弱な泣き虫ウマ娘が最後方から〈帝王〉を含めた全てを抜き去るのを──

 最下位人気のウマ娘が一瞬にして女王になったシンデレラストーリーを──

 重賞未勝利のウマ娘がGⅠウマ娘含めた多くの強豪を相手に逃げ切るのを──

 

 

 そんな彼女たちと共に歩んできたという自負がある。

 すべてオレのおかげだと言うような厚顔無恥じゃないが、それに多少なりとも貢献できていたはずだ。

 

「夢を実現するために走る……それがウマ娘競走(レース)じゃないのか?」

「それは……」

 

 そのウマ娘が見せた迷い。それは暗闇の中で光が見えたものだと思った。

 

「オレのことを世間では出せるものを出し切ったとかで“空き箱(エンプティ・ボックス)”なんて呼ばれてるが、自分では中身は空っぽじゃないと思っている」

「え……?」

希望(キボウ)()(チカラ)があればキミはきっと輝けるはずだ。夢を実現させてきっとヒロインになれる」

「トレーナーさん?」

 

 だからオレはそう言って手を差し出す。

 

「“空き箱”じゃなく、“希望の箱(パンドラ・ボックス)”なことを証明させてくれないか?」

 

 そうまでしてオレは、大事なことを言っていないことに気がついた。

 今の今まで名乗ってすらいないことに。

 

「オレは乾井 備丈。チーム〈アクルックス〉のトレーナーだ」

「ッ!? ひょっとして、まさか……“ビックリ箱(ジャック・イン・ザ・ボックス)”のッ!?」

 

 やっぱり分かってなかったらしい。

 まだまだ顔が売れていないのは少し寂しいが、昔やらかした件で広まった悪評が顔バレしないくらいに消えていると思えばマシか。

 そして彼女の目の色が変わったのは、異名のおかげだろう。

 先ほどの諦めて達観したような冷めた目ではなく、明らかに熱い意志が感じられる。

 

「あ、あの、こんなあたしでよかったら……ううん、違う! 是非、お願いします! あたしも見えない未来(輝き)に希望を持ちたいです!!」

 

 そういってオレの手を取ってくれた彼女にホッとする。

 そして……今度は大事なことを訊いていないことに気がついた。

 そんなことを見落としていたなんて、オレはどうやらかなり焦っていたらしい。

 

「聞き忘れていいたが、名前は?」

 

 なんとも間抜けな感じになってしまったが、オレの質問に対しててニカッと人好きのする笑顔を浮かべるウマ娘。

 その誰もを魅了するような笑顔でオレは確信した。

 彼女はアイドルウマ娘(ヒロイン)になる天性の素質を持っている、と。

 

 

「──あたし、テイエムプリキュアって言います!!」

 

 

 元気に力強くそう名乗った彼女が次なる「(見えぬ輝き)」となるウマ娘となるか否かは──神のみぞ知る。

 

 

第三章 ~Outrun by The Feathers of Icarus!~  ──完──  

 




◆解説◆

【さらばヤマト! その勝利が彼女を救うと信じて】
・今回のタイトルは1978年に公開の映画『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』』のタイトルと、『ギャグマンガ日和』の作中作『ソードマスターヤマト』の打ち切りになった最終回の最後の煽り文「ヤマトの勇気が世界を救うと信じて…!」より。
・この「ヤマトの勇気が世界を救うと信じて…!」は『女王騎士物語』という漫画が打ち切りになる際に『ソードマスターヤマト』同様(というかそれ以上)の怒涛の超展開で最終回が進んで「エルトの愛がアルマを救うと信じて…!」と終わり、ネタにされたこともあります。
・当初の予定では『宇宙戦艦ヤマト2』の最終話「ヤマトよ永遠(とわ)に」にする予定だったのですが……
・なお、本作は打ち切りではありません。(笑)

姿を消した
・ダイタクヤマトを語る上で避けて通れないのがその引退後の話です。
・スプリンターズステークスというGⅠを制した競走馬だったというのに、引退後に行方不明になった競走馬の1頭です。
・レッツゴーターキンのように後になって発見されたということもなく、本当に行方が分からずどうなったのかがわかりません。
・2010年に種牡馬を引退した後、千葉県の佐倉ライディングクラブで乗馬となり、その除籍後が行方不明になっています。

テイエムプリキュア】
・第四章で主役になる予定のウマ娘のうちの1人。
・元ネタはもちろん実在する同名の競走馬・テイエムプリキュア。
・自分のことを「名門出身でも、優れた記録を出したわけでもなく、母や姉がすごかったわけでもない」と卑下しているのは、竹園オーナーが購入した際には競売で相手がおらずに最低価格の250万円で落札したのが元ネタ。
・人気の高い競走馬なので実装する可能性も十分あるので、第四章についてはほぼ完成した状態でアップを始めたいと思っています。
・……ダイイチルビーの例があるもので。
・とはいえ、彼女の実装は名前の関係で馬主さんの許可もですが、東映の許可も必要な気がするのでなかなか難しいんじゃないかと思っています。
・相方の方は難易度高くないので実装しそうな気もしますけど、でもやっぱり彼女のクライマックスはテイエムプリキュアあってですからね。実名で出てこなかったら画竜点睛を欠くのは間違いありません。


※第三章は以上で終了となります。第四章の開始は未定ですが、できるだけ早く完成させたいと思います。
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