誕生日っていうのは、一年間365日のどの日だろうが関係なくあるわけで……
しかし不思議なことに、ウマ娘の誕生日というのはかなり偏りがあって、3月から5月の人達ばかり。
そんな中でアタシの誕生日の6月というのは──ウマ娘の中ではかなり遅い方なのよね。
アタシが幼いころに体が弱かったり、体が小さかったのはそれが影響──したとは考え辛いか、さすがに。
いくら発育が悪かったからって、育ちきるまでに十年以上かかるんだからそれを理由にするのは無理があるわよね。
ともあれ、アタシはそんな感じで同年代のウマ娘に比べると小柄で、しかも貧相な状態で幼少期を過ごした。
だから──正直、トレセン学園へ入学するほどの優秀さはなかった。なにしろ病弱だったし。
そんなアタシが入学できたのは、やっぱり
この中央トレセン学園にも非常に強い影響力を持つ、とんでもない重鎮ウマ娘の御方が口利きをしてくれでもしないと、当時のアタシ程度のウマ娘が入学できるわけがなかったんだし。
アタシどころか両親も知らなくてビックリしてたけどね。
そう、当時のアタシは体が弱かった。
体も細かったし、その頃から鹿毛の茶髪も伸ばしていたけど栄養不足で艶がなくてボサボサって感じ。
そんなだから、必死にトレーニングも頑張ったけど、ほとんど身になってなかったように感じる。
でも──周囲の目がアタシを必死にさせていた。
(誰がどう見たって、この学園にいられるようなウマ娘じゃないでしょ、アタシ)
その貧相な体や、それに見合った身体能力は、アタシが「コネで入学した」という噂をされるのに十分だったのよね。
だから、そんな悪評を覆すためにもアタシは必死に努力したわ。
体格の関係ない学力はもちろんのこと、運動だって鍛えればなんとかなる。体は急に強くはならないから、今は駄目でもいつかその努力が花開くときがあると信じて、アタシは頑張った。
少なくとも、その頑張りだけでも周囲に認められるように、と。
とはいえ、生まれ持ったものというものはいかんともしがたい、という冷徹な“この世の理”というものがある。
同級生が次々とデビューしていく中、アタシはとてもデビューできるような状態ではなく──最初の一年はレースに出ることさえままならなかった。
だから同級たちが活躍するのを、遠い世界の出来事のように眺めることしかできなかった。
サクラチヨノオーみたいにデビューしてからすぐに勝利を重ねるウマ娘たちの空気を身近で感じ──そして自分との差を思い知らされてため息を付く。
でも、アタシは続けた。
続けるしかなかった。
まだデビューさえしていない──スタートにすら立ってなかったんだから。
そんな中、本当にアタシから遠い世界──地方のカサマツ──で活躍した同学年のウマ娘の活躍が生徒会長の目に留まって、スカウトされた。
そうして彼女はこのトレセン学園へ転入してくることになった。
それはあっという間に噂となって学園中に広まった。
強いウマ娘の話があっという間に広がるのは、そう珍しいことではなかったから。
──その話題の彼女に初めてアタシがまともに会話したのは、食堂だったとハッキリ覚えている。
このころのアタシは食堂について苦手意識を持ち始めた頃だった。
アタシの食は健啖家が多いウマ娘はもちろん、同年代のヒトに比べても細かったのがその原因。
食欲のない日なんかは、ほとんど残すようなこともあったんだけど──
「あぁ、またダイユウちゃんってば、残してる……」
それを見咎めるウマ娘がいたのだ。
アタシが食事を終えて席を立つと、近くに彼女がいると必ずそう声をかけられる。
食器の上に残った料理を見て、彼女は悲しげな表情を浮かべていた。
「う……、スーパークリーク……」
茶色の長い髪と、競うことを生き甲斐とするウマ娘にしては珍しく、穏やかな雰囲気を持った彼女。
その雰囲気が、大人しさとか優しさからくるものではない、と気が付いたのは彼女がアタシに声をかけてくるようになってからだった。
「大丈夫? また体調悪いの?」
「そ、そんなことない。熱もないし、トレーニングもきちんとできてるし……」
「それならちゃんと食べないとダメよ? そうじゃないとせっかくトレーニングしても体がきちんと作られないんだから」
彼女がアタシに声をかけてきたその理由の正体は──母性だった。
小柄で貧相、病弱に見えるアタシの姿は、彼女の母性本能を直撃したらしい。
同級生から「まるで娘のよう」と揶揄されるくらいに、彼女はアタシの世話を焼き始めたのだ。
そんなに心配してくれるのは、ありがたいとは思う。
なぜなら彼女が眉根を寄せたのは、アタシが食事を残したのを責めるのではなく、純粋にアタシの体調を心配してのこと。
純粋に心配してくれる相手を無碍にするわけにはいかないのは当たり前。
でも、それはそれでアタシにとっては重荷でもあった。食べたくても体が受け付けないんだから、どうしようもなかったんだから。
そんなやりとりが何度も繰り返されているうちに、アタシはすっかり食堂で彼女──スーパークリークを警戒するようになってしまったのよね。
思わず彼女がいないのを確認してからコソコソと食事するくらいに。
その日も、あえて混んでいない時間にずらし、周囲を見渡して彼女がいないのを確認してから食事をもらい。席に着く。
──同時にため息をついた。
「いったい何やってるんだろ、アタシ……」
思わず口をついて出る愚痴。
たかが食事をすることに、なんでこんなに神経質にならなければならないんだろ。
そしてその“たかが食事”は日に三回もあるのだ。全寮制のこの学園では、基本的に3度の食事は、全てこの食堂でとることになるのに。
「でも……こんなんじゃ、身が持たないわよ」
気分的には天敵を警戒して身を守りつつ食事をとるような草食動物。
無論、そこまで警戒してもあとからスーパークリークが来てしまうことがあるので完全には防げない。
「そりゃあ、アタシが完食すればいいんだけど……」
つぶやきながらアタシは恨めしげに、今日も盛大に盛られた食事を見つめる。
それができれば苦労はないし、悩みもない。おまけにアタシのトレーニングにも良い影響を与えるだろうし、良いことずくめだ。
──それができないから、苦労も悩みも尽きないし、トレーニングも上手くいかないんだけど。
口からは自然とため息がついて出る。もう、今日この場所に来て何度目だろうか。
そうしていると──アタシの横で、「ドン!」と大きな音がした。
「──ッ!! え……?」
その音に驚いてそちらに目を向け──さらにその光景にアタシは唖然とさせられた。
そこには信じられないほどの、山盛りを越えた盛りになった料理が所狭しと並べられていたのだ。
もう見ているだけお腹一杯。胸焼けまでしてくるよう。
少し気持ち悪ささえ覚えるアタシの、その横の席に着いたのは──葦毛の髪のウマ娘だった。
長い髪で、前髪が白く、頭頂部は黒くなっている特徴的な葦毛。
その彼女は──
「──いただきます」
そう言って手をあわせると、その大量の食事をあっという間に平らげ始めた。
見る見るうちに消えていく料理たち。
その速度は恐るべきもので、目の前の光景ながらとても信じられない。
「えぇ…………」
唖然とするアタシの口から思わずこぼれた声に、彼女は一瞬だけ反応した。
耳がピクッと動いてこちらを向き、その後、彼女はチラッとこちらへ視線を向ける。
無言──いや、口が食べるのに忙しすぎてしゃべることができなかっただけなんだけど、彼女の目は雄弁に「やらんぞ」と語っていた。
(いらないわよ! ったく、もう……)
こっちは通常量の食事さえ持て余しているんだから。
その視線に思わず悪態を付きたくもなる。
そうしているうちにアタシへの興味をなくしたのか、はたまたアタシが食事に興味がないのを悟ったのか、彼女は目の前の食事へと再び集中し──気が付けば、先ほどまであった大量の食料は、瞬く間に消え去っていた。
さすがにそれには唖然とするしかない。
(世の中にはこういうウマ娘もいるのね……)
自分と対極のようなそのウマ娘を思わず見つめ、我が身を省みてそっとため息を付き──驚くべきことにまだ足りなさそうにさえしている彼女を見て、ふと思いつく。
アタシの手元には、おかずに手を付けていない食事があった。
(あれ? これって名案なんじゃ……)
その考えに至ったアタシは、彼女がおかわりを取りに席を立つ前に、声をかけた。
「あの……」
「ん?」
多くは語らない。クールな感じの彼女は、アタシの呼びかけに静かに振り返った。
一度、アタシを見て、次にアタシの前にある食事を見る。
それからもう一度アタシを見た彼女に──
「これ、食べない? 全然手を付けてないから──」
「いいのか?」
即答だった。
確認する彼女にアタシがうなずくと、彼女はアタシが翻意しないうちにと考えたのか、あっという間にそれをペロリと平らげてしまった。
そのあまりに見事な食べっぷりに、アタシはついには呆れやその他いろいろな感情を放り出して、苦笑気味に微笑む。
その視線に気が付いたのか、その葦毛のウマ娘はアタシを振り返る。
「ありがとう。でも良かったのか? あまり食べていないようだが」
「ああ、心配してくれてありがと。でもアタシ、食が細くてほとんど食べられないから」
「そうか。それは可哀想に……」
人生のほとんどを損しているぞ、と言わんばかりに気の毒そうな目で見てくる彼女。
そんな彼女の目が、本当に可笑しくて──アタシはつい、笑ってしまった。
その反応に、きょとんとした彼女に対し、笑みを浮かべてさらに続ける。
「食べられないのは仕方がないけど、でも、残してしまうのはもったいないでしょ?」
「うん。それはそうだ。せっかくの料理なのに」
「もしよかったらアタシが、食べきれないときには、また料理を食べてくれない?」
勿論、食べ残しなんかじゃなくて、手つかずのものを、ね。
アタシが提案すると、葦毛のウマ娘は頷いて「そちらがいいのなら、是非」と答える。
同時に、アタシの心が軽くなった。
これで食器に料理が残っていて、それを見たスーパークリークに心配をかけることもなくなるんだから。
「うん、もちろんよ。これからよろしくね、えっと……アタシはダイユウサク。あなたは?」
アタシが名乗って尋ねると、彼女は爽やかな笑顔を浮かべ──
「──ああ。オグリキャップだ」
彼女が名乗った名前に、アタシは驚かされた。
その名前こそ、カサマツから転校してきた、今話題のウマ娘の名前だったんだから。
◆解説◆
【あれが噂のオグリキャップ】
・今回のタイトルは、元ネタあるの? という感じですが──
・意識したのは『勇者特急マイトガイン』の第1話「あれが噂のマイトガイン」から。
・まぁ、他にもありそうなタイトルですが、私が意識したのはコレです。
・ちなみにその前は「
【アタシの誕生日】
・ダイユウサクの誕生日は1985年6月12日。
・本作の掲載開始日はそれに合わせ、その36度目の誕生日より開始。
・1985年──といえば、茨城県民である私にとって印象深いのは「つくば科学万博」。
・当時、臨時に常磐線の駅ができたのですが、10余年後にそこを再利用したのが「ひたち野うしく駅」です。
・それにしてもこの駅名もそうですが、「つくば」の成功例にあやかりたいのか、茨城は自治体や地名とか、やたらとひらがな表記にしたがる傾向にありますね。
・当時の流行といえば──1983年の発売になりますが、初代ファミコンのファミリーコンピュータが爆発的にヒットしたころでした。
・というのも「スーパーマリオブラザーズ」が発売されたのがこの年(1985年9月13日)だったからです。
・ちなみに定着してる略称の“ファミコン”ですが、その商標登録って任天堂……ではなくシャープが持ってた時期があったりします。
・オーブンレンジのために1981年に家電部門で取ったそうなんですけど──1983年10月に娯楽用品部門でも取得。
・結局は、娯楽用品部門での商標はその後に任天堂に譲っていますが、家電部門については未だにシャープが所持中だそうな。
・娯楽用品部門の登録をファミコン発売直後にするとか闇を感じなくはないのですが……その縁があったからか後にディスクシステムも遊べる「ツインファミコン」はシャープ製でした。
・当時は「ディスクシステム外せば普通にファミコン使えるじゃん」と思ってましたが、発売元が違っていたからなんですね。シャープも“ファミコン”で稼ぎたかったと。
【トレセン学園】
・シンデレラグレイによれば、トレセン学園は地方にもある(カサマツトレセン学園)そうですが、今回のそれは府中にあるゲームやアニメと同じトレセン学園のこと。
・「日本ウマ娘トレーニングセンター学園」が正式名称。
・トゥインクル・シリーズでの活躍を目指すウマ娘のための教育機関で、全寮制の中高一貫校。
・東京都府中市に所在し、総生徒数は2000人弱。
・ダイユウサクはスーパークリークやオグリキャップと同じ世代なので高等部になります。
【体が弱かった】
・史実のダイユウサクは、生まれた直後は評価が高かったものの、成長するにしたがって体つきが変わってしまったそうで……
・虚弱体質(骨が弱く、腰の弱さも母から譲り受けてしまった)のせいで、調教がろくに行えないまま新馬時代を過ごしてます。
・そのため本作では“体が弱かった”という設定になっています。
・高等部になっても体弱いのにトレセン学園に入学するなよ、というツッコミが入りそうですが、中等部にすると同世代との絡みができなくなってしまうので、ちょっと無理のある設定になっています。
・遅かった誕生日のせい……でもあるんでしょうけど、本文中どおり、それを理由にするのはウマ娘的には厳しいかも。
・そもそも競走馬でも、その一日遅れで生まれた馬がクラシック時代に活躍してますし。
【コネで入学した】
・本作の“あの方”ことシンザンとの遠い親戚設定はこの状況のためです。
・というのも、↑でも解説しましたが、ダイユウサクは初期のころは乗馬転向させられそうなほど能力が低すぎて、どうやってトレセン学園に入学したという理由をつけようかと考えてしまうほどです。
・明らかに学園での底辺クラスの能力に、まぁ、ゲーム中の実況で名前呼んでもらえないモブウマ娘たちも入学しているんだからそこまで……と考えなくもなかったんですが、シンザンとの縁に気がついた時点で「これを利用しよう」と考えたのが理由。
・本章の題名が“みにくいあひるの子”である以上、ある程度いじめられないといけないので、その要素のためでもあります。
【サクラチヨノオー】
・シンデレラグレイで活躍し、ゲーム版でも(2021年6月現在)サポートカードが実装しているウマ娘。
・ダイユウサクと同世代で、G1朝日杯3歳ステークス(現在の朝日杯フューチュリティステークス)を制している。
・ここのシーンでは同じく新馬のG1、阪神3歳ステークス(現在の阪神ジュベナイルフィリーズ)を制したサッカーボーイの名前を出したかったのですが、未実装な上にシンデレラグレイでは「ディクタストライカ」というオリジナルウマ娘になっているので、あえて出しませんでした。
・本作はシンデレラグレイ準拠なので、ディクタストライカの名前を出してもよかったのですが、どうしても必要な登場でもないので、泣く泣くスルーしました。
・ちなみに「シンデレラグレイ」だと、昔の名前でも現在の名前でもないものにレース名が変わっています。それぞれ「朝日杯ジュニア
【ダイユウ】
・さすがに競走馬の名前は長いのが多いので、様々な愛称がつくウマ娘たち。
・ダイユウサクなら──と考えて順当に浮かぶのはユウサク。
・しかしこれは完全に男性名なのでさすがにあんまりだと思ってボツ。
・結果、ダイユウとなりました。
・ちなみに家族や近い親戚からは「ユウ」と呼ばれてます。
【スーパークリーク】
・ダイユウサクと同年代の競走馬の魂を受け継いだウマ娘。
・もとになった競走馬は、天才ジョッキー武豊に初めてG1勝利をもたらし、彼からも特別視されている名馬。
・ウマ娘としては実家が託児所で重度の「甘やかしたがり」という性格。
・そんな面倒見の良さから、明らかに(特定部分だけでなく体そのものが)発育不良なこの頃のダイユウサクを心配している。
・ただし、コネ入学に負い目を感じて他のウマ娘と距離を置いているダイユウサクにとっては、グイグイ距離を縮めてくる彼女が苦手だったりします。
・ちょっと悪役テイストが入ってしまい、本当に申し訳ない気持ちです。
・けっして筆者はスーパークリークが嫌いではなく、むしろ好きな方ですので。
・ゲームでも「円弧のマエストロ」目当てでSSRサポカに大変お世話になってますし。
【オグリキャップ】
・先のスーパークリークと並び「平成三強」と呼ばれ、また第二次競馬ブームの火付け役となった伝説的アイドルホース、オグリキャップ。そのウマ娘。
・漫画シンデレラグレイでは主人公になっており、それに準拠している本作でも、彼女は当然に登場。
・史実では、ダイユウサクの有馬記念の前年を「伝説のラストラン」で有終の美を飾っており、その年の天皇賞(秋)ではダイユウサクと走っている。
・活躍時期がズレているものの、オグリとダイユウサクは同い歳なので、どうしてもつながりを持たせたかったからダイユウサクも高等部にしたという経緯があります。