レースを終えた私は、早々に控え室へと歩いていた。
今回、私は4位。入賞はしたものの3位以内には入らなかった。表彰式からは蚊帳の外になるし、なにより雨のせいで全身ずぶ濡れというのもある。
トレーナーから渡されたタオルで頭を拭き、それで覆うように頭に上に載せて歩いていると──
「オイ、ちょっといいか?」
私は声を掛けられて、足を止めた。
振り返りはしなかった。
ひょっとしたら私を呼んだのではないかもしれない、と思ったから。
「──たしか、リュウジョウガイドだったよな?」
……私で間違いないらしい。
こっそり小さくため息をつき、私は振り返る。
「何?」
声をかけてきたのは、たしか私の後ろでゴールした5位のウマ娘だったはず。
一人だけ二つくらい年上で、その雰囲気と貫禄だけはもっている。
そんな彼女は、ちらっと周囲に目を走らせる。
つられて私も確認するけど──私と彼女以外に人影はない。
「アンタ、最後に──故意にヨレただろ」
「……知らないわ」
やれやれ。案の定、厄介ごとだったわ。
だから私は早めにあの場を離れて控え室へ行こうとしたのに。
「誤魔化さなくていい。オレ様も指示を受けていたからな。アイツからだろ?」
「………………」
そう言って彼女はある人の名前を出したけど──私は黙って彼女をジッと見た。
相手の意図が見えない以上、肯定も否定もできなかった。
「なぁ……このことを正直に話すつもりはないか?」
「────ッ」
一瞬、その言葉を聞いた衝撃で、私は目を見開いた。
しかしすぐに元の表情へと戻す。
でも──失敗した。こんな反応をしたら、さっきの彼女の言葉を肯定したようなものだ。
案の定、彼女は確信した様子だった。
「騙すようなマネをしたことは謝る。だが、オレ様は……今回のことを許すわけにはいかねえんだ」
「……知らないわね」
私が視線を逸らしてそう言うと彼女──確か、メヒコギガンテだったかしら──は、「そうか」と呟き、そのままさらに続けた。
「なら、これはオレ様の独り言だ。今回の件をオレ様は訴える。どうなるかわからねえが──アンタに迷惑がかかるから、と思ったから一応な」
「なんで、私にそんな話を?」
「オレ様は、後ろから見ていた。アンタの動きに違和感を感じたし、オレ様の事情からアンタも同じ穴の
確かに、あの時……先頭を走っていた私が抜かれるとき、確かに私は彼女へ妨害を行おうとした。
でも──
(届かなかったわ。速すぎて──)
想定外の末脚で私はタイミングを逃し、あっさり抜かれてしまった。
ひょっとしたら──彼女の気迫に気圧されたのかもしれない。ゴールした今にして思えばそういう感想さえ持っている。
結果的には仕掛けようとしたけど届かなかったのだから、バレるはずがない。
彼女も指示を受けていたと言っていたけど、私は彼女のことを知らなかったし、おそらく彼女もレース前から知っていたということはなかったはず。
なるほど、狙うように言われていたからこそ気づいたってわけね。
「………………なんのことか、分からないわね」
「そうか。
「ええ。お互い、これからライブですもの」
「お、そうか……オレ様、今回がデビューだったから、その辺りが分からなくてな」
悪びれもせず、そのウマ娘は片手を挙げて謝罪し──去っていく。
あまりに遅いデビュー戦を5位で終えた彼女は、この後、2戦後に勝利し──そして学園を去った。
──それがどんな理由だったのか、私は知らない。
レース後、アタシは全力を出し尽くしすぎて、意識がぼんやりしていた。
でもその後、他の人に付き添われて、シャワーを浴びて──意識はハッキリした。
ゴールしてからダート上を転がったせいで、髪の毛にまで砂汚れが付いていたし。
それになにより、ボーッとしてなんかいられないわ。
これから大事な──ウイニングライブなんだから。
その控え室に行ったアタシは、ついにその服を鞄から取り出した。
「ありがとう、ございました……」
アタシはその服を掛けて、そして改めて頭を下げた。
昨日、勝利を祈ったその服は、アタシにそれをプレゼントしてくれた。そう思えて仕方がない。
なぜならそれは──アタシは服を正面から見つめて笑みを浮かべる。
「ふふ……これを披露できる日が来るなんて……」
アタシはそれに袖を通しながら、思いに耽る。
赤を基調に、黒と黄色を取り混ぜた色合い。
裾が広がったスカートはまるでドレスのよう。
まだ一度も披露したことがない──改めて、チーム《アクルックス》で再出発するときに作った……いや、“ある方”から贈られた勝負服だった。
「私のせいで、あなたを苦しめてしまったようですね。本当に、ごめんなさい……」
「でも、あなたが再び競走に挑戦するというから……手向けくらいさせてくださいな」
「これは……申し訳ないけど、私の勝負服の意匠も、入れさせてもらったのよ。貴方を応援したくて、ね」
直々にそれを手渡されたとき、本当に緊張した。
というか、それを手に現れたとき、心臓が飛び出るかと思うくらいに驚いたわよ。
贈るにしても、送るんじゃなくて本人が直接来たんだから。目を疑ったわ。
そんな方からいただいたドレスに袖を通し、胸に手を当てる──
(──ここまで、本当に長かった)
デビューするまでも長かった。
デビューしたけど2戦連続の惨敗、さらにはチームのゴタゴタで、やめようと決意した。
それでもあの人がアタシのことを誘ってくれて──おかげでこうして、1位になれた。
──勝負服を着て、ライブのセンターに立てる。
それで恩返し、になるのかしら。
いよいよ迫ったその時に、胸が高鳴り──控え室を出て、そして舞台へ続く廊下へ向かう。
そこで、2位と3位のウマ娘と合流した。
「初勝利、おめでと」
そう声をかけてきたのは3位のウマ娘だった。アタシは彼女と面識があった。
前々走で一緒に走り、そのときに初めて1位をとったウマ娘だったので覚えている。アタシも初めての入賞だったし。
それを聞いて2位のウマ娘が、「私も、早く勝たないと」と言い──3位のウマ娘が「泣くなよ」とからかうように笑顔で声をかけてきた。
(そういえば、このウマ娘、あのウイニングライブで涙流してたっけ)
それを思い出しながら、アタシは「そんなわけないでしょ」と返し──ライブの舞台へと、3人で手を取り合って走り出した。
翌日──
「………………っ」
アタシは不機嫌だった。
というか、食堂でもいつもの場所に行かないアタシを、誰も腫れ物を触るように声をかけてこないのは、アタシ自身が誰も近づけさせないオーラを出しているせい。
唯一の例外は「ユウ、おめでとう!!」と無邪気なコスモくらいよ。
今も、ニコニコしながら食事をしているんだけど──周囲はコスモを「よくそんな雰囲気で食べられるな」と驚きの目で見ているくらい。
そこへ──
「オーホホホホ!! おめでとうございますわね! ダイユウサクさん!!」
うわ~、最悪なのが現れたわ。
アタシが遠慮なくウンザリした気持ちを露骨に顔に出すが、相手はそれでひるむようなタマじゃなかった。
「え? あのセッツがユウを称賛してる……」
そしてそれを見て、そんなことを言いながら驚くコスモドリーム。
彼女の言うとおり、現れたのはツインテールにした髪の毛に、吊り目が特徴的なウマ娘──サンキョウセッツだった。
そんな彼女がアタシの目の前に現れたのは、もちろん理由があるわけで──そしてもちろん、アタシへの称賛じゃない。
「見ましたわよ! あのライブ!!」
「ぶッ!!」
無視して食事を進めようとしたアタシは、セッツのその言葉で思わず吹いた。
一方、コスモはセッツのその言葉を聞いて無邪気に──
「あ、そういえば、まだコスモは見てないや……」
──なんてことを言ってしまう。
ああ、やめてよコスモ……それはセッツの罠よ
「あらあら~、じゃあせっかくだから今、見ましょう」
「な──ッ!? せ、セッツ!!」
案の定、言い出したセッツをどうにか止めようとするアタシだったけど、コスモは「うん!」と元気よく返事をし、それどころかセッツが持ってきたタブレットを見て「やった、大きく見えるじゃん」と大喜び。
スマホじゃなくて、わざわざ持ってきていたタブレットを操作するセッツ。
………………うん、大きな画面で見ようとか、もう悪意しかないわね。
アタシの初めてのウイニングライブの映像は、一晩で話題になっていたわ。
だたし──
『♪ひっけ、ふぁんぁーれぇ~、 とぉけ、ぉぉるまっでぇ~ ぁぁやくぃらぁいを ひみほぃたぁいぁら~~…………♪』
……………………。
何? なんか文句あるの?
何の歌かって? そんなのウイニングライブの定番「Make debut!」にきまってるじゃない。
再生される動画。
しゃくり上げながら、響く歌声。
あぁ~~! もうッ!!
そうよ、アタシは舞台に立って歌い始める前に感極まって、泣き始めたのよ!!
仕方ないでしょ? 今までのこと思い出しちゃったし、デビュー戦とかその次のみじめさも思い出しちゃったんだから!!
そうしたら止まらなくなっちゃったし、ライブは始まってるし、どうしようもなかったのッ!!
ちなみに、かろうじて声になっているのは今の部分だけで──後は声になってなかった。
その後に入るのは伴奏と、たまに観客の「がんばれ~」の暖かい声援。
なにしろ、サビどころかイントロからもう声になってないなかったわね。
「えっと……」
コスモも困惑気味に、その映像を見ていた。
そりゃそうよね。
だって、もうこのあとは本当に、伴奏が流れるのみだもの。
もう歌えなくなって──それだけじゃなく、泣き崩れそうになっているアタシを他の二人が苦笑混じりに寄り添って支えているのがアップになって流れていた。
さらには、4位以下のウマ娘たちに至っては、センターのアタシが歌えないせいでどうしていいかわからず、困惑しながらもとりあえず振り付け通りに踊っている、という何とも奇妙な光景。
「~~~~~~~くくッ」
サンキョウセッツが、必死に笑いをこらえてるのはイラッとするわね。
そんな映像がスマホではなく、タブレットの大きな画面で流れ──周囲の通りがかったウマ娘たちも、チラチラとそれを見て、それからアタシを見て、通り過ぎていく。
(く……、視線が、痛い……)
「ブハッ! もうダメ……こらえきれませんわッ!! アッハハハハハ──」
必死に笑いをこらえていたサンキョウセッツが、ついに大爆笑し──アタシはキレた。
殴りかかろうとしたアタシを、苦笑しながらコスモがどうにか止め──
「ゆ、ユウ。ダメだよ……」
──コスモどいて!そいつ●せない
さんざんアタシをからかったサンキョウセッツは満足顔で食堂から去っていった。
ホントにアイツ、食堂で食事もせずに何しに来たわけ?
そして──そのライブは、号泣ライブとして伝説になった。
もう……ホントに泣きたいわよッ!!
◆解説◆
【そして伝説へ……】
・前にドラクエⅣをやりましたので、今回はドラクエⅢです。
・うっかり、二回目の「大失敗」を使いそうになりました。いやいや、大失敗することろでしたよ。
【リュウジョウガイド】
・これまた本作オリジナルのウマ娘。前のメヒコギガンテと同じように、同名のモデル馬はありません。
・名前に入っているガイドとは、外国等の高峰で案内役となる現地人のこと。
・またリュウジョウは色々まっ平らな大日本帝国海軍空母の「龍驤」……のことではなく柳条、つまりは縞模様から。英語でいえば
・今回のレース、4位だったとのことだが、史実でのダイユウサクの5戦目の4位はヤマニンストライプ。
・……もちろん、本作の4位とは無関係だけど。
【2戦後に勝利し──そして学園を去った。】
・本作に於いて、このレースはメヒコギガンテは5位。名前の由来は前話の解説を参照。
・ちなみに史実レースの5位はマヤノジャイアント。
・
・いやぁ、偶然って怖いなぁ。
◆ちょっと追加解説……◆
・なお、今回あえて違う名前のウマ娘を出したのは、この二人がレースの妨害というルール破りの反則をしようとしたからです。そのような不名誉を実在の競走馬の名前を背負ったウマ娘にさせるわけにはいきませんので。
・──悪役なら、サンキョウセッツもじゃないの? という指摘もありそうですが
サンキョウセッツは反則行為はしていない。
ダイユウサクへの意地悪は好意の裏返しか、その行き過ぎたもの。
シナリオ上、血縁の関係で“サンキョウセッツ”である必然性がある。
といった観点で、今回の二人とは違うと判定しています。
・ですので、今後もシナリオの都合で、反則(史実通りのレースでの斜行等は除く)のような不名誉な行動を背負わせる時には、別の名前に変える予定です。
・ウマ娘の二次創作コンプラにもかかわることですし、元の競走馬に対するリスペクトですので、ご理解を。
【シャワーを浴びて】
・アニメだとサービスシーンになるところです。
・これまた昭和アニメのあるあるです。すげー唐突かつ無意味に入るんですよね。
【勝負服】
・ウマ娘の勝負服は、そのデザインにいろいろ理由がありますが、色に関してモデルになった競走馬のジョッキーが着る勝負服の色合い等のデザインの影響を受けている場合も多い。
・競走馬ダイユウサクの勝負服──つまりは橋元幸平氏の勝負服は赤に黒襷、黄袖。
・そして兄弟だった、シンザンの馬主である橋元幸吉氏の勝負服は赤に黒襷、黒袖と似ている。
・本作でのダイユウサクの勝負服はシンザンが考案したものという設定で、そのデザインはアニメのダイサンゲンが来ていたものと同じものです。
・シンザンは自分の勝負服の赤と黒を入れ、オリジナル要素で黄色を入れたのと思われます。
・ドレスのようにしたのは、どん底から一夜にして華麗に変身するシンデレラを意識して考えた──という設定です。
【3位のウマ娘】
・エイシンカンサイのこと。
・ダイユウサクの3戦目にあたるレースで初勝利している。
・元馬は1985年5月6日生まれのダイユウサクと同じ年に生まれた馬。87年9月に新馬戦でデビュー。
・デビューから21戦目でようやく初勝利という、ある意味ダイユウサクよりも苦労しての初勝利だった。
・前のレースのウイニングライブで涙を流していたのは、その苦労が報われたから。
【2位のウマ娘】
・ハクサンコペルのこと。
・彼女が初勝利をあげるのは、15戦後のその年の12月のこと。
・ちなみにこのレースは6戦目。これまで入賞さえなかった。
・↑のエイシンカンサイもだけど、こういうのを見ると初勝利するのさえ大変なんだと実感する。
・ウマ娘で実装するような有名馬たちは初勝利なんてあっさり掴むので……
・前走は3月18日と、ダイユウサクの3戦目と一緒だったけど、中京の第5レースということでひとつ前のレースを走っていた。
・元馬は、このウマ娘もダイユウサクと同じ1985年生まれ。
【号泣ライブ】
・まぁ、号泣ものはバズる定番ですな。号泣会見とか。
・ただ、彼女の場合は炎上ということにはならかった、ということで。
・どうしてこういうライブになったかというと──ウマ娘の主役たちの初ライブはだいたい失敗するものだから。
・アニメ1期のスペシャルウィーク───練習していなくて棒立ち。
・シンデレラグレイのオグリキャップ──笠松音頭で観客呆然。
・と、それぞれ失敗レベルだったので、それをリスペクトです。
・ただ、アニメ2期は主役二人がデビューしている状態だったので失敗してませんが。
※これにて第一章の2部──再起、そして初勝利編──は終了です。
・次はいよいよ重賞初挑戦、そして親友との対決となる第3部となります。
・ただ、ちょっと仕事が忙しくてストックが減ってしまいましたので、次回の更新は7月7日の予定です。