見えぬ輝きの最南星《アクルックス》   作:ヤットキ 夕一

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「待てぇ! ダイユウサクッ!!」

 真夏のトレセン学園にオレの大声が響きわたる。
 そして一緒にCT125──ハンターカブの動力であるJA55E型空冷4ストロークエンジンの音も響きわたる。
 真紅の車体はうだるような暑い空気を裂いて進み──その前を必死の形相で走るウマ娘を追いかけていた。

「今日という今日は、絶対に逃がさないからな!!」
「ちょ、ズルいわよ! そんなの使うなんて──」
「やかましい! 本気で逃げるお前に追いつくのに、陸上選手でもないオレが自力でできる訳ないだろ!!」

 実際、どんな距離だろうと──ウサイン・ボルトだろうがカール・ルイスだろうが、サムエル・ワンジルだろうが金栗四三だろうが……オリンピックの金メダリストであろうとも誰であろうとも不可能なものは不可能なんだ。
 ウマ娘はヒトと同レベルかそれ以上の小回りや瞬発力があるだけでなく、走れば最高速は自動車並みで、その上に走ってもケロッとしている持久力を併せ持つのだから。
 だが──ヒトも無力ではない。
 ヒトが他の生き物に打ち勝つために生まれたのが──道具であり、機械なのだ。

「機械の力を借りるなんて卑怯じゃないの! 正々堂々勝負しないさいよ!!」
「正々堂々とやって、勝負になるならな……」

 あまりに身勝手なダイユウサクの言い分に、オレは呆れてため息をつきたくなる。
 そもそも、こうして追いかけているのだって──

「くッ! 直線では厳しい、けど──」

 校内の交差点を曲がるダイユウサク。
 それに追随してオレが乗るハンターカブも曲がった。
 そして──差が開く。

「あら~、残念ながらバ(りき)不足みたいね。そんな瞬発力で追いつけるのかしら?」

 フフフ、と余裕の笑みを浮かべるダイユウサク。
 なるほど。こと追いかけっこに関しては本当に天才的なセンスを持っているな、ウマ娘は。
 たしかにこのハンターカブのエンジンは小さい。
 その非力さが、もっと大きな排気量のバイクに比べると最高速はもちろんだが、加速力という点に関して、特に差が出る。
 その弱点を的確に突いてくるのは、やはりセンスの良さだろう。
 しかし──

「ぬかせ!! カブとはいえ“ハンター”の名が付けられたコイツから逃げられるとでも思ったか!」

 もちろん利点もある。車体の軽さだ。
 ウェイトレシオでは負けようとも、絶対的な軽さは取り回しのよさにつながる。
 ついでに言えば──交差点を曲がればウマ娘だって最高速で駆け抜けられるわけではない。
 そして、オートバイと彼女たちの一番の違いは──

「おやぁ? ダイユウサクさん……顎が上がってきたようですけど、大丈夫ですかぁ?」
「く……余計な、お世話よ!!」

 ──スタミナである。
 いくらヒトと比べて圧倒的な運動能力だけでなく、ずば抜けたスタミナがあるといっても限界はある。
 自動車並の速度で駆け抜ける競走(レース)だって長くとも3600メートル
 生物である以上、全力疾走でいつまでも走り続けることは不可能だ。
 だがオートバイは燃料が続く限り、その速度を維持できる。
 ついにバテ始めたダイユウサクは目に見えて速度が落ちた。

「ほらほら、大人しく止まってお縄を頂戴しろ、ダイユウサク……」
「うっさい、アタシは……まだ、負けて……無いわよ!!」

 苦し紛れに、最後の力を振り絞って加速し──再び交差点を曲がるダイユウサク。
 オレはそれに続いて──

「なッ──」
「──ッ!?」

 交差点にさしかかろうとしていた車椅子とぶつかりそうになった。
 どうにか操作して、衝突は避けたがそのまま路外へと飛び──交差点の脇にあった植え込みへと突っ込んで、オレとハンターカブは止まった。

「た、助かった……」

 正直、植え込みがなかったらコケてケガをしていたところだ。
 それがクッションになって受け止めてくれたおかげで、愛車も派手な転倒にならず大きなダメージもなかった。
 とはいえ──

「……スマン、大丈夫だったか?」

 オレは植え込みの茂みから出ると、未だ驚いている様子の車椅子に乗っていた人へと近づいた。
 ん? いや、あれは──ウマ娘か?
 見れば、頭の上で驚いたために伏せている耳がある。
 そして彼女が特徴的だったのは、顔……というよりは目の周辺から上を隠すように被った、黄色い覆面のようなそれ。
 その覆面越しに見えた目は、明らかにおびえた様子だった。

「悪かった……怖かっただろ? まさか、お前だったとはな……」

 オレはしゃがんで視線を合わせ──安心させるために頭の上へと手を伸ばした。
 半ばパニックでそれどこじゃないのか、ともあれ拒絶されることはなかったので、ポンポンと軽く頭に手を乗せ──嫌がる素振りもなかったので、そのまま落ち着かせるために頭をなでる。

「あ……あれ? あなたは確か……トレーナーさん? でしたよね」

 それでようやく落ち着いたのか、初めて口を開き──オレに気がついたようだった。
 オレとそのウマ娘は面識があった。
 今のチームを受け持つ前、担当するウマ娘を探している最中に声をかけた中の一人だったのだ。
 その時は、珍しくいい手ごたえだったのだが──先約で、父の繋がりがあって入るチームが決めてあった、と断られた。
 それを思い出したようで──それから我に返り、自分がされていることに驚いた様子で、車椅子の上でワタワタし始める。

「だ、大丈夫! ちょっとビックリしたけど……うん、大丈夫……です!」
「そうか? 本当に……悪かったな」
「いえいえ。でも……大丈夫じゃなくなるのは、そっちの方かもしれないし」
「……え?」

 苦笑して、突然不穏なことを言い出すそのウマ娘。

「だって──」

 彼女は苦笑したまま、オレの背後を指さす。
 恐る恐る振り返ると──そこには笑顔のまま激怒するという、とても器用なことをしている理事長秘書の駿川たづなさんの姿があった。


 ──当然、校内をオートバイで暴走したことになっていたオレは、彼女にこっぴどく叱られた。
 ……おのれ、ダイユウサクめ。



第32R 大脱走! 乙女心となまけ癖

 

「──なんで、あんな阿呆なことをしたの? 盗んだバイクで走り出すような年頃じゃないでしょ?」

「……アレは正真正銘、オレのバイクだ」

 

 トレーナー部屋へ戻ってきたオレに、相部屋でとあるチームのサブトレーナーを務めてる年上の後輩が、呆れた目で見てきた。

 

「わかってる。アレで福島レース場まで一日で往復したって話は有名だもの……」

 

 その噂のせいで、奇特な目で見られているからな、オレは。

 なんでそんなことを──と今の巽見のように呆れた目で見られるわけだ。

 そんな中で「すげえ!」と言ってくれるのは、バイクに興味を持っているウマ娘くらいだろ。

 

「……先輩、なんであのウマ娘のトレーナーにならなかったの?」

「誘ったが断られた。当時はその噂よりも別の噂の方が有名だったからな、オレは」

「あ……」

 

 気まずげな顔になる巽見。

 そんな反応するなら、こんな話を振るなよ。ちょっと考えればわかるだろ、オレの事情くらい。

 内心でため息をつくと、巽見はあからさまな笑みを浮かべて、話題を変えてきた。

 

「で、最初の質問……なんであんなことをしたの?」

「校内をバイクで走り回るのが目的だったんじゃねえよ。追いかけていただけだ」

「追いかけたって……誰を?」

「決まってるだろ。担当のウマ娘だよ」

「え? ダイユウサクを? なんで?」

「自力で走って追いかけたら、追いつけなかったからな」

「いや、そんなの当然でしょ? それはわかってるけど……」

 

 私だって追いつけないわよ、と元武道少女で体育会系の巽見が言う。

 彼女の運動神経は抜群で、剣道の腕は全国クラスだったと聞いている。

 

「なんで、ダイユウサクを追いかけたの? どうして?」

 

 そんな巽見の質問に、オレは盛大なため息をつき──答えた。

 

「──アイツが、三日連続でトレーニングをサボったからだ」

「えぇッ!?」

 

 さすがに驚く巽見。

 

「ど、どういうこと? えっと……反抗期?」

「わからん」

 

 しかしそんな反応も納得できる。

 今まで、ダイユウサクがトレーニングをサボるなんて無かったんだから。

 アイツは今まで、オレに無茶な要求とか文句はさんざん言ってきたが、どんなに不満があってもトレーニングだけは信用してくれて従ってくれていた。

 それが突然──四日前にオレが指定した場所でくるのを待っていたが、待てど暮らせどアイツはそこへ現れなかった。

 心配したオレは、すぐにスマホでメッセージを送ったが──返信があり、「急用ができて、連絡ができなかった。ゴメンナサイ」とあった。

 そのときはオレも事情があったのなら仕方がない、と許して翌日も同じ場所でトレーニングすることにしたんだが……やっぱり現れなかった。

 さすがに校内を探し回って見つけたのだが──逃げられた。

 頭に来たが、ともかく「明日も同じ場所で待つ」とメッセージを入れて──

 結局、現れなかったので、今度は逃げられないようにとオートバイを持ち出し──あんな騒ぎになったのだ。

 

「……なにがあったのよ? 先輩とダイユウサクの間に」

「本気で分かんねえんだよ。この前の出走回避のことは、知ってるだろ?」

 

 そう、ダイユウサクは、11走目となった高松宮杯──結果は7位と振るわなかったが──の後、夏期の休養に入らず8月に、出走予定を立てていた。

 だが──それを回避した。

 そうせざるを得ない事情があったからだが……その理由は、膝の痛み。久しぶりの“ソエ(成長痛)”だ。

 

「覚えてるわよ。だってその後、提案したじゃない?」

「ああ。プールでのトレーニング……盲点だったから助かった」

 

 実は今まで、オレはダイユウサクを担当してから、プールを使ったトレーニングをしていなかった。

 そこへ、巽見から「適度な負担をかけたトレーニングができる上、水が患部を冷やしてくれるから効果的よ?」と言われ、盲点だったことに気がつき──それを採用することにした。

 それで、ダイユウサクにプールでのトレーニングを行おうと四日前から奮闘しているのだが……

 それを巽見に話すと、彼女は苦笑した。

 

「ウマ娘の中には、苦手にしている()もいるからね」

「ああ。六平(むさか)さんから聞いたけど、オグリも苦手らしいな、プール」

「あ~、それは私も噂で聞いた。でも……そんな弱点聞かされても、ね」

 

 強敵オグリキャップの意外な弱点ではあったが、とてもではないが競走(レース)でいかせるような話ではない。

 

「ダイユウサクも、苦手なんじゃない?」

「それならそれで、アイツなら言ってくると思うんだけどな。まさか無言でサボって、さらには逃げ出すとは……」

 

 正直、悔しかった。

 そんなに嫌がるものを、オレが強要すると思っているのだろうか。

 そこまで嫌がるのなら、オレはちゃんと有用性を説明して──それでもイヤだというのなら、やるつもりはなかった。

 しかしその対話すらできていないんだ。

 

「オレとの信頼関係って、その程度だったのか……」

「……先輩?」

 

 思わず口をついて出た小声の愚痴を、巽見には聞こえてしまったらしい。

 そんな彼女は苦笑を浮かべ──

 

「じゃあ、私がスパイを使って探り入れるわよ」

「スパイ?」

「ええ、彼女と同じ部屋に住んでいて、腹を割って話してくれる──そんなスパイを」

 

 なるほど。巽見の担当しているウマ娘を使うわけか。

 まぁ、今はどんな手段であれ、コミュニケーションがまったくとれない状態だから、本当に助かる。

 オレは「悪い、頼む……」と巽見に言い、そしてため息をついた。

 そんな様子を見て、苦笑する巽見。

 

「先輩、心配しすぎ。ダイユウサクにもきっと事情が──」

「いや、たづなさんに怒られたのがなによりもショックでな……」

「ハァ……先輩もブレないわよね」

 

 オレの答えに、巽見はため息を一つついて、呆れ顔で肩をすくめていた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「え? そんな理由なの? まったくユウときたら……」

 

 どこから聞きつけたのか、アタシが練習をサボっていると詰め寄ってきたルームメイトのコスモドリームに事情を説明すると、彼女は呆れ顔になり──少し怒っている様子だった。

 

「そもそもサボってないわよ。ちゃんと、自主練してたし……」

「あのねぇ、ユウ……せっかくトレーナーさんが考えてくれたトレーニングなんだよ? それを無視して自主練してました、なんて通じると思う?」

 

 アタシ──ダイユウサクの言い訳は、火に油を注いだだけだった。

 

「しかも、その理由が泳げないだけじゃなくて、水着が入らなくなったから、だなんて……」

「し、仕方ないじゃないの!!」

 

 ため息をついたコスモに、アタシは猛然と抗議した。

 

「だって入学したときにちゃんと準備して、去年まではそれを着てたわよ? でも……」

 

 昨年の途中から、アタシは急に成長した。

 今まで悪かった発育が進み、アタシの体がウマ娘として急に完成しようとし始めたから。

 おかげで貧相だった体も、同級生と比較しても遜色ないくらいになったんだけど──もちろん去年まで着ていた水着は、そんな成長前の体に合わせた物なわけで……

 

「だったら、ちゃんと説明すればいいのに。乾井トレーナーだって、ユウの成長を見てるんだから」

「イヤよ! だって、水着が入らなくなったなんて……まるでアタシが太ったみたいじゃないの!!」

「ハァ……」

 

 思わずアタシが目をそらすと、コスモは盛大にため息をつき──そしてジト目でアタシを……いや、アタシの体を見た。

 

「実際、ユウの体重は増えて、体のサイズが大きくなってるし、事実だよね」

「言い方!!」

 

 アタシがムキになって言い返すと、コスモは意地悪い笑みを浮かべる。

 

「じゃあ、ちゃんと説明すればいいじゃないか。乾井トレーナーに」

「な、なにをよ?」

「アタシ、胸もお尻も成長してます。そのうち、たづなさんにも追いつきますよ、って──」

「なッ!? なななななな──」

 

 胸や腰に手をあててしなだれるようなポーズを取るコスモ。

 ボーイッシュなコスモが普段、絶対にしないような姿はちょっと衝撃だった。

 でも、それとは違う理由で──アタシは顔が赤くなっているのを自覚してる。だって、頬も熱いし。

 

「な、なんで……アタシがアイツにそんなことを言わないといけないのよ!!」

「水着が小さくなったのを言えなくて、練習サボるくらいに乙女脳になってるのに?」

「う……そ、そんなこと無いわよ! そんなの、相手が誰だって、男のトレーナーにだったら言えないわよ!! コスモは巽見さんだから分からないだけよ」

 

 アタシはそう言って「ふん」と視線を逸らす。

 そうよ。恥ずかしくもなく言える方がどうかしてるわ。

 

「一度逃げてウソついたせいで、余計に言い出しづらくなっただけでしょ? やれやれ……そんな茶番にコスモや涼子さんを巻き込まないでよね」

 

 う……さすがコスモ。アタシの性格を知っているだけあって、的確な推理をしてくるわね。

 そのコスモは、そんなことを言いながら、スマホをいじってる。

 あれ? どう見てもアプリでメッセージ送ってるように見えるんだけど──

 

「ちょっと、誰に送ったのよ?」

「心配しないで。乾井トレーナーじゃなくて、涼子さんだから。あの人なら上手く説明してくれるでしょ」

「う……」

 

 そうかしら?

 むしろ面白がって余計に話を膨らませそうだけど──

 

「うん。じゃあ、今から水着、買いに行くよ? いつまでも逃げるわけにはいかないんだからね。お金もとりあえず涼子さんが出してくれるって」

「うぅ……わかったわよ」

 

 あの人のことだから、きっちりトレーナーから取り立てるんでしょうけど。

 アタシは渋々立ち上がり──コスモと一緒に炎天下の中出かけることになった。

 そうして水着を買いに行ったんだけど──

 

「ユウ、そっちじゃないよ!」

 

 思わずカラフルなそれに目移りしたアタシは、ユウに呆れ顔で注意され──合流した巽見さんにはクスクスと笑われた。

 ……勘違いしてるようだけど、誰かに見せたいとかじゃないから。デザインが気になっただけだからね。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──で、翌日。

 

 アタシはトレーナーが数日前から指定していた、プールに来ていた。

 すでに水着に着替えたアタシの前に、トレーナーはいる。

 数日ぶりに顔を見た彼は怒っているというよりも、アタシの顔を見てホッとしている様子だった。

 

「言いたいことは色々あるが……とりあえずはトレーニングだ」

「……うん」

 

 怒られることも覚悟していたのに、自分の感情よりもアタシのトレーニングを優先してくれた彼に、アタシは感謝するしかない。

 そこまで考えてくれるトレーナーなんて、数少ないわよね。

 

「──で、肝心なことを確認するが、お前、泳げないんだよな?」

「う……」

 

 そう。水着の問題もそうだったんだけど、アタシは泳げないのを恥じてプールでの練習を避けたかった、という気持ちもあった。

 でも、それはそんなに大きな問題じゃないと思ってる。

 水着と違って、泳ぐのは練習すればなんとかなるはずだし──

 

「ええ、そうよ」

「ああ、事前情報の通りだな」

 

 事前情報って……コスモよね、アタシが泳げないのを知っているのは。

 本当におしゃべりなんだから……

 

「とりあえず、お前には泳げるようになってもらう。トレーニングは、それからだ」

「わ、わかったわ」

 

 緊張するけど──でも、うん……大丈夫。

 教えてくれるのが、トレーナーならきっとアタシを泳げるようにしてくれるはず──

 

「だから今日は、特別コーチをお願いした」

「──はい?」

 

 唖然とするアタシ。

 そして──トレーナーの影から、人影が現れる。

 アタシが来ている水着──スクール水着とは明らかに違う競技用の水着に身を包み、出るところは出て引っ込んでいるところは引っ込んで、余計な肉が無いボディラインを誇る──巽見トレーナーだった。

 

(うわぁ~)

 

 その見事な水着姿に、同性ながら思わず感嘆してしまう。

 ズルいわよ、あんなの。反則よ──と思っていると、

 

「巽見は、スポーツインストラクターの資格も持っているから、水泳を教えるのはそっちの方がいいと思ってな」

「ええ。変なクセがつかないように、きっちりと教えてあげるわね」

 

 そう言って彼女はウィンクする。

 ちょ、ちょっと待って……この流れ、ひょっとしてアタシに泳ぎを教えてくれるのって巽見トレーナーなの?

 アタシのトレーナーじゃなくて?

 

「え? いや、でも……その…………」

「さぁ、ダイユウサク。早く泳げるようになりましょうね」

「で、でも……コスモは?」

「大丈夫! コスモならとっくに涼子さんから教えてもらって、泳げるようになってるよ」

 

 ひょっこり顔を出したコスモドリームが笑みを浮かべる。

 いや、別にコスモ……アナタが泳げるとか泳げないとか、アタシに関係ないし興味もない。

 そうじゃなくて──

 

「あ、アタシやっぱり教えてもらうのなら、自分のトレーナーの方が……」

「泳ぎ教えるのに体触ったら、お前、オレを蹴飛ばすだろ?」

「し、しないわよ! 絶対にしない!! 三女神の像の前で誓ってもいい!! お願いだから──」

「素人が教えると、変なフォームになってトレーニングの効率も悪くなるからね。私がちゃんと泳げるようになるまで面倒見てあげるから、安心なさい」

 

 ニッコリと笑みを浮かべる巽見トレーナー。

 そういえば同級生のバンブーメモリーがあの人の姿を見て悲鳴を上げるようになったらしいけど──なんか共感できるかも。

 

「さ、行くわよ。ダイユウサク……」

 

 そして微笑んだままの巽見トレーナーに連れられて、アタシは地獄の特訓を開始されることになった。

 

 ──で、トレーナーといえば、コスモと一緒に遊んでいた。

 うぅ、絶対に…………許さないんだからぁ!!

 

 

 ……おかげでアタシは泳ぎを覚えてプールでのトレーニングができるようになり、これ以降、ソエに悩まされることもなくなった。

 めでたしめでたし──なのかしら、これ?

 




◆解説◆

【乙女心となまけ癖】
・ゲームのウマ娘でショックだったのが、バッドステータスの「なまけ癖」がどういうものかわからずにトレーニングして……サボられたとき。
・あの虚脱感──ヒューと乾いた風が空しく通り抜けていく、あのイベントは呆気にとられました。
・しばらく治し方に気が付かず、「どうすればいいの!?」と戸惑いましたが──今回の乾井トレーナーはそんな感じ。
・ま、ゲームだと治療すればいいんですけどね。

ウサイン・ボルト
・ここから挙げる4人は、アップ時が東京五輪期間ということで五輪に関係する人物をチョイス。
・最初の二人は、世界最速と呼ばれる短距離ランナーから。
・まずはウサイン・ボルト。現代の人類最速といえばこの人です。
・ジャマイカの選手で、現在はすでに引退していますが、その世界記録は残っています。
・五輪には2008年の北京、2012年のロンドン、2016年のリオと3大会に100メートル、200メートル、4×100メートルリレーでそれぞれ出場し、メンバーのドーピングのせいで剝奪された北京のリレー以外、全部金メダルを獲得。
・むしろ金メダルしかとってない。剥奪されたのさえ金メダルだったし。
・ここまで金しかないと、たまには違う色のも見たい、とは思……わないんでしょうね、やっぱり。

カール・ルイス
・ダイユウサクが活躍していたころの世界最速といえばこの人。
・アメリカの選手で、間違いなくアメリカの短距離黄金時代を代表する選手の一人。
・1984年のロサンゼルスと1988年のソウルの100メートルの金メダリスト。
・他にもボルト同様に200メートル、4×100メートルリレーでも出場し、ロスでは全て金、ソウルでは200メートルで銀メダルを獲得。
・ちなみにソウルのリレーでは、準決勝で温存されていたら他のメンバーがバトンミスで失格。アメリカチームのバトンミスはその頃からの伝統芸。
・またボルトと違うところで、走り幅跳びでも出場し、ロスとソウルだけでなく、短距離で出られなかったバルセロナとアトランタにも出場して金メダルを取っている。

サムエル・ワンジル
・以後の二人は長距離──マラソンの五輪記録保持者。
・ワンジルは、マラソンの五輪最速記録保持者。
・北京五輪の金メダリストで、その記録は2時間6分32秒。
・日本にも縁があった方で、日本の仙台育英高校に留学し、トヨタ自動車九州にマラソンランナーとして入社している。
・その後、いざこざがあって北京五輪の直前の7月に退社。
・北京五輪後も活躍していたのだが──2011年5月15日、ケニアの自宅バルコニーから落ちて死亡。24歳の若さであった。
・その死にはいまだに謎があり、死因は特定されず、事故とはなっているものの他殺説もある。
・ちなみにマラソンの()()()()はケニアのエリウド・キプチョゲの2018年のベルリンマラソンで出した2時間01分39秒。
・ベルリンマラソンは9月終わりに実施されており、最近は7月か8月に行われるのが決定している五輪では、なかなか世界記録は厳しいのでしょうね。
・※追記:実際、キプチョゲは2021年開催の東京五輪を制しましたが、タイムは2時間8分38秒。記録更新はならず。

金栗四三
・突然の日本人選手。この方が持っているマラソンの五輪記録といえば上の最速とは真逆の──最遅記録。
・1912年のストックホルム大会のもので、その記録はなんと……54年8か月6日5時間32分20秒3。
・──は? 単位おかしくね?
・しかし、これでも正式記録でして……
・というのもこのストックホルム大会は日本が初めて参加した五輪で、当時の世界記録を大幅に塗り替えた金栗四三には大きな期待がかかっていたのですが──
・競技当日、記録的な暑さでとんでもなく過酷なレースに。それは参加68人中33人が途中棄権するだけではなく、選手の一人であるポルトガル代表のフランシスコ・ラザロが脱水症状を起こして命を落とすほどだった。
・そんな中、金栗選手は──競技中に行方不明となり、意識を失って保護されるという結果に。
・その後、アントワープ五輪、パリ五輪にも出場したりして──
・第二次世界大戦さえとっくに終わり、戦後になってから20年以上経ったころに──金栗の元に一通の手紙が届く。
・「あの~、あなたストックホルム五輪に出場して、まだゴールしてませんよね? いい加減、ゴールしてもらえません?」(意訳)
・というのも、ストックホルム五輪55周年記念を開催することになり、職員が当時の記録を見てて気がついた──アレ? この人、ゴールも棄権もしてなくね?
・その選手こそ、マラソン競技中に行方不明になった金栗四三である。有耶無耶になってすっかり忘れたのか、国の威信を背負っての出場で棄権とできなかったのか、とにかく棄権の届け出がされておらず、まだ競技中ということに。
・かくして、1967年3月21日に開催されたストックホルム五輪55周年記念式典に金栗は招待され──そこでゴールテープを切る。
・記録は先述の54年8か月6日5時間32分20秒3。「これをもって第6回ストックホルムオリンピックの全競技を終了する」というアナウンスが流れた。
・──という、きちんと残っている正式な記録なんだけど……無粋でプライドばかり高いJOCは金栗の記録を公式サイトでは「途中棄権」にしてるんですよね。

長くとも3600メートル
・中央競馬で現在、最長のレースは11月末か12月の頭に開催されるステイヤーズステークス。ランクはG2
・中山競馬場の芝内回りを2周するそのレースの距離は3600メートル。
・ゲームのウマ娘でも実装しているレースで、クラシック級かシニア級の12月前半で開催されている。
・かつてはそれ以上の距離である4000メートルのレースが存在しており、その名もずばり“日本最長距離ステークス”
・1968年から1975年までの期間、準オープンクラスとして中山で開催された。
・しかし距離長すぎだったり、準オープンクラスだったりで、出走馬がなかなか集まらず、だいたい出走数は少なかったそうな。
・おまけに1975年の記録が4分46秒1と、調教のようなタイムに存在意義を問われ──そのまま廃止に。(その前年の記録は4分15秒6で雲泥の差だった)

バイクに興味を持っているウマ娘
・ゲームやアニメでいえば、ウオッカのこと。
・ただ、シンデレラグレイでは出てきていないウマ娘なので、ここでも名前が出ません。
・巽見から「なんで~」と訊かれているのですが──まぁ、バイク乗りって好きなバイクの趣味が違うと、そこまで話が合いませんしね。
・ウオッカはクルーザー型が好きそうですし、乾井トレーナーはアドベンチャー型が気に入っているので、微妙に趣味が違います。
・乗らない人は「同じバイクじゃん」と思うかもしれませんが、車でいえばセダン車とSUV車を「同じじゃん」と言っているくらいなわけでして──「同じ車じゃん」とはならないでしょう?
・とはいえ、バイク乗りは各々が好きなバイクを乗っているので「自分のバイクこそ一番!」と思っている人が多いです。

この前の出走回避
・1989年8月12日に小倉で開催されたはづき賞を、ダイユウサクは出走取り消ししています。
・詳しい原因はわからなかったのですが──夏まで痛みを伴ってレースに出ていたのを秋までに完治させた、という記録があるので、この時期までソエが出ていたのだろうと、それを原因にしてしまいました。
・その治療のために行われたのが、プールでの調教でした。

アタシは泳ぎを覚えて
・ゲームのウマ娘だと、プールが苦手だった馬のウマ娘は、総じて泳ぎが苦手になっています。
・オグリキャップも顕著で、夏合宿では休みで海に行っても足が海水に触れる程度にしか入りません。
・で、ダイユウサクはというと──調べたんですが、苦手かそうじゃないかわかりませんでした。
・ですので、苦手だったのならここで(強制的に)克服した、ということで。


※次回の更新は8月9日の予定です。  

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