「お~、おかえり」
部屋へ戻ったアタシに、ルームメイトが声をかけてきた。
彼女がアタシよりも先に戻っているのは久しぶりのことだったから意外に思い、少しだけ驚いた。
「帰ってたの? 珍しい……」
「うん。そろそろ本番も近いし、オーバーワークにならないように、ってトレーナーがね──ッ」
そこまで言って、彼女は何かに気が付いたように口ごもり、「えへへ……」と苦笑いで誤魔化した。
それでわかる。アタシに気を使ったのだ。
今年になってデビューした彼女は、もちろんトレーナーがついていてチームに所属している。
でもアタシには未だにそれがない。貧相な体つきに誰も期待せず、トレーナーには見向きもされていないような有様なんだから。
「そんなところまで気を使わなくて良いわよ、コスモ」
「そんな! 気なんて使ってないよ、ユウ」
あわてた様子で首を振る彼女。その心根の優しいところは長い付き合いなのでわかってる。
アタシと同じ鹿毛の茶髪だけど、アタシと違ってショートカットにしたウマ娘。
彼女の名前は、コスモドリーム。
トレセン学園の栗東寮で同室のルームメイトであり──同じ祖父を持つ従姉妹でもあるの。
だから親戚しか呼ばない“ユウ”って呼び方を彼女はこの学園内で唯一してくる相手なのよね。
まぁ……そうやって親戚で同部屋になってるのを見て、「優遇されてる」なんてやっかむウマ娘も少なからずいるのが、つまらない問題でもあるんだけど。
とはいえ、コネへの嫉妬は彼女──コスモへは向かわない。彼女は“あの方”の親戚じゃないから。
だからアタシとは違い、きちんとトレセン学園に見合った実力を持っているし、事実──その結果を残し始めてる。
「オークス出走決定、おめでと」
「ありがとう!」
アタシの賞賛にコスモは笑顔で答えた。
彼女は今年の頭にデビューして以降、順調に勝利を重ねてる。
そんな中、アタシ達はクラッシックレースへ参戦する年齢を迎えてるわけで、彼女は──トリプルティアラへの道を選んだ。
とはいえ、その初戦ともいうべき桜花賞への道で、彼女はいきなり躓いてしまったんだけど……
「ま、桜花賞は取れなかったけど、初志貫徹ってね。それを目標に、コスモは燃えているんだよ!!」
「今度は、靴が脱げないようにね」
桜花賞の前哨戦であるチューリップ賞に出走した彼女は、序盤で靴が脱げてしまい、レースを止めた。
「ひどいなぁ、ユウは……まだそのことを言うの? コスモはもう同じ失敗をしないよ」
「絶対だからね。でも……あのときだってそのまま走ったり、靴を履き直せばよかったのに」
当時を思い出しながらアタシが言うと、彼女は「いやいや……」と顔の前で手を横に振る。
「そんなことないよ。裸足だと蹄鉄もないから踏ん張りが効かなくて、地面を蹴る力が出ないし、かといって靴を履き直してたら時間がかかっちゃう。それこそタイムオーバーしちゃうよ」
トップの入線から、大幅に遅れた“タイムオーバー”は競走ウマ娘にとって屈辱だ。
もちろん評価はガタ落ちする。
あのときのコスモドリームは明らかなアクシデントだったから、“レース中止”という扱いになってタイムオーバーを免れたけど。
「そうそう、メジロアルダンも“おめでとうございます”と伝えてくださいって言ってたわよ」
「それはありがたいけど……でも彼女、日本ダービーに出るんだよね。そっちこそおめでとうじゃないかな……」
コスモはそう言って、「彼女の方がスゴいと思うけどね」と付け加えて苦笑した。
実際、デビューからたった2ヶ月程度で出てくるのは異例だし、それを実現したほどの実力を持っている。
「まったく……さすがメジロ家の御令嬢だよね」
「そう、ね」
メジロアルダンについて話す時のコスモドリームの目は、明らかにライバルを見る目だった。
ダービーもオークスも、開催が一週間違うけど同じG1レース。
二人ともそれに出場するほどのウマ娘なんだから、今後はどこかで直接対決することだって十分に考えられる。だからこその反応でしょうね。
蚊帳の外のアタシには、それが眩しくさえ思えた。
そんなアタシに気づいたコスモが言う。
「──大丈夫。ユウだってデビューしたらあっという間に追いつけるって」
「あはは……そんな才能、アタシには無いくらい分かってるわよ」
いい加減、一年も学園にいるんだからそれくらい分かってる。
入学から変わらない貧相な体つきからも明らかだし。
「そんなことないよ。だからデビューに向けてがんばろう! 目指す希望の
「うん……でも、まずはトレーナーに認められてチームに入るところからよね」
目を輝かせ、どこまでも前向きなコスモを誤魔化すように苦笑するアタシ。
するとコスモは表情を曇らせ、恐る恐るといった様子で提案してきた。
「あの、さ……やっぱり、コスモのトレーナーさんにお願いしてみるよ。ユウのこと……」
「ダメよそれは! 絶対に」
アタシは即座に拒絶した。
それは前にもあったやりとりだった。
どのトレーナーに見向きもされないアタシを見かねたコスモドリームが、自分のチームに入れてもらえないかと頼んでみる、とアタシに言ってきたことがあったのだ。
「アタシへの誹謗に、コスモを巻き込むわけにはいかないんだから」
それはアタシが自分自身に課した枷だった。
アタシがコネで揶揄されるのはともかく、“あの方”の親戚でないコスモをその騒動に巻き込みたくなかった。
もしもアタシに実力があって、それとコスモのトレーナーに認められたというのが端から見ても明らかなら、同じチームでも構わない。
でも現状では──明らかに実力不足。従姉妹であるコスモのコネを使ったか、コスモやそのトレーナーがアタシに忖度した、なんて思われちゃう。
それだけは我慢なら無い。
でも、優しいコスモはアタシのことを気遣って、自分のことは構わないから……なんて考えてしまうのよね。
案の定、困り切った顔でアタシを見る。
「でも……」
「あのねぇ、コスモ。アタシはアナタと対等でいたいのよ。だからそれを受けるつもりもない。それにアタシのことはいいから、アナタは迫ったレースに集中しなさい」
アタシが言うと、彼女は渋々納得した様子だった。
そんな彼女に、アタシは笑みを向ける。
「他の娘を応援することだって、励みになるんだから。だから大人しく、アタシに応援されなさい」
「うん……頑張るよ。勝利を抱く明日のために、解き放つんだ。熱いコスモをね!!」
アタシの言葉に、グッと拳を握りしめるコスモドリーム。
そして彼女はアタシを振り返る。
「自分自身のためにも、それにユウのためにも」
頷きながらそう言って瞳を輝かせるコスモ。
その瞳は、暗い闇を貫く流星のように汚れがないものだった。
──そして、オークス当日。
「な・ん・で! アンタは遅れてんのよ!!」
アタシの大きな声に、コスモは申し訳なさそうに答えた。
「しょうがないじゃないか、道に迷ったんだから」
「普通、迷う? レース場よ?」
「だって、東京レース場って来たこと無かったし、初めてだったし……」
ああ、もう。なんでこの
焦るアタシとは対照的に、コスモ自身はそこまで影響はないみたい。
今も比較的落ち着いた様子で勝負服に着替え、もうすでにターフに立っているんだから。
コスモドリームの勝負服は、レオタード姿に左肩や胸、膝とかにプロテクターみたいなものがついて、腰布が巻かれている──ちょっと変わったデザインのものだった。
………………いや、ちょと変わってるとかそういうレベルじゃないわよね、これ?
そんな奇抜な勝負服を、走る前から着ているのには理由がある。
普段ならレースは運動服で走って勝負服はウイニングライブで歌うときに披露するのが基本だけど、このレースは違うから。
全員が勝負服で走ることが決まっているのがG1。
勝負服は、ウマ娘個人個人がそれぞれの個性にあふれたものになっていて、中には一見したら走るのには適さないようなものもあるのだけど──まぁ、これ着てダンスするわけだし、みんな問題なく走ってるのよね。
そんないつもと違う空気にアタシが少なからず緊張していると、コスモは同じチームのウマ娘たちからも声をかけられていた。
けど、アタシのように遅刻しかけたのを怒っているウマ娘はいない。
(あ~、もう、余計なこと考えさせちゃってるのはアタシの方じゃない!)
レースに集中させなければならないのに。アタシは自分の軽挙を後悔した。
そんなアタシの様子に気づいたのか、コスモはチームメイトからの激励やアドバイスを受けた後、最後にアタシの方を振り返り──
「行ってくるよ、ユウ」
「う、うん。が……頑張りなさいよ。それに靴紐はしっかり……」
ああ、また悪いイメージを思い出させるよう余計なことを言ってしまった──そんな自己嫌悪に陥るアタシ。
対してコスモは苦笑を浮かべ──それを頼もしい晴れやかな笑みへと変えた。
「ユウ、このレースでコスモは、勇気の煌めきを空高く掲げてみせる。だから──絶対に目を離さないでね」
そう言った彼女の目は、普段とは違う──闘う者のそれになっていた。
◆解説◆
【ふたりはルームメイト】
・今回のタイトルは何か意識せずに──というわけではもちろんありません。
・わざわざひらがなで「ふたりは──」としているのでバレバレですが、『ふたりはプリキュア』から。
・プリキュアといえば、テイエムプリキュアはウマ娘に実装されるんでしょうかねぇ。
【コスモドリーム】
・というわけでダイユウサクのルームメイトの正解は、サンキョウセッ──コスモドリームでした。
・実在馬を基にした本作オリジナルのウマ娘となります。(主人公ダイユウサクに続いて二人目)
・そのモデルの競走馬同士が実際に深い接点がある──というわけではなく、その割には妙なところで縁のある2頭なので、ウマ娘の方ではルームメイトという形になりました。
・ダイユウサクとは従姉妹同士という設定は、モデル馬はどちらもダイコーターを祖父に持つことから。ダイユウサクからだと母の父、コスモドリームからは父の父にあたる。
・同じ祖父を持ち、同じ年に生まれた2頭だが、誕生日が1日違いという奇縁もあったりする。ダイユウサクが1985年6月12日なのに対し、コスモドリームは同じ年の6月13日生まれ。
・さらには主戦騎手がどちらも熊沢重文騎手、と共通点が多い。
・おまけに──書く側の視点として、2人の活躍時期がほぼ重ならないので、両方を追う必要もない。
・親戚ということで、ダイユウサクともともと親しかったという設定にしやすく、それらの理由から、コスモドリーム以外に考えられませんでした。
・性格的にはボーイッシュなイメージ。
・というのも──この年代で「コスモ」といえば、当然「
・さらに「ドリーム」が付くと、もはや『聖闘士星矢』しか思い浮かびません。(2番目の主題歌が「ソルジャー・ドリーム」だから)
・一時期はオリジナル扱いだからということでディクタストライカみたいに「セイントドリーム」とかいう名前まで考えたのですが、よく考えたら主役からしてダイユウサクがオリジナルウマ娘で実在馬の名前使ってるということに気が付いて、コスモドリームとして登場させました。
・聖闘士聖矢がアニメになっていたのはちょうどこの馬が活躍していたころの話。「ソルジャー・ドリーム」がリリースされたのはこのオークスと同じ年で、レースの10日前のことでした。
・そういう経緯で、コスモドリームの台詞は「ソルジャー・ドリーム」の歌詞が基になっているのがチラホラと……
・そういう事情で、こういう性格になりました。髪が短いのもスポーティなイメージにしたかったので。
・なお、そんなキャラなので、ビコー
【彼女は“あの方”の親戚じゃない】
・今まで何度か解説したように“あの方”=シンザンであり、ダイユウサクと遠い親戚の設定になっているのは馬主同士が兄弟だったから。
・馬主が違うコスモドリームとはその繋がりがないので、親戚にはなりません。
・それを考えると、設定上は“あの方”はダイユウサクの父系の親戚ということになりますね。(共通の祖父は母系だから)
・あのお父さんが役場でやたらと興奮していたのは、そういう影響もあったのかもしれませんね。
【トリプルティアラ】
・ウマ娘の世界での三冠で、桜花賞・オークス・秋華賞の3レース制覇を達成すること。時期的にオークスとダービーが重なる上に年齢制限でクラシック三冠との選択を迫られる。
・ぶっちゃけ牡馬、牝馬という性別がないウマ娘の世界における、現実世界での牝馬三冠のこと。
・ただし──秋華賞は1996年からで、それ以前はエリザベス女王杯がそれに該当していた。
・同年からはエリザベス女王杯は古馬にも開放されている。
・1976年の第1回エリザベス女王杯よりも前はビクトリアカップがそれに該当。
・1975年にエリザベス2世が来日したのを記念して名前を変えて新たに第1回とした。(そのためエリザベス女王杯と違ってビクトリアカップは残っていない)
・そのため、達成した競走馬の中でメジロラモーヌだけは秋華賞ではなくエリザベス女王杯(1986年)で達成している。
・もしもメジロラモーヌがウマ娘で実装すると……「トリプルティアラなのに秋華賞を取っていない」という矛盾が発生する恐れが。
・本作も史実では秋華賞が無いころの話になるのですが──まぁ、いきなり挑戦に失敗してるので、影響ありませんね。
【靴が脱げてしまい、レースを止めた】
・本作では、コスモドリームがチューリップ賞を「靴が脱げて」レースを止めたことになっていますが、史実では「スタート直後に騎手が落馬した」から。
・普段おとなしかったコスモドリームが、急に母の気性の荒さを発症させた──などと言われています。そんなわけで本作の彼女の母親は結構怖いという設定になってます。
・落馬をウマ娘に置き換えるのに困り、なかなか他にいい理由が見つからなかったので、このようになりました。
・なお、その後の会話の「そのまま走っても~」のくだりはバルセロナ五輪のマラソンに出場した谷口浩美選手のエピソード(「こけちゃいました」の件)が元ネタ。
・実際、谷口選手は取らずに裸足で走ることも考えたそうな……しかしゴールまでまだ距離がある(20キロメートル付近)ため靴を取りに戻って履きなおした。
・その後は激走で8位入賞。それを見た他国のコーチから「アナタが一番速かった」とまで言われたほど。
・そんなバルセロナ五輪は1992年に開催。作中のモデルになっている1988年の、その次の五輪です。
・バルセロナ五輪といえば、史上最もカッコイイ聖火の点火が印象に残ってますね。弓矢で点火とか考えた人が天才すぎる。
【タイムオーバー】
・旧作でも解説したのでそれをほぼ転載……
・ウマ娘(競走馬)が1位に入線してから一定の時間をおくか、制限時間を超えて決勝線(ゴール板)を踏破すること。
──以下リアル競馬の話──
・これをやってしまうと一定期間出走停止というペナルティが来る。
・2003年以前は、芝は4秒、ダートは5秒以上、勝ち馬がゴールしてから経過したら該当していたのですが、現在では距離も考慮されて区分されている。
・なお、『ウマ娘』の世界ではどうなっているのか不明なのでペナルティについては明確にせず。
・ただし“恥”であり、屈辱であることだけは間違いないということになってます。
【道に迷った】
・1988年のオークスに出走したコスモドリーム。
・そのときに騎乗したのは熊沢重文騎手。東京競馬場での初めての騎乗だったので、道に迷ったというエピソードがあります。
・うん? なんかどこかで聞いたような話のような気が。
・ダイユウサクはあまり責めない方がいいと思うけど……
【コスモドリームの勝負服】
・実在馬なものの現時点(2021年6月)では未実装で、本作オリジナルウマ娘であるコスモドリーム。その勝負服はもちろん本作オリジナル。
・そのデザインは──コスモ繋がりで『聖闘士星矢』出てくる鷲星座の
・というのも原作での女性
・青銅&マイナーなのでカメレオン星座は即落選。鷲星座と蛇遣い星座で迷ったのですが、なんとなく鷲座に決まりました。
・蛇遣い星座は一時期流行った黄道13星座の影響で
・ちなみに仮面は
・そんなわけで、私の描写はまるで足りていないので、どんな勝負服か気になる方は検索を。
・……そう、あんな格好で走ってるんです。
【同じチームのウマ娘】
・コスモが所属しているチームは本文中では明言はありませんが、本作オリジナルのチーム《アルデバラン》。
・無論、他のチームと同じく一等星を名前の由来にしています。
・設定ではとある一人のウマ娘を中心に、彼女を慕ったり尊敬したりするウマ娘たちが集まり、研鑽しているチームとなります。
・見に来ているのはそこに所属している中でコスモの面倒をよく見ている先輩2人。さらにもう一人が事情によって遅れていて合流予定。
・本編とはほぼ関係ないのでこちらで解説しました。
・なお、さらに関係ない話ですが、参考までに主にアニメですが既出の他のチームは──
☆スピカ→アニメ版主役
☆リギル(・ケンタウルス)→アニメのライバルチームその1
☆カノープス→アニメのライバルチームその2
の他にアニメ2期第5話のミホノブルボンが掲示板の前に佇むシーンで、そこにメンバー募集が貼ってあるのがカノープス以外に──
☆ミモザ(2枚)
☆アルタイル
☆シリウス(ゲーム版シナリオでは主人公チームの名前)
☆カペラ(2枚)
☆ベガ(アップのシーンで名前判明)
☆デネブ(同上)
☆ベテルギウス
が判明しています。(概ね画面左から)
・このシーン、ミホノブルボンのポスターに邪魔されているのと、文字が全部アルファベットで書かれている上にはっきりしないのが1枚ずつあり、2つほど不明。(ただし前者の黒いのはダンススクールのチラシっぽい)
・それらを避けて、本作ではタイトルにもなっている
☆アクルックス
を、そして今回はコスモドリームの所属チームとして
☆アルデバラン
を採用しています。
・オリジナルチームは、現時点であと二つ出て来る予定が決まってます。